俺の個性?別に大したことねえよ   作:カバー

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耳郎視点

 

 

目を覚ますと、知らない暗がりだった。…ウチ何してたんだっけ。少なくともここが自室じゃない事は確かだ。お気に入りの父から貰ったギターもないし、何よりこんな冷え切った空気の部屋じゃなかった。

とにかく立ち上がって部屋から出ようとする。

ジャラリ…

 

「…?…ッ!!?」

 

立ちあがろうとして腕を動かすと、鉄が擦れ合うような金属音があたりに響いた。…手錠だ。ウチの両手と両足を手錠と足枷が縛り付けている。

そしてそれに気づいた瞬間、気絶する前の記憶が一気に頭になだれ込んできた。

 

黒髪ロングヘアの、男口調の美形の敵。あろう事かウチのファ…ファーストキスを奪った挙句、みぞおちに蹴りを入れてきた女。

…そこから先の記憶がない。そのことに気づいた途端、ウチの頭をパニックが襲った。

ここはどこ!?(ヴィラン)に攫われたってこと!?

もしかして…ウチ、ここで殺される?

 

「誰か!誰か居ませんか!!!」

 

ウチはうっすらと目が慣れて見えてきた扉に向かって必死になって叫ぶ。…が、反応はない。

そうだ。ウチの個性を使えば拘束を解けるかも!

ウチは耳のイヤホンジャックを伸ばそうとするが、上手く動かせない。

必死で耳元を見ると、うちのイヤホンジャックは丁寧に動かせない様に結ばれていた。

 

「クッソ…嫌だ…こんなところで死ぬなんて嫌だ!」

無我夢中で叫ぶが、無情にも静寂が帰ってくるだけだ。

なけなしの希望を求めてしばらく叫んで助けを求めてみるが、反応らしい反応は返ってこない。…どれほど時間が経っただろうか。叫ぶのにも疲れてきた頃、扉がゆっくりと開けられた。

もしかして、ウチを助けに来てくれたヒーローかも!

そう淡い期待を抱いたが、その希望は泡沫の様に消え去った。

 

「よォ。思ったより元気そうじゃねェか。」

 

艶やかな長い黒髪をたなびかせ、海外の血が混じっているのか日本人離れしたスタイルの女。

街角で見かけたら、綺麗だな以外の感慨は抱かないだろう。

だが、今のウチにとってはまさに恐怖の化身だった。

 

「ッ…ヒッ…近づくな!」

 

情けない声と全身の震えを抑えながら必死にそう威嚇する。その女はそんなウチの様子を見てニッタリとした不気味な笑みを浮かべると、穏やかに語りかけながらウチに近づいてきた。

 

「大丈夫だよ。そう怖がる必要はないさ。…私は君と…友達になりたいんだ。」

 

耳元でそんな甘美な声が響く。じわじわと恐怖が麻痺していく感覚を覚えた。

 

(ヴィラン)として仲間になって欲しい。…望む限りの贅沢をさせてあげるし、出来うる限り私が君を守り抜くよ。安心して。安心して?…私は君の仲間だよ。」

 

 

 

脳みそに直接ビートを叩き込まれたかの様な衝撃を受ける。ウチは今すぐ死なないと理解して腰が抜けそうになった。…よし。ここは話を合わせよう。仲間になったふりをして、自由になったら逃げ出せばいい。

 

 

「…わ、分かりました。仲間になります。(ヴィラン)になります。…だから、その。鎖を外してください。」

 

「……………」

 

 

 

その敵はじっとそう言ったウチの瞳を覗き込んできた。しばらく黙って微笑んでいたその女は、やがて大きなため息をついた。

 

「……ハァ……ったく。」

 

 

そして、人形の様に無表情になると、ウチの襟首を掴んで大声で怒鳴った。

 

「俺にそんな嘘が通じると思ったか!?ふざけんなよテメェ!!!」

 

そして、ウチの頬に鈍い痛みが奔った。

地面に倒れ伏して初めて、握り拳で横顔を殴られたのだと初めて理解した。

弛緩しかけていた恐怖が一気に戻ってきた。

顔が引き攣って震えが止まらない。

 

「ざっけんな!!せっかく優しくしてやったのによォ!!オラ!思いしれ!どうだァ!!」

 

その女は執拗にウチの頭を靴でぐりぐりと踏み躙った。ウチは恐怖で体が竦んで声も出せない。

やめて…!やめて!

そうひたすらに願っていると、やがてその女はウチの頭から靴を離した。

そしてまた酷く優しい声でウチに言った。

 

「…安心して?私が君を一流の敵にしてあげるから。そうだな。まずは…こんな授業をしようか。」

 

 

そう言い終わると、その女は扉から出ていって、少しするとズルズルと"それ"を二つ引きずってきた。

…人?頭に黒いビニール袋を被せられて縛り上げられている、大人の男性と思われる人間を二人引きずって部屋に入ってきた。

そして、にっこりと笑って、その女は何でもないことのようにこう言ったのだ。

 

 

「選んで欲しいんだ。これからこの二人、どっちが"死ぬ"か。」

 

「………………………………………ぇ?」

 

 

「だから、君は殺すならどっちを殺す?こっちは会社員のおっさんで、こっちはそこら辺で拾ってきたごろつき。」

 

 

まるで昼食のメニューを尋ねるかのように気さくに目の前の女はそんなことを言った。…暫くして、言葉の意味を理解すると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。ウチはヒーロー志望だ。人を助けたい。そのために両親と同じミュージシャンになる夢を諦めて、必死に努力して雄英に入った。ウチが人を選んで殺すなんて、そんなの両親に誓ってするわけがない!

 

 

「ふ…ふざけんな!ウチは人を選んで殺させたりしない!その二人を解放しろ!」

 

「つまり、"選ばない"ってコト?」

 

そう首を傾げた女に、ウチは頷く。

 

「そうに決まってるだ…ぇッ?」

 

 

次の瞬間、その女は二人の男の喉元にそれぞれ短刀を突きつけて、何の躊躇いもなく喉を切り裂いた。猿轡でもされているのか二人の男は悲鳴をあげることもできず、喉からどくどくと血を流して地面に倒れ伏した。血飛沫がウチの顔にも飛び散った。

 

「ッ…ぁ…ひああああああああああああッ!!?」

 

思わずそんな情けない悲鳴をあげてしまう。早く。早く助けないと。死ぬ。あの二人が死んでしまう!

だが鎖で縛られたウチはただ見つめることしかできない。やがて二人の男はピクピクと痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。

 

 

「あーあー…。君が選ばないから二人とも死んじまったな。可哀想に。」

 

「……なんで?何でそんなことができるの?アンタ、人間じゃない…。」

 

思わず上擦った声でそう呟くと、その女はにっこりと微笑んだまま、ウチの瞳をまた覗き込んで、諭す様に穏やかに話し始めた。

 

 

「私の故郷じゃテロや殺しは日常茶飯事だった。…人を殺す術を知らないと殺される。そんな世界想像できる?」

 

「…分かんないよ!分かるわけないじゃんか!」

 

ウチが無我夢中で叫ぶと、その女は微笑みから冷たい無表情へとまた戻って、淡々とビニール袋を懐から取り出して言った。

 

 

「これコンビニで買ってきたから飲み食いしとけ。明日もまた来る。俺の手間をあんま取らせんなよ。」

 

そう言うと、その女は立ち上がって、二人の男の顔を隠していた黒いビニール袋をあっさりと取りさった。

 

「…………ひっ!?」

 

苦悶に歪んだ男性二人の死体の表情が露わになる。眼鏡をかけた真面目そうな会社員の男と、茶髪にピアスを開けた人相の悪い男だ。そして、その女は笑みを浮かべて去り際に言った。

 

「死体は明日片付ける。…ああ、そうだ。俺の名前はアーティカだ。これからよろしくな。耳郎響香ちゃん。」

 

その言葉を最後に扉は閉じられた。部屋の中には、ウチ一人…いや、一人と二人だったものだけが取り残された。

錆びついた鉄の様な血の匂いが充満する。

…死体の暗い、暗い瞳がこちらをじっと見つめてくる。まるでウチを責めるかのように。

 

「いや!いや!…ウチは悪くない!悪くないんだ!」

 

必死に目を閉じてそう自分に言い聞かせる。それでも、死体のあの暗い瞳と、充満した血の匂いは消えてくれなかったのだった。

早く優しい両親に会いたい。それだけを思って、気が狂いそうになりながらただ震えて一晩を過ごした。

 

 

**********************

 

 

…どれだけ経ったろうか。時間の感覚さえ最早曖昧になってきた。窓もないこの部屋では、死体以外に見れるものもない。

 

また扉が開いた。今度こそヒーローの助けかと期待したが、無駄だった。

腹が立つほど美形のその女は、鼻歌混じりに部屋に入ってくると、呆れた様に言った。

 

「おいおい。飲み食いしてねェじゃねえか。だめだぜ?ちゃんと食べねェと。」

 

「………食べれるわけないじゃん。死体が目の前にあって。」

 

最早苛立ったり、恐怖する気力もなく、淡々とそう言い返した。すると、その女はため息をついて、死体を引きずって外へと持って行った。

やっとだ。やっとあの暗い瞳を見ないで済む…。

そう安堵の息を吐いた瞬間、また人を引きずってくる音がした。

 

「……もう、もうやめてよ…。」

 

そう言いながら目を開けて、ウチは息を呑んだ。目の前には、黒いビニール袋を被せられた小太りの成人男性と、こ ど も が い た。

 

「………………ぁ、あぁ…。」

 

思わず口から掠れた声が出る。その女は昨日と同じゾッとするような笑みで問いかけた。

 

「さあ。ど っ ち を こ ろ す ?」

 

 

 

「…やめろよ!もうやめて!嫌だ!ウチが何したんだよ!?何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!?お父さん助けて!オールマイト、オールマイト!助けてよ!」

 

みっともなく恥も外聞もなくただ叫ぶ。そんな叫びを黙って聞いていたその女は、今までとどこか違う、少し親しげな声で言葉を返した。

 

「それだよ。その感覚。それが私の故郷だった。…私も6歳の時、同じことを思った…。」

 

そして、ウチをぎゅっと優しく抱きしめた。口調の男らしさとは裏腹に、豊かな女性らしい柔らかな胸がウチの顔を包み込んだ。

 

「…………ぇ?…………な、にを。」

 

「分かるよ。その気持ちが分かるのは"俺"だけだ。良いよ。今日は子供は助けてあげる。」

 

その一言に、ウチは目の前の"女の人"を優しいと思った。その微笑みを、美しいと思った。それこそ、お母さんみたいな…。

すると、まるで子供をあやすかの様に、アーティカはウチの手に短刀を握らせた。

 

「じゃあ、あの男を一緒に殺そうか。可哀想な子供を助けるために。」

 

「………………ぇ?」

 

アーティカの目と柔らかな手は、その言葉の残酷さとは裏腹にどこまでも優しかった。

そして、手錠と足枷を外すと、ゆっくりとウチの手を引っ張って、もがもがと猿轡を外そうともがいている小太りの男の胸元に短刀を突きつけさせた。

 

「さあ、刺して。ゆっくり…ゆっくり…そう。いい子だね。」

 

「あ…うあ…や、やだ…。」

 

 

肉の塊にゆっくりと刃物を差し込む感触が手に伝わる。生暖かい血がウチの手を汚していく。

アーティカは甘くウチの耳元で囁く。

ゆっくり…。ゆっくり…。

 

気がつくと、ウチの目の前には死体が一つ転がっていた。その瞳は、苦悶に満ちていた。

アーティカは、ウチの頭を優しく撫でると、子供を褒めるかの様に呟いた。

 

 

「おめでとう!耳郎ちゃんは立派な殺人者になった…"殺人"を躊躇わない敵に相応しい女の子になった…。」

 

夢から覚める様な感覚で、一瞬で頭から血の気が引く。ウチの両手を眺めると、血で濡れて汚れ切っていた。

そして、アーティカは弾む様な声でウチに言った。

 

 

「明日は自分一人で殺してもらうからね。その子を助けたいんでしょ?」

 

「………い、いや…いやああああああァ!!!!」

 

 

絶叫が、甲高く響いた。アーティカは、鼻歌を歌いながら部屋を出た。

 

 

そして呆然として遺体を眺めて、気がつくとまた一日が経っていた。今度は、アーティカはタブレットを持って部屋に入ってきた。

 

「今日は耳郎ちゃんに見てもらいたいものがあって。ほら。」

 

そう言って、再生ボタンを押す様な操作をした後、アーティカは私にタブレット画面を見せてきた。…そこには、笑みを消して真面目な顔のスーツ姿のオールマイトと、誰だろ。紺色の髪の毛をした女の人が、同じくスーツ姿で立っていた。

そしてネズミの校長先生が同じく壇上に上がった。

 

これって…記者会見?

すると、校長先生は前見た時のユーモアのある雰囲気はどうしたのか、生真面目な声でこう口火を切った。

 

「この度は、我が校の危機管理不足によって、ヒーロー科一年生20名に被害を与えたこと。ヒーロー育成校でありながら、敵への危機管理を怠り、生徒一名を敵に連れ去られたこと。」

 

「謹んで、お詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。」

 

 

 

三人が深々と頭を下げる。フラッシュの嵐が彼らの姿を照らす。一人の記者が鋭く迫った。

 

「〇〇テレビです。雄英高校にオールマイト氏が教師として着任してすぐに、生徒一名が誘拐されたわけですが、その場にいて救えなかった責任は感じていますか?」

 

 

…何だよ、それ。悪いのは敵だろ。あんな奇襲を想定できるわけがない。

だが、オールマイトは更に深く頭を下げると、悲痛な声で答えた。

 

 

「…無論、耳郎響香さんを敵に拐われてしまったのは、ヒーローとして、教師として、自分の力が足りていなかったせいです。どんな責任でも負う覚悟です。」

 

フラッシュが一層激しくオールマイトを照らす。すると、庇う様にネズミ校長は言葉を被せた。

 

「今回の事件は、我が校の危機管理能力が欠如していたせいです。彼一人に責任を被せるのは…。」

 

「…平和の象徴と呼ばれるオールマイト氏の着任を狙って、敵は来たんですよね!なら当然彼に責任が…。」

 

 

そこからはイタチごっこだった。オールマイトに責任を求めるメディアに、それを何とか学校全体の責任として背負おうとする校長と女の教師。

結局そのまま記者会見の時間は過ぎ去っていき、校長が丁寧に挨拶をして去ろうとした。

すると、去りがけにオールマイトは、何と記者達に向かって土下座をした。

 

どうやら予定外の行動らしい。校長と女の教師は慌ててオールマイトを立たせようとする。が、オールマイトは土下座したまま力強く宣言した。

 

「耳郎響香さんは、未来あるヒーローの卵です。これから、無限の可能性がある。必ず、必ず救い出してみせます!私の全てを賭けて!」

 

 

そして、記者会見の映像は終わった。

 

「何だよ、これ…。」

 

「何って、記者会見。感動的じゃない?君を助けるってさ。無限の可能性があるって。でもさ。」

 

アーティカは、ウチの手を取って、ゾッとする様な笑みを浮かべて言った。

 

「もう、君の手は汚れちゃったね。」

 

「……………ぁ。あぁ…。」

 

鮮血で真っ赤に染まった手は、一晩そのままだってことで、血がこべりついていた。黒く変色しかけている。

そうか。ウチは、もう。

 

「もう、ウチはヒーローになれないのか…。」

 

全てが壊れる音がした。ヒーロー達が必死で守ろうとしているウチは、もう人殺しだ。未来なんてない。こんなことが明るみに出て、ヒーローになんてなれるわけがない。そんな絶望するウチを、アーティカ"さん"は昨日の様に、優しく抱きしめた。そして、ウチの血で汚れた手を取って、愛しそうに顔に擦り付けた。

 

「大丈夫だよ。私は君が何をしようと、どんなに汚れようと肯定する。君の居場所はここにある。さあ、じゃあ今日も…。」

 

そして部屋を出ると、縛り上げられたこどもと、柄の悪そうなチンピラを引きずってきた。今までと違うのは、ビニール袋を被せられていないのと、猿轡をされていないこと。

 

「なに!?怖いよ!助けてよお姉さん!」

 

「ふざけんな!オラ!縄解きやがれ!!」

 

そんな風に二人が叫んでいること。やることはもう分かっていた。アーティカさんはウチの手錠と足枷を外して、さらに耳のイヤホンジャックの結びを丁寧に解くと、短刀をウチに手渡した。

 

「じゃあ、一人前の(ヴィラン)になるための第一歩だ。」

 

 

「今日は、どっちを殺す?」

決まっていた。ウチは喚くチンピラの喉を切り裂いた。血がウチを汚したが、もう関係ない。子供の甲高い悲鳴が部屋を満たした。

アーティカさんは、子供の縄を解いて外へと逃した。

そして、ウチに魅力的な笑みを浮かべて尋ねた。

 

 

「…子供を逃したから、ここにはすぐヒーローか警察が来る。もう君は自由だ。どこへでも行ける。でも…君を受け入れてくれる場所は…どこ?」

 

ウチは何の躊躇いもなく、アーティカさんに抱きついた。人殺しのウチには、もう頼れる場所はここしかない。あの眩しすぎる両親の元になんて、今更戻れない。

 

「じゃあ、行こうか。」

 

アーティカさんは私の額に口付けすると、私の手を取った。その手は、とても優しかった。

 

 

 

 

**********************

 

アーティカ視点

 

躾の終わった、新しい部下を連れて上機嫌で黒霧に電話をかける。一ヶ月と言われていたが、一週間程度で堕とすことができた。

プロヒーローならともかく、高校生になったばかりの子供なんてこんなもんだ。懐いてみると、ボーイッシュな見た目に三白眼、そして控えめな体つきも可愛く見えてくるから不思議だ。

 

「黒霧、例の倉庫前にワープ頼む。俺の新しい"部下"と死柄木の坊主を挨拶させときたい。」

 

「…随分早かったですね。分かりました。すぐに。」

 

すると、目の前に黒いモヤのゲートと共に、黒霧が現れる。耳郎ちゃんは一瞬怯んだ様だったが、俺の手をぎゅっと握って俺の隣に立った。

そして、二人で一緒にワープゲートへと足を踏み入れた。

こうして耳郎響香という少女は、敵へと堕ちた。

 

 

 

 

 

 

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