坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第29話 望花殿①

 

 

 

 魚捕りから数時間の後。

 灯りが途絶え、暗く沈んだ根の遥か奥。

 樹者の目すら届かないその場所で、坊たちは最後の準備を終えた。

 

「……準備はいいな?」

 

 苔の光のみが仄かに照らす洞窟の中で、闇に溶け込む灰色の根猫の目が浮かび上がる。

 その見つめる先に立つのは、青く光る剣を背負った坊。 

 焼いたお魚を詰めたお弁当も、今度こそ落とさないように風呂敷に包んで肩掛けに巻き付けてある。

 

「うん、ばっちり。ね、お玉」

『――――!!』

 

 相棒のお玉と一緒に頷いて答える彼を見て、御屋形猫はふん、と鼻を鳴らす。

 

 坊たちが今いるのは、根猫たちの住処の更に奥へと進んだ場所。

 もはや家屋の痕跡も残っていない、根の奥の行き止まり部分だ。

 ただよく見ると奥の壁は人工的に補強され、天井部には梯子のつけられた大穴が開いている。

 試しに坊が梯子を上ってみると、その先は緩やかに湾曲する坂になっているようで、どうやら遥か上まで――望花殿へと続く回廊になっているようだった。

 

『ここがそうなのか?』

「ああ。大昔に人間が造った、儂らの住処と本家を行き来するための通路だ。ここを上れば、望花殿まで辿り着ける」

『へえ。上まで直通かよ。便利な通路があったもんだな。しかも下に行きゃ国外まで通じるんだろ? 非常時の逃走経路ってわけだ』

 

 都があるのは国土の中心部で、しかも巨大な樹の中腹に屋敷を構えているのだから空を飛ぶ以外に逃走手段なんてものはないと思っていたが、ちゃんと考えられていたらしい。

 それも、他の領地を無視して外まで逃げられるというのだから、余程昔の赤桜本家は自分たちの地位が脅かされることを恐れていたようだ。

 

「使われた試しはないがな。精々当主がお忍びで儂らの住処にやってくるのに使った程度だ」

『まあ数百年続いた国だもんな、そりゃそうか。……滅んだ時は? 使ったのか?』

「ああ。桜武がここを通って儂らに事態を伝えてくれた。お陰で儂ら一族は生き残ることができたのだ。……お鈴は救えなかったがな」

 

 お玉が悲しそうな声で鳴く。

 慰めるようにその頬を撫でながら、今度は坊が問いかける。

 

「そういえばお鈴はどうして樹者になったの? 兄様と一緒じゃなかったんだよね?」

「桜武が逃げてきた際にお玉とお鈴をここに連れてきたんだが、お鈴は直ぐにここを抜け出した。……儂らが気付いた時にはもう手遅れだった」

「……そっか」

 

 きっと兄を助けに行ったのだろう。お玉と一緒で、優しい子なのだ。

 俯いた坊へと、お玉が身体を擦り寄せる。

 川に入った際に洗ったので、その毛並みは元の真っ白なものに戻っている。

 

『――――』

「うん、兄様もお鈴も、解放してあげよう」

 

 昨日の1日で、坊とお玉はたっぷりと言葉を交わして、触れ合って、仲良くなった。

 一緒に戦うための特訓もちょびっとだけれど行えた。後は頑張って勝つだけだ。

 

「奴らの監視範囲は異常だ。望花殿に入れば、間もなくお前らを捕捉するだろう。そこから先は止まれないからな」

『はい。地図は私がばっちり覚えましたから大丈夫です!』

「葉月、よろしくね」

『お任せください!』

 

 戦闘に入れば恐らく葉月は出番がないからと、彼女は昨日からずっと望花殿の地形を頭に叩き込んでいた。

 いざ辿り着けば坊もある程度思い出す可能性もあるが、確実ではないので葉月には活躍してもらうことになるだろう。

 

『この通路の先は曙光宮の裏手側に繋がる筈です。しばらくは建物内を進むことになるでしょう』

『先ずは開けた場所を見つけて、そこで兄貴を倒す。んで、その後に大赤桜まで行く……これでいいんだな?』

 

 キュウの確認に、御屋形猫が頷いた。

 

「それでいい。儀式を行う大赤桜の社は、お前らが唯一幹まで辿り着ける場所だ。そこで幹を塞ぐ封をぶっ壊せばいい。やり方は覚えただろ?」

「うん。大丈夫。赤桜の力を注ぎ込む……だよね?」

 

 もう大赤桜は澱みが溜まりきって内部まで腐り果てている。

 だが澱みから生まれた黒い樹が浸食、結晶化し、崩壊することなくとどまっているのだそうだ。

 この黒い樹結晶が封の代わりとなっており、内部深くまで入り込んで大赤桜を支えている。

 そこに赤桜の力を流し込み破壊することで、大赤桜自体も破壊できるというわけだ。

 

「そうだ。手加減はするなよ。少しでも澱みを残せばまたあれは現れるぞ」

「大丈夫。全部倒すよ。兄様も、お父様も」

 

 後は、その障害となる父と兄を倒すだけ。

 やることは至極単純だ。ただ、その障害があまりにも強力なのだが。

 そのために打てる手は全て打っておく。

 

『そっちも任せたぞ』

「ああ。菖蒲の家には儂らが伝えておくさ。ついでに生き残りの警護もな」

 

 戦うのは坊とお玉だけで、他の根猫は手伝わない。

 その代わりに、根猫たちには最大の助っ人である詩乃へ事情を伝える役目を頼んだ。

 根猫たちならそこらの樹者には負けないだろうから、入れ替わりで詩乃を連れてきてもらうのだ。

 できることは全てやった。後は、勝つだけ。

 

『……よし、行くか!』

「うん!」

 

 先ずは兄の討伐から。

 坊は梯子を上り、長く続く隧道へと足を踏み出すのだった。

 

 

***

 

 

 暗い隧道へと足を踏み出してから、しばらくが経った頃。

 警戒して進んでいても何も現れないことにようやく気が付いた一行は、のんびりと会話をしながら進んでいた。

 

『結局、最後はいつも通りの顔ぶれだな』

 

 坊の横で浮かび寝転びながら、キュウがそういった。

 もうすっかり魂生活に慣れた彼は、寝ながら進むという離れ業を体得していた。

 1人だけ呑気な彼の言葉を聞いて、お玉が抗議の鳴き声を上げる。

 

『おっと、お前もいたな。悪い悪い』

『そうですよ、キュウさん。お玉様は坊様の相棒、我々の中では最古参なのです』

『――――』

「葉月の言う通りー、だって」

『ふふ、ありがとうございます、お玉様。……でも、不思議ですねえ』

 

 こちらは姿勢良く直立で浮かび進んでいた葉月がむう、と困惑したように眉尻を下げる。

 

『まさか私がこの国の命運を決める戦いに参加することになるなんて、今でも信じられません』

『ははっ、そうだな。お前、ただの家令だったんだもんなあ』

『あら。そういう貴方は間抜けなこそ泥でしょう?』

 

 そう毒づく葉月の声色も、最初に会った時と比べてすっかり棘がとれて丸くなった。

 あの時はおっかなかったなぁと笑いながら、キュウは『おうよ』と言葉を返す。

 

『そんな俺らが王子様のお供をしてるんだぜ? 全く、妙な話だよな』

 

 あの日、呪物殿で坊に出会った時は適当な所に預けるか売っ払ってもらうつもりだったというのに、気付けばこうして、最後まで付き合ってしまっている。

 そもそも剣に封じられたキュウには拒否権なんて……そんな言い訳も成立しない程にしっかりと協力してここまで来てしまった。

 

 ――棺から目覚めた時は、ホントにただのガキだと思ったんだがなぁ……。

 

 2人から始まった旅は葉月や詩乃と出会い、そしてお玉まで加わって――いつの間にかこの国の中枢までたどり着いてしまった。

 

 たった数日の旅路。だがそれらはあまりに濃密な日々であった。

 これから先の、どれだけ続くかもわからない魂生活の終わりまで決して忘れることはないだろう。

 

「でも、僕はふたりに出会えてよかったよ? ふたりがいてくれたから、ここまで来られた」

 

 そう言って笑う坊は、最初に見たときから随分と大人びた気がする。

 最初は単語でしか喋らなかったのに、こうしてはっきりと会話もできるようになった。

 記憶が戻ったからなのか、旅が彼を成長させたのか。

 きっとどちらもなのだろうとキュウは思う。

 

「それにね」

 

 と坊は嬉しそうに言葉を続ける。

 

「外に出て、色んな事を見れて、知れて……とても嬉しかった! ふたりと旅するのは、もっともっと楽しかった!」

『坊様……』

「……でも、あの日がなければ兄様も皆も、僕が知った『楽しい』よりもっと沢山のことを知れたんだよね。皆が死なずに済んだら、もっと楽しいことができたんだよね」

 

 そう呟いて、彼は胸の前で手を強く握りしめた。

 彼が思い浮かべるのは、御屋形猫から聞いた、崩壊の日に起きた出来事たち。

 ただ守られることしか出来なかった自分が救えなかった人々について。

 

「あの時、僕は何もできなかったけど、今ならまだできることがある。……だって、詩乃も、若菜も、蓮爺もまだ生きてる。お父様が封じた人たちも! 皆がまた楽しいって思えるように、僕は兄様を倒す」

『……そうだな。確かにお前が言ってることは正しい。でも、忘れんなよ?』

「?」

 

 首を傾げる坊の前に躍り出て、キュウはその目を見つめて言った。

 

『今からやる戦いは、何よりもお前のためだ、坊』

「……僕?」

『そうだ。この国は亡んじまったが、そこにお前が原因だって言える要素は欠片もなかった。ああ、そうだ。一切お前は関係がねえ!』

 

 思わずびくりと震えるほどの声量でキュウが叫んだ。

 葉月もお玉も耳を塞いでいる。

 

『……ちょっと! いきなり叫ばないでくださいよ』

『うるせえ。大事なことなんだよ。いいか、坊』

 

 そう言ってから、キュウは坊の肩へと両手を置いた。

 

『だからお前みたいなガキは何も気にせず生きていいんだ、本当はな。ただ、今はお前しか戦えない。……お前が戦わなきゃいけねえ理由ってのは正直、そんくらいだ』

「……キュウ」

『なあ、坊。お前はこれが終わったらどうしたい?』

 

 今度はにかっと破顔して、キュウは続ける。

 

「……終わったら?」

『そうだ。この戦いが終わったら、お前は自由だろ? 国もこの状況だ。お前がいきなり王様になれなんてこともねえだろ。だから、お前はなんでもできるんだ。なあ、そしたら何がしてみたい?』

 

 考えた事もなかったことを聞かれ、坊はしばし立ち止まって考える。

 ただ、その答えは直ぐに出た。

 

「……外を見てみたい」

 

 ぽつりとそう呟いて、坊は顔を上げてキュウたちの顔を見回した。

 

「他の五家桜も見てみたい。葉月が奇麗って言ってた他の街道も見てみたい。お父様と母様が出会った森も見てみたい。……他の国も、キュウが行った国も見てみたい!」

『俺が行った国かあ? ……残ってんのかねえ』

 

 なにせ数百年前の、その更に前の話だ。全くもってわからない。

 それでも熱の入り始めた坊の言葉に苦笑いを浮かべながら、キュウは嬉しそうに頷く。

 

『いいじゃねえか。これが終わったら旅に出てみろよ』

「……いいのかな?」

『いいんだよ。この国のことは、詩乃と御屋形猫に任せりゃいい。全部お前がやる必要はねえんだ』

 

 どうせこの数百年放置された土地なのだ。

 今なら大赤桜が五家桜に変わろうが、分家の詩乃が治めようがなんの障害もない筈だ。

 ……詩乃には悪いが、彼女なら進んでやってくれるだろう。

 

「……そっか。じゃあキュウも葉月も、お玉も一緒に行こうね」

『は? ……まあ、いいか。どうせ暇だしな』

 

 みんなで自由気ままに旅をする。それも楽しそうだ。

 そんな話をしているうちに、薄暗かった隧道の先に光が溢れ始めた。

 先を歩いていたお玉が、みゃあと鳴き声を上げている。

 

『――――!!』

「着いたみたい」

 

 先はやはり梯子のかかった穴になっている。

 出口は戸板で塞がれており、光は隙間から漏れていたようだ。

 

『よし、ここから先は慎重に……おお?』

 

 梯子を上り顔を覗かせた先はどこかの部屋の中に繋がっていたらしい。

 埃の積もった薄暗い室内は、しかし天井に開いた大穴から光が降り注いでおり、その先には真っ黒に染まった花が舞い散る、恐ろしくも美しい空が広がっていた。

 長い旅の末、遂に最上層・望花殿へと辿り着いたのだった。

 

 周囲に樹者の姿はない。

 坊たちは床へと上がり戸板を閉じた。

 それなりに狭かったがお玉はするりと通り抜けた。流石猫である。

 

『ここは倉庫か?』

『はい。ここは望花殿の行政を担う曙光宮。その北端にある物置部屋の筈です』

 

 望花殿は大赤桜の幹、その低い位置から分かれた1本の枝を削ることで造られた。

 それ故に床は全て大赤桜でできており、この建物もその建材から建てられているという。

 

『にしちゃあ随分狭くねえか? 寝転がる広さもねえぞ』

 

 物置というには物はなくあまりに狭い。

 お玉が巨大なので、ぎゅうぎゅう詰めの状態だ。

 

『そりゃあ、秘密の通路ですから。そこの壁を覗いてみてください』

『あ? ……おお! 向こう側も倉庫だぞ!?』

 

 壁を貫通させて覗き込んでいたキュウが驚きの声を上げる。

 しかも向こう側に広がっているものこそ、沢山の物が積まれた倉庫になっている。

 

『二重の壁を作って隠しているんです。ここから曙光宮内にある御屋形様の執務室と、赤桜本邸に繋がる通路があるんですよ』

『……そうか。秘密の避難場所だもんな。隠して当然か』

 

 天井には大穴が開いているけれど。

 

「兄様はどこにいるんだろう」

『恐らくは南側――曙光宮の先にある朱陽門です。仁桜様はそこに滞在し、近寄るものを排除しているそうです』

 

 そして桜武がいるのは反対側。

 曙光宮を北に抜けた先に大赤桜の幹と、件の儀式場がある。

 そちらへ抜けるのが一番早くはあるが――。

 

『まずは兄貴から……だな? 坊』

「……うん!」

 

 全てを清算する。

 そのために来たのだ。

 

『南へ行くにはこちらの通路が近道です。行きましょう』

「はーい。……お玉、通れる?」

『――!!』

 

 隠された通路を通って、坊たちは進んでいくのであった。

 

 

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