坊と魔剣と崩壊王国   作:穴熊拾弐

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第5話 呪物殿③

 

 

 

 あれから、どれくらいの時が経ったのだろう。

 意識は混濁し、もう今がいつで、ここがどこなのかもわからない。

 

 迫りくる敵をただひたすらに屠り続けてきた。

 この行動に何の意味があったのかさえ、時折忘れてしまっている。

 

 譲り受けた接ぎ木だけが、微かに意識を繋ぎとめてくれていた。

 だがそれもあと僅からしい。

 腹の底で燃え続けてきたあの方の赤い光が、いよいよ尽きようとしている。

 

 それ自体は別に構わない。元からその覚悟だったから。

 ただ、気がかりは1つだけ。

 

 ――俺は、果たして守れたのだろうか。

 

 あの方の願いは叶ったのだろうか。

 澱んだ意識では、もう何も分からない。

 

 それでも、俺は敵を屠り続ける。

 いつか来る願いの時のために。

 

 

***

 

 

 突如として現れた樹の巨人。

 分厚い樹の殻を纏った腕の振り下ろしが、坊へと叩きつけられた。

 

「――――っ!?」

 

 横へ転がるように飛び出して、なんとか坊はその1撃を回避する。

 背の剣は器用に真横に倒しており、立ち上がると同時に肩紐を外していた。

 

『――――』

 

 異形はすぐさま身を翻すと、今度は樹の床を擦るように右腕を振り放つ。

 それを坊は跳んで躱し、空中で身を回転させながら剣を振るって異形の腕を切りつけた。

 勢いを載せた坊のその1撃は、しかし奴の()()を僅かに砕くだけに留まった。

 

「むうっ……」

 

 普通の人型異形は両断できたというのに……なんという硬さだろうか。

 くるくると回りながら奇麗に着地をした坊に、巨人が向き直る。

 それぞれの攻撃が躱され防がれ――互いにじり、と警戒の姿勢をとった。

 

 

 ――なんなんだあいつ……!!

 

 1人取り残されていたキュウは、たった今巨人の両腕が振り下ろされた痕を見下ろす。

 そこには坊が丸々入りそうなほどの大穴が開いていた。

 あのまま突っ立っていたら今頃坊は潰されていただろう。理解不能の怪力である。

 

 キュウが知る限り、この世界にあんな巨人はいない。

 封じられていた数百年で生まれた新人類――なんてこともないだろう。

 

 つまりはあの巨大な化け物も、この周囲の景色と同じ何らかの異変の結果生まれたモノに違いない。

 全身を樹に覆われた者たち。

 その見た目の通り、奴らは硬い。

 特に、坊より太い腕には分厚い木の板のような殻が巻き付けられている。

 ……板といっても、城の屋根や壁にでも使われていそうな分厚さだが。

 

 いくら坊でも、あれの相手は厳しいだろう。

 なにせ先の1撃は板を1枚砕いただけ。対して向こうの攻撃を1度でも受けたら致命傷だ。

 今もなんとか避けながらの攻撃を試みているが、厳しそうだ。

 普通なら、だが。

 

 なにせこっちは2人。しかも1人は実体のない魂だ。

 何故か坊にはキュウの姿が見えるが、他の誰にも姿を見られたことはなかった。あの異形連中にもだ。

 だからキュウはあの巨人にいくらでも近づける。

 

 ――お前の弱点、暴いてやる。

 

 音もなく飛び上がると、坊へと声を張り上げる。

 

『坊、ちょっとそいつ引き付けてろ!』

「――うん!」

 

 こちらの意図を理解した坊が、攻撃で伸びた腕を浅く切りつける戦い方に変えた。

 やはり彼は頭がいい。

 坊の狙い通りに無防備にこちらへ背を向ける異形へと、キュウが素早く近づく。

 

 腕を振り上げ、振り回す巨人の動きをあらゆる角度から観察し――見つけた。

 

『坊、膝裏だ! 関節には板はねえぞ!』

「……!!」

 

 冷静に考えれば当然の事だが、関節部分に鎧はない。

 そして坊の理解も速かった。

 ばっと屈みこんだ坊は右手で柄を、左手で根元(リカッソ)を掴んで剣を肩に担ぐと、巨人に向かって飛び出した。

 

『――――!!』

 

 地を這うように駆け抜ける坊へと、巨人は素早く右腕を振り上げた。

 迫る一撃を、坊は更に低く屈んで潜り抜ける。

 ただでさえ小さい坊だ。その姿を巨人は一瞬見失う。

 その隙に坊は股下を潜り抜け背後へ回ると――。

 

『ここだ!』

「――うん!!」

 

 キュウが指示した個所に、全力の一撃を叩き込んだ。

 凄まじい速度の剣は今度は防がれることなく、奴の膝裏を深く切り裂いた。

 

『――――』

 

 言葉なき悲鳴とともに、赤の混じった灰色の光がまき散らされる。

 その血液を浴びながら坊はもう一度剣を振りかぶり、切り裂いた傷跡へと長い刀身を突き立てた。

 膝の板にぶつかり立ち止まった剣を握る手に、全力の力を込めて。

 

「……ふっ!」

 

 一気に振りぬき、異形の片足を切り落とした。

 

『――――』

 

 片足では巨体を支えきれず、巨人が崩れ落ちる。

 獣のような唸り声を上げながら、巨体がのたうち回り木屑と光が周囲に飛び散っていく。

 それを冷静に飛び退き、高い根の上に降り立った坊が見下ろしていた。

 

『坊、やったな!』

「……まだ」

 

 彼は油断なく剣に手をかけ、じっと巨人を観察している。

 倒すのを焦らず、暴れている巨人に近づくのは危険だと冷静に判断しているらしい。

 10歳程の年齢に見えるこの少年が、だ。

 やはり只者ではないと、その様子に驚いているキュウへ坊が視線を向けた。

 

「キュウ」

『うん? どうした?』

「ここ、見て」

 

 そう言って、彼は自身の首の後ろをとん、と叩いてみせた。

 その意図をキュウは直ぐに理解する。

 関節に奴を保護する樹の殻はなく、坊でも問題なく切り裂くことができた。

 なら、首に殻がなければ――。

 

『あいつをやれるってことだな。……任せとけ』

「うん。お願い」

 

 なんて話をしている間に、巨人は動きを止めた。

 こちらをじっと見つめながら、両腕を使ってこちらへと這い進んで来る。

 

 やけにしぶとい。どうあってもこちらを殺したいらしい。

 だが、片足を失った巨人は動くのに必死だ。一番の脅威だった両腕を移動に使うならば楽に殺せる。

 

 再び飛び上がり無防備な巨体の首筋を確かめる。そこには樹の殻が――。

 

『……ないぞ、坊!』

「うん!」

 

 声を張り上げたのと同時に、坊が駆け出した。

 苦し紛れに巨人が片腕を振り上げるが、その動きは緩慢で、坊はするりと横に動いてあっさりと避けてみせた。

 そのまま片腕に乗って肩まで駆けあがると、首に足をかけ、青く輝く魔剣を首筋に突き立て貫いた。

 

『――――……』

 

 びくりと身体を震わせようやく巨人は動きを止めた。

 流石の巨人も首を突かれれば死ぬらしい。

 轟音が鳴りやみ、再び張り詰めた静寂が周囲を支配する。

 

『なんとかなったな……』

「うん。とっても強かった」

 

 突然の襲撃であったが、なんとか倒すことができた。

 こうして見下ろすと、巨人の頭から首までで坊の背丈ほどの長さある。

 どうやったらこんな巨体が生まれるというのか。まったくもって理解できない異形である。

 

『――――ぉ、ぁ……』

「……? キュウ?」

 

 ふと何かが聞こえて、坊が背後を振り返る。

 だがキュウはそこにおらず、真上に漂って坊を見下ろしていた。

 どうやら彼ではないらしい。

 ならばこの声は――。

 

『あ? どうした?』

「……君が喋ったの?」

 

 坊は屈みこむと、あろうことか巨人に向かって問いかけた。

 魔剣は首に突き立ったまま。心配をしているのかしていないのかよくわからない恰好ではあるが。

 それでも彼は剣から手を放して顔の前に降り立つと、覗き込んで声をかけたのだ。

 

 もし今巨人に動かれればあっさりと潰されてもおかしくはない。

 案の定、灰色の光を放つその巨大な頭部がぎちぎちと音を立てて動き、坊の方へと向いた。

 とっさに叫ぼうとしたキュウの耳朶に、声が響いた。

 

『――願いを、守る……』

 

 微かな声で、巨人はそう言った。

 喋った! とは流石のキュウも叫ばなかった。

 飛び出てきた言葉が、あまりにも想像外のものであったから。

 

 ――守ると言ったか? こいつ……。

 

 今まで倒してきた異形たちに、こんな言葉を話す奴はいなかった。

 だというのにこいつは喋った。まるで意志を持っているかのように、だ。

 こいつは、いや彼は一体――。

 

 震える手で、巨人が腕を伸ばす。

 その先にあるのは、たった今坊たちが出てきたばかりの呪物殿。

 よくよく見れば、巨人は坊ではなく、その奥の呪物殿に視線を向けていたのだ。

 

『――俺が、守る……』

『……こいつは……』

 

 キュウも坊も、手の向けられた呪物殿の方を呆然と見つめる。

 改めて考えれば、彼は坊たちが呪物殿の前に到達した事で現れたようにも思える。

 まるでそこに――坊の眠る呪物殿へ到達した樹者を屠っていたかのように。

 それは、つまり――。

 

「君が守ってくれていたの?」

『……』

「なら、もう大丈夫。後は、任せて」

 

 そう告げて、坊が巨人の頬に触れた。

 真っ白な少年の手から赤い光が立ちのぼり、巨人の頬をほんのりと温めた。

 途端に、ぱきり、と手が触れた樹皮が剥がれ落ちていく。

 巨人の身体がゆっくりと崩れ、灰になっていったのだ。

 

『――――』

 

 それでも彼は顔を懸命に動かし、今度は坊へと視線を向けた。

 まるで今、ようやく坊の存在に気がついたとでもいうように。

 

『――接ぎ木を』

 

 彼の声が響く。

 伸びていなかったもう片方の手が差し出され、掌が開かれた。

 乾いた音とともに、そこから1本の枝が伸びてきた。

 周囲の黒い木々とは違う、キュウと坊が良く知っている普通の樹の枝。

 1つ違う点があるとすれば、その先端が、ほんの僅かに赤い光を明滅させていたことだろう。

 それが何かはわからないけれど。

 

「……さわればいいんだね」

 

 坊の左手が枝へと伸びる。

 枝もまた坊に向かって伸び始め、ゆっくりと彼の腕に巻き付き――一際強い赤い光を解き放った。

 

「――――っ!?」

 

 一瞬で光は消え、同時に巻き付いていた筈の枝も消えていた。

 一体何が起きたのか……今は考えている暇はないだろう。

 

「うん、受け取った」

『――――』

 

 坊の変化を見届けて、巨人の顔が僅かに沈んで――頷いたような気がした。

 枝の消えた、自身の空の掌を見つめて。

 

『――これで、やっと、あなたのお傍に……』

 

 呟いた最後の言葉と共に、巨人の身体は全てが崩れ、灰になった。

 

「ありがとう。……おやすみなさい」

『……何だったんだ、こいつは……』

 

 徘徊する異形に、喋る巨人。

 そしてその巨人から何かを受け継いだ、呪物殿に封じられていた少年。

 今起きたこの出来事はきっと偶然ではないのだろう。

 

 大赤桜を治すという目的の通り、この少年は何か重大な役割を担った子供なのだ。

 この国に過去何が起きて、なぜ今更彼は目覚めたのか。正直わからないことだらけである。

 

 ただどうやら、とんでもない事態に巻き込まれちまったらしい。今わかるのはそれだけだ。

 

 どこからか吹いてきた風にさらわれ、巨人だった灰は流れていき――周囲の木々へとまとわりついていく。

 降り積もっていた灰は、きっと数多の命の慣れの果てなのだ。

 長い時の経過で灰に沈んでしまった景色の先に、一体何が待っているのやら。

 

『よし、行くか。どこか休める場所を見つけようぜ』

「……うん」

 

 とにかく今は、進むだけだ。頷きを返した坊が今度こそ歩き出す。

 向かう先は、巨人がやってきた方向。丁度良く彼が木々を打ち払ってくれていたから、道ができている。

 そこを通って進むは東――この赤桜国の首都へと向かって、坊と魔剣は再び歩きだしたのだった。

 

 

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