ダピコ先導の下で行われることになったカノンコスプレ作戦。彼女は準備をするため着いてきてくれと言っていた。曰く、コスプレをするには素材を買わなければならないという。そりゃあそうだろう。仮装をするのだ。それくらいはするに決まっている。
ということで早速外へ行こうと、カノンはダピコに元気良く告げた。しかし、ダピコはそれを引き留めた。理解できない行動に首をかしげていると、ダピコが説明し始める。
「コスプレをするにしても、まだどんなコスプレをするのか決まってないからな。先ずはそっちを先に考えておこう。その方が買い物をするのも楽になる。」
「なるほど、そういうことね。」
納得したと頷くカノン。言いたいことが伝わったのを確認したダピコは早速本題へと突入することにした。
「それで、カノンはどんなコスプレをすれば良いと思う?皆の意見も聞きたいな。」
「そうですねぇ……やっぱりなるべく可愛らしいコスプレが無難なのでしょうが、如何せん候補がありすぎます。う~ん…」
ルピコが頭を悩ませる。
「あらゆる可能性があるのは非常に厄介。少しの間違いが未来を大きく変えてしまうかも知れないから慎重に考えるべき。」
「慎重に考えるって言ってますが…何百といった数の選択肢から選ぶなんてかなり無茶なような気がします…!服の知識は無いので私は余り口出ししないでおきます。」
キリコの助言にジャスミンは諦めている様子でいた。正しくお手上げといった感じだ。
「難しいってのは恋の醍醐味ではあるんだけどね。こういう選択してる時ってほんと恋してる時に限って悩んじゃうよね~。」
「恋は気まぐれ、と言った所かの。」
「したことないと分からないから進の気持ちは愚か、カノンの気持ちも全部理解できないのが面倒ね。ここは最大限想像力を働かせるしかないのかもしれないわ。」
「……ルカさん、それ人によってはかなりダメージを負う言葉です。しかし、言い逃れようのない事実ではありますし…私も早く適切なアイデアを思い付かなければなりませんね。」
一同はう~んと唸り声を上げながら思考する。コスプレ自体に正解がないため余計に思い付かない。だが、暫く考えている内にとうとう発言者が現れた。
「思ったのだけれど、普通に考えて本人が喜びそうなコスプレをしたらいいんじゃないかしら。インパクトも強いだろうし、いっぱい構ってくれるんじゃない?」
「それが分かったら苦労なんてしな………あっ。」
ルカの発言にダピコが反論をしようとする。しかし、途中でなにかに気づいたのか言うのをやめてしまった。
「そういえば、私たちカノンさんをどうしようかって悩むばかりに進さん自身の情報の聞き出しを疎かにしていましたね……」
ルピコが気まずそうにダピコの方へと向き直る。
「あ、あぁ…失念していた。方法にだけ固執するあまり視野が狭くなっていたみたいだな。というわけでカノン、進が好きそうなものって知らないか?出来れば生き物系がいいんだが……」
「好きなものかぁ。それも生き物……う~んそうだなぁ……」
今までのことを思い出してみる。思えば、進が好きだと大っぴらに宣言していたのはデュエマのイメージが強くその他は余り聞いたことがなかった。それ故にカノンは中々答えを出せずにいた。必死に、必死に思い出していると、突然脳裏にある記憶が蘇った。
「あ、そういえば結構前、好きな動物の話をしていたのだわ!確かその時進が好きだって言ってた動物は……ネコ!ネコだって言っていた筈よ!」
「なにっ!?それは本当か!」
「え、えぇ。私の記憶が正しければ間違いなくネコだって言っていたのだわ。」
「そうか…ネコ……ネコか。ふっ、これは流れが来てるかも知れないな。」
「ねぇダピコ、一体どうしたの?その、ネコとコスプレに何の関係が?」
「あ、あぁすまない。完全に私のペースで話してしまった。簡潔に言うが、今回出てきたそのネコはな、コスプレをする者の間ではかなりメジャーな部類のものなんだ。定番中の定番、つまりその分手間もかからない。さらに!その手間がかからない分、なんと私たちの手でいくらでもアレンジ可能なんだ!カノン、はっきり言って今回の問題、私たちは勝ちにも近い程有利だ。」
「ほ、ほんと!?」
ダピコの嬉しい宣言に顔をパァッと明るくさせるカノン。一気に活路が見えてきたからか、その喜びもひとしおだった。
「本当だ。よし、そうと決まれば早くしよう。コスプレ道具は私が買ってくるからカノンはここで待っててくれ。」
「え、でもさっき着いてきてほしいって言ってたような…?」
「悪い、気が変わった。本来私が想定していた流れでは、カノンが進の好きなものを言った後服屋とかに連れていって色々試すつもりだったんだ。だが、その好きなものがまさかのネコと来た。進だったらクリーチャーとか言うものだと思っていたんだが、ネコとなれば話は別だ。最高のコスプレ道具を用意できる自信がある。だから速攻で行って速攻で帰ることにしたんだ。任せてくれ、早さになら自信がある。」
「そういうことね……わかった、ダピコ、貴女を信じるのだわ!」
「ありがとう!よし、それじゃあ早速行ってくるぞ。皆待っててくれ!」
そういってダピコは目にも止まらぬ早さでこの場を出ていった。さっきまで着いていきたいと意気揚々に構えていたアイラ、キリコ、ジャスミンが面食らったかのような反応を示している。
「ダピコさん、随分と自信があるようですね。あの気迫に妙な説得力も感じます。」
「そうね。まぁ、彼女の蓄えてきた知識はルピコのナビゲート位宛になるし、ここは待ちましょう。」
「さっすがお姉ちゃんです!」
エレナ、ルカ、ルピコがダピコの能力を素直に褒める。それとは対極的に
「コスプレなど、一体何の意味があるというのです。それより私の発案した惚れ薬作戦の方が良いに決まってます!こちらは確実性がありますからね!」
コスプレという案に対抗意識が芽生えたのかQ.E.D.がムキになって影で愚痴っていた。
「何を言い出すのですか貴女は。そろそろ学びなさい、その様な非人道的行為が受けいれられる訳がないという事を。そんなことを言うから男性が寄ってこないんですよ。」
「なっ!あ、貴女こそ何を言うんですかっ!?感情のないゼニスが私の案を非人道的などと断定し罵れる道理はないでしょう?ましてや貴女に恋愛願望があるとは思えません。えらそーに言われる筋合いはないんですよ!」
「虚しくならないのですか?その感情のない私にムキになって。感情がないのであれば私の戯言など無視すればいいではないですか。何故それをしなかったのです。」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!!」
Q.E.D.の発言が気にくわなかったウェディングが口を挟み、そこから加速度的に仲を悪くしていく2人。それを見かねたチュリンが慌てて止めに入っていた。そこから暫くしてダピコが帰還した。その両腕に大きなバッグを下げながら。
「皆、今帰ったぞ!」
「あ、帰ってきた!おつかれーダピコ!」
「お帰りなさい、ダピコ!わぁ、凄い量の荷物なのだわ。ここに私の運命を決める道具が…!」
一仕事終えたダピコに労いの言葉を掛けるアイラ。カノンはダピコを笑顔で出迎えた後、ダピコの持ってきた道具に釘付けになっていた。
「取り敢えず必要なものは全て取り揃えてきた。後は私たちで手を加えてどういった感じにすればいいのかを決めていこうと思ってる。勿論アレンジするための道具も持ってきているぞ!」
そういってダピコはバッグから道具を取り出し机の上へと並べていく。それを見ていたカノンは何故か徐々に顔が引きつっていき、それに反比例するかの如くウェディングの表情が喜びに満ち溢れていっていた。
ゼニスの威厳?そんなものパンドラスペースに捨ててきた。そのくらい2人の反応には違いが顕著に現れていた。今のウェディングは確実に喜怒哀楽の喜に支配されているだろう。それをあえて誰かが指摘するということはなかった。面倒事は避けるに限る。
「こ、これ…本当に私が着るの……?」
「カノン、取り組むのなら何事にも全力を出すのです。今更引き返すことなどしてはならないと思いますよ。」
「そ、そうだけど…ね?でもこれは流石に……」
「弱気になってはなりません。そんな気持ちで白守進の心を掴むことができるのですか?」
「それは…その……で、出来ない、だろうけど…や、やっぱり恥ずかしい…のだわ……」
目を伏せ頬を赤く染めるカノン。
「ではなんですか?今回はコスプレをしない、と言うことですか?折角皆さんがカノンのために考えてくれたというのに?」
「そ、そんなわけないっ!何もしないなんて言ってないじゃない!その、飽くまで私は着るのが少し恥ずかしいってだけで……寧ろその逆、進の心を掴めるのならこのくらい幾らでも着て幾らでもやってやるって思ってるのだわ!」
「なるほど、そういうことでしたか。すみません、私の早とちりで少し説教じみたことをしてしまいました。」
「ううん、謝る必要ないわ。ウェディングがこうして私に強く言ってくれたお陰でなんだか後ろめたさが無くなってきたの。逆に感謝しているのだわ。」
「っ!そうですか。役に立てたのなら何よりです。頑張ってください、カノン。」
「えぇ!絶対に成功させて見せるのだわ!」
元気良くウェディングにそう告げるカノン。その表情には先程まで見えていた羞恥心の欠片も残されていなかった。
「覚悟は決まったみたいだな。じゃあこれから、カノンを私たちの手で大変身させよう!皆の知恵をフルに活用するんだ!」
『お~!!』
「皆、お願いするのだわ!」
ダピコの宣言と共に始まるカノンのコスプレ。辞退組を除く全員の力を使い今ここで作戦準備が着実と進んでいくのだった。
「ふっ、我ながらよくできたな。此こそが今回の作戦に求められていたカノンだ。」
「……ダピコ、見直しましたよ。只のバイト狂ではなかったのですね。」
「失礼極まりない発言だが……今回は気分が良いから許す。」
軽口を叩き合うダピコとウェディング。その2人の視線にはカノンが立っている。その姿にダピコ同様、ウェディングももはや見惚れていた。その肝心のカノンの様子とは一体どうなっているのか。その答えは次の瞬間に明らかとなる。
「うわー…これまた凄いわね、カノン。でもまぁ、可愛くはあるんじゃない?」
JJが若干引き気味で口を開く。
「猫耳にメイド服……組み合わせとしては一番妥当といえば妥当、なのかな?」
現在、カノンはJJの言う通りメイド服を身に纏い頭には自己主張が控えめの小さな猫耳型カチューシャを着けていた。元々のカノンの私服が私服なだけに様になっているのが彼女の美貌の凄さを物語っている。勿論臍は出している。
「妥当!?何を言いますか!妥当どころかこの衣装はカノンにとってこれ以上ないくらい相応しいものでしょう!?めいど、というのは初めて知りましたが、この白と黒を基調としたシンプルながら可愛らしさがあるデザイン!そんなの、服が最早カノンに着てくれと頼んでいるようなものです。決して妥当などではありません。」
「へ、へー……そうなのね。」
この瞬間JJ、いやここにいる全員(コットンを除く)は悟った。今のウェディングは下手に刺激しない方が良いと。
「お、大げさよウェディング。JJも困っているのだわ。」
「で、ですがっ私は本当に今のカノンの姿がこの世の何よりも正しいものであると思っただけで…これでもまだ言い足りないくらいです。」
「もう、わかったから少し黙ってて?今は私の事より作戦の事に集中したいの。」
「……はい。」
「よろしい。ごめんね、ダピコ。余計な時間を浪費してしまったのだわ。さ、それよりも早く作戦準備に取りかかりましょう?」
「あ、あぁ…そうだな。」
この時、ダピコは明確にカノンに恐怖を抱いた。ウェディングに放つ威圧感。一瞬で凍りつく空気感。そして何より澄ました顔をしているのにも関わらず見えてきてしまう鬼のような形相。その全ての要素がもう恐怖以外の何者でもなかった。因みに、ダピコ以外も例外なく恐怖を感じたらしい。恐ろしや、無垢の守護者。
「コスプレに関してはさっきも言った通りこのくらいのクオリティーで大丈夫だろう。あまり凝りすぎても私たちのような裏の存在を悟られる可能性があるからな。ある程度素人感を演出することによってカノンが一人で頑張ったと思わせるんだ。」
「だから猫耳とメイド服しか着せてない訳じゃな。」
「コスプレと聞くと、仮装と違って凝った衣装を想像しがちですが、敢えて其をしないと聞いたときは驚きました。」
エレナの言葉に得意気な表情を浮かべるダピコ。
「私の場合だとネコ髭とか尻尾も着けたりするんだが、そうすると進はカノンに集中できなくなるかもしれないからな。飽くまで主役はカノンであり、コスプレは構ってもらうための道具に過ぎない。こんな作戦になるのはある意味自然と言うべきかもな。」
「コスプレの事についてはもう良いわ。それで?その次よ、問題は。」
「ルカ、後は任せて。説明は私が行う。」
キリコの言葉を受け取り一歩引くルカ。そして徐にカノンに近づいてきたキリコは、これからしていく事柄について丁寧に説明を始めるのだった。
「ダピコが言っていたと思うけど、この作戦の準備は何もコスプレをするだけじゃない。今は準備の段階的に、ワンステップ終わった感じ。ということで次のステップを教える。次にやること、それは────進との接触の仕方する練習をすること。」
「接触……ですか?」
ピンこず首をかしげるルピコ。その声に動じることなくキリコは話を続けた。
「コスプレをした後の事、皆は考えている?」
「うーん、可愛い姿を褒められるとか、後は……普段より触れ合う時間が増える、とか?」
「確かにコスプレをすればそういう事が起きると思う。でも、果たしてそれだけで満足できる?可愛いと褒められる、触れ合う時間が増える。それっていつもしていることの延長線上に過ぎないと思わない?」
「た、確かに…」
キリコの説明に理解の示すアイラ。その他の者達もまた、キリコの理屈に理解を示すように険しい表情をしていた。
「さっきも言ってたけど、今回カノンは進に攻めに行く立場。それはコスプレをしている時点で明らか。でも、それだけでは物足りないのも想像に難くない。そこで考え付いた。その未来の運命を変えるためには進の前での態度を変える必要があると。その為、ある程度プランを立て接触を図る……その練習をしようとこの提案をしたという訳。」
「説明ありがとう、キリコ。頼んでおいて正解だった。まぁ、そういう訳だ。カノン、理屈は理解してくれたか?」
「す、凄いのだわ。そこまで考えているなんて。私ならコスプレをした時点で満足しちゃってたかも知れないのに……その先まで見据えている何て。」
「お姉ちゃん、やっぱり凄いです!」
2人がダピコの事を褒め称える。満更でもなさそうなダピコは、気分を良くしながら上機嫌に話を続けた。
「それで、肝心の練習内容なんだが…キリコに相談してみたところ、どうやら瞬時にパターンシュミレーションを沢山作ってくれたらしくてな。ある程度の流れを予測して状況にあった振る舞い方を教えてくれる事になった。」
「へぇ~、そんなことを…キリコさんらしいですね。」
キリコの行動に感嘆するルピコ。他の面子も大なり小なり驚いているようで、Q.E.D.に関してはもはや嫉妬すらしていた。キリコの能力に関して科学者としての興味があるのはそうなのだが、それは、それとして普通にプライドを傷つけられた事実もそこには存在していた。
「勿論、素の自分で進と関わっても良いと思う。ありのままで接することが出来ないと言うのも人によっては苦痛に感じるだろうしな。こればかりはカノンの気持ち次第だ。どうする?練習、してみるか?」
カノンの気持ちも考慮した上での提案。その気遣いにカノンは感謝しつつ、率直に思ったことを口にした。
「確かに予め用意した言葉を使って思い通りの流れを作るのは気が引けるかもしれないわ。けれど、悪いことばかりではないと思うの。結局私の最終目標は進にもっと構ってもらうこと。キリコの作ってくれたシュミレーションはその目標に向かうまでの道のりでしかないのだわ。だったら、練習する以外の選択肢はないと思うの。だからその案、乗らせてもらうのだわ!」
「あ、案外すんなり承諾してくれたな。いいのか?その構ってもらえているときのカノンは本来の自分ではないのかもしれないんだぞ?」
「大丈夫。その時には既にもとの私に戻っている筈なのだわ。何故かはわからないけれど、そんな気がするの。」
「ふっ、そうかも知れませんね。元より、カノンは演技があまり上手くありません。なので、時間の経過と共に自然と戻っている可能性もなきにしもあらず。ですので、そこまで不安になる必要もないかと。」
ウェディングが若干微笑みながら話をする。その内容にカノンが不満げな表情を浮かべ、言い寄った。
「ど、どういうこと!?私、演技なんてそんなことしてきたかしら!?やってみないと分からないのに勝手に断言なんてしないで欲しいのだわっ。」
「?お忘れなのですか?過去に、カノンが白守進に近づく為に仕掛けようとしていたことがあったではありませんか。*1その時のカノンの演技たるや……今思い出しただけでも大変微笑ましいものです。あの瞬間のために今までカノンの守護者をやってきたのだと錯覚した程でしたよ。」
「え?あ、あれそんなに下手だった?」
「えぇ、それは勿論。少なくとも私は演技だと見破っていました。」
「そ、そんなぁ……」
会話から察するに過去に何かしら進の前で演技をしたことが合ったのだろう。それを一同が悟るのに時間はかからなかった。
補足として、ウェディングはあのときの光景を偶々見ていたらしく、後日その事を話すとカノンが死ぬほど恥ずかしがっていたと言う出来事があったらしい。
「と、兎に角っ!私はできることならなんでもするのだわ!キリコのシュミレーション、早速受けてみてもいいかしら?」
「おっけー、了解した。」
キリコが承諾したのと同時に、シュミレーション動画が写し出された。それを食い入るように見るカノン。無論、カノンだけでなくその場にいた者全員がその映像に注目していた。カノンのそこそこ過酷かもしれない(?)練習がいま幕を開けようとしていた。
「うん、完璧。これで失敗の可能性はほぼ0%と言って差し支えないと思う。」
「や、やったのだわ~!ありがとう、皆!」
喜びの声が木霊する。それは喜びと同時に練習の終わりも意味していた。
あの後、計画通りキリコのシュミレーションになぞってある程度想定された動きを何パターンかシュミレートした。それに、順調にとるべき行動を頭の中に詰め込んでいたカノンに対し、アドバイスを送る者もいた。
アイラからは『進と話したりする時は、弱気になってはいけない。ここだと思ったら心を燃やして攻めに攻めまくれ』と言われた。
ジャスミンからは『恋を前にした人間は時たま極度の緊張感に襲われることがある。そんなときは今一度落ち着いて、冷静にそして慎重になろうと、そういった心構えをもって欲しい。最終的にそこに残るのは、自然体な自分と進のみになる。だから頑張って欲しい』と言われた。
ダピコの買い物に着いていきたいと言っていた時の伝えたいこととはこの事だったのかと、点と点が線で繋がるような感覚に陥るカノン。2人のアドバイスは微力ながらカノンにきっと力をくれることだろう。なんとなく、そう確信したカノンだった。
「お疲れ様です、カノン。」
「ありがとう、ウェディング。ふふっ、なんだか段々楽しみになってきたのだわ。」
準備万端とはまさにこの事である。ちゃんと準備をできたからなのか、カノンは謎の高揚感に襲われていた。
「後はカノン次第だな。応援してるぞ!」
「頑張ってください、カノンさん!」
「えぇ、勿論よ!きっと満足の行く結果にして見せるのだわ。」
ダピコとルピコの声援にカノンは胸を張って返事をする。
「結果は教えて欲しい。」
「確かにね。全て、とまではいかなくても良いけど私も服選びとか手伝ったんだし、折角なら教えて欲しいわ。」
「わらわは今後の人生においての参考にさせてもらいたいな!」
「じ、人生…?っとそれより……わかったわキリコ、ルカ。時間を作って絶対に報告するのだわ。」
突然スケールの大きな単語が飛び出したじろぐカノンだったが、どちらにせよ結果は皆に伝えるつもりだったため快く承諾した。それに、これくらいはしなければならないという義務感も少なからずあるのだ。断る理由はない。
「カノン様ならきっと大丈夫です。というより、大丈夫じゃなかったら私が無理矢理にでも何とかします。なので安心してください!」
「おや、珍しく意見が合いましたね。いざというときは……私も同行しましょう。」
「……やはり貴女、感情あるんじゃ「なにか?」イエッナンデモナイデス……」
「アンタ達どれだけ仲悪いのよ……あ、私も応援してるからねー。あのデリカシーのない男に一泡吹かせてあげて!」
「今回は何にもできなかったけど、僕も応援してるよ~。」
辞退組の声援がカノンに送られる。その気持ちに心地よさを感じながらカノンは「任せて!」と一言力強くそう答えるのだった。
「さて、皆さんもわかっているとは思いますが、漸くやることの方針が定まりましたので、これにて今回の話し合いは終わりとさせていただきます。本日は私の無理なお願いを聞いてくれてありがとうございました。では……解散。」
今回の場を設けたウェディングが指揮を取る。感謝の言葉を述べた後、解散の宣言をした。これで今日の作戦会議は終わりを向かえるのだった。
「あーさびぃさびぃ。早くカノンの家に入りたいぜ。」
あの会議から数日後の今日。白守進は現在カノン宅へと向かっていっていた。誘われたから行くというシンプルな理由なのだが、それは進に限った場合の理由だ。カノンの目的は進と遊ぶためにだとか、会いたいだからとかそんな理由ではない。そして、それを進は知るよしもなかった。
暫く歩き、やがてマンションへと着いた進。もう第二の我が家同然のような感覚で入っていき、カノンの住む階まで上がって行く。そしてついに玄関の前にまでたどり着くことができた。あとはこの前もらった合鍵を使って中に入るだけだ。進は早く暖まりたい一心で素早く解錠しノブを回した。
キィと金属が鳴らす甲高い音と共に進は中へと入り、何時ものように玄関で挨拶をする。しかし、ここで一つの異変を進は確かに感じ取った。
(?…返事がない?聞こえてなかったのか?)
何時もならある筈のカノンの進を歓迎する声。それが今回聞こえてこなかったのだ。毎回ある出来事だったが故に、こうした一度きりの違いに敏感になってしまっているのだろう。普段なら気にするようなほどの事でもないというのに、何故だか今回進は何かあるのだろうかと疑ってしまっていた。
(いやいや、多分偶々でしょ。だってほら、俺が来たら小動物みたいに可愛く玄関まで駆け寄ってくるのに、今日は全然来る気配がしないんだもん。多分バイトの疲れとかが溜まってるに違いない。)
あることないことを予想する進。一人で考え一人で納得していた進はその持論にある粗に気付くことなく歩を進めた。リビングへと繋がっている扉から光が漏れている。恐らく、そこにカノンがいる筈だ。愛しい彼女の顔を見れると高ぶる気持ちを胸に進は意気揚々とその扉を開けた。そして、そこに広がっていた光景は
「お、お帰りなさい、ご主人様っ!待っていたのだ…………にゃん…」
一言で言うのならば、それは兎に角奇妙であった。だが、それと同時にとてつもない魅力にも溢れていた。形容しがたい感情に陥る進。全身を血液が脈打つ音が脳内に響き渡る。まともに思考することができず、体を動かすことすらできなかった。
……つまるところ、呆然ということである。
「…………えっと……」
進が沈黙を貫いているのを見ていたカノンが気まずかさから声を上げる。しかし、それはお互い様だったようでカノンも進と同じように上手く言葉を紡げていなかった。
俯き立ち尽くすカノン。それを見つめるしかない進。いや、正確に言うと目を外すことができない、が正解だ。そんな状態の両者だったが、この沈黙の時間も無駄なものかと言われれば決してそうではなかった。
この時間を有効活用し、両者共々は気持ちの整理を行っていたのである。尚、呑気すぎるという突っ込みは必要ない。
(えぇ……なんだこれ。質の悪い夢かぁ?まてまて、冷静になって考えてみよう。確かにカノンの行動力はレベチにやべぇ。勇気を振り絞るなんて言葉じゃとても言い表せないくらいにだ。でもさ、恋愛に関してはそうでもなかったんだよ。カノン自身恋愛に対して疎すぎて恥ずかしがる状況が頭撫でたりじっと見つめたりだとかそんなレベルなんだぞ?それにこの前俺に近づいてきてキスしたのだって夕日のせいもあるが顔真っ赤だったし。それが今……なんだ?猫耳にメイド服?流石に馬鹿げてるわ。多分夢だろ。いや、ぜってー夢だ!俺の欲望が具現化したに違いない!心当たりあるし!)
(あ、あわわわわわわ!あんなに練習したのにセリフ言い間違いかけちゃった…!!うぅ、今進はどう思ってくれてるのかしら……ちゃんと可愛く見えてるのかな……あぅぅ…!む、胸が張り裂けそうなのだわ……この隙間時間が苦しい!)
お互いがお互いに動揺しているのは目に見えて明らかだった。片方は現実を信じられないという思いが、もう片方は想い人の反応がどうなるのか分からないという不安の感情が渦巻くといいった、そう言った複雑なようでその実とてもピュアな思惑が錯綜していたのだ。
(お、落ち着きなさい私!ここでモジモジしている暇なんか無いのだわ!そう、これは私の乗り越えるべき試練ッ!幸せを掴むための必要な道のりなのよ!それに、私たちは恋人なの。今更恥ずかしがる必要なんてどこにあるというの?アイラも言っていたじゃない!弱気になるなって、心を燃やして攻めに攻めまくれって!それ以外にも皆私に力を貸してくれた……頑張ってくれたの。私が頑張らなかったら本末転倒なのだわ!大丈夫……できる、できる、私はできる……よし!)
「いらっしゃい進。お、驚いたかしら?最近知った文化でハロウィンっていうのがあったんだけどね、それがついこの前過ぎちゃったことを知ったの。ほら、私ってこの世界の事もっとよく知りたいって言っているじゃない?だから遅いかもだけど、こうして着てみたい物を買って見たんだけど……どう、かしら?」
バクバクと鳴り止む気配のない心臓の鼓動音を聴きながらカノンは進に白々らしい演技で感想を求める。最後の方は、自分の方から評価されに行くというシチュエーションに羞恥心を突然感じて、一瞬目を泳がせてしまった。心なしか頬も熱くなっている気がする。今の自分がどれだけみっともない姿をさらしているのかなんて、そんなの気にする余裕もなくカノンはひたすらに進の反応を待った。
(…………認めよう。これは夢なんかじゃない。あまりにも実体感がありすぎる。ハッキリとしすぎているんだ。今俺のしている体験は曖昧で、記憶にも残らないようなそんな儚いものなんかじゃない!…………だからどうしたァァァ!!!夢かどうかなんて知るか!現実であろうと夢であろうと、今こうして行動を求められ、選択を迫られている事実は依然としてここにあるッッ!。俺が、この先の未来を定める事になっているんだ!!責任重大、ってことだよな。選択肢、間違えないようにしねぇと……気まずい空気感になるのだけは避けてやりたい!よし、やってやる、やってやるぞ…!)
進は現実と向きあい、覚悟を決めたようだ。
「どうもなにも……無茶苦茶可愛いに決まってんだろ。」
「!ほ、ほんと!?」
「あ、あぁ。本当だぜ。」
「や、やった!」
「?」
カノンの喜び方に違和感を覚える進。別に普段から割りと可愛いとか伝えてる気がするのだが、それでもここまで嬉しそうにするのは初めてだった。故にこの先のカノンにどう声をかければ良いのか、その判断力が鈍ってしまう進だった。
(掴みは完璧なのだわ!進の心は多分掴めてる筈。ここから攻めていくっ!)
「と、ところで何だけど…今の私、メイドって設定でね、その……メイドはご、ご主人様にはご奉仕をしなくちゃいけない…のよね?」
「うん?まぁそうだろうけど…でもそれがどうした?」
「だから私ぃ…えっとぉ……き、今日1日!今日の1日だけ進に尽くさせて欲しいのだわっ!いいえ、違う…!進じゃない……ご主人様っ今の進はご主人様なのだわ!」
「マ、マジでいいんすか……?」
「…えぇ。安心して、遠慮なんてしにゃくていいのよ。」
「えぇー…………」
カノンの決意の秘められた瞳を目の当たりにし狼狽える進。ここで女々しくなるなんて情けないと心の中で思ったりもしたが、そんな考えはカノンを目の前にして一瞬で消え去った。
だって、仕方ないだろう。相手は1億年に一度レベルの超絶美少女だ。(進談)カノンと目と目を合わせて対面するだけでも満足だというのに、それ以上の行為を強いられるなんて狼狽えるに決まっていた。
(何時かはする日が来るかもしれないと、漠然として存在したワクワク感はこんな形で消費されるんだなぁ。)
1日1日が奇想天外の連続であり、決して同じ日は訪れないし生まれることもないだろう。そんな儚さを思い知るのに良い教訓を得たと思い込むことにした。それよりも、だ。
「どうかしたにゃ、ご主人様ぁ?」
「……あ、い、いやっ!?なんでもないですよ!?」
「そうですか?なら早く来て欲しいですにゃ。ご主人様。」
「……は、はい…………」
なんだ?急に役に入り始めたぞ?あの特徴的だった語尾の面影すら今のカノンには残っていない。メイドらしい敬語口調に猫娘らしいにゃの口癖。透き通るような声音から一変した撫で声。一体どれほど練習したらここまで様になるというのだろう。進はあまりのカノンの変わりように驚きながらも、されるがままにカノンの方へと行く。
カノンは現在ソファに座って待機している。そこで例の"アレ"をするわけだ。カノンに近づくに連れ進はまだ若干混乱している頭の中で、微かに期待をしてしまったのをどんどん自覚していく。
して、"アレ"とは一体何なのか。それは次の瞬間に理解することになる。
「ふふっ、緊張しにゃいでくださいね。さぁ、ここに横になって?じゃないと耳かきができないですからにゃ。」
「じゃ、じゃあ……お邪魔……します。」
進がガチガチになりながら受け答えをし、横になった先はなんと……カノンの膝の上であった!!!
そう、カノンはご奉仕の一環として進に耳かきを提案したのだ。奉仕なんてしなくていいと遠慮する進をカノンは持ち得ている己の声、顔、そしてこの前の演技で身に付けた振る舞い方や仕草をフルで活用し、そして自然なやり方で承諾させることに成功したのだった。今のカノンに羞恥心など存在しないことは言うまでもない。恐らくアドレナリンドバドバだ。
「ひゃっ、あ、うぅん…あ、ふふふっ…んふっ……く、くすぐったい…」
「ご、ごめん。」
さっきの声が聞かれて流石に恥ずかしくなったのかぎこちない笑顔を浮かべるカノン。しかし、その声音は幸せに満ち溢れているように聞こえた気がした。
ふわり、と後頭部にまるでマシュマロかと思うくらいの柔らかな感触がした。いい匂いもするし、何よりなんだか安心すら覚える。これは何だったか……そう、この感覚はまさしく布団にくるまっている時に近い物だった。
(あ、あぁぁぁぁぁ……わた、私の膝の上に進がいるのだわ…!貴方の事を直に感じる。貴方の熱や、心臓の脈打つ振動だって伝わってくる…!正直、今すぐにでも目の前にある貴方の顔を包んで抱き締めたいっ。でも、それは我慢よ。私は進を癒さないといけないのだわ。私のせいで逆に疲れさせたら訳ないんだから。)
「お、重くない?」
「いいえ、ぜーんぜん?」
「……そうですか。」
カノンの変貌の仕方に動揺を隠せない進。気づいた者もいるかもしれないが、進には極度の緊張状態に陥ると敬語口調になってしまうという癖がある。それを誰に話すといったことは別にしていないのだが、もしかするとカノンがそれに気付いているかもという可能性もなくはなかった。
(今のカノンの話し方、妙にセクシーだった……俺をからかっているみたいな無邪気さすら感じる。)
「そろそろ始めても良いですか?」
こくりと小さく頷く進。その際に生じる太ももの肌と髪の毛が擦れる感触が今のカノンには心地よかった。なんというか、心の中から擽られている感覚だった。
「…んっ」
耳かき棒を耳穴に入れると、進が小さく声を漏らした。普段聴かないような可愛らしい声にカノンは
(えっ…な、何今の……?進ってこんな声も出せるの?………な、何でだろう。急にドキドキしてきたのだわ。も、もっと……聞きたい、かも。)
本人は気付いていないだろうが、此が所謂萌えキュンというやつだ。メイド服も相まって丁度いい感情だろう。尤も、萌えキュンをするべきは進の方なのではあるが。
「どうですにゃ?気持ちいいですか?」
「あ、うん……すっごい良い。」(膝枕の時点で最高だけどな。)
「えへへ…良かった。…………あっ」
安心してしまい、つい素の自分が出てしまったカノン。ここに来て進がそんなことを気にするとは思えないが、ここまで来たらカノンは最後まで役になりきろうと思った。その為、次は気を付けようと心がけるカノンだった。
(そういえば……キリコが言っていたわね。確か、オノマトペだったかしら?音を言葉にしたもので、それを耳元で囁いてあげるとリラックス効果が見込めるって。それもやってみるのだわ。)
「カリ、カリ……」
「!?」
「ここも…こうして……カリ、カリ…」
ぶっつけ本番ではあるが、実践に移してみるカノン。効果は抜群だったようで、順調に進の脳をとかしていく。いつもより甘えた声で、それも眠くなるような囁き方だった。
「ふふっ、こうしてみると…ご主人様って、かっこいいだけじゃなくて……何だかちょっぴり、可愛くもあるようにゃ……にゃいような……私の膝の上で小さく呼吸を繰り返しているだけなのに、無意識にそう感じちゃいますにゃ。」
進の耳めがけて囁くのだからそりゃ勿論この言葉もダイレクトに脳に伝わってくる。それを踏まえても、カノンの語りは進をドキっとさせるには十分だった。
そして暫く経った後、カノンは耳かきを止め口を開く。
「じゃあ次はー……梵天ですにゃ。」
梵天とは、耳かき棒に付いている白い綿の部分だ。使用用途は、耳に残った細かいカス等を綺麗に拭き取る事だ。
「ぽふぽふ…ふわふわ……ここら辺をなでなでしながら……くるくるくるー……」
再び夢のような時間へと誘われる進。次第に緊張もほぐれていき、徐々にリラックスするようになってきた。そしてまた暫く時間が経ち、そろそろ梵天も終わりを迎えようとしていた。
「はい、梵天も終わりですにゃ。では最後に……ふー…ふー……」
「うひゃぁ!?」
完全に油断していた。耳に息を吹き掛けられたのだ。ビックリして体を震わし声を上げる進。
「うふふ…体、びくってして……かわいい。」
無意識に紡がれるその言葉に進は更に羞恥を加速させていった。
「じゃあ次は反対のお耳をお掃除します。顔を此方に向けてくださいにゃ。」
新たな指示に最早進は抵抗することなく静かに従った。今の進は何をしても恥ずかしいだけだった。どの動作がカノンにかわいいとか言われるのか分からないのだ。男にとってかわいいはあまり言われたくない言葉なのである。だからなるべく避けたかった。…………だが、その実少し、ほんの少しだけそんなことを言われるのもなんか良かったりーなんてのも……あるかもしれない。
そして、くるりと頭の向きを変えた時だった。
「ひにゃあ!?」
可愛らしい悲鳴が辺りを木霊する。何事かと寝ていた顔を上げようとした時、スッと手伸ばされ制止された。
「え、えと…す、進の鼻息が私の…お、お臍に当たってビックリしただけ……だから……気にしないでほし、ぃな……」
「…………わかった。」
気まずい空気感が辺りに漂う。カノンは進の鼻息にピクッと反応を示し続けるが、それでも進行の邪魔をさせないために必死に耐えていた。
とそんなハプニングがありながらも、カノンは着実に進の事を癒していった。
今回のこの作戦、名前が『進を癒してカノンに構う余力を蓄えよう作戦!!』となっている。名前の通り、カノンが進を癒し構うために必要なエネルギーを貯めると言ったものなのだが、何故コスプレまでしているのにこんな回りくどい作戦を行っているのか。それにはカノンの想いが関係していた。
そもそも、当初の計画ではコスプレ姿のカノンを進に見惚れさせ、その上でカノンが進に迫って後は……みたいな感じだった。しかし、その提案を聞いた上でカノンは改善案を唱えたのだ。それが先ほど言った通りのことである。進の純情を騙すような事をするのは少々心苦しかったカノンが、せめて普段の疲れが癒されて欲しいと思っての提案だったのだ。心苦しいというのにこの作戦を実行してしまう己の欲望に若干呆れてしまうものの、そこはまぁ恋人だから仕方ないということで割りきった。
進が耳かきを受け入れてから暫くの時間が経った。カノンはもう片方の作業も完了させ、顔の見えない進に対して呼び掛ける。
次は皆と散々練習した手料理のオムライスを振る舞おう。本人の口に合うか心配だが、進なら喜んで食べてくれそうな気がする。
根拠のない妄想がカノンの頭の中に広がる。だが、どんなものにも根拠が必要なのかと、進はこういうときに言うのだろう。カノンはそんな進の前向きな所も大好きだった。
「……?」
起きて、と呼び掛けて数秒が経過した。だと言うのに一向に動き出す気配がない。違和感を覚えたカノンはもう一度声をかけた。しかし、やはりというべきか進は一切の反応を見せなかった。
「す、すむ……?」
進が動かないと脳が認識した途端、焦燥がカノンを支配した。
おかしい。さっきまでおどおどしていて、ドキリとしてしまうような声を漏らしていたというのに、この静まり様はなんなんだ。まさか、これは夢?もしかすると、この世界はあの日進が死んでしまったショックで作り出した私の妄想の世界なのではないのか?考えても見ろ。普通死人が蘇る訳がないんだ。非現実的な現象が起きている。それを皆何食わぬ顔して受け入れて生活している。そんな世界、まやかしの可能性の方が高いに決まっている。こんな寝起きに悪い夢、何度も何度も見てきた。今回もきっとそうだ。根拠ならある。なぜなら似たような夢を何度も見てきた私だからこそこの世界の違和感に気づくことができ───
「っ、ち、ちがうっ!」
あり得るはずがないのに、あらぬ想像をしてしまうカノン。冷静になるために一旦深く呼吸をする。
「なわけ、ないっ……そんなわけ…ないわ……」
激しく胸を打つ心臓を抑え、さっまでの己の思考を否定する。
「あの夢にはなかった、貴方の体温、触れているという確かな感覚、そして生きている証であるその息をする音。それがあるだけでもこの世界は嘘じゃないって、すぐ分かることじゃない……!」
一瞬でも世界の存在を信じきれなかった自分が憎くなる。だが、ここでカノンは踏みとどまった。
「今は、進の事を癒しているのよ?私の下らない感情に進を付き合わせるなんて、そんなの駄目なのだわ。しっかりしなくちゃ。」
不安定な精神状態の自分にそう言い聞かせる。この時、カノンは思った。トラウマとは、なんと恐ろしいのだろうかと。過去の産物に囚われる人間の心はなんと繊細のだろうかと。心は脆い。時には生きる上でデメリットでしかないこともあるだろう。しかし、心があるから人は愛を知れるのだ。心があるから互いを支え合っていけるのだ。だから今の自分は幸せなのだと。そう思わざるを得なかった。
仕切り直そう
心の中で整理するカノン。一旦この事は頭の隅に追いやって、今は目の前のことに集中しようと考えた。
「ご主人様?もう終わりにゃしたよ?」
ゆさゆさと進の体を揺らすカノン。
「…?ほ、本当にどうしたの?」
不可思議な状況にカノンはつい設定を忘れて素の喋り方を見せてしまう。しかし、もう今のカノンはそんなことに構っていられるような状態じゃなかった。指ひとつ動かす気配のない進に対し、カノンはいよいよ大胆な行動に出ることを決意する。
「しょうがない……ごめんね?」
膝の上で横になっている者を自身の手で動かすというのは少々気が引けるが致し方無い。カノンは1つ断りをいれてお腹の方へと顔を向けていた進を仰向けの方へと転がした。
「……あら。」
そこには
「……スピー……グゥー……」
幸せそうに眠っている進の顔があった。
「なぁんだ…焦ったぁ……」
安心しきった表情で眠っている進。それを見ていると、クリーチャー世界にいた頃を思い出すカノン。
安心した寝顔。それは強者にしか許されない表情だ。負けたことのないクリーチャーはどこでも寝れるし、力も抜けている。逆に、弱者は常に周囲を警戒しなければならないため、寝ていてもその表情は俄然険しいままなのだ。
当然のことではあるが、進の表情のことを考えるとどれだけカノンが信頼されているのかが分かる。その事実が目に見えて分かるだけでカノンは心の奥底から熱い何かが沸き上がるのを感じていた。
「思えば、進の寝顔をちゃんと見たこと無かったのだわ。病院の時は……気が気じゃ無かったし。」
苦い想いで蘇り嫌悪感のある顔をするカノン。しかし、そんな顔もすぐに柔らかいものへと変わり
「……ふふっ、よーく眠っているのだわ。」
まるで聖母かと見間違うほどに美しい表情をカノンは浮かべていた。
「ちょっと、悪戯しちゃおっかな………えいっ。」
つん、と進の頬をつつくカノン。
「っ……変、だなぁ。今まで進の事、かっこいいとしか思ってなかったのに……今日はなんだか可愛く見えてる。あーもうっ!貴方のためにこんなに用意してきたのに、寝ちゃったからできなくなっちゃったのだわ。そんなことも知らないで無防備に私の前で寝てると……」
ニヤリと笑みを浮かべると、カノンはそのまま
「ほらっ、こんな風にー……ツンツン……びよーん……どう?ほっぺたをつついたり、伸ばしたり。そして───ぎゅ~~……なんて、顔に抱きついてみたり。」
オノマトペの癖が抜けないまま、気の赴くままにやりたいことをやった。
「本当に寝てるんだ。私の中で小さな寝息をたてて……ふふっ、ほんとに、今日の進はなんだかかわいい。唯さんみたいに撫でてみたらもっと心地よく眠れるかしら?よーし、よーし。良く頑張ったわね。今日は思いっきり私に甘えて?……なんて。あ、口元が少し緩んだ。少しは良くなった…のかしら。」
進の反応を楽しむカノン。
「…………まだ、面と向かって言うのは恥ずかしくて言えないんだけどね……唯さんに言った言葉があるの。貴方が寝ている間なんてずるいかもしれないけれど───私、進の事を愛しているのだわ。好きなんて言葉じゃもう止められないの。今はまだ勇気がでないけど、何時か絶対、絶対伝えてみせるから──」
それまで、私の側にいてください
「…!今……」
ピクリと、進の体が震えた気がした。
「……気のせい、よね。」
カノンは悪いことをもう考えないようにと頭を振り、進の寝顔を観察し悪戯をすることに集中することにした。
「………甘い。これが、恋人…っ、違う。今はそれどころじゃなかった。」
ここはカイトの研究所。そこにいたキリコが一人、なにかを見て呟いた。
「悪いことだとは思う。でも、私の直感は正しかった。彼こそが……
シリアスな表情で見ている物は
絶賛作戦実行中のカノンの様子だった。
モニターに写し出されたそれは鮮明に状況をとらえ、隠しカメラの画角からは考えられないほどクリアな音が拾われている。どんな技術かは分からないが、キリコは今カノンたちの全てを細かく観察することができていた。
「何をしているんだい、キリコ?」
「……マスター。」
後ろから声をかけたのはキリコのパートナーである水の守護者カイトだ。キリコはいつの間にかシャットダウンされていたパソコンの画面を背にするように振り向く。そして口を開いてこう言った。
「相談したいことがある。」
「相談?珍しいな。何かシティのイベントでも思い付いたのか?」
「違う。それよりも重要かもしれない事。」
「…そうか。是非、聞かせてくれないか。」
キリコの無表情にも近しい顔を見てカイトは何かを察した。誰よりも近くにいる彼だからこそ感じとることが出来たのかもしれない。話が早くて助かるとカイトに感謝するキリコは、重い口を開きその衝撃的な情報を自身のマスターに告げるのだった。
「未来が、演算できない。」