壁の内側に造られた隠し通路を通り抜け、坊たちは曙光宮の中を進んでいく。
当然の如くそこには多くの樹者がおり、遭遇の度に戦闘を繰り広げた。
ただ、戦闘自体は随分と楽になった。
なにせお玉がいるのだ。
坊が敵の注意を引いた隙に、音もなく飛びかかるお玉の一撃が炸裂して大抵は片付く。
もし生き残ってもその傷に坊が魔剣を叩き込めばいい。
お玉が狙われたらその逆。
戦う人数が増えただけで随分と戦闘が楽になったのを感じる坊であった。
『連携もばっちりだな。……本当に相棒だったんだな、お前ら』
『――――!!』
「昔、一緒に訓練したんだって。……そうだったかも」
お玉の動きに合わせて自然と身体が動くのを坊は感じていた。
一朝一夕で身につく連携ではない。彼の言う通り、昔一緒に訓練していたのだろう。
基本的には兄のための訓練だったが、見よう見まねで遊んでいたのを朧気ながら思い出す。
『いいじゃねえか。その調子で兄貴も倒そうぜ』
「……うん」
歩きながら、坊は周囲を見回し続けた。
警戒のためもそうだが、一番の理由は建物の中を眺めるためだ。
御屋形猫の話では坊がここを訪れたことは殆どなかったようだが、家族が過ごしたというこの場所を少しでも目に焼き付けたかった。
赤布と金糸の装飾が多く使われている曙光宮は、長い時間を経てもなお美しさを保っていた。
所々開いた穴からは黒い花弁が降り注ぎ、こんもりと積もっている。
試しに坊が触れると、塵になって空中へと消えていく。
赤桜の力に反応しているのだろうか。
『ここは審議の間ですね。高位の役人や衛士、そして桜武様がここで政務について話していたようです』
「お父様が座ってたのはどこかな?」
『そりゃ一番奥だろ。……どっちが奥だ?』
『……大赤桜がある北側ですよ』
最上層・望花殿は『殿』と呼ばれていながら、その実態は巨大な城である。
南側に傘下と繋がる通路があり、そこを塞ぐ朱陽門の先に様々な役割の建造物群が集合した構造をしている。
まず朱陽門を抜けると大赤桜の威容が出迎える。
そこから北に続く石畳を進むと儀礼にも使われる広場はとたどり着く。
その東には衛士たちが勤める近衛所。西に文官たちが勤める書殿がある。そして北側には御屋形様を始めとする役人たちが集う国政の中心・曙光宮が鎮座している。
それらから更に細かな業務用の建造物群が繋がった回廊を形成しており、結果的に望花殿は複雑な迷宮のようになっている。
至る所が黒い樹に浸食された今は尚更だ。
曙光宮の北には大赤桜の幹へと続く道が存在し、道中に赤桜家の本邸と、坊が隔離されていた離れなどがある。
『この先が広場、そして朱陽門ですね』
『……いよいよか』
「……うん」
坊たちは南へと進み、曙光宮を通り抜け――広場へとたどり着いた。
見渡す限り黒い花弁の積もった平らな大地。
空は更に黒く塗りつぶされた巨大な枝葉に覆われ、視界は上も下も真っ黒である。
だが不思議と、望花殿はほんのりと明るい。
大量に生え取りついている木々が灰色の光を放ち、かつて大赤桜の力が流れて赤い線が幾つも奔っていたという床も怪しく光を帯びているのだ。
だから、お互いの顔は良く見えた。
『――――』
「……兄様。来たよ」
見上げるほどの巨大な門――朱陽門。
分厚い門扉は吹き飛んだのか、ただ枠だけが残ったその通用門の前に、緑の光を纏った樹者は待っていた。
樹の殻を纏う巨大な根猫に、槍を携えた甲冑武者。
坊を突き落とした時と変わらない姿で、座り込んでいた彼らが、近寄ってきた坊たちに気が付き立ち上がった。
坊もお玉に跨り、魔剣を引き抜く。
青く輝く剣を構え、真っすぐにかつて兄だった武者を見つめる。
いつでも戦えるように備えつつ、坊は口を開く。
「待たせてごめんね。兄様が助けてくれたからここまで来れたよ。兄様のおかげで、皆を助けられた」
あの日、自分が澱みを受け継いでいたら……なんてことは思わない。
ただもう少し自分に力があれば、きっとみんなで生き残れた。そう思うのだ。
だから――。
「今度こそ、僕は役目を果たすよ。兄様を解放してみせる!」
『――――!!』
魔剣を振り上げ、お玉が駆け出す。
対する仁桜も槍を構えて、お鈴が飛び出す。
青い剣と緑の槍が激突し、眩い光を解き放つ。
異形と化した兄と、取り残された弟。
数百年の時を経て対峙した兄弟の戦いが始まる。
***
俺に弟がいるって知ったのは、4歳の誕生日の時だった。
その日は父様も母様も朝から嬉しそうで、きっと俺の誕生日を盛大に祝ってくれるのだとそわそわしていたけど、ちょっとだけ違った。
出かけるよと手を握った母様に、何故か外に連れ出された。今まで誕生日は屋敷の中でやっていたのに。だからどこに行くの?って尋ねたんだ。
『これから朱為に会いに行くの』
『今日やっと会えるようになったんだよ。だからあの子の誕生日も一緒に祝うんだ』
『……しゅい? 誰?』
『あなたの双子の弟よ。訳があって、別の場所で暮らしているの』
ほら、やっぱり覚えてなかった、と母様が笑って言ったのは覚えてる。
弟が何かは知ってた。
俺の世話役の椿には弟がいて、その話をよく聞いていたから。……今思えば、俺が弟――朱為のことを直ぐに受け入れられるようにしてくれていたんだと思う。
そのまま、大赤桜への参道を横切って、離れた場所にある建物へと連れていかれたんだ。
屋敷に比べればずっとずーっと小さな小屋の中に、そいつはいた。
物なんてほとんどない部屋で、そいつは膝を抱えて座ってたんだ。
『ほら、この子が朱為。あなたの弟よ』
『……こいつが?』
最初見たときはびっくりした。だって自分そっくりの奴がいたんだから!
『『仁桜、朱為、お誕生日おめでとう!』』
『ありがとうございます、父様、母様!』
『今日は2人のためにご馳走を用意したのよ』
『やった! ……?』
でもそいつは俺と違って無口で、最初に目を合わせてからはずっと俯いていた。
折角父様と母様が祝ってくれるのに、全然嬉しそうにしないんだ。
『なんだよお前、誕生日嬉しくないのか?』
『……ううん、嬉しい』
『? へんな奴』
笑ってないのに嬉しいなんて、おかしいだろ?
何より、こいつが本当に弟ならなんで一緒に暮らしていないんだって、不思議で仕方なかった。だって椿と弟は毎日一緒に寝ているっていうし。
でもなんでか、無口なそいつを嫌いにはなれなくて。その日は帰る時間が来るまでそいつの隣に座って過ごした。
『ねえ母様。何であいつはあそこで暮らしてるの?』
その日の夜、思い切って母様に聞いたんだ。
あいつの居る場所では聞いちゃいけない気がしたから。
『あいつじゃなくて朱為よ』
『……じゃあ、朱為はどうしてあそこにいるの?』
『……あの子にはね、とても重要な務めがあるの』
『務め?』
俺の務めは、将来の御屋形様になることだ。
役人たちが嫌になるくらい何度も言ってくるから覚えた。
でも、じゃあ双子の弟のあいつは何のためにあそこにいるのだろうか。
御屋形様は2人じゃなれない。
それ以上は、母様も教えてくれなかった。
『そう。そのためにあそこで大事に育てられてるのよ。だから、心配しないで』
『……でも、あいつ嬉しそうじゃなかったよ?』
暗くてよくわからなかったけど、母様がぐっと固くなったような気がした。
『……? 母様?』
『……朱為はずっと1人だから、少しだけ自分の気持を伝えるのが苦手なの。でも、ちゃんと喜んでくれてたから安心して?』
『……わかった』
そう言って頬に触れてくれた母様の手は温かかった。
母様に触られるととっても嬉しい。……でも、あいつはこうして触れてないんだよな。
多分、4年の間ずっと。
それは、なんだか不公平だ。
『ありがとう、仁桜。これからは朱為と会えるようになるから、仲良くしてあげてね』
『うん! 兄弟は仲良くするものだって椿も言ってた!』
……なら、俺があいつにいろんなものをあげればいい。そう思った。
それから、一月に一度、朱為の下を訪れるようになったんだ。
あいつは俺と違って外に出ず、勉強も最低限しかしていなかった。
当時はそれが羨ましかったけど、今なら分かる。
役人たちにとってあいつはもう『儀式のための存在』で、儀式に必要な教育だけをしていたんだ。
父様がそれを嫌がって、屋敷の家令を教育係としてつけてたみたい。
俺も教えてもらったことをできる限り朱為に教えてやった。
俺が教えると、あいつすげぇ嬉しそうな顔をするんだ。
それが、俺もちょっとだけ嬉しくてさ。……本当に、ちょっとだけだけどな。
5歳の誕生日にはお鈴とお玉もやってきて、俺たちはますます仲良くなった。
『兄様、お鈴はどんなことが好き? お玉は首を撫でると喜ぶんだよ』
『朱為、お前知ってるか? 根猫はお尻を叩くと嬉しいんだぜ?』
『お尻……? 本当に?』
『あ、お前信じてないだろ! ほら、お鈴おいで。尻叩いてやる……待って、何で逃げるんだよ!』
その頃にはあいつも自分からたくさん話すようになった。といってもずっと部屋にいるあいつの話はお玉のことばかりだから、俺の話に質問してくるのが多かったけど。
武術の修行も始まった。
大赤桜を守るために、御屋形様は武術も身につけなきゃいけないんだ。
『これからふたりに武器の扱い方を教える。好きな武器を手に取れ』
『おう!』
『うん!』
南の近衛所にある訓練場で、父様が言った。
武術の稽古の時は朱為も外に出ることが許可されていて、あいつは特に喜んでた。
それが許されてたのは、澱みを引き受ける身体づくりのためだと知った時は、すげぇ腹が立ったけど。
『朱為、好きなの選べよ』
『僕、剣がいい』
『じゃあ……俺は槍にする』
槍を選んだ理由は特になかった。
ただあいつと違うものを選びたかっただけだったんだけど、手に取ってみて直ぐにしっくり来た。
父様がいうには、歴代当主は長剣と槍を選ぶことが多いらしい。根猫に乗って戦うからなんだろうけど選んだ武器がそうだったっていう偶然が嬉しかった。
俺たちは2人とも、父様の子だからな。
『よし、じゃあまずは素振りから』
『『はい!』』
それから、俺と朱為は訓練も勉強も一緒に行った。
双子でも全く同じではなくて。勉強は俺の方が得意で、武術はあいつの方が得意だった。
どうも朱為は赤桜の力に好かれているらしい。
見た目は同じなのに、あいつの方が力が強いんだ。でも勉強は苦手で、いつも俺が繰り返し教えてやってようやく覚える。
『兄様は凄い。兄様に教えてもらったら何でもよく分かるんだ』
朱為はそう言ってくれるけど、違うんだ。
俺が勉強が得意なのは、あいつに教えているからで、俺の資質じゃない。
赤桜の力に好かれたあいつの方が、もっと凄いって思うんだ。
『――仁桜様。赤桜の力を身体に取り込むのです。それがあなたを強くします』
『――仁桜様。当主たる者、誰よりも赤桜の力を持つのです。それがあなたを王にします』
月に1度行われる、赤桜の力を取り込む儀式。
それをする度に身体が強くなっていくのを感じる。
これを何度も繰り返して10歳になった時に、俺の身体は父様の後を継ぐのに相応しい状態になるらしい。
でも、それならあいつが、朱為の方がふさわしいんじゃないかとずっと思っていた。
だって何もしていない筈なのに、あいつは沢山の赤桜の力を蓄えてるんだ。
『朱為もやってるのか?』
『……』
『……』
『無視かよ……』
……そんなあいつに任された務めってなんなんだろう。
その疑問が遂に解消されたのは、もうすぐ10歳の誕生日というある時。
10歳になったら、俺は国中に次期当主として正式に知らされる。
その式典の準備をしていた父様と母様の会話を聞いたんだ。
10歳になったその日に、あいつは、朱為は殺されるんだって。
……なんだよそれ! どうしてあいつが死ななきゃいけないんだよ。
この10年間、俺は父様と母様と一緒に暮らしていた。
あいつに遠慮してなるべく甘えないようにしていたけど、それでもあいつが欲しくて堪らなかった時間を俺は過ごしてきたんだ。
だっていうのに、俺はあいつの未来すら奪って生きるのか? ただ先に生まれたってだけで?
『そんなの駄目だろ……』
『――――』
『なあお鈴。俺、どうしたらいいかな』
……俺はずっと、この国の当主になるために教育を受けてきたんだ。
あらゆる脅威から民の人々を守るための教育だ。
そんな俺が、双子の弟を殺さなければ当主になれないのか?
……そんなこと、許せるわけがないだろう。
その時やっとわかったんだ。
どうしてあいつがずっと離れで暮らしていて、4歳になるまで存在すら知らなかったのか。
あれも、父様と母様が無理やりやったことらしい。つまり、2人が無茶をしなきゃ、俺は10歳になってもあいつの存在すら知らされずに過ごしていたかもしれなかった。
朱為は、もう1人の親王は『存在すらしなかった』。それが、昔の人たちが決めたこの国のルールなのだ。
父様と母様は、それを破るつもりらしい。
2人は教えてくれなかったけど、お鈴に連れられ抜け出した先にいた、とってもおっきな根猫の爺ちゃんが教えてくれた。
最初はぶすっとして怖かったけど、実は優しくていろんなことを教えてくれた。
父様と母様が何をしようとしているのか。あいつが、10歳の誕生日に何をさせられるのかも。
『じゃあ父様と母様は、大赤桜を壊すつもりなのか』
『そういうことだ。わかったらお前は大人しくしていろ』
全部は教えてくれなかったけれど、朱為を助けるために頑張ってるのはわかった。
流石、父様と母様だ。
……でも、俺が2人が何かしようとしてるってことに気づけたんなら、役人たちも知ってるはずだよな。
そんなにすんなりいくのかな。
『なあ猫爺ちゃん。澱みを注がれたら皆死ぬのか?』
『ああ。例外はない。だからこの国の連中は、封をして大赤桜を無理やり生きながらえさせたのさ』
『……封をすれば、澱みは防げるんだな』
朱為は桜浸の間に連れていかれて、そこで大赤桜の封を解くことになる。
猫爺ちゃんも言ってたけど、あんな大きい樹に溜まった澱みを朱為みたいな小さい奴が吸って、どうなるってんだ。
あいつは赤桜の力に愛されてるけど、だからって死ぬ必要なんてないんだ。
……俺なら、役人の企みを知ってる。俺なら、上手くやれるかもしれない。
『あくまで一時的に防ぐだけだがな。そしてその封ももう限界だ。だから桜武は封を操作して大赤桜を壊そうとしている』
『なあ、それってどうやるんだ? 封は教わったけど、なんか特別なことするんだろ?』
『何も特別なことはしない。ただ、全部の封を解いてから、一番外側だけ封をし直すだけだ』
『へー……なるほどね』
それなら俺にもできそうだ。
猫爺ちゃんのおかげでやる事は決まった。
俺が朱為の代わりに桜浸の間に入って、封を操作すればいい。
そうしたらあいつが澱みを無理やり吸わせられなくて済む。皆、生き残れる筈なんだ。
父様と母様に言ったら絶対に止められる。でも、そうしたら朱為を救えないんだ。
『俺はやるぞ、お鈴』
『――――』
『手伝ってくれるのか? 流石相棒だ。一緒に朱為を助けるぞ』
だからあの日の夜、俺はこっそりあいつの、朱為の所に行ったんだ。
あいつの小屋の監視は厳重で、中に入るのに苦労した。
俺がまだ小さく、なにより2人で作った秘密の通路がなかったらたどり着けなかったと思う。
『朱為』
『……兄様? どうしたの? こんな遅くに……』
『静かに。これに着替えろ。そしたら爺ちゃんの屋敷に行くんだ』
『え? でも、明日朝にお勤めがあるって言われたよ? そのために準備してきたのに……』
明日の朝。やっぱり父様の言っていた時間から変わってる。
……伝えた方がいいだろうか。いや、そうしたらすぐに役人たちにもバレる。そうしたら別の手段を取られるだけだ。
やるなら今しかない。朱為なら監視の目も潜れる筈だ。
『そのお勤めは中止だ。お前は明日から、父様と母様と一緒に暮らすんだよ』
『……兄様は? 兄様はどうするの?』
『勿論俺も一緒だ。でも今は残ってやることがあるから、先に行け。俺とお前が一緒に暮らすためにやらなきゃいけないんだ』
……簡単に納得はしないよな。
本当は父様と母様の考えも、役人たちの企みも全部話して納得させたい。こいつならちゃんと理解してくれる筈だ。
でも時間がないんだ。
早くしないと見回りが来る。
『大丈夫。俺に任せろ。全部、上手くいく』
『……わかった』
『よし。着替えも終わったな。そしたら秘密の通路で外に出ろ。お鈴が案内してくれる』
『うん。……兄様。また、会えるよね?』
『……!!』
兄弟だもんな。うっすらとだけど俺の考えもわかっちまうよな。
だから、目一杯笑ってやるんだ。
『勿論だ。明日から一緒だぞ』
でも、本当に大丈夫なんだ。
何もしないと朱為は死ぬ。でもこの方法なら、俺もこいつも生きられる。その筈だから。
朱為を送り出して、あいつの服に着替えて、座り込む。
……狭い部屋だ。物なんて最低限しかなくて、することなんてなんにもないだろうとちらっと見ただけで思う。
明かりも少なくて暗いし、いろんな建物から隔離されたこの離れは人の出入りも殆どない。
『あいつ、こんなところに住んでたんだな』
そうか。あいつは赤桜の力に好かれてるんじゃない。
こんな部屋じゃやることがなくて、自分の中にある赤桜の力をずっと弄っていただけだったんだ。
……同じ、父様と母様の子どもだっていうのに。どこまで俺は恵まれてたんだろう。
ごめんな。でも、おかげでやる気が出た。
ちゃんと面と向かって謝る。そのためにも――やるぞ。
今からやることは正直賭けだ。
猫爺ちゃんから封について教わった時に思いついたんだ。
封をすれば澱みを止められる。
でも、役人たちは無理やりにでも澱みを注ぎ込もうとするだろう。
なら、自分に封をすればいい。
全身は無理でも、この心に――自分の意識に限定すれば、何とかなるんじゃないかって思ったんだ。
……でも、すっげえ怖い。そんなことをしてどうなるかなんて全くわからない。
でも、だからこそこんなことを朱為にはやらせたくないんだ。
だって、俺はたくさんの物をあいつから奪ったんだから。
これくらいは俺がやらなきゃいけない。
――父様、母様、ごめんなさい。でも、2人ならきっと何とかしてくれるよな。
――朱為。今までごめんな。これからは一緒に楽しく過ごそうな。
隣で笑いあえる明日を想像して、そうなればいいと心から願って。
俺は朝を迎えた。
顔を隠した役人たちに連れられ、桜浸の間に連れていかれる。
幹を掘って作られた樹の寝台に寝かせられ、繋がれた。
途端に寝台の周囲が膜につつまれて周囲から分断される。
なんだ? 桜浸の間にこんな仕掛けあったなんて聞いたことないし、父様の計画にもなかった。
これじゃ、幹に触れない。封を操作できないじゃないか。
外そうともがいていたら、布で隠れた顔が幾つも覗き込んでくる。
『――朱為様。今からあなたは大赤桜の澱みを引き受けます』
『――朱為様。これはとても名誉なことです。未来の民のためなのです』
『――朱為様。これはあなたの両親が招いたこと。恨むのならば、あなたの両親を恨みなさい』
言葉がたくさん降ってきて、膜の中に黒い煙のようなものが現れ始める。
なんだこれ? これが澱み?
でも、まだ封は解いてないのに。
『――封は我々が解きました。大赤桜を壊す? そんなことは許さない』
『――大赤桜はまだ死にません。我らが適切に管理し、澱みを排除する。朱為様はその内の1つ』
『――前の双子は200年持たせました。朱為様ならもっと多くの澱みを吸い取れましょう』
……やっぱり、父様たちの策はバレてたじゃないか。
問答無用で、こいつらは『朱為』を殺すつもりなんだ。
『――さあ、朱為様。この国のために名誉ある死を』
真上から何度も何度も、『死ね』と言われている。
なんだよ。なんなんだよ。
なんで朱為がそんなこと言われなきゃいけないんだよ!
あいつが一体何をしたっていうんだよ。
こんな奴らのために、俺たちは死ななきゃいけないのか?
そんなこと、絶対に許せない。
……いいぜ。吸ってやるよ。
でも、やるならお前らも一緒だ。
力の扱いは朱為には負けるけど、だからって他の誰かに負けてるつもりはない。
次期当主を、舐めるなよ。
『――保護壁が壊れる? こいつ、一体何を』
『――赤桜の力は抜いた筈。どうして?』
『――違う! これは朱為ではない。これは、この方は――』
大赤桜、アンタのせいで死にかけてるけど、少しだけ力を貸してくれ。
力を右手に集めて――拘束も、このくだらない壁もぶち壊す。
『――逃げろ!』
『――駄目だ。入口は塞いだだろう!』
『――開けてくれ! 今すぐ!』
ははっ、ざまあみろ。
絶対に逃がさない。お前らも一緒に澱みを吸い取るんだ。
ごめんな、朱為。お鈴もお玉もごめん。
ごめんなさい、父様、母様。
勝手なことした罰がこれだ。
多分、これから悪いことが起きるんだと思う。
でも、朱為を守ることができたんだ。怒るのは勘弁してな。
『――兄様。また、会えるよね?』
……おっと、そうだった。
大丈夫。俺だってタダで死んでやるつもりはない。
なんか、もう右手は変な形になってるけど……なんだこれ? 甲冑みたい。ちょっとカッコいいじゃん。
でも、大丈夫。
約束したもんな。だから、きっと大丈夫だ。
まだ無事な左手を胸に当てる。
……良かった。まだ赤桜の力は残ってる。なら、できる筈だ。
――またな、朱為。次は一緒に寝よう。
そう言って笑って、俺は自分の心に封をかけた。
いつか来る、再会の時を信じて。