「勝てるんだけどなあ」
「勝てるんだけどねえ」
少しずつ春の気配を感じ始める2月末。野球部の部室で小さな机を挟んで、ぼやいているのはイブラヒムとローレンだった。
1年バッテリーコンビが見ているのはこの冬に重ねてきた練習試合の記録だ。
夏秋公式戦初戦敗退の屈辱を得た英雄アカデミー野球部は、
「練習試合をやろう」
という監督の言葉の下で、他校との練習試合を重ねた。
実戦を通して鍛えようという意図と、勝利を得ることで士気を高めようという意図があったようだ。
「っても、3回中2回が氷ノ山だけどな」
「今週末の試合も氷ノ山じゃね?」
「なんかもうイツメンって感じじゃない?」
と、二人の横から声をかけてきたのは、
「ニュイさん、ちっす」
「ちっすイブラヒムくん。スコア表?」
覗き込むニュイ。
秋から今まで3回の試合のスコア表だ。
その内2回が氷ノ山第一高校。1回が湯梨浜高校。
「氷ノ山にはコールドで勝ってるけど……」
「なぜか湯梨浜には勝てないんだよなあ」
突っ伏して嘆くローレン。
湯梨浜戦のスコアは8-4で英雄の敗北だ。
「リベンジしておきたかったんだけどね」
悔しそうに言うニュイ。
湯梨浜高校は去年の夏、地方大会第一回戦で当たり、そして敗れ去った相手である。
湯梨浜の評価は弱小。一方の氷ノ山はそこそことの評価。
格上の氷ノ山を、事前調査を入念にして臨んだとはいえ2連続コールドで下し、周囲からの評価がそこそこにまで上がっていた英雄アカデミー。彼らは夏のリベンジと意気揚々と戦いを挑み……
「点取られた俺が言うと、言い訳っぽくなるからイヤなんだけど……」
「なぜか明らかに打ててないよねぇ」
眉根を顰めてニュイがみるのはヒット数。湯梨浜17安打に対して英雄アカデミーは7安打。
氷ノ山戦ではともに2ケタ安打を達成しているにもかかわらず、だ。
「データを見ても、特に湯梨浜の投手や守備が氷ノ山より優れてるって感じでもないんだがなあ」
イブラヒムが、自分でまとめた研究ノートを見て首をかしげる。
相性か、めぐりあわせか、単なる運か乱数か。
「勝てるはずなんだがなあ」
「勝てるはずだよなあ」
「勝てるはずなんだけどねえ」
首をかしげている三人に、
「あ、こんなところにいた」
と、部屋の外から声がかかる。アルスと空星だ。
「練習の時間だよ!今週末は試合は絶対勝たなきゃならないんだからね!」
なぜなら
「卒業する先輩達に、心配ないって伝えなくちゃならないんだから」
練習試合は3月1日、卒業式は7日だ。
本来は湯梨浜高校のリベンジでそれを示したかったが、負けてしまった。
だからせめて、ここで勝って見せねばならない。
「だな」
言いながら、イブラヒム達は立ち上がる。
勝てないなら、勝てるように練習するだけだ。
まずは目の前の練習試合。次は地方大会の第一回線突破。そしていずれは甲子園、果ては深紅の優勝旗だ。
試練の冬は終わり、希望が芽吹く春が、もうじき訪れようとしていた。
なお、学校の近所にできたショッピングモールに多くの先輩達がショップ店員として就職したり、いつの間にか一般科から魔法科占い専攻に転科していた佐藤先輩が占い師としてやってきて、ヴィクトリアの性格を熱血漢に変えたりなど、先輩達との付き合いは今後も長く続くことになるのだが、それを知るのは、もう少し先の話である。