坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第24話 朱花の都③

 

 

『今日は2人に贈り物があるの』

 

 そう言われたのは、いつの時だったか。

 珍しく家族皆揃って自分の下へとやってきたと思ったら、母がそう言って笑ったのだ。

 ちらと見た隣に座る兄の顔は蕩けきっている。

 どうやら悪いことではなさそうだと、ひそかに息を吐き出したのを覚えている。

 

 ちりん、と鈴の音が鳴った。

 どうやら母の背後にその贈り物があるらしい。

 

 優しく微笑む母が差し出してきたのは木の籠だった。

 鈴の音はその籠の中から聞こえている。

 

『ほら、開けてごらん?』

 

 促されるままに蓋を取ると、そこには白い毛玉が2つ収まっていた。

 これはなんだろうかと首を傾げていると、その毛玉がぐわりと動き、鈴の音が鳴った。

 突然のことに驚いた身体が跳ねて、父と兄に笑われてしまった。

 

『……なに、これ?』

根猫(ねねこ)よ。赤桜の根の奥に暮らしている生き物なの。この下――大赤桜の根のずーっと奥にはね、彼らの巣があるのよ。我ら赤桜の民と同じくらい昔からずっと暮らしてるの』

 

 本家は昔から彼らと交流があるの、と母が優しい声でそう告げる。

 

『古来から我が家の子が5歳を迎えた折に、こうして子猫を預けてくれるのだ。よき友、そして良きお供となるように』

 

 続けて父の力強い声が聞こえ、その武骨な手が、毛玉の1つを取り上げた。

 丸まっていた根猫の顔が見えると、赤みがかった黄色い瞳と目が合った。

 子猫にしては大きく、腕も胴もぷっくりと太い。それでも輪郭は猫だった。

 

 みゃあ、と低い声で根猫が鳴いた。

 まるでこちらを認識して挨拶をしたかのように。

 

『賢いでしょう? 根猫はとっても長生きなのよ。そして、私たちの言葉もちゃんと理解しているの。長い年月を経た根猫は言葉を話すの』

 

 どうやら本当に挨拶だったらしい。

 驚いていると、縦長の瞳が、じっとこちらを見つめてきた。

 

『ほら。もうちゃんとあなたを認識してる。こいつが自分の主なのかー、って』

『……主? 僕が?』

『ええ、そう。あなたはこれから、この子の主になるの。どんなものを食べるのか。身体に異変はないか。全部、あなたが見ないと駄目よ? ちゃんとお世話をするの。それが命を預かるということだから』

『……命を、預かる』

 

 この小さな生き物が死ぬか生きるかは、自分次第。

 そう言われて初めて、目の前にいる小さな動物がちゃんと生きているということを認識できた気がした。

 そうか、この子はこれから一緒に過ごすのだ。家族以外で初めて――それどころか、家族よりもずっと一緒に。

 互いにじっと見つめあっていると、父の声が降ってきた。

 

『さあ、自分で抱いてみなさい。これから長い時を共にするのだ。先ずは己の手で触れて、言葉を交わしなさい』

『……うん』

 

 恐る恐る父から受け取って柔らかな身体を抱き寄せる。

 暖かくて重い、ずっしりとした命の感覚。

 どうすればいいのかと戸惑っていると、根猫がみゃあ、と微かな声で鳴いた。

 先を越されてしまったと、慌てて挨拶を交わした。

 

『初めまして』

 

 ああ、そうだ。

 自分には家族だけじゃなくて、この子もいたのだ。

 家族と同じくらい大切な、友達が。

 

『これからよろしくね、えっと……』

『ああ、その子の名前はね――』

 

 その名前は――。

 

 

***

 

 

 生暖かい感触を覚えて、坊はふっと意識を取り戻した。

 

「……?」

 

 ぱちりと目を瞬き、ここはどこかと思案する。

 自分は確か、あの空の間から吹き飛ばされて真っ逆さまに落ちていた筈。

 だとしたら自分は死んだのだろうか。

 そしたら、キュウみたいに魔剣の魂になってしまったのかもしれない。

 

 ただ、ならばこの頬に触れる生暖かいものはなんだろうと、そう思って坊はちらと視線を向けた。

 

「――――」

「……猫?」

 

 巨大な猫がそこに居た。

 顔だけで坊の身体くらいはありそうなその巨猫は、黒ずんだ根元だけが白い毛並みをぶるりと震わせた。

 同時に坊の身体も揺れる。どうやら、この巨大猫の身体の上で眠っていたらしい。

 その際、ちりんと鈴の音が鳴った。

 

「……?」

 

 何かと見れば猫の首には長い蔦が括られており、そこに鈴が1つ吊り下げられていた。

 そしてこちらを覗き込む赤みがかった黄色い瞳。

 それらを見た途端に、坊の中で1つの記憶が弾けた。

 

「……お玉?」

「――――!!」

 

 みゃあ、と鳴いて、その巨大猫が応えた。

 

 そうだ。この子は夢で見た猫だと直ぐに気が付いた。

 家族から贈られて、それからずっと一緒にいた筈の相棒だ。

 

「おっきくなったね」

 

 夢の中では手で持てるくらい小さかった筈なのだが……。

 本人?もそう言っているし、恐らく間違いないのだろう。

 

「久しぶり? なのかな」

 

 もう一度近づいてきた大きな顔に手を触れる。

 野に生きてきたのだろう。毛並みはごわごわと固くなっていたけれど、あの時と同じようにしっかりと暖かかった。

 

「……でも、どうして?」

 

 彼と出会ったのはもう随分と前の事のはず。

 まだ生きていたのはなぜだろう。そして、こんなにも大きくなっているのも、なぜなのだろう。

 坊が首を傾げていると、お玉の後ろに見慣れた青白い光が浮かび上がった。

 

『お、起きたな!』

『坊様、よくぞご無事で……』

「キュウ、葉月」

 

 いつもの2人が見えたことで、坊は自分がまだ生きていることをようやく理解した。

 そして、初めて自分が今いる場所も知覚する。

 

 薄暗い、洞窟のような場所に自分はいるようだ。

 天井は黒い何かに覆われており、そこに散布された苔のようなものが淡く光を放って明かり代わりになっている。

 枝葉で作られた鳥の巣のようなものにお玉は丸まっており、坊はその上で眠っていた。

 

「ここは?」

『覚えてないのか? ……無理もねえか。ここは、大赤桜の根の中だ』

「根? ……落ちたのに?」

 

 根の外側に作られた街の中にいたはずなのに、気づけば根の内側にいるという。

 どうしてそんなことに、と首を傾げている坊に、近づいて彼の身体の様子を確かめていた葉月が口を開く。

 

『空の間から落ちた坊様は、蔦を使って近くの根に着地しようとしたのですよ。そうしたら――』

「……あっ」

 

 そこまで聞いて、ようやく坊も思い出した。

 

 あの後、空中に投げ出された坊はなんとか生き延びようと、近くに伸びていた根の先端部に蔦を搦め、勢いそのままにスイングしていったのだ。

 だが落下の勢いは凄まじく、負荷に樹が耐えきれず途中で折れてしまった。

 結果坊は下ではなく横へ吹き飛ぶ形となり、大赤桜の中心へと向かって飛んでいったのだった。

 

『そのままでは根に激突してしまうところだったのですが、そこを、この根猫様が救ってくれたのですよ』

「……お玉が? ありがとう」

『――――』

 

 みゃあ、と鳴いて、お玉が坊の頬にすり寄った。

 その力と硬い毛にざらざらと擦られながら、坊は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

『おい坊。そのお玉ってのはなんだ?』

「この子の名前。昔、お母さんに貰って――」

『お前、記憶が戻ったのか!?』

「……ううん。思い出したのはそれだけ」

 

 自分には父と母、そして兄がいた事。

 後はお玉ともう1匹、恐らく兄の根猫がいた事くらい。

 

『そうか。でも、少しずつ思い出してるみてえだな』

『身体も問題なさそうですね、本当に良かった』

「――それは行幸」

 

 ふと、声がした。

 キュウでも葉月でも、勿論お玉でもない。

 一体誰がと見渡せば、薄暗い中に浮かび上がる一対の瞳があった。

 

「今となってはお前が頼りなのだ。無事でいて貰わねば困る」

 

 それはゆっくりと姿を見せる。

 闇の中から進み出たのは、灰色の毛の、やはりこちらも巨大な猫だった。

 

「……君は?」

 

 襲われた猫にお玉、そして灰色の彼――いきなり3匹もの根猫たちが現れた。

 大赤桜を解放していない今、ここに生き物がいるとは思えないのだけれど。

 こてりと首を傾げる坊に、周囲の魂2人は気まずい表情を浮かべている。

 

『あー、なんて言ったらいいのか……』

「儂はこの巣の主だよ。お前らの言葉を借りれば、根猫の御屋形様だな」

『……そういうことらしい。なんで根の中に猫が住んでんだ? どうなってんだこの国は……』

「人間が赤桜に力を求めたように、儂らも安全な住処をこの根に求めたのさ」

 

 ほぅほぅとしわがれた声で笑うその猫は、目をすっと細めてこちらを見た。

 

「立てるか小僧。立てるならばついて来い」

「うん、大丈夫。お玉、ありがとう」

 

 守ってくれていたお玉に礼を言って、坊が立ち上がる。

 柔軟をしながら身体の様子を確かめるが、どこにも問題はなさそうだ。

 

『坊、剣はこっちだ』

『荷の一部は吹き飛んでしまいましたが、お玉さんに手伝ってもらって集めましたよ』

「キュウも葉月もありがとう!」

 

 花弁の装備も異変はなさそうだ。残った僅かな装備を整え、坊は御屋形猫の後をついていく。

 歩き始めて気が付いたが、ここは密集した根の隙間に生まれた隧道(トンネル)の様であった。

 外から差し込む光はなく、代わりに壁面が光を放っている。どうやら蓄光性の苔か何かが生えているらしい。

 

 それだけならただの『根の中』なのだが、周囲には家屋の残骸が幾つも散らばっていた。

 ものによっては家だっただろう土台がしっかりと残っている。

 ここはなんなのだろう。そう坊が考えていると、先を進む灰猫が話し始めた。

 

「お前、どうやら記憶を失くしているそうだな」

「……うん。名前も覚えてない」

「そうか。……なら覚えてないだろうが、この大赤桜の根には古くから我ら一族が住み着いている。時折やってくる虫や獣どもを追い返す代わりに、この根の中は我らの場所として、隠して貰っていた。お玉はその友好の証さ」

 

 隣を歩くお玉がみゃあと応えた。

 

「あ、それさっき思い出した」

「……」

「でも、それくらいだよ。あとはなにも」

 

 そう答えると、ちらとこちらを一瞬だけ見て、ぶすっとした顔は戻っていく。

 怒らせてしまっただろうか。ただ事実なので坊にはどうしようもない。

 顔をすり寄せてきたお玉を撫でながらついていくだけだ。

 

「……自分の名前は忘れて、お玉の方を思い出すなんて、随分お人好しな坊ちゃんだ」

『そこが坊様のいい所なのですよ、長老様』

「そうかい。間抜けにしか見えないがねえ」

「……?」

 

 当たり前のように続いている会話に、坊が首を傾げる。

 

「葉月の声、分かるの?」

「分かるさ。我ら一族は人なんぞより赤桜の力を自在に扱う。虚ろの声を聴くなど造作もない」

「虚ろ?」

「身体を持たない意識だけの連中だ。そいつという穴だけあって、肉がない虚ろ。たまにいる」

 

 たまにいるのか、と坊はキュウと葉月を見た。

 キュウも同じことを思ったのか、苦虫を嚙み潰したような、凄い表情を浮かべている。

 まだ2人以外は知らないが、広い世界にはきっといるのだろうと坊は思う。

 この国の外も、いつか見てみたい。そんな思いがふっと浮かび上がった。

 

「それにしても、小僧1人と虚ろが2つ。珍妙な組み合わせだ。それでよくここまで辿り着いたものだ。……ほら、着いたぞ」

 

 根の洞窟を奥へと進んでいくと、開けた場所へと出た。

 ぽっかりと上に膨らんだ空隙には、小さな都市が収められていた。

 基礎の石材部分はそのまま、その上の木の部分は激しく風化してしまっている。

 それでも住む者がいないためか、未だ崩れることなくその形を保っているようだった。

 

 そしてそれらのあらゆるところに、光る瞳が無数に浮かんでいる。

 

「ここは……」

「昔は人間が暮らしていた。今は、我ら一族の住処だ」

 

 鳴いたのはお玉1匹だけだったが、見えている以上の気配があることに坊は気が付いた。

 どうやら想像以上に多くの根猫たちが生き残っていたらしい。

 ここまで樹者は来ないのか、来たのを彼らが追い払ったのか。

 少なくともこの場所は安全なのだと、坊はようやく完全に力を抜くことができた。

 

 そのまま御屋形猫が歩き出したので、後を追うように根を上っていく。

 

「大赤桜の根は年々広がる。人間たちが外に広がるのと同じように、我らも移動をするのだ」

「……どうして? 中の方が安全じゃないの?」

 

 ここは、葉月が言っていた根の中に取り込まれた街なのだろう。

 ならば奥にもまだまだ残された場所がある筈だが。

 問いかけた声に立ち止まると、御屋形猫はまたこちらを振り返った。

 

「澱みが追ってくるからだ」

「……澱み」

 

 またその言葉だ。呪いだとか、澱みだとか。

 目覚めてからずっとその言葉に振り回され続けている。

 

『どういうことだ? 澱みってのは本家の連中が吸い取ってんじゃねえのか?』

「……どこでそれを聞いた? お前、余所者だろ。どうやって……まあいい」

 

 呆れた声でそう言ってから御屋形猫は尻尾をぐるりと回してみせた。

 

「見ろ、この根の巨大さを。かつてこの空隙の都市には何百人もの人間が暮らしてたんだ。だが、これも大赤桜のほんの一部でしかない」

 

 たしたしと御屋形猫が足元の根を叩く。

 結構な重さだろう彼がそうしてもびくともしない、途方もなく巨大な根。

 それでもこの根は大赤桜の、爪の先にも満たない規模なのだ。

 

「この巨大な樹に流れる力を、たった1人の人間が吸い取れると本気で思うか?」

『……そりゃ、思えねえけどよ』

「なら、そういうことだ。人間というのはいつもそうだな。自分たちのしたことが完璧に作用すると思い込む」

『……』

「……キュウ?」

 

 御屋形猫の返答にキュウはまたも苦々しい顔を浮かべているが、坊としてはどうしてキュウがそんなことを知っているかの方が気になった。

 だがそれを尋ねる前に、御屋形猫がぐいとこちらに近づいてきた。

 

「小僧。お前に責はないが、これはお前がやるべきことだ」

「……うん」

「他の誰にもできない。だから儂らが手伝おう」

「……あの武者と猫、倒せる?」

「ああ。お前とお玉以外には誰にもできないさ」

「……わかった」

 

 そのために坊はここまで来た。

 だがそれにはまた、あのぞわぞわする甲冑武者が立ちはだかるのだろう。

 今のまま同じ道を上ろうとしたらきっと同じことになる。

 

「先ずは、知ることからだ。ついてきな」

 

 そう言って、御屋形猫はぶすっとした顔を振って歩き出す。

 上ってきた根の先にある、他と比べて一際大きな屋敷に向かって。

 

「お前に何が起きたのか教えてやるよ」

 

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