青春は子供の顔をしていない   作:TTオタク

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 アリ夏で全部ひっくり返るかもしれないからそれまでに全部投稿して逃げ切ろうと思っていたけど果たせませんでした。もう開き直るしかないので、とりあえず投稿いたします。(追記:無事延命)
 誤字脱字等ありましたら、ご報告の程よろしくお願いいたします。

※注意
 アリウス内戦の諸々や、アリウス分校自体についてかなりの独自設定を含みます。苦手な方はブラバ推奨です。


プロローグ
プロローグ1


 青春の文脈は書き換えられた。

 

 この学園都市は『青春の物語』で満たされている。故に悪は滅び、努力は報われ、友情が勝利するのだ。

 

 この『お約束』による防護壁は途方もなく強固だ。それこそ学園都市を滅亡させる勢いの企て事でもなければ、その強制力を振り切ることはできない。

 

 だが、『青春の物語』を上書きできる『物語』が存在すれば、『青春』をかき消せる出来事が存在すれば、この『お約束』は簡単に綻びを見せる。

 

 簡単に書き換えられてしまうのだ。

 

 物語を破壊するのは案外簡単だ。『ジャンル違い』を登場させれば良い。

 

 恋愛小説に数十ページに渡り政治を語る学者を登場させよう。児童向け作品に猟奇殺人犯を登場させよう。アイドル物で一子相伝の格闘技を持つ強者同士を戦わせよう。

 

 途端にテンポは乱れ、整合性は崩壊する。『お約束』は発動しなくなる。

 

 では今回の崩壊を引き起こした『ジャンル違い』は何であったか。

 

 『英雄』である。敵を殺し、領土を広げ、栄光と罪科を積み重ねて血塗れの道を征く者。

 

 学園内の恋模様や部活動における努力のお話に、唐突に大軍勢を率いあらゆる戦いに勝利し栄光をつかみ取る存在が現れるのだ。

 

 主役が変わってしまう。主題が変わってしまう。大きな英雄の物語に、小さな青春の物語は飲み込まれてしまう。

 

 当然そのような存在は学園都市には存在しない。青春の物語の支配下にある学園都市は、そのような青春の破壊者(英雄)の登場を許さないのだ。例えそれに類する才能を持っていたとしても、陳腐にされ、矮小化され、問題の無い『個性』にまで縮小してしまう。

 

 だが例外は存在する。

 

 アリウス自治区。

 

 学園都市の一角に位置するそこは、数百年にわたる戦乱、疫病と飢餓、そして圧政が支配する場所だった。

 

 そこに『青春の物語』は存在しただろうか。いいや否、存在するはずがない。

 

 では逆に、『英雄の物語』は存在しえただろうか。存在しただろう。悲劇と戦乱の支配する場所は英雄を誕生させるにはこれ以上とない場所だ。

 そこで生まれた英雄が、外へ踏み出してしまったら。

 

 そうして今回の『ジャンル違い』の流出が発生した。

 

 原因は些細な物だった。死ぬはずだった少女が生存して誤差を生み、そのわずかな誤差が積み重なって、とうとう内戦中のアリウスが外界との接触に成功してしまった。

 

 それにより『戦争と英雄譚』が外部に漏れだし、物語に変異を起こす。

 

 英雄は戦争に勝利し、栄光の遥か頂上を目指して求め続け、いつか失敗して墜落する。栄光の輝きに魅了された全ての人を巻き添えにして、破滅的な墜落を引き起こすのだ。

 

 地獄の底(アリウス)から漏れ出した英雄の物語は、トリニティ総合学園から始まった。

 

 事件の発端は、『先生』の赴任の一年前に遡る。

 

 

 

 

 

「ねえ、あなた大丈夫?」

 

 私は少女に声をかける。腹に手を当ててうずくまっているその姿は、さながら腹痛に苦しんであると錯覚させられてしまう。実際は空腹でフラフラになっているというオチだと、私は鳴り響く腹の音から理解した。

 

「お気遣いなく、この程度問題ありません」

 

 大きな羽の少女、羽川ハスミはそう答える。だが顔色は悪く今にも行き倒れそうだった。

 

 不思議な物だ。演習が始まって三日も経っていないのに栄養不足になるものだろうか。まあ色々大きい分消費する栄養素が多いのだろうとは思うが、それにしたって効率の悪い。まるでサラブレッドだ。

 

「私、食が細いのよ。よければ貰ってくださる?」

 

「それはあなたの物です。受け取れません」

 

 脳裏で色々考えながら、私は自分のレーションを差し出すが拒絶されてしまう。

 

 私が小食なのは本当だ。一日にじゃがいも一つと、塩漬け肉の一切れがあれば生きて行ける。この体質に何度命を救われたか分からない。

 そんな体は塩と油のキツいレーションを拒絶してしまうというのも、レーションを差し出す理由だった。

 

「いいのよ遠慮しなくて、部下は誰も見ていないわ。副委員長のあなたが倒れる方が不利益でしょう」

 

 「2年なのに副委員長で大変ね」というねぎらいを込めて私は微笑んで見せる。ハスミはもう一度強く拒絶しようと口を開くが、声を発するより早く腹の鳴る音が響いてしまう。

 

 ハスミは恥ずかしそうにうつむいた後、意を決したようにこちらを見上げた。

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

「はい、どうぞ」

 

 差し出された手にレーションをポンと乗せてやる。すると下品にならないギリギリの素早さでパッケージを破り、即座に化学反応ヒーターを反応させて食事を温め始めた。

 

「ふふっ、すごい手際」

 

 まるで熟練の砲兵がごとき完璧かつ迅速な所作。食欲とは恐ろしい物だ。わざわざ温めているのだから美食精神なのかもしれないが、良い所育ちのお嬢様をこうも変えてしまえるのだ。

 どうにも食欲の薄い私にしてみれば、少しばかりその衝動を羨ましく思う次第だ。食欲にせよ睡眠欲にせよ性欲にせよ、欲求の存在は人生を華やかにするのだ。

 

「おいしい……」

 

 私の声どころか存在すら忘れていそうな様子で、至福の笑みを浮かべるハスミ。次々と残った食事のパッケージを破り、口に押し込んでゆく。

 しかし流石はお嬢様。食欲に急かされながらも品位を忘れず、美しい動きでスプーンを動かしている。

 

 じろじろ見るのも失礼なので、私は本を読むことにした。内容はすっかり覚えてしまっているが、この行為自体が心を落ち着かせてくれるものだ。

 古代語で書かれたその文章を視線でなぞり、本来文章を読むよりもずっと遅いペースでページをめくる。

 

「敬虔なのですね」

 

「そうでもないわ、ただの習慣よ」

 

 ある程度食べ終えて落ち着いたのか、ハスミはこちらに会話を投げかけてくる。

 

 ハスミは私が経典を読んでいる事を『敬虔』だと評する。それがこちら側での標準的な信仰の水準なのだろう。

 

 だが私に言わせてみれば不信心も甚だしい。あちらでは私はやれ信仰心が薄いだの、教義への敬意が足りないだのあれこれ言われていたのに、こちらに来た途端シスターが満面の笑みで話しかけてくる『敬虔な信徒』状態だ。

 

 だがそれが正常なのかもしれない。宗教とは結局は貧しい者への救済であって、すでに救いを得た富める者は神の愛を必要としないのだろう。

 

「まあ、ゆっくり食べてくださいな。私は部下の声掛けにでも行ってくるわね」

 

 なんだか居たたまれなくなった私がその場を去ろうとすると、ハスミが呼び止めた。

 

「その、ありがとうございます、ユミさん」

 

「年上だからってさん付けしなくていいわ。同じ二年生でしょう」

 

 私は今、17歳でトリニティ総合学園の二年生である。つまり周囲より一歳年上だ。だからと言って年上ぶるつもりは無かった。年齢だけで偉ぶるなど無能者のする事だ。

 

「はい、ユミ。義妹さんにもよろしくと伝えてください」

 

「ええ伝えておくわ。と言っても、あの子はここから大分離れた場所に居るけれど」

 

 「案外、あなたの方が会うの早いかもね」と言い残し、私は踵を返した。

 

 ハスミが言うのは私の義妹、蒼森ミネの事だ。あの子は救護騎士団の次期団長だし、正義実現委員会の副委員長として救急を担う部門の責任者には気を使っているのだろう。

 

 たびたびミネからハスミと喧嘩した旨を聞くのだが、この二人の相性悪いのだろうか。あの短気と思い込みをする所を思えばミネのやらかしな気がするが、まあいいだろう。

 

 しかし幸運だった。どうにかコネごり押しで中隊長になったとはいえ、有力者との繋がりが薄かった所を割と自然な形で副委員長と面識を持てた。

 私の目標には、正義実現委員会の武力は必要不可欠だ。だが偽装経歴を見破られては困るので、不自然な形での接触は避けたかったのだ。

 

「私はトリニティの統一者になる女なんだから」

 

 全派閥の統合。真の学園統一。かつて初代ティーパーティーがやり残した事業を完遂する。それが私の野望だ。

 

 そのための第一歩として、中隊長業務に励んでいるのだ。かつての立場を思えば嘆かわしい境遇だが、背に腹は代えられない。

 

「中隊長! お疲れ様です」

 

 「お疲れ」と迎えに来た部下に挨拶しながら、私は作戦を練る。

 

 どうにか自分の中隊を鍛え上げて戦果を上げなければ。向こうには無かった兵器は山ほどあるのだし、私の中にある古い戦術思想も更新していかなければならない。課題は山積みである。

 

 だが、私ならなんとかできるだろう。

 

 そう思いながら、私は自分の中隊に元に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 演習はその後、特筆すべきことはなく終了した。それもそうだ、演習なんてものは部隊が訓練通りの働きができるかを試すための行いだ。順調に進めば何の面白みも無く終わる物である。

 

 演習後の事務仕事や反省会などを終えて私は帰るべき我が家に到着する頃には、時刻は既に午後9時を指していた。

 

 車を降り、私は軽い足取りで玄関へ向かう。いくら下っ端業務とは言え正義実現委員会の仕事は嫌いではない。だがそれでも愛しの我が家に帰る事は私の大きな楽しみだった。

 

 なにせ、我が家ではあの子が私の帰りを待っているのだから。

 

「ミネ! 姉様が帰ったわよ!」

 

 私は勢いよく扉を開け、愛しい義妹の名前を呼ぶ。健気で可愛い、真面目で頑張り屋な私の可愛い可愛い義妹。しかしその姿は見当たらなかった。

 

「ミネ、居ないの?」

 

 私がもう一度呼ぶと、廊下の奥からちらりと印象的な青い髪が視界に映る。ミネだ。

 

 いつもなら私が帰るなり駆け寄ってくるものなのに、今日は嫌におとなしい態度でこちらに歩み寄ってくる。まるで外でのお澄ましモードだ。

 

「今日は大人しいのね、いつものお帰りのハグは無いの?」

 

 私がそう聞くとミネは歩く速度を少し速めて近づいてきた。私はミネのハグを受け入れようと腕を広げる。

 

 だがミネは私を抱擁する事はなく、小声でこちらに話しかけてきた。

 

「姉様その、そのような事はおやめください」

 

「どうしてよ、別に恥ずかしがること無いでしょ」

 

 「昔は外でも抱き着いて来てたじゃない」と私が言うとミネはうつむいてプルプル震えだしてしまった。よく見ると髪から突き出した耳が赤くなっている。本当に恥ずかしいのだろうか。

 

 仕方がない。甘え下手な妹に助け舟を出してやるのも良き姉の役目なのだ。私はミネを抱擁し、頭を撫でてやった。

 

「ただいま、おチビちゃん。今日一日お疲れ様ね」

 

 私より10cm低い所にあるミネの頭は、抱きしめると頬ずりできる位置に来るので私は好きだった。もちろん全身を抱きしめてあげられた昔の身長差も好きだったが、妹の成長ぶりを実感できるのは嬉しいものだ。

 

 ミネはためらいがちに私の背中へ腕を回してくる。やっぱり恥ずかしがっていただけだ。私は確信を得てミネを再び抱きしめた。

 

 そうして姉妹水入らずの時間を楽しもうとした矢先、聞きなれた声が聞こえる。

 

「陛下、お邪魔しているよ」

 

 私は眉を顰め、声のした方を向く。そこには小柄で、目立つ金髪と狐の耳をした少女が立っている。私はこの少女を知っていた。

 

「あらセイア、来てたのね」

 

 私は動揺をしていない風を装って抱擁を解いた。別にセイアにこういう振る舞いを見られるのは初めてではないが、やはり不意打ちは心臓に悪い。

 

 なので仕返しにと、少し文句を口にする。

 

「アポイントメントも無しに訪問するだなんて、当代の百合園は随分お転婆なのね」

 

「そうかい? 私との関係が露見すると困るのは陛下だろう。私は同盟者として気を使ったつもりだったけれど、不快にさせてしまったなら謝ろう」

 

 ぺこりとお上品に頭を下げるセイア。相変わらずすごい子だと思う。これで嫌味を言っているつもりは全く無いのだ。

 いや、今回は先に嫌味を言った私が悪いのかもしれない。一応は私を敬っている子くらいには寛容さを見せるべきだろう。

 

「いいわよ、百合園には世話になっているものね」

 

 私はそう言いつつミネを横目で見る。ミネは何か文句を言いたげに私を見つめていた。

 

 なるほど、セイアが居る事を知っていたから今日はスキンシップを躊躇ったのだろう。謝罪の意味も込めて頭を軽く撫でてから、私はセイアに向き直った。

 

「まあ立ち話も何だし座って話しましょう」

 

 セイアを客間に誘導し着席を促す。初めての訪問という訳では無いのでセイアもスムーズに動いてくれた。

 

 ミネは別室へと向かう。このような使用人を使えない会議の時は、いつも給仕役を買って出てくれるのだ。全く素晴らしい妹である。

 

「さて、それで? 今日はどんな用かしら」

 

 改めて私がそう問うと、セイアは話し始めた。

 

「『計画それ自体に価値は無いが、立案は全てに勝る』というが、今回もそのような事態になりそうだ。私たちの計画だが、大幅な修正が必要になるだろう」

 

「結論から話しなさいよ演説じゃないんだから」

 

 私がそうぼやくと、セイアはすこし口を閉ざす。感情の起伏の薄い子だが、もしかしたら今のが気に障ったのだろうか。

 まあ昔から「端的に話せ」と何度も言っているのだし、今更気にしても遅いだろう。

 

 セイアは軽く咳払いをしてから、話を再開した。

 

「一年以内にアリウス分校の攻撃が起こる。計画を大幅に前倒ししなくてはいけない」

 

 セイアは予知夢を見る事ができる。その予知夢の結果を伝えるために秘密裏に我が家を訪れたのだ。同盟者としての迅速な対応に頭が下がる思いだった。

 

「なるほどね、とは言っても随分のろまね。内戦の終結からもう8年経つのに、今の今まで出てこなかっただなんて」

 

「アリウスで真面目に外征を想定していた者は居なかったのだろうね。だから外征準備に手間取った。だがその猶予も尽きたという事になる」

 

 おそらくセイアの言は正しいだろう。数百年も内戦ばかりをしていれば、自然と戦術も戦略もそれに適合したものになる。内戦を前提とした戦い方しか知らない軍隊が、いざ外部に打って出ようとなれば大幅な改革を余儀なくされるものだ。

 

「しかし、拙速を選ばなかったあたり、準備はちゃんとしていそうね。あなたの『夢』ではその辺りは見えたの?」

 

 アリウス自治区は貧相な土地だが、意外と鉱物資源は多い。外交を復活させずとも密輸できる商品はそれなりにある。それを売って資金を蓄え、産業を発展させるなりすれば兵力の拡大も可能だろう。

 8年とはそれなりに長い時間だ。きっと私が知るアリウスからは想像もできない発展を遂げているのだろう。

 

 そうであってくれと私は半ば期待を込めてセイアに聞いたが、セイアは首を横に振り、封筒を手渡して言う。

 

「いいや、詳細はこれに纏めたが、見えたのはトリニティで起こるクーデターと、私を暗殺しに来るアリウス生の姿だ。あなたが想定していたような宣戦布告直後の奇襲、は行われないらしい」

 

「はい? テロで大学園を転覆しようというの?」

 

 私は驚愕と呆れから大きな声を出してしまう。

 

 なんて無様なやり方だろう。テロやクーデターで政権を掌握したところで、数百年前に追放した過激派が自身の頭上に君臨する事を許すほど、トリニティの歴史は軽くは無いのだ。

 

「支配の正当性はどうなるのよ! 大体、他の学園にロクに資料が残っていないアリウスがクーデターを起こしたところで、それは不明な武装集団による蛮行として扱われるだけじゃない。これ幸いと口実を作って侵攻してきたゲヘナに食われるか、既存市場の崩壊を危惧するミレニアムに潰されるのがオチよ!」

 

 まだトリニティの有力派閥によるクーデターなら諸学園も納得するだろう。だが実在すら危ぶまれる無名派閥で、殺人すら平然と行う凶悪な集団が政権を握ったとなれば、危機感を覚えた大学園に潰されて終わりだ。

 

 その上、気骨のある生徒は反政府勢力を形成するだろう。正規部隊を倒すよりも、倒した後の残党処理のほうが難しいのは珍しい事ではない。

 トリニティ自治区を覆えるほどの大兵力を動員できる体制が整っているのなら可能だろうが、だがそれをしつつ大学園からの侵攻を防ぐのは不可能に等しいだろう。

 

 慌ただしい足音と共に勢いよく扉が開いた。

 

「姉様!」

 

「大丈夫よ、それより飲み物をくれる?」

 

 私の声を聞きつけたのかミネが慌ただしく部屋に入ってくる。大方私が癇癪を起してセイアに殴りかかったとでも思ったのだろう。病弱な貴人に殴りかかる程、わたしの器は小さくないというのに。

 

「心中察するよ、陛下。あなたの故郷がこの有様となれば、その怒りは最もだろう」

 

 セイアはため息を吐きながら私を見つめる。その眼には深い悔恨の念が浮かんでいるのに私は気づく。それはそうだ、セイアとて現状のアリウスを良く思っていないのだ。

 

「悪かったわね、怒鳴ってしまって」

 

「謝る必要はないよ、状況が状況だからね」

 

 「さて、私も紅茶を貰おうか」とセイアはミネに手招きする。そして紅茶を受け取る際に、そっとミネに耳打ちをした。

 

 ミネは承知したとばかりに頷き、部屋を後にする。その一連の流れは自然そのもので、この二人の関係の長さを感じさせた。

 

「ふぅん、内緒話だなんて仲がいいのね」

 

「ああ、これでも幼馴染だからね」

 

 私の言葉に平然と答えるセイア。その態度を私は少し不満に思う。私だってもっとミネと仲良くしたいのだが、十年来の親友と、9年ぶりに再会した姉妹では距離感に差があるのだ。

 

 私の不満そうな態度を察したのか、セイアは少し機嫌のいい声で私に言う。

 

「私とミネの付き合いも、陛下の来訪が切っ掛けだったね。その事には深く感謝しているよ」

 

「なんか当て馬にされた気分なのだけれど」

 

「そんな事はないさ。私はあなたと出会って、大切な友人を得た」

 

 セイアはティーカップを見つめる。その表情は深い憂いを帯びていて、些細な事で嫉妬していた自分が恥ずかしくなってきた。

 今なお、セイアの大切な友人たちは、アリウスに囚われているのだ。

 

「私は8年前のあの日、その先の過酷な運命を知ってアツコ達をアリウスに返した。その過ちを一日たりとも忘れた事はないよ」

 

「それは気負い過ぎよ。単なる幼子に過ぎなかったあなたに何ができたというの」

 

 私はそう慰める。事実そうだ。アリウスの権力者だった私はともかく、当主としての実権があるわけでもないただの8歳の子供に一体何ができただろう。

 背負うべきは戦争をしていた前の世代であって、戦争の被害者でしかない後の世代たるセイア達が何かの責任を負う必要などないのだ。

 

「ありがとう、陛下。だが私たちは負債を清算しなくてはならない」

 

 セイアは私に微笑む。人の表情を読むのが苦手な私でも、セイアが精いっぱいの笑顔を作っているのは理解できた。

 

「元はトリニティが起こした虐殺で生まれた自治区は、今や正当な支配者を失い、圧政と貧困の中にある。だからこそ、正当な支配者による正しい統治をおこなうべきだ」

 

「ロイヤルブラッドの統治の再生。秤アツコの戴冠。それが私たちの共通目標だものね」

 

「ああ、そのためにはあなたの軍才が必要だ。陛下」

 

 セイアは私を『陛下』と呼ぶ。それは何も、あだ名やふざけた呼び名という訳では無い。私を呼び表すのに正しい呼称なのだ。少なくとも、10年前のアリウスにおいては。

 

「アリウス内戦の大派閥の一つ、帝政アリウスの皇帝(インペラトール)。幾多の戦場で勝利を重ね、僅か数年でロイヤルブラッドの権勢に肩を並べるまでに至ったあなたの力があれば、私たちはトリニティを掌握し、この悲劇の連鎖に終止符を打てるだろう」

 

 セイアは私に手を差し出す。袖に包まれた手は小さく、本来このような苛烈な使命を背負える体ではない事と感じさせるものだった。

 

「改めて言うよ。数百年続いた悲劇を、私たちで終わらせよう。力を貸してほしい」

 

「勿論よ。10年前に結んだ盟約は今も有効だもの」

 

 私はセイアの手を取る。178cmある私と小柄なセイアでは少々不格好な形となってしまったが、他に見る者の居ないこの場所で恰好をつける必要などなかった。

 

 私は固くセイアの手を握る。本当に良く成長したものだ。かつての病床の狐耳の少女はついに権力者としての使命と責務を背負い、自らの理想を目指す覚悟を決めたのだ。

 

「感謝するよ、陛下。しかし驚いたよ。9年前に行方不明になったあなたが、あの日と全く変わらない姿で現れるとはね。古来より失せ人が現れる時には不思議はつきものだが、あなた程奇妙な例は伝承の中くらいだろう」

 

「私も理由を知りたい所よ。あの老婆の下僕と戦っていたと思ったら、気づいたらトリニティ自治区に居たんだもの。人生で一回しか負けてないのに勝手に敗戦した事になってるなんてやってられないわ」

 

 やれやれと首を横に振る。あの老婆───べアトリーチェと戦っていたと思ったら急に道に迷って、気が付いたらトリニティ自治区に来ていたのだ。それも9年後の世界である。

 こちらに来た時に時間旅行を描いた小説を読んだりもしたが、まさか自分が当事者になるとは思っていなかった。

 

「さて、私は帰るとするよ。やらなければならない事が山積みだからね」

 

「無理しない方が良いんじゃないの? ベアトリーチェを吊るし上げる前に倒れられても困るわ」

 

 私の心配をよそにセイアは自分の脚でドアまで歩いてゆき、振り返って言った。

 

「せめて自派閥くらいは掌握しておきたいからね。『君』もヨハネ分派を───」

 

「───『君』って呼ばないでくれる?」

 

 なるべく穏便に言ったつもりだったが、それでもきつい口調になってしまった。だがそれだけ私にとって譲れない事だった。

 

「すまないね、普段あなた以外はこう呼んでいる物だから……」

 

「分かっているわ、私こそ細かい事を言って悪いわね」

 

 申し訳なさそうな態度のセイアに、私は目線を逸らした。

 

 私はなにをやっているのだろう。幼少の頃を知る相手に、こんな大人げない態度を取るだなんて。地位を失って尊厳すらも失ってしまったのだろうか。

 

 私は自省しつつ、セイアに歩み寄った。そして肩に手を置いて言った。

 

「頼んだわよ、ここじゃ私は出自の怪しい蒼森家の養子でしかないんだから。私が成り上がるまでは政界じゃあなたしかいないわ。頼りにしてる」

 

 武功を上げて成り上がった後ならセイアとの共同戦線も張れる。だが今はセイア一人で私の出自の隠蔽と、出世のための根回しをやってもらわなくてはならない。

 いわば初期の動きはセイアに掛かっているのだ。計画を前倒しにした以上、なおさらそれは強まる。

 

「任せて欲しい。もう私は『病床のお姫様』ではないからね」

 

「……意外と根に持つのねあなた」

 

 私が昔言った発言を持ち出してセイアは言う。昔はコミュニケーションが苦手な子だったのに、今となってはこうも言い返してくるようになったのだ。

 

「それでは、あなたも頼んだよ。この計画はアリウス併合をあなたが指揮する事が前提なのだからね」

 

 そう言ってセイアは退室する。ここに居たという痕跡を残さず帰る事になるだろうから見送りは不要だろう。

 

 私は椅子に座り、紅茶を飲みながら考える。

 

 私は負けたのだ。あれだけの犠牲を出し、多くの人を死に追いやって、負けた。

 

 自分自身は一度を除いて勝ち続けたと言っても、指揮を執れなくなった結果、組織が壊滅していては何の救いにもならない。

 

 なんて惨めな事だろう。血塗れの道を歩んできて、いつか犠牲に報いるからと周囲に負担を強いながら負けた。

 

「見どころのある子が大勢いたのに……」

 

 9年だ、私が育てていたアリウスの子供たちは、もう私と同じくらいの年齢になっているだろう。その子たちを戦争に巻き込まないために皆は戦っていたのに、結局戦争に巻き込んでしまった。

 

 自分たちの代で戦争を終わらせるために、周囲は私を皇帝に祭り上げたのに。戦争しかできない、この私を。

 

「あの子たち、きちんと暮らせているかしら」

 

 そんなはずがない事くらい、私は理解している。まともに暮らせる状態ならこんな方法で戦争を仕掛けて来ない、もしくはそもそも戦争なんてせずにあの自治区で暮らしているだろう。

 

 子供がご飯をきちんと食べて、勉強をして教養を身に着けて、愛情を受けて育つ。それがあるべき姿なのだ。少なくとも、私の周囲はそう認識していた。

 

 なのに───

 

「負けた」

 

 私の口から、とうとう音となってその屈辱的な言葉が出てくる。

 

 私はやり切れない思いで立ち上がる。仕事でもしよう。落ち込んでいた所で何の役にも立たない。

 

 そう思って動き出そうとすると、再び扉が開いた。

 

「セイア?」

 

 セイアが何か言い忘れて戻って来たのかと思って私は声をかけるが、扉が開ききってその正体に気づいた。

 

「ミネ、どうしたの」

 

 私が声をかける。ミネは寝間着だった。ここは客間であって寝室ではない。

 

 故に聞いた私の問いに、ミネは凛とした声色ではっきりという。

 

「姉様、一緒に寝ましょう」

 

「はい?」

 

 私は首を傾げた。

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