私は今何が起きているのか理解できませんでした。
「せ、せんぱ……」
「ごめんな。」
「っ!」
先程までサスペンスさんの思いどおりに操られてしまっていた進さんが苦痛に満ちた声を止めて、首を絞めていた手をほどいたかと思えば倒れていたカノンさんを抱き上げて謝り始めたのです。
「一体、何が起きて……」
開いた口が塞がりませんでした。呆然としてしまって、つい思ったことを口に出していました。でも、仕方がないですよね?私の大切な友達が目の前で死んでしまうかもしれない状況に置かれていた私は、さっきまで心がぐちゃぐちゃに掻き乱されていたんですから。柄にもないですが、若干諦めてしまっていた私がいました。今思えば何で諦めてしまったのだろうと後悔の念が押し寄せてきますが、今はそれどころではありません。
「カノンっ……!!あぁ……良かった、本当に良かった……!」
辺りを見回して見ると私以上にカノンさんの身を案じていたウェディングさんが、今まで私達に見せたことのない様な、ホッとしているようなそんな表情を浮かべていました。安堵、という表現がこれほどまでに合う場面はなかなかないと思います。
「そうだ……!!カノンさんっ!無事ですか!?」
そこで改めて理解しました。カノンさんは助かったのだと。最初は何が起きていたのか分からず只ひたすら状況整理のために頭が働いていたのか、体の反応が感情に追い付いていませんでした。しかし、ウェディングさんの反応を見て一体何が起きたのかを思い知ることになったのです。私は反射的にカノンさんに対して安否の確認をとりました。カノンさんは、進さんが離れてしまいサスペンスさんと対峙しようとしている為、支えがなくなり再び地面に座り込んでしまっていました。私の呼び掛けに気がついたカノンさんは此方に顔を向けて口を開きました。
「えぇ!私は平気よ!安心して!」
私達に聞こえるように大きな声でそう言ってくれるカノンさんに、私は感情が爆発してしまい少しだけ泣いてしまいました。
「カノン、さんっ……!ぐすっ……良かった、です……!本当に……」
今すぐにでもカノンさんの元へ向かいたい所なのですが、それを体は許してくれません。深傷を負ってしまっている以上下手に動けば傷が広がってしまうので油断できません。何より、まだサスペンスさんは倒せていないのです。感情に身を任せたいところですが、ここはグッと我慢することにしました。
「カイト……何が起きてるか、分かる?」
「いや……何が何だか僕にもサッパリだ……」
「キリコもわからない……判断材料が、少なすぎる。」
いまのこの状況に反応しているのは何も私だけではありません。勿論、守護者の皆さんも私と同様に反応を示しています。しかし、何が起きているのか理解できていない様子でした。
「カノンさんは、助かった……のですか……?」
「う~ん……サスペンスが操っているようには……見えないね。」
「おいおい……頭がパンクしそうだぜ……!」
何が起きているのかを考察する人や、いまの状況に安堵する人、単純に理解が追い付いていない人など反応は十人十色です。カノンさんの安全が取れているのかは分かりませんが、一先ずは安心してもいいのでしょうか。では、次の問題に移りましょう。そう思い私は現在の起きている異変を起こした張本人である進さんに注目することにしました。ちょうど進さんがサスペンスさんと対峙したところでした。焦ったような声音でサスペンスさんは進さんを脅します。しかし、進さんはそれに動じることなくサスペンスさんに向けて言い放ちました。
「お前……覚悟しろよ?」
ドスの効いた重苦しい声音に思わず身震いしてしまいました。怒っている相手は私ではない筈なのに、その圧力が私にも掛かっているかのように感じます。
「っ!」
何が起きているのかは分かりませんが、一つだけ理解できたことがあります。進さんは、サスペンスさんを本気で倒すつもりであるということです。最初は只怒っているだけなのかと思いました。でも、それなら態々対峙する必要などありません。人間がクリーチャーに敵う筈がありませんから。デュエリストであればまだ分かりませんが、それでも生身であれば人はどんなに小さなクリーチャーにも勝てないでしょう。正直言って進さんのしていることは無謀に近い……いや、無謀な行為です。カノンさんが必至に進さんの歩みを止めようとしていましたが、それを一蹴していたので恐らく本気です。
「あの子……まさかっ!」
「あぁ……そのまさかだろうな……!」
「カイト!止めないとっ!!」
「言われなくても、そのつもりさ!」
私が進さんのしていることを理解したようにカイトさんとルカさんもその思惑にいち早く気づいたようです。守護者として、大人としての責任なのか、カイトさんは進さんの事を止めようと声を掛けました。
「進くん!!今すぐ逃げるんだッ!!!君の敵う相手ではない!!」
「カイトさん……!」
正直言って早く逃げて欲しいと思ったのが本音です。勝てない勝負に挑んで命を散らしてしまった時、カノンさんがすっごく悲しむから。きっと何で無理にでも止めなかったのだろうと後悔してしまうから。それは私達も例外ではありません。私は進さんを助けようと躍起になっているカイトさんに期待の眼差しを向けました。カイトさんは頭がいいし交渉も上手で、何より物事を俯瞰して冷静に対処することができます。いまここで誰よりも説得が上手くできるカイトさんがそう物申したからこそ私は期待してしまったのです。進さんが怒りか何かに身を任せてサスペンスさんを倒そうとしているのかは分かりませんが、私から見ると明らかに進さんは冷静ではありません。先程までの光景の記憶があるのか定かではありませんが、少なくともカイトさんの説得で進さんも冷静さを取り戻す筈です。
「……………………」
「進、さん……?」
しかし、進さんは何かを答える様なことなどせず無言を貫き通していました。聞こえていないのでしょうか。もしくは聞こえている上でわざと無視している……?少なくとも、このままいけばサスペンスさんは進さんに襲いかかることは確実です。
「き、聞こえているのかい!?アイツはクリーチャーなんだ!人間が勝てるものではない!」
「や、やめてっ……!もう、いかないで…………」
必死に呼び掛け続けるカイトさん。カノンさんも進さんが何をしようとしていて、いまから何が始まってしまうのかを想像してしまったのか、その動かない体で手を進さんの方へと伸ばしていました。
「っ……」
再び絶望に染まりきってしまったカノンさんの表情に心が痛みます。見るに絶えず思わず目をそらしてしまいました。
「そ、そうだぞ白守進っ!!!コイツらの言う通りだ!我などとやり合うつもりか!?人間ごときが勝てる筈ないだろう?」
私達の意見に便乗してサスペンスさんが言葉を紡ぎました。何故私達をここまで圧倒していたサスペンスさんが進さんたった一人に焦っているのか違和感を抱きました。でも、そんな違和感も次の瞬間には消え去りました。
「………………」
「な、なんだ?何故何も話さない?」
「………………」
「もしや、今になって我を前に恐怖し言葉を失っているのではないか?」
「………………」
「は、ははっ!所詮はその程度か!!予想外の出来事に少々取り乱してしまった我が滑稽ではないか!勢い良く言ったものの所詮は感情に流されてしまっていた哀れな小物だったのだな!!人間ごときが我に反抗するなど言語道断!その行為、貴様の人生において最大の後悔となるようにしてやる……!…………覚悟しろッ!白守進!!!」
そう言ってサスペンスさんは進さんに急接近し始めました。サスペンスさんが焦っていたのは、予想外の事が起きたことによる混乱と驚きにあったようです。つまり、なにか自分に不利なことが起きる訳ではないと言うこと。このままいけばサスペンスさんと進さんの接触、及び戦闘行為は止められないでしょう。戦闘となれば進さんは確実に悲惨なことになってしまいます。
「っ!進さんッッ!!!」
進さんに飛びかかるサスペンスさんを、私は只叫びながら呼び止めながら眺めることしかできません。もはや誰にも止めることなどできませんでした。カイトさんは止められなかったことに対してかなり責任を感じているようで、その他の守護者の皆さんもその光景を悔しそうな、苦虫を噛み潰したような顔をして眺めていました。今私にできることと言えば、カノンさんのように祈りを捧げることくらいです。どうか、どうかみんなが無事に帰れますように、いつもの日常に戻れますように、と願いながら私はこれから起こる事を見る事しかできませんでした。
気づけば目の前にカノンがいた。あの後精神世界で奈落に落ちてしまったと思っていたが、どうやらあれこそがサスペンスの言っていたイレギュラーといったやつだったらしい。
「っ!」
咄嗟に首を絞めていた手を離した。カノンは激しく咳き込み、必至に酸素を取り入れようと息を吸っては吐き吸っては吐きを繰り返す。それを見た俺は、とてつもない罪悪感と怒りに襲われた。何か話しかけたいと思っているのに思うように言葉が出なかった。
「せ、せんぱ……」
やがて咳は落ち着き、息も整ってきた。そんなカノンが俺の事を見て放った一言がこれだった。安心させるために微笑んでみたのだが効果はあるだろうか?カノンは少し不安げな、しかしその中に希望を見出だしているような、そんな声音だった。いきなり手を離した俺の事を見て、もしかしたらもっと酷い方法で殺されてしまうのか?なんて想像をさせてしまったかもしれない。あのサスペンスは本当にやりかねないだろう……たが、カノンの目は希望を捨てちゃいなかった。本当に強い奴だと思う。きっとカノンは俺の事を信じてくれたのだ。何処までもその希望的観測を追いかけ、信じる姿……諦めない心がある。やはり、そんなカノンが好きだ。好きで好きでたまらない。
「ごめんな。」
だから、気がついたときには謝っていた。しょうがないだろう?好きな人をさんざん傷つけておいて謝らない方が可笑しい。操られていたとはいえ首を絞め殺しかけていたことは事実だ。だからこそ謝ったのだが、許して欲しいとは思っていない。その後、俺は倒れていたカノンを支える為に少し抱き起こした。カノンの顔を良く見たかったから。
「っ!」
突然謝られたからか、驚きと共に押し黙ってしまった。恐らく状況が理解できていないのだろう。
「一体、何が起きて……」
やはりと言うべきか、カノンはポカンとした表情でそう問いかけた。驚くことに、カノンはその後進の安否を確認してきた。カノンの方が重傷だと言うのに他人を心配してくれるその優しさも進は好きだった。実際、そのお節介な性格のお陰で進のトラウマは緩衝されたのだ。感謝してもしきれない。だが、流石に今回は守られる側でいて欲しい。守るためにはやはりあいつを倒すしかないのだから。
(チッ……!)
心のなかで舌打ちをする。思い出しただけでも腸が煮えくり返りそうだった。
「なっ、何故貴様は動けている!?」
ちょうど良いタイミングだった。あいつに対しての憎悪が増していた時に声が掛かる。
「サスペンスっ!」
声は後ろから聞こえてきた。進はカノンから目を離し、後ろを振り向く。そこにはあの忌々しい姿をしているサスペンスが鎮座していた。心臓の鼓動が早くなる。カノンをあそこまで悲しませたことや、酷いくらいの傷を負わせたこと…………一秒でも早くあいつを殺したかった。反射的に体が動き、進はサスペンス方へと歩を進めていく。その途中、カノンが俺の事を必至に止めてきた。
『せ、先輩!ま、まってくだ……』
『えっ、でもあれは……!』
カノンが引き留めようとするときに出てくる言葉から考えるに、流石のカノンでも俺はサスペンスには勝てないと考えているようだ。カノンの優しさが身に染みる。しかし、今この場でサスペンスを倒せる可能性のある者は俺くらいしかいないだろう。逃げればカノンやルピコちゃん、守護者達は終わる。だからこそ俺はその願いを聞き入れることなどできなかった。
「気にすんな。全部分かってるから。」
そうして再びサスペンスの方へと歩を進める。今の俺にはサスペンスの事しか見えなかった。周りの声など気にすることができない位に。そして、遂にサスペンスの前に立つことができた。
(コイツだ……!コイツが全ての元凶……!!コイツのせいで俺やカノン達……いや、街の人達でさえもが……!)
いざ対峙してみるとなると、あらゆる憎悪が心のなかで渦巻く。進は怒りに身を任せたまま口を開いた。
「おい、お前」
「何だ!?この忌々しい人間め!」
「お前……覚悟しろよ?」
やっと言いたいことを言えた。怒りに満ち溢れんばかりの宣言をサスペンスに下す。なんだかスッキリした気分だ。今まで苦しめられていた分をここで返してやる。そう思っていた。改めてサスペンスの事をじっくりと見つめる。だが、人間と言うのはいつまでも夢の中にいることはできない。いつか目を覚ますときが来るものだ。
(あ……)
突然、夢が覚めたように急激に高ぶっていた感情が冷めて行く。何故なのかは分からない……が、そのせいで進は冷静になってしまった。
(お、俺……!)
冷静になってしまった進は、今自分が何をしてしまっているのかを再確認してしまった。目の前にいるのは人間をも食らう化物だ。倫理観など一切通じない、自身がつい最近までもっとも恐れていた存在、サスペンスの前に立っていて、それと戦おうとしているのだと理解してしまった。
(だ、駄目だ……俺がやらなきゃ……!怖がってる暇なんて……)
手が震える。頭に焼き付いて離れないあの光景と叫び声がフラッシュバックする。混乱に陥ってしまった進の頭は、他の生き物の発している声や環境音を一切耳に入れなかった。
PTST
心的外傷後ストレス障害
進の症状はこれに良く似ていた。この障害は簡単に治るものではない。こればかりは気持ちではどうにもできない。克服する者もいれば、人生において一生苦しめられるかもしれない者もいる。所詮進は只の一般人で、カノンや守護者の様に強い訳ではなかった。
(あ、あぁ……!やめろ!思い出すなっ!カノンは……俺がっ!)
その場に頭を抱えてうずくまりそうになるのを理性で抑える。周りの人達が何やら叫んでいるようだったが、なにも聞こえない。未だ進の目線はサスペンスから外せていなかった。恐怖に押し潰されそうになるのを気合いで耐え、サスペンスに今の自分の状況を察せられない様に睨みを効かせる。サスペンスは予想外の展開に焦っているようで進に対し、何やら小言を言っているようだった。勿論、その声も良く聞き取れない。
(何が全部分かってるだ……覚悟しろよだッ……!!)
大口を叩いた結果がこれだ。あんなにカノンの事を助けると、その為ならなんでもするなんて思っていたのにいざ対面してみるとなるとこれだ。あんなに強く心を持っていた筈なのに、簡単に折れて壊れてしまった。自身の情けなさに吐き気がする。せめて、さっきまでイケイケだった過去の自分に戻りたい。それならば今現在においても多少なりとも戦えてはいた筈だ。そんな過去に縋りたくなってしまっている自分に嫌気が差す。覚悟を決めるのはサスペンスだけではない。進もその一人であった。
(覚悟を、決めろッ!!怖いのは俺だけじゃないだろ!?カノンだって死にかけたんだ。なのに俺の心配をしてくれたぞ?俺もそうであるべきなんだ!じゃないとなにも救えやしない!)
「…………」
進は未だ無口のままだった。端から見れば進はなにも言えないほど怒っているようにしか見えていない。サスペンスが何か言っているが、余り気にしないほうがいいだろう。どうせ気色の悪い事を言っているだけだ。というより今の進は恐怖に支配され、物事が頭のなかに余り入ってこなかった。正直言って早くここから逃げ出したいとも思ってしまう。
(けど……それじゃあカノンは……?)
いまここで逃げれば自分は助かるだろう。だが、その場合カノンは確実に殺される。先程の殺され方(カノンの首絞め)ですら酷いと言うのに、今度アイツに殺す機会を与えてしまったらどれだけ惨いやり方で殺されるかわからない。
『いやっ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!!!』
『痛いっ!先輩っ助けて!!!!』
『死にたく……ない……!』
カノンの殺される光景を少しでも想像してみるだけでこの惨さだ。幻聴すら聞こえてきそうだ。サスペンスはきっと進の想像している何10倍も酷いやり方で殺すだろう。そんな未来だけは絶対に防がなきゃならない。
(俺は……)
カノンの事ををチラリと見る。不安げな表情で祈るようにして両の手を合わせているカノン。初めてカノンの事を見たとき、とても儚いような、脆いような、そんな人のようなとても曖昧な感じがした。何より正直に言うとすっごくかわいかったし何処か美しくもあった。それも含めて面白い子が来たと思っていた。そこからはこんな俺に構ってくれて、遊んでくれて、楽しい思い出をたくさん作ってくれた。辛いときは親身になって寄り添ってくれた。シティに来て出来た初めての友達と言える存在だった。でも、そこから更に関わっていく内にその友達としての好きと言う感情が、別の物へと変化していった。最早言わなくても分かるだろう。俺にとってのカノンはこれ以上ないくらい大切な存在になっていたんだ。ならば守らなければいけないだろう。精神世界のサスペンスが言ってた通り、この程度の事で折れる訳にはいかない。今更何を恐れているのだ。そうだ、俺はカノンを助けに来たんじゃないか。こんなやつに殺されてたまるか!絶対に生きてやる、絶対に助け出して見せる、そして……
(絶対にこの想いをカノンに伝える!)
恐れおののいていた自分の心を奮い立たせる。まだまだやりたいことは一杯ある。それにカノンにまだ自分の気持ちを伝えきれていない。そんな状態で死ねるか。その想いを胸に、進はカノンを守るため人知れず心を立ち上げた。この瞬間、進はトラウマに辛うじて勝利するに至った。これで第一関門は突破である。だが第二の関門にはサスペンスとの勝負に勝つというものが待ち構えている。
(本題はこれからだ。サスペンスと同化できたのは良いとしても、それで具体的に何が変わったのか分からねぇ……あいつを倒せるほどの力を得たのは確かだと思うんだがな……)
《それについては任せろ》
「っ!」
突然ゼロ距離からサスペンスの声が聞こえてきた為、驚きの余り目を見開く。周りの反応を見てみても声が聞こえている様子はない。
(ってことは……)
《そうだ。我との会話は現実世界でも可能だぞ。それに、どうやら我と会話している時のみ時間が遅く過ぎている様に感じるらしい》
何ということだ。目が覚めたときから全くしゃべっていなかったからてっきりサスペンスはこの世界では話すことができないと思っていた。それに、サスペンスとの会話に意識を集中させている進には周りの皆が止まって見えていた。
(先にそれ言えよ!!)
思わず突っ込む進。
《そう怒るな。貴様のやりたいことをやらせてやっただろう。お陰奴と戦う理由が出来た。それに、奴は動揺しすぎているせいで思考に乱れが生じている》
怒りを露にする進を軽くいなし、いつもと変わらない様子で冷静に物事を教えてくれた。未だにアイツは何かをぐちぐちと言っているが、今はそれを聞いている暇はなさそうだ。
(おい!俺ってアイツに勝てんのかよ!?人間とクリーチャーじゃ差が……)
そうだ。サスペンスは勝てると言っていたが、いくらサスペンスの力を借りようと人間は人間。スピードやパワー、動体視力などその他諸々全てが奴に有利だ。ここは明確に自身の体に起きている筈の力を確認しなければ話しにならない。
《その事だが……》
意味ありげな間が空く。その間にも時間は進んでいっているのだ。早くして欲しいなどと思っていると、サスペンスは話の続きを口にし始めた。
白守進、お前は既に人間ではない。
…………は?人間じゃ、ない?
(な、なに言って……)
《貴様をあの世界に閉じ込めていた石を覚えているか》
いきなりそんなことを言ってくるサスペンス。何が何だか分からないが、覚えてはいたので取り敢えず相づちを打つことにした。
《あれは本来人間に使うべき物ではない。クリーチャーに使うものだ。》
(なっ……)
《クリーチャーを支配下に置くのは非常に難しい。だが、あの石さえあればどれだけ強かろうと洗脳は容易になる。そして、洗脳された際そのクリーチャーはゼニスの力を少し分け与えられるのだ。これをセレス化と言う。しかし、人間はその脆い体では少々力がオーバーしすぎているのか、負荷に耐えられず水晶の花と化してしまうのだ。本来の使い方(クリーチャーの支配)であれば水晶の花にするのには時間がそれなりに掛かる。貴様は人間でありながら支配を振り切りった。我と同化した貴様はその力に適応が可能だ。だから貴様はセレス化し人間ではなくクリーチャーになったのだ。見た目に変化がないのは我の支配の力(石の事)がまだ不完全であるからだ。元々はあの元凶の力だったからな》
(なかなかに重大な情報だな……それ言ってくれよ……)
《うるさい。心配性な貴様のために話してやったのだぞ。そもそも、こんな極限な状況でそこまでの事に頭が回るか……?我の見込みではさっさとあのゴミを片付けてくれると思っていたのだがな……所謂、気にしすぎと言う奴ではなかろうか》
(何が気にしすぎだ!普通は不安になるものだろ!?)
サスペンスの返しに少しイラッときてしまった。別に俺は勇敢な訳じゃないし、何なら割りと臆病な方だったりする。ほら……ジェットコースターとか怖いし……い、今は乗れるけどな!?
《そうか……?我の戦ってきた人間にお前のような臆病者などいなかったのだがな……》
サスペンスの戦ってきた人間……それってプレイヤーさんの事や守護者の事か……いや、あの人達がおかしいんだろ!普通は怖いに決まってる。反論してやろうかと思ったが、それではいつまで立っても話が進まないのですんでのところで我慢した。
(クッ……まぁ、いいや…………兎に角!アイツはどうやったら倒せんの?)
《む、そうだったな。今貴様の持っている力は人間と比べ、あらゆる面で勝っている。クリーチャーだからな。だが、その程度では低級クリーチャーと同レベル。我のようなクリーチャーには確実に勝てないだろう》
(やっぱそう簡単にはいかないよな……)
《そこで鍵になるのが我の力だ。白守進、貴様先程カノン共と戦っていたアイツが勝てた理由はなんだか分かるか?》
突然の質問に頭を悩ます。思い返してみれば不自然だった様な気がする。押していた筈なのにいきなり戦況がひっくり返っていたからだ。そこに理由があるのだろうが、検討もつかない。ここは大人しく答えを聞き出そう。
(さぁ……一体何でなんだ?)
《取ったのだ》
(取った?)
《あぁ、そうだ》
(取ったって何を。)
《それはな……》
奴らの呪文だ
(っ!)
《察しがついたか?》
(あぁ……何となくだがな……)
呪文を取った……それってつまりサスペンスの能力は紙と同じと言うことか。まぁじゃないとサスペンスなんて名前名乗らないか。ってことは何だ?あのサスペンスはカノン達の呪文を奪って逆転したってのか?そうじゃなきゃ勝てなかったのかよ……ダセェ…………ん?まてよ……俺にもサスペンスの力が宿ってるんだよな……ってことはつまり……
(なぁ。)
《どうした》
(サスペンスの奪った呪文ってまた奪い返せるのか?)
この仮説があっていれば、状況は大いに変わってくる。
《フッ……可能だ。もう、わかったな?》
(!…………あぁ……!)
合っていた。思わずにやけてしまう。低級クリーチャーレベルの俺でも勝てる可能性は大いにあったのだ。それをまずは喜ぼう。サスペンスも心なしか嬉しそうだった。ようやくわかったかといった感じだ。
《アイツの奪った呪文はゼニスレクイエムとアルカディアエッグ。後、アルカディアエッグの方はもう既に使いきってしまったようだぞ。ただ、ゼニスレクイエムは未だに発動されているままだ》
(そこを叩くと……)
《そうだ。流石、デュエマをしているだけはある》
ゼニスは初めて見たときどれもこれもが印象的だったから能力もだいたい覚えている。最近は使わなくなったが、ここに来てその知識が役に立つとはおもわなんだ。それに、ゼニスレクイエムはパワーを底上げする呪文だ。奪えればこちらの勝利は確実だろう。それこそサスペンスなんて目じゃないほどに。唱えたのは恐らくカノン。何の因果か、カノンの力を奪い返しそれを使ってサスペンスを倒すということになる。
(どうやれば奪えるんだ?)
《簡単だ。アイツに触れれば良い。しかし、素肌同士でなくてはいけないぞ》
(触れる、ね……)
簡単に言ってくれる。進の身体能力ではサスペンスには到底敵いっこない。いくらクリーチャー化してようが何か変わることはないだろう。だが、手はある。試す価値の有る方法が、それももっとも楽な方法がある。今思い付いた単純な作戦だが、この状況をひっくり返すことが出来る自信があった。
(わかった、やってみよう。)
《簡単なことではないぞ?何か作戦は……》
(大丈夫、もう考え付いたから。多分これでいける。)
《ほぅ……随分と自信があるみたいだな》
(まぁな。)
《では、一つだけ忠告しておこう。力を奪えば全ての能力値が劇的に上昇する。何が起きるか分からんからな、決着をつけるなら早めにしておけ。スピードとパワーさえあれば流石のアイツでも耐えれん。》
なるほど、確かにそうだ。もしかすると戦っている最中に、俺が調子に乗ったりしてアイツを痛ぶりだしたりするかもしれない。絶対にしないとは思うが、人間の感情はその状況の度にコロコロと変わるのだ。それは先程の進も経験済みである。だからこそ、予めこうしてするべき事を可視化させておけば未知に迷うこともないだろう。アイツの勝つ可能性を少しでも潰しておくには最適な忠告だった。
(わかった)
《我の恨み、今こそ晴らせ!白守進!)
(フッ……任せとけ!!!)
そこで会話は終了した。再びアイツを睨み付ける。サスペンスのその恐ろしい姿形を見ているが、PTSDらしき症状は起こらなかった。なにもせずにただじっと待つ。何かアクションを起こしてきた時に対応するため、全神経を集中させる。
「っ!進さんッッ!!!」
「っ!」
集中していた最中に聞こえてきた声。それはルピコちゃんの悲痛な叫びだった。瞬間、目の前にいたサスペンスが目にも止まらぬ早さで進を切り裂かんと飛びかかってきた。以前の進だったならば、サスペンスの姿を確認することも出来ず殺されていただろう。たが、進は辛うじて目で追えていた。営利な爪で進を殺そうと手を伸ばすサスペンス。真っ直ぐ向かってくるそれを進は確認した瞬間
「……くっ!」
体を横に動かし避けることに成功した。
「なにっ……?」
驚きの余り思わず口からそんな言葉が漏れるサスペンス。何をされてたのか理解が追い付いて居ない様だった。
「なっ……!」
次に声を上げたのはウェディングだ。クリーチャーである彼女は勿論サスペンスの姿を目で追えていた。しかし、ゼニスレクイエムのせいでそれもギリギリのものとなっているのだが。だからこそ、進がその攻撃を避けたと理解した瞬間、思わず声が出てしまったのだ。
「おらよっ!!!」
「ガッ!?」
攻撃を避けられたサスペンスは進の前に大きな隙を晒すことになる。そこを見逃さなかった進は、渾身の蹴りをその大きな図体の横腹辺りにいれてやった。余り格闘経験などはなかった為、素人のヤクザ蹴りのようになっているがそれでもクリーチャー化した進の力は凄まじく、モロにくらってしまったサスペンスも流石にダメージを負っていた。
「え……先輩……?」
「なんだ……?何が起きた……?」
「はぁ……次から次に問題が起きるわね……もう訳が分からないわ……」
「攻撃を……加えた……?」
「おい、なんか見えたか?」
「ううん、な~んにも見えなかったよ。」
「ウェディングさんには何か見えているようでしたね。何が起きているのでしょうか……」
人間がクリーチャーに反撃するという前代未聞の展開に、一同の反応は様々であった。カイトは必死に分析しようとしている。ルカは最早理解することを諦めたようであった。エレナはサスペンスの反応からして攻撃されたのではと考えていた。とにもかくにも一同に共通して言えることは、全員が呆けた顔をしていたというところである。
「…………」
一方キリコはというと、現在の状況を記録に残すべく目に映った光景を全てを撮影していた。
「グゥゥ……!この力、人間の力を遥かに越えているッ……!」
進の蹴りをまともに食らったサスペンスはとっさに腕でガードをしていたのか、余りダメージを受けている様子はなかった。それでも進のいる場所から5メートルほどは吹っ飛ばされており、その力にサスペンスは驚きを隠せなかった。
「この力……まさかっ!セレス化!?」
《ほう……思ったりよりも早く勘づかれたな》
流石はサスペンスをコピーした人格なだけはある。洞察力や頭の切れる所は変わっていない様だ。だが、寧ろ好都合だ。余計な情報は時に混乱を生む。戦いにおいてその無駄な思考はと焦りはノイズとなる。尚更作戦を達成しやすくなるというものだ。
「この程度か?」
「……なに?」
「あんなに粋がってた癖にこの程度なのか。フッ……笑わせるな。」
「貴様ッッッ……!!」
ここぞとばかりに煽る進。冷静でないサスペンスの神経を逆撫でするのには十分なものだった。
(かかった!)
心のなかでほくそ笑む進。そう、これこそが進の作戦の内の一つであった。
(アイツはきっとまた俺に飛びかかってくる!だけど、あの様子じゃまともな攻撃はしてこない筈。そこが力を奪うチャンスだ!)
流れとしてはこうだ。怒りで冷静さを見失ったサスペンスは此方へと殴りかかってくるだろう。その攻撃は怒りのせいでおぼつかなくなっている筈だ。だが、単調な攻撃ではあるがスピードはバカに出来ないしパワーも遥かに上だ。さっきはたまたま避けられたが、いつまでも避けるなんて事はできないだろう。しかし、単調な攻撃ならばある程度攻撃を受ける部分を変えることはできる。例えば、サスペンスが胴体や顔を狙ってきたとしよう。普通ならば致命傷なのだが、それを見切って腕を使っいガードしてある程度の威力を受け流す。長袖を着ていない腕ならば素肌同士が触れることになり力を奪える筈だ。これはサスペンスが冷静さを欠いているが故に成り立つ作戦だった。搦め手を使ってくるサスペンス相手に素手で触れることなど不可能に近い。たが、怒りに身を任せたサスペンスは直接仕留めてくるだろうと考えた。それに加え急所ばかりを狙っての攻撃方法はある意味では単調と言える。あとは、
(俺次第、か……)
ということである。クリーチャーの肉体とはいえ、ゼニスレクイエムで強化されたその攻撃力を受け流せるのか。スピードに対応し、瞬時にガードすることができるのか。ここが問題だった。単調な攻撃とはいえ、何処を攻撃してくるのかはまだ分からない。ある程度場所を絞れているとはいえ、それに瞬時に対応するのに頭が働くのか。こればっかりは自身の肉体を信じるしかない。
(いや、ここまで来たらやるしかないよな。)
やるべき事はやった。後はそれを実行できるかどうか。この先は神のみぞ知るってやつだ。
「ほらっこいよ。」
進は人差し指でクイックイッとハンドサインを送る。それに対しサスペンスは
「っ!馬鹿に、するなァァァァァァァァァ!!!!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、耳が割れるほどの声を上げながら進に突進した。
「っ!」
その威圧感に若干気圧されるも、進はサスペンスの攻撃を見切ろうと集中する。一瞬たりとも気を緩むことは出来ない。徐々に徐々にサスペンスは進との距離を縮めてくる。4m、3m、2m、1m……そして、とうとうその凶刃は眼前に迫った。
(みえたぁぁぁ!!!!!)
狙いは心臓だった。サスペンスの鋭い爪は進の左胸へと吸い込まれていく。そんな攻撃をみすみす見逃すわけがない。攻撃の行く先が見えた進はサスペンスのスピードに負けずとも劣らないほどのスピードで、左腕を胸の前に庇うようにして横につき出す。お陰で爪は左腕のちょうど中心部辺りに突き刺さり、心臓を貫くことはなかった。クリーチャー化した際による肉体強化の恩恵か、頑丈になっていた為攻撃の勢いを殺すことが出来た。
「ぐぁっ!!」
「なっ、小癪なァァァ!!!」
「あ、あぁっ……!いやっ……もう、やめて……」
カノンが悲痛に満ちた声で嘆く。傍から見れば進はサスペンスの攻撃によって左腕を貫かれた様に見えているのだ。誰よりも進の事が傷つくことを恐れていたカノンからするとどれだけ悲惨なものに映っているのかは想像に難くない。実際、痛くない訳ではない。進も苦悶の表情を見せていた。しかし、この一撃で仕留めようと思っていたサスペンスからすると、防がれてしまったという事実が更に苛立たせるものとなってしまっていた。
(いってぇ!いたいいたいたいいたいいたい!!!)
今まで感じたことのない激痛に進は一瞬だけ本来の目的が頭から消し飛んでしまっていた。痛みに頭が支配されているその時、
《よしっ!白守進、ゼニスレクイエムの力を奪ったぞ!既に我が力を発動してある!距離の近い今がチャンスだ!急げ!》
(ハッ……そ、そうかっ!分かった!)
サスペンスから力を奪ったことを知らされる。その声で何とか我を取り戻した進。左腕の感覚はもうほぼない。動くのは右腕のみ。しかし、サスペンスの言った通りなんだか力がわいてくるような、体がとても軽くなったような気がした。
「ぐっ!」
右の拳を力一杯握りしめる。
「な、なんだ……?体が、突然軽く……」
完全に立場が逆転した。今の進にはサスペンスの動きが止まって見える。動体視力が驚異的なのか、それとも今の自分が異次元の領域にいるのかは分からない。だが、やることは一つ。
「ハアアァァァァァッ!!!!!」
サスペンスを倒す。これだけだ。
最早左腕に刺さった爪などどうでもいい。勢いを出すために進はその胴体に向かって走った。その際、腕に深々と刺さっていた爪が横に腕を裂き、そのまま抜けた。そしてそのまま進は勢いを殺すことなく、その並外れたスピードのまま右の拳をサスペンスの胴体に振りかぶった。
「は……?」
一瞬の出来事だった。さっきまで優位に立っていた筈のサスペンスだったが、何が起きたのか理解できなかった。何故なら
「ゴハッ……!」
その拳がサスペンスの胴体を貫いていたからである。
「か、はっ!……き、貴様ッ!」
ぽっかりと空いた自分の体を見ながらサスペンスはその場に倒れる。その体躯に見合わぬ量の吐血をしながら恨めしそうに言葉を発していた。
「し、しぬっ……!い、しきが……しかいが……おとが……なにも、かも……!グハッ……」
迫る死に怯えながら再び吐血する。
「…………」
サスペンスを貫いた進は、様子を確認するべくそのボロボロの体を動かし、振り向いた。血生臭い感覚に、心臓を貫いたという感触が忘れられないが、今更気にすることでもない。何かを言うことなく無言でその光景を見つめる進。
「ぜったいに、ゆるさ、ぬ……きさま、だけは……呪ってても、ころ…………」
その言葉を最後に、サスペンスは動かなくなった。
「やった、の?」
「あ、あぁ……恐らく、は……」
「や、やりやがった、のか……?」
何がなんだかと言った様な反応を示す守護者達。そんなことなど露知らず、進はサスペンスの死亡を確認した後、カノンの方へと顔を向け口を開いた。
「やったぞ……カノンッ!!俺、やりきったぞ!」
先輩がサスペンスを倒した。最初は信じられなかったが、今見ているこの光景に嘘偽りなどある訳ない。正真正銘、先輩がサスペンスを倒したのだ。
「やったぞ……カノンッ!!俺、やりきったぞ!」
先輩の元気な声が私に向けて掛けられる
「っ!」
正直に言うと、少し怖かった。あんなに怖い先輩は初めて見たし、サスペンスの返り血で染まっているその姿で喜んでいるのは少々異常にも見えた。だが、それ以上に安心感の方が高かった。確かに怖くはあるのだが、声を聞けば分かる。達成感に満ちたその声音。どちらかと言うと狂気的なものではなく、本当に必死にもがいて手に入れた勝利に喜んでいるといったものだった。だからこそ安堵した。あの操られているときの先輩じゃなくて、あの大好きだった先輩がやっと帰ってきたのだと。
「皆っ!!進くんを保護しよう!あの血の量は色々と不味い!」
サスペンスの死後、最初に行動したのはカイトだった。確かにあの量の血は危ない。下手すれば出血多量である。
「おうっ!言われなくてもっ、そのつもりだぜ!」
カイトの言葉に呼応するように皆が立ち上がっていく。まだ体は痛むだろうにそれを無理やり我慢して体を動かしている。
「つっ……!私もっ、行かなきゃ!」
「私も、こうしている場合では、ありませんね。」
それを黙って見ていることなんて出来ない。ダメージを負ってまだ時間が一番立っていないのは私だが、それでも先輩がどうにかなる方が嫌だった。痛みを堪え何とか立ち上がる。それに続いてウェディングも立ち上がった。そして皆が進の元へと駆け寄る。先輩を助けたら全てが終わる。誰もがそう思っていた。ある人物を除いては、だが。
「最後の、抵抗…だっ!!!」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
それは本当に突然の事だった。死んだと思われていたサスペンスの声が聞こえてきたのだ。瞬間、サスペンスが光った。なんと、サスペンスが最後の力を振り絞りビームを進に向かって飛ばしてきたのだ。
「え……?」
気づいたときには遅かった。先輩はすんでのところで気がついたのか、咄嗟に横に避ける。だが、避けるのが少し遅かった。心臓を狙っていたそれは、少し辺り先がずれ進の右肩辺りに直撃した。
「ぐっ!がぁぁぁぁぁぁ!!!」
進の絶叫が洞窟内を木霊した。カノンは冷や汗が止まらなかった。吐き気も止まらないし頭痛も酷くなってきた。耳鳴りもする。
「うぁ……!ぁ……あぁぁぁぁ!!!」
気づけばカノンは走っていた。激痛が身体中を走るが関係ない。走ってみればあっという間だった。進の元へとたどり着いたカノンは、倒れてしまっていた進を抱き起こす。
「先輩っ!先輩っ!」
「か、のん……?」
「いやっ……駄目っ……血が止まらない……!」
必死に血を手でせき止めようとするも、そもそもとして肩ごと腕を持っていかれているので止めようがなかった。
「もう、いい……」
「良くないですッ!!このままじゃ先輩はっ!!」
涙で顔をグシャグシャにしながらも何か方法はないかと模索するカノンを、進はかすれた声で止めた。
「カノン……聞いて、くれないか……?」
「そんなことしてる場合じゃ……「頼む……」……!」
聞き入れたら、このままでは確実に先輩は死んでしまう。だというのに、反抗してはいけない気がしてしまった。
「俺、お前と出会えて、良かったよ。」
「…………」
「たのし、かった……ぜんぶが、大切な、思い出だ。」
「…………」
「だから……後悔して……死にたくない……!」
「っ!」
死にたくない。つまり、もう先輩は助からないということなのだろう。そんな心の準備、出来る訳ない。それでも時間というのは残酷で、無情にもその針を進めていく。
「俺……お前の事……何よりも大切、なんだ…好き、なんだ…」
「わっ、私もっ……「それは、違う。」……え……?」
嫌な予感がした。それは、少し前から疑問に思っていたことが分かりそうで、それでいてその疑問が最悪のタイミングで明かされるのではないかと、そんな予感がしていた。
「俺は……異性として、好きだった……!」
「いせ、い……?」
異性として好き……?それってつまり……先輩は私の事を……?
「あ、え……ぁ……?」
「やっと……言えた……っ……かはっ!」
サスペンスを倒したときよりも嬉しそうな顔になる進。たが、その顔も吐血したことによって直ぐ苦悶の表情に変わってしまった。
「あ、あぁ……血、血が……!」
「わる、い……もう、駄目だ……」
「っ!だめぇ!いやっ!逝かないで!!えぐっ……死なない、でよぉ……」
「ご、めんな……約束、守れそうに……ない……や……」
「っ!」
その言葉を最後に進の目はそっと閉じ、力なく項垂れた。
「せんぱい?……先輩っ?」
揺さぶってみるが、反応はない。
「先輩っ!先輩っ!先輩っ!」
「カノン……彼は、もう……」
何度も何度も声を掛けながら揺さぶるも、やはり反応はなかった。そこに、ウェディングが肩に手を置きながら話しかけてくる。
「離してっ!先輩がっ!……ひくっ……先輩がっ!!!」
「カノン……」
カノンの悲痛な叫びを一同はなにも言わずに眺めることしかできなかった。というより、一同も言葉を失っていた。ルピコに至ってはカノンと同様に、涙を流している。
「なんで……どうして……どうして私の大切なものは……こうして何もかも奪われてしまうの……?」
ウェディングに拾われる前も、何かに大切なものを全て奪われた。絶望した私は全てをゼロにすべく、ゼロ計画に協力した。そのツケが廻ってきたのだろうか?でも、全てを奪われる前の私って何か悪いことをしたの?分からないよ……誰か……教えてよ……誰か……助けて……もう、嫌だ……
「先輩っ……」
初めて出来た大切な存在。それすらも今、失ってしまった。
「うぁ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
カノンは進の胸に顔を埋め、赤子のように泣きわめく。
今は10月の後半あたりだろうか。若干冷えつつある時期だが、進の体はその時期の気温に似合わない程の冷たさだった。