坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第10話 玉塚邸④

 

 

 

 玉塚当主・藤緒を解放し、その家令だった葉月が魔剣の仲間入り(?)を果たした。

 これで道連れは3人となった。

 

 しばらくは葉月が魂の調子を――そんなものがあるのかは知らないが、確かめているのを待っていたが、どうやら問題はなかったらしい。

 

『おふたりとも、お待たせいたしました。今度こそご案内して見せましょう』

『ああ。その食糧庫だったか? どこにあるんだ?』

『本館の地下です。そして、その後にもう1ヶ所ご案内したい場所があります』

「……?」

『さあさあ、まずはこちらへ!』

 

 葉月の案内に従い、屋敷の中へと入っていく。

 外壁部分は藤雄に大分破壊されてしまったが、それでも巨大な屋敷は未だ健在。

 瓦礫と倒れた家具で半ば迷宮のようになったそこを、葉月の案内に従い進んでいく。

 

 手っ取り早く壁を壊したりすれば速いのだけれど、それは葉月に断固として止められた。

 その代わりに壁を通れるキュウと葉月が先の地形を調べながら、最短距離で進んでいった。

 

『そうだ、葉月。どこかに坊でも着られる甲冑とかねえか? ただの服だけじゃ心許なくてな』

「……なくても平気だよ?」

『何言ってんだ。さっきも危なかっただろ? もしもの時のために、せめて頭とか足は覆っとけよ』

「……むう。避けるから、平気なのに」

 

 ぶすっと頬を膨らませる坊は無視して、葉月に「どうだ?」と問いかける。

 葉月はそうですね、と頬に手を当てながらくるくると回っている。どうやら自由に、しかも空中を動けるのが楽しいらしく先ほどからずっと動き回っている。

 

『甲冑や武具などもありはしましたが、坊様の大きさとなるとあったかどうか……』

『ああ、それもそうか……』

 

 凄まじい身体能力や剣技を見ているとつい忘れてしまうが、彼はまだ齢10程の少年なのだ。

 樹者が現れるまで平和だったこの国には、そんな子供が身に着ける戦闘用の装備はないらしい。

 

『何かあれば良かったんだがな』

『そうですねえ……。食糧庫のついでに探してみましょう』

「……だから、平気なのに」

『ふふっ、キュウさんは坊様が心配なんですよ』

 

 そのまま賑やかになった一行で屋敷内を探索していき、目的だった食糧庫へとたどり着く。

 

『ここです。……あらら、塞がっちゃってますね』

 

 地下への扉は分厚い食器棚が倒れて塞がっていた。

 坊の倍近い高さのそれは、更に崩れた天井の一部も積もっていてどかすのは困難そうだ。

 

『おーおー、2階まで見通せら。こりゃ1日仕事だぞ』

『大丈夫ですよ。坊様、接ぎ木の力を使ってください』

「おお」

 

 ぽん、と手を叩いて頷くと、坊がぐるぐると腕を回して瓦礫に近づいた。

 

『吹き飛ばすってのか? 物騒だな……』

 

 何が起きるのかを察知したキュウが慌てて周囲を見渡し、建物の一番外側にあたる壁を探して指さした。

 

『坊、吹き飛ばすならこっちだ。反対側から殴れ』

「うん」

 

 キュウの示した方向の反対側に回り込んで、瓦礫に向かって拳を放ち、巨大化させた。

 接ぎ木・氷魚の拳が瓦礫を吹き飛ばし、ついでに壁も破壊した。

 

「空いた!」

『これで大丈夫ですね。さあ、行きましょう』

 

 ……そろそろ屋敷が壊れないだろうか。不安に思うキュウであった。

 

 

 地下は封じられていたせいか樹者もおらず、冷えた空気が沈殿する静寂の空間が広がっていた。

 

『ええと、確かあのあたりに……坊様、これ開けてみてください』

「これ?」

『そうです。あら、違いましたね。じゃあこっちは?』

 

 葉月に指示されるまま箱を開けていくと、中にはカサカサに乾いた何かや黒ずんだ何かが沢山詰め込まれていた。

 時間経過のせいか臭いすら殆ど出さなくなったそれらが、葉月の言う食糧備蓄だったものたちだろう。

 しばらく探してみたが、まともな食べ物は何一つ残ってはいなかった。

 頼りの米もカビだらけ。蜂蜜は見つかりもしなかった。恐らく固まったせいで見分けがつかなったのだろう。

 

『こりゃ食えそうにないな……』

『……そうですね。これではとても……』

 

 流石の葉月も首を横に振った。

 というか、数百年が経った食い物は例え平気だと言われても食べたくはない。

 ふと、音が鳴った。2人が見ると坊がお腹を抱えている。

 

「お腹すいた……」

『……まずいな』

『そうですねえ……』

 

 半透明の魂2人で、どうしたものかと顔を突き合わせる。

 1日食べないくらいで死にはしないだろうが、ここで見つからないなら明日見つかる保証は限りなく少ない。というか、ない。

 だがこうして考えていても、キュウにできることはなにもない。

 

『……とりあえず、お前が言っていたもう一つの方を解決するか』

『はい。そうですね。坊様、よろしいですか?』

「うん。まだ大丈夫」

 

 お腹を擦り続けながらも、坊はしっかりと頷いた。強い子だ。

 

『では案内いたします。我らが玉塚の至宝、玉桜の下へ』

 

 そう、葉月は告げるのだった。

 

 

***

 

 

 桜下五家。この赤桜の国に存在する貴族階級に位置した5つの家の事をそう呼んでいた。

 元は国主の兄弟や子孫が分かれ、要職を与えられた事で生まれた家系であり、代々子孫がその役割を引き継いできた。

 玉塚家もその内の1つであり、その最後の当主が藤緒である。

 

 周囲を自然の要害に囲まれ、他国との交流も殆どなかったこの国において、何よりも重要な役目は『大赤桜』の守護であった。

 大赤桜はこの国の心臓。枯れたりすればどうなるかは、今のこの惨状を見ればよくわかるだろう。

 

 だから樹を枯らさないことが、何よりも重要なお役目だったのだ。

 その万が一を起こさないように、5つの家には大赤桜の株分けされた子孫樹が植えられ守護されている。

 それらは五家桜と呼ばれていたそうだ。

 

『その五家桜のうち、玉塚の家に植えられたものを玉桜と呼んでいるのです』

 

 立てた指をくるくると回しながら、葉月はそう言った。

 この地に多くの人が集まり最期まで戦い抜いていられたのも、それが理由だと先ほど言っていた気もする。

 

 そうして葉月が案内した先は、玉塚邸の北側。

 美しい庭園の中を通って進んだ奥に建てられた大きな社であった。

 半ば朽ちた木造の囲いと天幕に覆われた半球状の不思議な形をしたその『殻』の中に、お目当ての玉桜は存在するらしい……が。

 

『塞がっちまってるな』

「うん……」

 

 肝心の入口が、黒い樹々によって埋められてしまっている。

 見えていないだけで、殻の内側全てに樹が這っているらしく、試しに壁を割ってみたが同じように樹で埋まった壁が出てくるだけだった。

 いいのか悪いのか、この殻は黒い樹によって維持されているらしい。

 

『どうやって入るんだこれ』

『大丈夫です。緋太刀の力があれば』

「……あっ」

 

 葉月の言葉にぽん、と手を叩いた坊が剣を背負って右手を構えた。

 赤い光が灯り、それが一際強まった瞬間に、坊は右手を振りぬく。

 肘から先から真っ赤な剣身に変わり、赤い閃きが入口に詰まった黒い壁を切り裂いた。

 

『おお!』

『流石です、坊様』

 

 斬られた樹々が黒い霧となって霧散していく中を通り抜け、殻の中へと足を踏み入れた。

 

『あれがその玉桜ってことか。……でけえな』

 

 宙に浮かび上がったキュウの視界。

 そこには渦を巻くように成長した黒い木々に纏われ汚れた、灰色の花を咲かせる樹がそびえたっていた。

 

 子孫樹というからもっと小さいものを想像していたが、その大きさは見上げるほど。

 高さだけならば4階建てはあった玉塚邸と同じかそれ以上。

 幹の太さも、坊が何人いても足りないくらいにはある。

 これが『予備の幼木』だというのだから、大赤桜とはどれ程の大きさを誇っていたのだろうか。

 

『はい。接ぎ木の力を受け継いだ坊様なら、もしかしたら解放できるのではと思いまして』

『解放、ねえ……』

 

 葉月が案内したいと言っていたのが、この玉桜であった。

 その道中で玉桜とはなんなのかを教えてもらい、坊もキュウも理解することはできた。できたが……。

 

『解放って、何をするんだ?』

 

 キュウの問いに、坊もふんふんと頷いている。

 藤緒や氷魚のような樹者を解放して欲しいというのなら分かる。

 呪われた樹に囚われているなら倒してあげればいいだけの話だ。

 だがそれが相手が赤桜の幼木というのなら話が変わってくる。

 大事な樹を斬ってしまうわけにもいかないだろう。

 

『それは……どうするんでしょう?』

『分かんねえのかよ!!』

 

 首を傾げて言う葉月に、キュウは思わず叫び声をあげる。

 

『仕方ないではありませんか。私はただの家令です。赤桜の力に詳しくはないのです』

『……はあ。んで、解放したらどうなるんだ?』

 

 案内してきた以上、流石にそれくらいは分かるだろうとキュウが問う。

 それにはしっかりと頷いてから、葉月が口を開く。

 

『恐らくですが、赤桜が本来の力を取り戻し、周囲の汚染を浄化できる……筈です。つまり、この地を元の姿に戻せるのです』

『何?』

 

 もしこの一帯の汚染が取り除けるのなら、凄いことである。

 それが真実ならばだが。

 なにせそれをやるのは坊である。この国の呪物殿に封じられていた少年だ。

 正直、解放とは真逆の出自である。

 

『坊にそれができるってのか?』

『……接ぎ木の力というのは、本来国主様の血を持つ一握りの方々でないと受け継げないのです。しかも分家たる五家の当主では、複数の接ぎ木を受け入れることすら不可能と言われておりました』

 

 それは、決して分家では国主になれないという区分的な意味合いもあったのだろう。

 だが事実として王族の血の濃さによって、受け入れられる赤桜の力の量に違いがあったことは間違いないようだ。

 

『……つまり、2つの接ぎ木の力を持ってる坊は……』

『赤桜本家の血筋……要は王族ですね。そして、もし本家の方であれば、玉桜の力を蘇らせることができる。そういった逸話が数多く残っていますから』

『……民衆向けの出鱈目じゃなきゃいいけどな。しっかし、この坊がねぇ……』

 

 キュウが、呆然と坊を見た。

 あの呪物殿に封じられていた少年が、王族?

 そんなはずがないという思いと、彼だけが封じられて生き残ったという事実が頭の中でぐるぐると混ざり合う。

 キュウの視線を受け、坊はゆっくりと頷いた。

 

「……本家?」

『どうだ坊。何か思い出すか?』

「うーん……」

 

 しばらく考えていたが、それは腹の音に中断された。

 あんまりのんびり会話している時間もない、か。

 

『……ともかく、先ずは解放とやらをやってみるか』

「うん!」

 

 坊が殻を奥へと進み、黒く澱んだ玉桜へと近づいた――のだけれど。

 

「……?」

 

 歩いていくにつれ坊の髪が赤く輝きを増していき、それに呼応するように玉桜の内側にも赤い光が灯っていく。

 卵がひび割れていくように、黒く染まった幹やその上に纏わりつく樹々に裂け目が生まれ、赤い光が漏れ出しているのだ。

 

『なんだありゃあ……』

『……玉桜が呼応しているのです。やはり、坊様は……』

 

 そのまま坊は立ち止まることなく進んでいく。

 遂にはその根元までたどり着くと、それぞれの放つ光は一際強さを増して。

 

「……さわれば、いいの?」

 

 坊は何かに応えるようにそう呟いて。

 頭髪と同じくらい強い光を放っていた両の手を、巨大な幹の表皮に触れさせた。

 

 ――瞬間。

 触れあった場所から爆発するような赤光が迸り、全員の、否、玉塚邸周辺の全てを光で包み込んだのだった。

 

 

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