兄弟が揃って、目指すは大赤桜の幹。
だがその前に2人で曙光宮と赤桜本邸を見て回った。
「ボロボロだな……」
「うん。ここはもう樹者だらけだよ」
その会話の間にも樹者が現れるので2人で協力して倒していく。
そして順に巡っていくのだ。
父の執務室。椿たち家令の待機部屋。仁桜が儀礼を行った祭儀場も。
かつて――仁桜にとってはつい昨日までを過ごした場所を、2人で見て回った。
「寝て起きただけなのに……すげえ変な気分だ」
「ね。僕も起きたときはびっくりした」
どれも無残に変わってしまっていて、その度に仁桜は驚き悲しんでいた。
そして坊も記憶が殆ど戻ったのだろう。
2人して過去を懐かしみながら、望花殿を巡っていく。
「朱為の時はキュウのおっさんがいたんだろ? びっくりしただろ」
『だからおっさんじゃねえよ。……驚いたのはこっちだよ。いきなり棺から生きた人間が出てきたんだからな』
「ははっ! でもお陰で朱為はここまで来られたんだろ? ありがとう。キュウ、葉月さんも」
『……おう』
『はい!』
「菖蒲領にも、根猫の巣にも生き残りがいるんだろ? すげえな、父様も、菖蒲様も」
「……うん、そうだね」
そのまま曙光宮を抜け、向かったのは赤桜本邸と、坊が過ごした離れ。
どれも樹に侵され、崩れた状態ではあったけれど、確かにまだそこに残っていた。
「でも呪物殿かあ……。俺は行ったことないけど、母様が頼ったってことは他にも便利なものがあるんだろうな。終わったら行ってみようぜ。母様の手がかりも調べたいし」
「うん。葉月、案内よろしくね」
『……目録が残っているといいんですけれど……』
玉塚の屋敷は解放してからそのままだ。
今頃は動物たちの住処になっているかもしれない。
そうならないことを祈りつつ、望花殿の北の端、幹へと通じる随桜門を潜る。
枝の通路を朱の門が飾る参道を通り抜ければ、この旅の最終目的地である赤桜の幹へと辿り着く。
「葉月」
『はい。この先は半刻程参道を上り、その先にある赤桜の社へと向かいます』
赤桜の幹の手前に築かれた社は、本家の人間が儀式を行う際にのみ使用される。
本殿と拝殿、後は儀礼官たちの社務所などの最低限の設備だけが置かれている。
都の住人たちが参るための別の拝殿は傘下にも存在しているため、ここには限られた人間しか来ることは許されない。
『その社の奥に、幹に触れることができる場所があります。1つは桜浸の間。そしてもう1つが桜前の間。我らが向かうのは後者です』
「封を解くなら桜浸の間じゃないのか?」
桜前の間は当主の代替わりなどの様々な表の儀礼を行う場所。
本来は仁桜のお披露目がそこで行われる予定だったのだ。
『かつての桜武様曰く、封はもう解かれているのだそうです。ただ、その後現れた黒い樹が澱みを外に溢れ出させたことで、大赤桜は壊れず残ってしまっていると』
いわば、黒い樹は澱みが結晶化したようなもので、その樹が大赤桜の奥深くまで寄生しているのではないかと御屋形猫は言っていた。
「なるほどな。じゃあその寄生した樹をぶっ壊せばいいのか」
『そういうことだ。わかりやすくていいだろ?』
「おう! ……んで、そこに父様がいるんだな」
「うん。多分だけど、その樹を守ってるんだと思う」
この赤桜の国で最強の男。
甲冑は仁桜のそれよりも分厚く、振るう得物は坊なら軽く両断できる巨大剣。
攻守どちらをとっても恐ろしい怪物といえるだろう。
「父様に勝てたことはないけど、俺と朱為なら絶対に倒せる! 一緒に父様を助けような、朱為」
「……うん!」
手を叩きあって、互いに頷きあった。
それからは互いの記憶の限りを出し合いながら、対桜武戦について話し合っていくのであった。
『……良かったですね。仁桜様がご無事で』
『だなあ。……この後、俺らやることあんのか?』
『勿論ですよ! 今までと同じく、援護していきましょう。ねえ、お鈴様、お玉様』
『『――――』』
2匹の根猫が鳴いて答える。
すっかり元の仲に戻った彼らも戦う準備は万全だ。
『ほら、おふたりもそう言ってますから』
『はいはい……頑張るかあ』
「キュウ」
『ん? どうした?』
「次もよろしくね」
『……おう、任せろ』
そうして、旅の終わりへとたどり着く。
黒い花弁が舞い散る大舞台。
辺り一面に黒く巨大な幹が這うようにして存在しており、それらも所々砕かれ千切られ、複雑な構造を形成している。
かつてあった社は何かの破壊痕が、巨大な大穴が拝殿からその奥の本殿まで貫通している。
その穴を通り抜けた一行を、1つの影が出迎える。
「……父様?」
それは黒く染まった異形だった。
巨大な剣を幹の1つに突き立て、それに寄りかかる様にして動きを止めている。
「あれ、父様かな」
「剣は似てるな。鎧は違うけど、俺みたいに変わってるだろうから……多分」
『……おい、それより後ろのあれはなんなんだ?』
そして彼の後ろには、今まで見上げてきた大赤桜の幹がある。
横を見てもどこまでも続くその幹は、今まで見上げてきた大赤桜の姿と何ら変わらない、途方もない大きさを誇っている。
だが、目の前の部分だけは悍ましい姿を見せている。
これまで多くの当主たちが触れ、その力を譲り受けていただろう儀式場の最奥。階段の先に作られた人1人が登れるほどの小舞台の上には、巨大な黒い結晶が形作られていた。
『あれは……なんでしょうか? 黒い樹……? でも、あの見た目は……花?』
大赤桜の幹に開いた大穴から溢れるようにして黒い樹が生えているのだ。
飛び出た幹が渦のように連なり、それはまるで巨大な花のような姿をしていた。
「花、だよね?」
「だな。……あれが、大赤桜に寄生してる奴ってことか」
周囲を這う黒い幹はあの花から伸びているように見える。
溢れ出た澱みが形となって表れているのだろう。
随分と悍ましい外観だが、ある意味で非常にわかりやすい。
つまりは、あれを破壊すればいいということだ。
『……ならあの化け物はなんなんだ? 黒い樹に剣ぶっさしてるぞ?』
そこまでの道に、あの鎧の異形がいる。
その剣は舞台を這う黒い樹を貫いている。戦いの後にも見えるし、守っているようにも見える。
「お父様はここで戦ったんだね」
「でもその結果、負けた」
そうして今はあそこで動かぬ姿となっている。
それが事実なら何も起こらない筈だが……。
『絶対動くだろ、あれ』
「……そうだね」
きっと、樹者になってしまっているだろう。
菖蒲文吾や仁桜の様に、何かを守護する存在としてそこにいる可能性が高そうだ。
「でも、倒すよ」
「ああ。そのために来たんだ」
元より戦うつもりでここへ来た。
無残な姿の父を見ても、それは変わらない。
「奥のあれ、赤桜の力を流し込めばいいんだよな」
『だろうな。だがその前に親父と触手を倒さないとな』
「うん。……行こう」
意を決して舞台へと足を踏み入れた、その瞬間。
『――――』
ばきりと音が鳴り響き、周囲の木々が蠢き始めた。
石のように固まっていたそれらはまるで触手のように自在に動き――異形の身体へと纏わりつき始める。
四肢全てに木々が纏わりついてその太さと長さを増していく。
背からは更に無数の手のように幹が伸び、その異形さを際立たせていった。
『なんです!?』
『やっぱり動き出しやがった……!!』
困惑する2人を余所に、異形は完全に立ち上がると、目の前に突き立っていた巨剣を掴み引き抜いた。
黒灰に鈍く輝く巨剣を振り回し、かつて父だった異形は、侵入してきた坊たちへと身体を向けた。
「朱為、俺が前に出る。お前は強い一撃叩き込め」
「うん。……2人なら、きっとできる」
「おう! やるぞ!」
それぞれに武器を構えて、坊たちは駆け出した。
この国の命運を決める最後の戦いが始まった。
***
桜前の間に蠢く木々が、舞台を叩き、大赤桜の幹さえ打ち鳴らした。
木が砕け、足元が揺れるほどの律動が鳴り響く。
桜武の背から生える黒樹の触手もまた元気そうに蠢いている。
それは無数の手足となって、凄まじい速度で坊たちへと迫った。
『――――!!』
「跳べ、朱為!」
振り下ろされた巨剣と触手を、全員が跳んで躱した。
1振りで舞台は大きく裂け、隆起した断片を分厚い触手が根こそぎなぎ倒していく。
『打たれたら死ぬかあれ……右、来るぞ!』
「当たらなきゃへーき!」
坊は花弁の足場を踏んで跳び、仁桜は強化された自前の跳躍力で避けてみせる。
勢いを失くしてたわんだ瞬間の触手を槍で貫き斬り落としながら、彼が叫んだ。
「お鈴とお玉は周りの樹を頼む!」
『『――!!』』
鳴き声を上げ、左右に2匹が散っていく。
爪や牙、風を駆使して中央の坊たちに外の触手が来ないように防ぎ始める。
それでもすべては防げず、桜武の放つ攻撃の間隙を縫って巨木の鞭が飛び込んでくる。
『屈んで!』
「――っ!」
『こっちも来るぞ!』
屈んで躱した坊へと、巨剣を振り上げた桜武が迫る。
ほんの一拍の後、分厚い刃が振り下ろされる。
「ふっ!」
避ける暇はなく、代わりに右腕を緋太刀に変えて剣を防いだ。
巨剣の先端が舞台に激突し、坊も勢いを受け止めきれずに膝から崩れ落ちる。
「朱為! ……このっ!」
振り下ろしたままの桜武の腹へと、仁桜が全速力で槍を突き出す。
だがそれも触手に受け止められ、鈍い音とともに触手に大穴を開けるだけに留まった。
すぐさま襲い来る別の触手の追撃に飛び退いたために、結局桜武は無傷のまま。
「しぶといぞ、父様!」
その隙に坊は緋太刀を解いて転がり出る。
距離を開けながら、右手を開いて閉じる。
『腕は!?』
「平気! でも、凄く痛い……!!」
とりあえず切れはしなかったが、何度か喰らえばそうなるかもしれない。
それほどの重い一撃だった。
仁桜の攻撃も全く通らず、坊は防戦一方でそもそも攻撃する隙も無い。
「流石、お父様……!!」
父であり、この国最強の男。
その力は澱みで更に強化され、恐ろしき異形の王として君臨している。
そしてその凶悪な力を持って、坊たちをどんどんと追い詰めていく。
『――――』
桜武が剣を振るい、躱した先に触手が叩きつけられる。
それを氷魚の拳でなんとか防ぐも、激痛とともに腕がひび割れる。
すぐさま解除し魔剣を振るも、触手か鎧に防がれ阻まれる。
当然の如くどちらもあっさりと再生をしてしまう。
「2人でも駄目か……」
『手数が多すぎる。このままじゃまずいぞ』
周囲で戦うお玉たちもだんだんと対処が仕切れなくなっている。
たった1人だというのに物量で押し切られている。
「仕方ない。朱為。全力で剣を弾け。俺が突っ込む!」
「でもそれじゃあ、触手が……」
下手に突っ込めば触手に滅多打ちにされてやられてしまう。
「俺なら再生する! 行くぞ……!!」
このままでは負ける。
だからこその捨て身の作戦をとろうとした、その瞬間。
吹き抜けた風が、声を届けた。
『――2人とも、隙を作って!』
「は? なんだこの声?」
「これ……兄様!」
剣を引き抜き、坊が叫ぶ。
「作戦変更! 僕が剣をやる。兄様は触手を!」
「へ? ……あっ、そうか! わかった!」
頷きあって、2人は動き出す。
坊が真っ先に桜武の前へと飛び出し、襲い来る触手を躱し進む。
それらを避けて切り払い、桜武の巨剣を誘い出した。
「――ふっ」
振り下ろされたそれに緋太刀をぶつけ、氷魚の拳で殴りつける。
身に宿る赤桜の力と膂力の全てを振り絞り、遥か上へと剣を弾き飛ばした。
「兄様!」
「おう!」
仁桜は鎧から槍を生み出し、うねる触手を貫き地面へと縫い留めていく。
それを止めようとする触手は坊が魔剣で切りつけ弾き、なんとか空中でその動きを止めた。
兄弟2人の連携で、この戦いの中でおよそ初めて、桜武の守りが解かれた。
『ありがとう! 伏せてて!』
そこへ、遥か遠方から閃く一矢が突き立った。
魔剣に並ぶほどの分厚いその矢は桜武の右肩を正確に貫き――大穴を開けた。
『――――!!?』
声にならない悲鳴を上げ、桜武の右腕ががくりと落ちる。
右腕が半ば消失したことで支えを失い、剣の重みを支えきれずに崩れたのだ。
振り返るも、射手の姿はない。
恐らく遠くの枝の上から狙い撃ったのだろう。
それほどの離れ業を成し遂げられるのは、彼女だけだ。
「すげえな、これが……」
「うん。星弓……詩乃だ!」
『約束通り、手伝いに来たわよ!』
舞台から遠く離れた樹の枝の上。
そこには巨大な弓を構えた菖蒲家当主・詩乃の姿があった。
その真横には御屋形様。
彼らが菖蒲邸まで駆け抜け、連れてきたのだ。
桜武は無事な左手で剣を掴もうとしている。
もう一度繰り返して今度は左腕を破壊すれば、剣を封じられるだろう。
足りなかった『もう1撃』がこれで揃った。
「今度こそやるぞ、朱為、詩乃!」
「うん!」
『ええ!』
次代を繋ぐ3人の戦いが再び始まった。