進が来てからはそれはもう夢のような時間を過ごした。映画なんて初めて観たし、ゲームも初めてやった。初めてのお菓子ばかりだったし、初めてあんな明確に撫でられた。
でも、何時かはそんな時間にも終わりがくる。だからこそ残りの時間をどう有効的に使おうかと思えるのだ。
「まだまだ時間はありますが、これからどうしますか?私はこのままずっとお喋りをしていても楽しいですけど、一応訊いておきます。」
カノンがそんなことを口にした。正直に言うと、さっき抱きしめられながら撫でられるという刺激的な体験のせいで今の時間に少々物足りなさを感じていた。どうせならもっと何かをしたい。
しかし、カノンはその何かを思い付く術がないのである。この世界への知識が乏しいため如何せんしっくりくるアイデアが思い浮かばないのだ。だからカノンは進に頼るしかなかった。
「あぁ、安心しな!あと1つだけ残された物がある。これで暇を潰せる筈だぞ。」
「まだあるというのですか。随分と用意周到なのですね。それほどまでに今回を楽しみに?」
「当たり前じゃん。カノンと一緒に遊べるだけでもう俺は成仏してもいいくらい嬉しい。」
「い、言い過ぎですよ。きっと今日なんて目にないくらいこれからも楽しいことが待ってますから。まだまだこれからです。」
そう、これから先もまだまだあるのだ。付き合い始めてまだ一週間ちょっとしか経っていない。カノンの言う通りこの先もっと色々とある筈だ。
「それもそうか。いやぁ何というか、俺たち本当に付き合ってるんだなぁ。最初は実感湧かなかったけど、こうやって今まで以上に一緒にいるから段々と自覚し始めてきたわ。」
「そうですね。私なんて恋をしたことがなかったし、勝手も分からず仕舞いでしたから何だか不思議な気分です。でも、それは確かに幸せなものです。多分生きてきた中で今が一番満たされていると断言できます。」
「なっ……!い、いきなりそれは照れるじゃんか。」
こっちまでほんわかしてしまいそうになるやり取りをする2人。お互いがお互いに純粋な思いを伝え合っているこの様は、簡単なようでその実案外難しかったりする。それを知っているウェディングは少しだけ2人のことを羨ましく思った。
(私もかなり頑張ってカノンに本音をぶつけているのですがね。ここまで自然に会話を交わすことはできません。やはり、この2人は言葉では形容しがたい何かで繋がっているのですね。愛、という言葉で完結するには惜しいくらいの何かが。)
ウェディングが1人そんなことを考えていると
「あ、そういやまだすることがあるって話してたな。悪い、脱線しちゃってた。」
と本来の目的を思い出した進は話を戻した。
「そうでした。それで、そのする事って言うのはいったい何なんですか?」
カノンの問いに進は得意気な表情を見せ
「それはな……これ!デュエマのパック開封でーす!」
とそう高らかに宣言するのだった。
「おー!」
「ふっ、貴方らしいですね。」
キラキラした視線で進の取り出したデュエマのボックスを見つめるカノン。言うまでもないと思うが、この街に住んでいる者は皆デュエマが大好きなのである。それはカノンも例外ではない。
「最近デュエマ自体を全然見てなかったからな。やっぱ最後はこれで飾ろうかなって。」
「なるほど。」
「それに、今回は新弾なんだぜ!折角ならカノンと一緒に見たいと思ってな。」
「わー!とっても楽しみです!」
「事前情報とかは一切見てないし、俺も結構ワクワクしてんだよな。よーし、いっちょ開けてみますかぁ!」
こうして進による新弾開封が始まった。
「何かいいのこい!」
進がそんなことを呟きながらパックを開ける。今のところ3パック開けているのだが、中々目新しいカードに出会えない。そろそろ新弾を実感できるような特徴のあるカードを見たい。そんなことを考えていると、出てきた五枚のカードの内に一枚だけ気になる物を見つけた。
「ん?何だこれ。ジ・エンド・オブ・エックス?」
「見たことないクリーチャーですね。どうやら呪文のようですよ。」
「えーっとどれどれ、能力は……P'S封印を付ける?んん???それに自分のクリーチャーの封印を墓地に置く?P'S封印ってなんだ?カノンは聞いたことある?」
「うーん……私も聞いたことありませんね。新しいギミックでしょうか?」
「このクリーチャー何処かで……」
目新しいカードに巡り合えたかと思うと、見たことのない能力に首をかしげる2人。ただ1人、ウェディングはその呪文に描かれていたイラストに何処か既視感を覚えていた。それはそうと、ウェディングもP'S 封印がなにかは全く分からない。
「ちょっと待ってな。調べるわ。」
そう言って進はスマホで能力の詳細を調べ始めた。
「えーP'S 封印とは山札の上から一枚目をクリーチャーに付けることによって発動します。この場合、封印されたクリーチャーはゲームから無視されます。無視されたクリーチャーは何者の対象にもならず、どんな干渉も受け付けません……だって。」
「え……強くないですか、それ。つまり、その呪文でクリーチャー一体を消せるってことですよね?しかも無視されるって……」
「あぁ、下手したらどんな除去よりも強い効果かもしんないな。こりゃとんでもないギミックを追加してくれたぜ。」
「なるほど、除去効果ではないので確実にクリーチャーを無力化できるというわけですか。面白いではありませんか。」
驚異の効果に一同は驚きを隠せなかった。下手すればデュエマ史に残る重大なギミックになるのではなかろうか。そう思えるくらい衝撃的な能力だった。
「いいねぇ、なんか調子づいてきたんじゃね?このままLEGEND欲しいな!」
「きっと先輩なら良いのが引けますよ。」
そんな会話を交わしながら進は五パック目を開封した。そして
「っ!?う、うあぉぉぉ!?」
明らかに雰囲気の違う色が目に止まり変な声が出てしまった。
「き、来た!これは完全にLEGENDだ!一体どんなカード何だ……!」
そう言って進はゆっくりとカードを捲る。こうしていよいよ最後尾のカードが姿を現した。
「え、めちゃくちゃかっけぇ!!ボルシャック・ドギラゴンだってよ!」
「おぉ、やりましたね!とっても強そうです!」
ついに目玉のカードを引き当てた進。それと同時にこの場の熱気も引き上がっていくのを感じていた。
「はやく能力を見てみましょうよ!」
「あ、あぁそうだな!」
進は少しばかり興奮しているのかカードを持っている手を震わせながら能力を読み上げる。
「革命0トリガー、クリーチャーが自分を攻撃する時、自分のシールドが1枚もなければ、このクリーチャーを手札から見せてもよい。そうしたら、自分の山札の上から1枚目を表向きにする。そのカードが火の進化ではないクリーチャーなら、バトルゾーンに出し、このクリーチャーをその上に置く。バトルゾーンに出た時、相手のクリーチャー一体を選びバトルさせても良い……だって!!めっちゃ強いじゃん!すげぇぇぇ!!!」
ここに来て進のテンションは最高潮に達した。男はこういったロマン溢れる正しくザ・逆転の可能なカードにめっぽう弱いのである。
「あ、あの……革命0トリガーって何ですか?」
「あぁ、ごめんごめん!確かカノンって最近のカードはあんまり知らないんだっけ?」
「はい、中々パックを開ける時間がとれなくて……あと少しで余裕が出きるんですが。」
「私も知りません。最近知ったので言うと、ドラグハート辺りですかね。革命や侵略は貴方から学びました。」
ここ数ヵ月、カノンはデュエマ自体をする余裕がなかったらしい。したいとは思っていたのだが、分からないことだらけの街での生活に慣れてないせいで頭の中にデュエマをするという選択肢がなかったと言うわけだ。だからドギラゴンの革命0でもあんなに驚いていた。
「革命0トリガーってのはいわば超絶ピンチを乗り越える新たな切り札ってやつだ。」
「シールドトリガーとはまた別なのですか?」
「あぁ、全く別と言ってもいい。革命0トリガーはシールドのない状態でダイレクトアタックをされるとき、コストを支払わずにそのカードを使うことができるんだ。」
「えぇ!?コストを払わなくていいんですか!?」
今までの常識を覆すような画期的な能力……それが革命0トリガーなのだ。この能力を初めて知って驚かない者はまず居ないだろう。実際、目の前に居るカノンはお手本のような反応を示していた。
「今までは呪文しか無かったんだが、まさかクリーチャーが持つなんてな……しかも普通に使っても強いぞこれ。流石に驚いた。」
「へぇ~、今回が初めてのクリーチャーでの革命0トリガーなんですね。」
「今まで以上に戦略性が上がるのは間違いなさそうですね。これを機にカノンもデュエマの特訓を少しばかりしてみては?」
「そうね。私も皆みたいにもっと強くなりたいし、いい機会かもしれないのだわ。」
「よっしゃ、まだまだパックはあるしこっからギア上げてくかぁ!」
再びパック開封に意識を集中させる進。その純粋なる少年のような仕草を見せる進をカノン達は静かに見守るのであった。
ペリ、ペリと小気味の良い音が辺りに響く。気になるカードがあればカノンとウェディングと能力を共有して感想を言い合う。この作業がデュエリストにとっては一番楽しいのだ。そんなこんなで時間は過ぎて行き、とうとう最後のパックを開き終えた。
「これで、終わりっ!……っ!?お、おぉぉぉぉぉ!!!シ、シクだぁ!!」
「ほんとですか!?すごいじゃないですか!!」
「あぁ!しかもボルシャック・ドギラゴンの絵柄違いだ……!くぅーかっけぇぇ……!」
「運がいいですね。同名のLEGEND、それもシークレットを引き当てるとは。まるで今日という日を祝福しているかのようです。」
「確かに。言えてるな、それ。」
ウェディングの言葉にふっと笑いながら反応を返す進。
「最後の最後にこんなの引けるとは思いもしなかったわ。いやー今日は最高の日だ!」
「おめでとうございます、先輩!」
そんなこんなで進による新弾開封は超上振れにて幕を閉じるのだった。
「よし、それじゃあ早速デッキに組み込んでみるか……と言いたい所なんだけど……実はまだまだあります!」
「やっぱりこれくらいじゃ止まらいのが先輩ですね。別のレアカードも気になるし早速開けちゃいましょう!」
進の言葉にカノンはまだこの時間が続いてくれるのかと喜んだ。心を踊らせながらはやく開けてみようと催促する。しかし、次に飛んできた言葉にカノンはとても驚くこととなる。
「いや、開けるのは俺じゃない。次はカノンの番だ!」
「へ……え、えぇ!?わ、私ですか!?」
思いがけない事態に困惑するカノン。
「あぁ、しかもそのボックス分のカードは全部カノンにあげるぞ!」
「なっ……!そ、そんな悪いです!」
「いいの!遠慮しないでくれ。」
「でも……ボックスって結構な値段がしますし、流石に受け取れません。これはやはり先輩が持っていた方が……」
魅力的な提案ではあるのだが、流石に全部もらうのには抵抗があった。それもそうだろう。いきなりこのボックスあげるなんて言われても進の生活の事や普段の仕事っぷりを見ていれば遠慮するに決まっている。
「気にしないでくれ。これは俺からの気持ちなんだ。」
「気持ち、ですか?」
「うん。俺、初めてだったんだ。誰かの家に遊びに行くなんてさ。それが例え彼女とのデートだったんだとしても、凄く嬉しかった。今の俺が居るのはカノンのお陰だ。そのお礼としてなにか出きることはないかなって思った結果がこれなんだよ。だからさ……受け取って、くれないか?」
この時、進は内心焦っていた。親密な人との距離感があまり分かっていなかったので、カノンはこのプレゼントを素直に喜んでくれるだろうと思っていたからここまで遠慮されるとは思っていなかったのだ。
「……分かりました。ありがとうございます。先輩の思い、ちゃんと受け止めました。ただ……」
「?」
「あまりこういった無理はしないで下さい。先輩には先輩の生活があるんですから。それにわ、私は……先輩さえ居てくれればそれ以上何も要りませんから。」
流石に恥ずかしかったのか、頬をほんのりと赤く染め微笑みを浮かべながらもそれでいて自信満々に言うのだった。
(はぁ……白守進は少々人付き合いが苦手のようですね。まぁ仕方のないことではありますが。ですが、逆に言えばこの程度で済んでいる。これは白守唯の教育の賜物なのでしょう。それに、これくらいであれば可愛いものです。カノンと共に過ごしていけば時間が解決してくれるでしょう。それも含めて、相性の良い2人ですね。)
1人そんなことを考えながら2人のやり取りを眺めるウェディング。その顔はまるで子を愛おしげに見つめる親のようなものだったそうな。
「わかった。確かに俺も金とか使いすぎたかも知れない。それに良いものを渡せば良いってもんじゃないか。大事なことに気づけた。ありがと、カノン。」
「いえいえ、先輩の気持ちは十分に伝わってきましたから。私、嬉しかったですよ。でももし次私に何かを送りたいって思ったらその……い、いつもより長く側に居てほしかったりーなんて……。あ、あはは……流石に冗談で「任せろ。いつだって一緒にいてやる。」……もう、そういうところがほんとにっ……心臓に悪いんですから。」
軽い冗談のつもりが本気にされてしまうカノン。
いや、長くいられるのなら勿論居てほしいのだが。進にだってプライベートがある。我儘を言って困らせるわけにはいかないのだ。だからいつも別れる時に名残惜しく思っているのを我慢していたと言うのに……この人はいつも何の躊躇いもなく私の喜ぶ言葉をストレートにぶつけてくれるんだ。
「そ、それよりも、折角先輩が買ってきてくれたんです。頂かないというのもそれはそれで失礼ですし、今回は貰うことにしますね。勿論パック開封は先輩と一緒にします。」
「さっきとは完全に逆の立場になるってこったな。よーし、そんじゃ早速やっていこうか!」
「はい!強いカードを引き当てて見せますよ~!」
パック開封はまだまだ終わらないのであった。
「あっ、因みにそのパックはさっき開けた奴とは別のパックだぜ。」
「あれ、本当だ。絵柄が違いますね。これはどういうパックなんですか?」
「それを言うのは野暮ってやつだ。カノンの目で確かめてみてくれ。」
「分かりました!」
そんな会話を交わしながらカノンはパックを開け始めた。
暫くパックを開けることに勤しんでいたカノン。時にはSRを、時には汎用VRを出した暁には、能力を読んではこのカードは強くないか等と進に話しかけ一喜一憂していた。その様子を見ていた2人曰く、その純粋に喜んでいる時だけはマジに天使か何かに見えていたらしい。仮に天使でなかったとしても、恐らくエンジェルではあるに違いない(?)とのこと。
「そろそろ終盤ですね~。あと一枚くらいは強いカードほしいな。」
「カノンならいけるさ。」
「よしっ!気合いをいれていきます!」
「ふっ、その調子ですカノン。」
その次の瞬間、パックの開けられる音が辺りに響いた。中から出てきたカードを上から順に見ていくカノン。すると
「あれ?何だか白い枠のカードが有ります。それも、稲妻のようなエフェクトがついてますね。」
「なに!もしやそれはっ……!」
「白い枠は既にディスティニー・リュウセイがありませんでしたか?」
「でも、リュウセイには稲妻なんて無かったのだわ。」
「ふむ……そうでしたね。では一体何なのでしょうか。」
「それを今から確かめる……のよっ!!!」
カノンの掛け声と共に姿を表したカード……その正体は
「神聖貴 ニューゲイズ……おめでとうカノン、大当たりだ。」
シューゲイザーの新たなる姿、神聖貴 ニューゲイズであった。
「せ、先輩これって……!もしかしてっ!」
「あぁ、シューゲイザーの派生カードだ。それも、書いてある能力を見れば分かるが文字通り別次元の力を持っている。」
「やっぱり……!この子、シューゲイザーだったのね!」
「なんと……シューゲイザーの新たな姿ですか。つまり、現実でのカノンのシューゲイザーにはまだまだ進化の可能性が残っているということですね。」
「確かに!私のシューゲイザーもいつかはこんな姿になるのかしら。っと、早く能力をみなきゃ。んーと……」
黙読するカノン。その後ろからウェディングが覗き込むようにしてカノンと同様に能力を読んでいた。
「…………えっとつまり、最大コスト5以下の超次元ゾーンにあるカードをなんでも出せる……ってこと?」
「おう!まんまその通りだ!」
「随分と強くなりましたね。器用貧乏でありながら単騎での攻めも可能と……やはりオラクルっ…!カノンが頂点であるオラクルこそが至高なのです!やりましたねカノン!恐らく世界で一番強いと思われるカードですよ!」
「も、もう!そんなに持ち上げないで!カードに一番とか最強なんてないのよ。結局どんなカードも使い手次第なんだから。」
「ならば尚更ではありませんか。カノンこそがこの世の何よりも優れているのですから、カードの使い手いえ、もはやデュエリストとしても右に出るものはいない筈。」
「はぁ……後でお話ししましょう、ウェディング?」
「なっ…わ、私はただ事実を述べたまでで……!決して不快にさせよう等という気は……」
「ははは……ウェディングのカノン愛も相当だな……」
進は2人のコントじみたやり取りに苦笑いを浮かべていた。カノンの話題になると妙に饒舌になるのは分かっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。もしかするとウェディングはこれでも抑えている可能性もあるが、それはあり得ないことだと思っておこう。そう、きっと大丈夫だ。これより上なんてあるわけ無い。
「ほんとにもうっ……すみません先輩。折角先輩もボルシャック・ドギラゴンを当てたのに、ウェディングが余計なこと言っちゃって。」
「いや、いいって。俺もウェディングの言ってること何となくだけど分かるしさ。」
さりげなくフォローをいれる進。すると、カノンに怒られてしゅんとしていたウェディングが目の色を変えて
「貴方もそう思いますか!白守進、貴方はやはり"解っている"人間です……!」
と物凄い勢いで進に言い寄ってきた。
「わ、解ってる……?ど、とゆこと?」
「ウェディング!」
「アッ……す、すみません……」
カノンの声に肩を震わせるウェディング。自分の行いを自覚したようで、今度こそ大人しくなった。
(あの堅物のウェディングをたったの一言で……鶴の一声ならぬカノンの一声だな。)
……全く上手くない
「ま、まぁまぁ。カノンの言う通り、確かにカードってのは使い手次第でいくらでも変わるさ。だからこそカノンがニューゲイズを使うと強いっていうウェディングの気持ちもわかる。」
「え、それってどういう意味ですか?」
「いやー、完全に主観なんだけどそのニューゲイズってカードカノンにめっちゃ似合ってると思うんだ。多分ウェディングもそう思ってたんじゃないか?」
進の言葉に呼応するように首をブンブンと縦に振るウェディング。
「そんな、買い被りすぎですよ。私なんてまだまだデュエマ始めたばっかりだし、プレイヤーや守護者の皆にも全然勝てないんです。こんな私よりもっと上手くこのカードを扱える人はいると思いますよ?」
「今はそうかもしんないけど、何れきっとカノンはそのカードの使い手に相応しいデュエリストになれるさ。だからこのボックスを買ったんだしな。」
「なれますかね、そんなデュエリストに。」
「大丈夫、絶対なれる。俺が保証する。俺の勘って結構当たるんだぜ?それに、カノンが立派なデュエリストになろうと頑張ればカードがそれに応えてくれる筈だ。それこそ、俺を守るためにシューゲイザーが戦ってくれたみたいにさ。」
「っ!……そう、ですね!先輩のくれた素敵な贈り物……私っ、ずーっとこのカード大切にします!そしていつか、ニューゲイズに相応しいデュエリストになってみせます!」
「あぁ、楽しみにしてるぞ!」
こうして進たちによるパック開封は幕を閉じた。
「よっしゃ!ならパックも全部開け終わったことだし、早速カードをデッキに組み込んでみるか!」
「はいっ!」
そして2人は、徐にデッキケースを取り出すと新たなデッキを作るための作業を開始するのだった。
「あっ、危ねぇ~忘れるところだった。」
なにかを思い出したのか突然進がそんな言葉を口にする。
「どうしました?」
「いやそれがさ、今日俺ん家に母さん来たんだよ。」
「えっ、唯さんがですか?」
「うん。前も言ったと思うんだけど、家に母さんが来たら拘束する云々みたいなこと言ってたじゃん。まぁ案の定そうだったんだけど、今日はカノンと遊ぶからほっといてくれって言ったらいきなりしおらしくなって早く行けって急かしてきたんだよ。」
「そ、そんなことがあったんですね。」(拘束はしたんだ……)
あの時の進の表現が誇張なしだった事実にカノンは驚く。あまりにも唯さんのイメージと解離していたからだ。以前見せてくれた素のような一面ですらほんの一部だったのだろう。
「そんとき、母さんが俺にあるものを渡してくれたんだ。人数分はある筈ってな。それをこのデッキ作りするタイミングで出そうと思ってたのに完全に忘れてたんだよ。うっかりしてた。ちょっと取ってくるから待ってて。」
そういうと進は冷蔵庫の元へと足を進め始めた。暫く進のことを眺めていると、何やら冷蔵庫から白い箱のようなものを取り出し始める。そして進はその箱を慎重に運び、デュエマのカードが散乱しているテーブルの上にコトンと置いた。縦横約20センチの謎の箱に対してカノンは頭上にはてなマークを浮かべていた。
「これは……?」
「これはな……」
その掛け声と共に進は箱をパカッとあけた。
「じゃん!ミニホールケーキです!」
一瞬状況判断に遅れが生じるカノン。
「ケ、ケーキ!?え、あ、ケーキ……え?」
「あー……お気に召さなかったか?」
しかし、そんな時間も一瞬のことであった。
「ぜ、全然っ!そんなことありません!!寧ろすっごく良いって言うか、逆に申し訳なさ過ぎるというか……!」
「いや全くわからないんだが!?」
「あっ……その、えーっと……正直に言うのでしたら、信じられないくらい嬉しいです!!でもどうしたんですかこれ!?」
状況を理解できても理由はわからない。驚いている今のカノンには、進に訊くという行為の他に理由を知る手段は存在しなかった。
「実は言うとだな、母さんの職業ってパティシエなんだ。」
「へぇ~!唯さんってパティシエなんですか!」
興味深そうに言葉を返すカノン。
「で、世話になった守護者の皆とかルピコちゃん達にお礼をするためにケーキを作ってたんだって。勿論カノン達にも作ってたらしくて、丁度渡しに行こうとしてた日がデートと被ってて今に至るって訳。」
「なるほど、そういうことだったんですね。」
どこかほっとしている様子のカノンに進は違和感を覚えた。まさか、また何かやらかしてしまったのだろうか。さっきも何故か焦っていたように見えた。
「それにしてもさっきのカノン、なんか焦ってるように見えたんだけどどうかしたのか?」
ストレートに疑問をぶつける進に、カノンは少し困ったような表情をして笑いながらこう言った。
「だって、ホールケーキって結構高いじゃないですか。デュエマのカードも貰った上に、ケーキまで用意されると何だか申し訳なくなっちゃって……。だから、唯さんが作ってくれたものだと聞いて少し安心したというか……そういうことです。」
「なーんだ、そうだったのか。また俺なんかやらかしたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたぜ。よかったよかった、大きな問題とかなくて。」
思ったよりも軽い理由に進は安堵した。これで何かしら深刻な理由を話されたら立ち直れないかも知れなかったから。結果杞憂に終わってくれて何よりである。
「取りあえず三等分しようぜ。そして、これを食べながらデッキを考えるんだ。きっと最高のデッキが組めるぞ!」
「私も頂いて宜しいのですか?2人で食べた方がより多く食せると思いますが。」
どこまでいってもカノン至上主義なウェディングは自信がケーキを食べることを拒否する。しかし、進とカノンはその目の奥にいる食べたい欲を隠しているウェディングを見抜いていた。
「え、逆に食べないの?ここまで来て今更?それとも食べたくないとか?」
敢えて質問をし返す進。その思ってもみなかった唐突なカウンターにウェディングは鳩が豆鉄砲を食ったような状態へと陥った。
「い、いえっ!別に食べたくないとは言っていません!ただ、私の分をカノンに回せば良いのではと提案しただけで……」
「ふーん、食べたくないとは言っていない……ねぇ?つまり、本当は食べたいと思っているってこと?」
「も、勿論です!寧ろ今すぐにでも口にしてみたいと思っていま……あっ」
ここで、ウェディングは自分が一体何を言っているのか自覚した。
「あ、貴方達っ!何故私をにやけながら見つめてくるのですか!?辞めなさい!カノンはともかく白守進、貴方は不敬ですよ!」
「ふ、不敬ってそこまで言うかよ。」
「当然です!このゼニスである私に対してあのような下品な視線を送るなんて……!」
「まぁまぁ、ウェディングの本音があんなだったらそういう見つめ方にもなっちゃうわ。私だって思わずにやけちゃうくらい可愛らしい口の滑らし方だったし。仕方のないことだったのよ。だから許してはくれないかしら?」
仲裁にはいるカノン。だが、どうやら逆効果だったらしい。
「ど、どこに可愛らしさを感じているのです!別に良いではありませんか!ケーキを食べたいと思うくらい!」
少し顔を赤くしながら反論するウェディング。そのウェディングの問いに対してカノンは正直に話すのだった。
「違うの。ケーキを食べたいことに可愛いって思ったんじゃなくて、ウェディングはケーキを食べたいのを頑張って我慢して私たちに譲ろうとしてくれたのに、先輩に少し揺さぶりをかけられただけで直ぐにケーキを食べたいって本心が出てきてしまったのが何だか微笑ましいなって思って。あのウェディングでもケーキを食べてみたいって言う欲に負けちゃうのが可愛いなって思ったのよ。」
「なん……ですって……」
カノンの説明にウェディングは膝をついた。
そう、カノンの言っていることが正しければ変に我慢して騒ぎ立ててしまった自分のせいで今恥ずかしい思いをしていることになるのだ。
素直に欲にしたがって三等分にして貰っていれば何にも起こらなかった筈であると、暗にそう察してしまう内容を伝えられてしまったのである。
「ま、まぁそんなに気を落とすなよ。このケーキはウェディングの分もちゃんと考えて作ってくれたんだ。量に関しては丁度良いくらいになってると思うし、何より食べてくれたほうが母さんも喜ぶさ。」
進がとっさにフォローに入る。別にからかっていたつもりではないのだが、ここまで気落ちされてしまうと何だか罪悪感が芽生えてくる。なので、ウェディングが恥ずかしがらないような助け船をだした。
「唯が、ですか。ならばこちらも食べねば無作法と言うものです。今回は有り難く頂くこととします。」
「オッケー!んじゃ三等分に切るぜ。」
こうして、進の手によって小さなホールケーキは綺麗に三分割された。
「わぁ~!綺麗なイチゴが中にあります!これを唯さんは作ったんですか。凄いです。」
「ふむ、ここまで来ると芸術ですね。作り手の技量が試される料理において、味は然ることながら見た目にも気を遣うのは骨が折れます。それを唯はこうもあっさりと人を惹き付けるような魅力ある姿に仕上げている……流石、本職と言ったところです。」
「へへっ、そうだろ?ああ見えて意外と凄い一面も持ってるんだ。」
2人に母親を褒められ満更でもなさそうな進。ずっと眺めているわけにもいかないのでそろそろ食べることにする一同。
「では先輩、ケーキいただきますね。」
「私もいただきます。」
「おう、召し上がれ。」
「「あ~…んっ……!?」」
2人同時にケーキを頬張る。そして少しの間が空き、少しして2人は目を見開いた。
「「お、美味しい!!!」」
「だろぉ?」
「初めてこんな美味しいスイーツ食べました。程よいクリームの甘さにイチゴの酸味、この何の変哲もない二つの要素がこれ以上ないほどにマッチしています!普通のケーキな筈なのに、全然違います!」
「何なのですかこれは……!?甘い食べ物というのは基本的に食した後もほんの少し甘さを残しているというのに、このケーキはそれがない。後味がスッキリしていて、それでいて更にこのケーキを頬張りたいと言う欲があふれでてくる癖になるようなこの味!」
2人の食レポは即興で唱えるものにしては随分と具体的すぎるものだった。しかし、スラスラとそういった感想が出てくるのは直感的にそう感じさせるほどの美味しさを唯のケーキが誇っているからだろう。恐らく、この2人は今純粋な感想を述べているに過ぎない。
「母さんは基本を大事にしてるんだ。」
「基本ですか?」
「そう、母さんは料理の基本にこそ食の全てがあると考えている。基本を更に完璧なものへと仕上げて、それに少しの工夫を施すことによってより美味しいものが作れるんだって。」
「良い考え方だなぁ。その言葉の節々に長年培ってきた重みを感じられます。あむっ……~~~っ!美味しい……!」
「白守唯、なかなか侮れない人間です。先程の出来事が全てが茶番のように思えてきます。何故食べることに恥じらいを感じていたのでしょうか……。」
「喜んで貰えて何よりだ。」
「はいっ!先輩、ありがとうございます!唯さんにもとっても美味しかったと伝えてください!」
「私からもよろしくお願いします。」
2人の顔は自然と笑みを溢していた。この時、やはり食べ物は人を笑顔にするのだと進は思ったのと同時に自身の親を改めて誇りに思った。
こうして進からの思わぬ供給にテンションを上げながらも、カノンはデッキ作りへと再び身を投じていくのだった。進に相談しながら着実とカードを決めていく。その際の話し合いがやはりデュエリストにとっては一番楽しい時間だった。
「あとは……そうそう、アルカディアスパークを入れれば……ったぁ!完成だぁ!」
「やったぁ!これでニューゲイズのデッキは完成です!アドバイスありがとうございました!」
「かなり的確な指示でしたね。お疲れさまでした、カノン。」
デッキ作りが終わり、働かせていた脳が疲労を感じた。
「こんなに有意義だと思った時間はいつぶりだろうなー。」
「ふふっ、確かに有意義でしたね。こうしてデュエマのことを先輩と一緒に考えるのも初めてだったのでとても楽しかったです。」
互いに雑談を交わし合う。そんな時、カノンがチラリと何となく時計に目を向けた。
「あっ……もうそろそろ遅くなってきましたね。」
「ん?あら、本当だ。そろそろ帰んないと家にいる母さんが伸びちまう。というわけで、帰る準備しようかな。」
そういって進は持ってきたものを片付け始めた。その様子を見ていたカノンは、この時間がもう終わってしまうのだと自覚してしまい1人寂しくなってしまった。
今日が終わってしまう。先輩が帰ってしまう。でも引き留めるわけにはいかない。何故なら、今日の先輩には帰りを待っている人がいるのだから。唯さんはきっと先輩が死んだときかされた時、全てに絶望した筈だ。そんな大切な存在と一緒に過ごすことが今日なら出きる。ならば引き留めるなんてできないのだ。
「ん、どうした?そんなに俺のこと見て。」
「あっ、え、えっと……なんでもありません。」
カノンの切なそうな表情を汲み取った進はカノンに声をかける。その声を聞くたびにカノンは更に切ない気持ちが強くなっていった。
もうどうしよもないのは理解している。ならば最後にこれだけは言っておこう。今日は本当に楽しかったと、これからも一緒に遊んでほしいと。それにこの寂しさを少しだけ埋めてはくれないかと。そう伝えなければ気が済まない。だからこの一回だけは呼び止めさせてほしい。
「せ、先輩っ!」「カノン!」
「「えっ?」」
声をかけようとした2人の声が重なる。
「あー……そっちから良いよ?どうしたの?」
「あっ、そっ、その……お、お先に先輩からどうぞ!私は後で良いですから!」
「そ、そう?なら遠慮なく。」
最後の一言にカノンは思わず身構えた。重い話題だったらどうしよう、などと言う考えが頭を過った。
「そのー……カノンってさ、俺のこと先輩って呼ぶじゃん?で、でも俺たちってもう付き合ってるわけで、上下関係はないって言うか元々そんなものないと言うか……」
「は、はい……?」
話が見えてこず、曖昧な受け答えをするカノン。その反応を見た進は、濁すことなく言葉をちゃんと伝えようと思い立つことにした。
「えっと……だ、だからっ!お、俺のことを名前で呼んでくれない!?あとできたら敬語も外してほしい!!」
今の進の顔をどうなっているのだろう。想像しなくとも、茹でたような赤さになっているのは分かる。だってこんな小さなことを態々重大なことかのような雰囲気を醸し出して言おうとしているのだから。こんなことにも一々勇気をださなければいけないような自分の心の幼さに情けなさを感じる進。
「敬語、ですか……?」
「あ、あぁ。もうそろそろ良いんじゃないかなって思って。難しそう……かな?」
「あっ、えっと大丈夫だと思います。」
「ほんとか!?や、やったぁ~……!」
夢の名前呼びの実現に喜びを噛み締める進。そのあまりの喜びようにカノンは一つ疑問に思ったことができた。
「そ、そんなに喜ぶこと何ですか?」
「当たり前だろ!やっぱ先輩呼びだと何となく距離があるような気がするんだ。上下関係があるような感じでムズムズしてた。それに、俺はカノンの素と接したい。」
「素の私……」
「だってあの語尾が可愛いんだもん!ウェディングと話したりする時だけたまに聞くけど、マジであの語尾が忘れられないんだ!正直、その語尾こそがカノンの中で一番の魅力だと思う。」
「あっえっ、う、うぅ……///」
この時2人の事をひっそりと眺めていたウェディングは進の発言を全て肯定するかのように自然と頭を上下に振っていた。分かる分かる、とそう言っているかのようである。
「じゃ、じゃあ私、先輩の為にも今後は名前を呼んで話すときは素の私で接していきますね?良いですか、それで?」
「お、おう!頼んだ!」
「わかりました。では……す、すす…む?こ、これからもよろしく……なのだわ。」
今我々は歴史的瞬間に立ち会っている、進はそう実感した。
「っ!?~~~っこれが名前呼びの感覚かぁ……」
まだ若干の恥じらいを感じつつも、ちゃんと名前で呼んでくれた事実に進はえもいわれぬ感覚が身体中に駆け巡る。言うなれば多幸感であろうか。カノンと仲良くなるための第一歩として立てていた計画である呼び捨てがこのような形で叶えられて純粋に嬉しかった。
「凄い良い……改めてよろしくな、カノン。」
「は、はいっ……じゃなかった、えぇ!よろしくね、進!」
「ううっ!?恥じらいのないストレートな進呼び……これが楽園?」
「大袈裟ですね。そこまで名前呼びが良いのですか?」
「そこっ!うるさいぞ!ウェディングだって様付けされてる過去を黒歴史にしてただろうが!」
「………………すみませんでした。」
「?」
2人のやり取りにカノンは首をかしげていた。恐らく、2人の中でしか共有できない何かがあるのだろう。正直少し妬いてしまうが、何となく己の勘が知らなくても良いと言っているので深く気にしないことにした。それにしてもウェディングが大人しく謝るなんて何が起きているのだろう。
「俺からの話しは終わりだ。次はカノンの番ってことになるが……大丈夫か?」
話題が切り替わり、カノンのターンになった。改めて話すとなると少々恥ずかしい気持ちになるが、ここにきてやっぱ話さないなんてことは出来ない。
「だ、大丈夫!ちゃんと言えるのだわ!」
「お、おう……なら良いんだが。」
「わ、私の言いたいこと……そ、それは……」
段々顔が熱くなっていってるのが分かる。いざ言おうとなるとやはり言い淀んでしまうのは仕方のないことなのだろう。
「えっと…………今日は本当に楽しかったのだわ。そのっ、これからも一緒に遊んでいきたいのだわ。」
「なるほど、そう言うことか。俺も滅茶苦茶楽しかったぜ!勿論、もっともっと遊ぼう!今日はマジでありがとうな!」
これにて一件落着……と進は思っていた。だが、それにしてはやけにカノンの反応が薄い。違和感に気づいた進は目の前でもじもじとしていたカノンを見つめていると
「で、でもまだあって……」
とやはりと言うべきか、カノンが話を続けてきた。
「進が帰るって言った時、何だか少し切なくなっちゃって……明日があるのに、その次の日もそのまた次の日もあると言うのに今この時間がすごく惜しく思ってしまったの。」
「カノン……」
「だからえっと……この切なさを埋めるために、私の事を今一度抱き締めてほしい……な。」
ほんのり頬を赤く染めながら少し不安げな表情で見つめてくる純粋な瞳。このカノンに進は
(え、なんだこの生き物。可愛すぎない?ほんとに俺彼氏として釣り合ってる?)
心のなかで悶々としていた。可愛すぎて少し冷静になっているが、普通に今の進はおかしくなっていると思われる。
「っ!」
「わっ……!い、いきなり……びっくりしたのだわ。」
気づけば進はカノンを抱き締めに行っていた。一回り小さい彼女はすっぽりと進の体へと埋まっている。無抵抗なまま抱き締められているカノンはさながら小動物のようだった。
「……カノンが満足するまで、ずっとこうしてるよ。」
「んへへ……ありがとう。」
しんと辺りが静まり返る。この時2人は気づいていなかったが、ウェディングがカードになってカノンのデッキケースの中へと避難していた。空気が読めるゼニス、それがウェディングなのだ。(今回だけ)
「暖かい……頭を撫でられたときは、恥ずかしくて抱き締められてるって感覚をあまり感じられなかったけど……今回は別ね。」
「苦しくはないか?」
「ふふっ、大丈夫なのだわ。」
再び静かな時間が訪れる。この静寂の中にこの瞬間だけは沢山の幸せが詰まっていた。
「……ねぇ、進?」
「ん?」
「大好き。この世の何よりも大好き。好きで好きで堪らないのだわ。そんな人にこんな力強く抱き締められて……こんなにも愛されて……私、こんなに幸せで良いのかしら?」
「……良いに決まってんだろ。それに、俺も今すっげぇ幸せだ。」
「んふふっ…………ぎゅ~~っ………」
「っ!」
さっきまでなにもしていなかったカノンが進に抱き締め返しす。胸元に埋まっていた顔が進の肩へと乗せられ、カノンの声が耳元でダイレクトに伝わってくるようになった。ぞくっとしてしまうこの感覚すらも今は愛おしかった。
「すきっ、すきっ、すーきっ……」
耳元で呟かれるその甘い言葉の連呼に進は脳が焼ききれんばかりの刺激を与えられる。
「私は………先輩のことがだーい好きですっ……!」
「えっ」
「はいっ、終わり。ありがとう、お陰で十分満たされたのだわ。これで未練もなにも残らないわ。」
大好きと言う言葉を皮切りにカノンは進から離れた。未だに頬は赤く染まったままだが、満足そうに微笑みながら話すカノン。しかし、当の進は気になったところができてしまい満足どころかほんの少しだけもやもやができてしまった。
「い、いま何で先輩って……」
「ん~?そうね……進には秘密っ!教えてあげないも~んだ!」
「な、なんだよそれ!んなこと言われたら益々気になる……!おぉい、ちょっと!ちょっとくらいなら良いだろ?カノン~!」
「ふふっ、嫌です~!ぜ~ったいに教えないのだわ!」
「そこをなんとか~!」
愉快なやり取りが2人の間で繰り広げられる。その時、カノンは心の中で
(うん……後輩時代の、進の事を大好きだと気づけなかった私の後悔をさっきので晴らせたわ。あれであの頃の私とは完全に決別ね。明日からは気持ちを新たに、進の彼女として自分に正直に生きていきましょう!)
と今まで密かに感じていた蟠りを取り除いた事を確認した。この日、カノンの人生は確かに始まったのだ。変な邪魔も入ず、自身がやりたいことを好きなようにできる。そんな望んでいた日常をカノンはやっと手に入れた。
今は只、この2人に祝福を……