暫くカノンの胸のなかで泣いていたが、漸くして泣き止んだ。そして、悩みを打ち明けるべくベンチに座って会話をしようということになった。
「はぁ…………うぅ……」
冷静になった進は先程の状況を思いだし1人で頭を抱えていた。
(情けねぇ……あんなに抱きついて泣いちまったよ……)
そんな進の気持ちなど知らずに、カノンは進から紡がれる悩みごとを聞こうとさっきから何も話していない。待たせても悪いので本題に入ろうと口を開けた。
「その……悩み、だったよな……」
「はい。一体どんなことがあったのか、思いっきり話してもらって構いませんからね!」
そういって胸を張るカノン。なんと頼もしいことか。さっきまであった孤独感や恐怖心が和らいでいくのを感じる。話す覚悟はできていたので、もう止まることはないだろう。
「あぁ……その、悩みってのはな……し、信じらんないかもしんないけど……一言で言うと化物がいるって話なんだが……」
どこから話していいのか分からないので、簡潔に結論だけを最初にもっていく。どのような反応をしているのか気になり、カノンの顔を良くみる。
「っ!?……化物?そ、そんなまさか……」
何やらとても動揺しているようだった。馬鹿らしく思っているのか、それとももっと他に重大なことがあったりするのだろうか。なにかを呟いていた気もするがもしかするとこちらに対する軽蔑の言葉なのかもしれない、と思ったところでこの考え方を自ら否定する。あそこまで、親身になってくれたのに今さら軽蔑なんてするはずがないとそう、カノンを信じていたからだ。
「あー……やっぱ信じられないよな……」
「いっいえ!そんなことありません!話してほしいとお願いしたのは私ですし、気にすることはありませんから!」
少しシュンとする進をみてすかさずフォローを入れるカノン。その優しさや気遣いが今はとても嬉しかった。
「そうか?なら、話を続けるが…………」
1拍おいて口を開ける。よほど話しにくいことなのか、その開く口はとても重そうに見えた。
「俺は先週の休みに、ある大きな虫のような生き物を見つけたんだ。」
「虫……ですか?」
「あぁ……みたことない姿形をしていたからついていってみたんだが、その先にはおっきな洞窟があってな……そこで化物に会ったんだ。」
「化物……」
進の話を聞きながら思い当たる節があるかどうか、記憶を辿りながら考える。
(話を聞く限りでは、確実にクリーチャーのことよね……確かにクリーチャーは始めてみる人にとっては恐怖の対象になるかも知れない……けど……)
化物が十中八九クリーチャーの事であることはある程度想像がつく。しかし、これだけでは引っ掛かる部分もあった。
(なんで、あそこまで先輩は怖がっていたのかしら……?嫌な予感がする……)
それだけではあの異常なほどの恐怖心を表には出さないはずだ。多少怖かったとしても、なにかをされていない限りあそこまでの反応はないはず。そこまで考え、妙な胸騒ぎがするカノン。もしかすると、なにかとんでもなく恐ろしいことをされたのではないかと、不安になる。
「…………ノン……カ……ン……」
「…………………………」
「カノンっ!」
「っ!せ、先輩?ど、どうしたんですか?」
「いや、俺が説明してるときカノンがボーッとしてるのに気づいたからさ。なんかあったのかとおもって。」
「あ……な、なんでもないですよ!」
どうやら深く考え込みすぎて回りの音が聞こえてなかったらしい。相談される側が相手に気を遣わせてしまった事実に申し訳なくなるも、思考していた内容については話さないように隠すことにした。
「そうか?じゃあ続けるけど……」
少し怪訝そうな顔を浮かべながらも続きを話そうとする進。それを今度こそは聞き逃すまいと、集中するカノン。
「その化物なんだけど……最初は、その虫になんかしてる感じだったんだ。何をしていたのかは分からなかったけど……」
「何か、か……一体どんなことを……」
不可思議な話しに相槌をうちながら、首をかしげるカノン。
「俺もう怖くてさ、岩影隠れてバレないように洞窟をでようとしたんだ。でも、そこに何故か男の人がやってきたんだよ。」
「男の人……ですか?」
「そう。しかも変な呻き声でうーあーとか言いながら化物達に近づいていくんだ。」
「呻き声を……」
「当然化物達はその人に集まってくるのよ。そこから……」
といい掛けた次の瞬間、突然進の顔色が悪くなる。先ほどみた恐怖心から来る震えも再発しているようだった。トラウマ、というやつだろうか。若干呼吸の回数も増えている気がする。カノンはここが山場なのだろうと察する。
「そ、それ、それか、ら…………あ、あぁ!あ、あの、あの人、がっ!………………っ!」
呂律が回らずに恐怖だけが先走りする。このままではまともに話を聞けなくなると思ったカノンは進の手を力強く握った。
「落ち着いてください。怖かったですよね。きっと辛い思いもしたはずです。けど、今は私がいるんです。安心してください!」
そういって、進の恐怖心をほぐすために背中をさすりながら優しく言葉を掛ける。
「フーッ!フーッ!…………はぁ、はぁ……あ、ありがとう……」
カノンのお陰か先ほどまで焦っていた進は落ち着きを取り戻したようだ。
「どういたしまして!このくらいどーってことないですよ!」
そういって明るく振る舞う。そんな自信満々なカノンをみて進も少し心が楽になるのを感じた。
「ふぅ…………で、でだな……その男の人なんだが……」
一瞬、嫌な間が空く。カノンは先ほど感じた予感が外れてほしいと願いながら話を聞いている。
「いきなり叫び始めたんだ!それも、痛がっているように聞こえたんだ!」
「っ!」
やはり、なにか苦しい事をされたのだろう。嫌な予感が当たってしまい心苦しくなる。進はカノンのお陰か幾分かは落ち着いていたが、それでも説明中の進は少し興奮気味になってしまっている。
「しかも、その人は体がどんどん白くなっていって最終的に……そうだな……」
進は当時の事を思い出す。あの人の全身真っ白で岩のようなゴツゴツした造形を。例えるならば何になるのだろうか。
(あれは何だったんだ……?あいつがなにか呟いていたような気がするんだが…………っ!?そうだ!確か、『スイショウノハナ』とかなんとか言ってたよな。確かに水晶みたいな色や形してたもんな……)
進は、化物の言っていたスイショウノハナという言葉を思い出す。確かに水晶のような質感だった気がする。例えにもピッタリだと思った進は、そのままカノンに伝えることにした。
「最終的には、ゴツゴツした岩みたいになっちまったんだ……確か『スイショウノハナ』とか言ってたっけな……確かに、水晶みたいな質感や色をしてたんだよ。だからなのかもしれない……」
そこまでいってカノンの顔色を覗いてみる。
「……………………」
「カ、カノン……?」
そこには、家で泣いていたときの自分よりも悩んでいそうなそんな深刻な表情をしたカノンがいた。ショック過ぎたのだろうか。どれだけ声をかけてもピクリともせずに真顔で、なにかを考えているように見える。暫く眺めていたが、いよいよしゃべらなそうだったので声をかけた。
「カノン?おーい!カノンー?」
「…………………………」
「お、おーい!!!どうしたんだよ!!!」
「…………あっ!はっはい!?ど、どうかしましたか!?」
「いや、どうしたもこうしたも……俺のために真剣に悩んでくれるのは嬉しいけど……カノンはそこまで深く考えなくても言いと思うけどなー」
確かに悩みごとを全力で考えてくれるのは嬉しい。しかし、今回は訳が違う。化物のことを話してしまったからといって、手放しにカノンをこの騒動に巻き込むわけにもいかない。なので、聞いてくれるだけでいいのだ。進の提案に不思議そうな表情で、こちらをみている。
「えっそ、そうですか……?でも……」
「大丈夫だって!きっとだいじょ…うぶ……なばず……」
自信満々に断言しようとするも、そのような根拠はどこにもない。誤魔化そうと取り繕うがどこかぎこちないようすだ。
「そ、そうだ!この後!この後がやばかったんだよ!」
「ま、まだ何かあるんですか……!」
自身の心情を悟られまいと話題をそらす。カノンは、人が水晶のような姿に変化してしまったという話だけでもとんでもないのに、まだあるのかと驚いている。
「あぁ……水晶になった後な……その人、食べられちゃったんだよ。」
「!?!?!?!?!?」
カノンは、驚きのあまり声がでず口が少し空いてしまいそのまま呆然としてしまった。
「た、食べられた……!?」
どう言うことなのかと言いたげな表情で此方を見つめるカノン。進はあの時のトラウマの光景を思い出しながら俯いて話す。
「あぁ、文字通り食べられたんだ。バリバリ音をならしながら、な。そ、それが……頭から……は、離れねぇんだよ……くっうぅ……」
あの光景を思い出してしまったのか、また目尻に涙を浮かべながら話をしている進。また泣き出してしまいそうになったその時、目の前に此方に手を伸ばしてくる両手が見えうつむいた顔を前へと向ける。
「カノ、ン?」
「ありがとうございます。そのような辛いことを思い出させてしまって……怖かったですよね……先輩のことです、きっとそんな残酷な光景を前にして心が苦しかったことでしょう。だから……」
そういって再びカノンが進を抱き寄せて
「今は、スッキリするまで私の中で休んでください。」
慈愛に満ちた表情でそう、語りかけてくるのだった。
「ちょ、カノン!?それはさっきやってもらったからもう「いいですから!私は気にしませんから、休んでください!」っ!」
先程カノンの胸の中で泣きわめいたばかりだというのに、また抱き締められるというのは流石に恥ずかしい。それに、休むとは一体なんなのだろうか。カノンのお陰でもう十分スッキリしたし、泣いたこともあってかずいぶんと楽になった。だからいま抱き締められる理由がいまいち分からない。
「で、でも、もう結構泣いたし十分話したからスッキリしたし……休むって一体何を……?」
「それはですね……心です!」
「心……?」
「そうです!確かに泣いて、お話をして楽になったとは思います。けど、それだけじゃ完全にスッキリなんてしません!」
モヤモヤが晴れるわけではないと、そう断言するカノン。その勢いに気圧される。
「人に話しただけでは、泣いただけでは晴れた気持ちにはなれません。私もそうだったからわかるんです。」
「なんで……晴れないんだ……?」
「それは心が疲れてしまっているからです!どれだけ話しても、泣いたとしてもそれだけではすぐに楽にはなれません。」
「確かにそうかもしれないけど、時間があれば徐々に落ち着いてくるから大丈夫だって……」
「確かに時間も大切です。でも私が先輩みたいに悩みごとを知り合いに相談した時、その知り合いが手を握ってくれました。その時の温もりが疲れきった私の心を癒してくれて、すぐに晴々とした気持ちになれたんです。」
そう説明しながらカノンは過去にあった出来事を、懐かしむように思い出していた。
「この時思いました。人肌に触れることによってこんなにも癒されるんだって。私は先輩に1日でも早く元気になってほしい……だから、こうやって抱き締めれば先輩は手を握るよりももっとも~~~っと!癒されてくれるって思ったんです。」
「カノン……」
そんなに考えてくれたとは思わず、なんだか嬉しくなる。それに、確かに先程まで感じていた不安感もないように感じる。それよりも安心感のほうが強いように思う。なるほど、確かに効果はあるようだ。
「ありがとうな、カノン……」
「どういたしまして!」
お礼を言って暫くカノンに抱き締められることにした進。さっきまでは心が疲れきっていたからなのか、周りのことを機にする余裕がなかったが、カノンはとてもいい匂いがする。ボディソープや洗剤とかのいい匂いと言う訳ではなく、女の子らしいカノンだなぁと思えるような、そんな甘い匂いがした。そんな要素もまた進に安心感を与え心を癒していく。
「…………………………」
5分ほど抱きついていただろうか。そんなときだった。
(はぁ~…………落ち着く……さっきまでの恐怖心が嘘みたいだ………………でも、俺の格好結構恥ずかしいよな…………いまだってほら…………!?)
頭にある感触があることに気づく。気持ちの整理ができ、別の思考ができるようになってきたからか、気づかなかったことに気づいてしまった。
(あ、あれ?この、デコ辺りに当たってるのって……)
頭にある感触。柔らかいものが何やら二つほどあるようだ。確か頭の位置がちょうどカノンの胸辺りだったはずだから……だとすると……?
(ま、まさかッ!こ、ここここ、こ、これっ!これってッ!!!お、おおおおおっ、おっp…………)
そう、進の頭の上部辺りがちょうどカノンの胸辺りと同じだったのだ!思春期の進にとってこれは刺激が強すぎる。以前にもカノンのあの姿を見てしまっていたが、あれはとっさに目をつむったので視認せずにすんだが、今回は触れてしまっているのでどうしようもなかった。
「……ん?先輩、どうしたんですか?」
「へっ!?どうしたってな、なななにがっ!?」
動揺してしまい頭が少し震えてしまい、それがカノンにバレ心配の言葉を投げられる。
「いや……なんだか少し震えているような気がして……」
「いっいやっ!?べ、別に震えてなんてないんじゃないかな!?」
焦りすぎて声が裏返る。
「うーん…………先輩のことです。また、なにか隠してますね?でも大丈夫です!どんなに怖いことがあっても私が全部吹き飛ばしちゃいますから!それっ!」
そういってカノンは進の頭の後ろに伸ばしていた手をさらに力強くし、進をさらに強く抱き締める。
「え、いやっそ、そんなことじゃなく……わぷっ!」
強く抱き締められてしまい、更に頭の感触がダイレクトに伝わってしまう。もう、このままこうしていようかなとも思ったが、先輩の威厳に関わると思った進は
「カ、カノン!?もうっ、もう大丈夫!チョー元気になったから!ぜんっぜん平気だから!そろそろやめない!?」
そう、提案をした
「えっ……でも、さっき震えてた「大丈夫だって!!!!!ほんとに平気だから!!」っ!わ、わかり、ました……」
若干納得できない感じに聞こえたが、抱き締められて約15分後に進はカノンの胸から解放された。
「やばかったぁ……」
「……?」
あの驚異的な胸の感触から解放された進は安堵する。カノンは何をそんなに焦っているのだろうかと首をかしげていた。ここであることに気づく。
(あれ……?さっきまであったモヤモヤがなくなってる……?)
消えることはないと思っていたあの忌まわしい感情があまり感じないことに違和感を覚える。完全になくなったかといえば語弊があるかもしれないが、それでも先程までよりも確実に楽にはなっていた。
(すげぇ……これが、人の温もりか……)
進は確かに人の温もりに触れたことによって、悩みごとを軽くすることに成功していた。
(これは……お礼、言わなきゃな。)
根本的な解決になってはいないものの、自身を蝕む悪感情を晴らしてくれたカノンに心からの感謝を込めてお礼を言おうと、そう決意する。
「なぁ、カノン……」
「はい、どうしましたか?もしかしてまだ足りなかったりして……」
そういって再び両手を前に差し出してくるので慌てて否定する。
「い、いやっ!そうじゃなくって!」
「そうなんですか?」
あの時のことを思い出し羞恥心から顔を赤くする進。カノンは一体どうしたのだろうといった表情で相槌を打つ。
(俺だけ変に気にしてるから変態みたいじゃないか……カノンって結構天然だよな……)
カノンの天然具合に振り回されながらも話を戻すべく言いたいことを口にする。
「俺、カノンに相談したお陰か今すっごい楽になった。だから……ほんとうにありがとう!助かった!」
そういってサムズアップをしながら笑顔を浮かべる。
「よかった……!私だって先輩にいっぱい助けてもらったんです!それが少しでも返せたのなら良かったです!」
カノンもそのサムズアップに対し、満面の笑みを浮かべながらそう答えるのであった。
ベンチから立ち上がり、いつも通り二人で帰ることにしたカノンたちは、いつもの道で談笑をしていた。そこで進はふと考えた。さっきはこっちだけが恥ずかしい思いをしてしまったから少し仕返しをしてやろうと。スイーツ店であーんをされたときにも仕返しをしていたところをみると、進は悔しくなると少しやり返してしまう癖があるようだ。
「それにしても、カノンも結構大胆だよなぁ~」
「……?……なにがですか?」
「ん?あ、いやぁだってねぇ~……人肌に触れるったって抱き締める以外にももっといっぱい方法はあったはずなのにねぇ……?」
ニヤニヤとなりそうな頬を抑えながらそう言う進。回りくどいがこうやってヒントを出していけばカノンが自分に何をしていたか気づくはずだと、進はそう思った。気づいた瞬間、俺みたいに羞恥心に悶えるカノンの姿がみれると思うと少しワクワクしてしまう。紳士とは言いがたい行動だが許してほしいと、そう心の中で思う。それもこれも天然が故に散々恥ずかしい思いをさせてきたカノンへの仕返しだと、そう理解してほしい。あーんし返したときも思ったより反応が薄かったので、今回は分かりやすくヒントを出した。さぁどんな顔をしているかな、とカノンを見ると
「大胆って先輩、何か問題でもありましたか?うーん……んー……?」
「う、うそだろ……!?」
そこには真剣に考えるカノンがいた。
(大胆ってワードに抱き締める、これ言われたら何となくわかんない!?それにさっきの光景を思い出したらモロだったんだから尚更!)
どうやら鈍感パワーの前には進出したヒントも無力らしく、落胆する。
「ほ、ほら!さっき俺のことをこう………む、胸辺りでギュッてしてたじゃん!そ、そんときに何か感じたこととか……ない?」
「か、感じたこと…ですか?うーん……」
暫く悩んでいたカノンは結論がでたのか俯き気味だった顔を上げ少し恥ずかしそうにしながら話した。
「強いて言うなら、私のあげられる祝福はこれだっ~~心の中で少し思っていたってことですかね?えへへ……ちょっと恥ずかしいですけど。でも、これって大胆なことなんですか?」
(そっち!?あ~…………確かにそんなこと言ってたな……ってかそこ恥ずかしがるとこかよ!まぁ恥ずかしいなって思う気持ちは何となくわかるが!むしろそこまで思っててくれてめちゃくちゃ嬉しいわ!…………なんかこっちが恥ずかしくなってきたな……)
「あ~大胆ってのはそこじゃなくて……えーっと…………あぁ!もういいや!カノン、さっきの話しは忘れてくれ!オッケー!?」
「えっ?えぇ……別にいいですが……んー……大胆なこと……?」
ここまで思われていた事実に進がまた恥ずかしくなり不自然に話を切り上げた。未だによくわかっていないカノンは進の言葉の意図を汲み取ろうと必死に考えているようだった。
「まぁでも、ほんとに助かったよ。」
「いえいえ、私も先輩が元気になってほんとによかったです!」
カノンには頭が上がらない。会ったばかりだと言うのに遊びにも誘ってくれて、それにこんなにも親身になって悩みを聞いてくれて、まさかここまでしてくれるなんて思ってなかった。
「カノン、ありがとうな。」
「もうっ先輩、なんだかお礼ばっかり言ってません?私は後輩として当然のことをしたまで「ふふっ、確かにそうかもしれないな」え?」
さっきから少し先輩の様子がおかしい。なんだかお礼をいっぱい言われている気がしたので、当然のことをしたまでだと伝えようとしたのだが、食い気味に遮られてしまった。
「けどな、思えば俺がお礼を言うこと、あんまりなかったなっておもってな。カノンは俺に助けられたから、とっても感謝してるってよく言ってくれるよな?」
「は、はい……」
「でも、俺は多分それ以上にカノンに助けてもらってると思うんだ。」
「私が?」
「あぁ。その事も踏まえて1つ謝らないといけないこともある。」
一体なんなのだろう。何か謝られるようなことをされた記憶はない。不思議に思いながら進の話に聞き入る。
「俺、酷いこと言った。カノンが俺のことをきにかけてくれてるとき、引き離すように今まで助けてもらったことや楽しかったときのことを悪い言い方して否定しちゃってた。だから、ごめん。」
「っ…………!」
否定したと言うのは恐らくあの事だろう。しつこく悩みを聞こうとしたときに拒絶した進は、カノンに向かって遊びに行ったときは楽しくなかった、雨宿りしたときは散々で苦労した、と言っていた。このことを謝っているのだろう。
「そして、ありがとう。あの時俺を遊びに誘ってくれて。それに、雨宿りをさせてくれて。」
「へ?あ、え、えとっ」
いきなり感謝の言葉を掛けられて戸惑いを隠せない。
「あーそれから今回のことも相談してくれてありがとう。あとは、店での仕事で俺の業務の手伝いをしてくれてありがとう。えーっとそれから、パフェを食べさせてくれてありがとう。それに、ルピコちゃん達と会わせてくれてありがとう。それから……」
「も、もういいです!」
「えっ、まだまだあるんだけど……」
「だ、大丈夫です!もう十分、伝わりました、から!……あぅ~……」
「……?」
褒められなれていないため、進に褒めちぎられたカノンは恥ずかしさの余り進の感謝の言葉を中断させる。赤くなった顔を見せたくないのか手をもじもじしながら下を向くカノン。対して進はどうしたのだろうと不思議そうな目でカノンを見つめていた。
「とにかく、俺はカノンにめちゃくちゃ助けられてる!前までは悪いな、何て思っていたけど…………困ったときは頼っていいんだって、そう思ったんだ。だから、今後もよろしくな、カノン!」
そういって握手を求めて右手を差し出してくる進。その顔は今までにないくらいの明るく元気なもので活発なものだった。
「っ!」
ドキリと心臓が微かに鼓動するのを感じる。心なしか顔も熱い気がする。これがなんなのか、感じたことのない感覚に戸惑う。
「カノン?どうした、もしかしてなんかついてる?」
ボーッとして進の顔を見つめていたカノンを心配する声が聞こえてハッと我に返る。
「あ、えと……わ、私のほうこそ……よろしくお願い……します……」
そう言いながら握手をしようと手を伸ばすのだが、なぜか顔を直視できない。妙な恥ずかしさに加えて顔が微かに熱くなり冷静ではなくなるのだ。そんな自分自身に違和感を抱く。その為カノンはそっぽを向きながら、まだ赤みを帯びた頬を見せぬように手を握った。
「ど、どうしたんだ?やっぱ、なんかついてたんじゃ……」
「い、いえっ!そんなことじゃありません!」
とっさに進の考えを否定してしまった。なぜだか、そのような考えによってほしくなかった。どうしてこんなことを思ってしまうのか、よく分からず混乱してしまう。
「そうか?ならいいんだけど……っと、そろそろ行かなきゃ。じゃあ俺帰るわ。」
「あぇ?ま、待って……」
引き留めようとするも声が小さく届いていない。
「今日はほんとにありがとなー!」
そういって分かれ道を進もうとする進。
「ちょっと、待ってください!」
「っ!カノン?」
すんでのところで引き留めたカノンは進と向き合って1拍開けて話を続けた。
「こ、今度!また一緒に遊びませんか!?次は私と先輩の二人きりで!」
いきなりの申し出に面食らったような顔をして驚く進。もしかしてダメなのかな、と思い掛けたその時
「おう、わかった!また遊ぼうな!」
進は快く了承した。
「ほ、ほんとうですか!?や、やった!……約束ですよ!」
「お、おぅ……まぁ俺は今度こそ帰るかな。」
明らかにさっきよりも興奮気味になっているカノンの勢いに気圧されるも、そろそろほんとうに帰ると言った旨を伝える。
「わかりました。それじゃまた明日、会いましょう!」
「あぁ!じゃあなー!」
こうして二人は別れるのだった。
「うーん……」
家に帰ったあと、風呂も食事もすませたカノンはベッドの上で今日を振り返っていた。
「あのときから先輩を考えると少しだけ恥ずかしくなっちゃう……」
あのとき進に明確に頼られたカノンは心のそこから嬉しかった。遂に頼られるくらいにはなれたのだと、そう思った。しかし、それ以上にあの時の進の顔や声を思い出すと顔が熱くなって、心臓がドキドキしてしまう。一体何が起こっているのか分からず布団に顔を埋めながら足をパタパタとして悶える。
「うぅ~…………一体なんなの……」
しかし、ただの羞恥心かといわれたらそうじゃない。そもそも恥ずかしい感情なのかと言われたらそういうわけではない……と思う。なんと言うか、心がキュッと締め付けられるような、そんな気がするのだ。しかし、恥ずかしい感情にも似た何かを心に抱えているとき、僅かながら幸せだと思うときがあるのだ。これがなんなのかがわからない。
「先輩…………」
気づいたら進のことを考えてしまう。それほどまでに頭を進が支配していた。
「早く明日にならないかなぁ……」
小さく呟いたその声音はどこか儚く感じる。暫く沈黙が部屋を包む。
「………………そうだ」
冷静さを取り戻しつつあったカノンはあることを思い出す。
「先輩の言っていた化物……あれってきっとクリーチャーのことよね……」
話の内容を思い出す。確か男の人が水晶のようなものにされて食べられたと言っていたはずだ。
「っ!……これはルピコやカイト、いや守護者の皆に相談したほうが良さそうね……」
語られた内容に怒りを覚えるが、一人ではなにもできないことなど自明の理である。ここはシティを守っている守護者の皆に相談することにしようと、そう決意した。
「それに、先輩を苦しませたんだもの。相談されたからには私が何とかしないといけないのだわ。」
カノンは密かに膨らませていた化物への怒りを静かに露にするのだった。
裏設定
カノンの言っている相談したことですが私の小説の世界線では
カノンが罪を償っていけるか不安とウェディングに相談→ウェディングが手を握りカノンならきっとできると鼓舞する→自信がつく
といったようなやり取りを過去にしているという設定があります。