「店を閉める事になった?」
「……そうだ。」
ここは喫茶拘りブラック。いつも通り仕事をして、時間が来たので帰ろうとしていた進とカノンだったのだが、今現在何故か店長に呼び止められ小部屋で会話を交わしていた。
そして告げられた驚きの情報。進はすぐにはその言葉の意味を呑み込めず暫く放心状態になっていた。
「えっと……その、理由を聞いてもいいですか?」
カノンが難しい表情を浮かべながら店長に質問する。店長は申し訳なさそうにしながらポツポツと言葉を吐くようにして説明した。
「まぁ、なんだ。お前らは俺の店のコーヒーやアイス、その他一部の原材料をどうやって仕入れているか知ってるか?」
「は、はい。確か豆は自家栽培で牛乳は親戚の牧場からもらっていて、その他の材料はご友人の会社から仕入れているのでしたよね。」
「お、何気ない日常会話を覚えてもらってるってのは嬉しいもんだね。」
(まじかよ俺忘れてたわ。すげぇなカノン。)
「それがどうかしたんすか?」
「うん、普通にどうかしちゃったんだよそれが。」
「……なんか軽いっすね。」
店長のあっけらかんとした態度に突っ込みを入れる進。それとは対照的にカノンは心配の眼差しを店長に向けていた。
「そりゃお前、起こっちゃったもんをずっと考えててもしょうがねぇからな。それこそ焦ってたら無駄なことをしちまう可能性があるし。んで、その起きちゃったことなんだけどな……単純なんだが、豆と原材料のほんの一部の6ヶ月分の量の計算をミスっちまっててな…いつもなら定休日に取りに行ってるんだが、至急向かわなきゃならなくなっちまったんだ。じゃやきゃ年末までに材料が尽きちまうんだよな。だから暫くの間ここを閉めようかと思ったんだ。」
「あ~そういうことっすか。店長拘り強いですもんね~。材料の枯渇は商品のクォリティを下げることにも繋がりますし、足りないなんてことになったらどんなトラブルが起きるか分からないっすからね。」
「お、分かってくれるか!いやぁ参ったな~おめぇらみたいな若いもんに迷惑かけちまうなんて。」
「なるほど……確かに店長さんならそう考えそうなのだわ。」
ガハハと頭をかきながら豪快に笑う店長。その笑顔は何処かひきつっていたように見えた。
「それで?その肝心の閉店期間ってどのくらいなんすか?」
ピシリ、と部屋の空気感に亀裂の入る音がした。瞬間、店長の顔色がみるみるうちに青くなっていき、自然とその笑みも消えていった。
「そ、それ聞いちゃう~?ハハハ……」
「勿論ですとも。俺たちにも生活があるんですから、長い間は待ってられませんよ。」
「うっ…!」
じわじわと責め立てていく進に店長は思わずたじろいだ。
「………………」ジーッ
「か、カノンちゃんまでッ…!」
いつの間にかカノンも疑念の視線を向けている。和やかだった部屋の雰囲気がこの一言で全て引っくり返ってしまっていた。今ここに、店長の味方はいない。
「…………三週間、です…」
「「…………」」
幾つかの静寂。やりきれない感情を内にしまいこみこの空気感に店長が耐えていると
「「ウソっ…?……あっ」」
二人は偶然か声を揃えて同じ言葉を吐いた。ハモったことになにか思うのか、あっと再び声を重ねている。含みのあるアイコンタクトを取る二人。店長は全く持って理解できていなかった。因みにその内容は大体『カノン(進)も同じこと思ったのか(んだ)。』といった非常に地味なものである。
「って、いやいやいや!それヤバくないっすか!?俺もカノンもここでしか金稼げないんすけど!!」
「困ったのだわ…どうしましょうか……」
ワンテンポ遅れて順当な反応をみせる二人。その様子に店長はばつが悪そうに目をそらしながら口を開いた。
「そこはまぁ……安心してくれ。」
「……え?」
「安心って、そんなのどうやってすれば良い「良いから、聞いてくれって。」……は、はい。」
やけに落ち着いている店長。こういうときの店長はウソをつかない。何となくだが、それを察した進は少しだけ焦っていた己の心を落ち着かせた。
「いきなりこんな話するのは流石に無責任だと思うんだよ。てか、普通に無責任。だからさ、その間に稼ぐはずだった金とかは手当てとか補償とかで俺の方から何とかしとこうって寸法さ。本当に悪いんだが、それで呑み込んでくれないか?」
なるほど、そういうことか。大人の世界はまだ良く分からないのでどういう仕組みなのかは理解しかねるが、それでも理屈は理解できた。それならば、後の事は店長に任せるとしよう。
進は店長の言葉に「わかりました。そういうことなら大丈夫です。態々俺たちの為にそこまでしてくれてありがとうございます。」と言葉を返した。
カノンも何とか分かってくれたようで、店長に対して労いの言葉をかけていた。
…………つまり、俺たちは今から早めの冬休みに突入するってことらしい。
「ふーん、だからあんた家でゴロゴロしてんのね。」
「そ、最初はやったー位にしか思ってなかったんだがな。でも仕事やらないとなると途端に暇になったと言うか……まぁそんな感じ何だよな今。」
ここは白守進の住むアパート。そこで進は現在白守唯に以前あった出来事を話していた。
「……運が良いわね、あんた。」
「ん?何が?」
突然意味不明なことを言い出す唯。意味深にニヤニヤしている唯を軽蔑しつつも、進はとりあえず唯の言葉を待つことにした。
「私、もうすぐ帰るじゃない?」
「うん、そうだな。」
「進って年末はどう過ごす気なの?」
「え?ま、まぁそうだな~……できるんだったらカノンと一緒に居たいなーってのはあるけど、それが?」
「それってつまり、今年はもう実家には帰ってこないってことよね?」
「ん~そういうことになるな。なに?結局何が言いたいわけ?」
意図の分からない質問責めにしびれを切らしたのか、進がズバッと思ったことを口にした。
「あんたはまだ有給も貰えないし、休みも長く続く訳じゃない。実家に帰るタイミングが無いのはしょうがないことだと薄々思ってはいたんだけどね、三週間もお休みを頂いたんでしょ?だからね…どう?私が帰るついでに送ってあげるから、少しの間帰ってみない?」
それは母親の切実な提案だった。親離れした子供を親が引き返すというのはよくある話だろう。それは単純な寂しさから来るものなのか、はたまた別のものなのか……理由を挙げるとキリが無い。唯が進を誘った動機は不明だが、言わんとすることは理解できた。
「ふぅむ、なるほどな。実家帰り……」
「悪くない話でしょ?あんたも故郷が恋しく思ったときがあるんじゃない?それで、どうする?」
期待の眼差しで悩んでいる進を見つめてくる唯。ここまで子供のようにワクワクしている大人を見たことがない。心のなかでそう思いながら、進はいつの間にか導きだしていた結論を、唯に対して話した。
「悪いが、断らせて貰う。」
「えーっ!!なんでぇ!?」
ショックを受ける唯。それを無視しながら淡々と話を続けた。
「そもそも家でてから一年も経ってないし、別に恋しくも思ってないんだよな。これが家でて3、4年目とかだったら分かるんだけど……ま、別にいっかなーってそう考えた訳。だからごめんだけどその提案は却下で頼む。」
自身の言い分を共有する進。因みに、その他にもちゃんとした理由があるらしくその理由が、休み期間中はデュエマを街でしまくってカードショップを練り歩き回りたい、というものらしい。
「あんた、相当この生活気に入ってるのね……これは強敵だわ。」
「んな大袈裟なこと言うなよ。デュエマが好きな俺にとってこの街は天国みたいなもんなんだから当然だろ。てか、まだ諦めてねぇのか。」
う~ん、と唸り声をあげる唯。腕を組んで悩んでいる様はまさに進にとっての頭痛の種であった。
(早く帰ってくんないかなー……いや、今の言い方はダメだな。でも正直ちょっとウザイって言うか…あの事件以来俺にくっつきすぎ。どうにかしてソフトに対応して帰らせることはできないもんかねぇ。)
幾ら母親、そして人生の恩人であろうと、進にだって譲れないものがある。年頃の思春期の少年が住む狭いアパートの一室に親がいても余りいい気分にはならないだろう。ましてや現在青春真っ只中だ。尚更早く帰ってほしかった。
「あっ、そうだ!」
(っ!!うわ~なんか思い付いちゃったよ。母さんこういうとき変に頭キレるから次の言葉に気を付けなきゃやべぇぞ。)
白守家あるあるその一
白守唯は突然の思い付きという最早特殊能力にも近い特徴を持っている。例えば、最初断った提案を魅力的なものに変換して瞬時にもの申してくるとか、そういった小さな臨機応変に唯は非常に強いのだ。これに進は何度も引っ掛かっている。因みに、このあるあるが続く保証はない。
嫌な予感がして思わず身構える進。そこに唯がニコニコとした表情で進にこう語りかけた。
「なら実家じゃなくて私の旅館に泊まってかない?あそこなら別に実家って訳じゃないし良くない?」
「……そう来たか。」
やはりこの女、交渉がうまいっ!強すぎず弱すぎずの絶妙な条件に思わず悩んでしまう進だった。
唯の職業がパティシエであるというのについては既に周知の事実である。だが、もっと詳細に話すと唯は先程でてきた旅館は……そう、察した方もいるかも知れないが唯はその旅館専属のパティシエなのだ。しかもその旅館、実家のすぐ側にある。
「あんた、何気にあそこに泊まったこと無いでしょ?」
「それはまぁ、うん……そうだけどさ……」
「前に一度で良いから泊まってみたいって言ってたし、タイミング的にも色々丁度良いんじゃない?」
「確かに、あー…いや、ほんとそうなんだけどね~……」
煮え切らない相槌ばかり打つ進。唯は進が速攻で承諾してくれると思っていた為、怪訝な表情をしながら質問をぶつけた。
「何がそんなに不満なの?」
「ん?そうだなぁ…しょうもない不満かもしれないんだけど……金をあんま使いたくないんだよ。ただそれだけ。マジで。」
正直な自身の気持ちを吐露する。その応えに唯は少し考え込む素振りをして、そして数分後
「なら少しまけとくわ。確かにうちの旅館は高いけど、あんたが払えるくらいの金額にはしておく。しかもプランは最上位のものよ!どう?これならどうかしら!?」
と経営者涙目のふざけた提案をするのだった。その案に対し進は当然そんなことできるのかと疑問に思……
「っ!!(キタっ!!その言葉を待っていた!)そこまで言われちゃあしょうがないな~。あーあー、折角デュエマシティで遊びまくれると思ったんだけど、そんな好条件出されたら断れねぇし行くしかないか~。」
うこと無く、すんなりとその約束ごとを受け入れており、違和感を覚え聞き返すどころか逆に乗り気になっていた。何故唯にそんなことができると彼が信じて疑わないのか。それはまだ分からないが兎に角この話は進が里帰りをするという結論に落ち着いたようだ。
こうなると唯の帰る日が待ち遠しくなってくる。あの旅館は世界一の旅館だ。近くで見てきた進だからこそそう思える。だからこそ一度も泊まったことがない分、ワクワクも尋常じゃなかった。上機嫌になる進。そこに、唯が声をかけた。
「でも一つだけお願いを聞いてほしいの。」
「え?」
突拍子のない話に思わず声がでる。それを無視して唯は話を続けた。
「この里帰りをする前に……一回だけカノンちゃんを誘ってみてくれない?」
「……は????」
『あ、あとウェディングさんも一緒にお願い!』という声を聞き流し硬直する進。訳の分からないお願い事に困惑を隠せなかった。
「やっぱりね、カノンちゃんにはお世話になってるんだし、何より彼女さんだし!あんた一人だけ泊めるなんて面白くないと思って!」
「い、いやいや!んな急に言われたって困るだけだろ!準備とかもしなきゃなんないだろうし……それにカノンにあんな高い金使わせるわけには───」
「もしカノンちゃんを誘えたら、更に安くしてあげるわよ。通常プランよりちょっと下くらいにね。」
「おーけー。今すぐ連絡してみる。」
それなりの理由と申し訳なさでちゃんと断ろうとしていた進だったが、唯の敏腕交渉術を前に一瞬で撃墜されてしまった。素早く携帯電話を取り出し電話をかける進。この時の進は知らなかった。まさかこの選択が、後に未来の自分を色々な意味で大変にさせてしまうことになろうとは。
一定の音程、リズムで鳴り響くコール音。携帯電話を耳に当て暫く待っていると、ほどなくしてその音が途切れた。繋がった証拠である。進はもしもしと、最初に言うべき常套句を口にしながら電話越しにいるであろう最愛の人に対して早速話をもちかけた。
「カノン?悪いなこんな遅くに。」
『ううん、気にしてないのだわ。それで、一体どうしたの?』
「いやーな、それがさ───」
事の経緯を伝える進。唯がそろそろ帰ること、旅館に泊まらないかと誘われたこと、かなり安くで泊まれるからカノンたちもこないかと提案されたこと。さっきの出来事を詳細に、一切の伝え忘れなく話した。
「どうだ?そっちの都合が合えばでいいんだが……くるか?」
『……そのくらいの値段なら行けそうなのだわ。でも……それって唯さんの旅館的には大丈夫なの?話を聞く限りじゃ、すごく良さそうな旅館みたいだし、やっぱりそれなりの値段が普通は発生するんじゃない?それを三人分もなんて……』
声の抑揚の仕方を聞く感じ、カノンはとても行きたがってはいるのだろう。しかし、三人という決して少なくない人数の減額は流石に気になるようで、遠慮してしまっていた。
『大丈夫、それは心配いらないよ。電話で話すには長くなるんだけどさ、うちにはそれをできるくらいの事情があるんだ。多分これを聞いたらカノンも納得してくれると思う。それぐらいの理由だ。こんなことで言うのもなんだが……俺を信じてくれないか?理由は後日ちゃんと話すから。』
進の熱心な説得。その裏には、できればもっと安くで泊まりたいという願望と、カノンと一緒に泊まりたいという欲望まみれの思いが隠されていた。少しの静寂のあとカノンはゆっくりと話を続ける。
『……分かったのだわ。そこまでいうのなら…いきなりの休みで特に予定も無かったし……うん、そのお誘い、喜んで受けさせて貰うのだわ!』
「おぉ、そうかぁ!分かった、母さんに伝えとくよ。それじゃ計画は後で一緒に考えよう。準備の仕方も分からないこととかあったら教えてくれ。多分この世界で旅行みたいなことするのって初めてだろ?」
『本当だ、言われてみればそうね。ありがとう。お言葉に甘えさせていただくのだわ。』
「おう、どんどん甘えちゃってくれ!遠慮しなくて良いからな!」
『ふふっ、調子良いんだから。でも頼りにしているのだわ。唯さんにも誘ってくれてありがとうございますって伝えてね。』
「分かった。じゃあそろそろ切るな。お休みー。」
『えぇ、お休みなさい進。』
すっかりこの関係に馴染んだ二人。夫婦とも思えるような仲睦まじい会話を終え、電話を切った。
(改めて、進は彼女さんを作ったんだなって実感するわ~。それもあんな綺麗な子を……不思議ね。私も自然と嬉しく感じちゃうわ。そして……その子と進は今同じ屋根の下で夜を共に過ごす約束を交わした。進も後々事の重大さに気付くのでしょうけど、先ずは私の作戦勝ちね。これで更に良い思い出をつくって貰えれば…母親冥利に尽きるってもんよ!)
裏でほくそ笑む唯に気付かない進は、先のことを考えてニコニコとあからさまに浮かれていた。
「早く早くっ、急いで中に入ってちょうだい!」
「お、お邪魔しますっ!!」
「唯っ、私はここで良いんですね!?」
「そうそう、あとはその窪みに手を引っ掻けて引いて!」
「わかりましたっ。」
「……ついてねぇな。」
ここは白守唯の所持する車の中。そこに向かう四つの影があった。その正体はお察しの通りカノン、ウェディング、白守進、白守唯である。進が気だるげに呟くのに気付くこと無く三人は焦燥に駆られながらいそいそと車へと乗車していく。何故こんなにも慌てているのか。その理由は
「ふぅ、何とか乗り込めたわね。カノンちゃん、ウェディングさん、大丈夫?」
「はい、何とか平気です。」
「わ、私の方も特に問題はありません!」
「ほんっと、あんたの言う通りついてないわねぇ。まさか予報無かったはずの大雨がここに来て降りだすなんて。」
一度外出するが最後、びしょ濡れ確定であろうレベルの大雨が降っていたからだった。大雨と言っても走行不可になるほど酷いものでもなく、ただ単純に普通の雨より降水量が少し多いくらいのものである。
「荷物はギリギリ詰め込めたのが不幸中の幸いかしら。でもなぁ……もうっ、幸先悪いわね。っとごめんね、こんなこと言ってる場合じゃないわ。早くいかないと今日は混むかもしれないし、もたもたして居られないわ。」
後ろめたい感情を圧し殺し明らかな話の逸らし方を行う唯。一同もその言葉を聞き気持ち新たに出発することにした。
現在の席順はこうだ。唯がドライバー席、ウェディングがその隣、カノンと進が後部座席だ。丁度四、五人乗れる車なので後部座席のスペースはそこまで狭くない。因みにカノンと進はいつもより距離が近く、それが何時間も続くと分かっているので結構ドキドキしていた。
それはそれとして、カノンとウェディングは初めて車と云うものに乗る。慣れない車内独特の匂いや座席の肌触り、そのどれもが新鮮で二人はほんの少しだがワクワクしていた。その中でもやはりカノンの感情の昂り様はウェディングのそれを越えている。ウェディングの思いが少々興味がある、位のものだとするとカノンは、初めて遊園地の遊具にのる子供だ。それくらい熱量に差があった。
「ウェディングさんは、シートベルトした?」
「…?シートベルトとは一体なんですか?」
「………なんだか新鮮な気分ね。まるで日本に来たばかりの外国人さんを相手にしている時みたい。こんなに綺麗ななりをしていて本当にこの世界の住民じゃないなんて、信じられないわ。」
「…面目ないです。」
「あっ、いやいやいや!違うのよ!?別に皮肉を言った訳じゃ──」
「その否定が尚更怪しくさせてるぞ。」
「…あーん!なんで進までそんなこと言うのよー!」
一息ついてからのこの落差。幾ら歳を取っていようがエネルギーが有り余っていそうな唯を見ていたら、カノンは自然に進と唯を重ね合わせて考えてしまった。そして思うのだ。
(ふふっ、ちょっぴり騒がしくて、それでいて元気が貰えるようなあの仕草。頭の撫で方のことも思うと、二人は親子なんだなぁって感じるのだわ。)
二人の関連性、そこから推測できる育たれ方と生活の様子。それはきっと傍見て非常に微笑ましく、そして唯は進に手をやいていたのだろう。その過程があったからこその今であり、幸せなのだ。カノンは感謝していた。こんなに素晴らしい人と会わせてくれてありがとうと、進を大切にしてくれてありがとうと。
(それに今回のこの旅行、これも唯さんとのご縁があったからなのよね。本当に、感謝してもしきれないのだわ。)
きっと過去の自分にこんな充実した生活を送れていると言っても信じて貰えないだろう。そう考えると何とも感慨深いなと思うカノンだった。
「よしっ、ウェディングさんもシートベルトした訳だし出発するとしますか!」
「今日はお願いしますね、唯。」
「私からも、お願いします!」
「まっかせときなさい!」
二人からの言葉に唯は珍しくやる気みたいだ。進は妙にテンションの高い母親に違和感を覚えるも、そこまで気にすることはなく車は目的地へと車輪を回し始めるのだった。
「白守進、あの派手な置物がある施設は一体?」
「んあ?あー、あれはボウリングって遊びをする施設だな。あのでっかく立ってるのがピンで、そのピンを重いボールでぶっ倒すんだ。」
「ではあの車が並んでいるのは?」
「あれはドライブスルーだ。車に乗ったまま飯を注文できて、それをそのまま受け取れる。時間がない奴とかが良く使ってるイメージがあるな。」
「ふむ……ここらは知らないものばかりですね。デュエマシティが如何にデュエマに関するお店を設置していたのかが伺えます。」
「そうだなー。シティにもあるっちゃあるんだろうが何しろ広いからな。三年くらい時間使わねぇと街中把握するなんて無理だろ。」
車を走らせてから大体二時間が経った。シティを抜け出した先にあったのはデュエマというものに注力している訳でもない、普通に人間が住むような平凡な街だった。カノンとウェディングからするとその光景は何もかもが真新しく、目を輝かせていた。ウェディングに至っては現在のような質問責めをしている。さっきまで車の機能に静かに驚いていた人物と本当に同一の者なのかと疑わしく思えてくるくらいの変貌ぷりである。因みにカノンも例外なく興奮していた。音楽機能がえらく気に入ったらしい。
「あ、そうだ。あのーところでなんですけど……」
「んー?どうしたのかしら?」
カノンが唯に声をかける。
「結局その旅館の料金を下げられる理由って何なんですか?」
「あぁ、その事ね。んーそうねー…色々複雑何だけど、簡潔に言うのだとしたら───私が只の旅館の一従業員じゃないから、かな。」
「「?」」
唯の言葉にカノンとウェディングは首を傾げる。そんな二人を気にすることなく唯は話を続けた。
「カノンちゃんはこの世界の住民じゃないから知らないと思うけどね……今から行く旅館って世界的に見ても結構有名なとこなの。」
「へぇ~、そうなんですね。」
「ですが、それと唯の発言の一体どこに関係が?」
「あら、ウェディングさんも気になるの?そうねぇ~何処から話したものか……」
小さく唸り声を出す唯。暫く悩んだ後、唯はゆっくりとその口を開いた。
「重要文化財ってわかるかしら。」
「う~ん…ごめんなさい、ちょっとわからないです。」
「重要文化財……何となくですが聞いたことがあるような気がします。確か、建造物や芸術物など、過去に作成された歴史上価値のあるとされるものを指す…でしたか?」
「凄いわ!良くわかったわね!この世界に来てからまだ日も浅いでしょうに。」
「そ、そうですか?まぁ、カノンがお仕事をしている間、少しでも役に立てればとこの世界の資料や書物などに目を通していますからね。これくらいは当然かと思われます。買い被りすぎですよ。」
「ううん、それでも凄いわよ!慣れない世界でのお勉強なんて普通できないんだから。カノンちゃん、貴女のパートナーは素敵な方ね。」
「はいっ!」
得意気に頷くカノン。たまに困ったこともするウェディングだが、それでも褒められたら私事かと思えるくらいに嬉しくなる。カノンの反応にウェディングもまた胸の奥がどこか暖かくなるような感覚がした。
「それで何だけど……ま、察してるかも知れないけれどその旅館にはとある重要文化財があるのよ。」
「なるほど、旅館そのものでなくそこにあるものが飽くまで重要だと言う事ですか。」
「何があるのかしらね。」
「あーそんなに期待されても…そこまで凄いものじゃないのよ?それに多分そちらの世界ではあまり馴染みのないものでしょうし。」
一息ついて再び語りを続ける唯。
「その重要文化財は……実は庭園なの。」
「て、庭園ですか?」
「ふむ、興味深いですね。一体それの何処に歴史的価値を見出だしているのでしょうか。」
「最初はそう思うよなー。俺も初めて聞いたときはそんな反応だったわ。」
昔を懐かしむ進。進でも驚愕したくらいの庭園が気になって気になって仕方がない二人。二人は静かに唯の話を聞こうと集中していた。
「伝承でしか聞いたことないんだけどね、どうもあの庭園、過去にかなり偉い身分だった男の、所謂貴族的な人が遺していったものみたいで、それが世界的に見ても上位に食い込むくらいの古い芸術作品だったんだって。そして、それを代々守ってきたのが白守家なの。そして旅館はその庭園を隠すようにして構えていて、庭園は特別な時にしか解放されていないのよ。」
「なんと言うか……とても風情あるお話ですね。そっか、そういうことだったんだ。多分、その旅館を経営しているのは唯さん、何ですよね?白守の名を冠しているし、何より私たちの宿泊費を安くしてくれているのが証拠です。」
「ううん、経営しているのは私じゃないわ。まぁ時期に私がやることにはなるのでしょうけど、今はまだ私のお母さんが女将としてあの旅館のトップに立っているわね。」
新情報を続々と話していく唯。カノンはなんだか唯の事を知る度に間接的に進の事も少しずつ知れているような気がして、この時間が楽しく感じていた。
「ということは、唯はお母様方に宿泊費の減額を申し出て今回の値段が実現したのですか?」
「そういうことそういうこと。あっ、言っておくけど全然苦しくなんかないからね!?何ならもっと安くしても良いくらい。うちの旅館は世界中からお偉いさんが会合をするために来るくらいだからお金には困ってないのよ。正直私としてはもう少し安くして一般の人にも来てほしいと思ってるんだけど、お母さんがこの地の価値が下がるから駄目だーってね。」
「ばあちゃん、旅館の事についてはいっつも真剣だもんな。」
「あ、そういえば確かに唯さんのお母さんは進にとってのおばあさんなのだわ。」
「貴方の事について、私たちは何も知らなかったのですね。長く居たわけでもありませんが、かなり密接な関係が続いてきたのでどこか不思議な感覚です。」
ウェディングが思ったままの事を口に出す。カノンは自分の大好きな人の知らない部分を知れているので、興奮覚めやまぬといった感じである。
「そうだなー。考えてみれば、俺ってカノン達に俺の事なーんにも話してなかったな。」
「確か、貴方は元捨て子なのだとか?」
「あー、うん……まぁ、な。」
「初めて聞いたとき、私驚きすぎて一瞬進が死んじゃった事が頭から抜けていたのだわ。」
「そ、そんなにか?……そんなにかぁ。そうだよなー、俺がカノンがどういうことをしていたとかも、俺が聞いたときビックリしたもん。あんまり変わらんか。」
話し変わって次は進の過去話に切り替わる。
「進がデュエマを好きになったきっかけとか、そういうのもよく知らないのだわ。」
「……あんた、カノンちゃんの知られたくない事は知ってる癖に自分の事は何にも喋ってなかったのね。」
「し、仕方ねぇだろ。別に進んで話すような事じゃないし、何より知って貰えたところでって話じゃん。」
「そりゃあ……そうかもしれないけどね。でも、それってちょっとズルいと思うわよ?」
「うぐっ」
唯の言葉が胸に突き刺さる進。その二人の異様な雰囲気にカノンは何となく、ただならぬ気配を感じた。
空気を壊してしまうかもしれない。旅行どころではなくなってしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。
そんな考えが何度も何度もカノンの頭のなかを通り抜けるように通過している。訊くべきか、訊かざるべきか。今カノンに迫られている選択肢はとても重要な事だと本能が告げていた。暫く悩んだ後、漸く答えを導きだした。その結果は
「ね、ねえ進。そのー……良かったらでいいんだけど、ね?えっと…進の過去に何が起きていたのかを教えてほしいなーなんて……どう、かしら。」
僅差でカノンの知的好奇心が勝った。
「あー……それはその、具体的にはどういう話を?」
気まずそうに訪ねる進。若干場の空気感が凍った気がするカノンは、楽しい空間を台無しにしてしまった罪悪感に囚われるが、それでも口を閉じるわけにはいかなかった。
「そうね…例えば覚えている範囲での、進の捨てられる以前の事とか、唯さんに出会うまでの事とか。私にも暗い過去があったみたいに、進の──えっと……余り明るくはなかった話を聞きたいのだわ。」
言葉にするのを躊躇いながらも、そのたじたじな説明でやってのけるカノン。進はカノンの心情を悟ってなのか、とある質問をした。
「カノンはさ、何でそんなにまでして俺の事を知りたいんだ?」
試すような口振りで話を続ける進。
「好きな人の事を知りたいって思うのは駄目なことなのかしら。」
「……どんなに仲が良くても、人には踏み込んじゃいけないラインってものがあるんだぞ。それを分かった上で言ってるのか?」
「それは……確かにそうなのだわ。でも、だからって知れる機会を逃して良い理由にはならない。聞ける可能性があるのなら私は是が非でも聞き出すのだわ。それでも駄目だって言うのなら素直に諦める…けど……自惚れているのだと思うけれどこうして貴方に質問できるのは私くらいしか多分いないと思うの。だから後悔はないのだわ。」
カノンの顔をしっかりと見据える進。その覚悟は進の意思を折るくらいに強かった。
「ははっ、最もだな。質問できるのはカノンだけ……確かにそうだよな。なら当然、俺に聞いちゃうのも仕方ないか。分かったよ。俺の過去、カノンに話す。」
「本当っ!?……っあ、そ、そのっ…ごめんなさい。嬉しくてつい……不謹慎…よね?」
「いいや、別に大丈夫。それに、俺はこの過去の出来事は特に気にしてないんだ。だからあんまり重く受け止めなくてほしい。カノンは話を聞くことに集中してくれ。」
小さな気遣いに進は嬉しくなった。こういった部分もカノンの魅力なのだと再認識する。
「その…すみません。水を差すようで申し訳ないのですが、私も居ますよ?えっと、耳を塞げばよいのでしょうか?」
気まずそうにしているウェディング。ここまでタジタジになっているのも珍しい彼女だが、理由は単純だった。理由は二人のTHE 恋人の雰囲気に飲み込まれていたからである。
「いや、折角なんだ、ウェディングにも聞いてほしい。減るもんでもないしな。それに誰に知られたからって何かあるかと言われるとそうでもないし。」
「分かりました。貴方がそう言うのであれば、私も大人しく聞くことにしましょう。それに貴方には少し興味がありましたので、ちょうど良かったかもしれません。」
そうか、と返事をする進。その次の瞬間、さっきまで穏やかだった空気感が一変した。違和感にカノンとウェディングは何となく察した。
くる、と
「じゃあ早速。あれは……何時だったかな。恐らく7年前…とかになるのか。あのときの俺はな──」
淡々と喋る進。その言葉一つ一つに一切の感情が乗っておらず、正に無関心といった感じだった。まるで嘗てのゼニスのようだと密かにカノンは思った。
オリキャラ作ってるんだから多少は個性持たせないとね!と言うわけで長年暖めてきたネタを投下します。