「日が落ちるのも随分と早くなったわねぇ。」
唯の声が車内に響く。
「ここら辺、あんまり街灯がないからできるだけ車で移動しないようにしているの。カノンちゃんたちも歩くときはなるべく日の出ている内にしておいてね。」
唯の忠告にウェディングとカノンははい、と一つ返事をした。
カノンらの現在地は、先程の海からほんの少し離れた山に囲まれている土地にあった。道路整備はちゃんとしており、スペースもある。ここはそう、山中とは言ってもかなり人の手が入っている…所謂誰かの私有地といったところだろう。唯によると、この山奥に今日泊まる旅館があるとのことだった。
「何だか、いよいよって感じがしてきたのだわ。」
肌に感じる場の空気感が、シティやクリーチャー世界のとはまた違った。未知の世界に入り込もうとしているような…そんな感覚だった。
ワクワクと胸が踊っているのを抑え、時が来るのをカノンは今か今かと待ち続ける。そして、遂にそれはやって来た。
「っと、よし。駐車したから皆降りていいわよ。」
木々の生い茂る中、ポツンとあった古さを感じさせる駐車場に車を停めた唯。一同は車から降りると、唯を先頭に旅館へと歩を進めだした。
「ちょっとだけ歩いてもらうことになるけど、我慢してちょうだい。まぁ、正直私的にはこの歩く行程をお客さんに強いるのがあんまり好きじゃないんだけどね。」
そう言ってクスリと笑う唯。唯の仕事に対しての思いを少し知れたカノンは、その姿勢に感心していた。色々と破天荒な人だと思っていたが、やはり弁える所ではちゃんとしているらしい。
(って、それは初対面の時から分かってたことか。)
最近の唯のイメージで忘れがちだが、唯は真剣なときはちゃんと大人としての振る舞いを見せていた。考えを改め直すカノン。そんな事を心の中で思いながらも足の歩みは止まらず、辺りの景色はどんどん変わっていく。
物珍しい光景にウェディングはキョロキョロと見回しながら歩いていた。地域によって生えてくる木は変わってくる。シティでは見ることのなかった立派な松の木が堂々と、そして何本も佇んでいる。そんな景色に二人は只圧倒されるばかりだ。
凡そ道とは思えぬ開けた地面を踏みしめていく一同。二人が本当にここで合っているのかと少しだけ不安になってきたその時、突然それは現れた。
「お待たせ。ここが……白守家が代々受け継いできた宿屋、
木造の建造物が一同を出迎える。それもかなりの大きさだ。旅館内へと続く巨大な門があり、その前には多くの人達が立っていた。その人らは、以前にチラッとだけ見たことのある着物と呼ばれる衣服を身に纏っている。
「す、凄い…!」
「こ、これ程の物とは…」
余りの迫力に言葉を失う二人。その様子を唯は何処か誇らしげに見つめながら、役人であろう人達の前へと赴いた。
「お帰りなさいませ。唯様。進様。」
「お勤めご苦労様です。皆さん、なにか不自由ありませんでしたか?」
「お気遣い感謝致します。ご安心下さい。こちらは特に大した事は何も御座いませんでした。」
「そうですか。それを聞けて良かったです。」
報告を受ける唯。すると、報告をしていた者の隣にいた者が一歩前へと出て行き
「唯様が進様の葬式へ行くと仰られたのです。私共の使命は癒白庭を護ること……従業員共々、より精を出しておりました。」
「成る程…繰り返しになりますが、本当にご苦労様でした。私の我儘に付き合わせてしまう形になってしまったこと、心よりお詫び申し上げます。」
「そ、そんな滅相な!私の方こそ、お二方が無事に戻ってこられて大変嬉しく思っております!そこに苦労などと言う邪な情はありません。唯様はやるべき事を全うした……頭を下げるのでなく、胸を張って下さいませ。」
と何処か安堵している様な表情で言葉を並べ、一歩下がった。
「これが、唯さん…。」
「ふむ…とても同一人物とは思えないですね。」
「やっぱそう思う?いやー、母さん仕事するときはマジになるからな。人付き合いとかもそうだけど。」
妙な緊張感が走る中、声が聞こえないよう控えめな声量で会話をする三人。唯のギャップに目を丸くするカノンだったが、それと同時にかっこいいとも思った。
「………もういいかしら?」
「……はい?」
「?唯さん?どうかしたのかしら。」
突然いつもの口調に変わる唯。違和感を抱くカノンを横目に、唯は話を進める。
「ほら、報告は終わったんだしさ、もうこういう堅っくるしいの止めでいいかなーって。」
「で、ですが今はお客様もお見えになられているのでしょう!?それでは
「その時はその時よ!貴女が怒られそうになってたら、責任を全て私が負うから!大丈夫大丈夫、きっとお母様もそんなに怒らないわよ。ねぇ、駄目?」
「うっ……はぁ、仕方ありませんね。唯様には敵いません。皆!ということだそうですので、少し楽にしても構いません!」
途端に、この場にあった重苦しい雰囲気が軽くなる。唯の一言で、ここまでの人数が動かせるのかと二人は軽い衝撃を受けた。だが、直ぐに思い出した。そうだ、唯はこの旅館の次期後継者なのだ。これくらいのことできて当然だろう、と。そう思ったのだ。
「ほら、進!皆に言うことあるんじゃない?」
「あー……そうだな。」
唯が進に何かを言わせようと促す。カノンが首をかしげていると、進は気まずそうにしながらその言葉を紡ぐのだった。
「その、俺のせいで迷惑かけてすんませんでした。母さんが抜けた時期って確かかなり忙しい時期だった筈っすよね。なのにこうして母さんを快く送り出してくれて……本当にありがとうございました。」
「なっ!か、顔を上げてください!良いのですよ。唯様だけではありません。心配していたのは私達も同様なのですから。それに……進様が亡くなったと聞かされた時はどうなることかと思いましたが、誤報で本当に良かったです。またこうして言葉を交わせること、大変嬉しく思います。」
「いやぁほんと…俺と母さんにゃ若女将さんに頭上がりませんよー。昔から迷惑かけっぱなしでほんと!申し訳ないです!」
「ふふっ、大丈夫です。気にしていませんよ。」
気にしていないと言う若女将と呼ばれた人物。その者の目が少しだけ潤んでいるように見えたのは只の見間違いなのだろうか。そこまで考えて、カノンはこれ以上の思考をシャットアウトした。きっと、口では平気と言ってはいるが違うのだろう。会話から察するに、進はこの旅館内の人達ともかなりの交流があったのだろう。仲も良好そうなので、それ故に思うところがあった筈だ。だが、それを悟らせないように振る舞う若女将。カノンはその感情を表に出さない強さに酷く胸を打たれた。そして同時に思った。
ここはきっと、良い場所だ。
と
「そしてあちらが……件のお方ですか?」
「えぇ、そうよ。」
「まぁ…!ふふっ進様も隅に置けませんね。」
「でしょう?」
「はい、本当に。」
カノン達に聞こえないように談笑する二人。若女将と呼ばれた人物は、進をまるで成長した子供を見守るかのような優しい目で眺めていた。
「うぅ…にしても、マジでさみぃな。母さん、早く入ろうぜー。」
「あら、すみません進様。少々長話が過ぎましたね。お二方も長旅で大変お疲れの事でしょう。ささ、どうぞ館内へとお上がりくださいな。」
そう言うと、進とカノンに仲居が近づいてきた。そして『お荷物お持ち致します。』と一言呟いた。
進は『すんません、ありがとうございます』とお礼を言い、スーツケースを預けた。しかし、カノンはというと
「あっ、大丈夫ですよ。私の荷物は二人分ありますし負担をかけるわけにはいきませんから。お気持ちだけ十分です。ありがとうございます。」
従業員を想ってか、ありがたい申し出を拒否をしていた。その様子に進はフッと笑うと、口を開いてこう言った。
「まあまあ、折角だし持ってもらいな。心配すんなって、内の従業員はこれくらいで嫌事言わないからさ。寧ろ喜んでする人達ばっかりだし。」
「そ、そうなの?でも…なんか申し訳ないというか……」
「ははっ、分かる分かる。初めて泊まるってのを体験するんじゃそう思うのも無理ないわな。俺も最初そうだった。と言うか、誰もが一度は思うことなんじゃないかな。まーでもさ、そこまで考えることじゃないぞ。旅行に来てんだしその間は気楽にいこうぜ。それに、預けてみるってのも一回は経験してみたくないか?楽だぞ~ほんとに。」
「うーん…進が言うんだったら…分かったわ。すみません、断った手前申し訳ないんですけど荷物、預かって貰えませんか?」
「勿論です。……確かに、お預かりしました。」
「よろしくお願いします。」
律儀にお辞儀をするカノン。それを見て進は思った。
カノンは明らかにこの場の雰囲気に呑まれていると。
唯の態度に接客のされ方、慣れない土地に目の前に立つ荘厳な旅館。恐らく、様々な要因が重なりかなり緊張してしまっているのだろう。ウェディングは興味深そうに旅館を観察しているだけだが、カノンはやはりそうでもなかったようだ。
正直に言おう。めちゃくちゃ可愛い。
表に出ていないだけであからさまな変化を見せていたおり、進からすると目に見えて動揺しているのが分かるのだ。こんなに分かりやすい反応をしてくれるなんて、可愛いにも程がある。それに動揺の理由が、推測ではあるが純粋すぎてそれも可愛い。此だけでも連れてきて良かったと進は思った。
一人無駄に悶えながらも、それを表には出さずに案内人の後ろを着いていく。門が開き、屋内へと入ることに成功した一同。そして玄関まで歩を進め、戸が開かれた。
「おぉ!ばあちゃん、久しぶり!」
そこには、正座でお客さんを出迎えるために待っていた一人の老婆が居た。
「こら進。お母様が挨拶する前に声をかけちゃ駄目でしょ。」
「えー、べついーじゃん。俺達安くで泊まらせて貰うんだし、そんな丁寧に対応して貰う必要ないって。それに身内からあんな態度取られるとか違和感凄いし。」
不満げな態度を見せる進。
(あれが進のお婆さん!凄い綺麗な人なのだわ。それに進はなんだか子供みたい。やっぱり家族の前だから…かな。いいなー私もああやって自然に甘えられてみたいのだわ。)
最早恥ずかしげもなくそんな思いを抱くカノン。最近になってきて、どうやらカノンは進関連の事となると少しだけ羞恥心が無くなるらしいことが発覚していたようだった。因みに、こうなってしまった原因は過去に進が発言していた『自然体のカノンでいてくれ』と言う言葉にあるようで、これを機にカノンは変わったという。
「いいのよ唯。それにしても……うふふ、相変わらず元気だこと。会えて嬉しいわぁ、進ちゃん。」
「あぁ!俺も嬉しいよ!」
満面の笑みで答える進。カノンもそれを見て自然と笑顔になっていると進のお婆さん……もとい豊子さんが二人の方へと向き直った。
「お二人がもしかして…?」
「あっ、ハ、ハイッ!進の、その……か、彼女のカノンと言います!今日と明日、お世話になります!」
「私はウェディングと申します。カノンとは保護者のような関係ですね。本日はよろしくお願いしますね。」
進の身内となるとやはり緊張してしまうようだ。しどろもどろな自己紹介をするカノンと、いつも通り淡々としているウェディング。
「あらまぁ~!これはまた…とても素敵でお綺麗な方々ですねぇ。」
「そ、そんな…私なんて大したことないですよ。」
「ふむ、綺麗ですか。初めて言われました。」
「成る程…貴女様が進と……ふふっ、進も幸せ者でございますね。」
「……あ、ありがとうございます。」
可愛いと言われたことはあったが、綺麗は初めてだった。カノンは顔を若干赤くしなからお礼を告げた。
ウェディングも初めて言われたことで、胸の奥が何処か騒がしくなるのを感じていた。形容し難い感覚に首をかしげる。果たして彼女が真に感情と向き合える日は来るのだろうか。
「はい、世間話はここらで止め早速ですがお部屋の方までご案内させていただきましょう。古い建造物です故、一部お足元が危うくなる場合がございますのでお気をつけ下さい。ではまた後程。」
そう言って進のお婆さんは奥の方へと姿を消した。
「じゃ、後は三人で楽しんでね。私はひっさしぶりのお仕事に戻らなくちゃ。」
今回の旅行、唯は参加することはない。飽くまで唯は三人を送ってくれただけだった。その事は勿論周知の事実である。
「はい!唯さんも、今日はお世話になりました。今度なにかお礼しますね。」
「そんな、お礼なんてもうっ。良いのよ気持ちだけで。私は貴女達が楽しんでくれればそれで良いわ。」
「何から何まで…感謝します、唯。」
「ふふ、どういたしまして。」
「じゃあな、仕事がんばれよー。」
一人、進だけ素っ気ない言葉を掛ける。だが、それをどうこう咎める者はいなかった。ウェディングはその異常性に気付かず、カノンは微笑ましいものとして見ており、そして唯は
(年頃の男の子にしては言ってくれるじゃない。頑張れ、か。)
誰よりも進の言葉を聞き喜んでいた。
「はいはい、頑張ってきますよー。じゃあねカノンちゃん、ウェディングさん。進のことをよろしく!」
そう言って唯もまた旅館の奥へと消えていった。
『よろしくってっ!……なぁ…』と呟き頭をかく進。クスッとカノンが笑うと、進は少し顔を赤くしながら早口で従業員に部屋を案内してほしいと急かし始めた。
「俺の部屋とカノン達の部屋、どちらに着いていけば良いですかね?」
目の前に立つは二人の従業員。進の荷物とカノンの荷物、それぞれを抱えていた。そして暫しの間が空いた後、次の瞬間一同はとんでもないことを耳にすることになった。
「え、二部屋…ですか?すみません、予約の方では一部屋となっているのですが……」
「へ?」
「…あー、いやっ分かりました。はいはいはい…成る程ですね。」
訳の分からないことを小声で呟く従業員。すると、こちらの様子に気がついたのか、申し訳なさそうにしなが話を進めだした。
「その…非常に申し上げにくいのですが……恐らくぅ唯さんが、えーっと…一部屋のご予約にしたのかとぉ、思われます。」
「…マジかよ。」
「えっえっえっ?」
理解が追い付かない進とカノン。そこに、ウェディングが冷静に口を挟んで
「つまり、私達は三人同じ部屋で過ごさないといけないと…そういうことですか。」
淡々とその事実を言葉にするのだった。
「………」
「………」
「………」
案内された部屋のなか、三人は机を軸にそれぞれ座り旅の疲れを取っていた。だが、そこに会話は一切ない。気まずそうにしている進にカノンがチラリと視線を向けると、少し顔を赤くして目を逸らす。それに反応するかのようにカノンも又顔を赤くした。
今のカノンの表情を一言で表すのなら、困り顔というのが一番だろう。それくらい今の状況は窮屈だった。
「あっ、あのさ!」
沈黙を破ったのは、進の思いきった大きな声だった。この空気を紛らわすためにも聞こえるそれを、カノンは
「へっ!?あっ、なっなにかしら!?」
酷く焦った様子で返事をした。
「いやっ、まー…えっーっとだな…あー!ひ、酷いよなー全く!!まあ?母さんに事前に確認してなかった俺にも非はあるけどさ?だからってこれは…なぁ?は、ははは…冗談にしても趣味が悪いぜ!……はぁ。」
ため息を吐く進。旅の疲れを取るどころか、更に溜まっているかもしれない。そう思わせるくらいの気分の沈みようだった。
「……ごめんな。」
「えっ?」
唐突に吐かれたその言葉にカノンは思考が停止する。理解の及ばぬまま先に、進は言葉を紡いでいく。
「折角楽しみにしてくれてたってのにこんな…だって普通ありえないだろ。いくら付き合ってるからってさ、男女同じ部屋は駄目に決まってる。それは長い付き合いのある、信頼できる関係にある者同士がすべき事なんだよ。確かにカノンとはもう関係をもって時間は立ってるけどさ、まだそれでも出会って三、四ヶ月くらいなんだぞ?だってのにこれはさ……余りにも早すぎるよなぁ…」
そこには後悔の念が込められた思いがあった。人を思いやれる進だからこその感想なのだろう。
「……そんなこと、言わないでよ。」
「え?」
進は自身の耳を疑った。真っ直ぐ、己を強く否定する言葉を投げられたのかと、そう理解するのには時間がかかった。
「確かに私も戸惑ってはいるのだわ。けれど、それは決して嫌だったからなんかじゃない!は、恥ずかしいけど…その……私はあ、貴方と共に同じ部屋の、同じ屋根の下で夜を過ごせるなんて…嬉しいなって、素敵だなって!そう思った。でも、それと同時に私の中に言葉には言い表せない複雑な感情が芽生えてきたの。そんな感情に対して、私はどうすれば良いのか分からなくて…だからつい黙ってしまったの。」
「そう、なのか…」
「私ね、こうして誰かと何処かへ行って過ごすなんて初めてなの。なーんにも考えずに、目の前に広がる光景をただ楽しむ。そんなの一昔前の私なら想像もできなかった。」
「カノン……」
ウェディングも会話を聞いていたのか、少しだけ反応を示した。
「だからなのかもしれない。私には人生経験が少ないから、知識がないから…直面したことのない感情に囚われて、困惑して……そして進を困らせてしまった。」
「っ、それはちが「でもね」……?」
「私最近思うの。これも含めて人生なのかな~って。知らないことを覚えたり、初めてのことをやってみたり。こうやって人は成長するのかなって思ったらね、何だか今の状況も楽しいかもって、そう思えるようになったの。」
言葉のでない進を目の前にして、カノンは小さく息を吸う。そして徐に吐き出すと、言いたかった事を精一杯伝えようとカノンなりに考えた後に口を開いた。
「だから、進も今を楽しみましょう?辛いことも、嫌なこともあるかもしれないけど、きっとそれは私達の人生の糧になる筈なのだわ!それに───」
私、今とっても幸せなのよ?
「っ!!!」
「…まぁ、だから今どうなのって聞かれたらちょっと恥ずかしいなとは思うんだけどね……しかも、なんで恥ずかしいって思うのかも分からないの。これもきっと私の人生経験が浅いせいよね。」
あはは……と少し力なく笑うカノン。
「…はっ、なっさけねぇ!あーあー、いつもいつもこうだ。毎回毎回悩んでさ、どうすりゃいいのかなって思ってた矢先にカノンがささっと解決しちまう。敵わねぇよなぁカノンにはさ。」
天を仰ぎ、自嘲気味に語る進。だが、その声音は何処か吹っ切れているようにも感じた。
「そんなことないのだわ。私だっていつもそうよ。進に頼ってばかりなんだから。」
そして暫くの間、再び沈黙の時が訪れた。だが、その時間が長かったかといわれるとそうでもなかった。言うなればそう、会話に一区切りが着いたのだと思わされるような、そんな間の空き方だった。間イコール句読点だと考えても良いだろう。
「なぁ、寝るときどうするよ。」
進が試すかのような質問を投げ掛ける。それに対しカノンは
「……いじわる。」
頬をほんのり赤く染めながらポツリと呟いた。
「見て分かる通り、ここは敷き布団で寝るんだ。高い金払って来るようなとこが敷き布団とはそれ如何にって感じたけど、それが意外と富裕層にウケてるらしくてな。この旅館の雰囲気にはこの形の方が合ってる~とかなんとか言われてるらしい。」
「へぇ~そんなんだ~……って、今はそこ重要な話題じゃないのだわ!!」
「お、良いノリツッコミだな。」
「え?あ、ありがとう…じゃない!うぅ……折角進を元気付けるために思ったことを言ったのにぃ…。これじゃ説得力の欠片もないのだわ。」
ワーワーと言い合う二人。それを眺めなから、ウェディングは一人考えていた。
(成る程。白守進、それはつまりカノンの真横で眠ることができると、そう言いたいわけですか。私も随分と舐められたものです。これは明らかな挑戦状。カノンの隣は誰の座になるのかを決める決闘の場を設けたといっても過言ではありません。良いでしょう。その勝負、承りました。)
見当違いにもほどがある。カノン脳のウェディングは当然二人の悩みが理解できないため、このような曲解した解釈になるのもしょうがないのかもしれない。
「白守進、一つよろしいですか?」
「ん、どうした?」
「貴方達は寝る間、距離が必然的に近くなってしまうことに何故か羞恥心を感じてしまうのですよね?」
「羞恥心っていうか、まぁ…うん。」
煮え切らない返事になってしまうのも無理はない。言葉で説明できるあれでもないのに、ゼニスにも分かりやすく伝えるなんて無理なお願いだった。
「ならば考えがあります。単純ですが、私を挟んで寝るというのはどうでしょう?」
素朴な提案だった。だが、それでもウェディングの需要は満たせていた。此が大型クリーチャーの姿なのだろうか。
しかし、ウェディングに恥の文字など頭にない。何故なら、カノンのことに関して恥じること必要は一切ないからだ。
「……ウェディングはずるいのだわ。」
「なっ!?」
「うわぁお…」
ウェディングは精神的大ダメージ負った。冷めた目付きで完全に言われてしまった。ウェディング"は"ずるい。この言葉には、ウェディングがショックを受けてしまうからくりが存在していた。
先ほどカノンが赤面しながらいじわると進に言っていたのを覚えているだろうか。恐らく、この"は"はそのいじわる発言との対比を示しているのだ。冷めた態度と乙女のような反応の違い。そんなの、明らかに天と地程の差があるに決まっていた。
「ま、まーウェディングの意見は置いといて……マジでどうする?正直俺カノンの隣で寝るのドキドキして眠れない自信しかないぞ。あっ勿論もし寝られるってなるならそれはめちゃくちゃ嬉しいんだけど。寧ろ寝たいくらい。」
進も若干やけになっていた。ウェディング触発されたからだろうか。進も進で良い案が思い浮かばず混乱しているようだった。
「わ、私も…えっと…その、進と一緒に寝られるのは嬉しい……かな///でも、私もそれだと持ちそうにない、かもしれないのだわ。」
「だ、だよな。」
「う、うん。」
…………
再び気まずい空気が流れる。お互い顔を赤く染めながら目を逸らし、口一つとして開けない。いや、勇気がでないと言った方が正しいか。本当は一緒に寝たいのだから、寝たいと正直に言えば良いだけの話しなのに。
だが、これが出来ないのが恋の不可思議な部分でもあった。
「「な、なあ(ね、ねぇ)!…え?」」
声が重なる二人。
「あー、カノンからで良いぞ。」
「い、いやぁ進の方こそ先に言ってほしいな。私ばかり優先されるなんて嫌なのだわ。」
「そう?な、なら遠慮なく……そのーさ、まぁー……ええい!もうなんでも良いや!カノン!!俺と一緒に寝よう!!!!」
進、遂に吹っ切れる。
「っ!!!!!え、ええ!!そうね!!そうしましょう!!それが良いのだわ!」
カノン、ついでに吹っ切れる。
(あ、あああああ!!!!そんなっ!カノンッッ!カノンの隣がッ!!隣があッ!!)
ウェディング、脳が壊される。
三者三様の心境の変化がありつつも、どうにか円満(?)に話し合いを終わらせることが出来たようだった。これで問題もなくなり、無事平和に旅行を楽しむことが出来るだろう。めでたしめでたしである。
「後さ…」
「進と一緒に寝る……え、えへへへへ…………?どうしたの?」
「風呂、どうする?」
「……え?」
悲劇かな、全然めでたしじゃなかった模様。カノンの頭は数秒の間思考が停止した。
「Oh……Beautiful…」(感涙)
「っ、うぅぅぅ…////あ、あまりジロジロ見ないでほしいのだわ…」
「はぁ、なぜ私まで……」
ここは、とある露天風呂。そこにはタオル一枚で体を隠すカノンとウェディングがいた。それを先に風呂に浸かっていた進が目の当たりにし、絶賛口元を抑え涙を流している。
事の発端としては、部屋に付いている露天風呂に入るのはどうすると進が聞いたのが始まりである。
二人が一緒に入って後で俺が入るかと進が提案すると、なんととんでもない意見が飛び出てきたのだ。それが『進一人で入るのは何だか嫌だ。』といったものだった。最初はカノンが無責任なことを言ってごめんなさいと謝っていたのだが、一応一緒に入ることも可能なのは可能だと呟くと、水を得た魚のごとく食いついてきたカノンが、じゃあそうしよう!と何故か妥協してしまったのだ。後にカノンは、あの時のテンションは寝ることの話しもしていたので何かおかしくなっていたような気がすると語っている。
ウェディングは体を見られようがなにも思わないのでどうでも良い話題だったのだが、当然進はそうはいかない……筈だった。そんなの駄目だ!と否定する流れだというのに、進は煩悩が勝ってしまい『ま、まぁ?カノンがそう言うってんなら?しょうがないか~』とあからさまな演技をした後、提案を呑んでしまった。当時の自分を振り返り進は、あの時は完全におかしくなっていたと語っている。
と、似たような状況下にあった二人。このぶっ壊れたテンションのせいでこんなことになってしまったのは言うまでもなかった。
「うあっ……さ、寒い!」
カノンが苦しそうに呟く。恥ずかしがるのも良いが、だからといってその場に立ち尽くすのも良くない。若干進に近づくことを躊躇ってしまうが、それでも早く風呂に入るという選択肢は優先すべきだろう。
「そりゃそうだ。12月だしね。……早く来い、風邪引くぞ。」
「っ!う、うん……」
言われるがまま風呂の方へと足を進めるカノン。だが、そこにいた進の顔を直視できなかった。タオルがはだけぬよう精一杯抑えながら浴槽へと着くと、体を暖めたい一心で爪先からお湯に浸かっていった。
「あ…ううっ……はぁ~……」
「んっ、んんっ…ふぅ……」
お湯に浸かったカノンとウェディングは、最初一瞬だけ感じる高温に思わず唸り、その後に全身を沈めていく過程で体がまるで解凍されていくかのような解放感に続けて声を上げた。
「きもちいい……」
呆けた様子で呟くカノン。進のことを意識しまくっていたのに、もう既に頭の中からその事は消え去っていた。
「これは…疲れが、取れますね……」
ウェディングも続けて口を開く。普段の淡々とした物言いからは想像も出来ない程に柔らかい声だった。
「……」
ただ一人、気が気でない者もいた。
(うおおおおおお……!!カノっか、か、か、カノンの体がッッ!!刺激がっ、強いっ!てか意外とある!!服着てるときはあんま気付かない…いや隣の方のあれと比較するとどうしてもな感じだったから分かんなかっただけで!ある!余裕でめちゃくちゃある!!!)
俺クズだなぁーとは思うが、それでも今回ばかりは許してほしい。だって仕方がないでしょ。カノンは普通に一般から見ても恐ろしいくらいに美少女な筈だ。そんな子と布一枚のみで風呂に入るなんて、反応しない男の方が少ない。それにあまり言いたくはないがウェディングもかなりヤバイ。てか全部ヤバイ。勿論一番はカノンで代わりないのだが、それでもヤバイ。もしかして明日死ぬんじゃないかな。
冷静を保てない進。湯気に辺り顔が熱くなっているが、それだけの理由で熱くなっている訳ではないんだろうなと今の進は感じていた。
「ねぇ進?」
「は、はいっ!?」
温泉の事で頭が一杯なカノンは進の気持ちなどお構いなしに話しかけてくる。第一、男の上半身が見えていたところでそこまで恥ずかしがることでもないのだ。それくらいの事であるならば、カノンが一時的に気にしなくなってしまうのも理解できるだろう。その後は知らないが。
「って、近っ!?態々寄ってきたのか…」
「勿論よ、だってそもそも皆で一緒に入る理由は進を一人にさせたくないからだし。」
「私も居ますよ。」
「そ、そうか。んで、一体何の用?」
「えっとね、その……もっと近寄ってもいい……かしら?」
若干色気のある声音で問いかけてくるカノン。ドキッとする進だが、それを否定することはなく、一言『……いいぞ。』と言った。
「ふふっ…ありがとう♪」
そう言うとカノンは更に進に近づき、遂には進から見て左である真横にまで来てしまった。カノンの肩が進の腕にピトっと当たる。前へと真っ直ぐ伸ばしていた足が同士が、時々太もも部分で接触し合う。
「あ、ああ……」
声にならない声を上げる進。ドキドキと心臓の鼓動する音が耳にうるさく響いていた。しかし、かくいうカノンも負けてはいない。
(うわぁぁぁぁ…!!!進がこんなに近くにっ……どうしようどうしようどうしよう!勢いでくっついちゃったけど心臓がうるさいのだわ…!これ、聞こえてないわよね?うぅ…私のばかばかばかぁ!温泉に冷静さを奪われてこんなことをっ…!)
体が熱くなっているのは決してお湯だけのせいなんかじゃないだろう。鳴り止まぬ心臓の鼓動音に鬱陶しさを感じてしまうくらい、今のカノンは動揺していた。しかし、それでも行動を止めることはできなかった。
「…………あ。」
「?」
暫く沈黙の時が続いていた頃に、カノンがポツリと声を上げた。疑問符を浮かべている進に対しカノンは、さっきとはうってかわって落ち着いた様子を見せながらこう言った。
「すっごく…綺麗な景色なのだわ。」
カノンの目線の先には、暗闇の中から覗く無数の星空だった。季節に合った虫の鳴き声に、自然豊かな緑に包まれた空間と雨が上がった後に見れる雲一つない空。そんな雰囲気の中、カノンが星々に見惚れるのも無理はなかった。
「なんで星がこんなに見えるか知ってるか?」
「え?うーん……どうして?」
「シティにいる時はあんまり星が見えなかったよな。それが日常になってたからこの景色に魅入ったと思うんだけど、まーなんでかっていったら光の多さだな。」
「光の多さ?」
「興味深いですね。」
ウェディングも二人の話題に乗っかってくる。話すのに集中するためか、進の頭の中にはもう体がどうのこうのといった考えは無くなっていた。
「ここに来るまでの町並み見ててもそうだったけどさ、普通夜になったら街灯とか店が光るじゃん。だからこの世界は割と夜って明るいんだよ。でもそれのせいで星の光が地上から発せられる光に負けちゃうんだよな。んでここまで光が届かなくなるから星が少なく見えちまう。」
「へぇー!あ、ということはつまりここはあまり光が多くないから……」
「星が今のように多く見える…ということですか?」
「そうそう!良く分かったな!」
「成る程…そういうことなんだ。ふふっ進は物知りね!」
ま、まぁな…と満更でもなさそうに応える進。二人の間にあった緊張感もいつのまにか消え、いつも通りに戻っている。人間の慣れとは恐ろしいものだ。
「ふぅ…ん、んんー…っはぁ……綺麗な夜景に暖かい温泉。今までの疲れが吹き飛んでいくのだわ…」
「看板に書かれていた体の凝りを取るという効能…強ちあり得ない話しでもないかもしれないですね。」
「ははっ、確かにウェディングからしたら只のお湯に効能があるなんて信じられねぇか。」
談笑する三人。初期にあったゴタゴタが嘘のように思えてくる。この後も暫く三人の会話は続き、気が済んだ所で風呂を上がるのだった。
「い、良いんですかルカさん!?そんなこと聞いちゃっても!」
「だって、仕方がないでしょう?誰かが汚れ役を買ってでもでないと何時まで経っても分からないんだから。なら私がやるしかないわ。」
「それはっ、まぁ……」
場面は変わり、ルカがカイトにとある質問をした所。何故唯を養母として紹介しなかったのか。それに疑問を持ったが故の質問だった。
「カノンとウェディングはそんな些細なこと気にしてる暇無かったでしょうから違和感を持てなかったんだろうけど、多分それ以外は皆思うところがあった筈よ。」
ルカがその場にいる全員に目配せをする。すると、エレナもグレンもチュリンもカイトもルピコも、それこそ全員が気まずそうに目を逸らした。
「それにカイトが私達に唯さんの存在を明かした時も妙だった。」
「…確かにな。葬式んときに進の里親が来るって教えられたとき、それ本当に里親なのかって聞いても念を押して『里親だ。』って威圧かけて来たもんな。」
「正直僕は何か事情が有るからカイトに合わせておこうって思ってあの式の時はツッコまなかったんだけど……」
「わ、私もそうです。何か深い事情があるのかと思い敢えて口に出しませんでした。」
「それにあの時はカノンさんも居ましたしね…尚更出すべき話題ではないと思っていたのですが……まさかルカさんが今になって話題に出してくるとは。」
「やっぱり皆も思うことはあったようね。」
改めてカイトへと向き直るルカ。
「答えられないならそれで良いわ。興味本位で聞いてみてるだけだから。」
「……いつか来るとは思っていたが、それが今とはね。」
含みのある言い方をするカイト。しかし、何かを知っているのだとしたら今浮かべている表情が少々不相応な気がしてならない一同。
そう、カイトもまた悩んでいるような様子を見せていたのだ。台詞と様子の相違から何かしらの異変を察知するのに時間はそうかからなかった。
「あぁ、すまない。今のは聞き流してくれ。只の独り言だからね。」
「…もしかして貴方……」
「うん、察しの通り僕も理由はサッパリさ。」
何となく想像は付いていたので驚きはしなかった。だが、それでも疑問に残るものは残るのだ。
「成る程…貴方も苦労してるのね。事情が分からない以上、野暮なことを追求すべきでないのは確か。ならあんなにしつこく訴えかけてきたのも頷けるわ。」
「その通りだ。」
あの時、実はかなりカイトが気配りをしていた。唯が登場してからというものの、カイトは常にルカたちに視線をやり目で気になっても聞くんじゃないぞと訴えかけていたのだ。
「しかしよぉ、そりゃあまりにも信用無さ過ぎやしないか?」
「それは……すまなかった。」
「流石に私たちも人の家庭事情にズカズカと入る程気を遣えないことはないです。そんな事情があるなら一言事前に話してくれれば良かったですのに。」
カイトの奇妙なくらいの唯への気遣いに、一同は神妙な面持ちになっている。微妙にモヤモヤが残る会話を広げるなか、カイトがゆっくりと口を開いた。
「だが、只気を遣っていた訳でもないんだ。」
「うん?それってどういうことー?」
「ふむ…良い機会だ。僕も疑問に思っていたからこの際皆にも考えてくれないかな。」
そういって1拍置き、話を続けた。
「僕が唯さんとコンタクトを取り、葬式に参列するとの旨の話をしていたとき、唯さんは僕に念を押してこう言った───」
───くれぐれも私のことを進の実母、もしくは養母なのだと一言も口に出さないよう気をつけてほしい……とね
白守進に関してのメモその3
過去毎日悪夢に苦しめられていた時期があった。今もごく稀に見る。