坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第13話 追憶の森②

 

 

 

 噴煙が巻き起こる中、起き上がった坊は唖然として目の前の光景を眺めていた。

 

 それでも矢の飛来音だけは聞き逃すまいと意識を耳に集中させていたが、何も聞こえなかった。

 どうやら追撃はなさそうだと、坊は構えていた剣を杖代わりにして立ち上がる。

 いつの間にか引き戻されていたキュウたちも顔を出し、一緒に煙の晴れ始めた激突痕へと近づいていく。

 

『おい葉月、これか?』 

『……はい。この矢の大きさ、間違いなく星弓ですね』

『こんなでけえ矢を撃つのか……。しかもどこから撃ったんだよ』

 

 坊ほどの長さがある長大な矢が黒い森の中に突き立っていた。

 その下には先ほどの樹者の破片らしきものが散らばっている。まだ微かに動いてはいるが……あれでは死んでいるのと同じだろう。

 

 たった一矢で樹者を2体纏めて射殺してしまった。しかも、一体どこから撃ったのか、キュウが浮かび上がって奥を探るが何も見当たらない。

 

『恐らく菖蒲邸からの射撃かと。あの家は星弓用に一際高く作られているのです』

『……その屋敷も見えねえけど。そんな距離から撃てるもんかね』

『それができてしまうのが接ぎ木の技なのです』

「……すごい」

 

 その精度、威力に全員が言葉を失う。

 坊だけはちらちらと空を警戒しているようだが、再射撃の音は未だ聞こえていない。

 彼が聞いたという音は星弓の飛来する音だったらしい。

 それを正確に聞き取った彼の身体能力もまた、やはり凄まじい。

 

『しかし、なんで奴は撃ってきたんだ? しかも坊じゃなくて樹者の方をよ』

『さあ……先ほどの戦いを見ていたのでしょうか』

『見えてたってのか? ……撃てるなら、見えるか。流石に音を聞いたってことはないだろうが……』

 

 考えられる可能性としてはそれくらい。後は我々が知らない感知手段でもあるのかもしれないが、「奴には見えた」という方が現実的だろう。……頭上は、灰色の葉に覆われている筈なのだけれど。

 

『こっちが何をしてもお見通しってか? こりゃ確かにここを通るのは危険だな……おい、坊? 何してんだ、また撃たれるぞ!?』

「静かだから、平気」

 

 坊がゆっくりと矢に近づき、地面から引き抜いた。

 巨大な矢は樹を縒って作られているようで、先端部分は黒曜石のような光沢のある形状になっている。

 坊が手で叩くと、木とは思えない硬質な音が返ってきた。

 

『硬い上にふっといなこれ……俺の腕くらいあるだろ。ほら見ろ、ぴったりだ』

「おー」

『こんなのが降ってきたら樹者でもひとたまりもありませんね……』

 

 見えない位置からの高速飛来する巨大矢。しかもどうやってこちらを感知しているのか不明ときた。

 そんな中を掻い潜って進むのは、分かってはいたがやはり厳しそうだ。

 ひき返すことを提案しようとしたキュウに対し、坊は矢を地面に突き刺すと、魔剣を振りぬいた。

 

「――ふっ!」

 

 上側、矢の根元部分に放たれた一閃は矢を斜めに断ち切った。

 それなりの硬さではあるが、もっと太い樹者を容易に両断する坊の前では意味をなさなかったようだ。

 だが、そんなことをする意味はもっと無いように思えるが。

 

『あん? 何してんだ坊』

「……むう」

 

 問題なく斬れたように見えたが納得がいかなかったらしい。坊は首を傾げながら剣を鞘に納めると、今度は右腕を構えた。

 赤い輝きが瞬いた直後、坊は右腕を振りぬいて緋太刀を解き放つ。

 縦に振りぬかれたその一閃は矢を両断し、ついでにその下の地面や樹者ごと切り裂いて黒い塵へと返していった。

 

「……うん。大丈夫そう」

 

 霧散していく矢を見つめながら、今度はそう呟いた。

 どうやら、どうすれば矢を縦に両断できるかを試していたらしい。

 矢を両断する――それはつまり、飛来する矢を切り裂こうとしているということだ。

 

『――ちょっと待て、坊、お前ひょっとしてこのまま進む気か?』

「? うん。だって早いでしょ?」

 

 当然のように、坊は首を傾げてそう言い放った。

 

『そりゃそうなんだが……お前、飛んでくる矢を斬ればいいとか思ってるだろ』

「うん」

『うん、じゃねえよ! 一度でもしくじったら死ぬぞ!』

 

 いくら耳で矢の飛来を聞き取れるとはいえ、ありえない速度の巨大矢である。

 しかもただ切り裂くだけでは駄目だ。その先端――鏃を正確に緋太刀で切り裂かなければならないし、それを菖蒲邸へ到達するまでずっと続けなければならないのだ。

 考えるだけで恐ろしい綱渡りだが……。

 

「……大丈夫。やる」

 

 坊の決意は固いらしい。

 ならばキュウに言えることはない。

 全くもって馬鹿らしい賭けだが、これは彼の旅で、彼の命。決めるのもやるのもキュウではない。

 

『……わかったよ。決めるのはお前だ。死ぬなよ、坊』

『坊様、御武運を』

「うん!」

 

 剣を鞘に戻し、右腕を輝かせながら森の奥へと進んでしばらくが経った頃。

 警戒をしながら木々の間を進んでいた彼の眼前に――影が一つ降り立った。

 

「――――」

 

 黒い装束の上から、手や脛などの一部分のみに赤い装甲を括り着けた身軽な姿。

 その両手には短く分厚い短刀が逆手に握られ、それで樹者を切り裂いたのだろう、微かに黒い塵が霧散しているところであった。

 

 樹者ではない。

 極僅かに除く肌は白く、何より着地で揺れた髪色は先端のみ鮮やかな赤の映えた美しい緑髪で。

 

「……誰?」

「えっ……!?」

 

 坊の言葉に驚き振り返ったその顔は。

 まだ年若い女性の――生きた人間のものであった。 

 

 

***

 

 

 菖蒲領へと到達した坊たちは、その直後に現れた謎の人物と遭遇した。

 そう『人物』だ。

 これまで死者と魂しか出会わなかったこの地で見た、初めての人間。

 この国の人間としては珍しい緑の髪をしたその女性は、坊を見て驚きに目を見開いた。

 

『ありゃあ人か……?』

『あらまあ……』

 

 一方の坊たちも驚きに固まっていた。

 坊の「誰?」という問いかけに誰も答えられないまま、時間だけが過ぎていく。

 その停滞を打ち破ったのは、その女性であった。

 

「生存者……? まだ残っていたの?」

『あ? どういうことだ?』

 

 囁くようなその言葉にキュウが返すが、その女性は反応すらしなかった。

 

「こっちへ来ては駄目! 今すぐひき返して玉塚邸へ向かいなさい……!!」

「……?」

「ちょっと、聞いて……っ、時間がない」

 

 首を傾げる坊にいら立つ彼女だったが、ハッと背後を振り返ると、こちらへと指をさした。

 

「とにかく逃げなさい。今すぐに!」

 

 そう、彼女が叫んだのと同時。坊は再びあの音を聞いた。

 右腕を構えるも、直ぐに気が付く。

 これは自分を狙っているのではないと。

 

 彼女もそれを理解しているのか身を翻し、その直後、彼女の居た場所に矢が着弾した。

 

「――――っ!!」

 

 坊は衝撃に煽られながらも、今度は倒れることなく耐えきることができた。

 風も煙も止み、晴れた視界には彼女の姿はなく、代わりにあの矢が深く突き刺さっていた。

 

『……死んじゃいねえよな』

「うん。行っちゃった」

 

 森の奥――恐らくは菖蒲邸の方へと彼女は消えていった。

 少しの間をおいて、遠くからあの矢の着弾音が響いてくる。

 どうやら先ほどの矢は、坊ではなくあの女性を狙っていたものらしい。

 

『当然、追うんだろ?』

 

 こくりと頷きが返ってくる。そりゃそうだ。

 彼女はこの崩壊した国で初めて遭遇した生存者なのだから。

 

『……あのお方、ひょっとして……』

『あん? なんか知ってるのか?』

 

 先ほどから黙っていた葉月が青ざめた――もともと青白いのだが、とにかく震えた様子で口を開いた。

 

『菖蒲家のご息女、詩乃様かもしれません』

『はあ? ……それって、お前が生きていた時の?』

『はい。この国が亡びる前の最後の菖蒲家御当主・文吾様のご息女です。あの容姿……間違いありません』

 

 彼女の言葉が真実ならば、たった今そこにいた女性はおよそ数百年前に生きていた人物だったということになる。

 キュウや葉月のような魂でもなく、氷魚や藤緒のような異形にもなっていない。

 

『てことは、坊みたいに眠ってたってことか? ……他にもいるんだな、そういう奴が』

 

 呪物殿ではない別の場所に彼女は封じられていたのだろうか。

 葉月が判別できるのだから、目覚めて長い時間が経ったということはない筈だ。

 つまり坊と彼女はほぼ同時期に目覚めたということであるが――一体なぜ。

 

 キュウの思考は、再び響いてきた轟音にかき消された。

 彼女は変わらず星弓の狙撃にさらされ続けているらしい。

 

「……!!」

 

 坊は剣を素早くつかむと、走り出した。

 

『行っちゃいましたね……』

『仕方ない。そういう奴だ。……俺らも行くぞ』

 

 そう頷きあって、2人は剣へと戻っていった。

 それを確認することもせず、坊は森の奥へと駆けていく。

 今度は異形でも魂でもなく、生きた人を助けるために。

 

 

 

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