続いて坊たちが挑むのは、空中の根に建造された中層・傘下。
空に浮かぶ都市の中、坊は再び樹者たちの視界を潜り抜けて進んでいくのだが……。
『流石に遮蔽が少ねえな。根を渡ったら奴らに見つかるぞ』
『そうですね……。避けるのは難しそうですし、ある程度は無視してしまうのがいいと思います』
『だな。坊、上る場所を見つけて、一気に進んじまおう』
キュウの言葉にこくこくと頷きを返す。
もう多少なら喋っても問題はないのだろうが、念のためだ。
中層を飛び越すためにどこに蔦をかけるのが良いか、坊は見当をつけるために辺りを見回していく。
傘下という階層は最上層の役所勤めの役人たちや、国中に幅広く展開される商家の人々が暮らしていたそうだ。
空中であるために獣たちの被害もなく安全。下層のように根の拡大で住む場所が呑み込まれることもない。
落ちる危険性こそあったが、傘下は安定した暮らしが約束された場所だった。
ただ葉月が言うには、成長し広がった根に傘下の都市が呑まれることはあるのだという。
そういった都市の残骸が、この巨大な根の奥にはまだ残っているそうだ。
「……?」
歩いていた坊が、足に触れた、砕けた硝子球のようなものを手に取った。
なんだろうと見上げてみると、上に伸びた根に、同じような硝子球が幾つもぶら下がっているのが見える。
『どうしました? ……ああ、雫灯ですね。街道と同じで、傘下にも沢山飾られているんですよ』
安全な場所であるが故に、下層の花筵に比べて様々な場所に装飾がつけられているそうだ。
よく見れば上空に伸びる他の根にも沢山の灯りが吊り下がっており、かつては夜毎に美しい光を灯していたことが想像できる。
ぐにゃりと波打つ根に合わせて建物が上下している光景も不思議で、坊はついつい見入ってしまう。
ここに人が住んでいた時はどんな暮らしをしていたのだろう。
もはや物言わぬ異形たちしか居なくなった灰色の都市では想像もつかないが、きっと楽しかったのだろうと思う。
自分なら根と根の間を自力で飛び越そうとして、きっと怒られていただろう。
……誰に? とふっと湧いた疑問には、あの夢で出てきた女性が浮かび上がる。
多分、自分には家族がいた。そしてそこには『普通』とはいえない何か特殊なものがあったこともわかっている。
この景色を見ても坊の記憶が何も呼び覚まされなかったのも、きっとそのせいなのだと思う。
――大赤桜を治せば、きっと分かる。
何故か失われた記憶も、どうしてあの人は自分に大赤桜のことを託したのかも。
視界を街から上側へと切り替えて、坊は目先の目的である、取りつく先を見当つけ、上層へ向けて飛び上がっていくのであった。
***
中層・傘下の特徴的な構造の1つとして、『
うねる様に中空を波打つ根の中でたまたま複数の根が束になって巨大な広場になることがある。
そう言った場所は憩いの場として利用され、また他の根に比べても強固なために、空の間同士を繋ぐ
上層の風車と下層の水車を動力にしていたというが、今はどちらも壊れたのか動いてはいないらしい。
ただ僅かな支索はまだ残っているようで、坊はそれを渡って上層へと駆け抜けていく。
『坊、行く先に樹者が2体だ。ありゃ避けれねえ』
「……うん」
小声で応え頷いてから、坊は魔剣を引き抜いた。
青く輝く刃が傘下を走り抜け、呑気に歩く樹者に迫る。
『――――』
「ふっ!!」
閃く刃が、一太刀で樹者の胴を両断した。
奥にいた樹者が素早く反応し、灰色に灯る武器を坊へと振るう。
魔剣と黒樹が激突し火花が散る。
樹者たちの練度も上がり、不意打ちでなければこうして防がれるようになってきた。
緋太刀や氷魚の拳を使えば倒せるが、それだと余計に疲労が溜まる。
何せ数が多い。全てを接ぎ木の技で相手していたら、早々に力尽きてしまうだろう。
だから、別の手段を使う。
「……!!」
坊は左腕から蔓を放ち、樹者の足に搦めて引っ張った。
『――――!?』
掬い上げられた樹者の身体がぐるりと回り、その浮いた身体を振り上げた魔剣が叩き斬った。
『……戦いにも便利だな、その蔦』
『本当に。良いものをいただきましたね』
灰に還っていく樹者たちから、大きな赤い光が浮かび上がる。
今までの樹者が放ってきたそれの倍近い量の光が坊の身体に吸い込まれ、坊の髪が一際赤く瞬いた。
「……凄い」
『大赤桜のお膝元の連中は、溜め込んだ力も相当ってことだな。道理で強いわけだよ』
接ぎ木の衛士たちが特別強大な力を有していたように、大赤桜の力を多く取り込み――否、奪っている彼らは相応に強化されているのだろう。
そして坊が吸収してきた赤桜の力も相当な量に達している筈だ。
実際、強化されている筈の樹者たちも両断できている。キュウが最初に出会った頃に比べて身体能力は格段に向上していた。
『しかし、こっちに入ってからやけに樹者に遭遇するな』
『……そうですね。花筵とは反応が段違いです』
中層に入ってからはある程度樹者に見つかるのを承知で動いているとはいえ、やけに戦闘が続いていた。
自然と樹者たちが坊の進行方向に集まっているような、そんな違和感があった。
『……坊に吸い寄せられてる?』
『まさか! そんなこと……』
ふと呟いた閃きに、キュウと葉月は坊を見た。
都に入ってからどんどんと赤い光を増していく彼の髪。
虫は光に集まるというが、そもそも樹者という存在は果たして何を求めさまよっているのか……。
「……?」
一方の坊は、上空へと視線を向けていた。
「……ぞわぞわする」
都へ近づくにつれて感じていたあの嫌な気配が、ここにきて一気に強まった。
煙を吹きかけられたように身体に怖気が走り、坊は咄嗟に魔剣の柄を強く握った。
『坊?』
『坊様?』
問いかけに反応する暇もなく、坊は呼吸が荒くなっていく。
何かが近付いてくる。
それに、どうやら自分は怯えているらしい。
「……!!」
未知の経験に戸惑い、息を呑んだその直後。
坊たちの立つ空の間に、何かが墜落した。
「――わっ!?」
『なんだあ!?』
分厚い筈の幹がぐわんと揺れ、床に敷き詰められていた石畳が砕けて粉塵が舞った。
流石に根が折れたりはしなかったが、大きな揺れで坊も姿勢を崩して倒れ込む。
それでも何とか剣を握って、坊は煙の方を必死で凝視した。
『……あれは……?』
木屑舞い散る粉塵の中。
赤い光がぼうっと浮かび上がり、そこから1つの大きな影が現れた。
その姿は――。
『……武者?』
「……猫?」
『……はあ? なんだありゃ』
葉月と坊で全く別のものを呟いたのは、見えたものがその両方だったから。
現れたのは、巨大な猫のような四足動物に跨った、槍を携えた甲冑武者。
わけのわからない異形の出現にキュウが困惑の声を上げる中、その異形は素早く動き出した。
『――――!!』
ぶわりと緑の光を放った巨大獣が、坊に向かって飛び掛かる。
爆発が起きたかのようなその飛び込みは一瞬で坊まで到達し、彼に緑に輝く爪の一撃を叩き込んだ。
「――――っ!?」
坊を切り裂いたかに見えた一撃は、咄嗟に生み出した氷魚の拳で防いだ。
だが勢いまでは防ぐことはできず、坊の身体は、空の間の遥か外まで吹き飛ばされた。
当然、その下に足場なんてものはない。
『坊!!』
『坊様!?』
「……」
空中に投げ出された坊は、甲冑武者と視線を合わせた。
暗い隙間の向こうには、赤い光が浮かんでいて。
「……ぞわぞわ、君なんだね」
どうやら遠くから坊へと放っていた怖気は彼のものだったのだと、坊が得心した直後。
彼の身体は遥か下へと落ちていくのであった。