少し前まで平穏だった筈の森は、至る所から悲鳴が響く、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
『ひぃ……!!』
『――立ちなさい! 走って!』
『あぁ、もうお終いだ……』
『腕が、俺の腕が……』
『――とにかく今は逃げるの! 早く!』
背後からは草木を踏み潰し突き進む、乱雑な足音が響く。
その音はどんどんと数と大きさを増していき、いつ追いつかれ殺されるのかと、神経をごりごりと削ってくる。
戦える私でさえこうなのだ。逃げ惑う民たちはとっくに正気を失っているだろう。
『――はぁっ! ……大丈夫? ほら、掴まりなさい』
『詩乃様……!! 助かりました!』
『いいから、早く行って!』
腰を抜かしたり、我を忘れて逆走して奴ら――樹者に捕まりかける民を助けては西へと逃がしていく。
それでも手が足りず、樹者にやられる人々の悲鳴が止むことはない。
『お父様、都から続々と奴らが押し寄せてきます。どうかお逃げを……!!』
叫びながら短刀で奴らのうちの1体の首を落とす。
単体なら大した相手ではない。私なら数体同時に襲われても問題なく対処できるだろう。
ただ他の人たちはそうはいかない。既に多くの民が殺されている。
当然だろう。この国は平和の時代が長すぎて、戦える民は殆どいないのだ。
多くの人々が抵抗する間もなく、樹に呑まれてしまっている。
それに大半の樹者は決して強くはないが、中には強力な個体が混じっている。
そういった樹者に遭遇した衛士たちがやられ、取り込まれ、更に強い個体が増えていく。その繰り返しだ。
このまま増えていけばこの国は――。
逸るように父の答えを待ったが、返ってきたのは否定の首振りだった。
『ならん、まだ助けなければならない民がいる』
『ですがお父様……っ!!』
抗議の声は、近くの民に襲いかかった樹者に邪魔された。
父が素早く短剣を投擲し、首を穿たれた異形は動きを止めた。
『皆とともに西へ向かえ!』
『あ、ありがとうございます……!!』
逃げていく民を見送ってから、視線を横の父へと戻した。
現当主にして接ぎ木の衛士たる彼は、この苦境の中でも決して揺らぐことなく皆をまとめ上げている。
その大きな背中を見つめ、未だ彼が無事であることに安堵する。
万が一彼が樹者になってしまえば、それが我が領の最期なのだから。
だが状況は最悪の一言だ。
彼の朱の混じった緑髪が風に揺れる――我ら菖蒲家には、古くに混じった他国の王族の血が入っている。
そんな外見故に異人として扱われることも多く、他家との交流は薄かった。流石に桜下五家として無下には扱われなかったけれど、好かれてはいなかっただろう。
つまり援軍は見込めない。
……そもそも、この国にそんな戦力が残っているのかは疑問だけれど、とにかく今は父の接ぎ木が我らの最後の希望なのだ。
だがその接ぎ木も、無限に使い続けられるものではない。
最初こそ追い払っていたが数で勝る奴らにじわりじわりと追い詰められ、今やこうして森の中を逃げ回っている。
剣で樹者を斬り捨てながら、父がこちらを見た。
『予想以上に樹者の数が多い。衛士には可能な限り生存者の誘導を指示せよ』
『わかりました。……向かう先は?』
『……玉塚しかあるまい。あそこは西の果て。未だ到達した樹者は少ない筈だ』
周囲の部下に指示を出し、各方面へと向かわせてから振り返る。
『では私も急ぎ、生存者の救出へ――』
『ならん!』
『っ……お父様?』
突如響いた彼の咆哮に思わず身を竦ませる。
これほどの怒気を放つ彼は本当に珍しいのだ。
だが、それ以上何かを言ってくることはなく、彼の目はこちらを見もしていない。
『……』
『お父様……?』
常に先を見据え、大木の如き芯の通った彼が逡巡している。わかってはいたが、それほどの瀬戸際なのだということにこちらも息を呑む。
周囲からは草木を踏み鳴らす音と悲鳴が響く中、僅かな沈黙の後、彼が重い口を開いた。
『詩乃。今からお前に接ぎ木を託す』
『は? 何を……っ』
問いかけは向けられた視線に封殺される。
口答えをしている暇も余裕もないと、その視線が告げていた。
ここは既に死線上。当主の判断を私如きの稚拙な感情で乱すわけにはいかない。
それに彼の考えも理解できる。
今彼は接ぎ木を使うための気力を使い果たしている。
私に移せば、回復を待たずに接ぎ木の力を使うことができる……そう考えたのだろう。
そうなれば皆が逃げる時間を稼ぐことができる。
『その力を持ってこの国を守るのだ』
「かしこまり、ました……」
ただそれでも、何故という言葉が喉から出かかる。
この瀬戸際で父は自らの最も大事な戦力を手放そうというのだ。
自身は死んでも構わないとそう言っている様に聞こえてしまうのは、私の考え過ぎなのだろうか。
『ついてこい』
近くの岩場に連れていかれ、そこで接ぎ木の引継ぎを行うことに。
本来は都の御所にて行う神聖な儀式だが、そんなことを言っていられる余裕はない。
――大丈夫。ならば私が父も皆も守ればいいのだ。
次期当主として、接ぎ木を継ぐ覚悟はしていた。それが少し早まっただけだとそう自分に言い聞かせる。
『腹を』
『……はい』
接ぎ木の光を放った父がはだけた腹に手を当て、祝詞を告げる。
赤い光が触れた肌から生まれ、閉じた視界を染めていく。
暖かな感触。何か大きな力が流れ込んでくるのを感じる。
これが、接ぎ木の力――?
『……許せ、詩乃。文句はあの世で聞こう』
『……え?』
そう告げられた直後、彼の手からは光ではなく巨大な枝葉が生まれ始めた。
それは瞬く間に私の身体を包み込み、世界から私を隔絶していく。
これは接ぎ木ではない。父が私を害する『何か』をした結果らしい。
これでは皆を守れない。これでは父を助けられない。これでは――。
『――どうして?』
『生きろ、詩乃。お前は――』
意図も、何が起きるのかもわからない。
意識が何かに塗りつぶされ、途絶えていく。
最後に私の目に映ったのは、優しく微笑む父の顔であった。
***
ぱちぱちと木の弾ける音を聞きながら、坊は動き出すのをなんとか堪えていた。
「はづきぃ……」
『まだですよ……』
「だめ……?」
上目遣いで潤んだ瞳を向ける坊。
どこで覚えたのかわからないそのおねだりも葉月にはまるで効かず、「駄目です!」とすぱっと断ち切られた。
『いくら坊様のお身体が丈夫でも、このお肉が本当に食べて大丈夫かはわからないのですから。せめて、しっかり焼きましょう』
「うう……」
直後鳴り響くのは坊の腹の音。
溢れそうになるよだれを必死で堪えながら、葉月が指示するままに枝に差した鶏肉を焙っていく。
あれから坊たち一行は目覚めてから初めての夜を迎えていた。
必死で追いかけ捕まえた鳥を葉月の動きを真似るようにして捌いていき、同じようにキュウが教えた火のつけ方で焚火も起こして、まだ無事な屋敷の1階を間借りして料理をしている。
鳥はキュウたちが知っているごく普通の鳥だった。
それだけではなく、鳥を追っている最中、鹿やら虫やら他の生き物もいくらか見かけたのだ。
この鳥だけが特殊な個体……というわけでもないらしい。一体どこに隠れていたのか、樹者にならない野生動物が現れていた。
玉桜が生物を蘇らせたのか、あるいは坊と同じように不思議な力で眠っていたのか。
どちらにせよ葉月の言う通り、この周辺一帯は元通りの生態系に戻ったようである。
――なんでそうなるんだ?
相変わらず理解不能な現象の数々に、一人ぼんやりと浮かんでいたキュウはもう何度目かわからない溜息を吐き出すのだった。
「もういい?」
『……はい。もういいですよ』
「やった、いただきます!」
今度は歓喜の叫び声が響き渡る。
何せ目覚めてから最初の食事。それも何度も戦闘を経験した後だ。
空腹は最高の調味料というが、その美味しさは格別のものだろう。
「……おいしい」
実際一口食べた直後、じっと目を閉じて旨味を堪能している程だ。余程美味しいのだろう。
ちなみに調味料なんて気の利いたものはない。本当に空腹のみが味付けである。
そのまま齧り付いては水で流し込むように食べ進めていた。
ちなみに水分――水に関しては浄化された後の小川から採ってきた。
まずは煮沸を……と告げる葉月を無視して坊が手を突っ込んで飲み始めたときはちょっとした騒ぎになったが、問題なかったようなので、台所を探索して見つけた水筒になりそうな容器で水を汲んでいる。
これで食糧の問題は解決である。納得はいかないが、とにかく解決したのである。
『しかし、一体何がどうなってんだ。森も川も元通り……まるで時が戻ったみてえじゃねえか』
『……そうですねえ。言い出した私が言うのもなんですが、まるで信じられません。まさか、動植物までもが元通りなんて』
外からは風だけでなく虫の音まで聞こえてくる。これだけ切り取ればのどかな夜の一幕である。
『これが赤桜の力ってわけだ。……とんでもねえなあ、この国は』
『赤桜にそんな力があるなんて、知りませんでしたけれど』
『……頼むからお前はそう言うなよ。ただでさえわけわかんねえんだから』
一心不乱に肉を食らう坊を放っておいて、ふよふよと浮かびながら魂2人で会話を続ける。
『んで、葉月さんよ』
僅かに月明かりが差し込むようになった鉛の曇天を眺めながら、キュウは考えていたことを口にする。
話すのは肉――もとい、鳥の出現で中断されたこれから先の事について。
『この後はどうすりゃいい? 大赤桜を目指すには、どこを通っていくのがいいんだ?』
幸いなことに、屋敷の中には赤桜国の大まかな地図の書かれた布の
この国は巨大な槌の頭部状の半島に存在している。
柄を南東に向けた、傾いた四角形をしている国土の周囲は険峻な山脈と霧深い樹海に覆われている。
坊たちがいた呪物殿は西の果て。最も西に飛び出た角に位置している。
そこまでは分かるのだが、地図に書かれたのは国の全体図だけで細かな地形は殆どわからない。
頼れるのはこの国に暮らしていた記憶を持つ葉月だけだ。
『真っすぐ向かうのでしたら、
『菖蒲家?』
『玉塚に並ぶ、桜下五家の1つです。我々が呪物殿を守護するように、菖蒲家では古書殿を、歴史を守り司る家でありました』
『古書殿……図書館みたいなものか』
『外部に開放はされておりませんでしたが、まあ大体同じかと』
葉月が地図に近づいて西の果てにある出っ張りを指さす。
『ここが呪物殿です。そこから真っすぐ東に向かうと……ここ、我々が現在いる玉塚邸があります』
東に指を動かして、道中の1点を叩く。
『そして目的の都ですが、ここから北東に向かった先。国土の中央部に存在しています。その道中、都と玉塚邸の間にあるのが、菖蒲家になります』
桜下五家の内、都を中心に囲うように西・東・南に位置する三家があり、そしてさらに東西の端に残りの二家が配置されている。
それ以外の家臣や領主たちはその空隙や外縁部を埋めるように存在したらしい。
つまり、玉塚邸から都を目指すならば、どのみち他の五家の領地を通らねばならないということだ。
ならば最短距離を進むのがいいだろう。
『そこを通れば近いんだな?』
『ええ。ただ、あまりおすすめはできないかと……』
『どういうことだ? 状況はどこも一緒だろ?』
どうせその菖蒲家にも樹者が蔓延っており、そこを突っ切ることになるのだ。どの領地を通ろうと違いはないように思えるのだが。
『勿論そこにもいるんだろ? 接ぎ木の衛士様がよ』
『はい。菖蒲家の接ぎ木は巨大な弓を生み出すもので、それから放たれる矢はこの国を縦断すると言われています』
『……そりゃ、恐ろしいな』
巨人に樹剣士――今までの経験から、接ぎ木の衛士はその接ぎ木の力に引っ張られた異形と化していた。
つまり巨大弓の力を持つ衛士は、国を縦断する弓矢を放ってくる怪物になっているということだ。
『なあ、そいつ目はいいのか?』
『勿論です。領内であれば必ず見つかるでしょう。こんな逸話があります』
そう言って葉月が語ったものは、初代菖蒲家当主の伝説であった。
ある祭りの日の夜。
その日はとてもめでたいことがあり、衛士たちまでもが酒に酔っていたという。
だがその隙を狙って、屋敷から高価な物を盗み逃げた泥棒が現れてしまった。
素早く狡猾な泥棒は闇夜に紛れて逃げ、盗難が発覚した時には既に時間が経った後だった。
臣下たちが慌てる中、菖蒲家当主が瓢箪片手に屋敷の屋根に上ると、接ぎ木の力で弓を生み出し一矢を放ち、そのまま眠ってしまったそうだ。
驚きつつも、閃いた赤い軌跡の先に衛士が向かうと、腹を射抜かれた泥棒の死体と、その上に奇麗に着地した盗難物があったという。
『――菖蒲家の接ぎ木・
『……ああ。よくわかるよ。どいつもこいつも化け物だった』
腕の一振りで大穴を開ける巨人に、石壁を易々と切り裂いた剣士。
お次は領内のどこからでも狙撃してくる大弓が相手と来た。
『その中を突破するってのか? 確かに、厳しいな……』
『でしょう? いくら坊様でも、見えもしない遠くから狙撃され続けたら危ないですよ』
「じゃあ、見つからなければ平気?」
お肉を食べ終えた坊が、手を嘗めながらそう言った。
食事に夢中に見えたがちゃんと話は聞いていたらしい。
『お行儀が悪いですよ。ほら、水で洗ってください』
「はーい」
汲んで来た水で流し、川で洗い干していた布で手をぬぐう。
長い間放置されてきた物品たちは今でも使うことができている。
物の保存状態が良かったのも、自然が保持されていたのと同じ理由なのだろうか。その原因は相変わらず分からないが。
『で、どうなんだ?』
『そりゃあ見つからなければ大丈夫でしょうけれど……そう上手くいきますか?』
この数百年間領土内を見続けてきた怪物が、些細な変化を見逃すとは思えない。
菖蒲領に足を踏み入れた瞬間に狙撃されるなんてことは御免だが……。
『遠回りしても、どうせ似たような化け物がいるんだ。様子を見に行ってみるか? 坊』
「……うん。行く」
どのみち北東へは行かねばならないのだ。
様子見はしておくべきだろう。
『よし、朝になったら早速行ってみようぜ。勿論食糧は確保しつつ、な』
『はい! 先程鹿を見かけました。狩れればしばらくの食糧は確保できますからね』
「うん!」
『そしたら、今日はもう寝ろ。明日は早えぞ?』
「はーい。……ねえ、キュウ」
『あ? なんだよ』
「寝るまで、また話を聞かせて?」
『……仕方ねえな。そうだな……じゃあ今度は――北の瑪瑙の国にある貴石を盗みに行った時の話だ。なんでも随分と昔に戦争で奪われたらしくてな? それを取り戻してくれっつう話でよ』
「ふんふん」
『……おふたりとも、程々になさってくださいね?』
そうして、その日は眠りにつくのだった。
***
翌朝、鹿狩りなどの準備を済ませてから、坊たち一行は菖蒲領へと旅立った。
『お弁当良し、水筒もよし。準備万端ですね!』
『まあ、やったのは坊だけどな……』
この魂の仕様上、キュウや葉月は直接物に触れることはできない。
なので魂である2人が実演してみせるのを坊が
最初は拙かった手つきも、熟練者の動きを文字通りそのまま真似られるのですぐさま上達していった。
魂も案外使いようがあるもんだなと、感心したキュウであった。
火に土を被せて消してから、本来の姿を取り戻した森の中を進んでいく。
たった一夜しか経っていないというのに、森には多くはないが生き物たちの蠢く音が聞こえ、鳥の鳴き声が辺りに響いている。
対して樹者は一体も見当たらず、本当に奇麗に浄化されたのだとはっきりと理解できる光景が広がっていた。
……代わりに、生きた人間や死体が現れることもないようだけれど。
『坊様の足なら半日の距離でしょうか。野営道具も見つかりましたし、ゆっくり行きましょう』
「うん」
そうして、坊たち一行は食糧を補給しながら目的の菖蒲領へと辿り着く。
到着したことは直ぐにわかった。
森が突如として真っ黒な、坊たちからすれば見慣れた姿に変化したからだ。
「またまっくろ」
『やっぱり、国全部が治っていたりはしねえか』
『そうですねえ……。この様子なら樹者もいるでしょうね』
流石にまだ元通りになって1日。境界からこちら側へは入ってきていないようだが、時間が経てば奴らは再び侵攻を始め、玉桜を汚染させるだろう。
いくら玉塚領を解放させたからといって、そのままのんびり過ごすことはできないのだ。
可能な限り素早く他の赤桜を解放しなければならない。
『だな、んで噂の接ぎ木の衛士も……先ずは中がどうなってるか、確かめねえとな』
「うん」
いつでも逃げ出せるように警戒し、キュウと葉月が限界高度まで浮かび上がり周囲の監視を行う。
これが今の坊たちにできる最大限の狙撃警戒態勢である。
とはいえ、いくら領内全てを見通す怪物だったとしても、全方位を見ているわけではないだろう。
見つかるような騒ぎを起こさなければ、何も問題は――。
恐る恐る黒い森の中へと足を踏み入れた坊の前に、人影が現れる。
灰色の光を灯すそれは、よく見る樹者であった。
『現れたな』
「……!!」
玉塚の樹者とは装備が僅かに異なっているが、ほとんど変わらない姿。
錆びた武器を手にゆらゆらとこちらへ近づいてくる。その動きも、恐らくは坊に宿る赤桜の力に引き寄せられているのだと思えば、理解ができる。
ならばむしろこちらから倒して、力を奪い返してしまえばいい。
『坊、やるか?』
「……うん!!」
魔剣を鞘から引き抜き、樹者へと駆け出した。
そのまま、緩慢な動きで剣を振り上げるその樹者を一刀で両断して見せた。
『よし、やっぱり樹者に大した違いはねえな。このまま進んでみようぜ』
塵となる樹者を通り越し、坊たちは奥へと進んでいった。
***
聞こえてきた音に、掠れていた意識が収束する。
ああ、まだ私は私のままらしい。
安堵なのか恐れなのか、どちらともいえない感情が浮かび上がって、弾けて消えた。
だがこれは私の意識ではない。
枝にこびりついた記憶が映し出す、ただの燃え滓でしかない。
だからこの自我が何を思おうと、現実は何も変わらない。
映る全てを射殺す。
この身がすべきことは、それだけだ。
腕が変化し、巨大な大弓が現れる。
のそりと身体を起こし、音が聞こえた方へ身体を向ける。
空いた手を弓に触れると枝が解けて矢へと変わった。
縁に立ち、矢を引き絞る。
狙いは西方。森の中を蠢く異物。
空を流れる、一条の矢が放たれた。
***
「……?」
ふと、坊が足を止めた。
怪訝な表情で辺りを見渡している。
『どうした、坊』
『坊様?』
剣から出てきた2人の言葉にも答えず、じっと動かず何かを感じ取ろうとしている。
『おい、坊?』
「しっ……音、しない?」
そう言って、坊が指を立てた。
坊は何か、不思議な音を聞いたらしい。
キュウと葉月は互いに顔を見合わせ、そんな音はしなかったと首を横に振った。
その直後、森の奥から樹者が2体現れた。
なんだこいつらの音かと安心するキュウと葉月に対し、坊だけは、はっきりとそれを知覚する。
「……何か、来る?」
そう呟いて、彼は咄嗟に剣を身体の前に掲げ飛び退いた。
直後、坊が見たものは。
樹者たちがいた場所へと凄まじい速度で突き立つ、巨大な矢であった。
「――――っ!?」
『おわー!?』
着弾地点から地面が捲り上がり、木と土の爆発が起きる。
その余波に、坊は後方へと吹き飛ばされてしまったのだった。
第二の五家、菖蒲領。
どうやら、その接ぎ木の衛士も健在のようである。