「はぁ……」
夜の病院に一人の少女の溜め息が響いた。
「溜め息ばかりついていると幸せが逃げるらしいぞ。」
「あっ……そう、ですよね……」
廊下に居る2人の影。それはルピコとダピコものであった。現在ルピコは、ダヒコと同伴して進の様子を伺いに病室へと向かっていた。
「カノンさん、あの後付きっきりで進さんの側に居たんでしょうか……」
「私の持っている情報から言えば、カノンの事を見たって話はあれ以降耳にしていない。多分、ルピコの推測通りなのだろう。」
「カノンさん……」
進が突然の蘇ったかと思えば頭を押さえて倒れた。その時のカノンの悲痛な声は聞くに耐えられなかったのを思い出す。死んでいるという訳ではなかったので一先ずは安心したのだが、今度はカノンが進の側に居たまま動かなくなってしまった。ルピコは一旦家に帰りたかったので、カノンをそっとしておいたまま帰宅してしまった。問題はこの後だった。あのウェディングでさえ空気を読みカノンと進の2人っきりの空間を作る為、病室から出ていったのだが、どうもその後カノンを見たという人が居なかったのだ。昼に倒れて3時位に入院させて、そこからカノンと別れたのが4時辺りだろうか。現在の時刻は9時を回っていた。この間に誰も見ていないというのは些か不自然である。もしかしたら進が倒れてしまったショックで今度こそ自決を……などという不謹慎な考えも思い浮かんでしまったのだが、流石にないだろうと頭を振ったのを覚えている。兎に角、進が心配なことは勿論、カノンの事も心配になっているルピコだった。
「ルピコが心配するのはわかる。だが……私もカノンの気持ちが少しだけ理解できるんだ。」
「気持ち……?それってどう言うことですか?」
「進が倒れて焦っているカノンを見た時ふと考えてみたんだ。もし、ディーがあんな風になってしまったらってな。」
「!ダピコお姉ちゃん……」
なるほど。そう考えるとカノンの行動にも納得がいくかもしれない。何故あそこまでして、身を削ってまで面倒を見続けるのかと思っていたが、ルピコもプレイヤーがあんな状態になってしまったらカノンのようになるかもしれない。ちょっと想像しただけでも心が酷く痛んだ。ルピコは、あぁ……これがカノンさんの感じている苦しみの1部なのかな……といった感想を抱いた。勿論今回の事件に全く心を痛めていない何て事はないのだが、如何せんカノンとルピコの立場が違う。苦しみの幅が恐ろしく開いているのだ。
「私には耐えられる気がしない。だから、カノンは本当に凄いと思うんだ。」
「うん……」
「今回は死んでいた筈の進が生き返ったから混乱してしまったんだろう。だが、それ以前の会話を思い返してみれば、唯の励ましがあったとはいえ死の悲しみから立ち直ろうと奮起していたな。その後の変わり様を見るとやはり死人が蘇るとなると、固まった意思もぶれてしまうんだな。」
ダヒコの言うことはごもっともであった。普通の人間ならば、死人が蘇れば驚くに決まっている。それと同時に大いに喜ぶことだろう。だが、それが裏目にでてしまうこともあるようだ。唯が気にしなくて良い、寧ろありがとうと言っていたのにも関わらず、進が蘇った後カノンは再び過去の過ちに囚われてしまっているようだった。こればかりは唯の力をもってしても心を癒すことができなかったのだろう。しかし、進が蘇る前までは立ち直ろうとしていたのだ。これはつまり、進が蘇えらなければカノンは過去に囚われることなく前を向くことが出来たということである。人の心とは分からないものだ。
「そろそろですね。……あれ?チュリンさん?それにプレイヤーさんも、一体何をしているのでしょうか……」
進の居るという病室の近くまできたルピコは、前方にチュリンとプレイヤーの姿を確認した。しかし、何やら様子がおかしい。中に入る事はなく、何故か扉の前に立って2人して中を覗いていたのだ。夢中になって覗いている2人にルピコは声をかける。
「あ、あの~……」
「うわぁ!……あっ、ごめんごめん。バレちゃうよね。」
「な、なにしてるんですか?」
突然声をかけられ吃驚するチュリン。プレイヤーがそれに気づき、声のボリュームを少し落としてと咎めていた。そんな2人を不思議そうに見つめるダピコとルピコ。チュリンは慌てて弁明をするようにして話を続けた。
「別にやましいことをしてた訳じゃないんだ!ただ、どうも進君が起きたみたいでねー。」
「え!?進さんが起きたんですか!?」
「しっ!しー!」
「あ、あぁ…すみません。」
「起きているのならば何故病室に入ってないんだ?」
首をかしげながら質問するダピコ。
「それがさ、僕が部屋に入ろうとした時に進君も目を覚ましたっぽいんだよねー。それだけなら良かったんだけど、カノンも起きちゃったみたいで。」
「やはりカノンさんは進さんの側に……っというか、カノンさんも起きたってもしかして!」
「うん!そのもしかしてだよ!僕は空気が読めるからねー。進君も起きてカノンも起きたんだったらさ、折角なら2人っきりで喋らせてあげようかなって!」
「フッ、なる程な。なかなか粋な事をするじゃないか。」
「では覗いていたのは……?」
「なにが起きるかわからない以上、カノンだけじゃ駄目でしょ?人は多いに越したことはないからねー。見守ってたんだよ!」
「そういうことだったんですね。」
チュリンの回答に納得するルピコ。ではどうしようか。進の様子を確認しにきただけだったのだが、その予定もなくなってしまった。もう今日は帰ろうか等と考えていたその時、チュリンが気になることを口にした。
「でもさ、それがちょっと面白いことになっててね。」
「面白いこと?」
「うん。まぁ、覗いてみればわかるよ。はい、ここの隙間から覗けば良く見えるよ!」
「えぇ……?覗くってそんな、なんだか悪いですよ……」
「まぁまぁ、監視するって名目もあるんだしさ!誰も文句は言わないと思うよ!」
ルピコとしても少し気になっていたし、カノンがどのような様子なのか、進は平気なのだろうかという心配もしていた。そういう点では、確認するだけならば良いだろうと心のなかで納得するルピコ。少し罪悪感があるが、ごめんなさいと心のなかでカノンに謝りながら覗くことにするルピコ。ついでといった感じでダピコも混ざった。
「……なっ!?わっ、あわわわわ……!!」
「これは……凄まじいな……」
そこに広がっていた光景に思わず顔を赤くしてしまうルピコ。ダピコも若干ではあるが、驚いているようだった。
「ね?凄いでしょ?あんなの見せられたら……ねぇ?」
「確かに……気になりますね。」
「あぁ。まさかカノンがあんな顔をして人に抱きついているなんてな。」
ルピコ達の目撃したもの、それはカノンが溶けきった表情で進に思いっきり抱きついている光景だった。どうしてだろうか、2人の空間を邪魔したくはないのだが、それはそれとして見たくなってしまう。プライベートは大事にしなければならないのに、何故か今のルピコ達はカノン達の様子を見たくて見たくて仕方がなかった。
「んー……進さん、カノンさん、ごめんなさい!」
好奇心に勝てず、口では謝りつつも再び覗きに徹するルピコ。それに続くようにしてチュリンやプレイヤー、そしてダピコも覗きを始めた。
「あんなカノンさん見たことありません。」
「そうだな。なんと言うか、心の底から幸せそうな顔をしている。」
「いや~。進君も罪な男だね~!」
各々の感想を言い合う4人。その雰囲気はまるで恋バナをする女子高生のようなものだった。
「ウェディングがあの顔を見たら凄い進に嫉妬しそうだよね~」
「あ~……そうかもしれませんね。」
ウェディングは感情のないクリーチャーだ。しかし、改心してからと言うものの、明らかに感情のあるような振る舞いしか見せていない。その内の一つとして、カノンに向ける異常なまでの愛(?)というものがある。愛といっても様々な種類があるためなんとも言えないが、少なくともカノンに向けている感情は大きいに違いない。カノンに危険が及ぶようであれば鬼のような形相をするし、少しでも男がカノンに近寄ろうとするとあからさまに不機嫌になったりしていた。
そんなウェディングの姿を思い返し、ルピコは納得といったような面持ちで相槌を返す。
「私がどうかしましたか?」
「わぁぁ!?!?」
「ウェディングさん!?」
突然ウェディングの声が背中から聞こえてきたので思わず声をあげてしまうチュリンとルピコ。ダピコとプレイヤーは気配に気づいていたらしく、余り驚いていない様子だった。
「いつからそこにいたんですか!?」
「つい先程此方に着いたばかりです。それよりも貴女達は何をしているのですか?私の名が聞こえてきましたが……何か用でも?」
困惑した表情で疑問をぶつけられる2人。それに対していち早く対応したのはチュリンだった。
「い、いや~なんでもないよ~!ただ、ウェディングもカノンの事で疲れてないかな~なんて話してただけだよ!ねっ!ルピコ!」
「え、えぇ!?あ、えっとー……そ、そうです!私カノンさんの事も心配だったんですが、ウェディングさんも疲れてないかななんて思って心配してたんです!」
唐突に振られた真っ赤な嘘。正直に話したところで何か問題が起きるということはないが、何となく面倒臭くなりそうだったのでチュリンは態々わかりやすい嘘で隠した。
「そこまで焦ることでもないだろ……嘘がバレバレだぞ……」
「ふむ……そうですか?私の事ならば心配無用ですよ。体は頑丈な方なので。これくらいの事で音をあげたりなどしません。」
「バレてない……だと……!?」
あからさまな嘘に騙されるウェディングに思わず突っ込むダピコ。2人はホッと胸を撫で下ろし、ここで何をしていたのかを説明した。
「ほら、覗いてみてよ。」
「カノンには申し訳ないですが……元気そうかどうかも確認しなくてはなりませんからね。では……」
そう言ってチュリンに促されるがままに部家のなかを覗くウェディング。そして、中の光景を目にした瞬間ウェディングの肩が大きく震えた。
「うわっ……」
「ウ、ウェディングさん?」
「まさか本当に嫉妬してるのか……?」
「嫉妬?何を言っているのですか?私はゼニスですよ?あのくらいの事で嫉妬などする筈かないでしょう。カノンが満足なのであれば私はなんでも良いのです。只、少々段階を踏み外しているだけです。」
覗くのを辞め、ダピコに向かってそういうウェディング。その目は明らかに憎悪を含んだ目をしており、体から溢れんばかりの闇文明よりも暗いオーラのようなものが見えてきていた。
「そ、そうか。」
「そうです。私は嫉妬などしない……カノンさえ良ければ私はそれで満足なのですから。しかし……この後、人間の男との距離感と言うものを教えてあげなければなりませんね。」
(やっぱり嫉妬してるだろ……)
心のなかで突っ込みを入れるダピコ。口に出せば殺されると思い、すんでのところで我慢した。
「ウェディングってそんなこと教えられるの?」
チュリンが話題を変えるようにして話しかける。ゼニスである彼女は、勿論恋愛経験など皆無であろう。それだと言うのに男との距離感など教えられるものなのだろうか。誰もが持っていた疑問にウェディングは悠然とした表情で応えた。
「最近は暇なので人間の書物を読み漁っています。より人間の事を理解するために。そのなかにはああいった男女の交わりについてのものもありました。余りそういった感情は理解できませんでしたが、常識などは頭に詰め込んだ筈です。その視点から見ると、今回のカノンの行為は少し早いものだとおもいました。なので、その辺りの常識を教えられるだけ後で教えるつもりです。心配は要りません。」
「段階ねぇ……そんなの愛の前には無力だと思うけどな~。」
「無力……?愛と言うのはそんなにも無法な力を秘めているのですか?常識を覆すほどに?」
「うん。僕はまだああいった色恋沙汰の愛とかはわかんないけど、少なくとも自然は愛してるつもりだよ~。種類は違うかもだけどさ、やっぱり愛があったらなんでも出来ちゃうって言うか、こう胸が熱くなるんだよね。そうなったらさ、色々としてあげたくなっちゃうんだよ。森が何らかの理由で消えちゃう事になっても多分命を賭けて抵抗すると思う。そのくらい愛って凄いんだよ~。」
チュリンの解説にウェディングはわかったようなわからなかったような微妙な表情を浮かべる。やはりまだまだ難しそうだった。
「それよりもさ……どうする?」
「どうする、とは?」
「そんなの決まってるじゃん!カノン達のこと見なくて良いの?」
「…………先程確認したのでもう用はありません。元気そうでしたので今回はそっとしておこうと思います。」
「またまた~そんなこと言っちゃって、本当は気になってるんでしょ~?」
ニヤニヤしながらこのこの~と肘でつつかれるウェディング。魔の囁きに顔をしかめるも、そんなことありませんと否定する。しかし、ここで更なる追い討ちがかけられることとなる。
「ウェディングさん。」
「ル、ルピコ?どうしたのですか?」
「私はもう見ると決めているんですが……ウェディングさんもこちら側に来ませんか?」
「こちら側……?いえ、それよりも……私は別に気になってなどいません。これ以上の長居は無用です。一体どうしたのですか?様子が少しおかしいですよ?」
ルピコがこんなことを言うなんて思ってなかったのか面食らった表情で疑いかけるウェディング。その時、チュリンとルピコはアイコンタクトを取りお互いの意志疎通を行っていた。
(チュリンさん。こうなったらウェディングさんも一緒に仲間に引き入れましょう!それに……)
(そうだね~。共犯は多いに越したことはないしね!(?)しかも……)
((絶対楽しい!))
「何をやっているんだ、あの3人は……」
そのやり取りを遠目から見ていたダピコは呆れ気味に呟くのだった。
「そもそも、私たちはカノンさんのことも心配しているんです。昼の時まであんなに弱っていてやつれていたと言うのに、今日だけで元気になる筈ありません。何かが起きてからでは遅いんです。」
「っ……そ、それはそうですが……カノンにもプライベートというものが……」
「そのプライベートも体調を崩したら失くなっちゃうんだよ?それを事前に阻止できたらマイナスよりもプラスの方が大きいと思うんだけどな~。」
「そこまでウェディングを誘う必要があるのか……?」
高度なやり取りが続く。ウェディングはわかっていた、自分が本当はカノンの事をとても気にしているということを。感情を表に出すことなどほぼないと言うのに、見たくなってしまっている自分がいるのを確認していた。暫く考えたのち、ウェディングは溜め息を吐きながら一つの結論にたどり着く。
「はぁ……わかりました、今回だけですよ。貴女達に付きいましょう。ですが……」
「カノンさんには言いませんし、それを話題に出すこともしません。安心してください。」
「話が早くて助かります。」
カノンに不快な思いをさせてしまうかもしれない可能性を潰し、安堵するウェディング。
「やった~!それじゃ、続きを覗こうか!」
そうしてウェディングを仲間に引き入れたチュリン達は再び病室の中を覗くのだった。
「カノンのあの表情、初めて見ました。あれも愛の為せるものなのですか?」
「だと思うよ。だってさ、普通あんなにベタベタくっつかないじゃない?」
「カノンは以前から素直な性格だと思っていましたが、箍が外れるとああも変化するのですね。普段のカノンならば少しは恥じらいそうなものですが……この光景には目を見張るものがあります。」
興味深そうに観察し、感想を漏らすウェディング。やはり感情との縁がないゼニスからするととても珍しいものらしい。
「……今更ですが、ここまで真剣に観察されて淡々と分析を物語られるの、カノンさんからすると凄く恥ずかしいですよね……」
「本当に今更だな!」
「あはは、まぁね。でも勝手に覗いちゃってる僕たちも僕たちだしやばさで言ったら互角でしょ!」
「明らかに此方の方が不味いだろ……」
ダピコの総突っ込みに一同は苦笑いを浮かべた。悪いことをしている自覚はありながらも気になってしまったのだからしょうがないだろう。それに監視と言う名目がないわけでもないのだ。デメリットばかりではないことも理解して欲しい。そう思いながら一同は行動を続けた。カノンに困惑している進を暫く見ているとまた背中から声をかけられた。
「貴女達何やってるの……?」
「っ!」
いきなりのことで吃驚しつつも後ろを振り返るチュリン。そこにはルカとエレナが立っていた。
「ル、ルカさんにエレナさんまで……」
「わぁお……そう来たかー。」
「やっぱり辞めといた方が良いんじゃないのか……?」
「皆さん、一体何を言っておられるのですか……?」
「さぁ、さっぱりよ私には。」
チュリン達の反応に難儀するルカとエレナ。若干引き気味に会話をする様子にルピコは心を抉られた。だからこそもう、引くに引けなくなってしまった。
「いやぁね、それがさー…………」
「はぁ、なるほど。そういうことだったのね。やっと理解できたわ。」
「あらあら♪これは……確かに見てしまうかもしれません。」
「う、嘘だろ?」
チュリンの説明のあと、2人はウェディングのしたことと同じようなことをしていた。最初は2人とも吃驚しており、ルカが少しニヤニヤしながら「……思ったよりも凄いじゃない。」と感想を漏らし、エレナがニコニコしながら「まぁ、これはこれは……」と何とも意味深な事を喋っていた。カノンの事がどうなるのか気になった2人はウェディングと同じく再び覗くことにする。その時はやはり悪いと思ったのか断りをいれていたのだが、チュリンの一押しもあって何とか覗かせることに成功した。それから2人は夢中になって目の前に広がっている光景を見つめ、チュリン達のしていた行為に理解を示した。
2人の呑み込みの早さにダピコは驚愕していた。それにまさかここまでルカとエレナがノリノリになるとは思ってもいなかった。
「でしょー?やっぱり気になるよね!」
「まぁ……少しね。」
「えぇ……進さんには悪いですが、このまま楽しませていただきます。」
控え気味な返事をするルカだが、本音は滅茶苦茶気になっていた。それはエレナも同様である。何よりチュリン達の行為に納得が言っているのが証拠である。この瞬間、ルカ達もまた共犯者へと成り下がってしまった。
一つの扉に群がり隙間から大人数が覗くとなると少々キツくなる。だと言うのに、誰一人として苦悶の表情一つ浮かべずトークに花を咲かせている。
「ちょっと、何してるんですか!?」
「ぴえっ!」
「うひゃあ!」
しかし、このトークも一人の声に潰されてしまった。
「おい、唯まで来てしまったぞ……どうするんだこれ……?」
ダビコが呆れ気味に呟く。だが、自身も少し気になってしまい覗きに加担していたことを忘れないで欲しい。そう思いながらも、チュリンは目の前に立っている人物……白守唯に目を向けた。
「どうして進の病室の前でこんな人数が覗きなんかを…!?」
「あー……それは、そのー……えーっと……」
ルカ達を引き込んだチュリンでさえ流石にたじたじになってしまっていた。そりゃ息子の病室を覗かれるなんて嫌に決まっているだろう。それは例え起きていなくても、嫌悪感を示すのにはちょうどいい程の行為だからだろう。覗きとはそれくらい不快なものなのだ。
「言葉が強くなるかも知れませんが、ちょっと趣味が悪いんじゃないですか!?」
「うっ!そう、ですよねー……」
唯の言葉に一同はダメージを受け、墓地に送られた。しかし、チュリンは次に口を開いたとき、とんでもないことを言い出したのである。
「で、でも!進君が起きたんですよ!?」
「えぇ!?す、進が起きた!?」
衝撃の発言に唯は先程の怒りなど忘れ、直ぐ様扉を開けようと手を取っ手に掛けるために伸ばした。
「待ってください!!」
「っ!?ど、どうして止めるんですか!!」
とっさにその手を掴むチュリン。その理解に苦しむ行動に唯は勿論、一同も驚愕していた。
「……進君が起きた後、中で眠っていたカノンも起きたんです。」
「!そ、それがどうかしたんですか……?」
「チュリン、まさか……!?」
ここでダピコがチュリンの行動の違和感に勘づいた。その時、チュリンがニヤリと口角を少し上へと上げる。
「息子さん、その後イチャイチャし始めまして……僕としても邪魔してはいけないなと思って仕方なく外にいたんですが……どうですか?気になりますよねぇ、中身。」
「っ!そ、そんなのッ!!」
そう、チュリンは諦めてなどいなかったのだ。仲間を増やす……こちら側を増やすと言う新たなる目的を。それは唯ですら対象内だった。
「あっ!」
勧誘した瞬間、唯はチュリンが掴んでいたその手を振りほどき扉の取っ手に素早く手を掛けた。一同はあぁ、流石に親は中に入るよな……と悟りを開き掛けたその時
「気になるに決まってるじゃない!!!!」
「「「!?!?」」」
「???愛とは一体なんなのですか……?育て親ですらこの有り様……もしかするとこの力は想像以上のもの……いえ、戦闘にすら起用できる程の力を秘めている可能性が……!?」
「マジかー……かかっちゃったよ。」
唯は勢い良く扉を開くことなく、隙間から中を覗き始めたのだ。これには一同は驚きを隠せなかった。一人幻想的なことを物語っているクリーチャーもいるが、分かり会えるにはもう暫く時間が掛かりそうなのでこの際無視しよう。(辛辣)
「い、良いんですか?」
ルピコの質問に唯は
「何言ってるのよ!良いも何も、こんなチャンス滅多にないのよ!?覗かない訳にはいかないわ!キャー!あの娘大胆ね~!」
「は、はぁ……」
本当にあの時カノンを慰めていた人と同一人物なのだろうか。そんな思いを内に秘めながらもルピコは相槌を打った。
「その……私が言うようなことでもないと思うのですが……す、進さんやカノンさんには迷惑が掛かってしまうのでは?」
「あっ……そ、そうですね……」
エレナの指摘に興奮気味だった筈の唯は冷静に返事を返した。どうやら頭が冷えたらしい。ホッと胸を撫で下ろす一同。
「進はまだしも、カノンさんに迷惑が掛かるのは色々と不味いですよね……」
「進はいいのか!?」
しれっと話す言葉にダピコが突っ込む。しかし、この雰囲気は覗き行為が終わりを迎えそうなものとなっていた。楽しかった時間もここまでか、等とチュリンが考えていると思わぬ人物の声が辺りに響いた。
「カノンの事ならば私が許可を出してありますよ。」
「ウェディング!?」
「ほ、本当!?」
その声の主はウェディングのものだった。ダピコが驚きの声を上げるも、一同はそんなことなど気にもせず話を続ける。
「はい。カノンにこの話題を出さないのならば覗いても良いと私が言いました。」
はて、いつ頃そんな発言をしたのだろうか。似たようなことは言っていたが、許可だとかそんな話ではなかったような気がする。キラキラと輝いた眼差しでウェディングを見つめる唯。その様子をダピコは疲れた表情で眺めていた。その時、もうなんとでもなれ、と心のなかで思ったそうな。
「よ、よ~し!唯さんからの同意も得たことだし、皆で覗いちゃおう!」
誘った本人が展開に着いていけず若干焦ってはいたものの、気を取り直してそう宣言した。かくして、女子達による進カノンイチャイチャ観賞会は始まった。
「あっ、進君が本当のこと言うつもりだ!」
チュリンの言う通り、その時進はカノンの異変を感じとりカノンに寝ぼけてじゃないかと告げようとしていた。
「何ドヤ顔してんのよ!あぁ言うのはもっとオブラートに包んで慰めるようにしないと!!あの子は本当にもうっ!」
「ま、まぁまぁ。多分2人なりの距離感があるんですよ……きっと……」
デリカシーのない進の指摘の仕方に唯が文句をつける。それをルピコが苦笑いしながら慰めた。
「そうであって欲しいわね。じゃないと私ならちょっとキツいかも知れないわ。」
「あら、ルカさんにも好みの男性のタイプがあるのですか?」
「なっ!?」
エレナの質問にギョッとするルカ。別に深い意味でコメントした訳ではないのだが、変に勘ぐられてしまい自身の発言をよくよく思い出しては次第に紅潮していった。
「べ、別にそういう訳じゃ……ただちょっと、もう少し華のある物言いでも良かったんじゃないかって、そう思っただけよ。」
「ふふっ。ルカさんって意外とロマンチストなんですね。」
「だからっ!そういうのじゃないって何度言えば……!」
「はいはい、分かりましたから。すみません、少しからかいすぎちゃいましたね。」
「絶対分かってないでしょ……」
「さぁ?どうでしょう。ふふっ」
「はぁ……もういいわ。」
ついこの前まで皆暗い雰囲気だったのに、今は以前のような活気を取り戻しつつあった。中睦まじい会話にルピコ達は心が安らぐ。
「あー……カノン謝っちゃってるよー……」
「もう~進ぅ~!!なにやってるのよー!!フォローの仕方が下手すぎる!」
やれやれといった様子で進を見つめるチュリン。その隣で唯はもう少し女性経験を積ませておけば……等と思いながら口出しできない立場な為、もどかしく感じていた。
「あれ……?」
カノンと進の会話に異変が生じる。その違和感にいち早く気がついたのはルピコだった。他の面々も少し遅くして気づき始めているようだった。
「何だか雲行きが怪しくなってきたな……」
ダピコがそう嘆く。真剣な面持ちで進の方へと向き直るカノンの表情を見て、どことなく嫌な予感を感じとっ一同は、いつのにか和気藹々としていた雰囲気ではなくなっていた。そして、次の瞬間カノンの発言は進だけでなく、ルピコ達もまた混乱させることとなる。
「え?」
「なっ、バイトを辞めるだと?」
思わず声がでるルピコ姉妹。
「な、なんでなの……?カノンさん……」
唯はカノンの発言に多少なりともショックを受けていた。落ち込んでいたカノンを慰めて、とりあえずは回復したと思っていたのだが、浅はかだったようだ。やはり、カノンの抱えているものはそう簡単には解消されない。
疑問を解消するべく、一同はカノンの話すことに耳を澄まして聞き入る。
「なるほどね。彼女、やっぱりあのときのことを気にしていたのね。」
「カノンさん……未だにあの罪に囚われ続けているのですね。あそこまで苦しむ必要があるのでしょうか……」
「罪、ですか……」
カノンの境遇を知っている一同は心苦しい思いをした。唯も大体の情報は知らされているため、当事者ではないにしろ辛い気持ちになっていた。
「カノンさん、遂にあの話を……!!」
「カノン……」
ルピコはあの日のことを思い返す。
一緒に遊んだあの時、カノンは言っていた。自身の事を知られるのが怖いと。嫌われるのではないか、受け入れられないのではないかと不安になると、でも隠し続けるのはズルいと、そう言っていた。今のカノンは、話の切り出し方的に真実を伝えようとしているのだろう。事情を知っているルピコとしては、今のカノンがどれだけの勇気を振り絞っているのかを痛い程理解していた。それは一緒に過ごしてきたウェディングも同様であった。
しかし、ここで進に異変が起きた。
何も話さないのだ。突然電気の切れたロボットのようにピクリとも動かなくなっていた。困惑していたカノンは、いよいよ次の機会へ回そうと思い立ち口を開き掛けたその時、またしても驚きの出来事が起こった。
「えぇ!?」
「っ!どう言うことかしら……?」
「ふむ……進さんは色々と謎が多いですね。」
「何を隠しているの……?進……」
「やはり、後で彼について調べる必要がありそうですね。」
「進はあの出来事を知っている……?」
「んー……まだまだ情報が少ないねー。」
全てを知っている。確かに進はそう言った。彼の口からゼロ計画の単語が飛び出していたので嘘と言う訳でもないだろう。反応は三者三様であった。分析するものや不思議がる者もいたが、唯は進に何が起こっているのかが分からず不安そうにしていた。
「くっ、カノン……!」
突然笑い出すカノン。その笑いには悲しみしかなかった。顔をしかめるウェディング。またもや締め付けられるような感覚へと陥る。今すぐにでも行かなければ壊れてしまう。そう思い扉へと手をかけるウェディングだったが、その手をダピコが掴んだ。
「何を、するのですか!早くその手を放しなさい!」
「駄目だ。」
激昂するウェディングに放たれる冷たい一言に目を見開く。焦っているウェディングに反して、ダピコは酷く冷静であった。
「なっ!?何故ですか!?このままではカノンは……!」
主張を強めるウェディング。カノンが悲しむため手を出していないが、募るイライラを抑えて何とかして通してもらおうと説得を試みていた。
「なんでウェディングはカノンをあのままにしていたんだ?」
「は……?」
「お、お姉ちゃん?」
訳が分からないといった様子のウェディング。なぜそんなことを言うのかルピコは理解できず、訝しげな目で目の前の光景を眺めていた。
「何を言い出すのかと思えば……ふざけているのですか?」
「ふざけてなどないが。なんならその言葉、そっくりそのまま返してやろうか?」
「ま、まぁまぁ2人とも落ち着いてよ。ここで喧嘩しても意味はないって。」
不穏な空気になりかけていたその時、チュリンが仲裁に入った。怪訝な表情のまま睨み合う2人。その間も進とカノンは話し合っている。
『私の味方だなんて……良いこと一つもないです!』
「なっ……!?何を言っているのですか!?」
カノンの発言に驚愕するウェディング。無論、それはウェディングだけではなかった。ルピコやルカ、エレナにチュリン、そして唯も酷く驚いている様子だった。しかし、一人だけ反応の違うものもいた。
「まぁ……そうなるよな。」
「ダピコ……!貴女に何が分かるのですか!?当事者でもない貴女が何故そこまでカノンに理解を示しているのですか!」
気にくわなかったのか、ダピコに迫るウェディング。しかし、ダピコはそれを澄ました顔をしながら
「すぐに分かるさ。取りあえず今は見守っておこう。」
と提案するのだった。
「しかし……!」
納得できないウェディングは再び部屋の中へと入りたがりそうに言い淀む。そこへ
「ウェディングさん、あと少しだけでいいのでここに居てくれませんか?」
「ルピコ……?」
「お姉ちゃんの言っていること、何となくなのですが間違っている気がしないんです。お願いします。お姉ちゃんを信じてくれませんか?」
ルピコが頭を下げ、必死に懇願するのだった。その様子にウェディングは熱が冷め、冷静さを取り戻す。そして少し悩んだ末に、返事を返した。
「分かりました。あと少しだけ待つことにしましょう。しかし、何かあれば次は無理矢理にでも中へと赴きますからね。」
「フッ、その時は全力でとめてやるぞ。」
「もう、お姉ちゃん!ウェディングさん、ありがとうございます。」
何とかその場を収めることができたルピコはホッと息をつく。再びカノン達のやり取りへと意識を戻す一同。ピリついた空気感の中、謎の緊張感と共に何が起こるのかとドキドキしながらルピコは真剣に眺めていた。
『なんで分かってくれないんだ!?』
『分かっていないのは先輩の方です!』
甘かった雰囲気は消え去り、喧嘩をする声だけが響き渡る。
『傷ついてほしくないんですよ!!もうあんな目に合うのは嫌でしょう!?』
「あ……」
ウェディングが声を漏らす。ここに来てカノンの本音らしき気持ちの告白。その言葉を皮切りに、各々がダピコの真意に気がつき始めていた。
「な?分かっただろう?」
ダピコの呟きに一同は頷いた。それはウェディングも同様だった。感情のないゼニスでさえも納得せざるを得ない理由。それは一体何なのか。理解の及ぶ範囲であり、それでいてダピコの助言がなければ気がつくこともなかった理由。ウェディングの思い浮かんだ考えとしてはこうだった。
(なるほど……カノンは傷ついて欲しくなかったのですね、白守進に。それに、ダピコが私を静止した理由……それは私の介入を阻止するためだったのですね。現在のカノンは白守進の相手をしている。謂わばこの時間の主役はカノンにとっては白守進ということ。私など眼中にないのでしょう。そんな私が今カノンに関わったところで何も響きはしない。何も変わりはしない。恐らく、現在のカノンを救えるのは白守進のみ。悔しいですが今は彼にカノンを任せる他ありませんね……)
論理的であり、感情的でもある。そんなカノンの思惑。ウェディングが辛うじて理解できたのは、論理的な部分に納得がいくからなのだろう。大切な存在を守りたいと言う気持ちはウェディングが普段からやっているカノンを外敵から命懸けで守る行為となる。ウェディングはその行為を感情から来る物の行為かどうか未だに理解できていない。しかし、カノンが普段のウェディングと同じことをしていると言うことだけは理解できたのだ。そう、ウェディングは自身とカノンの立場を置き換えて考えたのだ。
これのお陰で何とか結論にたどり着くことができたのだ。
(頼みますよ、白守進。)
ここまで人に頼ったのはこれが始めてかもしれない。過去にルピコ達に頼ったこともあったが、それは自身も戦っていた為頼りっきりと言う訳ではなかった。しかし、今回は何もできやしなかった。完全に進に頼るしかないのだ。不安はある、が進なら何とかしてくれるといった思いも同時に存在していた。なにせ、カノンがあそこまで好きになった人間なのだ。きっとやってのけてくれる、そう信じるウェディングだった。
『カノンと離れる方がもっと嫌なんだよ!』
「進……いつの間にか、立派になっちゃって。早いものね、子供の成長というものは。」
「えぇ、そうですね。今の進さん、とてもご立派だと思います。流石、唯さんが育てただけはありますね。」
「あら、エレナさん。私は別に特別何かをしたって訳ではありませんよ。元々あの子自身が優しくて、そして人一倍誰かの事を思いやれるってだけです。」
「ふふっ、そうかもしれませんね。」
どこまでいっても謙虚な姿勢を崩さない唯。しかし、進に唯の面影を感じ取れる要素は所々に感じられた。進の人生に途中から加わったのだとしても、唯の影響があるのは火を見るよりも明らかであった。
『……カノンの気持ちは分かってる。俺の事をそういう目で見てないんだってこと。』
「ん?どういうこと?そう言う目で見てないって……」
進の発言にチュリンは違和感を覚える。誰がどう見ても相思相愛にしか見えないのに、進は自身が好かれていることを自覚していないのだろうか。
「そういえばあの時、想いを伝え合っていた時進さんはカノンさんに違うと仰られていましたね。もしかすると……」
心当たりのある出来事を思い出すエレナ。その発言にルカは納得したように口を開いて自身の考えを語った。
「つまり、あの子はカノンが自分の事を好きだとは思っていないと勘違いしていた……そう言うことね。全く、なんでこんなことになってるのかしら。もどかしくなるわね。」
「カノンさん、言ってましたもんね。あの気持ちに気がついたのは進さんが死んでしまった後のだったと。進さんは以前迄のカノンさんを見て薄々勘づいてしまっていたのかもしれません。」
「すれ違い、というものか。カノンは自分の持っていた感情に理解が追い付かなかったのかも知れないな。」
ルカに続いてルピコやダピコも自身の見解を語る。遅かれ早かれ気づくことになる筈だった進への気持ち。サスペンスと対峙する前から恐らく抱いていたのに、カノン自身の未熟さがその気持ちへの自覚を遅らせてしまっていた。結果、進の死という出来事がトリガーし、無理にでも気づかされることとなったカノンの感情は言葉には言い表せない程のものだったのだろう。ルピコ達は改めてカノンの現状に心を痛めた。
『あの時の返事、返してほしい。』
「へぇ……進、なかなか攻めるわねぇ。若いって良いわー。」
「っ!?これは……大きく出ましたね。どうするのでしょう、カノンさん。」
「決めるのはカノン自身ね。」
「そりゃ諦めきれないよねー。ま、両想いなんだけどさ。」
「けど、それを伝えるのはカノンさんです。お互いの気持ちに納得できなければ距離を近づけることはできません。あとはカノンさんが勇気を振り絞るだけです。」
「そうだな。」
「カノン……頑張ってください。」
カノンの苦悩を知っている一同は只見守ることしか出来ない。関わったことで進が不幸な目に合ってしまったと自身を何度も責めている姿を見ていたルピコ達からすると、この決断はどれ程の勇気を必要とするのか何となくだが分かっていた。
一同は察していた。この選択によってカノンの人生は大きく変わると。固唾を飲み、進展するのを今か今かと待ち続ける。無言になったのは進達だけでなく、ルピコ達もまた同様であった。
『……ズルいです。』
「「「「「「!!」」」」」」
『私も先輩のことが好き……大好きです!!」
遂に、遂にお互いの想いを告白することができたようだ。これには一同も歓喜した。
「言っちゃったー!!カノン遂に言っちゃったよ!!」
「キャー!!これよこれ!これを待ってたのよー!やっぱり恋愛ってのはいつ見ても心踊るわねー!」
「こう言う色恋沙汰はあまり見る機会がなかったから何だか新鮮だわ。いいわね、こう言うの。」
「はい。やはり、恋というものは素敵なものですね。」
「カノンさん、言えて良かったですね……!」
「良かったです……!これでようやく、カノンが報われるのでしょうか……」
「ここは進を信じようじゃないか。ウェディングは悪い人間には見えていないんだろう?なら大丈夫だ。」
誰もが安堵し、これからの展開に期待を寄せている。しかし、その考えとは裏腹に進は思いもよらぬ言葉を口走る。
『それは……友達とか親友とかに向ける好きじゃないのか?』
「なっ……あのバカっ……!そこは違うでしょう!こーゆー時は素直に"付き合ってくれ"とか言うもんでしょもう~!」
「ま、まぁまぁ……進さんもきっと信じられないんですよ。さっきまでカノンさんは好きだと思っていないって勘違いしていたんですから……」
唯がプンプンと怒りながらあれやこれやと嘆く。それをルピコは苦笑いしながら宥めていた。
「で、でもぉ……!進のせいで変に拗れちゃうじゃない……!カノンさんに申し訳ないわ……」
「ここまで来たらもう大丈夫ですよ……多分。もうお互いの想いは知れたんですし。」
「そ、それはそうだけど……」
「あ、あはは……なんか前持ってた唯さんのイメージが崩れちゃったなー。」
お通夜の時の唯は冷静沈着で気品のあるような態度だったので、ここまで乱れている姿を見てチュリンはそんな感想を溢した。
「あー!ほらぁ……カノンちゃん泣いちゃったじゃない!はぁ……ほんっとうにあの子は……」
((カノンちゃん……))
さらっと名前を呼んでいたため変かに気づいたのはルカとエレナだけだった。この時、一同は
もしかして唯はこっちが素なのでは?
と思ったそうな。というよりもほぼ確実に黒と言っていいだろう。じゃなければ進の性格もあそこまで明るくてフレンドリーなものにはなっていない。進と接触、或いは観察したことがあるのはルピコとウェディング、そしてプレイヤーだけのためこういった考えはこの3人の内でしか共有されなかったが、それも時間の問題だろう。進と話してみれば唯の態度にも納得がいく筈だ。
「っ!でもやっぱりお互いに歩み寄っていっていますよ!!」
ルピコの発言は尤もであった。完全に進の心配ごとを否定するカノン。強気な発言に少々驚くも、それだけ必死なのだという様子も見てとれた。そして
『異性として、好きなんです……!!』
「「「「「「「っ!」」」」」」」
カノンが見せた精一杯の笑顔。泣き顔を晒しながらもどこか儚げで、そしてすぐにでも壊れてしまいそうな表情をしていた。それが窶れていたからなのかは分からない。しかし、今はただ一同はその笑顔に胸が少し痛むのだった。
「カノンさん……駄目ですよそれじゃ……」
物悲しげに呟くルピコ。カノンは現在、進に対して好きだからこそ別れたいのだと伝えていた。だが、ルピコは納得できなかった。いや、したくなかったのだ。カノンは大切な友達の一人である。友達が無理をしてまで苦しい想いをする姿は見るに耐えなかったのだ。しかし
『駄目だ!』
進の声に一同は再び希望を見出だす。いや、確信したといった方がいいかもしれない。何故なら、進の目が本気のそれだったからだ。その目は、かつてサスペンスに向けていた殺意のこもった視線といい勝負をしているほどに迫力があった。瞬間、一同は確信したのだ。きっとやり遂げてくれるだろうと。進ならば大丈夫だろうと、そう信じる。
『お前が離れるってんなら俺はその後に着いていく!!こんなところで関係を切らせたりはしない!!』
やり取りが続く。誰もが目の前の光景に夢中になっており、一言も発することはなかった。
『なんで……そこまで……!?』
『そんなの……!』
大好きだからに決まってるだろ!!
「進……!」
感極まって思わず声が出る唯。子供の成長が嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだ。頬には一筋の涙が伝っている。
「なーんか、羨ましいなぁ……」
カノンの事を羨むチュリン。嫉妬をしている訳ではない。ただ単純に、自身のことを全て受け入れてくれるパートナーがいるというのが良いなと思ったのである。いつか、いつか自分の前にも現れたりするのだろうか、なんて妄想をしたりしてみるが、思い描く人物像がないので恐らくまだまだ先になるだろう。気長に待とうと心のなかで思うチュリンだった。
進は現在進行形でカノンの説得を試みている。迷っているカノンに対し、進は気にするな、悩みごとなら全て俺に任せろと胸を張って宣言していた。
「へぇ、なかなか見せつけてくれるじゃない。」
「ふふっ、そうですね。カノンさんも進さんのような素敵な方と出会えて良かったと、心からそう思います。」
「やっぱり進さんはカノンさんのことがとっても好きなんですねぇ……」
「あぁやって自分の気持ちを素直に伝えられるっていうのは少しだけ見習わなければならないところがあるな。私も、いつかは……」
ダピコは胸に手を当て想いを巡らせる。思い浮かぶはディーの顔。進達とは関係性が違うが、それでももっと自分の気持ちに正直になって、好き勝手に言えるような距離にまで近づければどれ程楽しいだろうか。今はまだ勇気がでないが、それでも進を見たダピコはまた一歩先へと進めたかもしれない。
「何はともあれ、カノンに良き理解者ができて良かったです。だからといって私も負けるつもりはありませんが。私しか知らないカノンの1面もありますからね。」
「あらら……進君これから大変になりそーだねー。」
謎の対抗心を見せるウェディング。その反応にチュリンは今後起こりうる事を想像し、苦笑いを浮かべるのだった。
カノンは未だに迷っている。必死に呼び掛ける進に向けている眼差しは、早く救って欲しいと願っているように見えた。後一押し足りない。あと少しでカノンは報われる、一同がそう考えていると、進が思いもよらぬ行動へと移した。
『フゥー…………おい。顔、上げろ。』
「ん?なんか雰囲気が違くない……?」
「一体何をするつもりなのでしょうか?」
チュリンやエレナは不思議そうな表情で呟いた。この場にいる全員が困惑していた。しかし、その疑問も次の瞬間には解消されることとなる。
『ごめん。』
顔を上げたカノンに、自らの唇を近づける進。察しの良い者達はいち早く何をしようとしているのか理解した。
「あー!こ、これは!!」
「あ、あれってもしかして……!あわわわわ!」
「まぁ!あらあらあら♪」
(ふ、ふぅん……流石にそこまでいくのは予想外だったわ。)
「進!?早い、余りにも早すぎるわ!こ、子供の成長が怖い……」
チュリンとエレナはニコニコしながらこの後の展開を見守っていた。一方ルピコとルカは若干赤面しており、ルピコは思わず目の前を手で覆ってしまった。尚、気になってはいるので目はちゃんと隠せていない。唯は子供の成長速度に若干恐怖心を抱いていた。
何故なら、以前の進の姿とは余りにもかけ離れていたからだ。しかし、怖いのと同時にそれ相応の喜びも味わっていた。こんなに楽しい時間はいつぶりだろうか。気分が高揚している5人。その変化に着いていけない者が二名居たのは内緒だ。そして、待ちに待った瞬間は訪れた。
「やったー!遂にしちゃったー!キスしちゃったよ!!」
「わー!は、ははは初めて見ますぅ!」
「今夜は星の輝きがより一層増しているように見えますね。」
「……凄いわね、これ。」
「心臓がバクバクしすぎて倒れそう……こ、これ現実よね?」
進はカノンと口づけを交わした。一気に盛り上がるイチャイチャ観賞会の会場。女子達の感想は阿鼻叫喚そのものだった。流石にダピコ達も何が起きているのか理解したようで
「こ、これがキスというものか。案外静かなんだな……ど、どんな感じなんだろうか。」
「!?!?!?カノンの初めてが……!ま、まだ了承は得ていませんよね!?あぁ!?あ、あんなに顔を赤くしたカノンは見たことがありません!!いつかはあのようなことをするとは思っていましたが、流石に段階を飛ばしすぎです!白守進……後で覚えておきなさい……!」
「こ、こわ……キスってゼニスの感情すら呼び起こすんだ……」
ダピコは他人のキスだというのに無性に心臓がドキドキしていた。変な想像もしてしまったが、それは教えられない。ウェディングは自身の持ち合わせている知識のどれにも当てはまらない行動に、キスという行為がどれ程の意味があるのか理解だけしていた為、明確な怒りを露にしていた。好きの裏返しなのだろうが進やカノンからしたら良い迷惑である。どす黒いオーラを見に纏ったウェディングにチュリンは割りと本気で恐怖した。そして遂に
先輩と一緒に居たいです……!
カノンは自身の気持ちに正直になったのだった。
『私と付き合って頂けませんか?』
普通ならば緊張感の走る台詞だろう。しかし、この場にいる誰もが安心しきっていた。だって、答えは既に見えているのだから。
『!……あぁ!そんなの勿論……オッケーだ!』
当然のごとく進はカノンにOKサインを送った。独特な返事の返し方に唯は頭を抱える。
「ちょっと……!ムードもへったくれもないじゃない!もうちょっと考えなさいよ!!カノンちゃんも笑っちゃってるし!恥ずかしいぃ……!」
恥ずかしそうに突っ込む唯。親の気持ちは余り分からないが確かにムードの出るワードではなかったと一同は思った。しかし、それを口に出すのは野暮というやつだ。カノンにとっては一番嬉しかった言葉だろうし、それにダメ出しする権利はない。唯は進の親なので多少恥ずかしがって突っ込むくらいのことはしても良いだろうが、唯も唯で表面上は恥ずかしがっているものの、どこか嬉しそうにしていた。
「あらーなんかイチャイチャし始めたよあの二人。お熱いねー。」
「カノンさん、幸せそうです。」
速攻で抱きつきにいくカノン。ただただ幸せな光景に一同は頬を緩ませた。この時、とっくに先ほどまであった緊張感は消え失せていた。
「お邪魔しても悪いですし、ここらでお暇しませんか?」
エレナが提案する。
「そうね。もう十分面白いのは見させてもらったわ。あとはあの二人の時間にしてあげましょ。」
「そうだねー。僕も結構楽しませてもらったなー。あーあ。なんか今日はぐっすり眠れそう!」
エレナの提案には全員が賛同した。そろそろ解散しようかと一同がその場を去ろうとしたその時、事件は起きた。
「お前らなにやってんだ……」
「わぁぁぁ!?」
チュリン、本日三度目の絶叫。声の主はグレンのものだった。視線を向けてみれば、グレンだけでなくカイトもいるようだった。
「す、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。」
グレンの変わりに謝罪するカイト。グレンは変わらず呆れた目で此方を見つめている。
「まさかお前らがそんなことをするなんて思ってもなかったぜ……揃いも揃ってなんで覗きなんかやってんだ?」
明らかに変な誤解を生んでしまっている。気まずそうに目をそらすルカにエレナ、それにルピコ。クリーチャー組や唯は色々吹っ切れているようで、余り気にしていないようだった。
「そ、その目止めてよー!」
「んなこといわれたってよ、覗きだぜ?疑わない奴いないだろ。」
「違うんだって!えーっとー……一言で言えば、進君が目を覚ましたんだ。」
困り顔でそう宣言するチュリン。思わぬ報告にグレンとカイトは目を見開く。
「ま、マジか!?やっと目ぇ覚ましたんだな!」
「本当か!それは良かった……!」
嬉しそうに喜ぶ2人。しかし、そこでカイトは1つの疑問を持った。
「だが、それと覗きに一体なんの因果関係があるんだ?」
「それは、そのー……」
「?」
少し顔を赤くするチュリン。珍しい反応だっために、カイトは何も分からずじまいだった。しどろもどろになりつつもチュリンは説明を行う。
「な、なんかね、進君とカノンがいい感じになったっていうかー……くっついたというかー……」
「なに!?カノンもいるのか!?」
「う、うん。それでね、色々あったんだけどカノンと進君がさ、キス……までしちゃってさ。それまでの過程が僕たち気になっちゃってて……覗いちゃった☆」
「キ、キス……!?ま、まぁいい。取りあえず……はぁ、なるほどな。そう言うことだったのか。」
曖昧な説明だったが、カイトはその頭をフル回転させなんとか理解してくれた。
「ルカやエレナもいたのは驚いたが……」
「「うっ……!」」
「事情は分かった。だが、プライベートは邪魔してはならない。それが例え危害を加えてなかろうとマナー違反だ。気を付けてくれ。」
「「「「「「はい……」」」」」」
ルピコ達はカイトに成されるがままに、正当に説教をくらった。反省はしているらしいし、見た感じだと既に帰ろうとしていたのでカイトは中の2人に異常はないと判断した。様子を見に来たのだが、目に見えて分かる情報からここにいつまでも居座る理由はないと判断し、グレンに帰ろうと声をかける。
「だそうだ、グレン。今日は帰ることにしよ……グレン?」
しかし、さっきまでいた筈の場所にグレンは居なかった。一体どこに行ったのだろうと辺りを見渡す。そして、カイトはすぐにグレンの姿を確認した。しかし、確認したその場所は
「何をしようとしているんだ?」
「ん?何って、お見舞いだろ?」
進のいる病室の前であった。取っ手に手を掛け扉を開こうとするグレンを引き留めるカイト。
「さっきの話聞いていたか?」
「話?進が起きたって奴か?」
「それもそうだが……その後だ。」
「んぁ?あぁ、悪い悪い。起きたって知ったとたん体が勝手に動いちまってな、あんまり聞けてなかった。」
悪びれもせずどうとそんなことをいうグレンにカイトは頭を抱える。
「君という奴は……」
「用はすんだか?んじゃ、俺は先に入るぜ!カイトもこいよ!」
そう言って病室に入ろうとするグレン。その時、カイトはチュリンの言葉を思い出した。
(ん?確か進君はカノンと一緒に病室で……!?ま、不味い!早く止めなければ!!)
そう、カイトの記憶が正しければ進達は今頃病室で楽しんでいる最中だ。そんな時にグレンが中にはいるのは覗きよりも不味い。考えたときには既にカイトは行動に移していた。
「皆!グレンを止めろ!!」
「!?は、はい!」
いち早く反応したのはルピコだった。しかし、時既に遅し。グレンは扉を開けてしまっており、止めようとした拍子にルピコ達は中の様子を確認してしまった。
((((((((!?!?!?))))))))
そこに広がっている光景に誰もが驚愕した。ルピコは恥ずかしさの余り、顔を手で覆ってしまった。因みに今度はちゃんと隠しきれている。ルカも若干赤面しており、エレナも気恥ずかしそうにしていた。目の前に広がっていた光景、それはなんと
進がカノンとキス寸前の状態で固まっているというものだった。
固まっているのはいきなり病室に入ってきた自分達に驚いてしまったからだろう。その後の反応は語るまでもあるまい。しかし、この場にいる誰も(カイトとグレン以外)が思ったことがあるそれは……
((((またキスするつもりだったの!?)))
という感想だった。死に物狂いで手に入れた日常は、やっとの思いで変わっていくのだった。