お気に入り2855件、評価、感想ありがとうございます。ものすごい励みにナールZ、こばやしくん製薬。
今回、15000字近く行きました。
今回はクラウスのエピソード動画的内容になるのかな、つべにゼンゼロ公式が上げてるキャラの過去とかのPVみたいな。
もうちょっと厄ネタもりもりで曇らせも重くすべきかと思いましたが、自重して控えめにしておきました。クロウラーくんかわいいね。
それでは、今回もどうぞ。
思えば…あの日、あそこで躓かなければ、僕は普通でいられたのかもしれない。11年前、零号ホロウの産まれたあの日。
『おかあさん、おかわり!』
『あらあら、また?そんなにおかわりして大丈夫?』
『うん!おかあさんのごはんおいしいから!』
『ハッハッハ…元気な子だ、クラウス、いっぱい食べて大きくなれよ!』
幸せだった。父も母も、そこにいたのだ。名家の生まれだったからとか、裕福だったとか、そんな事は関係なかっただろう。すきなだけご飯が食べられた、あの暖かい家が好きだった。
『おとうさん、いっつも何をきいているの?』
『うん?これかい?これはね…』
父はそう言うと、カセットプレーヤーからイヤホンのコードを外した。スピーカーからは古めかしい、僕が生まれるずっとずっと前の曲が聴こえてきた。父はそういうものを集めるのが好きだった。
『クラウス、君にとってはつまらないものだろう?』
『ううん、ボクはすき。ふつうの音楽って、なんか疲れちゃうから…』
『そうかそうか…ハハ、この歳で耳の肥えた子だ』
父はそう言って、鱗に覆われたひんやりとした掌で。手を櫛のようにまだ柔らかい子供の毛髪の中に入れて、温かい頭をわしわしと撫でるのだ。その手つきが何よりも好きだった。
『おかあさん、ここってどうやってとくの?』
『そこはねえ…あらっ、うーんと…』
『おかあさん、かおがまっさお!おもしろーい!』
母に勉強を訊くのが面白かった。母は顔の色をころころ変えているのを見るのが好きだった。分かった時にぱあっと顔色が明るくなるのを見るのが、僕はいっとう好きだったのだ。
『ハッピーバースデー、クラウス!誕生日プレゼントだぞ!』
『おめでとうクラウス、あなたが無事に歳をとって…嬉しいわ!』
『おとうさんおかあさん、ありがとう!』
忘れもしない。6歳の誕生日に、誕生日プレゼントでかっこいいカセットプレーヤーを貰った。黒地に銀色のパーツがついた、当時からすれば大きく感じたが、今なら手のひらサイズに感じるもの。嬉しくて嬉しくて、夜中もずっとイヤホンを指して父のカセットテープを借りて…まだ意味のわからなかった、昔のオペラなんかを聴いて。
…翌日に、僕はホロウに呑まれた。頭の中になにかが起こるような、気持ち悪い感触を感じながら…僕は音楽を聴いていたんだ。
ーーーーー
幸い、僕はホロウから助け出された。目に見える侵食もなく、すぐに臨時診療所から親の元へ戻ることができたが…避難所での生活で、それは起きた。
『…おなかすいた』
ぐるる、とお腹が鳴った。母はそれを聴いて、缶詰を開けてくれたが…ひとつ食べてもまだ足りない。ふたつ食べてもまだ足りない。
『ねえ、もっとちょうだい、おなかすいた』
『もうダメよ、明日の分もあるから、しばらく我慢しなさい』
『でもおなかすいた、おなかすいたよう』
ぼたぼたと涎が口の端から流れ落ちた。お腹が、身体が、脳みそが、もっと食べ物をくれと叫んでいた。
『ねえ!おなかすいた!おなかすいた!!』
『クラウス、静かにしなさい!もう夜よ、周りの人の迷惑!』
『やだ!おなかすいた!おなかすいたおなかすいたおなかすいたぁ!!!!!!』
ただ欲求の訴えるままに食物を欲し、叫び、暴れた。親に制止されても、それに罪悪感を感じても、なおひもじい。まだひもじい。
『クラウス、やめなさい!それは割り箸だ、食べ物じゃないんだぞ!?』
『ヴーッ、あぐ、あぐ、ごく…もっと!!』
『何をしてる!吐き出しなさい!!』
飢餓感を抑えるためにしがんでいた割り箸は、いつの間にか腹の中。木の繊維はシリオンの顎の力には敵わず、一本一本の繊維に分解されて腹の中に消えた。まだ、ひもじい。
『キャーッ!こ、このクソガキ!噛みやがった!!!!!』
『す、すみません!言って聞かせますから!ほらクラウス謝りなさい!!!!!』
『おなかすいたおなかすいたおなかすいた!!はなして!はなしてよ!!!!』
近づいてきた大人の人の脚を
『…侵食欲求異常症、ですな』
避難生活も日数が経って、ちゃんとしたお医者さんに診てもらって…その時言われた病名だけは覚えている。その後の、どんな症状だなんだという説明は、あまりの飢餓で聞こえていなかった。
高校生になってから調べたことがある。侵食欲求異常症、というのは侵食症状のひとつ。人間の感じる
『ヴーッ、ヴーッ、ぉ゛え゛、ぉ゛… な゙がずい゙だ、゙お゙な゙がずい゙だよ゙ぅ゙…!』
飢餓から胃液が過度に作り出され、その分を口から吐き出した。喉や口内は胃液で焼け、一日でバケツいっぱいに嘔吐した。そのぶん失った水分は、ずっと点滴で補っていた。
『ゔぅっ、フーッ、しゅーっ…ぅ…おなかすいた、おなか、おなかすいた…』
飢餓感によって眠れず、5日か6日ずっと起きていて、電池が切れるように意識を失い…最低限の睡眠が取れたら飢餓感によってまた起こされ。譫言のようにお腹が空いたとつぶやく毎日。スプーンやストローも噛み砕いて呑んでしまうからと、栄養は生きるのに必要な分だけを点滴で与えられるようになった。ツナギを着て、身体を革のベルトで拘束され、拘束を破らないよう鎮静剤も投与され続け…コンクリート張りのひとりぼっちの病室で飢餓にのたうち回ることも許されない。そんな生活が二年ほど続いたろうか。
ある日のことだった。はっきり覚えてはいないが、なんだかいつもより眩しくて、青い天井を見ていた気がする。今思えば、それは空だったんだろう。
温かい、しかしなんだか痩せこけてしまったような、でも優しい笑みを湛えている母の腕に抱かれて車に乗せられた。拘束したまま、母は僕の耳に何かを差し込んだ。その何かから久しぶりに聴こえたのは、クラシックのオペラ、その中でもアリアと呼ばれるものだった。
“Nessun dorma! Nessun dorma,Tu pure, o Principessa,”
“誰も寝てはならぬ、寝てはならぬ。お姫様、あなたでさえ。”
いつの間にか、車が通りを逸れて脇道へ。そして少しして…なにか、気持ち悪い感覚がした。今思えば、あれはホロウに入った時の感覚であろう。
“nella tua fredda stanza guardi le stelle che tremano d'amore e di speranza...”
“冷たい寝室で星々を眺めている。それは愛と、希望に打ち震えている。”
ホロウの中にも、変わらない青空が広がっていた。車が止まって、母に抱えられて移動した。揺れが止まったのは、木漏れ日の指す木の下だった。
“Ma il mio mistero è chiuso in me, il nome mio nessun saprà!”
“然し私の秘密は胸の内に閉ざされたまま、誰も私の名を知ることはできない!”
母と父が微笑んで、サンドイッチを頬張っていた。轡を外して、ベルトを緩めて、僕にもそれを食べさせてくれた。もうずっと食べていなかった固形物を一心不乱に貪っても、母と父は何も言わずに微笑んでいた。
“No, no, sulla tua bocca lo dirò, quando la luce splenderà!”
“いいえ、しかしあなたの唇に告げよう。陽の光が輝くときに!”
暫くして…両親は咳き込み始めた。肌からは鱗に紛れて、ちいさな結晶が飛び出てきていた。僕も、なんだか頭が痛くなってきた。サンドイッチを食べてもなお、お腹がすいてたまらない。
“Ed il mio bacio scioglierà il silenzio che ti fa mia.”
“私の口付けは沈黙を溶かし、そして貴方は私のものになる”
『クラウス…ごめんね、お腹すいたよね。ごめんね、助けてあげられなくて。苦しかったよね、辛かったよね』
母がそう言った後、咳き込む。父は何も言わず、母に寄り添い、僕の頭を撫でていた。僕の脚が結晶に呑まれて、感覚がなくなるのが分かった。痛みは感じなかった。ただ、ひもじい思いだった。イヤホンからは、まだアリアが流れている。
“Il nome suo nessun saprà...E noi dovrem, ahimè, morir, morir!”
“誰も彼の名前を知らず、嗚呼、我らにも必ず死が訪れる”
母も父も、皮膚を突き破る結晶で身体が覆われていた。咳き込み、苦しそうな顔でも…笑みは絶やしていなかった。でも、僕はお腹がすいていた。
“Dilegua, o notte! Tramontate, stelle!”
“おお、夜よ、消え去るがいい!星よ、消え去るがいい!”
『くら、うす…ごめん、ね…………』
母も父も…喋らなくなった。かつて両親の頭だったところに、ぼうっと、縁が怪しく光る黒い球が現れる。まだ、お腹が空いていた。
“Tramontate, stelle! All'alba vincerò!”
“星よ色褪せろ、まだ見ぬ夜明けに私は勝つのだ!”
結晶が胃を、肺を突き破って息ができなくなる。目も結晶に覆われた。ただ、イヤホンとカセットプレーヤーの音だけが聴こえていた。父の一番好きだった、ずっと昔のアリアの歌声が。
“Vincerò!Vincerò!”
“私は勝つのだ!ああ、勝つんだとも!”
ぎゅっ、と、カセットプレーヤーを握りしめて……………僕は、最期にこう思ったのだ。つらい、くるしい、お腹いっぱいになりたい…
嗚呼、お腹がとても空いているんだ。
次に感じたのは…口内に広がる、とても甘美な…エーテルの味、であったのだ。
ーーーーー
身体が軽くなったのを感じた。ただ、飢餓感を埋めるためだけに、ホロウを駆けずり鯨飲馬食。抵抗されれば殴って殺し、亡骸からエーテルを啜り上げた。ただ、満たされぬまま幾日もそれを続けた。
はっきり覚えている…メインディッシュ、自分より何倍も大きい高危険度エーテリアス。あれのコアをもぎ取り、咀嚼し、嚥下した途端…
ただ空腹を満たすためにホロウを隅々まで駆け…ついに、すべて喰らい尽くしてしまったのだ、と、時間が経った今ならわかる。ただ、僕は消失したホロウの中心に横たわり…久々に味わった満腹感を噛み締めていたんだ。
対ホロウ行動部隊が到着して、僕は…助け出された、という言い方も変であるが、まあご愛嬌。ホロウから生きて帰ってきた、奇跡だと行動部隊の人たちには言われたが…父も母も、いくら探しても見つかることはなかった。
うっすらと気がついていた。僕があの姿、暫定的に“クロウラー”と呼んでいるあの姿になって初めて口にしたのは…
なにしろ、あのエーテリアスからは…あたたかく甘い、幸せな味がしたから。
ーーーーー
両親の葬式が終わっても、僕は不思議と泣くことはなくて…ずっと、お腹をさすっていた。遺骨のない父と母の骨壺を抱えても涙は溢れない。だって、二人とも僕のお腹の中で一緒だったんだから。僕の身体の一部になった二人は…僕のことをどう思っているのか。
いや、愚問であろう。二人は最後まで僕のことを愛してくれた。愛してくれたのに…いや、愛していたからこそ、
しかし心因的な問題からか、普通の料理の味は感じなかった。朱鳶さんと食事を取るようになってから改善はしたので、彼女に感謝、である。
話を戻して…葬式の後、僕を誰が引き取るか、という話があったが…なかなか決まらない。宗家も分家も、僕を引き取るのを渋りに渋る。僕を取れば、“家”の実権を握ったも同然だろうに…。
まあ、当たり前である。
そんな事は当時の僕はつゆ知らず、どんな人のところへ行くのかな…と、なんとなく考えていると…会議の場に響いた鶴の一声。
『…ワシが育てたるわ。ワシん
軽く手を挙げて言い放ったその人は…僕の父親の双子の兄…“ルルガー・ヴィオレンツァ”だった。葬式に出る事を許されたことさえ異例の、ヴィオレンツァ家の
ーーーーー
声が低くて、見た目も怖くて…びくびくしていたが、叔父との生活は悪いものではなかった。むしろ、両親とは違った暖かさがあった。
『おい…それ、誰にやられたんや』
叔父の家に引き取られてから数年が経って、中学に入った頃だろうか。僕は顔にアザを作って帰ってきた。叔父はそれを見つけるとドスのきいた声で問いただす。
『…三年の知らない先輩に、“クソシリオンがぶつかってくるな、ウロコがうつる”って』
『へーえ、そないな奴がまぁだおるんやな…で、
紫のインナーカラーが入った髪の毛をかきあげながら彼は言った。僕はそれに少し戸惑う。
『そ、そんなことできないって…その人、何度も問題起こしてるって噂らしいし、それに人を殴るなんてしちゃいけないし…』
『ほーお、そないならワシの
『お、おじさんのは
『ありゃスポーツとか高尚なもんちゃう思うがな…マア、世間様がスポーツって言うとるならスポーツか!』
けひひ、と笑いながら僕の肩を掴む叔父さんに辟易としていると…不意に彼は問いかけてきた。
『クラウス、お前さんは…悔しかないんか』
『……………そりゃ悔しいよ、でも、ケンカなんてしたことないし』
『…ほんなら、ワシが
ふん、と鼻を鳴らして、叔父さんは部屋の箪笥をガサガサと漁り…
『ついてこんかい…今日からワシが、お前さんを強うしたる!』
ーーーーー
僕は叔父さんに色々なことを教わった。戦いの立ち回り、基本的な防御攻撃から…シリオン特有のやり方まで。
『ええかクラウス、ワシらシリオンにはな…“本能”っちう最大の武器がある。お前さんはそれがいっとう強い…その証拠に、シャアッ!!!!』
『ヒェッ…!』
叔父さんが至近距離でいきなり放ってきたジャブが、僕の頭があった場所を通過する。首を傾けたままその速度に慄いていると、軽く笑いながら叔父さんは言う。
『ホレ…今の本気で打ったんやで?シロートで避けれる奴なんぞそうおらん』
『…なんかピリッときたから』
『それや。その“ピリッ”を大事にせい。ワシも似たようなもんを感じたことはあるんやが…デカい技、それも昂っとる時ぐらいしか感じん。いっつもそれができとるんや…こら、将来大物になるで』
『僕は叔父さんと同じ道に進むつもりは…ない、かな』
『そか。でもな?こういうのは何かと役に立つもんや…ホロウに巻き込まれても危険がすぐわかったり、な?』
叔父さんの細い目が僕を射抜く。…この時から、僕がホロウに向かって“食事”をしているのがわかっていたのだろう。だけれど、彼は何も言わなかった。…人ならぬ存在に成り果てた僕を、許容していたのだ。
ーーーーー
父と母は、僕を楽にしようとしてくれた。しかし…僕を殺そうとしたのも事実だ。それが少し大きくなってから心の底に張り付いて取れなくなってしまった。叔父さんは何も言わないから、どう思われているのかが…怖い。
それに、だ。定期的にホロウに行ってエーテルを摂取しなければならない体質は、社会生活を送る上でとてつもないハンデである。就職したとして、まともに働けるだろうか。職場で飢餓状態になった暁には、もうそこにはいられないだろうし。
しかし、この症状は荒唐無稽で、打ち明けたら打ち明けたで
半ば自暴自棄に生きていた。ホロウレイダーの真似事をしながら、まともな職にもつかず生きていくしかない。いつかは警察に追われることにもなるだろう。…朱鳶さんとの仲も、いつかは解消しなければならない。
友人も、化け物で犯罪者の僕など関わりたがらなくなるだろう。叔父も僕より先に死んでしまうだろうから…彼が死んだら、僕はひとりだ。受け入れてくれた人の中にはジェーンさんもいるにはいるが…彼女はどこかいまいち信用することができない。それに、彼女は僕を利用しているだけなのだ…
まあ、食うには困らないだろう。プロキシ兄妹という優良顧客もいるし。しかし、なんというか…胸にこびりついた寂しさは取れないのだ。
それに…脳裏にあれからずっと焼きついている、非エーテルへの憎悪が、僕を化け物たらしめている。
ああ、僕はもう人ではないのだ。と、毎朝思うのだ。
窓から見やる新エリー都の景色が、ホロウに呑まれる幻視を見るたびに。
ーーーーー
『良い舞台でしたよ…しかし、ここらで幕引きですね』
『まだ…まだきょくがおわっていない…』
クラウスは目の前で膝をついた、グレーの侵食体にゆっくりと歩み寄る。
『可哀想に…しかし怖くはないですよ。僕の腹に収まれば、僕の血肉として外に連れ出してやることもできます。だからじっとしていてください…』
侵食体の腰を抱き寄せ、後頭部を支える。まるで王子が姫にそうするように、慈しむように抱き抱え…その肩口に勢いよくかぶりついた。
『ああ、いたい、いたい!やめて!』
『ああ、美味しい…!こんなに美味しい侵食体は食べたことはない…いや、そうではないですね。何年か前に食べた記憶がある…』
歌劇のワンシーンのように、クロウラーは侵食体の掌をそっと握り…口に運ぶ。引き裂けるような侵食体の呻き声と咀嚼音がユニゾンを奏でる。
『ああ、美味しい、本当に美味しい…これに比べるとあの
クロウラーの口内に広がるまろやかな香味。
『妖艶にしてエレガント、軽やかで繊細なれど風格のある味わい…!』
ゆっくりと舌の上で転がし、時間をかけて味わい…嚥下する。
『ああ、この後引く官能的な余韻…エキゾチックなニュアンスも感じられる…これが一点ものだなんて勿体無い…!』
まるでソムリエが陳述するかのような言葉を呟くクロウラーは、ついに侵食体の腕を一本、完全に腹に収めてしまった。
『…こんなに食べたのにまだ残ってる!ボリュームも兼ね備えているなんて…今までホロウにいてくれてありがとう!』
歓喜のまま、欲のままクロウラーは叫び続ける。侵食体の細い腰をひしと抱きしめたまま、貪るように食い…とうとう身体の半分を食べてしまった。
『もっと…もっと食わせろ…!!!』
嗚呼無情、美しき踊り手は、野獣に髄まで喰らい尽くされてしまうのか…。
しかし、クロウラーに電流走る。
『…ッ!!!!!』
仕留めた獲物を手放し勢いよく飛び退くと、先程まで彼がいた場所に
クロウラーが見やれば、それは先程まで食していた獲物にそっくりな…しかし、体色の黒い侵食体。無機質な見た目に殺意を見え隠れさせながら、じっとクロウラーを見つめている。
『そっか…双子なんでしたね、ここにいたバレリーナは』
着地したクロウラーが体勢を立て直し、新たに現れた黒い侵食体と視線を交わす。
『あなたは、なぜわたしたちをいじめるの』
『…虐めてるつもりはありませんよ。ただ食べてるだけじゃないですか…』
人聞きの悪い、とクロウラーは続ける。黒い侵食体はステップを踏み、ゆっくりと舞いながらクロウラーとの問答を続ける。
『それほど生前の要素を色濃く残しておきながら、自我も失ってしまっているんです…食べて、楽にしてやった方がいいんじゃないですか?』
『ごうまんね。あなたもえーてりあすなら、なぜはじまりのあるじのいしにそむくの』
『…なんです?それ』
クロウラーの疑問に、黒い侵食体は答えない。ゆっくりと舞う侵食体のトゥシューズが鳴らす軽い音が静寂を支配し…
『………おかわりが出てきた!!』
『たべることしかあたまにないのね、ばけもの』
『踊りで人を殺す奴に言われたかないよ』
まるで機械のように、精密なシンクロナイズドバレエを踊る姉妹に、クロウラーは構えを直した。
『さあ、黒い方は味わいも違うかなあ…もっと食わせろオ!!!!!!!!』
エーテルの小爆発でロケットのように撃ち出されたクロウラーが姉妹に激突した…
その瞬間、周囲が紫の爆炎に包まれる。
『ゥあっづ…ッ!!!!!』
何故か
『ゔ、ぁ……まさか』
攻撃を察知できなかった、避けられなかった理由、それは…
どか、どか、と小型ミサイルが降り注ぐ。姉妹と共に爆炎に巻き込まれるクロウラーが様子を伺うと、小型ミサイルはどうやらアトリウムの先から撃たれているらしい。
『食事の邪魔ァしやがって…!!!!!!』
視界の端が
『ゲ、まずっ…!』
ミサイルの降り注いだ部分が爆風で壊れ、崩落寸前になっていたのだ。クロウラーはそのまま脚を取られ、姉妹と共にアトリウムの下へ落下し…
『おわぁああああああああああああ…』
ホロウの裂け目へと吸い込まれていくのであった。
ーーーーー
「お、俺ら何人かは周辺の警備を任されただけなんだ。バレエツインズに侵入した奴を見つけ次第、B棟から遠ざけろって…!」
「停電は君たちの仕業だったのか…」
電力を復旧させ、先に行った筈のクロウラーの後を追うためバレエツインズのアトリウムの先へ進んだ一行は、バレエツインズに何故か隊を配置していた“反乱軍”と遭遇し…なんとか切り抜け、一名を情報を聞き出すために拉致していた。
「そっ、そうだ。最初にお前らを見た時は肝試しかなんかだと…ちょっとビビらせたら帰ると思ってたら、あの
「…クロウラーのことか。アトリウムの床は荒れていたが…もしかして、彼にもミサイルを浴びせたのかい?」
「そ、それは…」
「答えないと…もう少し“強く”しますわよ?」
「や、やった!アイツに
「…なんだって!?」
問い詰められた反乱軍の兵士は、ぽろぽろと情報をこぼしていく。彼が供述した、「クロウラーを裂け目に落とした」事実は、一行の悩みの種を一つ増やした。
「どうしよう…これじゃあ合流が難しくなるな」
「私たちだけで先へ進むしかありませんね…」
「ああ、彼もまだ頑張っているかもしれないが…待って、“けしかけた”…?」
兵士から出てきた単語に、アキラは引っ掛かりを覚える。少し睨めば、兵士はすぐにそれも説明しだす。
「隊長が言ったんだ、小娘を助けにきた奴に違いないって。化け物には化け物をぶつけろって。だから、あの妙なエーテリアスを扇動して…」
「…妙なエーテリアス、とは?」
「バレリーナみたいな格好のエーテリアスだ!バレエ音楽に反応するから、カセットプレーヤーで流して…!」
「何かと思いましたが…あのカセットプレーヤーはそのための物だったのですね」
一行は思い出す。あのアトリウムでレインのものらしきバッグを見つけ…中から出てきたカセットプレーヤーからバレエ音楽が流れ出したことを。しかし、あの時は
「…なぜ、あの場にその“妙なエーテリアス”は来なかったんだ?」
「し、知らねえよそんな事!大方、あの化け物が食っちまったんだろ…!」
「あの子一人にそいつをけしかけたのかい!?」
アキラが兵士の肩を勢いよく掴む。
「ヒ、ヒイッ…!だ、大丈夫だ!アイツは怪我一つしてなかった…しかも、アレを
「…特殊弾頭?」
「ああ、エーテリアスによく効く…
兵士が焦って口走ったその詳細に、アキラは目の色を変え、肩から胸ぐらへと掴む位置を変える。
「お前…なんてことを!」
「落ち着いてくださいませ、ガイド様」
「あ…すまない。感情的になってしまった…」
リナの静止にアキラははっと我に帰る。その様子を見て、ライカンが提案した。
「リナ、引き続き彼から詳細を、そしてプロキシ様…少々お時間をいただいても?」
「ああ、わかった」
彼の提案に応え、アキラは彼について広場の方へ向かった…。
ーーーーー
ライカンとの会話。レインの素性、ヴィクトリア家政との正式な協力体制の構築を済ませたアキラは、カリンとエレンの様子を見に行った。ベンチに
「あいつは、クラウスは大丈夫!?」
「お、落ち着いてくださいエレンさん…!」
「いいんだよカリン。心配な気持ちもわかるから」
ふふ、とアキラが笑う。
「落ち着いて聞いてくれ。クロウラーは反乱軍の奴らに裂け目に落とされたらしい。だから、今ホロウのどこにいるかはわからない…けれど、彼は幾らでもホロウにいられるし、彼だって仕事を全うしようとするはずだ。彼はそういう奴だから」
「…そ。アンタ、アイツのこと結構信用してんだね」
「まあ、
エレンの言葉にアキラがそう返すと、エレンは少し俯いたのち…顔を上げ、こんなことを訊いてきた。
「アンタ…いつアイツと知り合ったの?長い付き合いってのはいつから?」
「あー…まあ、言ってもいいかな…」
「カ、カリンも少し気になります…!」
カリンも便乗してきたからか、アキラは一瞬迷った後に訥々と語り出す。
「彼と会ったのは…まだ彼が中学の三年生だったころかな。ホロウの中で出会った時は、僕はちょっとした事情でポンプの身体ひとつでホロウから出なくちゃいけなくて…最初鉢合わせたときは、エーテリアスだと思って逃げ回ったなあ」
懐かしそうに語るアキラ。それと対照的に、エレンの表情は少し暗い。
「彼に捕まった時はもうダメ!と思ったんだけど…彼が喋って、驚いて…意外と話が通じて、ホロウから出るまで守ってもらったんだ」
「ホロウから一緒に出たら、彼は人間になっていて…僕等兄妹も、個人的な理由で彼の事が気になったんだ。だから、僕らのアジトに彼を呼んで…そこで彼の仕事を知った」
「当時の彼は、なんと“トカゲマン”っていう名前で商売をしててね!あんまりにもダサくて、拒否反応を起こしたリンが“クロウラー”って名前を付けたんだけど…今も気に入ってくれてるみたいだ」
「仕事の回数を重ねて…彼の事情も知ったよ。彼も、
語りを終えたアキラがエレンを見ると、未だ表情は暗い。どうしたものかと首を傾げると、エレンはアキラに目を合わせた。
「アタシ…あいつのこと、あんまり知らなくて…友達なのに、地雷踏んじゃったみたいで…アンタになら、あいつに寄り添ってやれる方法がわかるんじゃないかって訊いたけど…難しそう」
肩を落とすエレンに、アキラは自分の顎に手を当て、考え…口を開く。
「彼の過去が過去だからね…彼は、他人が自分を最後まで好きでいてくれる、って信用しきれないきらいがある。だから
「そっか…じゃあ、どうすれば」
「これは僕の経験則だけどね…ああいう手合いは、
アキラがニヒルに笑い、続ける。
「エレン、君は誤解とはいえお金で彼を買おうとしたり、暴力を振るったりしたらしいじゃないか…そういうことをするから拒絶される」
「ゔ…それは、その、アタシも変なことしたなって…でも、あの時は頭がずーっとモヤがかかったみたいに、その方法しか考えらんなくて…」
「……やり方はともかく、よっぽど彼の事が好きみたいだね」
「ッ!?!?」
バッ、とベンチから飛び退くエレン。
「ちょっ、いきなり…!」
「でも事実だろう?好きだって言って迫ったって」
「それはその…うん、まあ、その…ハズいなこれ言わされるの」
「はは、微笑ましいなあ。僕も高校のころ、こういう恋愛ができたら良かったんだけど」
笑うアキラと、黙って聞いていたカリンが、頰を染めるエレンに生暖かい目を向けていた。アキラはさらに続ける。
「人生経験豊富な僕のアドバイスさ。…彼にはやはり
「でも…また拒否されるでしょ?」
「拒否されたら、まず手を握るんだ。目を見つめて、繰り返す。いかに自分が彼を愛しているかを伝えて…それでも無理なら、抱きしめるんだ!」
「え…ハズいんだけど」
「でも、彼には実際これが一番効くと思うな。これでも結構な付き合いだからさ。経験豊富な僕を信じるといいよ」
ふふふと笑うアキラに、エレンはじっ、と視線を送った後…彼を指さし、こう告げる。
「アンタ…たぶん女の子何人も転がすタイプでしょ。カリンちゃん、こっちおいで。危ないよ」
「えっ、あ、はい…」
「…アドバイスしてあげたのに、いきなりなんだい!?」
「な、なんかこう…マジに経験に裏打ちされてる感があって怖い。ぜったい魔性ってやつでしょアンタ」
エレンはとたとたと駆け寄ってきたカリンを抱きしめながらアキラを睨む。アキラはその視線に、かつてないショックを受けるのだ。
「そ、そんな…そんな事するわけないのに、
「妹さんにも言われてんの?やっぱそうなんじゃん」
「ご、誤解だ!彼女なんて一回もできたこと…」
「なるほど、彼女ヅラされるのを嫌がるタイプなんだ…クラウスもその手腕でオトしたの?」
「待って、本当に違うんだよ…なんでみんなそんな事…」
がっくしと肩を落とすアキラに、おかしそうにカリンは笑う。彼らはホロウ危うし高楼の夜、その直前の、束の間の緩んだ空気に包まれていた…。
【To Be Continued…】
クラウス:これは化物か、それとも人か。彼が聴いていたのは有名なオペラなので、興味があれば“誰も寝てはならぬ”で検索検索ゥ!
アキラ:兄妹揃って、クラウスとの旧都陥落被害者の仲間意識もあるが、それを抜きにしてもクラウスが大好き。ちなみにこんなムーブやナリをしておいて童貞である。
リン:たまにクラウスに姉さんと呼ばせている。
エレン:クラウスを…落とす!
ーーーーー
いかがでした?
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