鮫と石竜子は知っている   作:ミトコンドリアン

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お待たせしました、ほんへ更新のミトコンドリアンです。
お気に入り3114件、感想評価ありがとうございます。スゴイウレシイ、感謝のワニ『アリガテーアリゲーター』。

今回、ちょい文章がくどいかもしれません。これからチューニングしてくのでご容赦ください。

では、どうぞ。


王権神授説/変貌

 

「プロキシ様。先程私とリナでビルの出入り口をいくつか偵察して参りました。反乱軍たちは未だ警戒を続けており…立ち去る気配はありません」

「ふむ…まだ任務が終わっていないから後退もできない、ってところかな」

 

 バレエツインズの足下にて、ライカンと通信機越しのパエトーン…アキラが話し合っている。そう。ふたたびバレエツインズに突入する折に必ず反乱軍の兵士とかち合うことになり…それの対策を講じる意味も兼ねてのことであった。

 

「まさに。…ですが、隊員との連絡が途絶え…おそらく()も未だ中にいる以上、警戒を一層強めているに違いありません。彼らとの正面衝突はやはり避けられないようですね。これは、可能な限り短時間での防衛ライン突破、レイン様の救出が求められることになります」

「そうか。わかった、道案内は僕に任せてくれ。合流のために、クロウラーに渡したインカムの信号も探してみるよ」

 

 ライカンの分析・状況説明に、アキラはそう啖呵を切った。頼もしい雰囲気を醸し出す彼の言葉をライカンが受け止めると…アキラのHDDから聞こえてくる声。

 

『マスター、良い知らせをお伝えします。たった今、ビルを飲み込んでいるホロウ内のデータ解析が完了しました。ビル内の熱源をリアルタイムで感知できます』

「よし…これでやっとバレエツインズの中が完璧に見える。ナイスタイミングだFairy」

「では。皆、プロキシ様をお守りください。出発です」

 

 AIアシスタントのFairyが情報を伝達し、いざ鎌倉…と、行きたいところであったが、それは件のAIアシスタントによって静止される。

 

『お待ちください。あと一つ伝達事項がございます』

「…なんだいfairy。重要な情報かな」

『ホロウ内のエーテル活性データをスキャニングしたところ…非常に局所的な高活性地点を発見しました』

「なるほど…そこは避けた方がいいんだね?」

 

 アキラはその発言を、危険地帯は避けるようにとの忠告だと受け取った。しかし、頼もしいアシスタントは続けてこう言った。

 

『肯定。しかし、避けることは非常に困難だと推測』

「…どうしてだい?」

『その高活性地点は、非常に高い活性を保ったまま…ビル内を()()しています』

 

ーーーーー

 

 赤外線カメラで偵察・強行しながら一行は進んでいき…そこで衝撃の事実を知ることになる。パールマンやニコたちの乗っている飛行船が、誘拐され、利用されたレインの手によって掌握され…バレエツインズのホロウに突っ込もうとしているのだ。

 

 それを知ったプロキシ一行は、より一層レインを迅速に助けるため走る。しかし…道中で奇妙なものを見ることとなった。

 

「この廊下、他のものよりも損傷が激しい…皆、欠片に足を取られないように!」

 

 ライカンが違和感に気づき、メンバーに注意喚起を行った。今まで通ってきた通路はエーテル晶柱が生えていたりはしたが比較的綺麗な廊下であったのに対し…その通路は壁や天井、床にまでヒビが入っており、床にはエーテル晶柱の欠片がバラバラと散らばっている。

 

『なんだ、この床の跡…』

「すご…なんでできたんだろ」

 

 慎重に、しかし急ぎながらも進んでいく。イアスの中のパエトーンが分析の為に辺りを見回していると、これまた奇妙な痕跡に気がついた。床になにやら物を擦ったような黒い跡がついている。そして、それは壁や天井にもちらほらと見られ、エレンは視線を動かしてその先を追っている。そんな中、fairyがHDDの画面に現れる。

 

『マスター。ご報告がございます』

『なんだいfairy』

『先程、マスター御一行の位置情報並びにバレエツインズ棟内マップ、エーテル活性データを照会したところ…貴方様方のいらっしゃる場所は、例の“高活性地点”が移動を行ったルートと一致します』

『…………待ってくれ。つまり、その高活性地点っていうのは…』

 

 fairyの言葉に簡単な推測をしたパエトーンがそれを口に出すより前に、fairyが答えを提示する。

 

『高活性地点は、恐らくは“高危険エーテリアス”に該当するものと思われます』

『だそうだ。みんな、注意してくれ………ますます避けなければいけないな。急いでる時にかち合いたくない…そんなのがいるなんて、クラウスが無事でいてくれるといいけれど』

 

 駆け足で進みながらもクラウスを案じるパエトーン。道案内を続ける為、推察もいいところに前を向き…またもや奇妙なものが視界に入る。

 

『これは…なんだ?』

「エーテル結晶…にしては、珍しい形ですわね」

 

 リナが言うように、それは奇妙な形をしたエーテル結晶の塊だった。片方が絞られた円柱のような形をしていて、あちこちが欠けていて中が空洞になっているのがわかる。そして、表面の模様も特徴的だ。六角形の()が重なり合ったような模様で…

 

「……………あ、あああ、あの…エレンさん…」

 

 それを横目に進んでいると、不意にカリンが立ち止まりエレンに呼びかけた。その様子は挙動不審で、何かを見ながら震えている。

 

「どうしたのカリンちゃん。…そんなに震えて」

「あ、あ、あれ…」

 

 一行は立ち止まる。エレンがカリンの指差した方を見やれば…そこには、()()()()()()

 

「ッ!ボス!」

『バカな、活性反応は近くには…!』

「……………いや、待ちなさいエレン。これは…」

 

 一瞬にして戦闘体制に入った一行だったが、ライカンが何かに気がついた。仲間を制止した後、恐れることなくその頭にゆっくりと近づき…表面を撫で、観察し、答えを出す。

 

「ご安心ください。ただの()()()のようです」

『……よかった、機器の不調かと思ったよ』

「なるほど…ということは、道中の結晶も同じ抜け殻だったのですね」

「おそらく、主は件の高危険度エーテリアスでしょう。くれぐれも気をつけて」

 

 リナが納得したように手を合わせて言い、ライカンが再度注意を促した。疑問が解決したところで、歩みを再開する一行。しかし、その時だった。

 

「………ねえ、歩きながらでいいから聴いて」

『おや、どうしたんだいエレン』

 

 エレンが神妙な面持ちで口を開く。パエトーンはライカンに抱えられながら返事を返すと、エレンは…珍しく、若干の震えた声で言い出した。

 

「あたしさ…クラウスに聞いたことがあって。トカゲのシリオンは脱皮の時、手の届かないところは()()()()()()()皮を剥がすんだって…」

『え?それが今の状況に関係するのか…………あ』

 

 なにかに気がついたようにパエトーンが声を出した。他のメンバーも何かを察したかのような雰囲気を出し…エレンは続ける。

 

「クラウスさ…エーテル爆薬弾頭のミサイル浴びたんだっけ」

『ああ。反乱軍の特別制、エーテル活性を跳ね上げる代物だって』

「もし…もしだよ。それがクラウスの()()()()に、ヘンな作用でもしてたら…!」

 

 そこまで口に出した…その瞬間。

 

 

        !!!!!!』

 

 

「…ウソ」

『な、なんだ…!?』

 

 階下より聴こえた、建物がびりびりと震えるほどの“咆哮”。とある真実を確信してしまったエレンを他所に、fairyが警告する。

 

『警告、階下にあった高危険度エーテリアスの反応が移動を始めました。演算の結果…ここより階上を目指している確率、85%』

『まずい…先に上に上がらないと道が塞がれるかもしれない!!』

「みなさん、急いで!」

 

 ライカンの号令に、皆一様に駆け出した。階段を、時には崩れ坂になった瓦礫を駆け上がり上へ上へ。目的地へ向かう途中に、振動はどんどん大きくなっていく。

 

「え、えと、近づいてきてませんかぁ!?」

「プロキシ様、ルート変更をご提案します」

『だよな…今の反応の座標は!?』

『計測中…結果。エーテリアスの反応は…()()()です』

『………え?』

 

 fairyのその言葉に、誰もが衝撃を受けた。そして、ビルの窓の外を見やれば…

 

 

 割れた窓の下から重たげに現れた、巨大な竜の頭。

 

 

「マジで…どーやって張り付いてんの!?」

『みんな気をつけて!刺激しなければ捕捉はされないはずだ!』

「左様でございますか、なら………あれは?」

 

 パエトーンの注意喚起を聞いたライカンが落ち着いて目的地を目指そうとするが…何かの飛翔音と共に、竜の背中に爆炎が上がった。何事かと周りを見れば、近くのバルコニーに反乱軍の兵士達の姿が。彼らはあの竜に向け、緑色の筒…対戦車ミサイル(ジャベリン)を構え、立て続けに3発も放つ!

 

「おい、効いてねえぞ!」

「馬鹿言え、対戦車用を贅沢に使ってんだ、落ちねえわけねえ!」

 

 騒ぐ反乱軍の兵士たちが放ったミサイルは、殆ど背中の甲殻に命中したが…そのうち一発が頭部を爆炎で包み込んだ。咆哮で大気が震え…竜が彼らを認識する。

 

『ああっ、なんてことを!!』

「不味い…動き出します!急いで!」

「は、はひぃ!」

 

 情けないカリンの悲鳴と共に、反乱軍の兵士を無視して駆け出す。ビルの壁面に張り付いた竜が兵士たちへと壁を伝って詰め寄り…ひとくち。その勢いのままバルコニーの一部までかじりとり、咀嚼し…嚥下。

 

「…食べている、のですか?」

「お腹が空いてるのかしら」

「え、エーテリアスにも空腹があるんですか!?」

『いや、ないはずだ…まさか』

 

 一同が目的地へ急ぎながら、その竜を観察する。その竜が咀嚼を行う度、咬合する時に歯がぶつかる音だろうか?ばつん、ばつんと、生物から出ているとは思えない衝撃音が響いてくる。竜は咀嚼を終えると、辺りを見回し…パエトーン一行を視認する。

 

「……こ、こっち見ましたよ!?!?」

『まずい、早く隠れないと!』

「いいえ、そんな時間はありません…走って撒く他ないでしょう」

「ボスも無茶言うなあほんとにっ…!!」

 

 脇目も振らず、ライカンがイアスを抱えて疾走。他のメンバーも彼の後に続いて走り出した。小さな破片や瓦礫の積もった道を行けば行く程、ビルに伝わる衝撃が大きくなっていく。

 

「揺れがどんどん大きくなってきていますわね〜」

「素直に“デカブツに追いかけられてる”って言えないの!?」

『前方に生体反応を確認。反乱軍兵士です』

「お相手する暇はございません、押し除ける程度でいいでしょう…ハアッ!!」

 

 道を阻むように現れる反乱軍兵士も、パエトーン一行の背後を見てギョッとしたような仕草をしているうちに、ヴィクトリア家政の面々が蹴散らしていく。倒れて取り残された反乱軍兵士の悲鳴が背後から断続的に響く。

 

『このビル…買ってももう再起不能になっちゃうんじゃ…』

「今はそんなことどーだっていいでしょ!?」

「落ち着いてくださいエレ、皆止まりなさい!!」

『え、ライカン何…うわぁっ!?』

 

 冷気の漏れる義足から急停止の火花を散らし、ライカンが腕を広げて一行を静止した…その瞬間、行く道の右にあった窓ガラスがけたたましい音を立てて割れ…()()()()()()()がその先の通路へ流し込まれた。それの出所は…巨大な竜の顎。奔流が収まると、竜は頭を通路に突っ込み、中を覗き、見回し始めた。

 

「…………ひ、ひぃいん…」

「カリンちゃん、落ち着きなさい」

『対象はエーテルエネルギーに指向性を持たせ、放つことができるようです』

『まるで怪獣映画だ…』

 

 瓦礫の影に息を潜め、竜の動向を窺う一行。竜の大きな()()()が空気を震わせ…………ずりずりと床や天井に頭を擦り、顔を引っ込め…また上へとよじ登り始めた。一行はその様子を窓越しに観察し…エレンが呟く。

 

「…侵食させて張り付いてるんだ」

 

 目の前の巨大な侵食跡を作った主がビルを揺らす振動を感じながら…取り敢えず去った危機に胸を撫で下ろし、レインの安否を心配するパエトーンであった。

 

ーーーーー

 

「…………あれ?」

 

 気がつけば、短い芝に覆われた丘に寝転がっていた。

 

「えーっと…確かミサイルで吹っ飛ばされて…こんなとこまで吹っ飛んできたの?」

 

 ぶつぶつ一人で状況整理をしながら起き上がる。立ち上がって、尻をはたいて地面の埃を落として…辺りを見回して、気がつく。

 

「……吹っ飛んできたにしちゃ…見当たらない」

 

 ミサイルで吹き飛ばされてきたならば、少なくとも元いた場所、バレエツインズのビル…ないしはそれが飲まれているホロウが見えるはずである。しかし、何故だかどこにもそれは見当たらず、ただ、広い自然公園の芝生の景色とそれを縁取る街が広がるだけであった。

 

『………始まりの場所にございます』

「えっ…誰?」

 

 急に近くから声がした。慌ててキョロキョロ見回しても、やはり芝生の広場と街並みが見えるだけだ。しかし、その声は苛立った様子でまたもや語りかけてくる。

 

『下でございます、下。…寝転がらせていただいております』

「あ、なるほ………わ」

 

 合点がいって下を見ると、そこに腕を枕に寝転がっていたのは…()()()()()だった。自分自身の、エーテリアスに近づいた姿。しかし、今立っている自分は生身だし、自分が二人いるわけがない。つまり、ここにいる彼は…相棒、か。

 

「………僕無しで単独での行動とか、できたっけ?」

『不可能にございます。貴方様、()()()()の今の状態では、ですが』

「へえ〜。…喋れたんだ」

『一応は、貴方様から分たれた存在ですから。まあ…貴方様の…人類の呼称に合わせるならば、()()()()()()()()()でしょうか』

 

 目の前の相棒は、僕のことを奇妙な呼び名で呼んだ。自分が相棒、と気安く呼んでいるのに対して、奏者だの貴方だのと…まるで目上の人に話すみたいに。見上げられながら話すのも少しむず痒くなってきたから、彼の横に再度腰を下ろした。

 

「一人で変わるのが無理なら…なんで出てこれてるの?」

『ここが現世(うつしよ)ではないからにございます。想い描くならば自由でしょう』

「……なるほど、心象風景ってこと」

『非常に物分かりがよろしい…』

 

 噛み締めるようにそう呟いてため息をつき、相棒は眼前の景色を眺めている。心の中、ということは…この場所が何処を模しているのかもすぐわかる。一度深く息を吸って、涼しい空気で肺の中を満たしてから、ゆっくりと声を出す。

 

「ユーピテル区立自然公園…君が生まれた場所だね」

()()()()()()()()()にございます』

「我ら…僕は元々人間なんだけど」

『ええ。そして、今も貴方様はヒトの身に甘んじておられます。が、しかしエーテリアスでもある…半端者ですね』

「半端…かあ」

 

 相棒が憎らしげに言った言葉を、偶蹄目でもないのに反芻する。なるほどそうか…やはり、半端者だったのか。

 

「僕って侵食体なの?」

『ええ。…まあしかし、そんな枠組みに収まっていられるほどの存在でもありませんが。貴方様はホロウ災害の犠牲者でもなければ、神への生贄(サクリファイス)でもありません』

「サクリ、何…?……じゃあなんなの」

 

 ぶつぶつ訳の分からないことを言う相棒に少し強めに言い放った。相棒は少しだけ考えるような素振りを見せて…口を開き、大気を震わせた。

 

『貴方様は…私という(みずち)の手綱を握る奏者であり、私という王笏を握る者であり、選ばれた者にございます』

「………選ばれたって、誰にさ」

 

 僕は矢継ぎ早に言った。面倒くさそうに相棒は頭を振って、続ける。

 

『…ときに我が奏者よ。“王権神授説”という言葉をご存知?』

「だいぶ昔の…それこそ、まだ木と石で建物を建てて、王様とかが本当にいた時代の言葉だよね」

『ええ。絶対王政期において、絶対君主の王権の根拠を“神”に与えられたものとする政治思想でございます』

「授業で知ってるけど、なにか関係あるの?」

 

 ちら、と僕の方を向いて、ゆっくりと立ち上がった相棒は僕の目の前に立つ。そして、身振り手振りを交えながら言葉を紡ぎ始めた。

 

『王権とは、神により与えられたものです。なれば、国王は神に対してのみその責を負い、それ以外のありとあらゆる権威…異教徒、議会、教皇による拘束は受けない…いや、()()()()()()()()

「は、はあ…えっと、ぜんぜん関係ない話じゃないのこれ」

 

 さすがに聴いていられなくなった僕は抗議した。しかし、やれやれと言った仕草をした相棒は、僕をじっと見つめながら低い声で再開する。

 

『貴方様は…“神”に選ばれたのですよ。先程申し上げましたように、貴方様は私という王笏を握る君主、いや…()()であるのです』

「…皇帝〜?僕がぁ?いやいや、ただちょっと強くて理性があるだけじゃん?」

『いいえ。かの咲き誇る貴婦人とも、将気取りの人形師とも違う。貴方様は特別な存在であるのです』

「ニネヴェと、あの人形遊びのあいつ?…アレらよりも特別な皇帝?」

『そう。産み増やす力とも、糸を手繰る力とも一線を画す特別な()()…貴方は未だ全てを振るったことはありませんが、貴方様は帝にございます。…しかし、未だ玉座は空のままだ…

 

 …相棒の声が震え出した。相棒は自らの頭を、まるで汗でも拭うかのようにゆっくりと撫で、微細動を繰り返しながら続ける。声のトーンは段々と上がり、必死さが滲み出してきた。

 

『我々は…ずっと待っている。待っているんだ…新たな支配者、秩序を打ち立て我々を統治し、導く者…王、皇帝を。だのに貴方様は未だ縛られているのですよ』

「なにに。僕は自由だ」

()()()()にです。貴方もおわかりのはずだ、縛られし王よ』

 

 さらりと言い放った彼の言葉に、心臓が鼓動を早めたのを感じる。

 

『貴方はもう、タンパク質だの糖類だの脂質だの食物繊維だの…そんなもの取らずとも、エーテルだけで生きていける

「まあ……うん。気づいてたよ、中二ぐらいで」

『そんな身体になっておいて、自分を本当に人間だと呼べるのでしょうか。惨めにもヒトの身にしがみついて…ああ、これもあった』

 

 指を僕に向けて指す相棒の声は冷たい。

 

『非エーテルへの()()。これも自覚しているはず』

「………………」

『エーテルでないものをエーテルへと侵食し、我々の領域(ホロウ)を広げ、いずれは世界すら()()()。そんな情景が心中にあるはずだ、貴方様には』

 

 図星だった。毎朝起きる度にそれを自覚していたが、認めてやるつもりなど微塵もなかった。…だが、こうして今、信頼してきた相棒に突きつけられている。

 

『…辛いでしょうに。ヒトの心を持ったまま、身体はもはやこちら側。それに邪魔され、貴方は神のご意志を達せずにいる』

「さっきからなんだ馬鹿馬鹿しい…その神とやらは何をしたいんだよ…!」

 

 優しく、慈しむような声に強い口調で返す。それでも相棒は未だ優しく語りかけてきた。

 

『………ヒトは、ずいぶん長く繁栄しすぎた。そう思いませんか?』

「繁栄して何か悪いのかな」

『ヒトはしぶとい。しぶといが過ぎるのです。ホロウという厄災に見舞われても、それからすら利益を見出し、エーテルを吸い上げ利用して…。今までの()()はみな、素直に粛々と受け入れたというのに』

「答えになってない…!五回ってなんだよ!?」

 

 必死に言い返す僕に、相棒はため息をついた。指折りながら言葉を紡ぐ。

 

O-S境界(オルドビス紀末)F-F境界(デボン紀末)P-T境界(ペルム紀末)T-J境界(三畳紀末)。あとは…ああ、K-Pg境界(白亜紀末)もあった。隕石の衝突、気候の変化、磁場の狂いによる宇宙線の雨…理由は様々。しかし、それはすべてひとつの意志のもとに成されました』

「…なに、言って」

『次の原因は…………もう、お分かりでしょう?』

 

 彼はもう一度、しっかりと…僕を指差した。

 

『神は、現生人類を見捨てました。世代交代の時間です』

「…………神さまが、僕らを?」

『ええ。もうヒト共の味方をしてくれる神はいない…この世はもはや神に捨てられた領域(Zenless Zone)なのです』

 

 得意げに言い放つ相棒。さも当然かのように、当たり前のように………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見て、怒りが湧いてくる。

 

「…なにが神だ。そんなものいるわけがないだろ」

『はい。先程も言ったでしょう、もうヒトの味方をする神は…』

違う!…元から、神なんていない」

 

 一歩前へ。相棒の方へ。

 

「いや…いらない。神頼みなんざしてたまるか!」

『…ほほう?』

「知ったことじゃないね。神の意思だの絶滅だの?神の慈悲とか、そんな物…()()()にそんな物要らない!」

 

神の必要ない領域(Zenless Zone)…貴方はそれを志向する、と』

「そうさ。信じないよ、神なんざ!!」

 

 腹から絞り出した声で、そう吐き捨ててやると…何が面白いのか、くつくつ相棒が笑い出す。

 

『ふ、くくく…ああ、やはり我が奏者は面白い方だ』

「何が可笑しい」

『…貴方に降りかかる不幸から救ってくれない神なぞいらない。神が与えたもうた()()を恨み、それを隠して抱え込もうとする。そういう考えが根底にある』

「それは………ッ!!?!?」

 

 いつのまにか、足下が黒い泥濘へと変わっていた。それはてらてらと怪しい光を反射し、まるでエーテルの深淵のような…悍ましい泥濘だった。

 

『今はとりあえず保留です。…貴方様の友人が、そこから()()()()()()()()と良いですね』

「なに、言って…!?」

『ああ、言い忘れていましたが…私めは、いつでも貴方様の味方にございます』

 

 ご機嫌よう。そう恭しくお辞儀をする相棒を目の前にして…僕は、その泥濘へと身を沈めた。

 

 ついに頭の先まで沈んでしまって…僕の意識もまた、暗闇へと沈降していった。

 

 次の瞬間には、このやりとりも思い出せなくなっていた。

 

ーーーーー

 

『…着いた!出口はあそこだ!』

 

 なんとかレインを救出した一行であったが…それだけでは喜べないほどに状況は混沌としていた。なんと、司法府の飛行船が航路のプログラムを改竄され、今まさにバレエツインズのホロウへと突っ込もうとしているのだ。そこにはパエトーン達の知り合いである邪兎屋のメンバーや、重要参考人のパールマンまで乗っている。そんな大惨事が起きてしまうのはなんとしてでも阻止しなければならない。

 

 裂け目から躍り出た一行の先頭で、ボンプの短い手の先で出口を指し示すパエトーン。広間のような空間の先に、このホロウの外、バレエツインズの屋上へと繋がる道があるのだ。出口を眼差していた視線が広間の方へと向けられると……一同の瞳が見開かれる。その中でも顕著な反応を示したのは、他でもないエレンだった。

 

「ッ、クラウス!?」

 

 そう。広間の中心に両膝をついている人影。黒曜のような美しい鱗に鴉の濡れ羽のような髪、しゅるりと尾骶骨から伸びた尾を持つ…自分たちがこのホロウに取り残してきた仲間、クラウスがそこにいたのだ。今は“クロウラー”への変身を解き、力無く首を垂れている。この場のメンバーの中でも彼の身を案じていたエレンは、彼の姿を視認するや否や急いで駆け寄った。

 

「クラウス!よかった、()()だった…大丈夫?」

「お父さん…お母さん…なんで…」

「………クラウス?」

 

 肩を叩いて声をかけるも、クラウスは項垂れて座り込んだまま。怪訝な表情を隠さないエレンの背後から他の面々も近づいてきた。

 

『クラウス!…怪我は、ないみたいだね。よかった!』

「殺すんだ…みんなどうせ僕を……」

「…クロウラー、様?」

 

 パエトーンの声掛けにも応えない。ただ俯いたまま、ずっと何かを呟いている。カリンの声にも反応しない。下を向いたままだ。ライカンはそんな彼を見下ろしながら、ちらと出口の方を一瞥し、エレンに声をかける。

 

「エレン、時間がありません。とりあえず彼も連れて先へ進みましょう」

「そだねボス。ほらクラウス、立って。行くよ」

 

 ライカンの指示に従い、エレンはクラウスの右手を取る。彼を自分の脚で立たせるつもりでそれを引っ張ると…彼の身体が揺れた拍子に、何かが彼からこぼれ落ちた。

 

 ぱた。と、こぼれ落ちたそれは地面にちいさなシミを作った。エレンがそれを目で追うと、それはちいさな水の雫であった。それを皮切りに、彼の俯いて見えない顔のあたりからぽたぽたと雫が落ち始める。

 

「…クラウス……泣いてるの?」

 

 やはり、エレンの問いには答えない。ただ、反応だけはあった。ぱたた、ぱた、と次々と雫が落ちていく。クラウスがエレンに握られた右腕を引き寄せるように力を込め……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ、シャアッ!!!!!!!」

 

 鈍い音が響いた。金属の塊が空を切る音と、それが空気の温度を奪いながら肉体に食い込み、骨をへし折る音。それに従って、クラウスの身体が宙に放り出され、ホールの出口の方へ転がっていく。反応が遅れたエレンの顔が驚愕に歪み、勢いよくそれをしでかした犯人の方を見る。

 

 そこには、自らの機械脚甲を最大稼働で振り抜いたらしいライカンの残心があった。自分の上司が脈絡もなく友人を蹴り飛ばしたものだから、彼女は困惑と怒りの混ざった声で怒鳴る。

 

「な、にしてんのボス!!!!!」

「エレン、構えなさい!」

「は!?なんで、クラウス泣いてたんだよ!?」

「………エレン。あれを見なさい」

 

 ライカンの指示に納得できずに問い返すと、リナも青い雷を指先からちりちりと発しながら彼女に言う。見れば、カリンも吹き飛んだクラウスの方へ丸鋸を構えている。並々ならぬ様子に、エレンに悪寒がよぎる。ゆっくりと、視線を吹き飛んだクラウスの方へ向けると…

 

「ゥ゛…ア、ギ、グブェ、ゴ、ゥ゛ウ゛ア゛…!」

 

 戦慄した。蹴り飛ばされたクラウスは立ち上がってこちらを見ていた。ばきばきと音を立てて、ライカンに蹴られた拍子にへし折れ、あらぬ方向へ曲がっていた左腕が修復されていく。凍結した皮膚も鱗がばらばらと落ちて一瞬にして艶めく傷ひとつないものに生まれ変わる。彼は瞬く間に受けたダメージを修復してみせたのだ。

 

 そして、彼はエレンを……いや、一向を見ている。黒い髪を乱し、前髪の隙間から覗く大きく見開かれた双眸は、迸る殺気を湛え爛々と閃いている。口の端から漏れる音は声の体裁を取っておらず、意味のない喘ぎにも聞こえたが、彼の様子からその意味を読み取ることができた。エレンには、それができてしまった。

 

「………そ、んな」

 

 思わず声が漏れた。エレンの悲痛な視線の先、クラウスが苦しげな吐息を漏らしている開いた口からは……滔々と、だくだくと、透明な粘性の雫が漏れ出していた。

 

 さきほどこぼれ落ちた液体は……()、だったのである。

 

「オ゛…お゛なぁが、ずい……ゔっウ゛、ウ゛ゥ゛ァ゛オ゛…!!

 

 クラウスは喉を掻きむしり、目を覆う。そこからはようやっと涙の雫が溢れ、しかし地面にあふれる涎の水溜りへと混ざり消えていった。苦しむ彼の背中から、彼を覆うようにエーテルの繊維が噴き出し…いつも変じる時とは比べ物にならないほどの体積のそれが、半ばクラウスを呑み込むようにして広がっていく。

 

「嘘…嘘、ウソ、やめてよ…」

『危険。クラウス・ヴィオレンツァから高エーテル活性反応を確認。避難を推奨します』

 

 エレンの喉から漏れた声を聴いたリナは、彼女を抱き寄せ少し後ろに下がらせた。Fairyから無慈悲な情報伝達を受け取った一向の視線の先で、どんどんエーテルが広がっていき、影が彼らを覆い隠していく。そして、ついに影の拡大は止まった。

 

 暴力的なまでに太い四つ脚が、その先の鉤爪で床をしっかりと捉えている。黒い鱗に包まれ、その隙間から緑と赤のエーテルの脈動が覗く表皮は、心臓の鼓動と呼吸の度に僅かに動いている。人間に比べればはるかに巨大な石竜子…その顎が僅かに開き、エーテルがばちばちと異音を立て迸る霞を吐き出す。そして、ぼたぼたと溢れた雫が床に落ちる度、そこは瞬く間に侵食されエーテルの結晶へと置き換わった。

 

       !!!!!!』

 

 広間に咆哮が響く。理性のない、本能のままの咆哮が響く。クラウスだったものがひび割れる程に床を踏み締め…一向へと、無慈悲にも飛びかかるのであった。

 

【To Be Continued…】




クラウス:大暴走石竜子ボーイ。並外れた身体能力と反射神経、エーテル操作能力の他、驚異的な再生能力を有しており、侵食を受けないどころかエーテルを取り込むだけで活動が可能。まともな人間ではない。というか本当に人間か?お前。

エレン:目の前で友人が化け物に変貌した。

パエトーン:目の前で友人が化け物に変貌した。












『相棒』:またいつかお会いしましょう、貴方様…。

ーーーーー
いかがでしたか?
よければ感想、評価などばしばしお願いします。励みになります。
では。また次回!
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総合評価:3016/評価:8.66/連載:11話/更新日時:2025年07月21日(月) 04:31 小説情報

おやおやイアスは可愛いですね(作者:一般通過探索者)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

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ひょんなことからヴィクトリア家政の『業務現場』を見てしまった主人公(♂)。▼口止め兼人材発掘と称して(半端強制的に)スカウトされてしまう羽目に。▼しかも提示された職務内容は執事ではなくメイド。▼果たして彼は女装メイドとして任務を上手くこなすことは出来るのだろうか。▼この話はオリキャラがヴィクトリア家政で頑張る話です。ゼンゼロの家政チームがお気に入りだったので…


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 TS転生してめっちゃ美人になってバカ金持ちになったから金の使い方を探している。


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