坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

32 / 36
第31話 望花殿③

 

 

 

 黒い花の舞い散る舞台・望花殿。

 そこで起きた戦闘は、それほど長引くことはなかった。

 

 片や最も深く濃く澱みに曝され、異形と化した兄・仁桜。

 片や生き残った赤桜の力を引き受け、ここまでたどり着いた弟・朱為。

 

 それぞれ本来受け継がない筈の力を身に纏った双子は、相棒の根猫を駆り、互いの力の全てをぶつけ合った。

 

「――兄様」

 

 澱みを貯め切った魔槍と、赤桜の力を纏った魔剣がぶつかり、暗い空に青緑の瞬きを発する。

 樹を纏い尖らせた右腕を仁桜が振るうと、朱為は左腕を氷魚の拳に変えて迎え撃つ。

 異形の根猫の唸りに合わせて周囲から樹の槍が捩じり上がると、白い毛並みの根猫は風に乗ってその隙間を駆け抜ける。

 

「――兄様!」

 

 朱為の右腕が赤く瞬き巨大な刃へと姿を変えて振りぬかれると、成長した木々が仁桜へと届かぬように立ちふさがってその刃を防いでみせる。

 

 千日手のような状況が続く中、少しずつ、少しずつ朱為の纏う輝きが力を増していく。

 それはひび割れた床から、崩れかけの周囲の建造物から立ち昇り、朱為へと集まっていくのだ。

 微かに残っていた赤桜の生命の残り火が、彼へと惹かれていくように。

 

「――僕だ。朱為だ! 帰ってきたよ、兄様を助けるために!」

 

 叫び振るう朱為の魔剣が、仁桜の鎧を削り取っていく。

 その度に黒い破片は霧散し消えていき、奥底――心臓部の辺りが赤く明滅している。

 朱為には――坊には、それが見えていた。

 あれは赤桜の力に呼応している。

 変わり果てた異形の奥に、赤桜の力を宿した何かがあるのだ。

 

 だから、決めた。

 

 思い至ったその『もしかして』に、自分の命を懸けることを。

 

「――僕、思い出したんだ。あの日、兄様が僕の身代わりになってくれたこと。でも、兄様も諦めてなかったこと!」

 

 仁桜の動きは、少しずつ緩慢になっている。

 だが、それ以上に異形の根猫――お鈴と周囲の木々が凄まじく抵抗をし始める。

 仁桜に触れなければいけない。

 

「……皆、手伝って!」

 

 坊の魔剣が邪魔な樹を切り裂き、その瞬間を狙ってお玉がお鈴にぶつかり遠くへと飛んでいく。

 それでも迫りくる樹々の巨槍は、魔剣から浮かび上がった青い魂の声に合わせて最適な空隙を駆け抜ける。

 

「明日から一緒って、言ったよね」

 

 そうして、この旅で培ってきた全てを使って、坊は仁桜へと到達する。

 

「だから、信じるよ。兄様のこと」

 

 赤桜の力を全て込めて。

 魔槍を切り裂き、肩に魔剣を突き立て仁桜を地面へと縫い付ける。

 暴れる彼の腹に跨り、身体の中心へと両手を触れた。

 そこは先ほどからずっと赤く明滅を繰り返している場所。多分、仁桜の心がある場所だ。

 

「菖桜、兄様にあげるね」

 

 そこに向けて、受け継いだ五家桜の力の半分を注ぎこんだ。

 

 

***

 

 

 ……?

 

 ふと、何かが聞こえた。

 

 自分の意識が浮かび上がった、そんな気がする。

 

 あれ? 俺は何をしていたんだっけ。

 

 まあいいか。眠いし、このまま寝て――。

 

『……ぃさ……』

 

 ……うるさいな。

 

 疲れてるんだ。寝かせてくれよ。

 

 ……? でも、何で俺、寝てるんだっけ。

 

『……に……さま』

 

 随分長いこと寝てる気がする。

 

 起きて鳴きゃいけない筈なのに……。

 

『……くだ……』

 

 何かが流れ込んでくる。

 

 ……温かい。あと、懐かしい。

 

 なんだっけ、これ。

 

『……ぼく……』

 

 てかこいつまだいるのかよ。

 

 なんで話しかけてくんだよ。

 

 流れ込んでくるのも多いし、めっちゃ熱い。

 

 なんだこれ?

 

『だから、信じるよ。兄様のこと』

 

 ……ああ、そうだ。これ、赤桜の力じゃないか。

 

 あれ? 俺、何してたんだっけ。

 

 確か朱為の代わりに澱みを引き受けて、それから――。

 

 ……そうか。朱為、お前なんだな。

 

 助けに来てくれたんだな。

 

 わかったよ。起きるよ。ちょっと大変だけど、頑張ってみる。

 

『――菖桜、兄様にあげるね』

 

 なんだこれ、凄い力だ。

 

 これなら、きっと――。

 

 

 全力で足掻いて、藻掻いて。

 直ぐに自分がただ眠いんじゃなくて、何かに閉じ込められているんだと気が付いた。

 腕も足も縛り付けられたように動かなかったけど、流れ込んできた力が手助けしてくれて、一つずつぶっ壊していく。

 

「兄様!」

 

 真っ黒な視界の中、手が伸びてきた。

 赤く輝くその手をなんとか伸ばした手で掴み取る。

 

 そしたら勢いよく引き上げられて――。

 真っ黒に塞がってた視界は砕け散って、一気に広がった。

 

 ……目覚めた先も、真っ黒だったけど。

 そこに覗き込む赤と青の光が、やけにまぶしかった。

 

「……ここは……」

「兄様! 僕だよ、朱為だよ!」

「……朱為?」

 

 赤い光――朱為がこちらを覗き込んでそう言った。

 なんだよ、必死な顔して。お前そんな顔もできたんだな。

 というか……。

 

「お前、デカくなったか?」

「……兄様程じゃないよ」

「へ? うわっ、なんだこれ!!」

 

 封をする前に右手がおかしくなってたけど、全身甲冑になってる!?

 なんだこりゃ。何があったんだ俺!?

 ……でも、これ……すげえな。

 

「カッコいい……!!」

「え?」

「父様の赤桜甲冑みたいじゃん。すげえなこれ。……で、何が起きたんだ?」

 

 よく見たら大赤桜も真っ暗だし、朱為の姿もボロボロだ。

 周りもなんだかぶっ壊れてるし、変な樹が生えてるし……なんだこれ?

 訳が分からなかった俺を見て、朱為が笑顔を浮かべる。

 いつもの朱為の笑顔だ。……良かった。俺は守れたんだな。

 

「大丈夫、ゆっくり話すよ。一緒に行こう、兄様」

「……おう。今度こそ、一緒だ」

 

 なんだかよくわからないけど、不思議と落ち着いてた。

 身体が澱みに浸食されたのは分かってたから。……最後に自分に封をしたのが良かったんだろう。良かった、最後の賭けは上手くいったみたいだ。

 

 差し出された右手をしっかりと握って立ち上がる。

 背も高くなったのか、一緒のはずだった目線の高さも俺の方が随分大きくなってる。

 お互いもう随分変わっちゃったけど、それでも、見上げてくる朱為は記憶の中の姿のままだ。

 

 多分、周囲の様子を見るに、大変なことが起きたんだと思う。

 でも、今はこの再会を喜ぼう。

 

「ところで兄様。お鈴って兄様の言うこと聞くかな?」

「お鈴? もちろん聞くと思うけど……」

「じゃあ手伝って! まだお鈴とお玉が戦ってる」

「は? ……うわ、あれか!? え!? でっけえ!!」

「いいから、行くよ!」

「お、おう! お鈴ー! 止まれー!」

 

 握った手をそのままに。

 俺たちは戦い続けている巨大猫の下へと向かっていくのだった。

 

 

***

 

 

 それから戦う姉弟猫の戦いをなんとか止めて、お玉は坊が、お鈴は仁桜が説得して宥めた。

 お鈴の暴走が不安だったけれど、仁桜が触れて赤桜の力を分け与えることでようやく落ち着いた。

 お鈴自体は完全に浸食されていた訳ではなく、仁桜を守ろうとして一緒にいただけだったらしい。

 

 そして、坊が過ごしてきたこれまでについて話して聞かせた。

 今度はキュウと葉月の力も借りず、自分の言葉でしっかりと。

 

 思えば目覚めてから自分の言葉だけでこんなに話したのは初めてで、たどたどしい所は多くあったけれど、仁桜は遮ることなく坊の話を最後まで聞いた。

 

「……そっか。そんなことがあったんだな」

 

 溜息とともに彼はそういった。

 その姿は樹の全身甲冑そのままで、どうやら元には戻らないらしい。

 聞くと浸食される直前に自身の残った赤桜の力を集めて心に、自我に封をしたそうだ。

 良く無事だったと思う。

 

「大赤桜の澱み、結局国中に広がったのか」

「うん。玉塚も菖蒲も全部樹者だらけだった」

「そっか。……大変なことになっちゃんたんだな。俺が膜を破ったから……」

「でも兄様は悪くないよ!」

「おう。悪いのは役人どもだ。あいつらが余計なことしなければ、皆無事だったんだ」

 

 坊と入れ替わった後の仁桜の行動も聞いた。

 ほんの少しでも役人たちと桜武たちの交流があれば、また違ったのかもしれない。

 だが長い歴史が作った断絶がそれを許さなかった。

 昔に作られた規則が赤桜を腐らせ、澱みは国中に広まったのだ。

 

「父様は?」

「兄様と戦って、それから大赤桜の幹に向かったって。その後は分からない」

「俺と!? よく生きてたなー俺」

『……殺されるの、お前の方なんだな』

「そりゃ父様、つええからな。最強だ」

 

 坊も頷いている。

 大赤桜の力を一身に受け継ぐことを許された男・桜武。

 坊がさらに成長し、五家桜すべての力を受けたというのであれば、それも納得できる話だろう。

 

「それで、朱為は母様に連れられてったんだよな。その後母さんは?」

「わからない。もしかしたら呪物殿のどこかにいたのかもしれないけど……」

 

 坊は首を横に振る。

 母親の和泉だけが、最後の行方が分からない。

 坊を封じた後、氷魚に呪物殿を任せてどこかへと向かったようなのだが。

 

「終わったら一緒に探そう」

「うん。でもその前に、お父様から」

「ああ。この先にいるんだろ? 俺も行くよ」

 

 門番である仁桜は無事解放した。

 後は最終目的地である幹へと向かうだけだ。

 

「平気なの? 肩とか」

『そうですよ、穴が空いていたんですよ?』

「大丈夫! ずっと寝てたからかな。気分がいいんだ。痛みもねえし、刺されたところもほら、治ってる」

 

 坊が散々斬り飛ばした甲冑は、赤桜の力を注ぎ込んだせいか赤い装飾に変わっている。

 欠けていた部位も再生しており、所々赤く光る装飾は美しい。

 

「本当だ……」

『赤桜の力が治してくれたんでしょうか』

「そうなんじゃないか? 身体がすげえ軽いんだ!」

 

 ちなみに仁桜も当たり前のようにキュウと葉月の姿は見えたし会話もできるようだった。

 最初はそれこそ驚き慌てていたけれど、少し話したら直ぐに慣れた。

 近くではキュウがお玉とお鈴と戯れている。

 彼らも久しぶりの再会を喜んでいるのだ。

 

「だから俺は平気だ。父様のところへ行こう」

「うん。……一緒に」

「ああ。一緒にだ」

 

 手を握り合って誓う。

 今度こそ、兄弟2人で生き残るために。 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。