坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第21話 菖蒲邸④

 

 

 翌朝。慌ただしい音で坊は目を覚ました。

 

「……?」

『おう、起きたか』

 

 隣に立てかけていた魔剣からキュウが顔を出した。

 彼も休んでいたらしい。

 

『今は屋敷の片付けに大忙しだぜ。詩乃も古書殿に籠りきりだ』

「あ、そっか」

 

 寝ぼけて失念していたが、今は自分1人ではなく、この屋敷には多くの人がいるのだった。

 

『若菜って嬢ちゃんがお前のために色々と探し回ってくれてるぜ。顔洗ったら探しに行くぞ』

「うん。そのあと、都に行く?」

『……少しくらい休んでもいいんだぞ?』

 

 何せここまで駆け抜けてきたのだ。

 数時間眠っただけで全ての疲れが取れるとも思えないキュウだったが。

 

「大丈夫っ!」

 

 ぐっと腕を構える坊はいつも通りだったので、ふっと笑みを浮かべた。

 

『そうかい。じゃあ行こうぜ』

「うん!」

 

 そのまま2人で若菜を探しに屋敷の中を進んでいくと、直ぐに葉月が現れた。

 にゅっと床から顔を出して笑顔を浮かべている。

 

『坊様、おはようございます』

「おはよう!」

『1階の広間へお越しください。朝食の用意があります』

「はーい」

 

 急いで階下へ向かうと、詩乃と葉月が待っていた。

 

「坊君、おはよう。一緒に朝ご飯を食べましょう?」

 

 そのまま詩乃と朝餉を共にする。

 並べられていた食事は焼き魚に山菜の汁物――これは骨から出汁をとったようだ。

 米といった主食がないのが残念だが、それでもちゃんと味のする料理が食べられることはありがたい。

 

「おいしい……」

「流石若菜達ね。彼女たちは長らく我が家の料理番を担っていたのよ」

『食べられる野草をあっという間に集めてこられて。流石はここのお家の方々ですね』

 

 2人して美味い美味いと言いながら、あっという間に平らげてしまった。

 

「「ご馳走さまでした」」

 

 食べ終わると直ぐに若菜達が膳を下げ、代わりに立て板に貼り付けられた地図が運ばれてきた。

 玉塚の家にあったものをさらに拡大したもののようで、より詳細な地形が描かれている。

 詩乃が立ち上がり、木の指し棒を受け取った。

 

『よし、坊、そのまま聞け。こっからどうやって都に入るか、それを決めるぞ』

「……うん!」

 

 浮かび上がったキュウの言葉に坊が頷く。

 それを見て、詩乃が周辺の地形について――そしてこれからどう進むかに関して話し始めた。

 

 

***

 

 

 赤桜の首都。国内では単に『都』と呼ばれるその場所は、国外からは朱花の都として知られていた。

 特に夜空に浮かび上がる大赤桜の鮮やかな夜景は、世界でも指折りの景観として称えられていたそうだ。

 そんな赤の都は、周囲の大地よりも一際高い場所に建造されている。

 

 元々は1本の大きな赤桜の周辺に築かれ生まれた国家だったが、長い時を経て成長した大赤桜の根は太く高く広がっていき、いつしか都を吞み込んでしまう程にまで巨大化したのだ。

 それ故に都もまた根や幹に都市を拡張していき、今や見上げるほどの高さに築かれることになった。

 

 都は主に3つの区画に分かれている。

 大赤桜の周囲、地続きに建てられた建造物群の下層――『花筵』。

 都市の中腹部、地上に飛び出した根の周辺や合間に築かれた中層――『傘下』。

 そして本家や種々の役所などが存在する上層――『望花殿』。

 

 目的とする大赤桜に接触するには幹がある上層へと向かう必要があるが、外から上層である望花殿に直接行ける道はない。

 そのため、どこから侵入するかが重要になる。

 

 横だけでなく縦にも複雑に広がる都市の中には、多くの民が暮らしていた。

 大半は下層だが、中層には役人や職人たちの住居があるために、そこに住んでいた人の数は多い。都市内部は樹者だらけの筈だ。

 入り組んだ都市故に樹者たちが外に広がって手薄――なんてことはないだろうから、対策は必須だろう。

 

 逆を言えば、都市は複雑に入り組んでいる。

 そこを慎重に潜り抜ければ、樹者と遭遇せずに最奥までたどり着けるだろう。

 

 潜り込むか、戦い抜くか。その中から坊たちが選んだのは――。

 

『飛び越えるぞ』

「え?」

『樹者だらけのデカい都市をわざわざ歩いて上っていくなんて馬鹿のすることだ。下層から上層まで一気に飛び越えようぜ』

 

 下層まで潜り込んで、そこから中層を無視して一気に上層までたどり着くというルートであった。

 

「坊君、これを両腕に嵌めて」

 

 そう言って詩乃が腕輪を2つ手渡してきた。

 深い溝の掘られた木の腕輪(バングル)で、溝の中には長い縄の様なものが巻かれて収められている。

 

「これ、詩乃のと同じ?」

「そうよ。星弓との戦いで私が使っていた蔦を覚えてる? この腕輪で、あの技を使うことができるの。一応、菖蒲家の秘伝なんだけど……あなたなら大丈夫でしょ」

 

 詩乃に指示されるままに両腕に――赤桜がくれた手甲の内側に取り付ける。

 問題なく蔦が飛び出てくるのを確かめてから、外に出て詩乃による使い方の講義が行われる。

 

「赤桜の力を使って操るの。流し込むまでは繊細に。狙いを定めて飛ばす時は思いっきり、力強く。そうね……あそこの樹に向かってやってみて」

「……こう?」

 

 じっくりと両腕に力を流すと、巻かれていた蔦の先端がぴくりと反応する。

 しばらくそのままでいると力が馴染み、蔦の全体までぎゅっと固まったような感触を覚えたので、目的の樹へと腕をスナップさせる。

 すると坊の想像以上の速さで蔦が飛び出し、樹の幹へと絡みついた。

 

「うん、いいわね。そのまま思いっきり引っ張るようにして、跳んで!」

「――っ!!」

 

 言われた通りにぐっと腕を引きながら樹の方へと飛び込むと、坊の身体は勢いよく目的の樹へと加速し、幹へと着地した。

 

「……凄い!」

「一発で成功する坊君の方が凄いわよ……。まあでも、練習が要らないのはいいことね。それと、あなたの桜の足場を使えば都にも乗り込めるはずよ」

 

 坊たちが選んだ方法では、都市の外壁や大赤桜の根などを伝って外側から一気に最上層まで進むことになる。

 玉桜解放後に手に入れた花びらの足場があれば可能だと踏んでのキュウの提案だったが、そこに詩乃がこの腕輪を組み込んだのだ。

 確かにこれらを組み合わせれば空中でも自在に移動が可能になるだろう。

 

『問題なさそうだな』

「ええ、ばっちりね。……これで準備は全て完了よ」

 

 ここから先は、行ってみないと何もわからない。

 何せここにいる誰も、樹者が現れてからの都の姿を知らないのだから。

 まずは行ってみる。そこから先は――後で考えるしかない。

 

「うん、詩乃、皆もありがとう」

「約束よ。都にいる『何か』と戦うと決めた時は、絶対に合図を送ってね。必ず行くから」

「……うん」

 

 詩乃はここに残り、守りが安定するまでの皆の守護を務める。

 樹者が押し寄せて全滅しました――では話にならないから。

 

「絶対だからね! あなたには言葉では言い尽くせない程の恩があるもの。受けた恩は必ず返すわ。……今度は、あなたの望みを私に叶えさせて?」

「……僕の望み?」

「ええ。大赤桜を治すのでしょう? 私と星弓で、必ず力になるわ」

 

 そう言って、詩乃が坊の手を握った。

 

「……やっぱり、詩乃の手、温かい」

「へ?」

 

 呟いた坊の言葉に、詩乃が目を丸くする。

 だが彼女に構わず、坊は1人頷いた。

 

「生きている人のため……だよね、キュウ」

『おう、その意気だ』

「……?」

 

 困惑している詩乃を余所に、菖蒲家の一段の中から若菜が前に出でて口を開いた。

 

「坊様。あなたのおかげでここにいる皆は希望をもって生きていくことができます。だから、どうかご無事で……」

「大丈夫、負けないよ」

 

 代わりに準備が終わるか、坊が合図を送れば直ぐに駆けつけるという約束を交わした。

 恐らくいるだろう凶悪な樹者。それを倒すには戦力は多い方がいい。

 ……それが果たして誰なのかは、皆口にはしなかったけれど。

 

『よし、行こうぜ、坊!』

「……うん。行ってきます」

 

 目覚めた時は1人と魂1つだけだったのに、気付けばこうして帰る場所ができた。

 初めて告げるその言葉に違和感と不思議な暖かさを覚えつつ、坊は北東へと走り出した。

 

 目指すはこの国の中枢。

 大赤桜のおわす朱花の都へ。

 

 

***

 

 

「……行ってしまいましたね」

「ええ、あっという間ね」

 

 去っていく坊を見つめながら、若菜が呟く。

 聞けば、彼自身もまだ目覚めてから数日だと言うではないか。

 だというのに止まることなく戦いに向かった。あんな小さな少年が、だ。

 

 ――私は、何もできていないなあ……。

 

 あの日、樹者が押し寄せてきた時もそうだった。

 衛士たちが勝つことを願うだけで何もできなかった。

 文吾に助けられなかったら、坊と詩乃が来なかったら……。

 もう、それに縋るのはやめようと決めた。

 

「さあ、詩乃様! 皆さん! 私たちも急いで作業を進めましょう。時間は有限ですよ!」

 

 声を張り上げて、皆を屋敷へと向かわせる。

 やることをやって、詩乃を送り出す。そして、彼が安心して帰ってこられる場所を作るのだ。

 そう意気込んで、若菜は屋敷へと向かうのであった。

 




ゲーム的にはどこ行ってもいいし、全部の五家桜を解放したらエンディングが変わる……的な分岐。
でも小説坊君は最強なので、きっと何とかなります。
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