今回は話があまり動きませんが、次話から動きます。よろしくお願いします。
私は向かいに座るイチカを見る。正義実現委員会の管理する建物の一室で、私とイチカは机の上の資料を眺めていた。
「それで、捜索の状況は?」
「成果なしっす。これだけ巨体なら目立ちそうなんすけどね」
イチカは手に持った写真を眺めた。そこには栗浜アケミが映っていた。周囲に居るスケバン達よりもひときわ高い背丈は遠目からでも見間違える事は無いだろう。
それなのにアケミの目撃談は初期の情報以来入ってこなくなってしまった。
「妙な話ね、あれだけの大物が消息を絶つなんて」
「懸賞金が掛かっているから長居しないにしても、少し情報が少ないっすね。捕まえたスケバンたちも知らないみたいですし」
「……どっかの派閥が庇ってるとか?」
私は疑念を口にする。つまり他派閥への攻撃やけん制のためにアケミを庇っている派閥があるのではないかというのが私の考えだ。
あれから丸っきり情報が消えているのは流石におかしい。それほど高度な隠蔽能力がスケバン達にあるとは思えないし、ならいっそトリニティ側の権力者の協力があるのではという推測だ。
「もしそうならお手上げっすね。『見つからなかった』が結論になるっす」
イチカは言葉は正しい。正義実現委員会に政治に関与する権限はない。現場の領域では力があっても、政治の領域に行ってしまえば完全に干渉できなくなってしまう。
所詮、正義実現委員会は治安維持のための武力でしかないのだ。私は頭を抱える。
「はぁ、なんで上層部が裏切ってる心配しなきゃいけないのよ。こんな有様でゲヘナと戦えるのかしら。連中が攻め入ってきた時まで派閥闘争を優先したりしないわよね」
「そこは……愛校心に期待するしかないっすね」
イチカは肩をすくめる。気持ちは私と一緒だろう。
自治区の上層部が派閥闘争のために犯罪者と共謀している事を考慮しなくてはいけない程に激しい政治的内紛が問題なのだ。
ティーパーティーの権威は強いが、それでも各派閥の首長の裁量は無視できる物ではない。元々違う学園であったという歴史を引きずり続け、惰性の結果生まれた非合理な分権制は醜い派閥闘争を呼んだのだ。
分権制は緩い連帯を維持する目的なら問題はないだろう。だが一つの組織になるなら避けるべきだと私は思う。
まさに今のトリニティのように、派閥同士で相手を蹴落とし合う状況は最も避けるべき事態を招きかねない。
『内戦』
協力すべき共同体の内側で敵を見誤り、互いを裏切者として報復合戦を行う。あの唾棄すべき愚行をここでも繰り返す訳にはいかない。
最も、その『唾棄すべき愚行』で成り上がった私に比べれば、政治闘争で身内の脚を引っ張る程度は可愛らしい物なのかもしれないが。だとしても、その芽は摘んでおくべきだ。
「とにかく捜査は継続するべきよ。もし私の『邪推』が事実だったとしてもね」
「事実だったらどうするんすか?」
「なんとかするわ。私こう見えて友達が多いのよ」
私は笑って見せる。こっちにはサンクトゥス分派とヨハネ分派の次期首長が身内に居るのだ。セイアを拝み倒す事請け負いだが、私の昇進とトリニティの繁栄の為だったら力を貸すだろう。
「それなら心強いっす」
イチカはそう言って笑う。
正直良い後輩だと思う。この短い間でも私はイチカの人当たりの良さを感じていた。その上で才能があり努力も怠っていないのだから文句はない。
強いて言えばいまいち情熱的でない所があるが、成功経験を積み重ねていけばきっと熱意を持つようになるだろう。
だからこそ誤解は解いておきたい。イチカとは今後も良い関係を築きたいし、将来行うだろう外征の時にも味方として残しておきたかったからだ。
今でこそ私の監視役だろうが、いずれは私の配下になるのだし仲良くして損はない。そう思った私は口を開く。
「あのねイチカ、この前の事なのだけど───」
しかしその言葉はノックの音に遮られる。続いて聞こえる声は聞き覚えのあるものだった。
「会議中すみません、少しよろしいですか」
「別に構わないけれど、どうかしたの副委員長?」
部屋に入って来たのはハスミだった。表情は明るく、私の存在を認めるや否やズカズカと大股歩きで近寄ってきた。
「なによどうしたの」
ハスミは珍しい事に私より背が高い生徒だ。殆どの生徒が自分より背が低い私にとって、自分より背が高い存在はどうにも慣れない。それが勢いよく近づいてきたら少しばかり気味悪さを感じてしまう。
だが私のそんな感情とは違い、ハスミは笑顔を浮かべて私の手を取った。
「先日の作戦お見事でした。やりましたね! 同じ二年生として誇らしいです」
「部下たちが頑張ったのよ。訓練通りの動きをしてくれたから上手くできたわ」
やたらテンションの高いハスミに私は戸惑ってしまう。
確かにそれなりの戦果なのかもしれないが、非正規部隊相手に倍の戦力があって負ける事などそうそうない。正直勝って当然の戦いだった。
それを思うとハスミの喜びようは少々おかしく思えた。
噂に聞く三年組との不仲が原因だろうか。現委員長の素行不良は私も知っているし、生真面目なハスミとは相性が悪いのだろう。委員長のシンパとも同様だ。
だとすれば由々しき事態だ。今の私の立場で幹部同士の権力闘争に巻き込まれてはたまらない。
「もしお時間がよろしければ詳細を教えていただけますか?」
「それはもちろんよ、何でも聞いてちょうだい」
だがいきなり逃げ出すのも失礼だろう。どうにか面倒ごとに巻き込まれないように受け答えをしなくては。
私は覚悟を決めた。
「疲れたわ……やっぱり自分が下っ端の権力闘争は嫌なものね」
ハスミやイチカと別れた私は、家路の途中で伸びをする。ハスミから質問攻めにされたが、どうにか特定の派閥に与するような言動は避けた。
戦場で成り上がった身の上としては、こうした銃後の闘争には慣れていなかった。陰謀に触れる機会が増えた頃には私は最高権力者だった。今の立場とは真逆である。
「珍しいわね、なんの集まりかしら」
慣れない事にフラフラになりながら道を歩いていると人ごみに遭遇する。
一体何の集まりだろうか、一般生徒だけでなく正義実現委員会、シスターフッド、挙句にはティーパーティー傘下の制服まで見受けられた。
怪訝に思い近づくと、その集まりの正体が分かった。
「ハナコさん、ぜひあなたの知性をティーパーティーで活かしてください。一緒にトリニティを良くしていきましょう」
「いえ、あなたほどの方ならきっと世に正しい教えを広められるはずです、ぜひシスターフッドに!」
「参謀養成コースも今なら間に合います! ぜひ正義実現委員会に!」
口々に勧誘の文句を口にする集団。その中心に居たのは浦和ハナコだった。
セイアの言う通り、その抜きんでた知性を目的に様々な組織から勧誘が来ているようだ。
「その、本日は予定がありますので……」
苦笑いを浮かべながら断ろうとするハナコ。だがその遠慮がちな声は周囲の喧騒にかき消されてしまう。
どうにか意思を伝えようと周囲を見回しているが、あれでは集団に自分の意志を伝えることはできないだろう。
セイアの友人が困っているのだからやむを得まい。私が手本を見せてやることにしよう。
私は腹部を大きく動かすことを意識しながら息をする。さあ優秀な指揮官の何たるかを見せる時だ。
「ごきげんよう!」
あらんかぎりの大声で私は言った。すると群衆は一斉にこちらを振り向き驚愕した表情を見せる。
その様子は少しばかり愉快だった。私は無線機の無い世界で指揮官をやっていた女である。騒音の中で声を通すのは慣れたものだ。
私が群衆の間を進む。私が退けるまでもなく、周囲が私を避けて自然と道ができた。
「あなたが浦和ハナコね、はじめまして。私は蒼森ユミよ」
「はい、初めましてユミ先輩」
私はハナコに話しかける。ハナコの表情は固い愛想笑いのままだ。
別にこのタイミングで勧誘がしたい訳ではないが、初対面の印象は大事だ。どうにかここで私に好印象を抱くようにしたい。
だがどうすればいい。私は別にお嬢様の口説き方に詳しいわけじゃない、というか怒らせてばかりの人生を送ってきた。しかも相手は見るからに神経質で、臆病で、そのくせ割とプライドが高いタイプだろう。
時間をかけすぎれば衝撃から立ち直った群衆たちがハナコを再び取り囲むだろう。奇襲とは敵が衝撃から立ち直る前に目的を果たすべきだ。その基本を活かさない手はない。
兵は拙速を尊ぶのだ。あれこれ考えていても仕方がない。
「ちょうどあなたに話があったのよ。ほら! 行くわよ!」
私はハナコの手を握り引っ張った。そのまま群衆の間をハナコを引いて進んでゆく。
以外にもハナコは抵抗しなかった。群衆を鬱陶しがっていたからだろうか、だが今の私にはちょうど良かった。
「ちょっと! 待ちなさい!」
「ほら急ぐわよ」
我に返り追いかけてくる群衆から逃れるために私は走るスピードを速くする。だが手を引きながらでは群衆を振り切るスピードは出せそうにない。
そもそもハナコとは20cm近い身長差があるのだ。歩幅も歩くペースも違うし、そもそも軍人と民間人という差もある。私が求めるペースで走るのは困難そうだった。
「しょうがないわね、掴まってなさい!」
「きゃっ!」
ならば仕方がない。私はハナコを抱え上げて再び走り出す。ミネ程の怪力な訳では無かったがこれでも前線勤務である。気絶した隊員を装備ごと運ぶに比べれば、ハナコ一人持ち上げるくらい楽な物だった。
そのままの勢いで私は目的地への近道にあるフェンスを飛び越え目的地へ向かう。ミネやツルギがおかしいだけで私も運動神経はいい方なのだ。
そうして追いかける集団を振り切る勢いで、私は目的地の駐車場に到着する。
「ほら、追いかけてくる前に逃げるわよ」
ハナコを下した私は駐輪場に停めてあったバイクのエンジンを始動する。排気量相応に大きいエンジン音は私たちがここに居る事を喧伝しているようなものだった。
ハナコは混乱しているのかのろのろとした表情のままバイクに跨った。エンジン音で聞こえづらいのは承知の上なので、身振り手振りでタンデムステップの位置などを教える。
「飛ばすわよ!」
私はスロットルを開き、それに答えたエンジンは快調さをアピールするように音を響かせた。
1200ccのエンジンは後席の一人分の重量を全く感じさせない加速で車体を速度に乗せる。そのパワフルな加速感に私は笑みをこぼした。こればかりはアリウスでは味わえなかった興奮だ。
血の通った馬の暖かさと賢さは愛するに値する物だが、どんな馬よりもずっと速く正確に動くこの鉄の馬もまた愛すべき存在だった。
私は風を切りながら、追跡を振り切るためにバイクを走らせた。
「その……悪かったわね……」
私はファミレスの席で、青い顔でぐったりするハナコに謝罪する。どうにも彼女はバイクに乗るのは初めてだったらしい。
初めてのバイクで、それも見ず知らずの人物の後ろに乗るのだ。大排気量エンジンの振動や加速もハナコを怖がらせる要因だったろうが、一番の恐怖は転倒に対する物だろう。
きちんとギリギリ違反を取られない程度の速度で走ったのだが、はしゃぎすぎてしまっただろうか。この前にミネに怒られたばかりなのだ、また大目玉を喰らうのは御免だ。
「けど逃げ切れたじゃない、結果オーライよ。ね?」
言い訳がましい私の言葉にハナコは眼を閉じる。本当に体調が悪そうだ。
何か飲み物を飲んで落ち着いた方が良いだろう。私は注文をしようと思い店員を呼び寄せた。
「お茶を貰えるかしら、2人分ね」
アリウスにはレストラン自体無いので初体験だ。要は気の利かない給仕を相手にするような物だろう、そう私は思い注文したが店員の反応は芳しくなかった。
「あの、それはドリンクバーのご注文でしょうか?」
「ドリンクバー? 私は紅茶を注文しようと───」
困惑した様子で質問する店員。私はお茶を頼んだだけなのに何故「ドリンクバー」なるものが出てくるのだろうか。
そう思って聞き返す私の言葉をハナコが遮った。
「───はい、ドリンクバー二人前で間違いないです。あとティラミスとアイスをお願いしますね。それでよろしいですね、ユミ先輩?」
「ええ、任せるわ」
そう言ってハナコは注文を了承する。どうやら詳しいらしい。門外漢が関わるべきではないだろうと私はハナコに注文を任せることにする。
店員は手元の端末に注文を入力した後、挨拶をして奥に下がっていった。変わったシステムである。
「もしかして、ファミレスに来るのは初めてなのですか?」
「初めてよ。食事はいつも手配されているか糧食の二択だから来る機会が無かったの」
そう言うとハナコは目を丸くする。そんなにおかしい事を言っただろうか。
ハナコは笑みを浮かべると、席を立ちながら言った。
「では飲み物を取って来ます。先輩も紅茶でよろしかったですね」
「え? 何でハナコが取りに行くの?」
なぜ食事をする私たちが席を立つ必要があるのだろうか。頼んだのだから飲み物は運ばれてくるのでは無いのか。
私の言葉を聞いたハナコは、またぽかんとした表情で私を見つめる。また何か失言をしてしまったらしい。
だがハナコの浮かべた驚きは次第に笑顔に変わった。ようやく愛想笑い以外で笑ったのだ。
「ふふっ、意外と箱入りな所があるんですね」
「うるわいわね、身内が過保護なのよ」
私がそう言い返すと、ハナコはもう一度微笑んで飲み物を取りに行ってしまった。
その背中を見ながら私は思う。世相を学ばなければ。民衆の支持を得たいのだったらその生活や生業を理解するべきだ。
「やる事は多いわね」
私はそう独り言を言った。
†
ハナコはドリンクバーコーナーで紅茶を淹れながら、ふとユミのことを考える。
奇妙な人。それがハナコが抱いたユミへの感想だった。
ユミは有名人だ。全く存在を匂わせていなかった蒼森ミネの義姉。傲慢な性格で周囲に迎合しない。背はかなり高く、整っているが性格の鋭さと反骨精神を感じさせる容姿。どれもこれもトリニティで噂が流れるには十分な要素だった。
とんでもない野心家で暴行癖のある激情家だとか、偏執的な姉妹愛の持ち主で義妹と仲良くすると睨んでくるだとか、軍事的天才で今すぐに成り上がる投資対象だとか、ハナコが収集した噂はその程度である。
こんな形で接触する事になるとは流石のハナコも想定していなかった。この権謀術数渦巻く魔境トリニティで、情報を持たずに相手と接触する事は銃を持たずに出歩くと同義であった。
特に直接話し合うのは危険だった。なぜなら───
「……悪い人では無さそうですね」
───客観的事実という正確さに、己の感受性という不正確が混ざってしまうからだ。
ハナコは早くもユミに好感を抱き始めていた。
強烈で、我が強い。周囲に染まる事など有り得ないと己の道を進んでいる。
それが単に愚かなのか、異常な気の強さに寄るものなのかハナコには分からなかった。だが今日ユミが怒鳴りつけた相手には、ティーパーティー傘下組織の幹部や正義実現委員会の先輩が居た。
なのにまるで動じた様子はなく、平然と自分と接している。それが無理をしているのではなく自然体である事はハナコも理解できた。
それがハナコには、はびこる陰謀と裏切りに疲弊したハナコには羨ましく見えたのだ。
噂に違わぬ行動力もハナコの興味を惹いた。反応を見るに偶然騒ぎに出くわしただけなのに、即断即決で自分の手を引いてあの場を離脱した。お姫様抱っこをされたのも、バイクに乗せられたのも少し怖かったが、悪い気はしなかったのだ。
そして任務で戦果を挙げ、学業でも学年有数の成績を残す文武両道の才媛だ。全く完璧な存在だ。
だからこそ奇妙だった。
「なぜ、今まで無名だったのでしょうか」
向上心が強く、あからさまな野心家であるユミが、なぜ今の今まで何の地位もない無名の身分に甘んじていたのだろうか。
あり得ないだろう。周囲を恐れず、さも自分が頂点であるように振る舞う事のできる彼女が、何もせずに只のうのうと日々を過ごす事など考えにくい。
異常なほど勤勉で、信じられないハードスケジュールを平然とこなしてみせるユミの噂はハナコも耳にしている。成り上がるためなら努力を惜しまないだろう存在だ、経歴と矛盾している。
「それとなく探りを入れてみましょうか」
ハナコは決意を固めた。
野心家である以上、ユミは陰謀の中心に飛び込むだろう。だが野望を叶え目的を達成した後なら平穏な学園生活を送っているかもしれない。
その頃になったら、友人として付き合ってみるのも悪くないのではないか。
ならばユミの過去や経歴を知るべきだろう。友達になる以上、後腐れが無いように隠し事は無しで行くべきだとハナコは思う。特に陰謀と裏切りに満ちたこの学園ではなおさらだ。
そう思い、ハナコは紅茶を持って席へ向かう。初めてできるかもしれない友達に期待と不安を抱えながらも、しかしその足取りは軽かった。
「……え?」
しかし席に戻ったハナコが見た光景は、彼女の想像を超えていた。
テーブルに置かれたメモ、窓越しに見えた走り去るバイクの姿、困惑した顔の店員。
ハナコはメモを見ずとも状況を察していたが、一応中身を確認することにした。
『諸々の料金は店員に預けました。急用ができたから帰ります。あなたも用事に遅れないように』
「……はぁ」
台風みたいな人だ。そういう所は義姉妹の割に似ているのかもしれない。熱狂的な情念のまま動き続ける、火の玉みたいな人。ハナコはそう思う。
もしかしたら野望の成就のために勧誘を受けるかもしれないなどと考えていた事が、急に馬鹿馬鹿しくなったハナコは、笑顔のまま哀れな店員の対応を行う。
そして渡された、多すぎる料金とタクシー代にユミもまた名門のお嬢様なのだと感じてしまう。あれだけ破天荒で我が強いのに、ドリンクバーを知らなかったり金銭感覚がおかしかったりとしっかりお嬢様なのだ。
ホッとした表情で帰ってゆく店員を見送り、ハナコはつぶやく。
「その割には、結構悪筆なんですね」
多面的で人を飽きさせず、やたらと行動力があり人を振り回す。案外あのような人こそ、人を惹きつけるのかもしれない。
嵐のように去っていった風来坊を想いながら、ハナコは解けつつあるアイスを口に含んだ。