暇だ。
あまりにも、暇だ。
こんな状態になってから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。
『……まだ10日も経ってませんよ?』
……そうだった。今はこいつが一緒にいるんだった。
しかし、まだそんなにしか経ってねえのか。
もう長い時間が経ったような気もしたけれど。
あいつは……坊は今頃何をしてるのかねえ。
『話聞いてました? 坊様は残った3つの五家桜解放のために各地へと向かったのではないですか』
『……そうだったか?』
『そうですよ。どうせサボって聞いてなかったんでしょう?』
『ぐっ……』
全く覚えてないが、多分図星である。
魂だからって疲弊はするのだ。もう何も考えたくないと、長い魔剣生活で身に着けた『何も考えない技術』でぼおっと漂っていた気がする。
『いいじゃねえか。もう俺らにできることはなくなったんだ』
『そりゃあ、そうですけどね……やることがなくなると、途端に暇になりますねえ』
……それでいいと思うけどねえ。
まあ俺と違って、こいつは魂になりたてだ。
そのうち時間の使い方を覚えていくだろう。
というわけで、俺は時間消費術の1つ。
少し前――あの大赤桜解放の後のことを思い出すのだった。
***
大赤桜の破壊の後。一行は大忙しであった。
なにせ大赤桜の幹、その奥深くまで根付いた澱みを尽く破壊したのだ。
当然大赤桜の幹は崩れ落ち、それはその上に建造された都も例外ではなかった。
ひび割れ崩れ始める都を大慌てで脱出し――坊たちは大赤桜と都の崩壊を、最後まで眺め続けた。
幸い、封から解放された人々は根猫たちが逃がしてくれていた。
おかげで生き残った者は全員が無事に脱出することができた。
100人近くいた人間たちは大混乱だった。
目覚めたと思ったら巨大猫に無理やり移動させられ、何とか地上にたどり着いたら、目の前で真っ黒になった大赤桜がいきなり崩壊を始めたのだから。
だが彼らは皆、樹者と遭遇し逃げ惑っていた者たちだ。
御屋形猫や詩乃が説明して、直ぐに事態は理解してくれた。
そしてなにより、大赤桜の崩壊とともにあれだけ暗かった空が晴れ、大地から黒い塵が還っていく様子は、説明が不要な程の強烈な光景を映し出していた。
赤桜の都は、根元周辺の僅かな土台を残して、それは見事に崩壊した。
今度こそ完璧に、全てが終わったのだ。
だが、新たな問題も起きた。この100人と数十匹の根猫たちを一体どうするか……である。
そのまま大慌てで菖蒲邸へと向かい、落ち着いたのはその日の深夜であった。
そして翌日からは、生き残った者たちで協力し、新たな日常を構築していっている。
坊と仁桜、詩乃と御屋形猫が中心となって、皆を分け、復興部隊を編成した。
詩乃は菖蒲邸および菖蒲領内のまだ無事な集落の修復・拡張。
御屋形猫は根猫たちを連れて都跡地の調査と魚捕り。
そして仁桜と坊は、手分けして他の領地――五家の探索へと向かったのだ。
ならばどうしてキュウたちを置いて――というよりは魔剣を持たずに行ったのかといえば。
『もう樹者はいませんから、魔剣を持っていくのは危険ですものねえ』
触れれば魂にされる魔剣を、戦う必要もないのに持っていく理由はないのである。
大赤桜の破壊によって、この国を覆っていた澱みの全ては消えた。
それは根猫たちが確認したので間違いはない。
そもそもなんだかんだ坊や仁桜、詩乃は平気だったが、これは魔剣なのだ。
倒すべき相手がいなくなったこの地ではもう無用だろう。
というわけで、キュウたちは菖蒲邸の最奥、古書殿で留守番をしていた。
ここならば誰かが触ることもないだろうから。
時折詩乃が顔を出してくれたから、大体の事情は伝え聞いている。
それも無かったら暇で死んでいただろうと葉月は思う。
……せめて本が捲れればいいのに。
『……この国はどうなるのでしょうか』
『さあな。それはあいつらに任せようぜ。……お、帰ってきたみたいだぜ』
外へと顔を出していたキュウが声を上げた。
葉月も慌てて顔を突き出すと、途端に賑やかな声が聞こえてくる。
屋敷の前に人だかりができているのだ。
キュウの言う通り、根猫に乗った坊と数名の勇士たちが帰ってきた所であった。
彼らは東にある2つの五家へと向かい、五家桜の無事を確かめていたが、問題はなかったようだ。
『他の生き残りはいなかったようですね……』
『どうかな。連れてこなかっただけかもしれないぞ? ……あ? こっちに手振ってやがる』
『坊様! おかえりなさい!』
葉月が手を振って応えていると、坊はお玉を飛び降りて駆け出し始め――建物の中に消えていった。
しばらくするとどたどたと騒がしい足音が聞こえてきて。
「ただいま! キュウ、葉月!」
古書殿へと坊が飛び込んできた。
『おかえりなさいませ、坊様』
『……お前、真っ先にここにきてどうすんだよ。報告とか色々やることあんだろ』
「大丈夫、それは皆に任せたから」
そう言って、彼は魔剣を手に取り、背負った。
「さっ、行こう!」
『は? どういうことだよ?』
「だって旅、行くんでしょう?」
入口に顔を詰まらせたお玉も鳴いている。
……どうやって入ったんだあれ。
『そりゃ言ったけど、今からかよ! 急すぎんだろ!』
「うん。むしろ待たせてごめんね」
『それはいいんですが……いえ、いいんですか?』
さっきまで退屈していた魂2人が慌てて止めるも、坊本人は気にせずに入口へと歩きだしている。
「それに関しては大丈夫よ、2人とも」
代わりに答えたのは、扉にぱんぱんに詰まったお玉の下から顔を出した詩乃であった。
彼女を伴ってそのまま外へと向かって歩いていく。
『詩乃様』
「仁桜様や皆と話したの。坊君はずっと閉じ込められていたでしょう? なのにこのまま復興の手伝いをしてたら、この国に不可欠な人になっちゃう。だから坊君には自由に旅をしてもらおうって」
それに、と彼女は笑みを浮かべる。
「ちゃんと坊君にも仕事はあるのよ? まず彼には玉塚領に行って、呪物殿の調査をしてもらうの」
『呪物殿に?』
「うん。使えるものがないか調べるんだ。後は母様の行方も」
『和泉様の……』
確かに彼女は呪物殿を最後に消息不明になっている。
生きているなんてことは信じていないだろうが、せめて最後どうなったかは知りたいはずだ。
『でも坊、兄貴はいいのかよ。一緒にいるって話してただろ?』
「兄様も行って来いって! それにずっとじゃないよ。ちゃんと戻ってくる」
「ええ。調査を終えたら戻ってきてもらうわ」
外へと出ると、若菜達を始め、菖蒲邸に残った人たちが待っていた。
「そしてその後は国外へ行ってもらう。なにせここにいる皆、長い時間眠っていたわけでしょう? 他の国が、外の世界がどうなっているか知らなきゃいけない」
『……なるほど。そりゃそうだな』
数百年経った世界は、驚くほど様変わりしていそうだ。
そしてそれには坊とキュウ、葉月が適任であることも。
「呪物殿の案内は葉月さんが、外の案内はキュウに任せるわね」
『勿論です!』
『……しゃあねえな。約束したしな』
「うん。2人とも、よろしくね」
はいお弁当、といつの間にか来ていた若菜に風呂敷を手渡され、お玉にも何かがパンパンンに入った荷袋を括りつけられている。
キュウと葉月が知らなかっただけで、準備は進められていたらしい。
坊はお玉に飛び乗り、お玉がみゃあと鳴き声を上げる。
風が吹き抜け、その巨体を包み込んでいく。
根猫の足は速い。目的の呪物殿まではあっという間だろう。
つまりは明日から……下手したら今日から、あの広大な呪物殿の探索が始まるのである。
『はぁ、ようやくまたのんびりできると思ったんだが』
『休まらなさそうですね。でも、いいではないですか』
『……まあそうだな。長く寝てたんだ。ちょっとくらい忙しいのもいいかもな』
「じゃあ、行くよ!」
そう言って、もうすっかり本来の緑を取り戻した森へと向かって、お玉は駆け出し始めた。
崩壊した王国の西の果てで目覚めた少年と魔剣。
その旅路は、まだもう少しだけ続いていくようである。
「……そうだ。キュウ。またお話聞かせてよ」
『あん? ……ふむ、そうだな。じゃあこんなのはどうだ?』
「なになに?」
『あれは赤桜の国っつう西の果てにある国に行った時の話だ。なんでも、そこにある呪物殿っつう物騒な場所で人を攫ってほしいっていう、妙な依頼が飛び込んできてな――』
本作はこれにて完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
こんなゲームがやりたかったシリーズ。メトロイドヴァニア、世界観が好きな作品が多くてとっても面白いんですよね。何故か国は滅びがち。オススメです。
最後のキュウの話は坊君とは無関係の、もっと昔のお話です。キュウの話が結局出せなかったのでおまけ。
並行で書いている新作が落ち着いたら王国魔法ギルドの続きか、ディストピア系っぽいSFを書くと思います。他の作品も、良ければ読んでみてくださいませー!