俺の個性?別に大したことねえよ   作:カバー

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地獄の冬美さん家 その1

 

 

 

 

 

衝撃的なエンデヴァーの記者会見は、様々な波紋を生み出した。地上波のニュースでは高齢の専門家達が難しい言葉で賛否を言い合い、轟家の近所の主婦達の井戸端会議はその話題で持ちきりだった。

SNSのトレンドはエンデヴァーと敵連合が埋め尽くした。

当然和風建築の豪邸の轟家の敷地の外は、野次馬とスキャンダラスな発言を何がなんでも撮ってやろうという記者たちがごった返していた。現代社会の負の面が詰まっている光景と言えるだろう。

その背後に、一台の黒塗りのセダンが止まり、そっと扉を開けた。そこから現れたのは…

 

「あれ!雄英生のエンデヴァーの息子だぞ!」

 

「隣に居るのって…オールマイト!?」

 

雄英体育祭の一年生の部門で二位を取った有名人であり、今エンデヴァーの次に記者たちが、轟冬美誘拐事件のコメントを聞きたい相手。

その渦中の少年、轟焦凍だ。顔を俯かせ、印象的な右の雪のように白い髪と、左の燃えるように赤い髪色しか見ることができない。

その心境は、如何に。

その落ち込んでいる雰囲気が、マスメディアの魂に火を付けた。

一斉にマイクとカメラを持って群がり始める。そんな少年を庇うように、黄色のスーツを着たオールマイトが記者陣の前に立ち塞がった。それでも記者たちは無我夢中で声をかける。

 

「轟焦凍くんだよね!?(ヴィラン)連合は身代金の他に君の身柄を要求したそうだけど、雄英に対する不信感とか…。」

「〇〇テレビです!轟冬美さんの普段の印象とか、もしかして耳郎容疑者のように(ヴィラン)になったりしないか…。」

 

その記者たちの攻撃を受けた轟焦凍を見た途端、オールマイトの顔から笑みが消えた。

鋭い眼光で記者たちを睨む。その瞬間、記者たちの全身を悪寒が駆け巡った。たまらず口を閉じて押し黙る。オールマイトはそれを確認して、また笑顔を浮かべて記者陣に朗らかに答えた。

 

「近頃の私達プロヒーローの働きの不甲斐なさに、君達が不安や不満の声を伝えてくれるのは大変有難いよ!我々としても省みるばかりだ。…ただね。」

 

「その不安や疑念の声を受け止めるのは我々大人の役割のはず。まだ高校生の子供に寄ってたかって質問をすることはないと私は信じているよ。」

 

「だって君たちは素晴らしいジャーナリズム精神を持っているはずだからね。そうだろう?」

 

その言葉は普段と変わらず非常に穏やかで、メディア向けとしても100点満点のものだ。だが、その言葉の節々から、今の記者たちの言動に対する批判の色がありありと浮かんでいた。

そしてそれはまごう事なき正論だ。

記者たちのうち数名は何か反論しようと口を開きかけたが、その隙にオールマイトは記者たちの波を割って轟焦凍の腕を引っ張って、轟邸の中へと入っていった。

 

「…すいません、助かりましたオールマイト。」

 

そう浮かない顔ながらも感謝の念を焦凍はオールマイトに伝える。オールマイトは優しい声で答えた。

 

「いやこの程度なんて事ないさ。実際、私が不甲斐ないせいでこうなってしまってるんだから。」

 

「若者の盾にぐらいならないと、私の存在価値は無くなる。」

 

その声音には、強い自己批判の色が滲んでいた。それもそうだろう。耳郎響香を自身の勤務外活動による疲労のため出遅れたせいで敵連合に奪われ、AFOの罠にハマり八百万百をも奪われたオールマイトは、最早自分を呪い殺さんばかりに悔やんでいた。

「平和の象徴」と呼ばれていた自身の不甲斐なさに、一度は根津校長に辞職願いを手渡したこともあった。だが、根津校長は嗜めるように諭した。

 

「オールマイト…これは受け取れないよ。冷静に考えてみてくれ。今君が雄英から去って喜ぶのは、誰でもない敵連合だ。」

 

「君の…いや、我々の役目はこれ以上生徒達をむざむざと誘拐させないこと。皆君を頼りにしているんだ。平和の象徴!」

 

(馬鹿か私は…。その通りだ。今の風当たりの強い雄英を私が去ったら、本当に学校の存続が危ういのに…!)

 

そこからオールマイトは変わった。街へと出ることなく、授業も他の先生に任せてひたすらに雄英内部で静かに待機していた。全てはこれ以上生徒を危険に晒さぬために。

死柄木弔とアーティカが雄英にまた無理に攻め込まなかったのは非常に賢明と言えるだろう。

何故なら、怒りをその身に宿した、No1が待ち構えていたのだから。

そんな彼が雄英を離れてマッスルフォームを無理に維持しているのは、生徒である轟焦凍の身の安全を確保するためだ。

 

(まさか生徒のご家族を攫って脅しをかけるとは…卑劣な…!)

 

轟冬美の誘拐と、轟焦凍の引き渡し要求。当然その唐突にエンデヴァーによって明かされた記者会見の内容に雄英教師陣は戦慄を覚えた。

雄英内の寮とは別の居住スペースに生徒の親族でも住めるようにはしたが、もちろん全員に強制はできない。働いている場所が都内ではない場合もあるし、雄英への不信感がまだ拭えていない保護者も数名は居る。

そこを突かれた一撃。オールマイトを始めとした教師陣も怒りを滲ませたが、それ以上に怒ったのは轟焦凍だった。

 

「ざっけんじゃねえぞクソ親父!!なんだあれは!?」

 

根津校長のコネクションと多大な資金を費やして建設した雄英の生徒の寮、セントラルハイツ。

その一階広間で、轟焦凍は電話に向かって普段からは想像もできないほどの怒声をあげていた。

その周りでは緑谷出久を始めとした生徒達が心配そうにそちらを見ている。

 

『…落ち着け焦凍。あんな敵の揺さぶりに乗れば相手の思う壺だ。冬美に関しては警察の捜査に任せるしかない。』

 

そう冷たく返すのは、父親の轟炎司ことエンデヴァーだ。記者会見を終えた彼は、自宅へと戻り食事を買ってきたもので済ませて就寝の用意を進めていた。まるで普段通りと言わんばかりに。それが声音にでも出ていたのだろう。焦凍はますます苛立ちを深める。

 

「何でそんなに落ち着いてられんだよ…!てめぇの娘が攫われたんだぞ!?」

 

『だからなんだ。それでいちいち狼狽えていてはトップヒーローなど務まらん。…いい加減自覚しろ焦凍。お前はオールマイトさえ超える…「俺が!」』

 

「俺が攫われても…同じことを言えたのか…?」

 

その場を沈黙が満たす。だが周りのクラスメイトが思っている理由と焦凍がそれを聞いた理由は違う。むしろ真逆と言っていい。

クラスメイト達は思った。自分は違うと言って欲しいのだと。お前は大事だと言って欲しいのだと。

 

だが焦凍は同じだと言って欲しかったのだ。たとえ父から瑣末ごとのように扱われるとしても、兄と姉、そして母がせめて自分と同じ程度には大事に思われていて欲しいと願ったのだ。だが、現実は非情だった。

 

『……それは有り得ん。お前が万が一攫われれば、俺の事務所が総動員で探し出す。自覚しろ焦凍!お前は…』

 

『オールマイトを超える!そのために作った俺のさいこ…』ブツッ…ツー…ツー…

 

轟焦凍は、そこで電話を切った。怒りで脳みそが爆発しそうだった。血が沸騰してるのではないかという錯覚に襲われるほどだった。視界がぼやけて覚束ない。しばらく黙りこくって立ち尽くしていたが、やがて轟焦凍はふらりと玄関口へと歩き出した。

それを見たクラスメイト達が慌てて焦凍に駆け寄る。稲妻模様のメッシュの入った金髪の上鳴電気と、ツンツン頭の切島鋭児郎が必死になって焦凍の前に駆け寄る。

 

「おい落ち着けって轟!もう夜だぜどこ行くんだよ!?」

 

「…決まってんだろ。俺が身代わりになれば、冬姉は助かる…!なら…!」

 

「バカバカ何考えてんだ!今警察が必死で捜索してんだろ!?俺たちができることなんて何もねえよ!気持ちは分かるけどここは落ち着いて…。」

 

必死の説得。彼らにあるのは純粋な心配のみ。普段の轟焦凍なら冷静になって悪いと謝って部屋に戻っただろう。だが今の彼は。

 

「…せぇよ。」

 

「え?」

 

「うるせぇよ…!!気持ちは分かる!?分かるわけねえだろうが…!」

 

瞬間、轟の右側から冷気が迸った。氷の塊が右側に立っていた切島を凍りつけて動けなくさせる。

その場の全員が息を呑む。クラス委員長の飯田天哉は慌てて焦凍に声をかける。

 

「お…落ち着きたまえ轟くん!家族が危険な状態になる辛さは俺にも分かる!だが喋れるようにまで回復した兄に教えてもらったんだ!」

 

「ヤケになることなんて家族は望んじゃいない!

今君が敵に攫われて喜ぶのは誰だ!?(ヴィラン)だけだ!落ち着いてくれ!」

 

…他の単なる心配ではなく、家族を同じく敵に襲われた者の忠告。その叫びは轟焦凍の胸に今度は深く刺さった。項垂れて轟焦凍は左側の炎で切島を固めていた氷を溶かした。

 

「…悪りぃ。お前に当たった。」

 

「謝んなよ…仕方ねえって。家族攫われて冷静になんてなれねえよ。」

 

「ああ…そうだな。」

 

その言葉に救われながらも、焦凍はさらに深く心の傷が増えた気がした。…なら姉が攫われて冷静な父親は、本当に…本当に、そういう奴なんだな。

その翌日、轟焦凍は雄英校側に外出願いを提出した。担任である相澤消太は受け取るか判断を迷ったが、オールマイトが付き添うという条件で外出を許可した。

オールマイトはいざという時の護衛役というだけでなく、轟焦凍が乱心した際の抑え役でもあるのだ。

そして現在に至る。轟焦凍が家に来た理由は単純明快だ。父親に直接文句の一つでも言いたかった。それだけに過ぎない。

そうしないと怒りで気が触れそうだったのだ。

そしてそれは…焦凍だけではなかった。

玄関には、もう一人のエンデヴァーの息子が居た。靴を脱いでいるところを見るに、今さっき来たばかりらしい。母親譲りの雪のように白い髪と、父親譲りの大柄な体格の青年だ。

 

「…焦凍!?お前今雄英から出たら不味いんじゃ…。」

 

その青年、夏雄は驚いたようにギョッとして弟の焦凍を見て、その横の画風の違う存在に気がついた。

 

「そのために私が来た!」

 

「オールマイトォ!?」

 

轟夏雄は確かにトップヒーローエンデヴァーの息子ではあるが、別に戦闘訓練を受けてきたわけでもない。"成功作"の焦凍と違い、最初からそれを目指してエンデヴァーが道を狭めることもなかった。そんな彼にとって、オールマイトを生で…それも実家で見るというのは、それこそかなりの衝撃であった。

普段の夏雄なら記念写真やサインを頼むところだろう。だが今は…

 

「オールマイトの付き添いなら出ていいって許可出たんだ。」

 

「ああ…そうなんだ。」

 

驚いた後にそう口数少なく呟くと、ふらふらと夏雄は二人に構わず屋敷の中へと入っていった。

焦凍には分かっていた。冬姉と1番仲が良かったのは夏兄だ。一緒に母親が居なくなって、お手伝いさんが退職してから家事をしていた。そんな冬姉が敵に攫われて、エンデヴァーが自分達に相談もせずに無断で記者会見を開いた。

最悪あれで敵に冬姉は殺されているかもしれない。心中穏やかで居られるはずもない。

 

エンデヴァーから焦凍が隔離されて一人シゴキに耐えている間も、夏兄と冬姉、燈矢兄は三人でよく庭で遊んでいた。

その光景を離れから、エンデヴァーに連れられて訓練場に行くまでの遠くの通路から眺めていたのが焦凍なのだ。

それを燈矢が、憧憬の目を向ける焦凍のことを、見下しているようだと感じていたのは、本人以外預かり知らぬことである。

 

焦凍はこの時ふと気づいた。

 

「オールマイトが来たらあいつ…絶対荒れるな…。」

 

…轟家の末っ子は、存外天然であった。

 

 

**********************

 

「……夏雄は俺が呼んだから分かる。だがなぜ来た焦凍。お前は雄英に居れば安全なんだ。むざむざ危険を犯すな…!」

 

部屋に焦凍とオールマイトが襖を開けて入った途端、エンデヴァーはオールマイトを無視してそう焦凍に問いかけた。

 

(あれっ!?普通に無視!?)

 

雄英体育祭での態度からして半ばキツい態度で接されるのを覚悟していたオールマイトだが、そもそも無視されるのは流石に想定外だった。だがオールマイトはあえてその態度を受け入れることにした。そもそもこれは家庭の問題。部外者である以上自分がどうこう言うのは違うだろうと思って来ている。

 

「………一言文句言いに来たんだよ。一晩無理やり頭冷やしても、どうしても納得いかねェことがあったんでな。」

 

「どうして俺に何も言わずにあんな真似した…!?何より…ッ夏兄には相談したのか?」

 

その問いかけに、エンデヴァーは深くため息をついた。夏雄はそんなエンデヴァーを横目でチラと見て焦凍に向かって淡々と答えた。

 

「…俺だって何も聞いてないさ。言われてたら止めたに決まってるじゃん。」

 

エンデヴァーは焦凍に向かって淡々と説明した。夏雄の方は向かずに。

 

「だからお前は未熟者だというんだ。お前、あの条件を聞いたら雄英を飛び出しただろうが。…あれがベストな選択だった。それ以上に言うことはない。」

 

「……ちっ。」

 

夏雄はその説明に小さく舌打ちをした。それにオールマイトが困惑の色を強める。おろおろと三人を交互に見るが、特にそれに対する反応はない。

 

(えっ!?これもしかして日常なの!?…清算したいもの…轟少年…。)

 

あまりの空気の悪さに流石にオールマイトも自分が口を開いて場を和ませるかと思案し始める。いやでもな…と思案していると、焦凍が震える声で言葉を返した。

 

「…それはヒーローとしての話か?…家族としての話か?」

 

「…違いがあるのか?」

 

心底不思議そうにエンデヴァーが尋ねたのを聞いて、轟焦凍が一瞬、ほんの一瞬心底悲しそうな顔をするのをオールマイトだけが見逃さなかった。

焦凍は無言で立ち上がって部屋を出ようと襖に手をかけた。慌ててオールマイトが声をかける。

 

「いいのかい?まだ来たばかりだが…。」

 

「…大丈夫です。なんかもう…言う気力もないんで。」

 

そして焦凍は部屋を出ようとする。すると、夏雄は何か言おうとしたのか焦凍の後を追おうと立ち上がった。すると、エンデヴァーが鋭く言葉をかける。

 

「待て夏雄!お前暫く大学は休学しろ。この家から外に出るな!」

 

唐突な言葉に夏雄は困惑と苛立ち、そして驚きでエンデヴァーの方を振り返って声をあげた。だがその声は酷く冷たかった。

 

「…なんで。」

 

「…次があるとしたら恐らくお前だ。冬美にもう人質としての価値はないと敵も判断しただろう。だからお前はここに居ろ。」

 

「俺のサイドキックを数人警備に配置する。警察からも警備につけてくれるそうだ。…家事のことならお前でもできるだろ。お手伝いも雇う。」

 

それはエンデヴァーの純粋な善意である。実際その判断は極めて合理的だ。敵からの要求を跳ね除けることで敵に調子に乗らせず、次を起こさせない。即座にその判断を実行に移し、更に家族を更に攫わせないため警備をつけて家で保護する。

専門家は限りなく最適解に近い対応だと賞賛するだろう。だが。

轟夏雄にとって、それはまるで。轟冬美を完全に、もう過ぎ去ったこととして済ませているようで。

 

「…………………は?」

 

夏雄はその一言しか返さなかった。夏雄は気を許すと感情を明からさまにするタイプである。そんな彼は実の父親に、これ以上言葉を使おうとも思わなかった。ただその一言だけ溢すと、既に部屋を出ている焦凍を追いかけて襖を開けて廊下へと出た。そして焦凍に声をかける。

 

「焦凍!!…冬姉が…お前が…………。」

 

「……………?」

 

それは会話にもなっていない稚拙な言葉の羅列。だが、それが今の轟夏雄の心情を端的に表していた。意を決したように何かを言おうとした轟夏雄は、その瞬間自分が言おうとしたことが信じられないとばかりに顔を歪めて、黙りこくった。

その表情の変化で、夏雄の言おうとしたことが焦凍にも伝わった。

 

(ああ、そうだよな夏兄…俺が敵に代わりに攫われれば…冬姉は助かる。俺は…。)

 

それを口にすれば、隣に立っていたオールマイトは即座にやんわりと止める言葉を出しただろう。だが、その意図がオールマイトに伝わることはない。

焦凍は酷く悲しそうな顔をした後、すぐに自分の兄に去り際に問いかけた。

 

「そういえば…母さんは。」

 

「……………錯乱してたってお医者さんが。暫くテレビは見せないって。それと面会謝絶だってさ。」

 

「そうか…。」

 

それが轟家での焦凍の最後の会話だった。その後はずっと無言で轟邸を出た。記者達の煩わしい問いかけも、オールマイトが守ってくれることも、最早視界にも入らなかった。

轟焦凍は、追い詰められていた。

 

 

**********************

 

 

オールマイト視点

 

 

…エンデヴァーの自宅に来たのは初めてだった。まあはっきり言って彼が私のことを嫌っているのは分かりきっている話だし、意識的に避けられてる以上そりゃ来る機会もなかった。

 

だが何となく家族暮らしで子供が多いとだけしか知らなかった。忙しくて敵発生事件以外のニュースに目を通す機会なんて無かったし、"そのこと"も当然知らなかった。

雄英待機中に何気なく雄英体育祭で轟少年の言っていたこととエンデヴァーの態度が気になって、少しネットで調べてみた。

それで分かったのは、あまりにも重い過去。

 

『轟燈矢くん(13)歳、瀬古杜岳にて焼死されたと思われる彼の事件はなぜ起こったのか。児童の個性の制御の難しさと事故を防ぐために……。』

 

「……こんな事件が…。私あの時エンデヴァーに配慮が足りなかったかな‥。」

 

純粋に次世代育成のハウツーが聞きたくて尋ねたが、ぶっちゃけこれ挑発と取られても仕方なかったかな…。

そこから更に調べると、その事件の数年後にエンデヴァーのお嫁さんの轟冷さんも精神に異常をきたして病院に入院している。

 

「そりゃまあ色々あるわな…轟少年的に思うところも…。」

 

10代の少年が背負うにはあまりにも重すぎる家庭環境。むしろそれを思うと雄英に合格するまでよく頑張ったなと感じる。だがエンデヴァーに原因はないだろうとも思っていた。

この家に来るまでは。確かにヒーローとしては今回のエンデヴァーの判断に何の間違いもない。何ならここに来るまでは、私も苦渋の決断をしたエンデヴァーの方をむしろ心配していた。

 

だが今は。

…何となく根本の問題が分かった気がした。

轟少年は、私の活動限界時間を見越して迎えに来た、セメントスとミッドナイトに預けた。あの二人なら問題なく雄英まで送り届けられるだろう。

 

ごほんと咳を吐くと僅かに血が混じっていた。

 

shit……!!私の活動限界時間ももうすぐ来る!だが今は…。

先生として、保護者面談といこう!

 

私は轟少年から預かっていた鍵で玄関を再び開け、再度轟邸の中へと入る。エンデヴァーの自室の位置は先ほどのやり取りで分かっている。足早に歩いてその部屋の襖を開ける。すると、エンデヴァーは困惑と怒りの表情でこちらを見た。…先ほどとは違い紺色のヒーロースーツを着込んでいる。…もう職場復帰するつもりなのか!

 

「………オールマイト!?貴様…焦凍と雄英に帰ったのでは…。」

 

「私の同僚が代わりに送って行ったよ。セメントスとミッドナイトも実力者だ。安心してくれて構わないさ。」

 

だがエンデヴァーは顔から激しい炎を揺らめかせて、殺気すら感じさせる苛立ちを見せて大声で私に詰め寄った。

 

「ふざけるなよ…!!凡百のプロヒーロー数百人より貴様の方が戦力として上だろうが…!!焦凍に何かあれば許さんぞ貴様…!!」

 

「買い被りだよ…。私にも事情があってね。後数分もすれば私はもう戦えない。…だから来た。君に話したいことがあって。」

 

エンデヴァーはヒーローとしては絶対的に信頼できる。それほどまでの鋼の信念と力強さが確かにある。だからこそのトップヒーローだ。私としても緑谷少年が育つまでは彼に頼ることもあるだろうと薄々察してはいた。

だからこそ放っておけなかった。

このままでは彼は…轟少年は…。

 

「何だと?それはどういう…。いや、何でもいい。貴様と話している暇など俺にはない。後数分でウチのサイドキックが家に来る。」

 

「夏雄の護衛にな…そうなれば俺は仕事に戻る。貴様とうだうだ喋っている暇などない…!」

 

「……それ、夏雄くんとも話したのかい?」

 

その私の一言に、エンデヴァーは顔を顰める。何が言いたいのか分からないのだろう。それが危ういんだよエンデヴァー…!

 

「…何故だ。これが最適解なのは貴様にも分かるだろう。俺が話すことなど…。」

 

「一日ぐらい休んだって構わないだろ?それぐらい息子さん達と向き合ってみたらどうだい?彼らには今支えてくれる大人が必要だ…!」

 

私は何とかして説得しようと諭す。…本来こんなこと私が言うべきではないのかもしれない。非常に複雑な家庭の事情だ。だがそれでも。今の私は轟少年の教師なのだから…!

エンデヴァーは一瞬殺気を出すと、ぶっきらぼうに私に答えた。

 

「だったら夏雄にカウンセラーでも手配しよう。雄英もそうしろ。」

 

「そういうことじゃないんだよ…!君だって本当は分かってるんじゃないか!?そりゃ私は家庭持ちじゃないし…何なら女性経験もないが…。」

 

「…貴様…童貞だったのか!?」

 

しまった。余計なことを口走って話が逸れた。…いや、いかんいかん。動揺するな私。

 

「そうだが…今それはどうでもよかった。いや本当にどうでもいい。そうじゃなくてさ!」

 

「君は何のためにNo.1ヒーローになりたいんだ!?どうも…その辺欠如してるぞ!自分の大切なものを蔑ろにしてその先に何がある!?」

 

私にとってはそれは人々の笑顔だ。誰もが笑って、平和に暮らせるようになる社会が必要だった。そのためのOFA。そのための「平和の象徴」。

 

「もっとちゃんと彼らを"見て"くれ!本当にそのうち取り返しがつかないことになるぞ!?」

これは心からの私の忠告だ。いずれ私は緑谷少年に平和の象徴を引き継がねばならない。それは分かっている。だがエンデヴァーは…彼が折れて私より早く引退すれば、それだけで不味いことになる…!

長い沈黙。エンデヴァーは数秒黙った後、重い口を開いた。

 

「………取り返しがつかない…だと?」

 

「それは耳郎響香のことか。八百万邸にも居たそうだな。今はすっかりただの敵だ。」

 

…私の1番痛いところを突いてきたな。それを言われると正直私の反論の余地はない。

 

「はん。人に説教垂れる前にもっとしゃんとしたらどうだ。さっさと出ていけ。」

 

そう言ってエンデヴァーは私の肩に自分の肩をぶつけてすれ違うと部屋を出て行った。私は一人、憂いていた。…不味いな。ヒーロー社会が、確実に揺らぎ始めている。それ以上に…この家庭は…。

 

 

**********************

 

轟冬美視点

 

…夢を見る。夢を見る。

無表情ながらも穏やかなお父さんと、朗らかに静かに微笑むお母さん。

燈矢兄が夏雄を唆して、お父さんにしょうもない悪戯をする。焦凍は微笑みながらそんな様子を眺めて蕎麦を食べている。私は燈矢兄を嗜めながら、そんなくだらない日常に笑う。

 

醒めないで。…醒めないで…!お願いだから醒めないで!薄らとこれが夢だと自覚する。その瞬間に絶望する。

だが無情にもその光景はボヤけていく。暗闇の中にボヤけて消える。

嫌…!嫌…!そして夢中で手を伸ばして、気がつけば知らない天井だった。

 

「………こ、こは…。」

 

喉が掠れている。数時間眠っていたらしい。だけど何で知らないベッドで…うちは布団しかなかったはず…。瞬間、記憶が蘇る。そして一気に恐怖と混乱で頭がいっぱいになる。嘘…!私敵に攫われて…気絶して…!

 

「目が醒めた?」

 

そんな透き通った女性の声にハッとして横を見ると、見慣れた長い綺麗な黒髪の、鼻筋のすらっとした美人が椅子に座っており、不安そうにこちらを覗き込んでいた。

その瞳を見て、私は困惑した。恐怖を感じるべき場面だ。相手は敵。いつ殺されるかも分からない。なのに…なのにどうして…どうしてこんなに胸が安らぐの!?

どうしてそんなに…優しい瞳で私を見るの!?

この私の覚えのある安心感は、一体何なの!?

 

 

 

 

 

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