坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第15話 追憶の森④

 

 

 

 それから時間をかけて、坊たちのこれまでについて話して聞かせた。

 最初こそ「何言ってんだ?」といった顔で聞いていた詩乃だったが、氷魚との遭遇から顔色を変え、藤雄との戦いに至るころには顔面蒼白になって震えていた。

 

『「――というわけだ。分かったか?」』

 

 キュウを真似ているせいですっかり口調まで変わってしまった坊が話を終えると、詩乃はゆっくり目を閉じてから息を吐き出した。

 

「……ええ、よくわかったわ。その頭の悪い口調で話してるのが、あなたのいうキュウなのね?」

「うん。『誰が頭の悪い口調だ!』……って、そこで叫んでる」

「そ、そう……。不思議な剣ね」

 

 自身の斜め後方を指さされ、びくりと詩乃が震える。

 見えない相手が意志を持ってそこにいる――霊魂の存在はこの国でも語られていたが、実際にいると言われると恐ろしい彼女であった。

 青ざめた表情のまま、その右側の空間へと視線を向ける。

 

「後は葉月さんよね。彼女のことは知っているわ。藤雄とは次期当主として何度も顔を合わせていたから、彼のお付きだった頃に会っているわよね」

『ええ。よく覚えております』

 

 葉月が懐かしい表情で応えるが、当然その声は詩乃には聞こえない。

 ちなみに詩乃は全然見当違いの方を向いていたのだが、葉月はわざわざその視線の先に移動していた。どちらも律義なものである。

 

「藤雄の事は……ごめんなさい、なんて言えばいいのか。私もまだ、きちんと現実を受け入れられていないの。私には、あの日はまだ昨日のことだから」

「『当然のことだと思います。何も気になさらないでください』……だって」

「……ありがとう、葉月さん。そして、あなた」

 

 続けて、詩乃は坊を指さした。 

 

「あなたに名前はなくて、キュウが名付けた坊と呼ばれてる、のよね?」

「うん。覚えてるのは、大赤桜を治してって言われたこと、それだけ」

「……そう。正直、あなたが何者なのかはわからない。私はまだ当主を継ぐ前だったから、都の人たちに詳しいわけじゃないの。でも、あなたたちの言うことは信じるわ。この国は、もうとっくの昔に滅んだということね。……それでも、最低でも百年かあ……」

 

 彼女は頭を抱え、大きく息を吐き出す。

 

「随分長いこと寝ていたとは思ったけれど、想像以上に時間が経っていたのね……森を見ただけじゃ、絶対に信じられないわね」

『まあ、そうだよなあ……』

 

 キュウは長いこと魔剣に封じられていたおかげで時間の経過をなんとなく把握していたが、それでもあの黒い森や樹者を見ただけではどれ程の時間が経ったのかは判別できなかっただろう。

 たった1人で目覚めた彼女は、本当に混乱した筈だ。

 

「でもこれは現実なのね。我が国が滅んだ事も、接ぎ木の衛士たちが樹に呑まれて化け物になってることも」

「……うん。詩乃のお父さんも、多分」

 

 探るような視線でそう告げる坊を見て、ふっと詩乃が笑った。

 

「優しいのね、あなた」

「……?」

「大丈夫。ちゃんとわかっているわ。お父様は――菖蒲文吾は異形に堕ちた。だから、私はあの人を殺そうとしていたのよ」

 

 実父を殺すと、そう告げた彼女の表情は刃のように鋭く、冷たくて。聞いた坊が驚きに目を見開く。

 

「そうなの?」

「そうなの! だって信じられる!? 自分の娘をあろうことか星弓で撃ってるのよあの人! 人なんて軽く消し飛ぶ威力よ!?」

 

 そうして、今度は彼女の方が何が起きたのかを語り始めた。

 父である文吾に騙され眠らされてから、数百年。

 眠りから目覚めたと思えば、その父から狙撃され続けここまで来たのだという。

 父親が樹者に堕ちたと理解するのに時間はかからなかっただろう。

 

『詩乃様、そんなことが……。おいたわしや……』

「星弓はこの菖蒲領全てを狙い撃てる。あの人を殺さない限り、私たちに逃げ場はない。だから、私が殺すの。刺し違えてもね」

 

 詩乃は腰から短剣を引き抜くと、くるりと回して逆手に握る。怪我した方の右手でも、問題なく扱って見せている。応急措置の治療ではあったが、問題はなさそうである。

 鈍く光る刃を見て、ごくりとつばを飲み込む坊たちだったが、しかし詩乃はふっと相好を崩す。

 

「……なんて、そう思っていたのだけど、あなたがいるなら話は別。2人なら……いえ、4人なら星弓も倒せるでしょう。それに、あなたなら大赤桜もなんとかしちゃいそうだし」

『そりゃ確かに』

『そうですねえ……』

「……そう?」

 

 うんうんと納得するキュウに葉月。

 玉桜を治し、元の景色を取り戻した彼なら、この国全ての呪いを打破してみせるだろうという確信があった。

 もしかしたら父はこのことを知って……と考えて、詩乃は甘い考えを首を振って打ち消した。 

 

「そうなの。あなたは大赤桜を目指すのよね? そして、それには星弓が邪魔。そして私は星弓を倒したい。……なら私たちは協力できる。一緒に、星弓を倒して菖桜を取り戻しましょう」

 

 短剣を鞘に戻し、彼女はこちらに手を差し出した。

 

「改めて、菖蒲詩乃。菖蒲家次期当主……だった者よ。よろしくね」

「うん! よろしく、詩乃」

 

 差し出した彼女の手を、坊は笑顔で握り返した。 

 その瞬間。

 丁度握りあった手の真横に突き立った魔剣が青く輝き、2人の視界を塞いだ。

 

「――っ、何!?」

 

 空いた片手で短剣を引き抜き身構えた詩乃。

 だが何かに襲われることはなく、代わりにやってきたのは耳朶に響く声であった。

 

『今度はなんだぁ?』

「……え?」

 

 復活した視界で慌てて音のした方を見る。

 自身の背後――その更に上。

 そこには空中に浮かんで胡座をかいた、青白い男が浮かんでいた。

 

「…………」

『あん? なんでこっちを見てるんだ、この女』

 

 喋った。

 先程聞こえた声が響き、その通りに口が動いている。

 しかもその隣にお仕着せ姿の、こちらも青白い女性が寄ってきて口を挟みはじめた。

 

『……多分ですけれど、見えているのでは?』

『は? んなわけ……あるのか?』

 

 二人の顔がこちらへと向く。

 浮かぶ人、青白い姿、そして声は違うが先程から何度も聞いた口調。

 震える手で、詩乃は空中の二人を指さした。

 

「……葉月さんに、キュウ?」

 

 こくこくと頷きが返ってくる。

 

『……聞こえてる?』

 

 次は詩乃が頷きを返す。

 数百年眠ったり、父が異形になって狙われたり、国が滅んでいたりするけれど。

 詩乃にとって、今この事態が一番理由のわからないものであったのだろう。

 

「……もう、何が何だか……」

『し、詩乃様ー!?』

 

 気丈に振る舞っていた詩乃の緊張は遂に弾け、そのまま背中から倒れ込むのであった。

 

 

*** 

 

 

 それから更にしばらくが経った後。

 坊と詩乃は洞窟の入口に並び立った。

 それぞれ武装を整え、ついでに腹ごしらえも済ませて準備運動をしている。

 なにせこれからそこそこの時間、全力疾走を行う。特に足の柔軟を念入りに行っていく。

 

「……よし。じゃあ坊君、やろうか」

「うん。僕が星弓を引き付ける、だよね」

 

 作戦は既に決めている。後は全力で遂行するだけだ。

 

「そう! 坊君、手を挙げて」

「? こう?」

 

 広げて上げた坊の手を、詩乃が叩いた。

 景気のいい音が鳴り響き、彼女がふっと笑みを浮かべた。

 

「よし、頑張ろう! じゃ、先行くね」

 

 叫ぶと同時に、彼女は森の中へと飛び出していった。

 

『……盛大に音、出して行きやがったな』

『ま、まあ、それが狙いですから……』

「……行こう!」

 

 残された坊も、剣の柄を握りしめて森の奥へと向かっていった。

 

『坊、作戦通りに見つけた樹者は残らず攻撃だ。派手にやれよ』

「うん!」

 

 あの後、詩乃が気絶から回復するのを待ってから4人で作戦会議を進めていた。

 玉塚邸で見つけた地図を広げ覗き込みながら、詩乃がその1点を指さして言った。

 

『――私たちがいるのはここ。そして、星弓がいる菖蒲邸はここ。私の足なら一刻もかからない。その間、あなたには星弓の狙撃を引き付けて欲しいの』

 

 彼女の目的は自分の手で父親――星弓を殺すこと。

 だが星弓に狙撃され続け、更に樹者にも邪魔をされ、中々近づけずにいたらしい。

 そこに現れたのが、緋太刀で星弓を迎撃して見せた坊である。彼女はあの動きに勝機を見出した。

 

『――あなたが星弓を引き付けている間に私が近づいて星弓を直接叩くわ。そうすれば狙撃も止んで、今度はあなたが近づける』

 

 そして次は詩乃が接近戦で星弓を引き付け、坊が菖蒲邸まで駆け抜ける。

 そうなれば2対1。いくら最強の射手でも問題なく倒せるだろうと詩乃は考えた。

 

『星弓の狙撃にあなたが対応できることはもう分かってるわ。でも、他の星弓の技をあなたは知らない。あれは接ぎ木の1つ。ただ狙撃するだけが能じゃないのよ。……だから、接近戦は私に任せて。あなたは後からやってきて、私の戦いを見て覚えるの。いい?』

『――うん、分かった』

 

 こうして作戦は決まった。

 つまり坊は今から、星弓に見つかる必要があるのだ。

 詩乃がわざとらしく音を立てたのもそのためだ。

 

 だから全速力で駆け抜けながら、遭遇する樹者を手当たり次第倒していく。

 剣だけでなく氷魚の拳も使って樹者も樹も破壊しながら、可能な限り派手に進んでいくと。

 

「――来た!」

 

 あの特徴的な音が鳴り響き、坊は近くにあった樹の幹を蹴り飛ばして真横に跳ねた。

 直後、坊が蹴飛ばした気に矢が突き刺さり、轟音を鳴らして樹が倒れていく。

 星弓の一矢。

 相変わらずどうやって狙っているのかは全くわからないが、これで坊を捕捉した筈だ。

 

『いいぞ! そのまま東側に逃げ回れ!』

『こちらです!』

「うん!」

 

 着地と同時に、土地勘のある葉月が指し示す方向へと坊が走り出す。

 詩乃が北東への最短ルートを駆けるため、坊はその反対側――屋敷の南側へと向かって東に走る。

 

 避けては進みを繰り返し、時折木々がなくなる開けた場所にでたら、花弁の足場を作って緋太刀で矢を迎撃する。

 そして迎撃するたびに、僅かな間進路を北へと変更するのだ。

 

 ただ避けるだけだと危険でないと判断されて標的を変えられる可能性がある。

 なので矢を切り落とし、直後星弓へと迫る素振りを見せることで、坊こそが脅威だと徹底的に意識を引き付ける。

 詩乃が父親の下へとたどり着くまで、ただただ、ひたすらに。

 だが――。

 

「……?」

 

 坊はふと、奇妙な音を聞いた。

 今まで何度か聞いた矢の飛来音に聞こえるが、やけに波打って響くのだ。

 まるで、複数の矢が飛んできているかのような……。

 

『――坊!! 避けろ!!』

 

 キュウの悲痛な叫びが聞こえた。

 それだけで、坊はこの後何がやってくるのかを理解する。

 

 対峙していた樹者から素早く距離を取り、剣を放り投げる同然に背中に戻す。

 彼の意図を組んだかのように花弁の鞘が剣を受け止め、坊の両手が赤く輝いた。

 

 その直後、空から2本の矢が坊に向かって飛来し――。

 

「――っ!!」

 

 坊の居る場所へと衝突するのだった。

 

 

 

 




一定時間以内に次の安全地帯に行かないと駄目系ステージ。
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