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派手な音を立てて扉が閉まるのを見たハスミはため息をついた。
「いや、凄い言われようだったっすね」
「仕方がないでしょう。あの不遜ぶりで反発がない方がおかしいです」
やれやれと肩を落とすイチカの横で、ハスミはもう一度ため息をつく。
出て行ったのは大隊長を務める正義実現委員会の幹部で、一応はハスミの部下に当たる人物なのだが神経質な性格な上に3年生であり、ハスミにとって接しづらい人物であった。
そんな人物が、あの問題児『蒼森ユミ』の上官なのである。
悪気はないのだろうが素の傲慢さがにじみ出ているユミと、年功序列と伝統を重んじる保守的なタイプの上官。
そんな二人が反りが合うはずがない。さんざん衝突を起こしては大隊長がハスミに解任要求を突きつけに来るのが一連の流れになっていた。
しかし問題はそれだけでは無かった。
「これが単純な性格の不一致なら楽なんすけどね」
イチカが渋い顔をする。ハスミも首を縦に振り同意した。
「根本にあるのがドクトリンの相違なのですから、理解しあえるはずがありません。ある意味別の組織に属している様な物なのですから」
単純にユミが無礼な態度を取り、大隊長がそれに怒っているという構図ならハスミも仲裁がしやすかった。
だが大隊長にもなった幹部である、部下が無礼な人間だとしても優秀であったら使い続けるだけの度量のある人物でもあった。
そんな人物がしつこい程の解任要求を出しているのは相応の理由があるのだ。
大隊長はこう言った。
『ユミ中隊長は行進訓練ばかりを行い個人技能を疎かにしています。これでは部員個人が自分で判断して事案に対処する能力を喪失してしまいます。私は優秀だった第1中隊が破壊されていく様を諦観する事はできません!』
ハスミも言わんとすることは理解できた。正義実現委員会はトリニティの治安組織であるのだ。
捕縛対象の組織と陣形を組んで衝突する場面よりも、発生した事件に現場周辺にいた小部隊が急行して個別に対応する場面の方がはるかに多い。
ならば陣形の変更や行進に関する訓練ばかり行うよりも、射撃や地図の読み方、運転技術などの個別に行動するための技術を鍛えるべきでは無いのか。それが大隊長の意見だった。
実際に正義実現委員会はその理論、つまりは治安組織としてのドクトリンに基づいて組織を設計しており、ユミの行っている事は組織の方針に違反する物だった。
「ですが一人くらい別の思想を持つ部員が居なくては組織は滅びますよ。特に正義実現委員会は軍事組織であるという意識がある部員が居なくなっては、事が起こればそれでお終いです」
ハスミはそう言いつつ、ユミの訓練報告書を眺める。
ユミの考えははっきりしていた。執拗なまでの行進訓練。つまり陣形を組んだ集団を素早く行進させ、先手の有利を取るための訓練だ。
それが役に立つのは敵も味方も大部隊を動員している状況、正規戦である。
ユミは規則違反者を取り締まるよりも、他学園の正規部隊と戦うことを想定して部隊を鍛えているのだろう。特に、不穏な動きを見せるゲヘナとの衝突のために。
「昨年の騒動以来トリニティでは大規模な衝突はありませんでした。古くから治安維持に偏重する傾向は強かったですが、最近はそれがより顕著です。それでは他学園と衝突が起こった場合に不利を強いられてしまいます」
「だからこそ、あのように正規戦に偏重した人材が必要なのですよ」とハスミは言い笑みを浮かべた。
「『砲兵が砲で戦うように、歩兵は歩いて戦う』だったっすよね」
イチカはユミが日ごろ言っていた言葉を引用する。正義の心得だったり、治安の改善など全く考えにない言葉にはユミの思考が透けて見えるようだった。
「そうです。だからこそ彼女が結果を残してくれて私は嬉しいです」
その言葉を聞いてハスミは笑う。
先日のスケバン2個小隊の捕縛劇はユミの訓練の成果の現れだった。
イチカの率いる1個小隊の足止めも見事だったが、それ以上にユミ率いる3個小隊の機動もまた見事な物だった。
相手を奇襲して、衝撃から立ち直れない内に半包囲を形成。そして敗走した相手を重機関銃と障害物を配置したキルゾーンに追いやって壊滅させた。
この一カ月でよくここまで鍛えたとハスミは感心する。小隊同士の迅速な連携はユミの施した訓練によるものだろう。大隊長の考えが間違っていないように、ユミの考えもまた正規戦をする分には正しい物だった。
「おかげで私は大隊長の説得に成功しましたからね。だからこそ、ユミにはもっと戦果を挙げていただかなくては」
ハスミは先日の戦果を持ち出して『訓練は無駄ではない』と説得することに成功したのだ。実際に成果を挙げてくれれば庇うのも簡単になる。
もっと成果を挙げてくれれば、ユミの行っている正規戦の訓練も正義実現委員会で正式に採用する事も可能になるだろう。
ハスミがそう考えながら仕事に戻るべく資料を手にしたとき、部屋の電話が鳴り響く。
「はい、副委員長っす」
電話に出たイチカが答える。その声はごく穏やかな物だったが、すぐに驚愕の声に変る。
「第3小隊が壊滅? ユミ先輩いま現場に居るんすか?」
ハスミは頭を抱えた。騒ぎを聞きつけた大隊長が文句を言ってくるのを予期したからだ。
†
「まあスケバンの大勢力が居るのは事実でしょうね。なんで捜索網に引っかかっていないかは謎だけど、うちの1個小隊が報告もできずに壊滅するって事は相当の戦力なのは事実よ」
私の目に映る光景は悲惨な物だった。
車両が燃えている影響で立ち上がる黒煙が視界を悪くし、その煙の下では負傷して行動不能になった隊員たちが外に運び出され治療を受けている。
「敵集団は撤退したらしいしイチカは別に来なくてもいいから。副委員長に現状の報告だけしておいてちょうだい。それじゃ」
私はそう言って電話を切る。事態は思っていたより深刻だ。
いくら武装した状態での行き来が楽なキヴォトスといえど、指名手配犯とその周辺人物の警戒くらいは行っている。アケミの率いている集団がトリニティで暴れていればそれ相応に情報が入ってくるはずである。
「……なのに今回も目撃談は無し。どうして?」
救助が終わりつつあり手すきになった部下に監視カメラの映像を確認させているが、この調子では期待薄だろう。
この神出鬼没ぶりは一体なぜだ? あの目立つ見た目の人間が周囲の注目を浴びないはずがない、変装していても情報は簡単に集まるはずだ。
もしかして、アケミはもう既に居なくなっていて───
「中隊長、救護騎士団のセリナです。少しよろしいですか?」
「ええ、どうしたの?」
私が声の主の方を向くとそこには小柄な桃色の髪をした少女が立っていた。
「負傷された部員たちの搬送経路についてなのですが、なぜ複数に分けているのですか?」
「ああその事。単純に道路のキャパシティを気にしただけよ。全滅した小隊を丸ごと運ぼうとなれば、車両も結構な台数になるでしょ。変に詰まって到着が遅れたら良くないわ」
嘘だ。実際は1個小隊を簡単に壊滅させられる敵の存在に対して、現状戦力では負傷者の輸送に対する万全な護衛など望むべくも無い。せめて全滅回避のために分散しただけだ。
だがセリナは納得したようでこくりとうなずいた。素直で良い子なのだろう。
「そういえばキョウカ……小隊長の容体はどう? 話しても問題が無さそうなら今のうちに情報を交換しておきたいのだけど」
この壊滅状態にある第3小隊の小隊長の事である。自分に連絡を寄越したのは彼女なのだから、会話が不可能な状態ではないのだろうが一応は聞いておきたかった。
「はい、意識ははっきりしていて受け答えが可能な状況ですが、怪我の具合がかなり酷いもので……」
「なるほど、会話自体は可能なのね」
私がそう言うとセリナが少し怪訝な顔をする。私が小隊長を責め立てるのではないかと疑っているのだろうか。
誤解を解くべく私は説明する。
「そう怪訝な顔をしないで頂戴。単純に襲撃時の状況について確認しておきたいだけよ。時間が経てば経つほど状況は変わって情報の鮮度は下がるわ。なるべく早く確認したいの」
「……ミネ先輩に確認を取ってきます」
しまった、さてはミネから私の事を聞いているな。そう思った私は去り行くセリナの背中が十分遠くなったことを確認してから救護テントの方へ走った。
ミネがここにやってきたら何が起こるかは簡単に想像がつく。けが人に配慮しない私に怒り狂って散々怒鳴った挙句、実力行使で止めに来るのだ。
別に非人道的な行いをする訳でも無いのに、一度怪我をしたらさも自分の領分だとばかりに我が物顔をする。昔から一度決めた事を曲げない子だったが、時折それが頑迷さに繋がっているのは少々頂けない。
「まあアレも美点かしらね」
ただ意志薄弱な者には何も成せない事を思えば、多少頑固なくらいが丁度いいだろう。自分の進む道を固く信じ続ける事ができなければ、進退窮まった所で心が折れてしまうものだ。
悲願の成就には、己の征く道の為に人を殺すくらいの覚悟が必要なのだ。
別にミネにそこまでして欲しい訳ではないが、何かと理由をつけて夢に目を背けるような奴に明日はないだろう。
「入るわよ」
私はそんなことを考えつつ、救護テントの中に入る。中には負傷の治療を終えた部員たちが収容されてた。
私はざっと見渡して小隊長を見つけ、そのそばに近寄る。
「キョウカ、随分としてやられたじゃない。大変そうね」
「これは、中隊長……」
私がニヤニヤしながら話しかけると、第3小隊長のキョウカは申し訳なさそうに笑った。
キョウカの負傷具合は深刻だった。至近距離から爆発を、おそらくロケットランチャーの類の至近弾を喰らったのだろう。爆発による裂傷と破片のせいで全身包帯巻きになっていた。
「申し訳ございません。敵がいる可能性を警告していただきながら、この様な失態を……」
「何よ謝ったりなんかして。全戦全勝しろだなんて言う気はないわ。今回やられた分、後で敵を叩きのめせばそれでいいわ」
実際、この規模の襲撃を想定していなかった私のミスもある。あからさまな判断ミスや怠慢があったならまだしも、瞬殺されるような敵に勝てと言うほど私は無能ではない。
キョウカは私の言葉に少し安心したようだった。なので私は早速本題に移る。
「それで、あなたたちを襲撃した連中の規模と様子はどんな感じだったの?」
「不意打ちをされすぐに部隊が壊滅してしまい、ほとんど確認ができませんでした。ですが相手の指揮官は金髪で長身の人物でした」
「なるほど。色々不明なところはあれど、あなたたちが一方的に撃破される程度の相手って認識は間違い無さそうね」
キョウカは無能ではない。成長しても大部隊を率いるまでには至らないだろうが、小隊長としては十分すぎるくらいの才能はある。
真面目だし普段の業務も良くこなしている、そんな彼女の小隊が一方的にやられるというのは、やはり相手が上手だったと考えるべきだろう。
「被害の報告を見るに、複数の分隊に別れて行動していたところを同時に襲撃されたのでしょう。妙に統率が取れているわ、正直スケバンらしくないやり方ね」
襲撃のあったこの市街地の複数部隊に別れて捜索している時に襲撃されたのだ。それを同時に行ったとなれば、スケバンらしからぬ統率だ。
「襲撃の仕方も妙でした。いつもはいきなり姿を現して撃ってきますが、今回はトラップと爆発物でのかく乱の後、まだ動ける部員たちを撃つ戦法でした」
キョウカもまた意見を口にする。現場で戦っていたキョウカも違和感を感じているのであれば、何かしら相手に異常があるのは間違い無いだろう。
情報を聞き出すのはこれで十分だ、ミネに見つかって面倒になる前にさっさと立ち去ろう。
その前に一つ疑問を口にする。なぜ完全に壊滅状態になったにも関わらず、隊長のキョウカが捕虜に取られていないのだろう。
「というか良く相手に捕虜を取られたりしなかったわね、相手も急いで逃げたみたいだし」
「ご存じ無かったのですか? 爆発音を聞きつけたミネさんが近場に居た団員をまとめて駆けつけてくれたのですよ。接近に気づいた相手は増援だと思って逃げたみたいです」
「なるほど、流石はミネね」
私は頷く。やっぱりあの子は優秀だ。去年の騒動でもかなり活躍したみたいだし、私の目に狂いはなかったのだ。
ご機嫌になった私は現場を確認して回るべく、キョウカに礼を言う。
「ケガしてる中、色々聞いて悪かったわね。早く怪我を直して復帰しなさいよ? またこき使ってあげるから」
「相変わらず人使いの荒いお人ですね、中隊長は」
「この一カ月で散々思い知ったでしょ? まあ安心しなさい、働いた分だけ偉くしてあげるから」
私がそう言って笑うと、キョウカは怪我の苦痛に顔をしかめながらも笑って見せた。その笑みは今度こそ本心からの笑みで、後悔や悲しみの感情の無い物だった。
「それじゃあね、養生しなさい」
安心した私は余計な騒ぎにならない内に救護テントを出ようと出口に向かう。
だが遅かった、私としたことが兵法の基本を忘れていたのだ。
時間は、金や命よりも重たいのだ。
「この救護を求める者たちの場で、一体何をなさって居るのですか? 姉様」
最悪に機嫌の悪いミネがそこに居た。
†
「撤退の首尾はどうだ。アケミ」
「上々ですわ、一人の落伍者も無く撤退しています」
アケミは大きな音を立てながら運んでいた重機関銃を地面に置く。重機関銃とは車載だったり設置したりして使用するもので、常人ならばとても一人で運べないような代物である。それを彼女は一人で三丁も運んできた。
「……噂通りの怪力だな。それなら次の作戦も上手くいきそうだ」
「頼もしい限りですわ、『サリエリ』さん。あなたの立てる作戦は気に食わない所が多いですが、あの子たちを助けるためです。多少の非道にも目をつぶりましょう」
サリエリと呼ばれた生徒はスケバンたちから浮いた風体だった。女性としてはそれなりの長身で、長い黒髪の目立つ見た目だ。だがそれ以上に顔を覆う仮面が周囲のスケバンたちと彼女の所属が違う事を示していた。
周囲のスケバンたちはサリエリの事をじろじろと睨む。異様な風体だけでなく、戦勝ゆえに明るい雰囲気のスケバンたちとは裏腹に暗い雰囲気を崩さない事がさらに異物感を強調させていた。
「コホン、それで次はどうなさいますか? 私としては本部に襲撃をかけて掴まった子たちを助けたいのですが」
功労者であるのに周囲から疎まれているサリエリを見かねてアケミはフォローに入る。
今回、正義実現委員会襲撃の作戦を立てたのはサリエリだった。正義実現委員会の進路を読み、襲撃場所の選定を行い、襲撃のタイミングも計った。襲撃の成功は彼女の成果と言ってもよかった。
「良いじゃないですか姐様! やっちまいましょうよ」
「そうだそうだ! 正実なんざ怖かねえ!」
今回の戦勝で勢いづいたスケバンたちはアケミの意見に賛同する。基本的に勝つことの少ない正義実現委員会相手に完全勝利を挙げた事で浮かれているのだ。
スケバンたちは戦闘経験こそ多いものの、戦術的な判断ができる訳では無い。
その事を理解していたサリエリは雰囲気に容赦なく水を差す。
「それは無謀だ。確かに正義実現委員会の1個小隊には勝てただろう。だがそれは数の利がこちらにあり、進路上で待ち伏せをした結果だ。攻撃三倍の原則は知っているだろう。数と地の利が相手にある本部襲撃はあり得ない」
冷静な理論で水を差された結果、スケバンたちは押し黙る。だがスケバンたちは感謝する訳でも無く、むしろ恨めしそうにサリエリを睨んでいた。
サリエリもまた周囲に失望していた。明らかに練度に劣り、装備に劣り、統率に劣る無い無い尽くしの部隊が自分の力量もわきまえずに暴走しようとしているのだ。
飛んで火に入る夏の虫の有様だ。命令でスケバンたちに手を貸しているが、これを思えば普段の自分の部下たちがどれだけ優秀か身に染みて感じるほどだ。
「なるほど、ではどのようになさいますか?」
険悪な雰囲気にため息をつきながらもアケミは話を進める。どうであれ正義実現委員会に囚われた仲間を救出するにはサリエリの助力が必要だ。
サリエリは少し考えた後に考えを口にする。
「蒼森ユミの中隊を襲撃する。あの中隊長はトリニティ上層部との関係も深い。もし捕縛できれば捕虜交換の形式で取引できる可能性がある」
サリエリが言った作戦はスケバンたちの仇でもある蒼森ユミを捕縛し、彼女と親しい上層部に揺さぶりをかけて捕虜交換で仲間を開放するという内容だった。
アケミたちはあの蒼森ユミがそのような立場であるという確証は無かったが、苗字通りに蒼森家の人間である事くらいは知っている。名門の娘なら何とか取引に持ち込めそうだと納得することはできた。
「トリニティがそれに応じなかったら?」
アケミは相手が取引に応じないのではないかと考えていた。
所詮、自分たちはアウトローである。テロリストや犯罪者と取引しないと言うのは、学園社会の中でも常識として浸透していた。
歴史と伝統があるトリニティにおいて、犯罪者と取引するリスクはかなり大きい。特に内部分裂が著しいトリニティではそれを弱みとして敵対派閥に利用される可能性もあるのだ。
「その場合は私たちが蒼森ユミの身柄を現金で買い取ろう。最低でも八千万は出すと約束する、私たちも奴に用があるからな。取引に応じたらそれまで、応じなければその資金を元手に活動を続ける。それでどうだ?」
「それなら問題ありません。いつかはお礼参りをしなくてはと思っていましたから、渡りに船というものです」
サリエリとスケバンたちは初めて意見の一致を見せた。お互いに蒼森ユミに恨みがあるという共通点によって敵対的な雰囲気は比較的落ち着きを取り戻していった。
たとえ根本的に分かり合えないと言えど、共通の敵が居て上手くいっている間は問題なく共同戦線を張れる物だ。
「ところで、個人的な質問をしてもよろしいですか? あなたたちは蒼森ユミに一体何をされたのですか? もしこちらで手伝える事ならば多少の融通は効かせたいと考えてますが」
アケミはサリエリに質問する。親切心を装った質問だったが、事情を一切明かさない協力者について『正体を明かせ』と詰問する意図も含まれていた。
「答える必要はない。私たちと奴の因縁は単純な暴力で解決できる物ではないからだ。協力には感謝するがこちらの事情はこちらで対処させて欲しい」
なるほど、政治的な問題か。サリエリの回答にアケミはそう推測を立てる。
単にユミを痛めつけたいだとかであれば、自分の手を汚さずにスケバンたちにやらせるだろう。金銭面であればトリニティ以外に身代金を要求できる場所は無い。
ならば政治的に問題を抱えた状態なのだろう。蒼森ユミの身柄か、持っている情報のどちらかが目的のパターンだ。アケミはそう賢い方ではないが、長い裏社会生活の経験がそう判断させた。
ならば関わるとこちらも面倒な事になるだろう。アケミはそう考えた。
「とにかくだ、決行は近日中になるから襲撃の用意を整えておけ。今回潰した小隊が復帰しない内に勝負をかけたい」
そう言ってサリエリは立ち去った。
サリエリに課された任務は単純だった。蒼森ユミの身柄の確保、そしてそれが『本物』と確認する事。そして───
ヘイローを破壊する事。
大人たちが言うには蒼森ユミは、キヴォトスそのものに害をなす『青春の癌細胞』らしい。
サリエリはその言葉の真意を理解できないままだったが、ユミがかつて起こした事を思えばその害についても想像がつく。
「お前ほどの悪人が生きていけると思うなよ」
スケバンたちから十分に距離を離した後、サリエリはつぶやく。
サリエリは自分たちの不幸も苦痛も、ユミを含めたトリニティが原因だと信じていた。
思い出すだけで手が震えるような拷問も、いまだに受け入れられない家族の喪失も。ユミが原因だと思い込んでいれば心の均衡を保つことができた。
貧すれば鈍するのだ。聡明であるはずのサリエリは未だ、本来自分を苦しめる根源に気づけないままだ。
サリエリ───本名を錠前サオリと名乗る少女は、明日を信じられないまま迷走し続ける。
明日を信じ続ける
希望の光も、絶望の闇も、行き過ぎれば毒であると気づけない事が対照的な境遇にある両者の共通点であった。