無垢の守護者と甘い恋   作:しゃべる

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過去は葬れない

楽しいって何なんだろう。面白いって何なんだろう。幸せって何なんだろう。

 

それらを持ち合わせている"玩具"って、"娯楽"って一体何なんだろう。

 

俺はそれが分からなかった。さっき挙げたものの大半を根本から理解できなかった。なんなら俺はそんなものはないのだと心の底から否定してやりたかった。でも、俺が否定したって意味ないんだ。俺が理解できなかったところで何か変わるわけでもないんだ。叶うのなら変わって欲しかった。俺の認識が変わることで世界がそれに会わせてくれたらよかった。でも所詮、そんなことは夢物語の痛い妄想でしかなかったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある一軒家での事だった。

 

「はぁ~?お前なんでこんなことも出来ないわけ?散々教えてやっただろうが。」

 

呆れにも近い男の声がだだっ広いリビングに木霊する。

 

「あ、その……ご、ごめんなさいっ……!」

 

その空間には男の機嫌を取ろうと健気に、必死に謝る幼い少年もいた。

 

「いやごめんてお前、それなぁ……はぁ~あ、ほんと使えねぇ奴。おーい!そろそろコイツ切る線も出てきたかもしれないわ!」

 

「え~それ前も言ってたよ~?」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

そう言いながらケラケラと笑う男。その目線の先には、キッチンに立ってなにか作業をしているであろう女がいた。

 

「ってかそれでもう10回以上は切るって聞いた気がするんだけどぉ~?ほんっとお前役立たずじゃん。控えめに言わなくてもゴミでしょあんた。ムカつくわー」

 

あからさまな威圧感をだす女。その迫力に気圧され、少年は心のそこから震え上がった。恐怖が脳を支配して動機が止まらない。生きた心地がしない。

 

「ご、ごめんなさ───」

 

兎に角機嫌を取らなければ

 

そう思い立った少年は反省の意を見せようと謝罪の言葉を口にしようとした。しかし

 

「え?なんて?」

 

「……え?」

 

何故か更にイライラし始めてしまった女が真顔で聞き返してきた。呆然としてしまう少年。謝ろうとしているのにそれを遮るなんて今までなかったのだ。だから困惑してしまうのも無理なかった。

 

「いや、え?じゃなくない?わかんないの?よくごめんなさいなんて言葉にしようと思ったよね。もしかしてあんたゴミ所かホコリ以下?」

 

隣でそうだそうだー!と愉しげにヤジを飛ばす男。その声は確実に今の状況を楽しんでいるものだった。女の方も面に張り付けた真顔に隠しきれないにやけが表に出ている。

 

「っ……な、なに…が……悪かったんです、か?」

 

言葉足らずの質問をする少年。自分の何がいけなかったのか聞こうと思っていたのに、2人の雰囲気に怖じ気づいてしまったせいで口が回らなかったらしい。

 

「う~ん、強いて言うなら~……あんたが謝る程度のことで許されると思ってるのがムカつくって言うか~、まぁそんな感じかなぁ?」

 

「ぇ…?」

 

余りの理不尽さに少年は無意識に体を震えさせた。

 

「ほんっと、何でこんなのが私達から産まれちゃったんだろうね~。あの時の苦労を返してほしいわ。あ、今も苦労してるか。」

 

女の言葉が頭に入ってこない。少年の心は限界を迎えつつあった。

 

「大体なんでできねぇの?チェス位誰でも簡単に出来るだろ。」

 

男が不思議そうに少年に訊いてくる。その言葉を聞いて少年は目線を下に落とした。

 

少年と男の間にはテーブルがあり、そのテーブルの上にはチェス盤が置かれていた。結果は見てわかる通り少年の負け。一方的に蹂躙された盤面は悲惨という他無い。

 

「大体お前ルール分かってねぇだろ。動かしてない駒ばっかだし簡単に勝てるしで、やってるこっちとしても面白くねぇし何より不快なんだよな。教えてやったよな?なぁ!?おい!!ぜーんぶ一からお前の頭に叩き込んでやったよなぁ!?何とか言えよこのクズがっっ!!!!おい!聞いてんのかおま───」

 

(……いつまで続くんだろな、これ。)

 

ヒートアップする男を無視しながら少年は今までを振り返っていた。思い出される数々の記憶の中に楽しいと感じた瞬間は一秒たりとも存在しなかった。それでも暇を潰すためには思い出して思考の海に沈むことでしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心付いた時から既に地獄は始まっていたのかもしれない。少年の年齢は多分3歳くらいだと思われる。というか、少年自身が己の年齢を気にしたことが無いので分からなかった。

 

「いいか?此は将棋って言ってな、この王将ってのをこの自分の使う駒で取ると勝てるゲームなんだ。」

 

目の前の男がまだ赤子とも言えるほどに幼いかつての少年に話しかけている。

 

この少年は3歳という幼い年齢からして既にある程度まともな会話が可能な知能を有していた。理由は単純。目の前にいる親と思われる男が"英才教育"と称して様々な人間を呼んだからだ。その中には勉学におけるプロフェッショナルと呼ばれる人たちもおり、約一年にして少年は平仮名片仮名、果てには英語を完全に暗記し、更には簡単な計算すらも可能となるといった驚異的な成長を遂げていた。

 

「今からお前にはこの将棋を覚えてもらって、この俺と勝負をしてもらう。安心しろ、ルールは俺が教えてやる。難しくないからな。」

 

傍から見ると異常な光景だろう。3歳の男の子に将棋を教え、相手をするのが良い歳をした大人。最低でも5歳からとかではないと説明が付かない状況だった。

 

しかし、少年は。

 

「はい!分かりました!」

 

不気味と思えるくらいの笑みを浮かべ受け答えをしていた。その目は期待の眼差しに満ちていた。

 

少年はワクワクしていた。ゲームをしてもらえるのかと、勉強ではなく遊びをしてもらえるのかと、そう思っていたから。だから楽しみだった。初めて遊びということを経験できるのだと期待していた。

 

男は少年に説明をした。ルールを理解した。分かりやすく教えてもらったのだから当たり前だった。本番が来た。2人は将棋盤を挟み見合った。

 

「おい。」

 

「……は、はい?」

 

ゲームが始まってから中盤の出来事だった。男のドスの聞いた低い声に少年は無条件に恐怖を感じる。駒を動かそうとした手を止めざるを得なかった。

 

「まさか、このまま勝とうとしてるのか?」

 

「え?」

 

少年は最初男が何を言っているのか理解できなかった。将棋のルールを理解するよりも難解な事だった。

 

「え?じゃないだろ。分かるよな?俺お前に教えてやったろ、ルール。じゃあその駒を動かしたら俺が負けるってわかんねぇの?」

 

「……?」

 

言葉が出なかった。少年は分からなかったのだ。目の前の男が一体何を言いたいのかを。負ける…そうだ、確かに負けるだろう。だが、だからどうしたというのだ?ゲームには必ず勝敗がある。勝者がいれば敗者もいるのは当たり前のことである。それが今回はたまたま少年だっただけの話である。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「あーあ、わっかんねぇかぁ。馬鹿だな、お前。普通こう言うのは目上の人間に勝たせるもんだろ。なんだ?お前は一方的に勝って自分の優位性を知らしめたいのか?だとしたらキモすぎたろ。ま、俺の子供だからあり得んとは思うがなwww」

 

心が軋むような気がした。3歳という幼い年齢だったからこそダメージは少なかったが、それでも悲しい気持ちになるには十分な威力だった。

 

「あ、えうっ…う、うぅ……!」

 

当然、少年は泣き出してしまう。大人の出す威圧感も十分に少年の精神を刺激していた。そしていよいよ大声で泣き声をあげてしまいそうになったその時

 

「チッ…」

 

男が舌打ちをする。それと同時に席から立ち上がったかと思うと、少年の側に近寄りそして

 

バシンッ!!!

 

と鈍い音が辺りに響くほどの強さで少年の頭を平手打ちで強打した。

 

「い゛っ゛……!?」

 

声にならない悲鳴をあげる少年。今まで感じたことの無い痛みに泣くどころではなくなってしまう。頭を必死に押さえ丸まった体制を取る少年。生き物としての本能がそうさせるのかは分からないが、その体制が男の更なる追撃から身を守るのには適切な体制だった。

 

「泣くなよな。マジで嫌いなんだよ、子供の泣き声。あ゛ー…夜泣き地獄思い出すぜマジでよぉ!あん時はお前まだ赤ん坊だったから手ぇ出してなかったがな、今はもう会話も出来るわ意思も通じるわで優しくしてやる時期は過ぎてんだよ。子供の躾には暴力が一番ってのはよく言ったもんだよな。一発で黙りこくりやがったwwなんか癖になりそうだわ。へへっ、良かったな。お前は俺の機嫌を取ったんだぞ。お前は初めて役に立てたんだ。どうだ?なぁ、進?」

 

「………は、い!」

 

進と呼ばれた少年は無理矢理作った笑顔で返事をした。少年は本能で感じ取っていた。ここで相手の機嫌を損ねてはいけないと。反抗してはいけないと。そしてこの時、初めて少年は自身の名を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんで、こうなっちゃったんだろう。俺何かしたのかな。)

 

場面かわって現在。少年……もとい進は恐らくことの発端であろう記憶を思い出し、そんな感想を抱いていた。いくら考えても何が悪いのか分からない進は頭を抱える。

 

(うるさい…な……)

 

未だに進に対して怒号を浴びせ続けている父親に悪態をつく。だが、その悪態にすら最早生気が宿っていなかった。

 

進は3歳の頃から2年間、この父親に数多ものゲームと呼ばれるものをやらされてきた。オセロもあれば花札もあり、カルタやトランプ、そしてチェスや将棋といった所謂娯楽となるゲームを父親とやった。そしてその度にこうして怒鳴られるかあのときみたいに叩かれるかしてきたのだ。勝ちそうになればふざけているのかと言われ殴られる。逆に勝たせてあげようとわざと負けようとしたらお前は馬鹿なのか、何故言われた通りに出来ないんだと言われては殴られた。

 

そして殴られる度に決まって父親はこう言うんだ

 

『此だけは俺"達"にしか体験できことだよな』

 

 

(隣の女は何時から居たんだっけ。)

 

進の謝罪をムカつくの一言で一蹴した女。毎回理不尽を進に与える悪魔のような存在。進からの評価はこれだった。

 

女は気付いたときにはもう居た。化粧がひどくて体から香る甘い匂いも強烈。キラキラと光っている何らかの装飾品をやたら滅多大量に身につけている。初めてその女を見たとき、何故か恐怖心を抱いた。奥底に見える女の邪悪なナニカが進には見えてしまっていたのだ。女の言動からして進の母親なのだと悟るのは難しくなかった。

 

進は個人に対する目利きが異常に上手い。そもそもとして赤子から幼児期までの期間、人間は人に対してかなり敏感になる。もし仮に赤子を持ち上げた人間が優しくなくて救い用の無いクズだったのだとしたら、その赤子は不思議にも泣くのだ。腹が減ったからでもなく、オムツを換えてほしいでもなく、本能で身の危険を感じ取って泣くのだ。その感覚を子供は幼児期まで保つことが出来る。その機能が人一倍進は優れていた。恐らく度重なる男と女の悪意に触れていたせいで、感受性が豊かになってしまっていたのが原因だろう。

 

(何のために生きてるのかなぁ。)

 

怒鳴られ、叩かれを繰り返されている内に進は何も感じなくなってしまっていた。あるのは2人に対しての憎悪と、少しの虚無感のみである。目標とするものもがなく、からっぽだった。今の進はただ生きる為だけに毎日を過ごしていたのだ。

 

もちろんしたいことがない訳じゃない。2人のことを殺してやりたいとも思っているし、今すぐにでも逃げ出したいとも考えてはいる。

 

(……無理だよ。そんなこと出来っこない。)

 

だが、いくら策を練ろうが幼い少年一人の力では限界があった。というより、何も出来ないというほうが正しい。

 

目の前の男、名前を廻田遊喜(めぐりだゆうき)という。遊喜は産まれながらにして北条財閥という超有名機関の会長である、『北条正樹(ほうじょうまさき)』の親戚に当たる人物であり、その親戚の家系図から見て遊喜は末っ子になる。遊喜の父親も財閥に勤めており、かなりの地位を築き上げているらしく、それなりの財力を有していた。ゆくゆくは財閥を継がせる計画を立てており、遊喜含め3人の姉弟を次期会長の器に相応しくなれるように教育をしていたらしい。廻田家以外の北条家にゆかりのある血統の一族による争いの末、特出して優秀だった廻田家の長女が第一候補に選ばれ、財閥に勤務するようになってから一年ほどで廻田家は約200年は安泰と言われるまでに財産を得た。遊喜はその財力により働く必要がなくなり年中遊び放題となっていた。しかし、それを廻田一家は許してはくれなかった。遊喜以外の全員が勤勉で真面目、世の中の発展を願って真摯に仕事に取り組んでいるのだ。だからこの反応は当然のものだった。

 

だが、遊喜は財力にものを言わせて自身の実績や勤務態度を偽った。当時の遊喜は余りの財閥の管理体制の甘さに笑いが止まらなかったらしい。そういうわけで今の遊喜は働かずとも金が手に入り、一生を遊びに費やすことができるのだった。

 

だからこそ進は諦めていた。逃げ出したとしても直ぐに見つかる。殺そうと思っても力で勝てない。進は絶望の二文字と隣り合わせに生きていたのだ。

 

(でも、だからって今のままで良いのかな。俺には何もない。殴られたっていい。なら、もうこれを訊いてみても──)

 

「おい!!!!何時まで黙ってんだぁ!?!?」

 

「っ!!」

 

進が"とある"質問をしてみようか迷っていると耳元で遊喜が怒鳴り声を上げた。流石に無視できず、ビクッと体が跳ね上がる進。しかし、それでも口を開こうとは思えずその代わり進は遊喜の事を睨み返していた。

 

いつもならすみません、ごめんなさいと土下座をしながら泣いていることだろう。だが、これらは全て機嫌を取るための演技である。何時からこうなってしまったのかはもう忘れたが、そこにある感情に申し訳ないという思いは微塵もなかった。

 

何故進がいつもと違う行動を取るのか。理由は単純だった。もう、疲れたのだ。毎日毎日頭を下げて謝って、それでも叩かれ殴られを繰り返す。同じことをずっとされ続けて進は遂に我慢が限界を迎えたのだ。いや、既に限界は迎えていたのかもしれない。

 

だから、今決めた。こうなったら徹底的に反抗してから死んでやると。

 

子供が持つには余りにも悲しすぎる決意を、進は今固めた。

 

「…………」

 

「っ、貴様何だその態度はぁ!?よく親を睨めたもんだなぁ!!」

 

「…………」

 

無言で睨み続ける進。いくら怒声を浴びせようが反応を返さない進に遊喜は怒り、その感情の赴くままに身を任せ暴力を振るおうと拳を作った。しかし、その手を女が制止する。少し驚いた表情を見せる遊喜だったが、女の顔を見るや否や遊喜は直ぐ様その顔を醜悪なにやけ面へと変化させた。

 

進に近づく女。その女は不気味なほどの笑みを浮かべており、流石の進も恐怖心を抱かざるを得なかった。

 

「ねぇ、何時まで黙ってるつもり?」

 

「…………」

 

「今謝って頭下げればまだ酷い目見ないですむと思うけど?」

 

「…………」

 

「…ふっ、へぇ~。いっつも泣いて謝るばっかのあんたがそこまでの根性を持ってたとはねぇ~。」

 

クスクスと笑う女。

 

「まぁいいわ。その方がやりがいあるってもんだしね。最近飽きてきてたんだ~。ワンパターンな反応ばっかで面白くなくてあくび止まらなかったもん。」

 

女の発言に遊喜が「えっ……」と小さく声を漏らした。しかし、それに気付く様子もなく女は進の側へと更に近づいた。椅子に座っている進を見下すように見つめる女。耳元で怒鳴るために近づいていた遊喜は少しはなれて2人の様子を眺めていた。

 

「そろそろやっちゃおっか?レアなお仕置き。」

 

「…………」

 

「っ、ムチや竹刀、全力で顔面を蹴り倒したりコンクリートで脇腹を骨折しない程度に殴り付けたこともあったよね?殴るだけじゃ物足りないときの特別なお仕置き。あーあー、今度はなにやっちゃおっかな~?」

 

「…………」

 

「…チィッ!!ムカつくなぁお前!!!そうやって黙って私の事わざとイラつかせようとしてんだろ!?私を舐めてるように見せる演出してんじゃねぇのか!?残念!それで損すんのお前だけだから!!!いい?私をイラつかせようがなぁ、その分お前を苦しめたらイラついた分滅茶苦茶スッッキリすんのよ!!逆にあんたは私を喜ばせてんだよ!!バカすぎて笑えるわ!」

 

「…………」

 

化けの皮が剥がれ落ちた。女の本性はこれだ。ストレスを感じたら進にぶつける。しかも男と違ってものを使うのだ。これが進から悪魔と評される理由だった。

 

「くっ!…ふふっ、ほーんとバカだな。」

 

女はそう言うと進の目の前から居なくなった。扉を締める音が部屋中に木霊する。それを呆然と見ている遊喜と進だった。

 

「こんのっ、糞やろうがぁぁぁ!!!!!」

 

「がっ、あ゛ぁ゛っ゛!!」

 

遊喜の怒声と共に進は頭に強い衝撃を受けた。それと同時に酷い激痛に教われる。頭を押さえながらゴロゴロと地面をのたうち回る進。それを見ながら遊喜は半狂乱になりながら口を開いた。

 

「お前のせいでっ!お前のせいでぇぇっ!!!みーちゃんに嫌われそうだったじゃないか!!!」

 

「う、ぐうぅぅっっ!!あぎっ…ぁ?」

 

唸り声を上げながらも進は遊喜の話を聞いていた。だが、意味は分からなかった。

 

「いつもいつもそうだ!!なんでお前は上手く出来ない!!」

 

「、?ぇ……?」

 

「この際だから言ってやる!!お前はなぁっ!俺達の玩具になる予定だったんだ!!」

 

「!?」

 

頭が真っ白になる。玩具だって?何を言っているんだ?俺は人間だ。どう考えても玩具にはなれない。トランプだって素材は紙から出来ているだろうし、将棋は木で作られている筈だ。

 

「ゲームで遊ぶ時、程よい強さで戦えてそれでいて勝ちはしないような、そんな玩具が欲しかったんだ!!なのにお前と来たらっ…!態々産んでやったのにその恩を仇で返しやがって!!五年だぞ!?俺らは五年も無駄にしたんだ!!本来なら一年でも待てないってのに、それを最初は三年で妥協してやってたんだ!なのにお前は気のきかないゴミクズだった!!一方的に勝つか、わざと手を抜いて負けるかしかない!そんなの何が面白いってんだ!!!!何とか矯正しようと二年も延長して粘ったのに変化の兆しすら現れない!お前はっきり言って生きてる価値ねぇんだよ!!」

 

衝撃というには余りにも下らなくて、そして何よりも腸が煮え繰り返しそうな、そんな現実を突きつけられる進。今まで苦しんできた理由の全てがつまっていたこの事実に進は言葉に出来ないくらいの怒りを抱いた。

 

「みーちゃんの為に今までお前に力をいれてきたってのに…なんでこうなったんだよっ!!」

 

「……けるな。」

 

「はぁ?なんて?」

 

「ふざ、けるなァァァァ!!!」

 

「っ!?」

 

「俺はっ、ずっと、ずぅーーーっと!!そんなお遊びに付き合わされていたの!?"そんな"事で俺は苦しんでいたの!?」

 

不満が爆発する進。面食らっていた遊喜だったが進のとある発言が琴線に触れたのか、顔を真っ赤にしながら

 

「そんななんて言うんじゃねぇぇ!!!!!」

 

発狂するのと同時に殴りかかってきた。

 

「もういいよ、遊喜君。」

 

「「っ!」」

 

寸でのところで手が止まる。部屋に響き渡った声に2人は反応できずにいた。

 

「私、そんなことで遊喜君のこと嫌いになんてならないから。」

 

「み、みーちゃん…!」

 

今にも泣き出しそうな遊喜。その目線の先には、あのみーちゃんと呼ばれる女が立っていた。

 

「それよりも…あんたに対するお仕置きの準備をしてきたわ。これ、なにか分かる?」

 

そう言って女は長い棒状の物を進の前に出して見せた。妙に太いその棒状のものには謎の空洞があり、その空洞に女は指をかけていた。それをみた遊喜は

 

「あれ、それチャッカマン?」

 

と思わず口に出した。

 

「あ、正解言っちゃった。もう~、面白くない~。」

 

「あぁっ、ごめん!!」

 

「ま、いいけどね。んで、もう分かってると思うけどこれであんたにお仕置きするから。」

 

「うひょぉ~!みーちゃん相変わらずえげつねぇー!!」

 

「でしょ?やっぱ私才能?みたいなのあるかもしんない!」

 

和気あいあいと会話を交わす2人を前に進は何が起きているのか全く理解できなかった。こんな小さなもので一体どうお仕置きをするというのだろうと疑問符を浮かべる。進は人間が人間足る為の必要最低限の教育しか受けてこなかったため、物を知らなかったのだ。

 

「遊喜君~!コイツの体抑えててね~。で、抑えたら右腕の袖まくってくんない?」

 

「りょ~かいっ!」

 

「なに、をっ!!」

 

進の小さな体を抑える遊喜。身動きひとつ取れなくなった進に対して、遊喜は右腕の袖を捲り始めていた。抵抗できずなされるがままの進に女が近づき、チャッカマンと呼ばれるものを露出された肌にあてがった。

 

「はなせっ!!はなせよっ!!!」

 

ジタバタと暴れ続ける進。しかし、大人の力に勝てる筈もなく体力が尽きたのか動かなくなってしまった。

 

「なんか言っておく?後悔の念とか聞いてあげようか?あんたが睨んだりしなければよかったんだからね~。そりゃもうすっごい後悔してるでしょ?どう?どうなの?」

 

煽るように挑発する女。それに対して進は、ずっと疑問に思っていたことを聞くことにした。

 

「……なんで、俺にこんなことするの?」

 

「…はぁ……最後までこれか。ま、いいや。教えたげる。って言ってもあんたを玩具にするってのはもう遊喜君が言ってたし~、なに言ったらいいんだろ~。」

 

「……どうして玩具が欲しかったの?」

 

「あぁ、それなら答えられるかも。えっとね~それはね~」

 

暇潰しの為

 

「かな~」

 

「っ!?な、あぁっ……!?」

 

「だって、普通そうでしょ?玩具ってその為に買ったりするじゃん。それ以外で何があるのさ。そう言うことも考えられない位やっぱあんたバカなんだね。はいっ、この話し終わりっ!じゃあ今からお仕置きタイムいっきまーす!」

 

そう高らかに宣言する女。その宣言が今の進には死刑宣告にも近い聞こえ方をしていた。そして次の瞬間

 

カチッ

 

と小気味のいい音同時に

 

「っ!?いぎゃぁぁぁぁ!!!!??」

 

進の右腕、それもチャッカマンの先端を当てられていた二の腕の下側から強烈な熱を感じ取った。

 

「アハハハハっ!!さいっこう!さっきまで生意気だったやつが泣きながら叫んでるのマジでスカッとするわ~!!」

 

「うははwwこりゃすげぇ声量だな。もはや化物だろww」

 

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!!!あっあつい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」

 

「いや~マジぱねぇわみーちゃん。こうやって一点を重点的にじわじわと焼かれるって相当鬼畜だぜ。」

 

「でしょ?しかもこれだけじゃ終わらなくって~。なんと、コイツの二の腕の下側が全部真っ黒焦げの大火傷をするまでなぞって炙ろうと思ってます!」

 

「ガチ?草生える。」

 

「その草燃やしちゃうぞ~?」

 

「「ハハハハハハハハ!!!!!」」

 

2人の笑い声が辺りに響く。それを遮るようにして進の悲鳴が更に声量を増していた。

 

その後も火炙りは続いた。二の腕に感覚が無くなってきた頃に火炙りは終わったのだが、ここからも地獄だった。

 

「どう?多分感覚無くなってきたと思うからすこーし放置してみたんだけど、痛み戻ってきたかな?」

 

「はあ゛っ゛!はあ゛っ゛!はあ゛っ゛!」

 

浅い過呼吸を繰り返す進。

 

「んじゃそこに、この冷た~い氷をあげちゃいます!知ってた?火傷に氷って逆効果らしいよ?」

 

「ひっ!やっ、やだぁ!!いやだぁぁぁ!!!」

 

「だ~め♪」

 

そして次の瞬間、女が乱雑に火傷痕に氷を練り回すようにしてあてがう。グリグリと押し付けられる低温に、皮膚が凍傷を起こす。

 

「うぎゃぁぁぁぁ!!!ぎぎゃっ!!あ゛っ゛、うがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!!!!!」

 

焼ききれそうな脳を必死に働かせながら、それでも限界が近づき意識を失いそうになる進。その間際、進は確かに聞いた。

 

「あ、そうそう。これ以上あんたをここに置いてても負担になるだけだから───」

 

ここで切るね

 

「それじゃ、さよなら。できればのたれ死んでほしいけど国が許さないのが勿体ないな~。」

 

此が進のこの地獄での最後の記憶だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、着いたぞ。」

 

遊喜の声が車内に響く。その声に進は俯かせていた顔を前へと上げた。

 

「今日からお前はここで世話になるんだ。」

 

目の前にあるそれは、進から見て何かしらの施設のように見えた。

 

「話しもつけてある。これで晴れてお前は親無しの子供、所謂孤児んまぁ平たく言えば捨て子?とかにもなるのか。兎に角、お前は相当身分が落ちるんだ。へっ、お似合いだな。」

 

「中に行けば職員が適当に世話してくれると思うから。というわけでさっさと消えな、ゴミ。」

 

相変わらず悪意のある目で見てくる両親。しかし、それでもこの地獄から解放されるだけマシだと思った。それに、ここに来れば代わりとなってくれる親にであうことも出来るらしい。進はその事実に酷く心を踊らせていた。こんなやつらと違ってきっと世の中には優しい人が一杯いる筈。進は希望を捨てちゃいなかったのだ。

 

「あと何回も言っとくけど、あんたの打撲痕や痣、火傷とか誰かに見せても意味ないから。この施設、うちの財閥の息かかってんの。分かった?無駄な抵抗はやめときなー。」

 

ただ、一つ懸念があるとするのならこの施設は北条財閥のグループが経営しているという所だ。つまり、完全にこの2人との縁は切れないということ。もう忘れられると思っていたのに、それを許してはくれなかった。それでも、親が見つかりさえすればもう関係ない。そう、何年か我慢すればいいだけ。それだけなのだ。

 

「あ、馬鹿みたいなこと思ってるだろうから言うけど、あんたを養ってくれる奴なんて絶対居ないから。壊れた玩具を誰が買うの?一言も喋らなくて、顔色一つ変えやしない。そんなつまらない物を誰が使うと思ってんのよ?多分あんた一生そこで暮らして社会出て底辺みたいな生活送って一人で死ぬよ。過度な期待すんじゃねえぞ。じゃ、そゆことで。」

 

「じゃあな。ゴミはゴミ箱の中で生活してろ。そしてゴミみてぇな人生送ってさっさと死ね。」

 

その言葉を最後に、進はドアを開けて外へ出た。両親の車が動きだし、進から離れていく。そんな光景を眺めながら進は心の中でやっと解放されたような、清々しい気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度の食事が約束され、安心して眠ることのできる環境が整えられている。進にとってこれはまるで天国なのだと錯覚してしまうほど、この施設は良いものだと思っていた。

 

そう思っていた

 

新しい親ができるまで進はなにもせずに、静かに暮らしていくつもりだった。事前情報によると、ああいった孤児や捨て子などを匿う施設は子供たちとのふれ合いが多くあるらしい。だが、進はその子らと馴れ合うつもりはなかった。というより、する気力がなかったのだ。あの両親から受けた精神的ダメージが未だに進の事を蝕んでおり、子供にある筈の活気力が沸いてこないのだ。云うなれば社会人が仕事で疲れてしまい、元気よく振る舞うことができなくなってしまうあの現象に近い。それでも進には希望があったのだ。

 

新たな親を見つけ出し違う人生を歩むという目標が。

 

それまで頑張ってここで生活していこうと進は思っていたのだ。だというのに……

 

「じゃあね、あきらくん!幸せにくらすんだよ。」

 

「うん!今までお世話になりました!僕、何時までも忘れないよ!」

 

「うふふっ、ありがとう。私もぜったいに忘れないわ。では、あきらくんの事よろしくお願いしますね。」

 

「えぇ、任せてください!じゃあいこっか、あきら!」

 

「うん!」

 

何だこれは。何を見せられているんだ。このガラス窓越しに見えている光景は一体何なんだ。

 

何故、小さな子供が幸せそうに大人と連れ添っているんだ。何故それを職員は何食わぬ顔をして満足そうに見つめているんだ。

 

「っ、うぁっ…」

 

頭痛がする。ジクジクと痛む頭は、脳神経を針でつつかれているような気さえしてくる位の激痛だった。でも、それ以上に

 

「あ、あぁぁ…ひっ、くっ……」

 

心が痛かった。

 

自然と涙が零れる。もう、死んでしまいたかった。この世から居なくなりたくなった。全てに、絶望してしまった。

 

「あいつら…悪魔だよ……」

 

かすれた声で呟く進。その声には生気を感じられなかった。

 

現在、進は廻田遊喜らに連れてこられた施設にあるとある部屋に居た。広さは普通のベッドと勉強机が置かれていてもまだ余裕があるくらいにはあった。

 

ここに訪れて間もなく進は職員にこの部屋を案内された。今日からここに住むことになるんだと説明されたのを思い出す。当時は誰の目を気にすることなく寝られる空間に、心の高鳴りを抑えられずには居られなかったのを覚えている。ご飯も初めてエナジーバー以外のものを食べたので感極まって泣いてしまった。

 

次の日は施設の子達に自己紹介をした。余り反応が良くなかったが、別に親しい関係になりたいとも思っていなかったので特に問題はなかった。基本無口で過ごし、遊びの時間は常に1人で居た。知らない事を訪ねようとしたら子供たちが逃げるように足早に進から離れていった事もあったが、元々訳ありの子供しかいない施設なので深く考えないようにした記憶がある。兎に角、そんな感じでこの1ヶ月間を過ごしてきた進。8時から3時までメインホールで遊んだり勉強したりご飯を食べたりして、時間が来たら各自自室に戻って1人の時間を過ごす。そして6時に夜ご飯を食べて、風呂に入り寝る。これがこの施設の生活の仕方だった。

 

進は満足していた。あの毎日自分のことを傷つける親がおらず、怒声を聞くこともない。ストレスフリーの快適な生活だから。

 

だが、つい最近進はとある違和感を抱いた。それが、日に日に周りの子達が居なくなっていき、居なくなる分知らない子が新しく入ってきていると云うことだった。ほぼ毎日誰かが居なくなり、そして絶対にその日に子供がこの施設にやってくる。幼い子供でも何となく察せるくらいには何かが変だったのだ。

 

「全部…ぜーんぶ!!!!……嘘だったんだ。」

 

力なく叫ぶ進の姿は、他人から見てもかなり痛々しいものだった。

 

「何がお母さんが見つかるだよ…何が安心してねだっ…!」

 

怒りが募る。それと同時に悲しさも襲ってきた。いや、最早悲しさを通り越して虚しかった。

 

進はこの瞬間悟ってしまったのだ。自分に未来はないんだと。どう頑張っても幸せにはなれず、新たな人生も送れないんだと。その幼い頭からは想像も出来ない程に聡明な自分の思考力をこんなに憎いと感じたことはなかった。

 

進の部屋には大きな窓がついてある。それも2階だ。そとの景色を見るには絶好の部屋だった。しかし、それと同時に不可思議な特徴もあった。それが、指定の時間以外はそとに出れないと云うものだ。どうやって鍵をかけているのかは謎だが、ふれあう時間とご飯を食べお風呂に入る時間以外ではこの部屋の扉が開かなくなるのだ。最初は戸惑ったものの、不都合が発生するわけでもなかったので気にしていなかったのだが、まさかこの違和感が最悪を想像させてしまうとは思いもよらなかった。

 

恐らく、過去にあのクズ女が言っていた進を引き取るやつなんて絶対にいないという忠告が現在の状況と関係しているのだろう。今考えてみれば不自然だった。指定の時間にしか広場に行けず、その時間以外は部屋の中に居させられ身動きがとれなくなる。これでは最早刑務所と変わらないではないか。それに、孤児を養子として引き取る際には必ず大人が子供を見に来る?らしいのだが(職員に聞いた知識)それらしい人物をここ1ヶ月の間に一度も見たことなかった。少し田舎臭い土地ではあるものの、それでも人は住んでる筈だ。少し考えてみただけでもこうだ。明らかに不可解な点が多すぎる。だからこそ、幼い進でさえその違和感を覚えるのに時間はかからなかったのだろう。

 

そして今、その違和感を確信に変わったのだ。いや、変わってしまったと云うべきかもしれない。知らなければ無いも同じとは一体誰の言葉だろうか。正に、この時こそがその言葉に当てはまるモノと言えよう。知りたくなかった。できればなにも知らずに生活したかった。知らなければ、こんなに絶望することもなかっただろうに。

 

 

恐らく、敢えて自分だけを大人たちから遠ざけているんだ。

 

 

つまり、ここの職員は進を監禁している時間帯に大人をこの施設に招き入れ、夜ご飯の時間が来る前に事を済ませているのではないか、というのが進の考察だった。傍から見れば被害妄想も甚だしいふざけた考察かもしれない。だが、進を今の状況へと追いやった環境が自然とそんな考えをさせてしまうのだ。前向きな思考などとうの昔に捨て去ってしまっていた。

 

「もう……どうしよ。アイツの言う通りだとすると…俺は、本当に一生ここで暮らして、そして社会に出ていくのかな。」

 

外に広がる光景を眺めながら静かに呟く。新たな家族を手に入れたあの男の子には一体どんな未来が待っているのだろう。母親と手を繋ぎ、笑顔で家に帰る。それだけで一体どれだけ幸せな気持ちになれるんだろう。その全てが分からなくて、疑問で、未知数の世界が広がっていて、そしてそれを想像して心が虚しくなる。自分には訪れることの無いであろうキラキラ光っている未来。その未来が待っている幼き少年を眺めるには、進にとって余りにも眩しくて、直視ができなかった。楽しそうな声も今の進には只のノイズでしかない。現実から逃避するように布団へと潜り込み、耳を塞いで目を閉じる。今はこの暗い空間がとても心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局あの後母さんに引き取られて事なきを得たんだが……その間の話もまぁ酷くてな。当時被害妄想が激しかった俺の考察がまさかの大当たりでさ……あー、考察ってのはさっき話した俺を部屋に隔離してるーってやつな。もう踏んだり蹴ったりよ。母さんに引き取られるときとか、その後の話とかも色々あるんだけど取りあえずは此が俺の過去になるかな。」

 

「「…………」」

 

(……ま、そりゃそんな反応になるよな。)

 

沈黙する二人をみて進は予想通りの展開になったと一人そう思った。

 

「……不愉快、です。」

 

その沈黙を破ったのは意外にもウェディングであった。

 

「余りにも胸糞悪く、そして幼稚な話でした。」

 

「ウェディングからそんな言葉が聞けるなんてな。まさか、感情移入でもしてくれたのか?」

 

「それ以前の問題です。まず男と女、双方の目的が最早目的とは言えない位に破綻しています。6歳にも満たない小さな存在に必要以上の知識を詰め込み思い通りの玩具にする?反吐が出ます。まだサスペンスの方が合理的でしたよ。弱みに漬け込むでもなく、洗脳するでもない。ただひたすら暴言と暴力を行い、意志決定能力を無くし無理やりやらせたいことを強要する。挙げ句の果てには使い物にならないと判断し勝手に捨てる。これの何処が幼稚でないと言いきれるのですか。」

 

「全くもってその通りよ、ウェディングさん。私も最初その話を知ったとき同じことを思ったわ。そもそも、子供相手に感情を露にしすぎなのよ。仮にも大人だと言うのにね……どっちが子供か分からなくなるわ。」

 

感想を言い合うウェディングと唯。その目は全てを軽蔑するかの如きのものであった。

 

「進。」

 

「ん、どうした?」

 

確実にテンションが二段階くらい下がっているカノン。余りにも低い声のトーンに若干面食らうが、それでも話を聞こうと隣にいるカノンに顔を向けた。

 

「偉そうかもしれない。もしかしたら本当はまだ傷は完全に癒えていないのかもしれない。でも、言わせてほしいの。進──」

 

 

本当に……本当に頑張ったわね

 

 

「っ!」

 

「え……」

 

その言葉が紡がれた瞬間、唯は目を大きく見開き、進は呆然としてしまう。

 

「わっ」

 

そしてカノンに強く抱き締められる進。小さく声を上げるも、それ以上なにか行動することはできなかった。

 

「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。……心が、痛かったでしょう?」

 

「っ!?な、んで…?」

 

「だって……貴方は太陽のように眩しくて、とっても純粋なんですもの。私の何処か乾いていた心を豊かにしてくれた白守進という存在。近くにいたから、好きだからこそ分かるのだわ。誰よりも純粋で誰よりも優しい貴方は、人を恨まざるを得ない環境に居たが故に酷く心が傷ついてしまっていた筈よ。」

 

若干上ずった声音で進に問いかけるカノン。その言葉を聞いて進の心臓が大きく跳ね上がった。

 

「は、ははは………っ、なんつーか、さぁ…俺がカノンに惚れ込んでる理由、明確に分かったかもしんないわ。」

 

胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じるが、進はそれを必死に抑えた。思い出すは過去の泣き虫だった頃の自分。助けを求め手を伸ばし続けていた情けない自分だった。

 

泣くのはもうたくさんだ。涙を流すのはあのときだけで良い。それ以外は許さない。でなければ、俺はまた逆戻りになってしまうから。

 

(……あ、でもサスペンスのは例外にしとこ。あれは人間の抱えられるキャパ超えてるし、本能から震え上がったからな。)

 

カッコつけようとした瞬間にこれだ。進は己の不甲斐なさに呆れる。だが、不思議と恥ずかしいとは感じなかった。

 

「え、本当?そ、それって具体的にはどういうところなのかしら。できたら教えてほしいのだわ!!」

 

食い気味に迫るカノン。この時、進は色々と察していた。

 

(この感じはもしや……探ってるな?俺の好きになった部分を磨いて俺に喜んで貰いたいって魂胆だろ。わかる、わかるぞッ!長い間近くにいたからか、カノンの思考が手に取るようにわかる!!だがなカノン、残念だけどこれだけは教えられない。知ってしまえば、その良さに変化が生じるかもしれないからな。カノンは自然体でいてくれればそれで良いんだよ。)

 

カノンの思惑は今までの経験からして予測しやすかった。向上心の塊でもある彼女ならばこの説は一番あり得る可能性だろう。それ故に進も簡単に惚れ込んだ理由を話すわけにはいかなかった。

 

「すまんがそれは教えてやれないな。」

 

「ど、どうしてっ…!?お、お願い!少しだけ、少しだけでもいいから教えてほしいのだわ!」

 

「いーや、駄目だね。」

 

「むぅ…!そんなにムキにならなくても良いじゃないっ。進のケチー…」

 

ワイワイガヤガヤ、小さな巡り合いに盛り上がる2人を背に唯は一人笑みを溢していた。

 

暗い雰囲気がなくなり、そのまま時が過ぎて行く。何時しか騒々しかった声も無くなり、和やかな雰囲気が辺りを包んだ。だが、声がなくなったにしてはやけに静かだった。話し声くらい聞こえても良い筈なのだが、それすらしない。違和感を抱いたウェディングはチラリと後ろの方へと目をやった。

 

「……ふっ、本当に仲が良いですね。」

 

そこには、寝息をたてて眠っていた2人がいた。加えて、カノンが進の肩に頭を預けている。

 

「唯、2人はどうも寝てしまった様です。」

 

「あらーふふっ、そうなの。」

 

「ええ。それも、カノンは今までのみたことのないくらいにリラックスしています。」

 

「わかるわぁ。進って何故かわからないけれど、近くにいると安心するのよねぇ。」

 

「そういうものなのですかね。」

 

「そういうものなの。」

 

2人を起こさないように小声で会話を交わすウェディングと唯。

 

「それにしても………進に危害を加えていた夫婦は、一体何がしたくてあのようなことをしたのでしょうか。」

 

「多分、本当にただ進の事を玩具にして遊び物にしたかっただけなんだと思うわ。」

 

「で、ですが…この世界の技術を用いれば、そのくらいの機械を作ることも可能でしょう?何故金があるにも関わらずあんな回りくどい事を…?」

 

「ウェディングさん。アイツらの事なんて考えるだけ無駄よ。幾ら考察しようが理解できないわ。この事件、中身が空っぽ何だもん。複雑な事情が絡み合ってとかじゃなく、単純に暴力をした、人智を超えた生活をさせたという事実"だけ"が発生してるんだから。理屈を考えたところでよ。」

 

「ふむ……不気味だと思うのは何時ぶりでしょうかね。久しく忘れていた感覚ですよ。」

 

正直、身震いしてしまいそうだった。狂気という言葉で片付けてはいけないくらいの話だったと思う。動機からしておかしいのに、普段からの振る舞いすらイカれているのだから最早笑うしかないだろう。ウェディングはゼニスなので笑えはしないが。

 

「辛気臭い話はもうやめにしましょ。折角の旅行なんだから、暗い気分は合わないわ。」

 

「そう、ですね。」

 

煮え切らない部分もあるが、一先ずはここで考えるのをやめることにするウェディング。

 

「あら、雨が止んだわ。あっ!見て見て、ウェディングさん!」

 

「ん、なんですか?」

 

唯の指差す方向を見るウェディング。そこには

 

「あれ、虹じゃない!?」

 

「…はしゃぎすぎでは?」

 

くっきりと青空の下に浮かび上がっている虹があった。

 

「だって、なんだか私たちの新たな門出を迎え入れてくれてるみたいじゃない。タイミングもなんか丁度良さげだし。」

 

「ふふっ、それでもはしゃぎすぎだと思いますよ。」

 

「えー、つれないなーウェディングさんは。」

 

「これが普通です。」

 

「ふーん……ま、いっか。まだ結構掛かるからウェディングさんも少し寝てて良いわよ。」

 

「そうですか。ならばお言葉に甘えさせて頂きましょうかね。」

 

では、とウェディングが言うとその直後に目を閉じた。それを見ていた唯は思わず笑ってしまう。後方に声は聞こえていなかったから良かったものの、気を付けようと思う唯であった。

 

因みに目を閉じたウェディングの表情は、これまでにないくらいに砕けた表情をしていたらしい。それがリラックスしているだけなのか、はたまた先程の虹の件で表情が緩んでしまったが故の弊害なのか。それは神のみぞ知る。




白守進に関してのメモ

進が深く考えてしまう理由はこの過去の出来事にある。
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