「行かないでっ!!!」
あるマンションの一室にて叫びが木霊した。声の主は無垢の守護者、カノンである。カノンはそんな言葉を叫びながら今日も最悪な朝を迎えた。何らかの悪夢にうなされていたのか、勢いよく起き上がる。
「ハァッ!……ハァッ!……ハァッ!……」
息切れを起こしながらも、カノンは辺りを見回しここが夢の世界ではないことを理解した。
「……うっ!」
気分が悪くなり、トイレへと一直線に駆け込む。地味に寝室からトイレは距離がある。少し広いこの部屋を恨んだのは初めてだった。何とか吐き気を抑え急ぐ。トレイに着いたカノンは勢いよく扉を開け、そして便座を開いた。
「うぇっ……うっ……オェェェエ!!!」
胃液が腹の底から吐き出される。
「カノンッ!?」
異変に気がついたウェディングが直ぐ様駆けつけ、優しく背中をさする。
「っ!……」
そこでウェディングはカノンが胃液しか吐いていないことに気がついた。余りの悲惨な状況に思わず顔をしかめる。
(また、なにも食べなかった……)
そう、カノンはあの日以来食べ物が喉を通らず何をするにも無気力になってしまっていたのだ。体は痩せ細ってしまっており髪も痛んでいる。最早感情豊かに振る舞っていた可愛らしかった彼女の面影は何処にもない。悪夢にうなされる為ろくに眠ることも出来ず、隈も酷かった。あの日から暫くは受け答えすらままならなかったカノンだったが、少しだけ、ほんの少しだけ気力を持ち直し身振り手振りや少しだけの対話だけなら出来るようになっていた。しかし、それでも声を出すのは辛い。と言うより、何もかもが嫌になっているカノンからするとしゃべると言う行為すら苦痛に感じていた。
「はぁ……はぁ……うっ!あぇっ……オェェェ……」
「くっ……」
落ち着いたかと思えば再び吐き出す。毎日がこれの繰り返しだった。この生活から既に一週間近く経とうとしていた。ウェディングは胸が締め付けられるような思いでカノンを見守ることしか出来ない。
「………………」
「収まり、ましたか……?」
一息着いたカノンにウェディングは恐る恐る質問する。これ以上カノンの苦しむ姿を見るのは耐えられる気がしなかった。
「…………うん。」
帰ってきたのは弱々しい返答だった。消え入りそうな声音で、聞き取るのも難しい程の声量だったが、それをウェディングは一言一句聞き逃すことはなかった。
「それはよかったです……取り敢えず、リビングに行きましょう。」
「……うん。」
短い返事以外は何も話さない。話すことすら億劫になっているのだろうか。あの無気力な感じは誰から見ても異常だった。トイレを後にしてリビングに移動するカノン達。その間に交わされた会話など、無に等しかった。移動し終えたカノン達は、ソファにその身を預けた。ようやく一息着けそうだ。
「カノン……一応聞いておきますが、食欲などはありますか?」
カノンの身を案じたウェディングがそんなことを質問する。ここ数日間まともに食事をしたカノンを見ていない。そろそろ本気で不味い領域に踏み込み始めていた。
「……ごめん…………」
「っ、そう、ですか……」
本人がこう言うのであればもう何も出来ることはない。以前無理にでも食べさせようとして見たのだが、結局カノンの言う通り全て戻してしまった。どうすることも出来ない状況ほど歯痒いものはない。だが、それでもウェディングはこの辛い現実を耐え、カノンの面倒を見るしかなかった。無論、一番苦しんでいるのはカノンであるのだが。
「……いいのですか?」
「……?」
いきなりどうしたのだろう。ウェディングが言いにくそうな顔をしてそんなことを尋ねてきた。なんの事か分からず首をかしげるカノン。
「今日は……」
白守進の…………お通夜ですよ?
「っ!あ、あぁ……!うっ、うぅぅぅ!!」
最悪の通告だった。忘れていたかった。
「カノンッ…………」
泣き崩れるカノンをウェディングがそっと抱き締める。耳元に響く嗚咽にウェディングは今までに感じたことのない感情が渦巻く。ここ数日の間、カノンだけでなくウェディングもまた変化が訪れていた。
(この、酷く締め付けられるような感覚はなんなのでしょうか……何かに縛られている訳でもないのに…………それに何故こんなにも……胸が苦しくなるのでしょうか……)
「ひっく、えぐっ、うぇ、うぇでぃんぐぅ……先輩がっ……先輩がぁぁぁ……!うあぁぁぁぁ……!」
「……」
泣く、と言う行為が何なのか。それは知っていた。だが、泣いてしまった人間をどうしたら癒すことが出来るのか、なだめることが出来るのか等考えもしなかった。ウェディングは只抱き締めることしか出来ない。こうすることで人は落ち着くと学んだから。だから馬鹿の一つ覚えの如く、それを実行するしかない。他の方法なんて分からないから。暫く抱き締め頭を撫でていると、次第にその泣き声も収まってきた。
「行かなくて、良いのですか?」
心苦しいが、ウェディングは本題へと話を戻す。追い討ちを掛けているように見えるが、これはカノンが向き合わなければならない事だから。カノンを一生見守っていくと決めたのなら、これもまたやるべき事の一つだろうとウェディングは考えていた。
「…………」
沈黙が続く。部屋の中が無音に包まれる。ウェディングは肩に乗っていたカノンの顔を離し、面と向かってじっと見つめた。何と黒く染まった目であろうか。白の美しかったその目は、真っ黒に塗り変えられていた。実際には黒くなっているわけではないのだが、ウェディングから見てもその目はどの暗闇よりも暗く黒く見えてしまっていた。10分ほど時間が過ぎた後、ようやくカノンがその重たい口を開いた。
「い……く……」
「そうですか……ならば、準備しなくてはなりませんね。」
これだけの会話ですら今は出来るだけで有り難かった。カノンがこの言葉を言うのにも相当な気力と覚悟が必要だったろう。本当は行きたくなんてない筈だ。現実から逃げてしまいたい筈だ。それを我慢して応えてくれた。なんと強いことだろう。きっと、ゼロ計画時点でのカノンならば自決していた。これも、白守進の与えた影響なのかもしれない。
「服や持ち物は私が用意します。カノンはその場に居て下さい。身だしなみ等は……お風呂には入りましょう。後は何もしなくていいです。丁度湧いていますが……一人で平気ですか?」
先ずはそのやつれた姿をどうにかしなくてはならない。カノンは部屋に引きこもっていたので、まともに風呂にも入っていなかった。あの匂いのまま行くのは流石に不味い。化粧などはもうしなくてもいいだろう。そもそもウェディング自体に技術がないし、本人がなにもする気力がない以上変に動かす必要もないと思ったからだ。それに、ウェディングからすると行けるだけでも十分であった。
「わかった……」
こうしてカノン達は、進の通夜に向かうべく準備を始めるのだった。
「着きました、ここです。」
「ここは……カイトの……?」
準備を済ませたカノンは、ウェディングに会場まで案内して貰っていた。会場はなんとカイトの研究室だった。と言うのも、言伝てによってお通夜があることは知らせれていたのだが、引きこもっていたせいでそれ以外に情報が全く入ってなく、会場の場所すら知らなかったのだ。外の情報は全てウェディングを通して知っていた。それでもウェディングが話しかけてくる回数など指で数えられる程しかなかったのだが。
「どうやら余り公での式はしたくなかったらしいです。相応しい場所とは余り思えませんが、なるべく景観を正すため白守進用の式場を急遽作ったのだとか。」
「……」
「面倒なものですね、人間と言うのは……」
「そう、ね……」
そう言うウェディングだが、ちゃんと喪服を準備してくれていたし、マナーなんかも教えてくれた。お葬式なんて経験したことがなかったし、何より始めて知る文化だったのでウェディングには大変助けられた。私のために知識を詰め込んでくれたらしい。沈黙の方が長いであろう弾まぬ会話をしながらカノン達は研究室の中へと入っていった。
「っ……カノン、さん……」
「あっ……」
中に入ると、そこには一面白い光景が広がっていた。何も真っ白と言うわけではないが、ウェディングの言っていたような景観は保たれているのだろう。それに、研究室にあった道具や机なども無くなっていた。無くなればそこには少し広い空間が残るだけである。そしてカノンはそこにいた、久しぶりに見る友達の顔を見てつい声を漏らしてしまった。
「良かった……ひくっ、良かったですぅぅ……!」
「わっ……ル、ルピコ……?」
泣き出したかと思えば、突然抱きついてきたので困惑が隠せない。胸の中でしくしく泣いているルビコになんて言葉を掛ければ良いのか分からずあたふたしていると、そこに別の声が聞こえてきた。
「カノンか……久しぶりだな。」
「えっ、ダ、ダピコ……!?」
ルピコに似た容姿たが、言葉遣いや性格が余り似ていないこの人物はルピコの姉のダピコだ。何故ここにいるのだろうか。ダピコがいると思っていなかったカノンは驚きの声を上げた。あの日以来ででた声の中では一番大きなものだったのではないだろうか。
「どうしてここに……?」
このお通夜は余り公ではしたくないものだった筈だ。一般への公表はもちろん、情報すら出回っていない。何故なら、これがクリーチャー関連の事件だったからだ。クリーチャーの存在だけはバレてはいけない。対策は取るに越したことはないのだ。だから、ここには白守進と関係のある者しか、それもクリーチャーの存在を知っている者しかこれないのだ。ダピコは白守進との接点がない。なら何故ならこの場にいるのか、それが分からなかった。
「どうして、か……」
ダピコは少し考えた素振りを見せたあと、口を開いた。
「ルピコはその亡くなってしまった人物に助けられたと聞いた。本来ならば私が助けなければならないものを、その人物は命を散らしてまで助けてくれたんだ。なら、顔くらいは見ておかなければいけないだろう?私なりの礼儀だ。」
「なるほど……」
ダピコの考えに同調するカノン。確かにあの時先輩がどうにかしてくれなかったら私たちは全滅していただろう。サスペンスに打ち勝った先輩は、私だけでなくその場にいた全員を助けた言わばヒーローのような存在だった。
「ルピコ、心配していたんだぞ。カノンが死んじゃうんじゃないかとか、ちゃんと生活できているのかってな。連絡いれても返事は無いし、私も少し心配していた。」
「っ……そんなことが……!」
「そうっ、ですよっ!?ひぐっ、わ、私っ、あの時のカノンさんを思い、だすと……!……とっても、怖かったんですから!」
「っ!」
あの時の事。きっとあの事を言っているのだろう。カノンには心当たりがあった。それは、進が息を引き取ってしまった後の時にまで遡る。
『あ、あぁぁぁぁ!先輩っ!先輩っ!』
暫く泣きじゃくっていたカノンを一同は只見ることしか出来なかったあの時、
『…………ふっ……ふふふっ……アハハハハっ……!』
『ぇ……?かのん……さん?』
気が狂ったのか、カノンがいきなり笑い始めたのだ。その狂気を孕んだ声音に泣いてしまっていたルピコも反応せざるおえなかった。
『もう……いい……もういいや……!』
『何を……言って……」
小さい声で呟くその言葉にルピコはえもいわれぬ恐怖を感じる。初めてカノンと対峙したときですらここまでの緊張感はなかった。
『誰でもいいわ!私を……殺してッ!!!』
衝撃の発言に一同は呆然としてしまう。ルピコは一体何を言っているのかよく理解できていなかった。
『早くッ!!……誰もやらないなら、いっそのこと自分で……!』
『っ!止めてくださいッ!!そんなことしちゃいけません!!!』
時間差で何が起きているのか理解したルピコが誰よりも早く、すかさず止めに入った。ウェディングや他の守護者達は、2人の衝突に口を挟むことが出来なかった。
『どうして!?なんで止めるの!?』
『何でって、そんなのカノンさんが大切だからに決まってるじゃないですかッ!!!!』
『関係ないでしょ!?もう嫌なの!大切なものが目の前で無くなっていくのが!どうせ生きてたって良いことなんて何もない!きっとこれは罰なのよ!!』
『罰って、何言って……』
『そう、私が悪いことをしたからいけないの。私がゼロ計画なんて進めちゃったから……みんなに迷惑を掛けたから……!そのツケが回ってきてるのよ!結局、贖罪なんて意味は無かったんだわ……過去の罪から逃げることなんて出来なかったの!!ならいっそのこと……死んだ方が楽になれる……!だから……!』
『ふざけないでっ!!』
『っ!ル、カ……?』
2人の言い合いがヒートアップしていくなか、突如ルカの大声が響き渡った。余りの気迫に体を震わせるカノンとルピコ。どうしたのかと声のしたの方に顔を向けると、そこには真剣な眼差しでカノンを見つめるているルカの姿があった。
『さっきから聞いていれば……貴女、自分勝手な事ばかり言ってるじゃない!』
『っ……』
『分かっているのでしょう?自分が何を言っているのか、それが如何に間違っていることなのかを。貴女は罪から逃げられないんじゃない、その罪から逃げてるのよ!』
ルカの言う通りだ。カノンは自身に襲いかかる理不尽や不幸を全部自身の犯してしまった罪に擦り付けているだけだったのだ。始めに受けた不幸にはカノンは全くと言っていいほど関係がないし、ただただ可哀想なだけであった。これだけならまだ悲劇のヒロインとしていられた。しかし、そこからカノンはそこから生まれてしまった憎悪を関係の無い者達へとぶつけ巻き込んでしまった。これではカノンも同類だ。そこにカノンの言う『罪』と言うものが生まれてしまったのだ。
『罪から……逃げてる……?』
今回は皆が可笑しいくらいに優しかったから、カノンの事情に同情してくれて許してくれたからどうにかなった。しかし、根が素直で優しいカノンはそれを良しとはしなかった。何か罪滅ぼしになることはないかを聞いて回ったのを思い出す。そしたら、ゴールデンエイジの皆は復興を手伝ってくれたらそれで良いと言ってくれた。だが、ルピコ達はゴールデンエイジの一員ではない。別世界の存在なのだ。ゴールデンエイジの復興だけでは罪を償うことなど出来ない。そう考えたカノンはルピコ達にも同様の質問をした。何か出来ることはないか?と。すると、驚くことにデュエマシティで目一杯遊んでくれたらそれで良いと言われたのだ。そこからはご存じの通りである。
『そうよ。私から見れば、貴女は自分に襲いかかる苦しみを全部過去の罪のせいにしているようにしか見えない。もしかしてだけど、働いてた時に起きた迷惑客の件も自分のせいだなんて思ってたんじゃない?』
『あ……』
そうだ。私は最初、上手く対応できなかったせいでこんな事態になってしまったのだと思っていたのだ。罪を償わなければならない立場なのに迷惑を掛けていては本末転倒だ、そう思っていた。自責の念に囚われていた私を助けてくれたのは先輩だった。しょうがないことだ、誰にだって失敗はある、そうやって私を励ましてくれた。だから、それで立ち直ったと思っていた。
(私……)
そんなこと、なかったのだ。癖と言っても良いだろう。過去に囚われたカノンの心は、進に慰めて貰った温もりですらほどけなかったのだ。客の件は進に言われたからしょうがないで済んだものの、その他の事では未だに罪を償わなければならないのに、と言った思いを捨てられなかったのだ。自分が関わった事で何か悪いことが起こればそれは全部自分のせいだと思ってしまう。それが今回の事件にも当てはまってしまっていたのだ。
サスペンスがいるのは私が原因。皆が傷ついているのも私が居たから。先輩が死んでしまったのは大元を辿れば原因は自分にある。シューゲイザーをもっと上手に扱えれていればこんなことにはならなかった。
そんな思いばかりが募ってしまっていたのだ。それは全部『罪』を償いきれなかった自分のせい。償えないから私は罰を受けている。だが、与えられるべき罰を受けるのは私だけで良いのに、それに皆が巻き込まれてしまう。何故なら、大切な人が居なくなる事は私にとって一番辛いことであり、それと同時に一番の罰であったから。そして、遂にその溜まりにたまった思いに耐えきれず『罪』が爆発してしまったのだ。どんなに償おうがあの時と同じようにまた大切な人を失ってしまった。どんなに頑張っても報われることなんて無い。過去の失態から逃げることなんて出来ない。もう耐えられない……この苦しみから解放されたい……生きる希望を失ってしまった今、残るは苦しみだけだ。それに、カノンと関わっていたらルピコ達にも何が起きるか分からない。実際、それで白守進は死んでしまった。ならば、もう死んだ方が良いのではないだろうか。そう、考えたのだ。
認められない現実を、罪を償え無かったが故の罰だと思い、勝手に自分のせいだと塞ぎ込み、勝手に苦しみ、死のうとする。だが、死ねば罪を償うことなど出来ないのだ。この行為は逃げになるだろう。罪を償う前に、その苦しみの前に心が折れ逃げたのだ。
『でも……私が居たら皆が不幸になる!良いことなんて一つもない!!限界なの……2度もこんな目にあって……しかもよりによって一番大切な
ルカの言っていることは最もだ。逃げていると言う指摘にも何も言い返せない。でも、それでもカノンは心が折れてしまっていた。2度もこんな経験をすれば歪むに決まってる。一度目は目的を持つことによって生きる理由を見つけていた。だが、2回目は無理だった。あの時みたいに狂えれば楽だったのだろうが、精神が、心が、体が、友達がそれを許してはくれなかった。多大な善性を持ち合わせてしまったせいで、狂うに狂えなかった。だって、迷惑を掛けたくないから。傷つけたくないから。これ以上、ゼロ計画の時のような悲惨な事件を起こしたくなかったから。自己中なのは分かる。でも、最初で最後のお願いなのだ。これくらい聞いてほしい。そう思っていた。
『っ……エレナ……?』
思ったことを口にしたその時、ルカと対面していたその後ろからエレナが難しい顔をしながら近づいてきた。どうしたのだろうと名前を呼ぶカノン。そして遂にエレナがカノンの前に立つ。立ったかと思えば、次の瞬間には右頬にじんわりとした痛みが広がっていた。
パシンッ!!!!
『いっ……!……え……?』
思わず頬を押さえる。その痛みと同時に理解した。
ビンタされたのだと
『いい加減にしてくださいッ!』
あの誰よりも慈愛に満ちていたエレナの顔が今ばかりは何よりも怖く感じた。真剣な眼差しで見つめるエレナはどこかキリッとしていて美しかった。
『どうしてそんな悲しいことを言うんですか!?』
『ご、めん……でも…『でもじゃないです!!』……っ…!』
『貴女が死んだら……余りにも……グスッ……進さんが報われないじゃないですか!!!!』
『!!!!!』
涙ながらにそう訴えるエレナの言葉に、カノンは目を見開いた。
『貴女の命は進さんの犠牲の上に成り立っているんですよ!?なのに、なんでそれを簡単に捨ててしまうのですか!?』
『あ……えっと……』
『……罪を償う事は確かに簡単ではありません。辛いこともあるでしょう。でも、此だけは言えます。カノンさんは今、進さんの命を背負っている。』
『っ!』
『お願いします……進さんの分も……頑張って生きてみましょう?辛いのでしたら私も一緒に背負いますから……』
そうだ……私が死ねば先輩は無駄死にしたって事になる。自意識過剰かもしれないが、サスペンスを倒したときの先輩、真っ先に私に声をかけてくれたんだ。気にしてない、なんて事はないだろう。仮に私だけのためにサスペンスを倒したんじゃなくても、助けられた命がある事実には代わりない。
『……話しているところ悪い。』
『っ、カイト……どうしたの?』
エレナの発言を噛み締めていたら、突然カイトが声を上げた。何事かと全員の視線がカイトに向けられる。
『僕もその話の続きをしたいところなんだが……先程進くんの体を確認したよ……やはり亡くなっていた。』
『『『『『『………………』』』』』』
分かっていはいたが、やはりちゃんと言われると辛い。沈黙する一同は、カイトの話に耳を傾ける事しか出来なかった。
『僕としては、早くここを引き上げたいと思っている。進くんの為にも。』
『んでだよ……』
カイトの提案にグレンが反応する。グレンとしては、カノンの事をどうにかするのが先決だと考えていたのか、先程の会話を中断したせいか少し不服そうにカイトを見つめていた。
『いや……このままでは遺体が腐ると思ってな。僕はなるべく綺麗な状態で保管したい。駄目か?』
『あぁ……なるほどな……』
カイトの言い分に納得するグレン。他の者達もそちらを優先した方が良いと考え、一旦話を中断させた。これ以降カノンの精神状態についての会話を交わすことはなかった。そこからは良く覚えていない。家に帰れたは帰れたのだが、いくら皆に慰められようと、辛いものは辛い。嘔吐や頭痛などと言った症例に悩まされるのは仕方の無いことだったと思う。それでも、この出来事がなければ家で自殺していたのは想像に難しくなかった。
「ごめんね、心配かけて。」
「いえ……良いんです。カノンさんが生きているだけで十分ですから!」
きっと私の体を見て、平気ではなかったことは勘づいているのだろう。なのに、生きているだけでも嬉しいと言ってくれた。こんなに変わり果てた姿になっているのに、そこにはあえて触れなかったルピコに心の中で感謝した。
「あら、来たのね。」
「カノンさん……!またお会いできて良かったです!」
「ほんとだ!グレン!一安心って感じだね~」
「ん?あぁ、カノンか。まぁ……そうだな。取りあえずは安心、だな。」
「皆……!」
次に出会ったのはカイトを除いた守護者達だった。各々の反応を伺うに、相当な心配をさせてしまっていたらしい。申し訳ないとは思いつつも、久しぶりに会えた面々にカノンは少し嬉しくも感じていた。やはり人の温もりと言うのは素晴らしい。
(先輩……)
だからこそ、惜しまれるのだ。先輩を抱き締めたときの感触が忘れられない。先輩の悩みごとを聞いたとき、相当な力で抱き締めていた気がする。あの時は本当に幸せだったな……と最近起こったことにも関わらず、懐かしんでしまう。それは白守進が故人が故なのかは分からない。死とは恐ろしいものである。
「貴女、もう平気と言うわけでは……無いわよね……」
「えぇ……まぁ、ね……」
ルカの意見を肯定する。受け入れることが出来ていたならば今もここまで苦しんでいない。信じたくないし、生き甲斐もなくなってしまっている状態だ。それでも自殺せずに済んだのはルピコ達の説得のお陰だろう。辛くなった時、ルピコの大切だからという声が脳内に響き渡るのだ。その度に、死ぬのは止めよう、もう少しだけ頑張ろうと思えたのだ。だからといって立ち直れるかと言えばそうではない。それでも本当に少しだが、前を向けたのは事実だ。ルピコ達には感謝してもしきれない。
「カノン……!良く来てくれたね……!会えて良かったよ。」
そんなことを考えていると、又々部屋の奥から聞いたことのある声が聞こえてきた。
「カイト……!」
聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには嬉しそうな顔をしなががら此方を見つめていたカイトがいた。きっと、ルピコ達みたいにカイトも心配してくれていたのだろう。
「?カイト、白守進の親御さんを連れてくると言っていなかったかしら。」
「!」
ルカの言葉に目を見開くカノン。当たり前だが、どんな人にも必ず親はいる。それがどれだけ嫌いであろうが、血の繋がりは永遠に切れない。カノンにはそんな人、誰一人としていなかったから失念していた。そうだ……この世には私よりも悲しい思いをした人がいるかもしれないのだ。
(いつまでもこんなんじゃ……駄目よね……)
それは家でも何度も思っていた。頭では分かっているのだ。けれど、どうしても受け入れることだけは無理だった。というより、無理矢理納得しようとしても拒否反応が出てしまうのだ。一度それで大惨事を起こしてしまったのを思い出す。どうしたものかと頭を抱えていると、カイトがその質問に答えるようにして口を開いた。
「それが…………」
「何か、あったの……?」
「どうしたんだ。カイトらしくねぇな。」
良い淀むカイトに不信感を持つ一同。余程言いにくいことなのか、少し時間が立った後何か覚悟を決めたような表情で一同の顔を真剣な眼差しで見つめながらこう答えるのだった。
白守進君は、捨て子だったんだ
「なっ……!」
「なんて事……」
「んだと……流石に冗談きついぜ……」
「…むむむ……突然来たね~…」
「そんな……進さんが……?」
「捨て子……?」
衝撃のカミングアウトに驚く一同。1人、ダピコだけが余り分かっていないようだったが、ルピコが耳打ちで説明していた。その意味を理解したのと同時に、ダピコも一同と同じような反応を示す。普通の人とは違う人生の歩みをしていて、その上サスペンスなどという凶悪なクリーチャーに殺される人生……それは余りにも残酷なものであった。開いた口が塞がらないとはきっとこの事を言うのだろう。
「え……?え?」
カノンも例外ではなかった。頭を強く叩かれたような衝撃を受ける。
「調べてみて分かったんだ……なかなかに壮絶だよ。」
カイトも未だに信じられないと言った表情で語り続ける。
「あの後、僕は彼の身元を調べたんだ。けど、経歴から察するに彼は実親に育てられていなかった。恐らく捨てられたのだと思う。変わりに、6歳くらいの時に里親となってくれる人物がいたんだ。彼の借りているアパートはその里親名義の物だったんだ。」
「先輩に、そんな事が……」
「だから、僕はその里親の元に電話をしてみたんだ。そこで全てを話したよ。クリーチャーの事、そして……彼がそれに巻き込まれ死んでしまったことも。話せることは全てを話したよ。詳しい詳細も込みでね。そして、僕はこの街で彼のお葬式をして良いか聞いたんだ。当然の事だが、僕達の勝手な判断でお葬式なんて出来ないからね。返事は今の状況から見て分かる通りだ。」
「なるほどね……まぁ、勝手に式をあげるなんて事は出来ないからそこまでの事をしてるとは思っていたけど……想像以上の話が舞い込んで来たわね。」
ルカの発言に一同は頷いた。只でさえお通夜を始めようとしている状況なのに、更に衝撃の情報が追加されたことによって空気が若干重くなる。
「勿論その方は今ここに来ている。今から式を始めても良いのだが……その前に、1つだけしたいことがあるそうだ。」
「あること……ですか?」
ルピコが首をかしげる。
「あぁ、どうやらカノンに用があるらしい。」
「っ!わ、私……?」
突然の名指しに困惑するカノン。しかし、なぜ用があるのかも何となくではあるが察していた。
「用と言っても、只話すだけだそうだ。そこにいてくれて構わない。今から呼んでこよう。待っててくれ。」
そういって、カイトは再び会場を後にして研究所の奥へと行ってしまった。
「捨て子、ですか……」
険しい表情で呟くエレナ。やはり、誰よりも慈愛に満ち溢れている彼女からすると引っ掛かる部分があるのだろう。
「まぁ、余り重いものと捉えるのはやめときましょ。里親に引き取って貰えているだけでもあの子は運が良いわ。」
「まー、話を聞く感じじゃ悪い人でも無さそうだしねー。」
「何で子供を捨てんだろうな……俺には全く理解できねぇ……」
「無責任な奴もいるものだな。」
「お姉ちゃん、でもこれって結構難しい問題なんです……」
三者三様の反応を見せる一同。感想こそは違えど、皆共々に共通していることは、子供を捨ててしまうことに対する責任のなさを疑問に思っているところだった。
「本当にどうしようもない事情があったりもするから頭ごなしに否定するのもあれよね……」
「人間は複雑ですね。」
ルカの言葉に一同は複雑な気持ちになった。事情なんて一人一人違うのだ。ちゃんと愛していた親もいるだろうし、身勝手な親もいるだろう。それに、子供達にとっては里親とは新たな出会いである。周りが可哀想だと哀れんだとしても、本人は気にしていないかもしれないし、何よりちゃんと育ててくれた里親にも失礼だ。カノンも自分なりに考えてみるが、皆の発言を聞いていくに連れて、答えが分からなくなってしまっていた。そんなこんなで時間が立ち、漸くカイトらしき足音が聞こえてきた。それに、もう1人の足音も聞こえるような気がする。一同がその音に気づき一斉に音のする方角へと体を向けた。
「待たせたね。」
カイトがそんなことを良いながら一同に近寄る。そして、彼の側には見覚えのない女性がいるのを確認した。
「カイトさん……もしかしてその方が……」
ルピコが念のため確認をとる。すると、口を開いたのは
「えぇ、そうです。貴女の仰っている通り、私が白守進の里親であり、唯一の家族である……」
白守唯(しらもりゆい)といいます。
女性の方……白守唯と名乗る進の里親であった。年齢的には50代の後半であろうか。若干白髪の混ざった髪に、くっきりとあるほうれい線。しかし、だというのにも関わらず唯は若い人間にも引けをとらないほどの美人であり、シワも少なかった。話し方の雰囲気と落ち着いた声音、あとは細かい容姿の詳細などを見て理解しなければ誰もとても50代だとは思えないだろう。
「あっ、す、すみません!お先に自己紹介させちゃって……」
「いえ、大丈夫です。私が勝手にしたことなので、余り気にしないで下さい。」
そういって微笑む唯。ルピコはその顔を見て妙な安心感に包まれた。それは、この世界に迷い混んでしまったときに育ててくれた両親の見せる笑顔に近いものだった。
「わかりました。では私も自己紹介をしますね。私はこのデュエマシティの案内人をしている、ルピコと言います。よろしくお願いします、唯さん!」
「ルピコさん……!貴女があのルピコさんですか!進から度々話は聞いています。此方こそよろしくお願いしますね。」
「えっ!わ、私の事を……?」
「それはもう……耳にタコが出来そうな位に。シティに行って会ってみたいと毎日のように聞かされましたよ。」
「え、えへへ……何だか照れますね。」
進が毎日ルピコの事を話している。それも会いたい言っていたらしい。照れくさくなり少し顔を赤くしながら満更でもなさそうな反応をするルピコ。
「そして貴女は……」
そして、唯はルピコの側にいたダピコに気づいた。声にかけられたことに気づいたダピコが口を開く。
「私はダピコ、ルピコの姉になる。よろしくな。」
「なるほど……姉妹でしたか。確かに似てますね。此方こそよろしくお願いします。」
そういって、丁寧にお辞儀をする唯。カノンは、本当にこの人が先輩を育ててきたのだろうかと疑問に思った。底抜けに明るく、どちらかといえば豪快な立ち振舞いに熱い心も持っている。少しだけだが、グレンのような部分があると思っていた。だが、唯はそれとは正反対のものであり、どちらかといえばエレナやルカに近しい雰囲気を感じていた。
「じゃあ、私たちも名乗って起きましょうか。私は闇の守護者、ルカといいます。よろしくお願いしますね、唯さん。」
「私は光の守護者、エレナと申します。以後お見知りおきを。」
「僕は自然の守護者のチュリンって言います!これからよろしくね!」
「俺は火の守護者やってるグレンだ。よろしくお願いするぜ。」
各々個性のでる自己紹介を終える。すると、唯は目を見開き少し嬉しそうに口を開いた。
「貴方達があの守護者なんですか……!?カイトさんからはお先に自己紹介をさせてもらっていましたが……今ここに、あの子の憧れていた方々が揃っているのですね……」
なにやら、感慨深いといったような表情でそう話す唯。
「進さんは私たちの事もお話に?」
エレナが質問を投げ掛ける。
「はい。何せあの子は貴方達とのデュエルが人生の目標の一つでもありましたからね。もう聞きたくないと思えるほどには毎日話されていましたよ。」
「「「「「っ……」」」」」
唯の返答に守護者の表情が曇る。1人のデュエマを愛する者として、情熱を持っている者として、そして街の守護者として……残酷なことに、誰一人としてデュエルしたことがなかった。それ程までに憧れを持たれていたというのに、その少年はもういない。デュエマシティにいたというのに、一度も勝負をしてあげられなかった事に酷く心を痛めたのだ。
「っと、まだ聞きそびれていた方がいましたね。お2人は……?」
そして、遂にカノン達の番が回ってきた。先ずはウェディングからと自己紹介に移る。
「私の名はウェディングといいます。この子の付添いみたいなものです。」
「わ、私は……カノンと……言います……」
ウェディングは平然とした態度で自己紹介をこなしているが、カノンは進の親ということもあってかどこかぎこちない様子だった。
「なるほど……貴女が……」
神妙な面持ちで小さく頷きながらカノンを見つめる唯。心臓が酷くはね上がる。心拍数が上がっていくのを感じる。カノンは、自信を観察するように見てくる唯を前にして冷や汗が止まらなかった。進が死んでしまった原因の一端にはカノンの存在があるのだ。人一倍責任を感じている彼女には辛い対面になるのは明白であった。
「あっ、あのっ!!」
「っ!…どうしました……?」
突然カノンが声を上げた為すこし吃驚する唯。一体どうしたのだろうかと困惑した様子を見せていた。
「今回進さんが亡くなってしまったのは……わ、私のせいなんです!!」
「……!」
「だから……本当にっ!本当にごめんなさい!!!」
カノンは唯に対して頭を下げた。しかし、これで許してもらえるなどとは思っていない。きっとこの人は一生カノンを恨むだろう。敵を呼び寄せたのはカノンで、ゼニスレクイエムを打つという愚行にも走る。これによって起きてしまった被害は計り知れないのだ。何故勝てたのかはわからないが、それでも進が死んでしまうにまでの過程の手助けをしてしまった。あの時あんなのを打っていなければ、私がもう少し気を付けていれば、そもそも先輩と関わらなければ、と何度も考える。
「…………」
なにも喋らない唯に、カノンは息が詰まるような思いをする。顔を上げようと思っても、脳がそれを制止する。もっと誠意を見せた方がいい、無口ということはまだ許されていない証拠だから土下座に変えよう、などと考えてしまう。プルプルと震えながらひたすらに頭を下げ続けていると、
「顔を、上げてください。」
「え…………」
声をかけられた。それも、唯本人からだ。絶対に許されるべきでないことをしてしまった相手に対して、顔を上げてとは何事だろうか。なにをされるかわからず動けずにいると、唯がそれを察してか再び口を開いた。
「安心してください。何もするつもりはありませんので。私はお話をしたいだけなんです。」
思わず顔を上げる。カノンの表情からするに、驚愕と疑問、それにすこしばかりの恐怖心があるように感じる。そんなことなどお構い無く、唯は話を続けた。
「カイトさんから一連の流れは聞いています。事件の最初の目撃者があの子であることも。殺した者が貴女との因縁がある者であるということも。」
「っ……」
「そして、あの子がその者と戦い、共に死んでいったということも聞きました。」
「…………」
言葉がでない。全てを知られてしまっている上に、それでいてカノンとの話し合いを求める唯。きっと恨まれているだろうし、怒りも相当な筈だ。なにもしないなんて言葉も信じられなかった。なにかを直接言われるのだろう。それが罵倒だろうが、自分を侮辱する言葉だろうが受け止めるしかない。まだそこまでの覚悟は出来ていないが、言われてもしょうがないことだと割りきろうと思っていた。
「心配なんです。貴女が気に病んでしまっていないかが。」
「えっ……」
想像してなかった発言に思考が止まる。何故怒らない?何故こんな自分を罵倒せずに心配してくれるの?困惑が隠しきれず動揺してしまう。
「あの子と一番関係の深い人は貴女なのでしょう?」
「そんなっ……!私なんか、唯さんに比べたら……」
「……それはそうかもしれません。ですが、この街に来てから一番親しく接してくれたのは貴女だと聞きました。私を除けばあの子と関わった時間の多い人は貴女になります。」
「私…が……?」
どういうことなのだろう。唯さんを除くと次に長く関わった人は私になる?たった2ヶ月とすこし位しか経っていないというのに?疑問がつきないカノンは考える。
「あの子、友達と呼べる人が周りに居なかったんです。ずっと、ずっと1人で生きてきたんです。」
「っ!?」
「そんなっ……!」
知らなかった。そんな素振り全く見せなかったから分からなかった。頭を強く叩かれたような衝撃を受けるカノン。ルピコも思わず声を上げてしまっていた。
「だから……貴女があの子と仲良くしていたと聞いたとき……凄く嬉しかった……」
「…………」
「やっとあの子にも人との関わりが出来たんだって、明るい人生が訪れたんだって思ったんです。」
「…………」
心が締め付けられるカノン。きっとその時の唯さんの心情は想像できないくらいに舞い上がっていたことだろう。我が子同然の子が今まで作ってこなかった……いや作れなかったのか……それはわからないが、兎に角一緒に遊んだり笑い合ったりする人が出来た。それを聞いて嬉しくない親なんていないだろう。だが、伝えたのはカイトだ。それも伝えられているシチュエーションがあまり宜しくない。嫌な予感を感じとるには最適な状況だったのだ。知らない番号の電話から出てきたのは息子が行った筈の街のある意味での責任者に近い者。もしかすると、嫌な予感をなんとなく察した唯さんは思うように喜べなかったのではないか?と少し偏った妄想をしてしまう。どちらにせよ、息子の死を伝えられた唯さんの悲しみは計り知れないだろう。
「あの子が死んだって伝えられたとき……私は酷くショックを受けました。今思えば、この年齢にあるまじき取り乱し方をしてしまっていたかもしれません……カイトさん、あの時は迷惑かけちゃってごめんなさいね。」
「いえ、そんなこと……誰だって大切な人が亡くなってしまったらああもなります。突然報告してしまった私にこそ非があるというものです……此方こそ申し訳ありませんでした……」
そう言って逆に謝るカイトを唯は少し焦りながらも宥める。何故こうも憎悪の念が感じられないのだろうか。何だったら、謝っている。カノンは唯の考えが理解できず、少し恐怖した。カイトとのやり取りも終わり再びカノンの方へと顔を向ける唯は、話を続ける。
「少し脱線してしまいましたね。話を戻します。」
「……はい」
最低限の受け答えしか出来ないカノン。理由は明白だった。唯の考えがわからない。だから考える時間が増えてしまっている。これだけだ。
「ショックを受けて泣きつかれてしまった後、ふと思ったんです。命を賭けてまで助ける意味があったのかと。何故あの子が命を賭けた結果、私とは全くの無関係の人たちが生き残ったのかと。」
「「「「「「「っ!!」」」」」」」
「なるほどな……」
「ふむ……」
唯の抱いた疑問。その疑問が一同には何よりも痛かった。まるで大きな槍に心臓を貫かれたかのような感覚だ。一方、ダピコは神妙な面持ちで、顎に手をやりながら何かを理解しているようだった。ウェディングは考え込むような仕草で思考している。
「あの子にとって、貴方達は大切な人なのかもしれません。ですが……親というのは、そんなものよりも何よりも子供が大切なんです。」
「そう……ですよね……」
親としてのごもっともな考えに、エレナは深刻な顔をしながらも同意する。他の守護者やルピコ達も納得はしているようだった。
「お門違いだと言うのは理解しています。でも、今も何かを的にして恨みなり何なりをぶつけなければ、私は心が持ちそうにないんです……意味なんて、ないというのは分かっているのに……!」
「………………」
辛く苦しそうな声音につい泣きそうになってしまうカノン。一番の被害者は先輩であるのは間違いないが、今この場で一番の辛い思いをしているのは唯さんだろう。家であんなに苦しんで泣きわめいて嘔吐なんてしていた自分に腹が立つ。苦しい思いから逃げようと死ぬことも考えていたなんて信じられないこともしていた。一体自分は何てことをしていたのだろうと、そんな考えが止まらない。それに対して、唯さんは暴走してしまいそうな感情を抑えている。爆発してしまいそうな爆弾の導火線を必死に消そうとしている。尊敬するなんてレベルの人じゃなかった。
「だから、考えたんです。」
「…………?」
「あの子が命を賭けてまで守った物……それが、本当に価値のあるものだったのか。それさえ知れれば、貴方達に負の感情を抱くのも止めようと。」
「価値のあるもの……ですか……」
ルカがそう呟く。感情を抑える唯一の方法がこれなのだろう。きっと進の死にも納得できていない。当然だろう。まだ15程の少年が死んでしまったのだ。誰が想像できるだろう。誰が受け止められるというのだろう。そんなの無理だ。だというのに、命を賭けてまで守った物が価値のあるものであれば許すと、そう提案してくれたのだ。責任者だというのに守りきれなかった守護者に対する怒りはとてつもないだろう。進を巻き込んでしまったカノンへの怒りなんて尚更だ。苦渋の決断だったに違いない。怒りに身を任せて此方を恨んでれば楽だろうに、それを我慢してまで提案してくれた。何となく、進が優しかった理由が分かるかもしれない。カノンがそんな事を考えていると、その提案に付け加えるように唯が言葉を紡いだ。
「ですが……守護者の方々やルピコさんがこれを証明することは不可能に近いです。関わりの短い貴方達では説得力が足りません。なので……証明は、カノンさんに行ってもらいたいと考えました。」
「えっ……私、ですか!?」
まさかの名指しに戸惑いを隠せないカノン。しかし、唯の言う通り、この中で一番長く進と時間を共にした人物は彼女しかいない。唯以外では一番進の事を理解しているカノンにしかこの証明は出来ない物だった。
「……言い忘れていましたが、カノンさんが証明できた場合、それはカノンさんだけを恨まないということにはなりません。勿論皆さんに対しての気持ちも晴れさせるつもりです。正直に言うと、あの子が守った理由が分かればそれで満足できますから。価値を知ると言うことは、守った理由も分かると言うこと……カノンさん。無理にとは言いません。ですが、出きるのでしたら話してください……お願いします……」
断れるわけがない。ここまで思い詰めているのに、それでも此方に寄り添おうとしてくれる人の、こんな優しさあるれる提案を断ることなんて出来ないに決まってる。ならば、やることは一つだけだ。
「分かり、ました。」
「っ!カノンさん……!」
「唯さんのご期待に沿えるかは分かりませんが、出来る限りの事をしてみようとおもいます。」
「ありがとう……ございます……」
頭を下げる唯に、カノンは慌てて頭を上げるよう促した。
「そんな……元はと言えば私の招いてしまった事です……ここで断るなんて、出来ないですよ。」
「そう、ですね……」
2人の会話が終わる。それと同時に、カノンは瞳を閉じて深呼吸を始めた。静かに見守る一同。そして遂に呼吸が終わり瞳を開いたカノンは、覚悟を決めたような表情で話を始めるのだった。清算が始まる。
急 展 開
進くん、こんな過去持ってたんやねぇ……それと唯さんめちゃくちゃ可哀想ですよね。いきなり子供が死んだとか言われて、それがクリーチャーとかいうやつのせいだなんて、私が聞かされればこいつ舐めてんのって思います。そこら辺は唯さんの器のでかさが伺えますね。思ったんですが、シティの住民にはクリーチャーの存在を公表してない訳ですよね?これ、被害が出たりでもしたら誰が責任とるんでしょうか。
唯さんだって全く知らない情報をいきなり聞かされて子供死にましたなんて言われたらその場に居合わせた守護者やカノン達の事恨んじゃうでしょ……と思ったのでこの展開にさせてもらいました。長くなりましたが、次回も気長に待っていただければ幸いです。では。