坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第22話 朱花の都①

 

 

 朱花の都へと旅立った坊たちは、都へと通じる街道跡へと入った。

 

『ここから先が都へ通じる三街道の1つ、緑枝道です』

 

 都を囲う3つの五家。そこから続く3本の街道は、長く伸びた石畳を飾る赤門と提灯に彩られ、都に次いで国の絶景と称えられる。

 道ごとに異なる色の提灯や装飾か並ぶ景観は、国土の狭いこの国においては観光の名所として親しまれていた。

 

『私も一度、藤雄様のお付きとして上ったことがあるのですが、それはそれは美しかったのですよ?』

『へえ……道の全てに灯りを吊るすなんざ、金と手間のかかることをするもんだな』

「灯り、どんなのだっんだろう」

『色とりどりでとっても綺麗だったんですよ? この緑枝道は緑の灯りがとても美しい……景色だったんですけどねえ……』

 

 会話をしながら進む坊たちの視界に広がるのは赤く塗られた美しい門――ではなく、当然の如く黒い樹や蔦に絡まれておどろおどろしい姿になった街道跡。

 そして道中には徒歩旅の庶民の代わりに多数の樹者たちがうろついている。

 

『うんざりするほどいやがるな……。こいつら、元々は普通の民間人だった奴もいた筈だろ? なのになんで揃いも揃って武器を持ってるのかね』

『その武器も随分と変わりましたよね。前は錆びてましたけど……あれは木製? ですかね?』

 

 これまで戦ってきて、人型の樹者には幾つか種類があることが分かっている。

 剣士に槍兵、弓兵に盾を持つ大型の個体など。

 今までは元衛士だろう樹者が多く、時間経過の影響でボロボロに風化した武器を手にしていたのだが、都付近に現れる連中は黒い樹を引っこ抜いてきたような特殊な兵装に変わっている。

 灰色の光が灯る鋭く尖った樹の武器は一見脆そうだが、魔剣の一撃をしっかりと受け止め弾く硬さがある。

 

「――ふっ!」

 

 ただ、緋太刀までは流石に防げないらしい。赤い一閃が樹者を両断して坊は先へと進む。

 丁度良く並ぶ門に蔦を絡ませ、音に反応して近づいてきた樹者たちを無視して飛び越していく。

 

『そいつの扱いも慣れたもんだな』

「うん、楽しいよ」

 

 スイングして前方へと飛び出すと同時に絡めていた蔦を外して、もう一方の腕輪の蔦をさらに前方の門に絡める。

 馬で進むのとほぼ同等の速度を出して進んでいく坊たちの視界に、変化が現れる。

 

『……見えてきましたね』

 

 高い位置に浮かんでいた葉月がそう呟く。

 彼女の向こう側、空には巨大な影が現れ始めていた。

 

『あれが大赤桜か? ……とんでもねえ大きさだな』

 

 そこらの山なら軽く凌駕する黒い巨影。

 あれが1本の樹だというのだから、自分の目で見ても信じられないキュウである。

 

「……真っ黒だね」

『そうですね。昔はここからでも赤々と輝いていたんですけれど……』

 

 全員の目に映るその黒色は、決して遠く離れているからではないだろう。

 この国に力と光を与え続けた大赤桜は、やはりその光を失ったようだ。

 それでも視界を埋めるその威容は健在。

 そして坊たちは、今からあの樹を登っていかなければならないのだ。

 

『まっ、今回は狙撃もねえし、のんびり行こうぜ』

『そうですね。まだ都がどうなってるのかもわからないのですから、慎重にいきましょう』

「……うん」

『あん? どうした?』

 

 頷く坊の声には元気が失われている。

 

「……誰か、見てる」

『……!? また狙撃か!?』

 

 慌ててキュウも高く上がって周囲を警戒するが、狙撃が来る気配はない。

 しばらく待って何もなかったので、坊の傍へと降りてくる。

 

『なにもなさそうだが、なんか感じたのか?』

「……あそこから。すごく強い()()()()が来る」

 

 ぶるりと身震いをしてから、坊は当然の如く大赤桜を指さした。

 星弓との戦いの際に感じた震えるほどの焦燥感。

 それが進むにつれてどんどんと強さを増しているのだ。

 

「多分、『来るな』って言ってる」

『……まあ、間違いなく何か待ってるよな。これまで五家桜を開放してきた坊の事を警戒してんだろ』

 

 ただ、それはつまり相手は坊の接近に気付いているということでもある。

 これから潜り込もうとしているというのに……出鼻を挫かれた気分である。

 

『近づいたら樹者の総攻撃……なんてことはねえよな?』

『今まで大丈夫でしたから、平気だと、そう信じたいですね』

『……だな。とにかく慎重に偵察するか』

「うん」

 

 不穏なものを感じつつ、そのまま街道を進んでいく。

 そして一夜を明かし、坊たちは遂に都の麓――花筵を眼下に捉える所までたどり着いた。

 

『あれが都か』

「おっきい……」

 

 今は離れた場所の樹の上から、都を観察している。

 都は大赤桜の根があまりに広がりすぎたせいで他の木々が生えず、結果的に広大な円状の空隙に築かれている。

 安全に観察するには離れる必要があるのだ。

 

 空隙の中心に座すのが首が痛むほどの上空にまで伸びる巨樹・大赤桜。

 こちらに迫ってくるかのように錯覚する威容で、縦も横も、視界の大半を埋め尽くしている。

 

『ああ、あれほど美しかった都があんなに暗く……やはり、ここは呪いに蝕まれてしまっていたのですね』

 

 そこには一切の光は灯らず、空を覆う樹冠は曇天より暗い影を都市に落とす。

 そうでなくとも都市の中は真っ黒な木々に侵食されており、もはや原形を留めている建物は残っていない様に見える。

 

『先ずはこの先……花筵からですね』

『水上都市ってのは風情があるが、こうしてみると不気味だな……』

 

 隆起して坂のようになった根元、その周囲に残された大地に広がるのが都に暮らす庶民の区画・花筵である。

 年々広がる根のせいで平地はどんどん侵食され、外縁部は都を囲む湖にまで到達している。

 一部の家屋は水上に建造されているようで、

当然のように灰色の光が幾つもうろついている。あの全てが樹者たちの光なのだろう。

 

『おーおー、いっぱいいるわ。流石王都だな』

『あんなに沢山……戦っていたらきりがないですね』

『そのためのこの作戦だ。坊、登れる場所を探そうぜ』

「うん」

 

 そのまま外周の森の中を渡っていき、適した場所を探していく。

 最上層へと向かうために問題となるのが下層の花筵から根を伝った先にある中層・傘下だ。

 

 本来は花筵から太い根を坂道代わりにして上っていくのだが、その構造は複雑で、地上にある下層と違って逃げ場も少ない。そのまま道なりに進めば無数の樹者を相手にすることになる。

 だからそれを無視して、蔦と足場で外側から登ってしまおうというのがキュウの立てた作戦であった。

 今はどこから登れば早く安全か、最適なルートを探している。

 

『しっかし、本当に空中の根の上に都市があるんだな……あんなの怖くてろくに歩けねぇだろ』

『あら、あれだけ飛んでるのに高いのが苦手なんですか?』

『俺が飛んだのはこうなってからだよ。元々得意だったわけじゃねえ。呪物殿といい、どうやってこんなもん作ったんだか……』

 

 傘下は巨大な根の上に建物が築かれているために、見た目はまるで空中に築かれた天空都市である。

 根から落ちれば当然死んでしまうため、落下防止のために網や壁が多数設置され、子どもにも分かるようにと鮮やかな色で注意を示す記号が幾つも描かれているのだ。

 

 黒い樹々の隙間から覗くそれらのおかげで、遠くからでも壁の位置はある程度把握できた。後はどの壁なら安全に登れるかを見極める作業になる。

 

『あそこなんてどうだ?』

『良さそうですね。あっ、でも周囲に樹者が多そうですよ?』

『……確かに。候補の1つとしとくか。坊、地図に書いとけ』

「はーい」

 

 まずはルートを決め、登攀場所の下まで花筵内を探索することが目標だ。

 そのまま半周程都市外周を進んで行き、坊たちはいくつかルート候補を見つけることに成功した。

 後はそれぞれを見て回って、現場でどれにするか判断することになる。

 

『さて、次は向こうまでどうやって渡るかだな!』

「橋、なくなってるもんね」

 

 侵入者対策と大赤桜の水源確保のために、都の外周には巨大な湖が広がっている。

 かつてはそこを渡るために街道から続く橋があったのだが、今は破壊されたのか風化したのか全て落ちてしまっており、石や木といった基礎部分の残骸が一部あるだけの状態だ。

 

『あの足場で移動していくしかないのでしょうか』

 

 対岸まではかなりの距離があるのでここでは蔦は使えそうにない。

 

『あの黒い水を泳ぎたくはねえよなあ……何いるか分かんねえし。途中で岩を経由すりゃなんとかなるか? ちと距離はあるが……』

「ん、大丈夫! 任せて」

 

 坊はそう告げると、両腕に赤い光を込めて流れていた木片――といっても外壁跡と言った方がいいほどの大きさのそれに向かって解き放った。

 光に触れると同時に、水上を流れていた筈の木が動きを止めた。

 坊が飛び乗っても沈むことはなく、そこから桜の足場を使って離れた位置にあった岩場へと飛び移った。

 

「ね?」

『封の力を使うのか。考えたな』

「へへー」

 

 そのまま、さくさくと湖を渡って花筵の湖上都市へと潜入に成功した。

 本番はここから。

 まずは先ほど見当をつけた登攀位置へと、都市の中を進んでいく。

 

『見つからないように慎重にな』

『周囲の警戒は私たちにお任せください』

「……」

 

 返事はせずに頷きで返す坊。

 周囲は水の流れる微かな音色が響くだけの静寂が広がっており、会話1つでも周囲の樹者が集まりそうな雰囲気があった。

 

『音だけなら風情があるんですけどねえ』

『本当にな。ここで月と桜を肴に飲む酒は旨そうだ……おっと、坊、前方に樹者が1体だ』

「……!!」

 

 剣を握る手に力が籠る。

 いつ襲われてもいいように構えつつ、坊はひたすら静かに、都市の中を進んでいくのであった。

 

 

***

 

 

 水上都市から地上へ移り、引き続き花筵の中を進んでいく。

 もはや樹のオブジェと化した建造物の隙間を通り、樹の陰に隠れながら、巡回する樹者をやり過ごす。

 そうして坊たちは隠れ進みながら目印を付けた場所を順に回っていく。

 

『1つ目の予定地は……あそこですね』

『……駄目だな。足場が腐ってやがる。水辺に近い場所は全滅かもな。次だ』

 

 長い時間のせいで風化した都市では中々目的に見合う場所は見つけることができず。

 

『ヤバい、見つかった!』

『坊様、さっと片付けてください。できれば、静かに……!!』

「……!!」

 

 時折見つかった樹者との戦闘を繰り返しながら、それなりの時間をかけて。坊たちは最後の、そして本命の登攀予定地点まで辿り着いた。

 

『高えな……これを上るのか』

 

 坊たちが見当をつけたのが、下層から中層まで繋がる塔のような高層建築物。

 中をちらっと覗いてみれば黒い樹にズタズタに破壊されていて元がなんだったのかは分からない。

 中層の商家の搬入口だったのか、従業員の通用口だったのかもしれない。

 ただ今この時は、有難い中層への通路になっている。

 おあつらえ向きに周囲は壁に囲まれているので、上っている最中で樹者に見つかることもない。

 中には黒い樹や壊れた梁などが飛び出しているので、蔦で昇っていく練習にはもってこいの場所である。

 

『ここなら多少声を出しても大丈夫でしょう。坊様、入口だけ塞いでしまいましょう』

「はーい」

 

 坊もようやく一息付けたことに安堵の笑みを浮かべている。

 近くから瓦礫を集めて入口を塞ぎ、坊はどさりと腰を落ち着けた。

 数時間動きっぱなしだったので休憩を兼ねて、若菜達が作ってくれたお弁当を食べる。

 

 焼いた猪肉を葉で巻いたものに、出汁で味付けをした葉の煮びたし。

 種類がなく味も薄いが、その代わりに量だけはたっぷり用意してくれたそれを坊はあっという間に平らげた。

 

「おいしかったー!」

『おう、思ったより早く着いたし、少し休んだら早速上ってみようぜ』

「うん」

 

 片づけを済ませて見上げると、床の落ちた梁や所々から突き出た樹の枝たちが複雑に入り組んだ構造になっている。

 念のためキュウと葉月に上側を調べてもらいながら、坊は梁の1ヶ所に蔦をかけて、飛び上がった。

 

「ふっ……!!」

 

 勢いよく飛び出しすぎて目的の場所の更に一段上にまで通り過ぎ、慌てて花びらの足場に着地する。

 いくら坊でもあまりに高い場所から落ちたら無事では済まない。そしてここから先は、全てがそうなる。

 

『気をつけろよー』

『坊様、ゆっくりでいいですからね』

「だいじょーぶっ!」

 

 直ぐに要領を得た坊は、以降は淀みなく上がっていく。

 時折見える窓の向こうには、既に花筵が遥か下にある。空を浮遊できるキュウでも、思わずブルりと震えてしまいそうになる高度であった。

 

『……ほんとに、どうやって作ったんだよ、この都市』

 

 およそ10階層程度の高さを上がった所で、坊は天井へと到達した。

 

『あっという間に中層ですか。便利ですね、その蔦』

「ね。……ねえ、外、出てもいい?」

『いいんじゃねえか? 休む場所は先で見つけりゃいいだろ』

 

 外へと出てみれば、広がるのは先ほどまでとは全く異なる景色。

 分厚い根の上に立つ坊の視界に映るのは、空に浮かぶ幾重もの根と、その上に建てられた建造物群。根と根の間には橋が幾つも渡されており、それらや通路には安全のための柵が設けられている。

 中空に伸びる根の上に築かれた都市。それが、中層・傘下である。

 

『柵が一部腐り落ちています。坊様、落ちないようにお気を付けください』

「うん。でも、凄い景色」

『そうかあ? 俺は震えるね。こんな所に住みたくはねえな』

 

 先ほどより澄んだように感じる空気は、高さのせいか、水場がなくなったせいか。

 大赤桜の根と、地上から伸びる極太の柱のお陰で支えられた中層は、いわば空中都市とでも呼べる情景を作り出している。

 見る分には美しいだろうが、高所が苦手な者にとっては世界一恐ろしい都市といえるだろう。

 

 見上げた先の根にも無数の建物が築かれている。

 ここからは近い位置の根を見つけては上っていく作業となる。

 

『……これは、気が滅入る高さだな』

『焦らず進みましょう? どこかで、休める場所も見つけたいですし』

「……」

 

 当然、そんな場所にも樹者はいる。

 街灯代わりに灯る灰色の光たちに辟易しながら、再び坊は黙って、都市の中を進んでいくのであった。

 

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