主人公が敵側だとあっさり殺しちゃうから難しいですね。
アーティカ視点
俺と耳郎ちゃんは死柄木の坊主に誘われて、いつものバーで体育祭の観戦…というか雄英の敵情視察を行おうという話になった。
「…あの時のガキ共は強かった。オールマイトを崩すなら、確かに雄英の足元から崩すべきだ。…そしてその足元で一番崩しやすいのが、生徒だ。」
「耳郎のような仲間がもっと欲しい。…その下見でもある。お前も耳郎も意見言ってけよ。一人でやるよりそっちの方が効率的だ。」
その死柄木の坊主の言葉に、耳郎ちゃんは困惑した様に俺の方を見たが、俺が満足げに頷くのを見て了承した。
「分かった。ウチもアーティカさんの役に立ちたいし。」
死柄木の坊主は耳郎ちゃんに解説する様に頼…頼んだと言っていいのか?半分命令だった気もするが‥。まあそこは良いだろう。
これは目に見える良い成長だ。
AFOにとっても望ましい結果だろう。そして俺にとってもだ。
ヒーロー社会が崩れれば、仕事も増える。それに何より、…俺の助けに応えなかった、オールマイトや先進国のヒーロー社会をぐちゃぐちゃにするのは俺にとっても小気味が良いものだ。
死柄木の坊主には、それだけの素質を感じるのだ。
俺と耳郎ちゃんと死柄木の坊主がカウンターに座ってテレビを眺める。黒霧が気を利かせてドリンクを提供してくれるので随分と快適だ。
「さて、どんなガキのお遊戯が見れるかねェ…。」
いつものバーボンのグラスを傾けながら、俺はそう小さく呟いた。
雄英のガキどものお遊びは、毎年派手な金髪の逆さ髪とサングラスが見た目からして五月蝿い雄英校教師でもあるプロヒーロー、プレゼント・マイクの煽るような全体アナウンスから始まるのが定例だ。今年もそうなのかと思ったのだが…。
『えー…本日はマスメディアの皆様もよくお越しくださいました。先日の事件もあり、一般の皆様の会場入りも出店も今年はNGとさせて頂いています。』
『例年とは勝手が異なる雄英体育祭ですが、どうか新たなヒーローの卵達に、貴重な機会を与えてください。…堅苦しくなりましたが、雄英体育祭をお楽しみください。』
大柄な体格に直方体の顔、そして実直な喋り方。…確かプロヒーローのセメントスだ。…成る程な。
「あれ、今年の全体アナウンスはプレゼント・マイクじゃないんだ。毎年そうなのに。」
「ああ。確かに昨年は五月蝿え黄色の猿みてぇなのが騒いでたな。」
「猿て…。」
死柄木の坊主の直裁な言い方に軽く耳郎ちゃんは引いているが、以前と比べればかなり円滑に二人は会話をするようになった。
俺はそんな二人に淡々と説明することにした。
「雄英なりに危機意識を持ってますって真面目にアピールしたかったんだろ。それだけ世間からの不信感を懸念してるってことだろうぜ。」
すると、店内にあるスピーカーから聞き覚えのある声が返答をしてきた。
『そうだろうね。君達の攻撃が順調にヒーロー社会を脅かしている何よりの証拠さ!自信を持って良いと思うぜ。』
「……なんだ。居たのか、先生。」
『ああ、居たとも弔。僕だって善良な日本国民だぜ?一緒に雄英高校の栄えある舞台を観ようじゃないか。』
はっ。何が善良なニホン国民だ。相変わらず思ってもない皮肉を溢すのが好きなタイプだなァ。
「うわっ!何急に。誰?」
『これはこれは挨拶が遅れてすまないね、耳郎響香くん。僕は君の愛しいアーティカくんの…まあ友達のようなものだ。君とも友達になりたいと思ってるんだぜ?』
突然の声に驚いた様子の耳郎ちゃんに、
「はっ。何が友達だァ。ただの傭兵と雇い主だろ。それ以上でもそれ以下でもねェよ。」
『相変わらずつれないねェ。まあ、君のそういうところ、嫌いじゃないがね。』
いけしゃあしゃあと宣うものだ。好きなのは俺の仕事ができるところだけだろうに。
死柄木の坊主は駄弁っている俺たちを一睨みして呟いた。
「…居るんなら先生からもアドバイス貰うぜ。使えるものは何でも使いたいからな。」
『勿論だよ弔。…で、今日は一年生の体育祭を観るのかい?』
「ああ。俺もアーティカのやつを参考にしたい。…パーティーメンバー集めってのをやってみるつもりさ。」
そう言って、死柄木弔は、悪意の笑みを見せたのだった。
そこからは一年生達の大会を全員で見始めた。
…第一種目は完全にガキのお遊戯だな。鈍臭ェメカに、雑な綱渡り。お遊びの地雷原ごっこ。
だがその中でも判断力の有無を見ることはできる。
「…個性見せねェガキが一位かよ。マジでお遊戯だな。」
「なんか…ウチから見てもそう思っちゃったよ。実戦よりエンタメ寄りって感じ。でも轟は凄いな。」
「あァ。エンデヴァーの息子…か。道理でな。」
巨大な妨害ロボットを一瞬で凍らせる個性の出力。素の身体能力と判断力で終盤までトップを維持したのも大したものだ。目立ったのは土壇場で一位になった緑谷出久だが、総合力ではエンデヴァーの息子のガキだろう。
第二種目は騎馬戦。
お遊戯ではあるが、見るべき個性持ちは何人かいるな。あの鴉のような鳥頭。影による中遠距離攻撃と防御。あれはいいな。欲しい。
後は猿みたいに五月蝿え不良のような爆豪とかいうガキ。あのハングリーさは警戒すべきだな。
ああいう我が強いタイプは堕とし辛い。
それとあの創造の個性のおっぱいのデカいイイ女…見覚えのある顔だと思ったら‥。
「なあ耳郎。あれ八百万家のお嬢様じゃねェか?」
「あー…そう言われれば確かに金持ちっぽかったですね。八百万。箱入り娘っぽかったし。」
講堂がある程の贅沢な居宅を持った八百万グループのお嬢様。金持ちのくせにやたらと清廉潔白だから雇い主にはなり得ないが、攫った時のリターンはでかい。
第三種目の決闘形式の個人戦で、俺の八百万とかいうガキに対するその想いはより強くなった。
烏頭の常闇とかいうガキに、ほぼ一方的に場外させられたその姿からは、自信を喪失した子供の弱さが感じ取れた。
…ああいう真面目なガキは堕としやすい。イイ女で、個性が便利で、堕としやすそうなら狙わない理由もない。
『さあ!今回の勝者は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった。競い、高め合い、さらに先へと登っていくその姿…!』
『次代のヒーローは確実に、その芽を伸ばしている…!そしてここには居ない一人の少女も、必ずや我々大人がこの場へと引き戻してみせる!』
『今日警備に駆けつけてくれたエンデヴァーを始めとしたヒーロー達や教員、警察の方々全員で、次代の芽を守っていく!』
『さらに向こうへ!Plus ultra!!』
そのオールマイトの閉会宣言は、揺らぎかけたヒーロー社会への激励、そして敵への警告を意図したものであることは明白だ。俺たちの犯行の影響が如実に現れている。
死柄木の坊主はカウンターに座ってテレビを眺めて、苛ついたように首をガリガリと引っ掻いていたが、やがて獰猛な笑みを浮かべて呟いた。
「ヘラヘラ笑いやがって…。だがそのニヤケ面も来週には消えるぜ?オールマイト。」
『それで、気になる生徒は居たかい?死柄木弔。」
そうスピーカーからAFOが問いかける。死柄木弔は、凶暴すぎて表彰台で押さえつけられている爆豪とかいうガキを見て、淡々と答えた。
「あいつだ。…見るからにこっち側だろ、爆豪ってやつは。」
…確かにそう一見判断できる。
だが俺にはその考えは浅はかに思えた。
敵側に見えるほど凶暴でもヒーローを目指しているということは、それだけ強い想いであるということだ。
そして元から拗らせている不良は敵にまでは堕としにくい。
耳郎ちゃんはその言葉に嫌そうに呟いた。
「ウチあいつ苦手なんだよね。ギャーギャー五月蝿いし、やたらと自己主張するし‥。」
「…それが良いんじゃないか。この個性社会で抑圧されている証拠だろう。こっち側に堕としやすそうだ。」
…だがここで頑なに否定して死柄木の坊主の機嫌を損ねるのもよくないな。取り敢えず俺は黙って見守ろう。そういうのが大事な時もある。
そう考えながらも、俺は八百万百という名前をターゲットリストに確かに加えたのだった。
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ターボヒーロー、インゲニウムが指定敵、ヒーロー殺しステインに襲撃され、一命は取り留めたものの重傷を負った一週間半後の早朝。
保須市では市側の要請によって、他所の街を担当しているはずのプロヒーロー達数名によるパトロールが行われていた。
「気分悪いぜ全く…インゲニウムさんと仕事一緒にしたことあるけどよ。ほんとにいい人だったぜ。」
「…奴の蛮行をそうそうに止めねば。これ以上被害を出すわけにはいかない。」
そう言葉を交わしながら路地裏を警戒した様子で歩くプロヒーロー三人もまた、ヒーロー殺しステインを捕縛せんとこの街へとやってきた者たちだ。
全員が特徴的な緑のマントを羽織っている。それは彼らの憧れのヒーローであり、所属していた事務所のヒーロー、クラストをリスペクトしてのものだった。
その中で一番若い、茶髪の好青年ヒーローが、前を歩く先輩らしき男たち二人に意気込んで言った。
「…クラスト事務所から独り立ちして三人で事務所立ち上げて、初めての大仕事ですね!」
「あぁ。あの人の名に恥じないように頑張ろう。」
ベテランの元で経験を積んで必死にお金を貯め、事務所を新設した三人の瞳は、希望と決意で輝いていた。
三人で路地裏を進んでいく。
「誰か…だれか…助けてください!」
路地裏の薄暗がりの先から少女の助けを願う悲鳴が響く。三人は迷うことなく即座にその声の元へと駆け出した。その少女は、仮装か何かだろうか。漆黒のブラウスに、青薔薇のコルセット、そしてレースのスカートといった、ゴシックロリータ風のドレスに身を包んでいる。
「ッ!どうしたんだ君!大丈夫か!」
ガタイの良い屈強なヒーローの中では年長の一人が、必死になって少女に近寄って様子を確認する。そして、顔を確認した途端驚愕に顔を歪ませた。
「おい…この娘、雄英から攫われたって例のあの娘じゃないかッ!?大変だ!至急保護して警察につうほっ…!?」
瞬間、一閃。
少女の振るった漆黒のナイフが、屈強なヒーローの喉を一瞬で切り裂いた。赤い血飛沫が少女を汚す。あまりの状況に喉を切り裂かれた当人は勿論、その光景を目撃した二人のヒーローも一瞬反応が遅れる。
その隙を見逃さぬようこの一週間と少しで徹底的に仕込まれた少女は、イヤホンプラグを、驚いて固まった二人のヒーローに突き刺そうとする。
「危ねえッ!!」
「ッ!先輩!」
茶髪の青年ヒーローを咄嗟に庇ってもう一人のヒーローが個性を発動する。彼の個性は『石化』体を岩石に変形させ、強固にすることができる。クラストの元で磨いたその硬さは、クラストの『シールド』には劣るもののまさに鉄壁…が。
「遅いや、悪いけど。」
体が硬化する前に、二つのイヤホンプラグは無情にも体に突き刺さり、心音の衝撃波が身体中を駆け巡る。そのハートビートは、彼の心臓周りの筋繊維を無情なまでに破壊し尽くした。
「ぐっ…アッ…。」
目や鼻から血を垂れ流し、そのヒーローもまた地面へと倒れ伏した。唯一残った茶髪の青年ヒーローは、即座に少女から間合いを取って戦闘体勢に入る。
「先輩…!先輩!くそッ…何なんだよ…!何でこんなことをするんだ!?
茶髪の青年ヒーローの必死の問いかけを、その少女…耳郎響香は無視してナイフで切り掛かろうと青年ヒーローに向けて駆け出す。青年ヒーローも動揺しながらも個性を発動する。彼の個性は『身体伸縮』体の部位を自在に伸ばすことができる。
彼は腕を素早く伸ばして、見かけより数倍長い間合いで攻撃することができる。
素早く伸びた右腕のストレートが耳郎に迫る。
だが耳郎響香は素早く頭を横に振ると、その一撃を回避した。そして、間合いをつめると、イヤホンジャックとナイフの斬撃という、どちらを躱わすかの二択を相手に迫った。
「ッ!くそッ…!」
だが相手もプロヒーロー。イヤホンジャックを冷静に左手で捌き、ナイフの突きを足技で跳ね除けた。
そしてまた間合いを取る。そして青年ヒーローは必死になって説得を試みようとした。
「耳郎響香さん!何故こんなことを!?
だが、耳郎響香は淡々と言葉を返した。
「それは無理。ウチの愛しい人が望んでるから、悪いけど死んでもらうよ。」
「……洗脳か。くそっ。仕方ない。無力化して強制的に捕縛する!悪く思わないでくれ!」
そう叫んで青年ヒーローは覚悟を決めた表情になる。腰を落としてボクサーのようなファイティングポーズを取った。
完全に臨戦体勢だ。
だが、目の前の少女にとってはこの程度想定内。
無言でイヤホンプラグを手につけていたフリル付きの白い付け袖へと伸ばす。そして腕を青年ヒーローの方へ向けると、付け袖に搭載された小型の音波発射機を起動した。
ブオォン!!!
瞬間、超圧縮された耳郎響香の心音が発射され、青年ヒーローの耳元で炸裂した。
不可視の攻撃。ヒーローならば取れぬ、確実に相手の部位を"破壊"するための装備。
「いッ…づぁっ…!?」
青年ヒーローの鼓膜が破け、耳元からドロリとした血が流れ出した。痛みで視界が朦朧とした瞬間、耳郎響香はナイフを青年ヒーローの胸元に投げ飛ばした。
ザグッ
そのナイフは青年ヒーローの胸元へと無情にも突き刺さった。彼はたまらず地面へと仰向けに倒れ伏す。
…この数分のやり取りで、耳郎響香はヒーロー三名を瞬時に無力化してみせた。
辛うじて息がある茶髪の青年ヒーローへと耳郎は歩み寄る。冷たく自分を見下ろす耳郎響香に、そのヒーローは朦朧とした意識と薄れゆく視界の中、ポツリと呟いた。
「………まだ、まだだ。俺は…俺はきっと君を…救って…。」
その青年は、最後まで自分ではなく、洗脳された少女の身を案じた。だからだろう。その光景をビルの屋上から眺めていたヒーロー殺しと呼ばれたその男は、その青年の中に真のヒーローの魂を見出した。
「ハァ…あれは本物だ。死なせるわけには…いかんなァ!!」
瞬間、ヒーロー殺しステインは、赤いスカーフを風でたなびかせながら路地裏へと飛び降りた。そして、耳郎響香へと長い舌を出し笑いながら刀を両手で握って急接近した。
「ッ!!?ヒーロー殺し!」
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耳郎響香視点
…ウチだって別に殺しなんてしたくない。今更別に血に汚れた自分を憐れんだりはしないけど。嫌なものは嫌だ。アーティカさんが可愛いと言ってくれた、ウチお気に入りのドレスは防水加工済みだ。返り血もつかないのは有難い。
でも、殺さないと。アーティカさんはウチの居場所で、最愛の人で、人殺しのウチを唯一肯定してくれた人だ。
そんな人のためなら、ウチはもっと汚れても構わない。
無事にプロヒーロー三名に勝ててそう安堵の息を漏らしつつ、最後の青年にとどめを刺そうと近づいた瞬間、とんでもない殺気が横から飛んできた。
「ッ!!?ヒーロー殺し!」
凄まじい形相の包帯状のマスクをした男が、刀を持って突っ込んでくる。
ニュースそのままの容姿だ。これがヒーロー殺し…!
咄嗟に脚にくくりつけていたナイフケースから予備のナイフを取り出し、即座に後退する。
そして辛うじてステインの刀の横薙ぎの一閃をナイフで受けた。
「ほォ…いい反射神経だ。」
そう呟いてぶつぶつの長い舌で舌舐めずりをしたステインは、腰のナイフケースから即座に2本のナイフを取り出し、ウチの腰に即座に投げつけた。
…だがウチのコスチュームはアーティカさんの特注品だ。そんな刃物程度、特殊合金を編み込んだ繊維のコルセットは容易く弾いた。
「…そしていい装備だ。だが心が貧弱すぎる!」
そう叫ぶとステインはウチの脇腹に蹴りを浴びせた。衝撃の大部分がコスチュームに吸収される。…かかったな。ウチのコスチュームのゴスロリドレスは、防御性能だけではない。ウチのイヤホンプラグを差し込めば、360度全身全てから…
ドグン!!
「ぐおっ…!?」
触れた対象の内部に衝撃波を放出できる…!
迂闊に蹴りでダメージを与えにきたのは悪手だったね、ヒーロー殺し…!
一瞬だが怯んだ!
「今…ッ!?」
そしてナイフで喉を裂こうと腕を振り翳した瞬間、ステインの瞳がこちらを睨んだ。その眼光がこちらを睨みつけた瞬間、全身の細胞が動きを止めた。なん…だ、この寒気!
「……だから言ったんだ!心が弱いと!」
瞬間、刀がウチの首筋を狙って振り下ろされる。やばい。これは…躱しきれない…死ぬ…!」
思わず目を瞑って避けきれない斬撃がウチを襲うのを待つ。…だがいつまで経ってもその瞬間は来なかった。恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。苦悶に歪むヒーロー殺しステインの顔。そしてその胸からは、ゾッとするほど綺麗な女の手が、背後からヒーロー殺しの心臓をぶち抜いて引き摺り出していた。鮮やかな鮮血がヒーロー殺しの下半身を濡らしていく。
「…俺の女に手ェ出したんだ。死ぬ覚悟はできてんだろ?」
「………な、ん……だと…。いつの間に、俺の背後に…!」
「あ?ずっと居たよ。癖になってんだ。気配殺すの。」
まるで天気でも聞かれたかのように能天気にそう呟くと、その声の主、アーティカさんはヒーロー殺しの心臓を、片手で粉々に握りつぶした。
ズルッ…
そして乱雑にその綺麗な腕をヒーロー殺しの胴体から引き抜いたアーティカさんは、血だらけになりながらウチに向かって微笑んだ。
ヒーロー殺しはそのまま地面に倒れ込むと、ドクドクと空いた胸の穴から血を垂れ流して、ピクリとも動かなくなった。
…ウチが血に汚れたくないと思っていたのは、愚かだったのかもしれない。
だって目の前のこの人は、血まみれでこんなにも美しいのだから。
「…よくやったな、耳郎ちゃん。プロヒーロー三人をきっちり殺して、ヒーロー殺しの不意の奇襲にもそれなりに対処できた。」
「ただ、恐怖を感じて目を閉じるのは頂けないな。まあ、こいつかなりイカれてる気迫…っつうか信念か?それっぽいの持ってたからな。」
そう穏やかにウチを褒めて的確に成長のためのアドバイスをくれる。信念…信念か。それが有れば、ウチはもっとアーティカさんの役に立てるのだろうか。
「信念…あった方がアーティカさんの役に立てますよね。」
「どうかな。信念のせいで変に拘って無謀な状況で死ぬ奴も腐るほどいるからなァ。状況による。」
「要は、どれだけ拘れる物があるかって話だからな。俺にも別に信念とかねェし。」
そう言ってアーティカさんは血塗れのまま平然と首を掻いて欠伸をした。
そんなアーティカさんを愛しく思うウチは、どうかしているのだろう。
でも構わない。
今日からウチの信念は、きっと…アーティカさんを愛することだ。
ウチは今、惚けた顔をしているのかもしれない。でも良いや。そんなウチでも、この人は肯定してくれる。
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その数時間後、蛇腔総合病院で表向きは院長をしている男、ドクターが霊安室から通じる隠し部屋でひっそりとある男と会談していた。
顔が砕け、無理やりに治したと言わんばかりの、のっぺらぼうのような顔の男、AFOだ。
ドクターから定期検診を受けながら、世間話に花を咲かせていた。
「今日は大忙しだね?ドクター。ヒーロー殺しの死体は上手く扱えているかい?」
「あァ。やがて完成するハイエンドの一体に加えるつもりじゃよ。個性は弱いから、そこは工夫が必要だが。それ以外は極上の死体じゃ。」
そう答えながら、ドクターは上機嫌に紫色の液体で濁っている培養液の入った、死体の入ったカプセルを眺めた。中ではステインの死体が保存された状態で浮かんでいる。
「それはよかった。…ヒーロー殺しには弔の成長のための踏み台になってもらう予定だったんだが。…まあいいか、別に。」
「アーティカと耳郎響香のおかげで死柄木弔の精神も予定より成熟し始めている。…彼らに頼むとしよう。」
そう淡々と呟いたAFOは、椅子に座ってドクターから医療機器を繋がれながらもニヤリと笑った。
ドクターは当然と言わんばかりにAFOに言葉を返した。
「アーティカ相手ではそりゃ死ぬわ。平和な日本でぬくぬく殺人鬼やってるだけの小物とはモノが違うわい。」
「…ふふ。確かに。黄金時代の僕の盾がマキアで、参謀が君なら、アーティカは僕の矛だった。」
目などないが、あればAFOは昔を思い返すような遠い目をしているのだろうと、ドクターは思った。
「懐かしいねェ…ほんの数年だったが、アーティカは唯一、オールマイトから生還した僕の友だった。忌まわしいあの男に次々と僕の友が排除される中、彼女には随分と助けられた。」
個性の発現で秩序が崩壊した人間社会を、恐怖と支配で纏めあげたAFO。そんな彼が次々とオールマイトに支配を覆される中、生き残ったアーティカは暗殺者として活躍し続けた。
数年前に敗北を予見して隠したギガントマキアとは違う、自分で考え、隠れる脳を持った敵。
「残念じゃのう。彼女が次の器となれば色々と手っ取り早かったのに。」
「仕方ないさ。彼女には弔に僕が植え付けたような歪みはない。色んな意味で、出会った頃には成熟しすぎていた。」
富裕層だった幼少期から、戦場で6歳から殺し合いの地獄へと堕とされた少女は、弔と違い、現状をそういう物だと受け入れていた。
自分と母を助けなかったヒーローと先進国、そして貧しい自国への恨みはあっても、それだけで動くタイプではなかった。
誰かの上に立ちたいタイプでもなかった。向いている傭兵仕事をして、金を貰い、美少女や美女と遊びながら贅沢をする。
それだけが全ての少女だったから、考える頭があると判断されても、忠誠心がなくても、AFOと上手く付き合えてきたのだ。
それをAFOは、よく理解していた。
ドス黒い暗闇で、暗黒の支配者はこれからが楽しみだとほくそ笑んだ。