暗い。どこまでも暗い。そこはまるでビッグバンが起こる前の空間、無に近いものだった。無論、ビッグバンが起きる前の事など知るよしもない。ただ、偶々ネットサイトの動画でそんな映像を見たため率直にそう思っただけだった。一体自分はどうなってしまったのだろう。というより体の感覚がない。本当に今の自分は生きているのだろうか?そんなことを考えていると、突然手足の神経が何か固いものが当たっている感触を体で感じとった。体があるかどうかも分からない曖昧な感覚に陥っていたそれは、自身の体を認識した瞬間、頭が覚醒する。全身に電気が走るような感覚が広がる。今自分は目を閉じているということも理解した。ならば開けるだけだ。そう思い立ったそれはゆっくりとその閉じていた目蓋を開けた。
「ん……」
感覚はあるがどうも意識がはっきりとしない。寝起きのような感覚に陥りながらも、それは現状を確認すべく辺りを見回した。
「ん~……?…………んん!?」
辺りにはなにもなく、ただ闇が広がっている。その異様な光景に意識が覚醒する。そこでそれは初めてその空間で声を上げた。
「どこだここ!?!?!?」
眠りから覚めたのは白守進であった。進は状況を理解しようと直近の記憶を便りに整理することにする。
「えーと……怪しい奴に着いてったらなんか変な声聞こえてきて……そしたら頭が凄い痛くなったんだよな。そっからは…………ない。その後の事が全く記憶にないぞ!?えぇ…………ここどこだよ……」
記憶を整理しようと決めたのはいいものの、明らかにここから先の記憶がない!といった部分があるので余りの整理する必要もなかった。意味不明な状況に頭を抱える。手がかりになりそうな情報はなく途方に暮れる。
「考えてても仕方ないかぁ……はぁ…………歩こ。」
なにもしなければ永遠に問題が解決することはないだろう。進は取り敢えず歩こうと決め、右足を前に出した。その瞬間、誰もいない筈の空間に突如声が響く。
「なっ!?貴様、どうやってここに来た……?」
吃驚して声のした方向に顔を向ける進。声を上げた人物を視認した瞬間、進は心野底から後悔することとなる。
「えっ、誰かいるの……か…………!?!?!?あっ、あぁっ!?」
一目で分かる恐ろしい見た目。邪悪な声音に、悪意の透けて見える淀んだ目。そして何より思い出されるのは、あの日人間を食していた時の残虐性を表していた歯に腕、手だった。トラウマの存在と完全に一致するその姿。
「な、なんで、お前がっ!く、くるなっ!お、おぉ俺は美味くなんてないぞ!!」
恐怖に体が無意識に震える。少しでも理性を失えば気が触れてしまいそうになる。そこにはあの日見た怪物
サスペンスが立っていた
「な、なんでお前がい、いるんだよぉ!どうしてこんな目ばっかり遭うんだよ!俺が何したっていうん……」
いうんだ!と叫ぼうとした瞬間、それよりも早くサスペンスが口を開いた。
「やかましい。我の質問に答えよ、人間。」
大声と言うわけではない筈なのに、進はその声を耳にいれた瞬間大量の冷や汗と共に体温が下がっていくのを感じた。血の気が引く、とはこの事だろうか。脳が言うことを聞けと警鐘をならす。徐々に距離をつめてくるサスペンス。進はすこしでも離れようと腰が抜けているその体を後ろへと必死に動かし後退る。
「ふむ………」
「……?」
突然サスペンスが動きを止める。なにか独り言を言っている様だが余り聞き取れなかった。
「……あぁ、なるほどな。そういうことか。」
暫くするとサスペンスがそんなことを呟く。なにがなるほどだ。こっちはこんな恐ろしい思いをしているのに何を悠長に考えている。進はいつまでたっても襲ってこないサスペンスを前にして少々冷静さを取り戻していたのか、心の中で悪態をつく余裕ができていた。
「な、なにがなるほどなんだ?」
心臓をバクバクならしながらも恐る恐る質問する。
「ん?そうだな…………話してやるが、その前に……」
サスペンスは1拍置いた後、突然サスペンスの周りが黒いもやのようなもので覆われる。なにが起きたのかさっぱり分からず呆然としていると、暫く立った時にそのもやが晴れ始めた。中身が見え始めたので目を凝らして見てみる。そこには驚きの光景が広がっていた。
「貴様は此方の姿の方が話しやすいだろう?」
そんな声と共に黒いもやが完全に晴れる。そこにはあのおぞましい姿をしていたサスペンスはおらず、人の形をしたサスペンスが立っていた。不気味な骸骨の面を着けてはいるものの、人の形をしている分先ほどのトラウマな容姿よりはマシかもしれない。
「……は?」
「どうした?これでも駄目か?我としてはさっさとここに居るわけを聞き出したいのだが。」
勝手に話を進めようとするサスペンス。進は余りの衝撃に言葉を失っていた。
「……い、いやいや!その前に!なんか言うことあるでしょ!」
何とかして言葉を捻り出す進。そんな突っ込みに対してサスペンスは
「ふむ……まともな対話は可能になったか。やはり感情と言うのはわからんな。」
と、どこか満足そうにそんなことを呟いていた。なんだかもうどうでもよくなった進は、一旦サスペンスの容姿には突っ込まないことにして話を進めることにした。
「はぁ……もうこの話しいいや……」
「懸命な判断だ。ではさっさとここに居る理由を話せ。」
「ここにいる理由?う~ん……そうは言われてもなぁ~。」
先ほど記憶の整理をしていたときに既に理由は確認済みだったことを思い出す。
「どうした?まさか言えない、等とは申さぬだろうな?」
ものすごい圧を感じる進。しかし、理由と言われても心当たりがないのだからしょうがない。だが、このままサスペンスを放置していてもろくな目にあわないだろう。嘘でもつこうかと考えるが、何となくバレそうな気がしその案は却下した。だからといって僕も知りません何て言えばどうなることか。きっとあの時みたいに殺されるだろう。そんなことが頭を過る。進の思考は深い、深い暗闇の中へと潜り込んでしまっていた。
「……貴様、どれだけ黙りこくっているつもりだ。まさか、本当に言えないなどとは言うまいな……?」
段々イラついてきている様子のサスペンスに進はこれほどまでにない程の恐怖心を抱く。わからないと言えばどんな目に遭うか分からない等と考えている余裕もなさそうだ。良さそうな案が浮かぶ気配もなさそうなので進は観念して正直に話すことにした。
「実は……お、俺も分かんないんだよ。なんか気づいたらここにいたって言うか……頭が痛くなった次の瞬間にはここに居たんだよ。本当だからな!」
「念をおさずとも疑いはせぬ。それにしても……ククッ、これは面白いことになってきた。」
どうやらサスペンスは何か思い当たる節があるらしく、なにも知らないと告げた進に対してどうこうすることはなかった。取り敢えずなんとかなったことに進は胸を撫で下ろす。それにしても、先程のサスペンスはなにか知っているようだった。もしかするとここを脱出する手がかりが掴めるかもしれない。そこまで考えてサスペンスに質問をしようと口を開いた。
「な、なぁ。」
「?なんだ、人間。随分と馴れ馴れしく話しかけてくるではないか。先程の反応とは大違いだな?」
「ま、まぁ……何となく今のあんたは安全そうだと思っただけだ。別に怖くない訳じゃない。ただ、なんか知ってるなら教えてほしいだけで……なにもしないよりはマシだろ?」
進の発言に仮面に隠れたサスペンスの顔の目が見開かれる。進は気づいていない様子だったが、サスペンスは驚いていたようだった。
「貴様、なかなかいい性格をしているな。カノンが気にする理由も何となくだが頷ける。」
カノン。進はサスペンスの口から飛び出したワードにピクリと体が反応する。なぜカノンの事を知っている?まさか次の獲物はカノンなのか?仮にもこいつは化物だ。それは変身する前に見せていたあのおぞましい姿が証明している。いつ、どこで知られたのかは分からない。だが名を覚えているということはこの怪物にとってカノンはきっと何らかの関係があるのだろう。それがただ単にカノンを次の標的としているだけなのか、それとも別の理由なのか。どっちにしろ人間を食べていたような奴だ。カノンに危険が迫っている可能性があることは間違いないだろう。
「どうしてカノンの事をしっている?」
明らかに先程まで漂っていた空気感が変わるのをサスペンスも感じとる。
「なんだ……?」
先程まで殺気なんて微塵も感じられなかった平凡な少年から、クリーチャーが狩りをする時と同じくらいの量を感じるサスペンス。感情を余り理解できない為、何がいけなかったのか分からなかったが、先程の自身の発言を振り替えると何故進があそこまで怒っているのか、その謎を解明することに成功した。
(そうか……『カノン』に反応したのか。我にはよく分からんが確か……何と言ったか……)
理由は判明したが、その肝心の感情についての名称、詳細をよく思い出せない。これも感情に対する知識をいれておかなかった弊害か、等と思いながらどんな名前をしていたかを考えていると痺れを切らした進が怒気を孕んだ声音で口を開いた。
「おい……!何とか言ったらどうだっ……!カノンに何かあるってんなら……!」
(はぁ……これではさっきの立場と逆だな。数秒前までは我に恐怖を抱いていた癖に感情と言うのはこうも人間を変えてしまうのか。仕方ない、人間に指示され従うというのは少々癪だがこうでもしない限り話しは進まんだろうし、今回だけは貴様のペースに乗るとしよう)
結局進の抱いている感情の名前は出てこなかった。いつまでもこうしているわけにはいかないのでサスペンスは仕方なく進のペースに乗ることにした。そうして怒り心頭中の進に向き直るとサスペンスは一から全てを話してやろうと話を始めた。
「まぁまて。別にやましい理由がある訳じゃない。」
「それなら尚更、なんでカノンの事を知ってんだよ!」
「すこしは落ち着け。話せることも話せないではないか。それに、しっている理由はしっかりある。分かったなら黙って聞け。」
「チッ……内容によっちゃマジで潰すぞ……」
サスペンスに諭されここは大人しく引き下がる。相変わらずカノンの事となると感情が表に出やすくなるのか明確な殺意を向ける進。サスペンスの口からカノンという単語が出てきたことが余程気に入らないらしい。
(それもそうか。目の前で私はあのようなことをしたのだ。警戒しない方がおかしいな。)
心の中で進の態度が急変した理由を考察し納得するサスペンス。少しハプニングが起こりはしたがサスペンスは本題には入るべく、話し始めた。
「さて、カノンの事を何故知っているのか、それを話すにはまずクリーチャーの存在を説明しなければならないな。」
「クリーチャー?」
「そうだ。」
「クリーチャーって、別に言い方変えただけでお前みたいな化物の事を言うんじゃないのか?それともなんだ、まさかもっと一杯いるって言いたいのか?」
止まることの知らない質問責めにサスペンスは手を頭に当てた。これはめんどくさくなるぞ、と覚悟を決めなるべく分かりやすく説明しようと心掛ける。
「どうやら貴様はクリーチャーが我だけしか居ないと思っているらしいな。いや、厳密に言えば我とその下部どもだけしか居ない、特異な存在だと認識しているのか。」
「いや、そりゃそうだろ。あんなのがうじゃうじゃいるわけないじゃねぇか。お前以外にも化物がいたらとっくにニュースになってる筈だろ。」
自身の言っていることがさも当然かのように語る進。少々この世界の固定観念が染み付いてしまっているようだ。進の中ではサスペンスはこの世界にいる異常な存在であり、サスペンスの様な存在は滅多にいない、いるわけがないと考えているようだ。なかなかデュエマのクリーチャーとサスペンスの話すクリーチャーを結びつけられない進。若干呑み込みの悪い進に対してイラつきを覚えるがサスペンスは説明しようと心掛けていた為、そのイラつきを抑えて話を続ける。
「いいか?クリーチャーと言うのはな、お前の普段やっているカードゲーム、デュエル・マスターズにでてくるクリーチャーの事を言っているのだ。」
「はっ?デュエマのクリーチャー?なに言って……」
「そろそろしつこいぞ、人間。折角教えてあげていると言うのに全く信じない奴があるか?嘘をつく理由もあるまい。これは紛れもない事実。そういうことで早く呑み込んでくれ。でなければもう何も話しはしないぞ。」
進からすると突然デュエマの話をされて、そのクリーチャーが現実世界にもいると言われているわけだ。そんな話をすぐに信じろなど無理な話である。実際進の脳内は現在宇宙になっている。疑問と言うよりかは何を言っているのか理解できないと言った様子だ。しかし、理解してもらわなければサスペンスとしても話ができないのでとても困るのだ。いくら信じられないことだったとしても無理矢理にでも呑み込んでもらうしかない。
「……はぁぁ……分かったよ。信じる信じる。もうなんでもいいや。」
「なんだ、驚かないのか?もう少し驚くと思ったのだが。」
諦めぎみに話を信じた進に対して不思議そうに質問するサスペンス。
「あー……内心めちゃくちゃ驚いてるんだけどさ、そもそも今の状況が意味不明だしお前みたいな化物がいる時点で信じざるを得ないって言うか……驚きすぎて逆に冷静になってるんだよ。さっきお前が言ってた通り嘘をつく理由もないだろうしな。」
実際心の中では訳が分からなすぎてえぇーーー!!!と幻聴が聞こえてきそうな程驚いていたのだが、頭がパンクしてしまい何故か逆に物事を静観して見れるようになってしまっていた。それに信じなければ話が進まなそうだったので、疑問は尽きないが取り敢えず信じると言った旨をサスペンスに伝えたのだ。
「んで、クリーチャーのことは分かったんだがそれとカノンの事をお前が知っている事と何の関係があるんだ?」
「そうだったな。それを話さなければ先に進まん。まずは異世界の存在、デュエリストの存在、そして我とカノンの因縁をみっちりと叩き込んでやる。」
そういってサスペンスは今まで経験してきたことや光景、ゼロ計画の事や計画を進める際の経緯にその終わりまで必要な知識を話し始めるのだった。
「…………と言うわけだ。これで分かったか?何故我がカノンの事を知っているのかを。」
「………………」
言葉が出ない。異世界でのクリーチャー達の戦いに、それに加担していたルピコちゃん達の事。それにこの街の守護者もそれに参加していたらしい。それにも驚きが隠せないが、何よりも驚いたのはカノンの事だ。
(ゼロ、計画……あいつが、そんなことをしていたのか……?全てをゼロに……世界を一から作り替えるって……?嘘だろ……)
「流石に驚くか。確かに現在のカノンを見ればそんなことをする人間には見えないだろうな。どうだ、失望したか?軽蔑したか?それとも呆れて物も言えぬか?」
放心状態の進に意地悪な言葉を吐くサスペンス。やはりこの男、話しに聞いた通り性格は変わっておらず相変わらずのものであった。
「ククク……やはり醜いものだな、感情と言うのは。こんなにも簡単に様変わりしてしまう。我からすると悪事を働いていたかどうかなど知ったことではないのだがな。使えるものであればなんでもよい。白守進、貴様もカノンには良いようにしてもらっていただろう。その癖、このような事実を話しただけでコレだ。哀れ、滑稽、無様…………ハッハッハッ!傑作だ。感情のない我ですら笑えてくるほどだぞ!」
「ちょっと黙ってろ!軽蔑だとか呆れただとか思ったりしてねぇよ!ただ……受け入れるのに時間がかかってる…だけだ……」
表面上ではこういっているものの、明らかに動揺している。情報量の多さに一度では呑み込みきれなかった。取り敢えず今目の前にいる化物はサスペンスと言うらしいことはわかった。進はその名を聞いた瞬間腰が抜けるほどに驚いたそうな。それもそうだろう。さっきも言っていたが、まさか本当にデュエマのクリーチャーだなんて思う筈もない。半信半疑だった進は嘘をつくには濃い内容に、詳細に語られるゼロ計画及びクリーチャーワールドを巻き込んでの大事件が具体的すぎるので本当の事なのだろうなと確信する。そこで出てきたのがカノンの存在である。どうやら最初はゼニス達に協力してらしい。ゼロ計画の内容はサスペンスが教えてくれた為どれほど恐ろしいことを行っていたのか理解できる。その上で信じられなかったのだ。あのカノンが、誰にだって優しくて、どんなことにも全力を尽くしていて、一緒に遊んだときはあんなに楽しそうにしていた彼女が本当にそんな計画に加担していたなんて。だが嘘をついていないことは先程の証明済みだ。これが事実なのだとして割りきるしかないのだろう。
(それができたらとっくにしてるわ……まさか自分の好きな人がそんなことしてたなんて思うわけないじゃんか……)
やはり衝撃的な話だったが故、割りきることはなかなかできずにいた。ただ、この話しはサスペンスから聞いた話だ。もしかしたら理由があったのかもしれない。と言うより何らかの理由がない限りこんな計画を進める人間などほぼいないに等しいだろう。それに、カノンとルピコちゃんはとても仲良くしていた事を思い出す。かつて敵同士で対峙していた人物とあそこまで仲良くできるものだろうか?ルピコちゃんが特別優しい子って可能性もあるが、話を聞く限りじゃゴールデンエイジにいたオニナグリというクリーチャーがやられてしまったらしいのが一番の被害か。ルピコちゃんが許してもクリーチャー達が全員許すなんてことはないだろう。それなのにこの街にいて毎日を楽しく過ごしていた。報復されてもおかしくないた立場だというのにだ。きっとこれにも理由があるのだろう。例えばカノンにも同情でできる点があった、とかだ。というよりその他に、現状カノンが何故恨みを買っているクリーチャー達から被害にあっていないのか説明がつかない。
(一体何があったんだ……?カノン……)
妄想でしかないのかもしれない。悲しい過去とか悲惨な人生を歩んでいるだとか、そんなものはなくただ滅ぼしたいから、ゼロにしたいから行動していただけかもしれない。しかし、進にはどうもそのようには見えなかった。盲目的になりその一説に縋りたいだけなのかもしれないがやはり引っ掛かるのだ。
「感傷に浸るのもそこまでにしておけ。人間の感情は思いとどまることを知らん。いつまでもその様子じゃいつまでたっても話ができんからな。」
「っ……わかった……続けてくれ……」
思考の海に呑まれていた進をサスペンスが引きずり出す。まだよく呑み込めていない様子だったが、何故か少し焦り気味に見えるサスペンスは話を続けた。
「……でだ、カノンとの関係やクリーチャーの存在を知った上での話なのだが……まず、ここはどこなのか。それを教えてやる。」
「……!」
目を見開く進。やはりサスペンスは知っていた、この場所が何なのかを。不気味なほどになにもない暗闇の空間。ずっといるだけで気が狂ってしまいそうになるその空間の正体が今まさに明かされようとしていた。
「ここはな、我の共有している精神世界だ。」
「???」
「…………まぁ、わからんだろうな。」
妙な間が生まれる。考えてみたりはするもののまず精神世界や共有しているという話がよくわからなかった。ここが何なのか、それはまだ事実を告げられただけなのでその字面だけでは理解できる筈ない。ここは大人しくサスペンスの話を聞いておこうと心に決めた。
「貴様、変な虫のようなものを追いかけたのを覚えているか?」
変な虫?追いかけた…………!心当たりがある。あの日だ。トラウマを植え付けられることとなったあの忌々しい日。確かあの洞窟のクリーチャーと出会う前、変な虫を追いかけていた筈だ。それのせいであんなのとあってしまったのだから忘れたくても忘れられない。
「あ、あぁ。確かにそんなことしたな。でも、それがどうしたんだ?」
何故そんなことを知っているのか知らないが、取り敢えず相づちを打つ。
「その虫、人間に石のような物体を体内に入れていただろう?」
「あー……そんなことしてたっけな……何で誰も気づいてなかったんだってなった記憶がある。それで?それがどうしたんだ?」
それがこの空間と何の関係があるのだろうか。あの洞窟にいたサスペンスの手下のような存在であるというのは想像に難くないが、そんな手下がこの空間を作り出す程の力を持っているとでもいうのだろうか?クリーチャーという存在はそんなにオーバースペックなものなのだろうか。そんなことを考えているとサスペンスが口を開いた。
「勘違いしているようだが、本題は虫の方ではない。石の方だ。」
「石が?」
「そうだ。あの石を入れられたものはな……」
一拍間を空けるサスペンス。とんでもない情報がくると、肌身で感じとる。思わず身構える進を尻目にサスペンスは話を続けた。
「もれなく私の支配下となる。それにその人間を水晶の花に変換し、私の力とすることもできる代物なのだ。」
「な、なにっ……!?水晶の花……?それに支配下って……」
聞き覚えのある言葉に動揺する。支配下におけるというのも何処か心当たりがあるような気がしてならない。水晶の花に関しては確実にあの日に会ったサスペンスがそのような事を口にしていた筈だ。幸か不幸か、あの日の出来事は忘れるに忘れられないもので、一言一句当時の何者かの言動や絶叫、しまいには環境音までを鮮明に思い出すことができてしまっていた。
「注目してほしいのはこの対象を支配下における力だ。石を入れられた人間は精神を隔離し操ることができるのだ。」
「隔離……?」
「あぁ、その精神を隔離する場所がここと言うわけだ。」
「マジかよ……!けど、隔離ってしてどうなるんだ?態々隔離して操るより直接操った方が早かったりするんじゃ?」
「それについても理由はある。そうだな……精神の隔離と言うよりは保管に近いのか……?隔離した精神はこの場所にまとめて集まるのだが、まぁ箱のなかに様々な人間の精神が入っている状態だと想像してほしい。この場所には様々な人間の精神が眠っている。操りたい者がいればそいつの精神の近くまで私が赴き、触れることによって初めて力が発揮される。貴様の言う通り、操りたい者の近くに現実の世界で近づくことによっても操りは可能となるのだが、それでは如何せん効率が悪い。態々近づくとなるとバレないようにする必要があるし、何よりたった1人を操ったところで特に何かが変わることもないのだ。」
そこまで話を聞き進はふと疑問に思ったことを口にする。
「ちょっとまて、そもそもお前の目的って何なんだ?膨大な力を得ることなのか?それともこの街を支配したいだけ?」
それは至極当然の疑問であった。力を得たいから石を埋め込む。それで水晶の花を食べる。この理由であるならば行動原理としては理解できる。しかし、それだけだと何故態々人間を支配下に置く必要があるのだろうか。力を得たいのであれば街の人全員に石を埋め込んだ後、皆が変化するのを待てばいいだけだ。なのに操って洞窟のなかに招き入れて、力を得る。これはどう考えても力だけを欲している者の行動ではない。もっと複雑ななにかを成し遂げるための、何かしらの過程を通っているような気がしてならないのだ。
「いや、そのどれも違うな。」
「じゃあ何なんだよ。」
「それはな……」
間が空く。それは進にとって何となく嫌な間に感じた。妙に時間が進むのがゆっくりに感じる。その次の瞬間、案の定と言うべきかサスペンスの口からとんでもないことを知らされることとなる。
カノンを殺す事だ
「……っ!」
「?……なっ……!くっ……!貴様っ、何のつもり……「黙れ!!!」っ!」
衝動的にサスペンスの胸ぐらを掴む。いきなりのことで驚いていたサスペンスだったが、喋り終える前に進が口を挟んでそれを遮った。
「カノンを殺すだって!?お前とカノンの因縁は聞いたが……逆恨みでもしてるのか!?ふざけんじゃねぇぞ!お前はっ!逆恨みする権利なんてっ!これっぽっちもありゃしねぇっ!!!何なら多くの奴らから恨まれる側だろうが!もう我慢できねぇ……!一発殴らせ……「まぁまて、最後まで話しを聞け。」っ……お前……!この期に及んでまだそんな……!」
怒りが収まらない進。取り乱しながらも真っ当な論調で詰め寄るが、なにか言い分があるのかサスペンス口を挟んだ。
「確かに目的はカノンを殺すことだ。」
「っ!お前……!やっぱり一発……」
「しかし!それを目標に動いている奴は我であり我ではない!」
手が出そうなところで動きを止める進。どう言うことだ?我であり我ではない?あのとき見たサスペンスはサスペンスではないのか?記憶が正しければあの異形の姿は精神世界で見たサスペンスの姿とほぼ同じだった気がするのだが。怒りが少し収まり考察する進。やはり考えても答えはでないので大人しくサスペンスの言い分を聞こうと決心した。
「あれがお前であってお前じゃない?変な嘘って訳じゃないのか?」
「ふぅ……落ち着いたか……そうだ。あれは我であり我ではない。思い出してみろ。あの時の我の姿とここで見た我の姿を。違和感がないか?」
腕を組んで考える進。あの時のサスペンス……洞窟で出会ったサスペンスは正に化物と言うのに相応しい姿に禍々しい紫のオーラのようなものを纏っていた気がする。それに比べてここで出会ったサスペンスはというと……
(確か……殆ど姿形は同じだった気がするが……うーん…………)
これと言った違いを見つけられずうむむ……と唸る。しかし、後少しでわかりそうな予感もしていた。
(えーっと………………あっ……!オーラか?あのとき会ったサスペンスは紫のオーラみたいなのを纏ってたけど、ここで出会ったサスペンスは何のオーラも纏ってなかった筈!正直姿だけじゃほぼ同じ過ぎてよくわからないし、これで答えてみるか……?これで結局サスペンスの言ってることは全部嘘でしたーとかだったら……絶対潰す。)
サスペンスが嘘をついていたとき用の保険もかけ、満を持して答えることにした。因みにそのときの進の姿を見ていたサスペンスには一瞬どす黒いオーラのようなものが見えたそうな。
「えっと、オーラが違うとかか?」
その答えを口にした瞬間、サスペンスは酷く驚いた。予想外と言った声音で話を続ける。
「驚いた、貴様でもわかることがあるのだな。正解だ、褒めてやるぞ。」
「なんかバカにしてないか?俺にでも分かることがあるって何だよ。それに褒めんな。妙にキモい。」
「勿論皮肉だから安心しろ。」
「あん……しん……?」
何故か満足げに答えるサスペンスに本格的にキモさを感じてきている進。あそこまで罵倒しても顔色ひとつ変える事なく話を進めるサスペンスを少し不気味に感じた。といっても、最初から不気味な存在ではあるのだが。
「っと、話が逸れたな。貴様の言う通り、精神世界の我と現実世界の我はオーラが違う。我はゼロ文明の力を持っているからオーラがない。だが奴は紫のオーラ、黒にも近いオーラを纏っている。これが意味することとは即ち、闇の力を有していることと同義であるのだ。ゼロの力が色に染まるなどあり得ぬ。つまり、あれは我ではないと言うこと。我の形をした別の存在となるのだ。」
「ふぅ~ん……じゃあなんであいつはお前と同じ姿をしてる訳?」
疑いの目を変える事なく更なる疑問をぶつける。嘘をついている可能性はまだ捨てきれない。このままカノンを狙っているのは自分ではなく別の自分だと言い逃れようのしている可能性だってある。最大限に警戒しながらサスペンスの出方を伺う。
「フッ……ある意味、そこが今回の事件の中心的な話になるかもしれんな。まだまだ話すことは多い。以前の我ならば人間とここまで話すことなどしなかっただろうが……これは我にとっても最大のチャンスとなるのだ。白守進、癪ではあるが手伝ってもらうぞ。」
「はぁ?何の事言ってんかわからねぇが、さっさとその話ってのをしてくれ。そろそろ俺もここから出たいんだよ。」
何を言い出すかと思えば、中心的な話だのチャンスだのよくわからないことを口にするサスペンス。いい加減この空間からも脱出したいので急かすように声をかける進。
「そうか。ならば早く話すとしよう。現実の我が我でない理由を、今回起きた事件のある意味で元凶となる者の話をな。」
そういってサスペンスは話を続けた。何もない闇の空間に淡々とした声が響く。まだまだ進とサスペンスの話し合いは終わりそうになかった。