ここからアケミ編終盤に差し掛かって行きますので、楽しんで読んでいただけますと幸いです。
感想、高評価などいただければ励みになりますので、よろしくお願いいたします。
「やっかいね、あの指揮官」
私は双眼鏡で相手の指揮官を見る。
正義実現委員会の犯罪データベースには載っていなかったはずだ。という事は逮捕歴の無い人物のはずなのだが、なかなかどうして手ごわい。
「ほらっ! 一丁上がりですわ!」
敵の指揮官が発砲する。
銃撃戦の中でも一際大きく響く銃声。発射された銃弾を受けて吹っ飛ぶ部員。それが彼女が構える銃の異質さを表していた。
中折れ式の水平二連。だが着弾の様子を見るにショットガンという様子ではなく、口径の大きさに関してもその通りだ。
ニトロエクスプレス弾、いわゆる象撃ち銃の類だろう。その古風な弾丸の銃声はまさしく50口径弾を思わせるもので、威力もまた同様だ。
「誤報だったのかしら……」
だが目の前の戦闘以上に、私はアケミの不在に意識が向いてしまう。
目の前の敵は厄介だがなんとかできる自信があった。勇敢にして雄弁といった古臭いタイプの指揮官だ、兵卒の鼓舞に長けている。だがそこまでだ、大した脅威ではない。
それよりも目撃情報はあるのに姿を見せないアケミはどうなっているのだろう。
もしかしてアケミはトリニティを離れていて、こういう『アケミのそっくりさん』をアケミと誤解して通報しているのではないか?
ならば神出鬼没すぎる目撃情報にも納得がいく。
念のため確認を取るべきだろう。第3小隊の小隊長であるキョウカに写真を送って確認を取ろうと私はカメラを取り出して立ち上がる。
だがそれは少しばかりうかつだったようだ。
瞬間、視界が大きく揺れる。遅れて砲声と巻き上げられた砂利が私に降り注いだ。
「砲撃されたぞ! 散開しろ!」
部員がそう叫び、散り散りになった。
私も身を屈め破片を避ける姿勢を取る。その後二発、三発と立て続けに砲撃が叩き込まれた。
「小口径で高初速、となると対戦車砲ね」
トリニティ、ひいてはキヴォトス全体で言える事だが、大砲の所持規制は案外厳しいのだ。
個人でも運用できる小口径迫撃砲はともかく、80mmを超えるような規模の砲になってくると厳しい審査が課せられるようになる。100mm超の榴弾砲など公安組織ですら自校政府から認可が下りるのは稀である。
公の理由としては、小規模な戦闘が多発するキヴォトスにおいて、大口径砲は鈍足なうえに被害も大きく扱いに適さないとの事だ。
だが実際は、その強力さを恐れてのことだ。頑丈だが兵士としては未熟なキヴォトスの生徒たちはどうしても密集した陣形になりがちだ、そこに大口径の砲弾が降り注げば目も当てられない損害を受ける事になる。
要はその砲口が自分たちに向くことを恐れているのだ。
なのでトリニィの上層部などはティーパーティー直轄の親衛隊に榴弾砲を装備させているし、ゲヘナも同様だ。ミレニアムのみ独特の運用となっているそうだが、どちらにせよ大砲の所持は厳しい。
だが砲の所持にも抜け穴はある。対戦車砲として購入することだ。戦車の脅威が身近なキヴォトスでは対戦車火力の保有は民間組織といえど必須だ。
とはいえ戦車を持つのは公安か大企業か、闇市の盗品に乗る犯罪者くらいであるが、とにかく戦車や装甲車の類が自分たちに攻撃してくることはあり得ない話ではない。鋼板を取り付けたお手製装甲車もありうる。
いくら銃の扱いがうまくても、銃弾が通じない相手にはどうしようもない。かといって対戦車ミサイルは性能の低い物でも乗用車みたいな値段がするし、対戦車ロケットはあの鉄鋼でできた怪物に接近できる猛者の武器だ。
自然、防衛戦のみを考えるなら対戦車砲を据え付けておく発想になる。弾代はミサイルとは比べ物にならないほど安いし、遠距離から攻撃できる。電子機器を搭載しないからメンテナンスも楽だし、維持費も魅力的だ。
そのような理由から、私たちが対峙する際に出てくる大砲は基本的に対戦車砲か軽迫撃砲の二択だった。
「中隊長、A分隊は準備できてます」
『A分隊』を砲の排除に出撃させるかの是非を問う部下に、私は言う。
「不要よ、後で使うから砲の被害に遭わないようにしておいて」
A分隊。私の中隊唯一の装甲兵力だ。と言ってもオンボロの歩兵戦闘車一台だけだが、30mm機関砲と小銃弾を弾き返せる装甲を持つ切り札だ。
50km/hで走る能力もあるそれは、今回のような敵の厄介な目標を排除する役割に向いていたが、私はそれを拒否した。
「ドローンを出して、砲の位置を特定しなさい」
私はそう指示をしつつも位置の特定は無理だと結論付けていた。
なにせ3発目を撃って以降、突然砲撃が止んだのだ。初期偵察時でも発見できなかった事を考えると、37mm砲などの軽量な砲を自動車で牽引して運用しているのだろう。
偵察から逃れるように運用している相手だ、砲撃が止んだのもその機動性を活かした陣地転換によるものだろう。発見されてしまえば狙撃や自爆ドローンが飛んでくる以上、陣地転換は合理的だ。
陣地転換済みであれば砲声の方角から位置を特定するのは難しいし、まして貴重な装甲戦力を向かわせるとなれば貴重な切り札を失う結果になりかねない。
「落ち着いて、大した砲じゃないわ。演習で茶会にやられた時よりはマシでしょ」
私は周囲の部員にそう声を掛け励ました。茶会、ティーパーティーのことだ。ティーパーティー親衛隊の122mm砲を雨あられと撃ってくる無法ぶりに比べれば、今回の小口径砲など誕生会のクラッカーに等しかった。
「ですね、伏せるのを忘れそうです」
「成金どもの金満戦法よかマシですね。スケバン連中とは仲良くなれそうだ」
私の言葉に応じて冗談を言う部下たち。そう来なくては、歩兵根性とは生意気と反骨が生むのだ。『なにくそ』の精神がなければ生身で鋼鉄の嵐の中に飛び込めやしないのだ。
そんな部下たちの様子に頼もしさを感じつつ、私は改めてカメラに手を伸ばす。そして少しだけ身を乗り出し、写真を撮ることに成功した。
「よし、バッチリね。さすが私」
ばっちり上半身をアップした写真を撮影できた。即座にスマホにデータを送信し、正義実現委員会専用のメールでキョウカとイチカに送信する。
メールの文面は『これ敵の指揮官、何か知ってる?』だ。正直セキリュティ管理としてはザルかもしれないが、最前線ではこれが手いっぱいだ。
しかし相手は金髪長身、モデルみたいな女だ。見れば見るほどアケミに似ていない。髪と口調くらいではないだろうか。
そんなことを考えていると、イチカとキョウカ、二人から同時に通信が入った。
『中隊長! 今目の前にこの人が居るのですか?』
先に口を開いたのはキョウカだ。いかにも慌てた様子で、彼女にしては珍しかった。
「そうよ、私が撮ったのだから間違いないわ。誰か知っているの?」
『誰かも何も、セラ先輩です! パテル分派の顧問弁護士の!』
興奮気味の口調で語るキョウカに私は首を傾げた。セラなんて人物は居ただろうか? パテル分派の顧問弁護士ともなれば結構な立場である。私でも把握していそうなものだが……
その疑問を察したように、イチカが答えを用意してくれた。
『去年、フィリウス分派と騒動を起こして停学処分になった人っす。敏腕弁護士で、温厚で情に厚い性格だから人気があったんすけどね、フィリウスの重要人物とやらかして干された感じっす』
『弁護士兼モデル兼女優と多彩な人なのですよ! すごい人です!』
「なるほど、雄弁家なのは職業柄ね」
冷静な口調で説明するイチカと、興奮気味に語るキョウカ。その差に思わず笑いかけたが、少なくとも人気があったことの証左ではあるのだろう。
なら顔は間違えるはずはないだろうと、私はキョウカに質問する。
「質問なのだけど。キョウカ、あなたを襲撃したスケバンを率いていたのはセラだったりしない?」
私がそう聞くと、キョウカは食い気味に反応した。
『違いますよ! 私がセラ先輩を見間違えたりしませんし、顔も声も体格も全部が違いすぎますよ。ありえません! あれは間違いなくアケミでした』
「え、ええそうね。確かに彼女とは大違いだわ……」
どれだけファンなのよ。私は内心そう思いつつ、自分の仮説が間違っていた事に混乱する。
誤情報に踊らされていたのでなければ、アケミたちは一体どうやって自治区内を自由に行き来しているのだ。
だがその思考を続けるより先に、イチカがセラについての注意事項を説明した。
『セラ先輩、仲の良かったパテル分派の構成員と一緒に停学になってるのが相手として気がかりっすね。親衛隊所属の子も一緒だったみたいですし、だとしたら色々やりづらい相手になりそうっす』
ドローン操縦士のほうを見ると、彼女は首を横に振る。大砲は見つからなかったらしい。
「道理で砲の扱いが上手いし、情報が出てこないわけだわ」
フィリウスとの騒動で干されたものの、パテル分派内ではまだ信望があるのかもしれない。であればコネクションを活かして自身の情報を消させたりなど、有利に立ち回れるだろう。
とりあえず相手の身元ははっきりした、さっさと捕まえて情報を吐かせよう。それが一番手っ取り早い。
「わかったわ、二人ともありがとう。それじゃ」
私はそう結論付けると、さっさと通信を切断する。
そして私は戦況を見る。五分五分の状況だ、砲撃を警戒して動いている事を加味しても、こっちが押し切れないのは予想外だった。
なにせこっちは大人数で連携して戦うことを前提とした正規部隊で、相手は単なる寄せ集めの犯罪集団である。なら正面切っての部隊戦闘ではこちらに分があるはずだ。
現に相手のスケバンたちは被弾して倒れている者も多い。だがそれでも仲間同士で助け合い、時に自分を盾として仲間を救出するような行動で陣形を支え、持ちこたえていた。
珍しい光景だ、確かにスケバン同士は仲間意識が強い者も居るが、しょせん個人間のものだ。この規模の集団となると仲の良い者以外は見捨てたりするものだが、今回はそう言った様子は見受けられない。
その理由はやはり指揮官による物だろうか。
第4小隊の放ったグレネードが至近距離に命中した。あの指揮官の付近だ、私は少し結果を期待したが、芳しくなかったようだ。
「わたくし最近『砂けし』を買いましたの! もう砂は必要ありませんわよ!」
陽気な声と共が発せられるとともに、銃撃戦下でもわかる程度には敵陣で笑いが起きる。
内容はトリニティの上層部がいまだに砂で文字を消している事と、グレネードで舞い上がった砂塵を揶揄った冗談だろう。
自身のすぐそばに榴弾が当たってなお冗談を飛ばせるあたり、相当な肝の据わりようだ。弁護士上がりとは思えない指揮官ぶりである。
指揮官の性質は部下に伝播する。下品な言い方だが『くそ度胸』タイプの指揮官の下では、誰もが勇敢に振る舞うものだ。
だがそれは弱点でもあった。
「よし、後退するわよ。そろそろ砲撃が再開する頃だろうし。ドローン隊は先に後退、撃ってきたら反撃できる用意はしておいて」
周囲の地形から考えて、そろそろ別の陣地に到着する頃だろう。それにこういった指揮官と真正面から撃ち合っても時間の無駄だ。
もっと良いやり方を私は知っていた。
「なんでですか中隊長。私たちはまだやれますよ」
「そうです! あとちょっとです! あいつら頑固なだけで、
「作戦があるの! いいから下がるわよ!」
生意気をいう部下の頭を軽くはたき、後退の準備をさせる。
「イチカ、聞こえる? 砲撃を避けるために2つ後ろの交差点まで下がるわ。そっちの動きは任せるから」
『あ、はい。了解っす』
イチカなら上手くやるだろう。正直こちらから理想の動きを提示してもいいのだが、せっかく小規模の戦いなのだから今の内に経験を養ってもらうのが吉だ。
私の指揮下の2個小隊だけでも十分勝てる相手だが、イチカには才能を感じる。その才能を伸ばすためには多少の苦労はするつもりだ。
「ふふふ、ゆくゆくは……ね」
通信を切った後、私は一人微笑む。私がトリニティの政権を取った後、何人か軍団を任せる人物を探さなくてはならない。その時にイチカがその候補に居てくれれば、願ったり叶ったりである。
信頼できる部下は、同じ重さの金塊にも代えがたい物なのだ。
そうして私たちは後退を始める。もちろん士気旺盛で訓練が十分な私の部隊は秩序だって連携して支援を行いながら後退していく。
だが敵は───
「ほら、やっぱり」
思わず笑みがこぼれた。敵の中央部がいきなり突出し始め、それに慌てて両翼の部隊がバラバラに行動を始めた。
中央にいるのはもちろん敵の指揮官であるセラだ。血気に逸って攻撃を命じて飛び出したのだ。それを見た近くの部下はすぐに行動できたが、両翼の離れた位置にいる部隊は練度の低さもあり行動が遅れたのだろう。
そして足取りにも差があった。自分の指揮官という追いかけるべき目標がある中央部隊と、どのように動けばいいか判断できていない両翼部隊とでは行動に差が出ており、攻撃に時間差ができてしまっていた。
縦に伸びた敵の陣形、こちらに向いた意識、先頭にいる指揮官。お膳立ては済んだ。
側面攻撃の準備をしているイチカにとって絶好機である。
「さてイチカ、今がチャンスよ」
無防備に横っ腹をさらした獲物に、持って生まれた鋭い牙を突き刺すチャンスだ。
私はそう思い、イチカの連絡を待った。
†
───だってあなた、暴れ足りないって顔してるもの。我慢はよくないわ。
ユミに言われた言葉は、イチカの脳内でいまだに反響していた。
なぜばれたのだろうか。ユミの前で凶暴さを露見させるような真似はした覚えはない。だが事実として気づかれてしまっている。
ならば自分が気付かなかっただけで何か感づかれるマネをしたのだろうか。だとすれば恐ろしいことだ、この忌むべき内面を、ユミだけでなく他の生徒にも気づかれてしまっている事になる。
そんな疑問が脳内を駆け巡り、イチカの精神を落ち着かない物にさせる。
だがそれよりもイチカを混乱させていたのは、ユミの表情だった。
上品な笑顔だった。まるでどこかのお姫様が、困った愛犬の失敗に微笑むように、可愛らしく、
イチカは彼女を破天荒で豪快な人だと思っていたし、基本的にきつい印象を与える人だと今も認識している。
だがそれなりに接する機会が増えて、色々な面が見えるようになってきた。
まず、相当に育ちがいい人だ。普段の言動で分かりづらいが、所作だったり、配下に対する対応だったり。そうした動作にふと『生を受けた瞬間から人の上に居る立場』の人間特有の空気を感じる。
最初は能力ゆえの傲慢かと感じていたが、どうにもおかしい。マナーがやたら古風な物である事もそうだが、普段の破天荒ぶりが終わる時にふと、お嬢様……というかお姫様育ちが顔をのぞかせるのだ。
もしかして、青森家に養子入りしたのは成り上がりではなく『御落胤』タイプの経緯なのか?
そんな風に勘ぐってしまうほど、時折見せる貴人らしい雰囲気は本当の物だ。
だがそれと同時並行で、死体を見てもほんの少しも動じないような、狼狽える周囲に呆れるような視線を向ける荒んだ育ちを感じさせる姿もまた本物だとイチカは思った。
おそらく相当つらい思いをしていたのだろう。眠っているときに歯を食いしばっているし、楽しみごとにも無関心で、なのにあからさまな野心を抱える様は、トリニティではおよそ見つけられない類のものだった。
「私を、どう思ってるんですか。ユミ先輩」
高貴な生まれ故の余裕で、自分を受け入れてくれているのか。それとも悲惨な育ち故に、自分程度恐れるほどでもないのか。
どちらにせよ、この狂気を理解した上で、あんなふうに微笑んでくれるのか?
ならば───いや、どうすればいいのだ。
イチカは混乱する。
ユミの配下に対する態度は、おそらくトリニティでも珍しいものだ。
それだけではない。情熱の薄い自分とは違い、熱狂的な情念を宿し、すさまじい熱量で業務に当たる姿もイチカは知っている。
強烈な個性とエゴで、周囲を巻き込んで前に進んでしまえる人。
滅多にない人だ。イチカはすでにそう感じていた。
凶暴さを御する方法を、自分という人間を知ったうえで使い続ける彼女なら知りえるのではないか? なら、こちらから歩み寄るべきなのではないか?
そんな風にイチカは思い悩み、逡巡していた。
だがそんな思考も、戦況の変化に打ち切られる。
『イチカ、聞こえる? 砲撃を避けるために2つ後ろの交差点まで下がるわ。そっちの動きは任せるから』
「あ、はい。了解っす」
とっさにそう答えた瞬間、通信は切断される。
二つ後ろの交差点、つまりユミ隊はイチカのいる場所を通過する形で後退するつもりだ。
どうするつもりなのか、その疑問はすぐに解消される。
「これって……」
スケバンたちが統制を乱し、隊列が縦長の形となる。ユミの後退を敗走と誤認し、無茶な追撃を行おうとしたゆえの行動。
誰の目にも明らかな側面攻撃のチャンス。
そして、イチカはもう一つのチャンスに気づく。
「あそこ攻撃すれば、セラ先輩は孤立するっすよね」
最前列のさらに前を進む敵指揮官のセラは危険な位置にいた。戦列から大幅に突出した中央部の、さらに最前列に居るのだ。
なら、その接続部に突撃を仕掛けて断ち切ってしまえば良い。
そうすればセラは包囲され、ただでさえ低い指揮統制は崩壊し、指揮官だよりの敵部隊に深刻なダメージを与えるだろう。
だがそれは危険な行動でもある。こちらは僅か1個小隊。相手の両翼は2個小隊分は居るだろう。いくら突出した少数の中央部を攻撃できても、こちらも自軍より多数の敵に挟まれてしまう形となる。
ユミが適切に行動すれば問題ないだろうが、少々危険すぎる作戦だ。
それに、敵将狙いの攻撃はあまりにも獰猛すぎるようにイチカは感じた。
お嬢様学園のトリニティで、血みどろの激戦地に突入して敵将を討ち取る。その実例をイチカは知っている。
剣先ツルギだ。では彼女はどういう扱いを受けているか。
戦闘狂、狂人、残忍な執行人だ。もちろん畏敬の念故だが、そういったイメージを持って接する者も少なくなかった。
獰猛な勇者をトリニティは求めていないのだ。
ならばそんなリスクは犯すまい。自分は自分の学園生活を守ればいい。
そんな風に思いつつも、イチカは要所への突撃の案を捨てきれずにいた。
「ユミ先輩は、きっと喜んでくれるでしょうね」
そもそもこの悩みの発端は突撃を行わなかった自分に、ユミが理由を聞きに来た事だ。
ならきっと、今回自分に突撃することを望むだろう。自分が気付くようなことだ、ユミは気付かないはずはない。きっと褒めてくれるだろう。イチカはそう考える。
ならもう、突撃してしまえばいい。延々と内面を隠し続けるのは、そろそろうんざりなのだ。自分の内面を突き付けて、嫌悪されるにせよ肯定されるにせよ、さらけ出してしまえばいい。
そうすればきっと───
「楽になれますかね」
穏当な側面攻撃という逃げ道もある、きっとユミはそれを怒らないだろう。だがここで向き合うのを避ければ、きっと自分はこの狂気に目をそらし続けるだろう。自分を見つけてくれる『誰か』に出会うまで。
ならばいっそ、捨て身の覚悟で突き進んでしまおうか。血まみれになって、目に映るすべてを叩き壊すこの本能が役立つ場所に、この体ごと飛び込んでしまおうか。
時間が迫る。
敵の隊列が進み、突撃のチャンスが刻一刻と迫ってくる。
血が沸き立つのが分かる。精神が研ぎ澄まされるのが分かる。自分はこういう人間だと突きつけるように、心臓の高鳴りは増していく。
ならば是非もなし。
「第1小隊、突撃用意!」
イチカは叫んだ。僅かばかりに残った理性が無線のスイッチをオンにして、ユミに突撃の開始を伝えてくれた。
「突撃!」
理性はそれっきり頭から消え去り、動物的な本能のみが体を支配した。
「んなっ! 伏兵!」
滑空する猛禽の如く飛び掛かるイチカの体は、猫の耳をした小柄なスケバンの少女めがけて、飛び蹴りを叩き込んだ。
殴って蹴って、銃を撃ちまくる。ああ爽快だ。この後に押し寄せる罪悪感や自己嫌悪など、今はどうでも良かった。
今はこの本能のみに従っていたい。イチカは解放感に酔いしれながら、己の責務を果たした。
指揮官のセラと引き離された敵部隊が指揮統制を失いながら自分たちに攻撃を仕掛け、ユミの攻撃によって撃破されたことも。敵味方が入り混じる激戦の真っただ中において、最後まで奮戦し続け部隊を支えたことも、イチカには関係ないのだ。
イチカがようやく我に返ったのは、長い腕と大きな羽が自分を抱きしめた時だった。
「よくやったわ! さすがよイチカ! 私が見込んだ通り、素晴らしいわ!」
視界に桜色の光が舞う。そこでイチカは自分を抱きしめているのがユミだと気が付いた。
イチカは血まみれの体でどうにか抱きしめ返す。
思ってたより、ずっと華奢な人だな。まるで、このまま折ってしまえそうだ。
イチカはそんなことをぼんやりと考えながらも、肉体的な限界に逆らえずに意識を手放した。
今まで、暴れた後に感じる不快感は今のところ無かった。そのおかげでイチカはいい気分で意識を手放すことができたのだった。
今回はイチカが悪い女に誑かされる話でした。本当の悪女はこっちを破滅させようとしてくる奴ではなく、本気で好意を向けてきて悪気なく破滅に突っ込んでいくタイプですからね。
ユミの英雄性の発揮は近いうちに出せますが、破滅の未来についてはお見せするのがちょい先になりそうですので、このまま楽しんでいただけると幸いです。