坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第34話 望花殿⑥

 

 

 

 あの崩壊の日。

 坊は――朱為は駆け込んできた母の表情を見て、異変が起きたことを悟った。

 

「お母様」

「朱為、よく聞いて。……大赤桜から化け物が現れたの」

「え……?」

 

 だが聞かされた言葉は、朱為の想像を遥かに超えたものであった。

 外をあまり知らない朱為が知っているのはせいぜい森にすむ獣程度。

 それを化け物と呼ぶような母ではないことは、良く知っている。

 

「お父様でも、お母様でも勝てない?」

「ええ。とっても厄介な相手なの。倒すには、途方もなく長い時間が必要ね。……だから、逃げることにしたの」

 

 暖かな手が頬に触れる。

 大好きな手だった。

 

「逃げる? どこへ?」

「ここからずっと西。この国の端っこよ」

「……兄様は?」

「仁桜は桜武と一緒にいるわ。だから朱為は私と一緒に行くの」

「うん、わかった」

 

 都を出るなら仁桜との約束を破ることになるけれど、その仁桜も行くなら大丈夫なのだろう。

 頷くと、母は優しく微笑んでくれた。

 よかった。間違えてはいなかったようだ。

 

「朱為。封は覚えてるわね?」

「うん」

「今からあなたに封をかける。あなたも、自分に封をかけて」

「自分に? いいの?」

 

 封については、まさに目の前の母と父から教わった。

 その時に決して生きている相手に使ってはいけないと口酸っぱく言われたものだが。

 

「……ごめんね。ちゃんと話すわ。大赤桜から、とても危険な物質が出ているの。人間がそれに長時間晒されると、恐ろしい怪物になってしまう」

「それが、化け物なんだね」

「そう。まだ身体の小さいあなたは、僅かな時間でも危ないの。だから封をして連れて行く」

 

 その言葉を聞いて、坊は少しだけ残念だと思った。

 初めて外に出ることができるのだ。自分の目で見て回りたかったが、どうやらそんな猶予はないらしい。

 もう一度頷いて、坊は座って姿勢を正した。

 母の両手が頬を包み込み、坊は自身の胸へと両手を当てた。

 

「朱為。目を閉じて。……よく聞いて」

 

 暗くなった視界の中、母の声が響いて聞こえる。

 身体に流れる赤桜の力を腕に集めながら、じっとその声に耳を傾けた。

 

「あなたが目覚めたら、大赤桜を目指して。それがきっと、あなたを救ってくれる」

「……?」

「あなたも仁桜も、大切な私の子供よ。それだけは、忘れないで」

 

 暖かな力が頬から流れ込んでくる。

 それに合わせて、坊は自分に封をかけていく。

 沈んでいく意識の中、再び母の声が聞こえた。

 

「花が咲いた後にまた会いましょう」

 

 そうして、坊の意識は途絶えていった。

 

 

***

 

 

「……?」

 

 ふと、坊は目が覚めた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 

 視界の先には相変わらず真っ暗な枝だらけの空。

 

「……花、咲いてない」

 

 そう呟いて、坊は周囲を見渡した。

 戦いの最中だった筈だが、周囲にはもう桜武のあの巨体も、蠢く触手も見当たらない。

 眠る前の最後の記憶の通り、桜武を無事に倒せてはいた様だ。

 ただその代わりに砕かれた床の断片やらで凸凹になっている。

 その破片――といっても坊よりも大きなそれから、仁桜が顔を出した。

 

「お、朱為。起きたか」

「兄様」

「立てるか? ほら、手」

 

 差し出された手を握って起き上がる。

 顔全てを覆う兜のせいで表情は見えないが、仁桜も無事のようだ。

 近くに落ちていた魔剣を拾い上げ、こっちだ、と歩き出す彼を追って歩き出す。

 

「僕、どれくらい寝てた?」

「ん? ほんの少しだよ。だから何も変わってない。ほらあれ」

 

 瓦礫の向こうにある大赤桜の幹には、相変わらず黒い結晶の花が咲いている。

 大半の触手を失い、動くことなく鎮座している。

 

「父様は倒れたけど、あれはそのままだ。あれを壊したら今度こそ終わりだ」

「そっか」

 

 瓦礫を避けながら真っすぐ近づいていくと、幹へと唯一至る小舞台の階段前に皆が揃っていた。

 浮かぶキュウと葉月。お玉にお鈴。そして御屋形猫と詩乃まで合流しているようだった。

 こちらに気づいた詩乃が、ぱあっと笑顔を浮かべて走り寄ってくる。

 

「坊君! よかった、起きたのね」

「詩乃、来てくれたんだね!」

「勿論。約束したでしょう? 必ず一緒に戦うって」

「うん。……星弓、凄かった」

「ふふっ、でしょう? 頑張って練習してきたの。……それより!」

 

 そう言って、彼女は両手を上げた。

 少しだけ首を傾げてから、坊は合点がいって手を上げた。

 

「兄様もほら、手を上げて?」

「お? ……おお」

 

 兄弟2人で手を上げて、詩乃の掌を叩いた。

 乾いた音が舞台の上に鳴り響く。

 拙いけれど、それは勝利を祝う音色となった。

 

「やったわね、ふたりとも!」

「おう!」

「うん……!!」

 

 兄を解放し、父を倒した。

 途方もない旅路だったけれど、なんとか駆け抜けることができたのだ。

 

『おめでとうございます!』

『やったな、坊』

「うん、2人も、ありがとう」

 

 この2人がいなければ絶対に成し遂げられなかった。

 それに魔剣も。

 桜武との激戦を経ても折れずにいてくれた、多分この旅の最大の功労者だろう。

 何一つ欠けても駄目だった。それほど難しい旅であった。

 そして、その最後をこれから行う。

 

「で、だ。後はあれを壊すだけなんだが……」

「星弓じゃ壊せなくて」

「そんなに硬いの?」

 

 桜武の分厚い装甲すら砕いてみせた星弓でも難しいとは。

 驚く坊に、詩乃は曖昧な笑顔を見せる。

 

「んー、硬いというか、私も全力を出し切った後だったから威力が出なくて……」

「俺もだ。だから休憩してた」

「……そっか。そうだよね」

 

 坊も力尽きて眠ってしまったのだ。

 一緒に戦った2人も疲れ果てていて当然だろう。

 

「もうあれに抵抗する力はないから安心しろ。ゆっくり壊せばいい」

 

 御屋形猫もそう言っているから、事実なのだろう。

 坊は目を閉じて自分の胸に手を当ててから、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん。大丈夫、僕がやるよ」

 

 休んだおかげか、父の力を受け継いだのか。

 身体に満ちた赤桜の力は十分だと感じるほどに強かった。

 

 階段を上がり小舞台へと立つ。

 眼前まで迫る迫り出した樹結晶は、坊よりも遥かに巨大な威容を見せる。

 そのままでは手が届かないので、花びらの足場を出して上って、手を触れる。

 

「……冷たい」

 

 指先に悍ましい感覚が駆け巡り、思わず手を放す。

 触れただけで肉を浸食されるような感覚があり、身体が震える。

 澱みが結晶化したものだからなのだろうが、こんなものが都中にばら撒かれたのだから恐ろしい。

 代わりに、坊はそのすぐ傍の幹に手を触れた。

 

「君も、苦しんでたんだよね。今、助けるよ」

 

 そう呟いて。

 坊は腕に赤い光を纏わせて、もう一度黒い花弁へと触れた。

 そこから赤桜の力を流し込む。

 最初はじっくりと。

 掌に感じていたあの感触を弾くように掻き分けて、奥へ奥へと注ぎ込む。

 

 力の反動か、腕が凄まじい勢いで震えていく。

 弾かれてしまいそうになるのを必死で堪えていると、両腕に手が添えられた。

 仁桜に詩乃、そしてキュウに葉月も。

 温かで力強い支えのおかげで安定した。

 

「ありがとう」 

 

 そうして、幹全体まで力を巡らせていき、それが限界まで高まったその瞬間。

 

「――ふっ!」

 

 天へと立ち昇るほどの赤い光が解き放たれ。

 黒い樹結晶は砕け散ったのだった。

 

 

***

 

 

 その日、数百年澱み停滞を続けていた赤桜の国に変化が起きた。

 かつて朱花の都と称えられ、今は暗く沈んだ大都市に生えた山をも超える巨大樹・大赤桜。

 黒く染まったその樹が、突如として崩れ落ちたのだ。

 

 そこから天を貫く赤い光が解き放たれると、空を分厚く覆っていた雲は消え去り、数百年ぶりの陽光が赤桜の国へと降り注いだ。

 空だけではなく地上すら覆っていた黒い木々も消え去り、かつてその美しさを誇った国土は僅か1日でその姿を取り戻した。

 

 その膜とでもいうべき黒い木々の下には、数多の生命が覆われ隠れていたらしく、呪われた澱みから解放された彼らは再び目覚め、数百年の眠りがまるでなかったことのように生命活動を続けたという。

 

 そんな美しい緑が広がるその国土の中、5つの赤い桜が輝きを放っていた。

 五家桜と呼ばれたそれらは、彼の地の住人に丁寧に世話をされ、これから百年の後まで鮮やかに咲き続けた。

 

 だが、この地に大赤桜と呼ばれるものが誕生することは、二度となかったという。

 

 かつて栄華を極めた赤桜の国は、再び歴史の中に名を現すことはなかった。

 ただそこには確かに、多くの命が存在し、平穏に暮らしていたのだという。

 




明日また同じくらいの時間に最終話投稿予定です!
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