鮫と石竜子は知っている   作:ミトコンドリアン

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どーも、ミトコンドリアンです。お気に入り1952件ありがとうございます。もう多すぎて怖くなってきましたよ。

例の朱鳶さんの好感度イベント、いいよね。
今回、解釈違いを起こしたくない人、そして青衣さんが好きな人は読み飛ばした方がいいかもしれません。キャラ崩壊その他諸々注意です。
キャラエミュが難しゅうてな…

鳶って猛禽類なんだよね。


桃色ビデオとあかまむし/玉偶老師と石竜子の妖

 

「ビデオデッキを貸して欲しい、ですか?」

 

 ちゃぶ台で茶を啜りながら、向かいに正座する朱鳶さんを見やる。ある休日、エアコンの効いた室内にて、僕は彼女の頼みを聞いていた。それは…

 

「ええ、うちの班が古いビデオテープを押収したんですが…どれもラベルが剥がされていて、中身が推察できない状態で。治安局の設備ではすぐに再生できず…君、確か古いものを持っていましたよね?」

「ええ、しまってありますけど…探してきますね」

 

 立ち上がり、洗面所前の壁にあるちょっとした倉庫の扉を開く。中は埃まみれだ。顔を顰めながら漁ると、それはすぐに見つかった。

 

 この部屋に越してきた時、元々置いてあったもの。おそらく前に住んでいた人が置いていったらしく、たまにビデオを見る時に使うのだ。まあ、ここ最近は映画館で観ることが多いので、あまりこれも使っていなかったが…。

 

 僕はそれを抱えてリビングへ戻る。朱鳶さんはちゃぶ台の上に件のビデオテープを並べていた。それを尻目に、テレビにビデオデッキを繋ぐ。

 

「はい、できましたよ。ご自由に使ってくださいな」

「ご協力感謝します!では、早速…」

 

 ビデオデッキの電源を入れ、ビデオテープを差し込んだ。吸い込まれたビデオテープが中できゅるきゅると音を立てている。

 

「…あ、そういえば…」

 

 その沈黙のおかげか、急にあることを思い出した。そういえば、醤油を切らしているのだった。今日の夕飯にも確実に使うので、なければまずい…忘れないうちに買っておこう。

 

「朱鳶さん、デッキを貸す代わりと言っちゃなんですが…僕ちょっと買い物行ってくるので…留守番お願いしますね」

「ああ、はい。行ってらっしゃい、クラウスくん」

 

 朱鳶さんがちゃぶ台から見送ってくれる。さて、急いで買って帰ってこなければ…!!

 

ーーーーー

 

 時は前日に遡り、夕方。勤務中の朱鳶は、青衣がデスクの上に置いた何かを、困った表情で見つめていることに気がついた。

 

「どうしたんです先輩、何かあったんですか?」

「おお、戻ったか朱鳶…それがのう、困っておるのだ」

「困っている…というのは、それのことですか?」

 

 朱鳶が指を指すと、青衣は何も言わずに、手に持っていたもの…茶色い小瓶を差し出した。手にとって近くで見れば、その正体はすぐにわかった。

 

「“眠気退散、活力増加あかまむし”…栄養ドリンク、ですか?」

「うむ、さよう」

 

 そう、それは所謂栄養ドリンク。マムシだかハブだか、ローヤルゼリーだかすっぽんエキスだかを配合しているらしい、微妙に美味しくないが飲めば元気になった気はするドリンクだ。

 

「我の身体では、普通の食物はエネルギーにできるが…そういう類のものは、人体にしか効かないからの。大して栄養にならぬから、どうしようかと困っておったのだ」

「なるほど…これをどこで?」

「巡回中、馴染みのご老人にもらってのう…。薬局のおまけでついてきたけど、別にこれに頼るような歳でもないからやる、とな…」

 

 彼女は困った様子で小瓶を弄ぶ。そして何か思いついたように、朱鳶にそれを差し出した。

 

「…やろう。適当な時に飲むといい」

「あ、はい、ありがとうございます…」

 

 朱鳶は流されるまま、それを受け取った。そしてその日はそれを鞄のそこに入れたまま、飲むことなく一日が終わった…。

 

ーーーーー

「ん?これは…昨日朱鳶に渡した栄養飲料の箱…」

「…成分表が書かれておらぬ」

「これは…まさか…………!?」

ーーーーー

 

 そして今日、昼。昼食に何か作ろうかと朱鳶が冷蔵庫を開いたところ、昨日もらった栄養ドリンクが目に入った。徐に手に取ってみると、あることに気がつく。

 

「これ…消費期限明日だ」

 

 しまった、仕事中に飲んでおくべきだった、と朱鳶は思った。仕方がない、忘れないうちに飲んでしまおう…と、瓶の蓋を開け、一気に中身をあおる。

 

「うっ…苦…それに、カッとくる…」

 

 お世辞にも良い味とは言えないドリンクに顔を顰める。しっかりと最後の一滴まで嚥下し、流しで瓶を洗い、乾かしておく。さて、昼食作りに戻ろうか、と彼女が踵を返すと…ポケットに入れていたスマホが震える。

 

 何かと通知欄を見ると、ノックノックにDMが。そこにはこう書いてあった。

 

『お昼まだならご一緒しませんか?』

「………なるほど」

 

 それを見て、彼女はテーブルの上に置いてある押収品のテープを一瞥した。ちょうど良いタイミングだ、この機会を逃す手はない、と、彼女はDMを返した…。

 

ーーーーー

 

 

「ただいまー。ふぃー、醤油以外も結構買っちゃったなあ」

 

 少しして、僕は買い物袋を抱えて帰ってきた。スーパーではちょうど卵が安かったので、醤油とそれと、あとは茶請けになるような菓子を買ってきたのだ。朱鳶さんの証拠品確認のお供にいいかもね。

 

 それにしても、卵が本当に安かった。しかもこれ、普通なら結構値が張る高級な卵だ。ラッキーだ…大事に食べよう。袋から卵を取り出しほくそ笑み、そのままリビングへの扉を開けると…

 

「う、うわ…すごい………これっ…」

 

 何やら朱鳶さんが、もじもじと、興奮した様子でテレビの画面を見つめていた。音量は小さくしているようで、こちらからテレビ画面は見えないし音も聴こえないが…彼女の様子がおかしい。何が映っているんだ?

 

 好奇心が湧き、僕はそのまま画面を覗き込みながら声をかける。

 

「朱鳶さーん、どうですー?」

「えっあっ、わっ、クラウスくん見ちゃ…!」

 

 何やら動揺する朱鳶さんが、慌ててリモコンを掴もうとし…あろうことか、音量ボタンを力強く押してしまう!僕の目と耳に、同時に入ってきたものは………

 

 

『じゃあボク…♡お姉さんの()()、触ってごらん…♡』

『ふわ…やわらか…おっき…!』

 

 

「……………ア゜!?!!?!?!!!!!!?!?!

 

 …それはもう、肌色たっぷりな、()()()()()()であった。

 

 驚きのあまり手放してしまった卵のパックを、朱鳶さんが慌ててキャッチしてくれる。予想外の方向から喰らったストレートパンチにくらりときて、思わず床に座り込んだ。

 

「……………………朱鳶さん」

「あっ、あっ、は、はい…なん、ですかクラウスくん」

 

 暫く顔を覆って息を整え、顔を真っ赤にした彼女に向き直る。未だに流れ続けるピンク色に染まった嬌声の中、僕は彼女の肩に手を当て…

 

「その…あなたが多忙で、()()()()()()()のも理解できますけど…あの、さすがに他人の家で見るのは、どうかなって…」

「え…………なっ、そんな、誤解です!」

 

 慌てた様子で彼女は僕の両肩を掴んだ。顔を赤らめた彼女は、何処となく汗ばんでいるように見える。ちら、とテレビへ目をやると、ベッドの上で女性と体格の小さい…猫のシリオンらしき少年がくんずほぐれつ、大惨事である。

 

「一応、僕も男なんで…貴方にとっては弟みたいなものなのでしょうけど、その、さすがに気にしてしまうというか…」

「待ってください!信じて!違うんです!ほんとに証拠品なんです!」

「えっ、わ、ちょっ、そんな揺らさないで…っ!」

 

 ひどく動揺し、冷静さを欠いている様子の彼女は必死に僕の身体を揺らす。がくがくと頭が揺れ、少し酔ってしまいそうだ。

 

「わっ、わかりましたって!証拠品なんですよね!?」

「しっ、信じて!断じて私の趣味じゃないの!年下が好きとかじゃないから!!!」

「敬語取れちゃってます!!!」

 

 というかこの人、なんだか様子がおかしい。顔が赤いし呼吸も荒い。しかも肩越しにわかるくらい手汗がびっちゃりだ…!

 

 彼女はまだ揺らすのをやめてくれない。そろそろ酔って気分が悪くなってきた…仕方がない。僕は無理やり腕を振り切って立ち上がろうとする…が。

 

「まっ、ちょ、うわ…っ!!」

「これは仕事、仕事だから…きゃっ!!」

 

 必死の朱鳶さんの凄まじい力を無理に振り切ろうとしたせいで、変な体制でもつれ、床に仰向けで倒れ込んでしまった。尾が圧迫されて苦しい。

 

「いっ、てて…………」

 

 後頭部を軽く打ったようで、少し痛む。さすりながら起きあがろうとすると…腹の上の重みのせいで、起き上がることができない。なぜならば…

 

「あっ、ごめんなさ、クラウスく……」

 

 どうやら、朱鳶さんは転んだ拍子に、僕の上に倒れ込んだらしい。彼女の赤ら顔がとても近く、彼女の酒精を帯びた吐息が顔にかかる。頭を打った痛みで誤魔化されて気が付かなかった…。

 

「あの、別にいいので、早くどいてください…朱鳶さん?」

「……………………」

 

 朱鳶さんが見たことのない、熱で潤んではいるが、どことなくぎらついた目で僕を見ているのに気がついた。僕の胸元に感じる、柔らかい感触の奥に…早鐘を打つ、彼女の心臓が感じられる。恥ずかしくて、顔が赤くなる。

 

「あの…きこえて、ますか?」

「……………」

 

 テレビから未だに聞こえてくる、軋むベッドの音と男女の睦言、嬌声。………僕の太腿辺りに、とてつもない熱を感じた。それに気がついた途端、僕の上の彼女が身じろぎをし…僕の腰の上に座るような形に体勢を変えた。

 

「…朱鳶さん?早く降りてもらえると…」

「…フゥーーーッ…………フゥーーーッ………………」

「あの…あの、気分が悪いなら、お水とか持ってきますから…」

 

 僕をじっと見つめながら、荒い呼吸を繰り返す彼女の潤んだ目は依然として僕に向けられている。……様子がおかしい…!

 

「あのっ、ほんと、怒りますよ!?」

 

 少し声を荒げると、腰に乗っかっていた重みがふっと軽くなる。彼女が降りようとしてくれているのだな、と安心したが…その見通しは甘い物だったとすぐに気づくことになった。

 

「……………ッ…、ふぅ…ッ」

「え?」

 

 ずし、とまた重みがかかり、僕の身体がぐわんと押される。それに戸惑っていると、僕の上の朱鳶さんは徐に両手で僕の肩を掴んだ。痛いほどに力のこもった彼女の把握のせいで、僕は上体を起こせなくなってしまう。

 

「はあーッ…はあーッ…はあーッ…」

(朱鳶さん…動揺してるで済む範疇を超えてる…!何か変なものでも食べたんじゃ…ッ!?)

 

 ぎらぎらした目でこちらを見つめ続ける、明らかに正気でない彼女の様子を心配していると、またもや身体が揺れる。それが幾度か繰り返され…やっと、彼女が何をしているのか理解できた。

 

「ちょ、やめて、それは洒落にならないっ、あっ、あっあっだめっ…!」

「フッ…フッ…フゥーッ…」

 

 朱鳶さんは僕の上で、しきりにぐい、ぐいと動いている。上下に揺れたかと思えば、腰を擦り付けるようにくねり、しきりに下腹部を僕の下腹部に押し付けるように動く。そう、それはまるで…………

 

「んっ、んうっ…んっ、んっ、あっ…」

「やっ、やだっ、やめてください!だめです!」

 

 かっと顔が熱くなり、必死で呼びかけてやめさせようとするが…獣のような眼光を宿した彼女は、いくら懇願しても止まってくれなかった。いつも理知的で優しい、本当の朱鳶さんとは大違いな動向。そして、彼女が持ってきた押収品のビデオ…それを加味し、僕はある結論に至った。

 

(あのビデオ…まさか、()()()()()的なものか!?)*1

 

 そう。押収品ということは、何らかの犯罪行為に使われていた可能性が高く…あの内容からして、あれは見た人間を()()()()()()に走らせてしまう、恐ろしい効果を持ったビデオなのかもしれない。

 

 何を馬鹿なことを、というかもしれないが…ホロウ調査協会にある、あのVRシミュレーター…あれは脳に情報を送り込むようにして体験するもの。あんな技術があるのだ、簡易的に情報を流し込んで、ちょっとの間()()()()くらいならわけないのかもしれない!*2

 

「朱鳶さん!気を確かに持って!負けちゃダメです…っ!」

「ふうっ、あっ、あっ、あっあっ…」

 

 彼女は揺れながら、どことなく苦しそうな声を上げる。…もしや、彼女は未だに催眠に抵抗を…!?なんて強固な精神なんだ…っ!*3

 

 しかし、彼女ひとりでは辛そうだ。僕も必死で耐えなければ…もし、もし僕も興奮してしまえば、正気を失った彼女に身も心も弄ばれてしまう!

 

「ふんっ…!こっ、の…っ!ち、力つよっ…!!!!」

「んっ?!ふっ、ふうっ、あっ、ぅあっ…♡」

 

 彼女の腕を掴み引き剥がそうとするも、異常な膂力でそれは叶わず。脚に力を入れて腰を浮かせても、彼女がぐいぐいと押し込むように力をかけ、満足に持ち上げることができない。だが、何もやらないよりはマシだ…っ!!!

 

「おっ、あうっ、奥、揺れ…………♡」*4

「はなっ、れてっ、下さい…………っ!!!!」

 

 じたばたと必死に暴れ続けて数分。彼女の体力に限界が来たのか、力が少しずつ弱まってきた。もう、そろそろ…っ!

 

「フゥッフゥッフウッ、はあっあっあっあっあっ………

 

 

 

 

 

 

……………アッ…!!!!!!!」*5

 

 びく、とひときわおおきく彼女が揺れ、力が緩んだ。今だ…っ!!!

 

「いよっ、こら…!!!!!」

 

 ぐいっ、と彼女の身体を横に倒し、拘束から逃れた。ばったりと床に倒れる彼女を見て申し訳なくなるが、今はあれを止めるのが先決!

 

 流れるように上体を起こし、リモコンを引っ掴み、電源ボタンをしっかりと押下。ぶつん、という音と共にテレビの電源が切れ、部屋の中には静寂が戻った…。

 

「ふぃー…なんとかなったかな…っと」

 

 気が抜けてすと、と座り込む。彼女を一瞥すると、虚な目で肩で息をして、天井を見つめている。そっとしておけばじき正気を取り戻すかな…?

 

 僕はビデオデッキに近づき、テープを取り出した。ラベルが剥がされた古いテープが吐き出されてくる。まったく、世の中にはこんなに危険なものがあるのか…他のも同じ効果なテープにちがいない。*6署で処分してもらったほうがよさそうだ。

 

 ひと段落して気が抜けた…。デッキを外して、少し休憩しよう、と、テレビの裏へ四つん這いのまま回ろうとした…その時であった。

 

 ずし、と背中に重みがかかる。背中に感じる柔らかな感触、異常なほどに高い体温、首筋にかかる恐ろしく熱く湿った吐息…。

 

「フッ…フウッ…クラウスくん…クラウスくん…♡」

「え、あ、だめ…ッ!!!!!!!!」

 

 いつの間にか起き上がった朱鳶さんが僕の背を跨ぐように脚を下ろし、僕の背中にピッタリとくっついてのしかかる。彼女の心臓の異様に早く力強い鼓動が伝わってきた。

 

「かわいい…クラウスくん、可愛い…♡」

「ひっ、やめて、どこ触ってんですかっ!」

「ねえ…いいですよね…我慢したんだから…いいですよねェ…ッ!」

 

 ぐ、と身体が後ろに持っていかれる感覚。この方向…まさか…寝室ッ?!

 

「しっ、しっかりしてください朱鳶さん!あなたは正気を失っているんです!僕となんて、絶対後悔しますよ!?」

「後悔なんてしません!大丈夫、責任もきちんと取りますから…ッ!」

「待っ、待ってっ、僕未成年ですよ!絶対、それだけは!」

「先輩も言ってました!バレなきゃ犯罪じゃないんですよ…!」

 

 手のひらで床にへばりつき、引っ張られるのを必死で耐える。腰を脚ごと掴まれぐいぐいと引かれるのを、シリオンの膂力をフルに発揮して拮抗…拮抗!?朱鳶さんって純粋な人間だったよな…!?

 

 やはりなにかおかしい。完全に常軌を逸している。一体彼女に何が起こっているんだ…!?

 

「強情ですね…早く…ッ、神妙にしてください…ッ!」

 

 ず、と半分ほど背後に引き摺られる。やばいやばいやばい…っ!!

 

「だ、だめ…このままじゃ…っ」

 

 走馬灯のようにこれからの光景を幻視してしまう。あえなく寝床にまで引き摺り込まれ、見慣れた天井を見上げながら熱と吐息に塗れて上下、そのままショットガンで違法マリッジ、朱鳶さんは治安局にしょっ引かれて…っ!そんなのダメだ…っ!!!

 

 もはや抵抗は意味をなさず、寝室の戸口に脚を広げてつっかえて留まる。もう手に力が入らなくなってきたその時…目の前に転がった、見慣れないカバーの携帯に着信が入った。これは…朱鳶さんの携帯!

 

 その時、クラウスに電流走る。電話の主が彼女の知り合いであることに賭け…携帯を鷲掴み、受話のボタンをタップ!

 

『おお、朱鳶よ!ようやっと出おったか!』

「あっ、もしもし!朱鳶さんの知り合いですか!?」

『む…朱鳶ではないな。主、名を名乗れい』

「クラウスです!朱鳶さんの隣人の…っ!ちょ、そこ掴まないでっ!」

『隣人…ああ、よく朱鳶が話しておる少年か!様子が変だが、何やら有事であるか?』

 

 向こうから聞こえてくるのは、どこか古ぼけた言い回しをする少女のような声…。誰か分からんがとにかく助けて…っ!

 

「朱鳶さんの様子がおかしいんです!急にのしかかってきたと思ったら、抱きついてきたり…!」

『ふむ…やはりそうか』

「何か知ってるんですか!?」

 

 事情を知っているような口ぶりになる声の主は、すぐさま僕に返事を返してくれる。

 

『後で話そう。緊急事態なのだろう?場所はいずこ』

「〇〇ハイツの308号室…朱鳶さん家の隣、角部屋です!合鍵はポストの中、暗証番号は228!」

『あいわかった。今向かっておる…っ!』

 

 ぷつ、と通話が切れる。なんとか助けを呼べたことにほっとして、朱鳶さんの携帯を手放す。そしてまた手で床にへばりつき、徹底抗戦の構えに入った。

 

「クラウスくぅん…大丈夫ですよ…痛いことはないですし、初めて同士ですから恥ずかしいこともありませんよ…」

「とんでもないこと聞いちゃいましたけど無視しますね!!!!!」

 

 自由な尾で朱鳶さんの身体をびしびしと叩くが、ダメージは毛ほども与えられない。それどころか、肉食獣のような目でこちらをぎらぎらと見つめる彼女は、一層引っ張る力を強め…徐に右手を放した。その手はそのまま流れるように…

 

「ひ、ひゃあっ!!!」

 

 僕の、()()()()()()をしっかりと握り込んだ。

 

「だ、だめ、ほんとにだめ…っ」

 

 手から一気に力が抜ける。腰から脳天まで、びりびりと刺激が伝わってしまう。抵抗力が削がれる…っ。

 

「なるほど…神経が集まっているのですね。かわいい…♡」

「あっ…あっ、ぅ…………」

 

 かり、と爪を立てられ、ぐたりと尾が垂れる。四肢から力がどんどんと抜けて、完全にぐでりと床に投げ出される。

 

「ここが気持ちいいんですね…。これは、さっきのお礼ですから…ッ」

「ア゛ッ!?あ、う、あ〜〜っ……」

 

 胸まで寝室に引き摺り込まれ、ぐりぐりと尾骶骨を刺激される。びく、びくと意思に反して身体が跳ねる。背骨がびりびりとよくない快楽を伝え始めた。

 

「いい子になりましたね…さあクラウスくん、あとは一緒に…」

 

 小一時間尾骶骨を弄られ続け、もう発語すらできなくなるほどに体力を削られ、ずるずると…完全に寝室に引き込まれてしまった。身体が持ち上げられ、少しの浮遊感の後、背中に馴染みのあるマットレスの感触。続けて覆い被さるように、僕に朱鳶さんの影が落とされた。

 

「ごめんなさいクラウスくん…でも、君が悪いんですからね…?」

 

 はーっ、はーっと血走った目で見下ろされ、気分は蛇に睨まれた蛙、鳶に蹴り掴まれた石竜子…。あとは食われるを待つのみだった。ぷち、ぷち、と、僕の上で彼女がシャツのボタンを外してゆく。嗚呼、もうおしまいだ…。

 

 目をゆっくりと閉じ、せめて苦しくないといいな…と、運命に身を委ねようと半ば諦めた…その時であった。

 

「…あいや待たれい。朱鳶よ、ぬしは()()に当てられておるぞ」

 

 寝室のドアの方から聴こえる、少女の声…もしや!

 

「少し“ちくっと”するぞ。成敗ッ!」

「きゃ…っ!!」

 

 そちらに首を向けると同時に、ぷしゅ、という音がする。持ち手のついた筒のようなものをこちらに向け、少女がそこから放った何かは、朱鳶さんの首に直撃!彼女は少し固まった後、ベッドの上に倒れ込んだ。

 

 しばし、寝室を静寂が包み…僕は慌ててベッドから飛び退く。

 

「ひいっ、あ、危なかっ、たぁ〜〜ッ…………」

「うむ、間に合って良かった…我も後輩が犯罪者になるところなど見とうないからな…」

 

 かちゃ、という音とともに、少女は筒をゆっくりと下ろした。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます…お名前を伺っても?」

「治安官“青衣”。…そこで眠っておる、朱鳶の部下だ。以後、よしなに」

「ど、どうもご丁寧に…あの、大丈夫なんですか?朱鳶さんは」

 

 青衣と名乗った少女にそう問うと、彼女は意外だとでも言いたげな顔をする。

 

「自分を襲いかけた相手を心配とな…。伝え聞くよりも心が広いとみえる」

「ま、まあ、明らかに様子がおかしかったので…一体、何があったんです?」

「そうか、まずはそこから説明せねばな…。ぬしは、栄養飲料…“えなじぃどりんく”は飲むか?」

 

 唐突な問いに困惑しつつ、僕は答える。

 

「いえ、あまり…徹夜する時もコーヒーを飲むくらいで」

「そうか。実は昨日、朱鳶に貰い物の栄養飲料を渡したのだが…今日の朝見たその箱に、それらしい成分表示がされておらなんだ」

「は、はあ」

「不審に思って調べてみれば…あれよあれよと見つかるは、違法薬物の混入した様々な商品…。どうやらその飲料を試供品と提供していた薬局は、裏で違法なものも売買しておった様子…朝のうちに一斉検挙となった」

「…待ってください。まさか、朱鳶さんは」

「さよう。我の忠告が間に合わなかった、ということであろう。彼女はすでに、その飲料を飲んでしもうた後だった」

「なるほど…でも、違法な薬物っていうと、強烈な快感を得たり、幻覚を見たりするやつじゃ…?」

 

 青衣は朱鳶さんに近寄り、彼女の額に手を当てながら続ける。

 

「そこが売り捌いていたのは、そのような類の薬物ではなく、一種の()()()()()剤のようなもの。人間の脳の“りみったぁ”を外し、興奮を喚起させ、理性を飛ばし……人間を獣同然に堕とす薬物だったそうな。幸い後遺症や依存性はない、とのこと」

「なるほど…だから、あのビデオにあてられて…?」

「む、びでお、とな…?」

 

 疑問符を浮かべる彼女に、かくかくしかじかと件のビデオについて説明した。

 

「む、あれはそんなにも危険な…あいわかった、こちらでまた引き取るとしよう。今日はすまなかったな…」

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。逆にほっとしましたよ、ただ薬で正気じゃ無くなってただけだってわかって」

 

 胸を撫で下ろし、ベッドに横たわる朱鳶さんを見る。首にはシリンダーのついた麻酔弾のようなものが刺さっており、頬はまだ赤いが、深い眠りへと落ちているようだ。

 

「…少しの鎮静剤と、薬物の中和剤を撃ち込ませてもらったからの。起きたら我が病院に連れて行く。少しの検査ののち、問題なければすぐに帰れるだろう」

 

 青衣さんは朱鳶さんの首から麻酔弾を抜き、絆創膏を荒っぽく貼った。その様子に一縷の不安を感じて…僕は彼女に問うた。

 

「…朱鳶さんは、正気を失ってただけなんです。だから、その…厳しい処分とか、解雇とか、そういうのは…やめてあげてくれませんか?」

 

 それを聞いた青衣さんは一瞬固まった後、ころころと笑う。ひらひらと手を振り、喜色を滲ませた声色で言う。

 

「心配せずとも、始末書を書くのは我のみ。朱鳶はお咎めなしであろ。しかしなんとまあ、やはり自分を襲った相手にも優しいのであるな。今日の若者も捨てたものではない…」

 

 ウンウンと満足そうに頷く青衣さん。

 

「別に、誰も彼も許す訳じゃありませんって…。朱鳶さんはこんなことする人じゃないって、分かってますから」

「…ほう、朱鳶め、よい隣人を持ったな」

 

 ぺしぺしと眠る朱鳶さんをはたく青衣さん。その様子を見て、なんだか気が抜けて…くう、と腹の虫が鳴いた。

 

「…青衣さん」

「む、何ぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやつにパンケーキでも焼こうかと思うんですけど…いります?」

「うむ、ご相伴に預かるとしよう」

 

ーーーーー

 

 なるほどまさしく“尽くしてくれる系”とやらであるな、と、治安官青衣はクラウスの背中を見ながら一人で勝手に納得した。

 

 彼女は玉偶、生身のヒトでなく“知能機械人”と分類される存在であり、本来食事などは必要ないはずであるが…今はなぜかちゃぶ台の側に座り、クラウス手製のおやつを待っている。

 

 今まで朱鳶から話を聞いたり、いつかに遠目から姿を確認したこともあったが…彼女にとって、会って話したのは先程が初めてであった。しかし、短いあの間からも滲み出るように感じられるお人好しの雰囲気…けっこういい奴であるな?という結論に至った。

 

 部屋を見回すと、どこもきちんと整頓され、掃除も行き届いている様子だった。勉強机に教科書や参考書、漫画や小説、変わった置物などが並んだ本棚、窓枠にも埃は少ない。散らかした様子もなく、男の部屋という感じがしなかった。

 

 …まあ、実際に男性の部屋に“事件現場”としてでなく、お客として人が暮らしている状態で上がり込んだのはこれが初めてである。嗅覚センサに所謂“他人の家の香り”という形容し難い新鮮な香りを感じた。少し深呼吸してみるなどする青衣は、なぜだか少し気分が高揚していた。

 

 そわそわ、きょろきょろと部屋を見渡していると…視界の端に、布がかけられた四角い何かが映った。ベッドサイド、背の低い棚の上に置かれたそれが、なぜだか彼女の興味を引いた。

 

 ゆっくりと立ち上がり、そちらへ近づく。この布の向こうには何があるのだろうか…と、ぺら、とそれを少しだけ巡り、中を覗いた。

 

 …アクリル製のケースに入ったテラリウム。ほほう、こんな趣味があったのか、でもなぜ布をかけていたのか、と青衣が中を観察しながら考えていると…端で何かが蠢いたのに気がついた。光感度を上げ、視界の明るさを上げれば…それはすぐに視認できた。

 

 銀色の鱗を持つ小さなトカゲ。爪や尾の先など所々が緑色で、特徴的な、エーテル晶柱にも似た角張った形の鱗を持っている。そして、彼女のセンサが次に捉えた情報は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何を、見てるんですか?」

 

 

 ひた、と肩に手が置かれる。そして首筋に何か尖ったものが優しく当てられて…これは鉤爪だ、と青衣は瞬間的に察した。

 

「…これ、クラウスの(ぼん)。あまりおなごの肌に爪を立てようとするものではないぞ」

「わかっているでしょう?そうするだけの理由があるのは」

 

 良い人間だと判断するのは早計だったか、と後悔した。肩を掴まれ、首筋…人間ならば頸動脈にそのまま爪を突き立てられる位置に人差し指を置かれている。

 

「…今のうちに言っておくが、あまり年寄りを舐めてかかるものではないぞ。正直に言えば狼藉も不問としよう…。これは何だ。この、()()()()モノは…………ッ!」

 

 ぐん、と視界が揺れ、背中に強い衝撃を感じた。そして続けざまに、地に足がつかない浮遊感…。壁に叩きつけられ、宙吊りにされている。掴まれているのは、己の首だ。

 

「ごめんなさい。朱鳶さんの部下の人に、こういうことはしたくないんですけど…」

 

 彼はテラリウムに手を入れた。その手を伝って、奇怪な蜥蜴が姿を表す。そしてその蜥蜴は()()…彼の腕を覆っていく。

 

 何かされる前に抜け出そうと、青衣は自由な脚を使い、クラウスに何度も蹴りを入れる。横腹、鳩尾、脚に胸…がすがすと、常人ならば骨を折る勢いで蹴っても、彼は身じろぎすらしない。あどけない見た目をしておきながら、今の彼の目からは真っ暗な闇と…本気で()()()()()()()()()()という感情しか読み取れない。

 

 もし青衣が生身の人であったなら、確実に額に冷や汗が伝っていたであろう。この歳でこれほどの雰囲気を放てる人間に出会ったのは、今回が初めてである。このまま抜け出せなければ、何か…取り返しのつかないことになるという確信があった。

 

 なりふり構わず、青衣は回路を励起させ、電撃を纏った蹴りを放つ。それも腹や胸にではなく…クラウスの、股の間を思い切り蹴り上げた。

 

 どか、という音がした。申し訳ない気持ちになりながら、苦しんでいるであろうクラウスの顔を見やると…()()()()()()()()()()()()。だが、心なしか青衣に引いているようだ。

 

「…これほどまでに、()()()も爬虫類寄りだったことに感謝したことはありませんね。さて、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 いつの間にか彼の腕は変貌を遂げていた。黒曜の鱗に銀の晶柱の鱗が混じり、鉤爪の先は緑に発光している。彼は人差し指をぴん、と伸ばし…爪の先に、小さなエーテル球を生じさせる。

 

「何度かやったことありますから、安全性は担保されてます。終わったらきちんと()()()ますから、安心して…」

 

 どこか自分に言い聞かせるように、クラウスは青衣にそう言って、ゆっくりと指を近づける。それが向かう先は、額…。

 

「ま、待て…よさぬか!事情があるのなら、我…に、っ…!!!!!」

 

 抵抗虚しく、爪先が青衣の額に触れた。がくん、と揺れ、だらりと垂れ下がる玉偶の機体。

 

『メモリに不明な接続が検知されました。直ちに使用を中止してください』

「はいはい、すぐに済ませますから…()()()()()()()()()()後ですけど」

 

 機械音声が部屋の中に虚しく響く。

 

『メ、メモ、メモリに深刻な侵しょkkkkkkkkkkkkkk…』

 

 ガクガクと揺れる機体は不安定な音声を吐き出し…少しして、沈黙した。

 

『システムがシャットダウンされました。5分後に再起動を行います』

「…ふぃー、やっぱこの作業は神経使うね。…ありがと相棒。そして、ごめんなさい、青衣さん」

 

 機械音声を吐き出す青衣に、クラウスは謝罪した。

 

 青衣は、今は何も答えない…。

 

ーーーーー

 

『…システム、再起動します』

「あ、おはようございます。…具合は大丈夫ですか?」

 

 はて、我はなぜ寝転がっているのだろうか。それに、頭のすぐ横にクラウスの坊の身体、後頭部の感触…これは、俗に言う…膝枕、であるか?

 

「びっくりしましたよ、パンケーキを焼いてたら倒れてるんですもん…でも、無事なようならよかった」

 

 はて、倒れていたとは本当か。何故だろうか。“とらぶるしゅうてぃんぐ”を…何故だろうか、原因を探そうにも、何かぴりりとしたものがメモリを駆け巡り邪魔をする。倒れる前後の記憶が思い出せない…。

 

 膝から彼の顔を見上げ、中止する度に…メモリ内にぴりりと何かが駆け巡る。義体の表面温度が高まり、冷却のための排気システムが1段階強度を高めた。これは、義体の“ばぐ”なのだろうか。

 

 …いや、もしや、これは、俗に言う…。

 

「クラウスくんごめんなさい、いつのまにか寝てしまったみたいで…」

「………恋、か?

「あ」

 

 意識を取り戻したらしい、寝室の扉を開けてリビングに入ってきた朱鳶と目が合った。それも、クラウスの坊の膝に頭を乗せた状態で。しかも、口をついて出てしもうた素っ頓狂な発言までばっちりと聞かれて…。

 

「………………………」

「ま、待てい朱鳶よ。これは違うのだ。やむにやまれぬ事情が…」

 

 ひゅ、と頭上から吸気音が聞こえた。クラウスの坊からであろう。朱鳶は光のない瞳でこちらを見つめながら、一歩一歩こちらに歩いてくる。

 

「……………詳しく、聞かせてもらいますよ」

「…御意」

 

 卓上で甘い香りを放つ“ぱんけぇき”を他所に、正座の状態でクラウスの坊と共に、こってり絞られてしまうのであった。とっぺんぱらりのぷう。

 

【To Be Continued…】

 

 

 

 

 

 

*1
残念ながら違います。

*2
よほどのことがない限り無理です。

*3
高まってきているだけです。

*4
押し返したので不意の刺激に悶えています。

*5
無事“到達”しました。

*6
どれもただのアニマルビデオ()です。




クラウス:アレは爬虫類らしく“スリット”である。気になる人は自己責任で調べてみよう!

朱鳶:理性の飛んだ猛禽と化した。作者自身『朱鳶さんはこんなことしない…ッ‼︎』と叫ぶ理性と『やっちゃいなよyou…!』と吠える性癖の間で戦った。

青衣:三節棍があれば生身のクラウス程度一蹴できたが、丸腰であったこと、そして一瞬の躊躇のが命取りとなった。恋はしていない(マジレス)

ーーーーー
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