坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第16話 追憶の森⑤

 

 

 

 森の中を、私は静かに駆けていく。

 隠形を得意とする我ら菖蒲家は、音も気配も殺して木々を渡り進む術を会得している。

 だがそんな私をも、樹者は正確に捕捉し襲い掛かってくる。

 

 雑兵連中に何か特殊な感知器官があるとは思えない。

 恐らくはどこかにそういった役割を持つ個体がいるのだろう。

 

 その内の1体と思われる、烏の樹者が背後から嗄れた鳴き声を上げながら追いすがってくる。

 相手をするために止まれば、樹々の合間に隠れている剣士たちが襲い掛かってくるだろう。

 そうはさせない。

 

 腰から短剣を2本引き抜く。

 特注品である柄尻に穴の開いた短剣は、近接戦だけでなく投擲にも役に立つ。

 空中で振り返りざま投げ放つと、烏の顔面に突き立ち、制御を失い墜落していった。

 

 このままでは私も武器を失うが、流石にそんなことをする阿呆ではない。

 手首を振って、袖の下から蔦を2本放つ。

 それは烏に突き立った短剣の穴を正確に掴んで私の手元に引き寄せる。

 

 菖蒲家が代々隠形として磨いてきた蔦操術(ちょうそうじゅつ)

 腕輪状に加工した特殊な蔦を手足の如く操り、離れた場所でも細かな作業を行うことができる。

 樹々を飛び回る移動も、投擲による暗殺術もこの技が可能にする。

 

 ついでに引き寄せた烏の樹者は近くの枝にぶら下げておく。

 星弓に感づかれないよう、少しでも騒音は減らしておきたい。

 

 進み始めて暫く経つが、未だ狙撃は来ない。

 轟音自体は聞こえてくるから、彼が無事に引き付けてくれているようだ。

 

 ……しかし、あの坊と呼ばれる少年は一体何者なのだろうか。

 

 あの見事なまでに鮮やかな赤い髪に、本来あり得ない接ぎ木を2つも受け継いだというその身体。

 どう考えても赤桜本家の者の筈だが、今の――否、数百年前の最後の御屋形様に子供は1人だけしかいない。

 その御子息も、詩乃は顔も名前も知っている。

 

 本家の子供は基本的に1人。跡目争いが起きないように男女どちらが生まれても、そこから子供は作らないのが掟であった。

 赤桜の力を持つ子は頑丈で、病の心配もない。あらゆる意味で、1人で十分な筈なのだ。

 

 故に彼が本家の子供であることはありえないのだが……。

 

「……?」

 

 ふと、音が聞こえる。

 彼の下へと放たれた矢の音かと思ったのも一瞬、それがやけに近くまで迫っていることに気が付き、背筋が震えた。

 

「拙い……!!」

 

 蔦を短剣に搦め、近くの幹に投擲し突き立てる。

 足元の枝を蹴飛ばすと同時に蔦を引き込み、立っていた樹から素早く飛び出した。

 その直後、飛来した矢がその樹を貫き、()()が吹き飛び幹に大穴が開いた。

 樹が折れていく轟音を聞きながら、呆然と呟く。

 

「嘘、気付かれた……!?」

 

 まさか、ありえないと思ったのと同時。

 先ほどまで聞こえていたのと同じ、坊君を狙う轟音が響いてきた。

 それは、彼の下にも星弓の矢が飛来したことを意味している。

 

「……まさか、同時に撃てるっていうの?」

 

 それこそありえない。

 星弓は1度に1矢しか撃てない。だからこその陽動作戦だというのに。

 それが、複数――それも個々の矢の撃ち先を選べるなら、陽動なんて、もう何の意味もない。

 

「このまま進む? いえ、でも……」

 

 自身の想定していた事態から外れたことを理解する。

 これは父が異形へと堕ちたが故の結果だろう。どうやってかは知らないが、複数の矢を自在に放つ術を得ている。

 

 中止して戻るべきかとも思ったが、合流しても的を絞るだけだろう。だが、ならばどうすべきか。

 逡巡する私の耳には、再び矢の飛来音が鳴り響く。

 このままではじりじりと追い詰められて射殺される。

 何度も見てきた、星弓の狩りがまた始まる……かに思えたが。

 

「……? 来ない?」

 

 今度は矢は飛んでこなかった。代わりに遠くから地響きが聞こえてくる。

 どうやら坊君の方に狙いが集中しているらしい。

 何故かは分からないけれど、今のうちに進まなければ。

 

 再び静かになった森の中を、私は全速力で駆け抜けていった。

 

 

***

 

 

 旧菖蒲邸の屋上に立ち、星弓は淡々と遠見と射撃を続けていた。

 今、彼の視界には動く敵性個体が2体。

 騒がしい南の1体に、静かに近づく西の1体。

 

 星弓はこの国の中なら狙撃ができるが、1度に複数体は狙えない――よくある勘違いだ。

 それは彼がまだ人であった頃の話。

 樹者として変化した彼の力では、同時に3本の矢を放つ。

 

 彼がとある樹者に負け、自身も異形に堕ちた後。

 何度かやってきた生き残りたちはその勘違いを持ったまま敗北し、樹者となっていった。

 その戦いも途絶えて久しく、今回は随分と久しぶりの覚醒であった。

 

 だが今回もやることは変わらない。

 逃げ惑う獣を狩るかの如く、撃ちぬいて終い――その筈だったのだが。

 

『――――?』 

 

 撃ちぬいた筈の南から異様な気配が漂ってくる。

 無数の樹者を打倒しながら進んできていた騒がしい方。

 こちらの方が脅威だと2本の矢で狙い撃ったのだというのに、どうやら何の効果もなかったらしい。

 

 何か強い力を纏いながら、再び立ち上がった。

 そのまま、こちらへと凄まじい速度で向かってき始めた。

 それを見た瞬間、背筋に怖気が走る。

 

『――――!!』

 

 すぐさま弓を構え、矢をつがえる。

 あれは放置してはならない。

 もう一体の事など無視して、迫りくる南の個体の狙撃を開始するのだった。

 

 

***

 

 

 全速力で、坊は草地を北へと駆けていた。

 

『来るぞ、(こっち)に1本!』

『あと(こちら)から2本です!!』

 

 前を見据える坊に対し、上空を見る2人が矢の飛来する大まかな方角を伝える。

 最初だけ2本。それ以降は3本が飛来するその矢を、坊は自身の持つ力の全てを使って避けていく。

 

 星弓の狙撃は正確に坊の進行地点を貫いてくるし、止まれば跡を追って来ている樹者の襲撃を受ける。

 絶望的な状況に思えるが、坊はそれを何とかしてしまっている。

 

「――ふっ!」

 

 最初の一矢を跳んで避けると、続いて迫った2射目は花弁の床で空を蹴って避ける。

 最後の矢は緋太刀で切り裂き、其間に近づいてきた樹者は氷魚の拳で吹き飛ばす。

 これで全ての脅威を避けきってみせた。

 

 凄まじい速度でやってくる矢はほんの少しでもタイミングを間違えば撃ち抜かれ、死に至る。

 寸分たがわぬ精度で撃ってくる相手も相手だが、坊の反応もそれ以上に鋭く正確である。

 

 着地と同時に坊は全力で北へと、星弓のいる方へと飛び出していく。

 

『次、(こっち)が一本!』

(こちら)も一本です!』

『てことは間に一本!』

「――りょーかい!」

 

 方向を、タイミングを変え、星弓は執拗に坊を狙う。

 とはいえ飛来する矢が増えないということは、撃てる数も頻度もこれが限界ということだろう。

 過程は違ったが結果的に陽動の役目は果たしているらしい。

 後は詩乃からの合図を待てばいいのだが……。

 

「うん、大丈夫そう」

 

 坊はどうやらそのまま直進して星弓へと辿り着こうとしている。

 いくら矢に射られようと決して後退も横に逸れもしないのがその証左だろう。

 星弓が射抜くのが先か、坊の刃が届くのが先か。

 

「――行くよ」

『――――!!』

 

 決死の進攻作戦が始まった。

 

 

***

 

 

 坊が居る場所から菖蒲邸まではおよそ半刻。

 奴の狙撃を後10回も防げば、その刃は星弓の喉元まで届くだろう。

 

 集落を、森を、川を飛び越え、赤い軌跡を残しながら坊は駆け抜けていく。

 2つの接ぎ木を得て玉桜の力を身に纏う彼を星弓は極度に恐れ、その対処に追われていた。

 

「……っ!!」

『坊様!?』

「……平気っ!!」

 

 苛烈に撃ち込まれる矢の嵐は、坊を徐々に追い詰めていく。

 切り裂いた矢の破片が足を、腕を浅く切り裂き、流れた血が体力を奪う。

 走りながらの矢の対処も凄まじい速度で集中力と体力を削っているだろう。

 その証拠に呼吸音は荒くなり、嗚咽のようなものが混ざり始めていた。

 

「はっ……はっ……もう少し……」

 

 それでも、彼は進むのを止めなかった。

 どうしてそこまで、と側で見ている葉月は思う。

 

 いくら強く賢くても。彼はまだ幼く、殆どの記憶を失くしているのだ。

 その上で迫る狙撃に怯えることなく彼は突き進む。

 一体、何が彼をここまで突き動かすというのか。

 

 その答えは――坊もよくわかっていない。

 

 ただ、不思議な程の焦燥が胸の奥底にあった。

 止まってはいけない。諦めてはいけない。

 そして、願いを叶えてみせるのだ、と。

 

 ――よく聞いて。あなたが目覚めたら、大赤桜を目指し、それを治すのです。それが、あなたを、この国を救ってくれます。

 

 ――赤桜の力が、あなたを必ず導いてくれます。だから、どうか、生きて……

 

 目覚めた時に唯一覚えていた、誰かの願い。

 何故だか懐かしさを覚えるその声を何度も繰り返し思い出しては、その度に強く思うのだ。

 この願いを決して踏みにじってはいけないと。

 

 多分これは、記憶を失くす前の自分の感情なのだろう。

 あらゆる事を忘れてもなお失わなかった程の激情。それが、坊を突き動かすのだ。

 きっと、この願いは自分にとっても大切な何かの筈なのだ。絶対に忘れてはいけない、何か重要な――。

 

「はっ……はっ……絶対に、辿り着くよ……!!」

 

 だから、坊はひたすら突き進む。

 迫る矢を避け、防ぎ、斬り裂いて。

 

「僕が、治すから……!!」

 

 全速力で駆け抜ける坊の視界には黒い木々の合間から顔を出す一際高い建造物――菖蒲邸の姿が見えてきた。

 坊の刃が届くまであと僅か。

 恐ろしい速度で迫る坊。その焦りと恐怖で、星弓は全力の一矢を行使することを決める。

 

 3本撃っていた矢を一つにまとめ、緋太刀でも斬ることのできない太さへ縒る。

 樹者になって強化された腕力でも限界に近い力で引き絞り、坊を射抜くためのその1点を狙い絞る。

 あれさえ殺せば、勝てるのだと。

 狙って、狙って、そして――。

 

「――それは流石に、馬鹿にしすぎですよ。お父様」

『――――!!』

 

 背後から声が聞こえたのと同時、星弓の首と右手に鈍い衝撃が走った。

 視界がノイズの走ったように霞み、手は衝撃で力が解け、矢が解き放たれる。

 意図せぬ力の解放はあらぬ方向に矢を飛ばし、南東側数百メートルに渡って樹々を貫き破壊していった。

 

「私を忘れてもらっては困ります。まあ、お陰で近づけましたけど」

『……』

 

 首の深くまで穿たれ金属塊が意識を抉る。

 せめて右手の方を抜こうにも、その隙を見逃してくれる相手ではないことは理解できた。

 故に星弓は弓を構え、そこから複数の蔓を解き放つ。

 

「蔦もたくさん……まるで化け物。本当に、あなたは異形に堕ちてしまったのですね」

 

 対する詩乃は追加の短剣を抜き、くるりと回して逆手に構えた。

 

 数百年の時を超えた親子の再会。

 随分と血生臭いものになったが、それこそが、きっと数百年前に文吾が望んだものだと詩乃は理解する。

 

「あなたの望み通り、あなたを殺してみせます、お父様。ただ――」

『――――?』

 

 そう言って、ふっと笑う詩乃。

 その行動に逡巡する星弓の背後に影が落ちた。

 咄嗟に振り向いた星弓の視界は、巨大な拳を構えた、赤く輝く少年の姿を見た。

 

「――2人で、ですけれど」 

 

 そう詩乃が呟いた直後。

 花の足場を蹴飛ばし急降下した坊の、氷魚の拳が炸裂するのだった。

 

 

 

 

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