アーティカ視点
『先日、雄英高校ヒーロー科の災害訓練施設で、生徒達が襲撃を受けた事件の続報です。
俺は自室のソファで寛ぎながらテレビを眺めていた。どのチャンネルに切り替えても雄英高校の、"可哀想"な耳郎響香のニュースで持ちきりだ。
一週間経ったとはいえ、平和の象徴オールマイトと雄英高校の失態を、誰もが動揺を持って受け止めていた。
笑えるぜ。流石に平和ボケした国は違う。犯人を責めるのではなく、被害者側の雄英校が非難の的になっている。
「ま、私達
俺は俺の隣に座り、俺の腕に両腕を絡めて体を預けている耳郎ちゃんにそう耳元で囁いた。
耳郎ちゃんは監視の意味も含めて、俺の隠れ家で同棲状態だ。まあ趣味もあるが。
小ぶりだが確かにある胸が俺の腕に密着して形を歪めている感覚が心地よい。
「…そうですね。アーティカさん的には、してやったりって感じですか?」
そう敬意を持った様子で丁寧に尋ねてくる耳郎ちゃんの顎をさすりながら、俺は上機嫌で答えた。
「まあね。オールマイトには昔辛酸を舐めさせられたから。でも君が手に入ったのはそれ以上に嬉しいかな。」
俺は手に入れたものは愛でる趣味だ。それに、何だかんだで仕事も任せたい耳郎ちゃんを、一個人としても信頼したい。
平和ボケしていたガキだった耳郎ちゃんは嫌いだったが、俺と同じ"人殺し"になったなら話は別だ。仕事仲間は信頼するためにも大事にする。それが俺のポリシーだ。
テレビではニュース番組のスタジオ内に切り替わり、賢ぶった専門家の爺さんが長々と話している。
『残念ながら雄英の危機管理能力が甘かったと言わざるを得ません。…私の孫もヒーロー志望ですが、雄英に行かせようとはとてもとても…。』
『被害者の耳朗響香さんの、一刻も早い保護を願うばかりです。』
そう専門家が言うと、モニターに耳郎ちゃんの写真がデカデカと貼られた。
俺はテーブルからウィスキーの瓶を取ってグラスに注ぎ、ぐいっと飲む。そして耳郎ちゃんにイタズラっぽく笑いかけて問いかけた。
「どう?耳郎ちゃん初の地上波デビュー。多分今ニホンで一番今どきな人だよ。SNSのトレンドに載ってるかも。」
すると、耳郎ちゃんは複雑な表情でテレビを見て、恥ずかしそうに答えた。
「なんか、恥ずかしいな…。まあ、敵としては喜ぶべきなんだろうけど。」
『耳郎さんのメンタル面も心配です。まだ10代の子供ですよ?どんな悲痛な思いでいるか…。』
テレビ画面の女キャスターがそう心配そうに呟く。俺は耳郎ちゃんの耳を甘噛みする。可愛い声をあげて耳郎ちゃんは抗議の恨みがましい目線を俺に向けた。
…ヤバ。テレビ画面で心配されてる被害者とイチャコラするの、最高に気持ちいい。そして耳元で囁いた。
「だってさ。どう?私が色々と耳郎ちゃんを気持ち良くしてケアしてあげようか?」
耳郎ちゃんは顔を真っ赤にして、ジト目で俺の顔を見つめると、ポツリと呟いた。
「………アーティカさんがしたいだけだろ?変態。」
「はは。バレたか。」
そうやってイチャついていると、俺のスマホがタイミング悪く鳴った。俺は舌打ちをしてスマホを取り出す。…AFOからだ。俺は耳郎ちゃんの両腕にしがみつかれている方とは反対側の腕でスマホを通話状態にして、耳に当てた。
「よお、俺だ。何の用だ?」
「おや。声がピリついてるね。タイミングが悪かったかな?」
俺は不機嫌さを隠そうともせずに淡々と答えた。
「だな。ニュースを見ながら俺の愛しの耳郎ちゃんとイチャついてたところだ。」
そう答えると、AFOは心の底から愉快そうに笑い、手を叩いて答えた。
「それはいい趣味だねぇ…オールマイトにその姿を見せられないのが実に残念だよ。今でも愉快だが、もっと愉快になったろう。」
AFOの声は弾む様だった。よほどオールマイトの謝罪会見からのマスコミの批判が面白かったらしい。まあ俺も同意見だが。
「で?何の用だ。仕事の依頼か?」
「いやいや。君を労うために電話をかけたんだよ。本当にいい仕事をしてくれた。オールマイト殺し"失敗"は残念だが、十分な成果だ。弔も君に刺激を受けた様だしねェ。」
俺は白々しいことをほざくAFOを鼻で笑って答えた。
「はっ。よく言うぜ。最初からオールマイトを殺す気なんてなかったんだろ?」
「…………………おや。バレたかい?」
隠す気もないだろうが。そういいたくなるのを堪えて、淡々と言葉を返した。
「当たり前だ。オールマイトが"あそこまで"弱ってるなんざ想像してなかったぜ。それなりの手練れ相手とはいえあそこまで傷つくなら、いくらでも殺しようはある。」
…全盛期のオールマイトの実力を肌で感じて初めて恐怖を覚えた俺としては、あの姿は少々ショックでもあった。
脳無…改造人間は、オールマイト対策にショック吸収の個性を与えられたと聞いている。オールマイト並みのパワーにしたとも。
たが、"そんなもの"全盛期のオールマイトに通用するはずもない。
そもそも全盛期のオールマイトのパワーを再現するのはまず無理だろ。常識的に考えて。
「俺は正面戦闘の心得もあるが、傭兵として一番得意だったのは"暗殺"だ。あんたならよく知ってるだろうが。今のオールマイトなら手段さえ選ばなければ殺す自信はある。」
人質、闇討ち。傭兵や敵の最大の利点は、手段を選ばなくていいことだ。同じ実力同士のヒーローと敵が問答無用でやり合ったら、まず敵が勝つだろう。
それだけ法に縛られたヒーローと敵は前提条件が違うのだ。
「ふふふ…まあね。僕の情報力と君の暗殺スキルなら、問題なく殺すことはできるだろう。だが、それだけじゃあ意味がない。」
そうAFOは答えた。この答えも何となく察してはいた。おそらく理由は二つ。
「死柄木の坊主の育成と、オールマイトに絶望を与えるため…か。」
「正解。相変わらず君は勘がいい。」
「伊達に何年もあんたと付き合ってねえからな。」
まあ"仲間"としては全く信頼してないが。意図的か無意識かは知らないが、丁寧ながらもAFOは自分以外の全てを見下している。
"雇い主"としては金払いが良いので好きだが。
「その通りだよ。死柄木弔はオールマイトを心の底から憎んでいる。憎しみは彼にとっては敵として重要な要素だ。それをすぐに失ってほしくない。」
「要は、越えるべき壁として機能してほしいというわけか。まるで教師だな、あんた。」
「教師か…。ま、先生と呼ばれてはいるからね。」
AFOは熱の籠った声で言葉を続けた。
「そして、オールマイト!あの忌々しい平和の象徴には、ただ死んでもらうだけで許せるほど軽い恨みは抱いちゃいない。」
「出来うる限り凄惨に!哀れに!愚かしく後悔して死んでほしいんだよ。その点、君の一手はその第一歩として実に素晴らしかった。」
俺はその恨みの熱量に軽く引きながらも言葉を返した。
「まあ、雇い主のあんたが満足なら良かったよ。送金も確認できたし、winwinだな。」
「ああ、全くだね。耳郎響香をしっかり敵として戦えるよう調整しておいてくれ。その瞬間を見たオールマイトの顔が今から楽しみだ。」
…それは俺も楽しみだな。
俺も人のことを言える趣味の悪さじゃないな、と思いながら同意した。
「ああ。そのつもりだ。次の任務はいつだ?」
「そうだねェ…少し先になるが、I・アイランド絡みの依頼がある。本来なら、ウォルフラムという男が担当するはずだったのだが…。君、殺しただろ?」
「あー…誰だっけ?悪ィが興味ない野郎の名前覚えるのは苦手なんだ。」
「まあ、どうでもいいさ。その時には脳無も貸し出そう。君の部下の初舞台だ。…オールマイト絡みでもある。では、良い夜を。」
「どうも。」
そう答えると、通話は終わった。
I・アイランドか…。世界中のヒーロー関連企業が出資している、個性研究やヒーローアイテム開発のための巨大な研究都市であり、人工の島。
警備はあの難攻不落の刑務所、タルタロスに匹敵するとか聞いたことがある。
AFOの依頼じゃなけりゃ断るが、まああいつと俺なら何とでもなるだろ。
そう物思いに耽っていると、腕を絡めていた耳郎ちゃんが、テレビを食い入る様に見つめているのに気付いた。すると、モザイクはかかっているが、耳郎ちゃんの両親が映っていた。焦燥した様子で、インタビューに答えている様だ。
俺は無言でテレビを消すと、耳郎ちゃんの顎を指で優しく持ち上げて、こちらに向けさせた。
「帰りたくなったか?」
「……いや。もう住む世界が違うから。愛しく思う気持ちは、あるけど。」
俺は耳郎ちゃんの口を塞ぐと、また舌を入れて痺れる様なキスをした。耳郎ちゃんは顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。
「その気持ち、忘れさせてあげるくらい気持ち良くしてやるよ。」
「もう…馬鹿。」
そして俺は耳郎ちゃんをお姫様抱っこして、二人の共用ベッドへとお姫様を連れて行くのだった。
義爛に相談して耳郎ちゃんの専用コスチュームを作ってもらうか。そう思案しながら。
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そんな浮かれた夜を過ごしていたアーティカと同じ時刻、雄英高校では教師陣が集められ、オールマイトの友人でもある刑事塚内も含めた緊急会議が行われていた。雰囲気は緊迫そのもので、全員が深刻な顔つきをしている。
「…先日、東京港区の使われていない廃倉庫で、四名の遺体が発見されました。全員が鋭利な刃物による切り傷が原因の出血死で、…生還した子供の証言とDNAが検出されたことから、そこに、耳朗響香が監禁されていたものと思われます。」
その報告を聞いた瞬間、教師陣はざわつきだす。まさか生徒も殺されているのでは…。
「それで、耳郎少女は、無事なのか!?」
痩せ細った姿のトゥルーフォームとなったオールマイトがそう切羽詰まった様子で尋ねる。
「…無事、ではあると思われる。」
歯切れが悪いがその返答に、教師陣はほっとしたような雰囲気を出す。塚内刑事が次の一言を発するまでは。
「だが、その子供の証言によれば、…耳郎響香が、その内の一名を殺害したと思われる。」
瞬間、場の空気が凍りついた。派手な金色の逆だった髪型をしたプレゼントマイクは、困惑した様子で叫んだ。
「どういう事だよ!有り得ねえだろ!?」
ざわつく教師陣の中で、目を閉じてじっと思案していたネズミの校長は、深く息を吐いて言葉を溢した。
「…ご遺体は四名だと言っていたね。つまり、敵は耳郎くんを洗脳しようとしてたんだろう。目の前で人を殺して、手を汚させた。」
「大方、その認識で合っていると我々も判断しました。子供の証言によれば、自分ともう片方、どちらを殺すか選べと女の敵が生徒に迫ったそうです。」
次の瞬間、オールマイトがマッスルフォームになって震える拳を机に叩きつけた。
「…………SHIT!!!!私が居ながら、無垢な少女をむざむざと残虐な
ネズミの校長は、怒りに震えるオールマイトをやんわりと嗜めた。
「それは僕たち全員が背負うべき責任だよ。…油断していたんだ。敵は僕たちを見定めて、戦争を起こす気でいた。まんまと先手を取られてしまった以上、これ以上を許すわけにはいかない!」
普段穏やかな校長の言葉の節々にも、怒気が孕んでいた。塚内刑事も真剣な顔で頷くと、こう伝えた。
「この事件の顛末はメディアにはしばらく伏せます。これ以上ヒーロー社会へ不安の種を撒くわけにはいかない。耳郎さんのご両親もそう願っています。…敵が自分からバラす可能性もありますが。」
「できれば、それはないと信じたいね…。」
塚内刑事は心配と怒りに震える教師達に、努めて冷静に語った。
「敵に拉致監禁され、冷静な判断を奪われた未成年の犯罪である以上、有責性はないと判断されるでしょう。…我々も一丸となって耳郎響香さんを捜索します。」
塚内刑事の言葉に校長は深々と頭を下げると、教師陣に力強い言葉で語った。
「…ありがとう塚内刑事。君達皆も、どうか気を引き締めて警戒してほしい。警備も増強する。…必要であれば、外部のヒーローに協力も頼もう!」
「我々は、敵との戦争状態に入った!そのつもりで、来たる雄英体育祭などのイベントも毅然とした態度で行おう!敵に屈してはいけない!」
「「「「「はい!!」」」」」
敵の生徒を攫ったという完全勝利は、雄英高校の警戒心と闘争心に火をつけた。
そして、彼ら全員が、強い怒りと使命感を得た事で、雄英高校はまた、動き出そうとしていた。
そして、最も怒りに震えている平和の象徴は、小さく呟いた。
「待っていてくれ耳郎少女…私が必ず…!」
怒りに震えても助けることを考える彼は、批判に晒されようが、紛れもなく、平和の象徴としての精神を保っていた。