夢を見た。
何時ものようにアイツに暴力を振るわれ、理不尽な罰を与えられる。夢だと脳は理解しているのに、まるで現実なんじゃないかと思うくらいに精神を削られている気がしてならなかった。
もしかして、これは夢じゃない?
あの幸せに満ちた記憶こそが俺の作り出した偽りの、それこそ正しく夢と表現するに値すべき事象だったのではないか?そんな事を考えてしまう程に、この夢は辛かった。だが、目まぐるしく変化する場面を目にし、やはりこれは夢なのだと確信する。
罰が終われば、また次の罰へ。それが終わればまた別の罰が次々に与えられる。不服だが、アイツをよく知っているから分かる。こんなに罰する程アイツは体力がない。大体一度の罰で1日が終わっていたのだ。その事を踏まえて考えると、今の光景が夢だと確信するのに理由は余り要らないだろう。
でも…それでもな────
辛いものは辛いんだよ
「っはぁッ…!!」
最悪の目覚めだった。
「ハッ、ハッ、ハッ……く、あっ…」
呼吸が乱れる。胸の鳴りが酷くうるさい。今自分は生きているのか?その意識すら行方不明だった。
「くっ…そが……」
上半身を起こし、己の掌を凝視する。そして開き、閉じ、開き、閉じを繰り返す。すると、ある程度体を動かしたからかいきなりふわふわしていた意識が現実へと戻された。そして安心した。夢でよかったと。
「……今何時だ。」
側に置いていたスマホを手に取り時間を確認する。起動するとそこには4:00の表記がなされていた。
「………っやめろ…考えるなっ」
言い聞かせるように一人呟く。夢は時間が経つとどんなものを見ていたのか記憶が薄れていくらしい。実際、過去に見た悪夢もどんな内容だったのかハッキリとは思い出せなかった。ひとつ言えるなら、それは現実離れしたまるでビックリハウスにいるかのようなものだったと言うことだけだ。だが、数分しか経っていない今は、まだ記憶に新しい状態であり無意識に思い出してしまうのは仕方のないことだった。
「…あ?」
突然、もう片方の手に何かが触れる感覚がした。体を支えるために床に付いていた手だったのだが、それに何者かが接触したようだ。
なんだろうと思いその感覚のした方へと顔を向けるとそこには
「……すぅ……すぅ…」
かわいらしく寝息を立てて寝ていたカノンの姿があった。カノンが進の手を両手で握っていたのだ。
「…はっ……はは…」
乾いた笑いが起こる進。何故だろうか、カノンの顔を見ただけでさっきまであった不安が全て吹き飛んだ気がした。それと同時に、無性に人肌が恋しくなった。あの何者にも替えがたい温もりは生きた生物にしか産み出せない唯一無二の産物だろう。それを求めてしまう理由も最早本能に近いのではなかろうか。
「…んっ……」
ほぼ無意識に進がカノンの頭を撫でる。まるで子供のように伸びきった表情で寝ているカノンだったが、撫でられたのと同時に頬が緩み自然と笑みをこぼした顔へと変化した。
「えへへぇ……すす…むぅ……」
夢でも見ているのだろうか。進の名を呼ぶ彼女は酷く安心した様子で眠っていた。
「……安心してんのは俺の方だな。」
本当に、本当に情けないと思った。只眠っているだけの者に癒され、不安に支配されていた脳を解放されたなんて。
「やめよう。これ以上考えても暗くなるだけだ。まだ時間あるしもう一度寝よ。」
状態を直し、再び床に就こうとする進。布団にくるまり目を閉じようとしていたその時だった。
「んんっ………カノ…ン…」
「?…ウェディングか……?」
カノン同様眠っていたウェディングがなんと、寝言を発したのだ。流石に気になってしまう進。ウェディングの様子も見てみようと思い立ち、寝かけだった体を起こして声のした方へと顔を向けた。
「……………」スー…スー…
綺麗な顔立ちから聞こえてくる寝息は最小限の音量に押さえられており、その寝方からもかなりの強者感が滲み出ていた。カノンの真横で眠っているウェディング。少しでもカノンに密着していたいのか体をカノンに限界まで寄せていた。
「ふっ…何時もはクールだけど、カノンの事になると完全に別人だよなお前。」
ポツリと呟く進だったが、その言葉はまるで闇に吸い込まれるかのように儚く消えていった。
ふと浮かんだ疑問だが、ゼニスは夢を見るのだろうか。そして、もし仮に見るのだとしてそれは一体どんな夢なんだろうか。擬人化されたウェディングとはいえクリーチャーはクリーチャーだ。目の前にそんな珍妙な存在がいれば、デュエマ好きの進からしても好奇心が湧いてくる。
「…あ…………クソっ、なに考えてんだ俺は…!」
そんな時だった。血迷ったのか、進はとんでもないことを考えついてしまったのだ。その思考回路が余りにも自己中すぎた為、本人も時間差で己の気持ち悪さに気付き思わず嘆いてしまう。
「……っ………くっ…」
進の目線の先にあったのは、カノンとウェディングの間にある僅かな空間だった。ウェディングが気を遣ったが故に生まれた人一人ならねじ込めそうな隙間。何故か進はそこを凝視していたのだ。
「…きっもちわりぃ。」
己の愚かさに吐き気がしてくる。そして、己の弱さに反吐が出る。
進が突然自分自身を卑下し始めたのには、彼のある考えが関係していた。
(あそこで寝れたら…この気持ちをどうにかできるんじゃねぇのかな……)
それは、本当に漠然とした空想に近い考え方だった。
何故こんな思考をしてしまうのか、進は考えてみる。人間としての邪な感情に流されているから?それとも単純に性格がダメだから?もしかして───これは人間、いや知的生命体の求める根元的欲求……所謂本能と言う奴だからなのか?
纏まらない考えを前に、進は頭をふって考察することをやめた。
「…あぁもうっ……なっっんで俺はいつもこうなんだよ…!」
基本的に優柔不断で迷うことが多い。なのに、思いきって決めるときはキチンと決めるので、その点は褒めるべき長所であると進は思っていた。だが、今回は余りにも思い付きが過ぎていた。
どうしようどうしよう、本当にこれはやっても良いことなのかな…………いや、考えるのはやめよう!こうなれば前進あるのみだ!
なんてやり方は今回ばかりは通用しなかった。
「久々に見た悪夢が…これかよ。このタイミングなのかよ。」
ふざけるなと、叫びたかった。発狂したかった。そうやってストレスを発散しなければ、心の中のモヤモヤが一生晴れない気がして仕方がなかった。
だけど、隣にはカノンがいる。奥にはウェディングがいる。そしてその二人は気持ちよく眠っていた。そんな状況で叫べるわけがない。だから、だから───
「…すまねぇ。」
一つ、進は大きな懺悔をしながら体を動かしカノンとウェディングの間に迫った。
「そっとだ……ウェディングの腕を静かにどかして、入りゃ良いだけ。それだけだ。」
眠ったウェディングを立っていた進が見下ろす形で、ウェディングがカノンへと伸ばしていた腕を本人が起きないよう慎重に退ける。やがてその作業も終わり、カノンとウェディングの間に人が入れるスペースが明確に出来上がった。
何をやっているんだろうと思いながらも、その動きは止まることを知らなかった。まるでスロー再生かの如く進は己の肉体を動かし、布団の中に己の体をねじ込む。ついぞ二人が起きることはなく、進はやるべき事を成し遂げたのだった。
「…………」
天井を無心で見つめる進には、先程までの酷く錯乱していた面影が微塵もありはしなかった。二人の間に移動したお陰なのかどうかは分からないが、兎に角落ち着きを取り戻したのは確かだった。
「……んぅ……カノ…ン…」
「うおおっ」
寝言を呟くウェディングの声が、ほぼゼロ距離にいた進の耳に入ってくる。普段の振る舞いからは考えられないような甘々な声音に反応せずにはいられなかった。寝ているからだろうか。生物がもっとも気を緩ませる状態であり、そして自分自身が唯一知らない自分を見せている瞬間でもある睡眠状態だからこそ、こうした言動を取るのかもしれない。本人すら気付けない深層心理内では、もしかするとこうした甘えたがりの本性を持っているのかもしれない。そう考えると、いつもクールに見えていたウェディングが急激に可愛く見えてきた。勿論、この可愛いは小動物を愛でたいと思う方の可愛いであるのだが。因みにカノンはマジで全部可愛いと思っている。
「………はっ……こんなの、カノンに見られたら嫉妬されまくりだろうな。」
気付けば進はウェディングの頭を撫でていた。この時だけ進はウェディングの方へと体を向け、右手を毛布から出していた。さらに言うと、ウェディングとは向かい合っている形でもあった。仰向けで寝ているカノンと違い、少々寝癖が悪いのかカノンのいる方向を向くようにして眠っているウェディング。そんな部分にも少しだけ萌えを感じている進がいた。
「ん、ふふっ……」
「改めて見ると、やっぱりお前美人だよなぁ。」
小さな微笑みを見せるウェディング。本人は自覚してないだろうが、ウェディングは確実に顔は良い方だろう。というか、シティのレベルがまず高いのだがそれは置いておいて……芸術家が見れば絵に残したいと言われるだろう事までは想像できる。それくらい美しいし、綺麗だった。
「カノンの事が好きだとはいえ、お前ももう少し欲を持ってみたらいいのに。そしたら感情とも向き合いやすくなる。」
聞こえているわけがないのに、進は一人そう呟いた。どこか、自分の不安を紛らわせているかのように見えるのは気のせいだと思いたい。
「…………」クルリ
満足するまで撫でたところで、ウェディングの方に向けていた体を直し、再び仰向けになる進。天井のシミを無心で数えてみたりしているとき、進は改めて思うことがあったのを思い出す。
(両手に花ってのはこの事だな。…………冬なのにあったけぇ……)
気付いたときにはもう不安はなくなっていた。次第に眠気も蘇ってきて、遂には眠ってしまう進であった。
チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「んん……」
暖かな日差しと共に目を覚ましたのは
「…………?……!?は?はっ!?」
ウェディングだった。
仰向けに寝ていなかった彼女は、目を開いて直ぐに隣に進が居ることを確認した。当然、困惑も隠せない。そりゃそうだろう。進はカノンの隣に寝ていて、それも端っこだった筈なのだ。カノンが真ん中で、ウェディングと進がその両端。カノンを挟んで寝ている筈だったからこそ、その衝撃もすさまじかった。
しかも、驚くのはそれだけではない。なんとウェディングは今
「これは、白守進の…腕?」
抱き枕を抱くかの如く、進の左腕をぎゅっと両手で抱き締めていたのだ。理解の追い付かない状況に思わず固まってしまうウェディング。咄嗟に腕を手放すこともできず、暫く呆然としてしまっていた。
「……?なん、ですか?焦らなければならない筈の状況に置かれているのに…何故、こんなにも落ち着いてしまうのですか?」
女の腕とは違った、太くて筋肉質なソレ。比較的シティには女性が多いと思っているのだが、それ故にこうして間近で男性の腕を見て触れたのは初めての経験だった。
「カノンは、いつもこんなものに抱きついていたと?」
何故こんなにもある意味冷静になっているのか。何故落ち着いていられるのか。何故胸の奥底がほんのりと温かくなっているのを感じられるのか。その全てが不思議だった。しかし、その答えも直ぐに理解することになる。
「…一つ言えることがあるならば……貴方の側にいると、何故か酷く安心感を覚えると言うことだけです。」
ポツリと、素直に思ったことを呟くウェディング。その声には、若干の恥じらいが感じられた。
「……っ」
気付けば、ぎゅぅぅっと更に強く抱き締めてみていたウェディング。何故か腕を直視することはできず、目を逸らしながらの行為ではあったがそこに躊躇いはなかった。
「…貴方の所偽です。貴方が現れてからずっと……いえ、たまにですが…胸がドキリと高鳴る瞬間が増えたのです。微かに心拍数も上昇しますし、体温だって上がります。黒歴史、とやらを教えてもらった際に、羞恥心が何かを知ってしまったお陰で今私が明確に恥ずかしいと思っていることも自覚してしまっているのですよ?……知りたくありませんでした。感情というものがこんなにも難しいものであり、そして心地よいものであるということを。知らなければ、私は以前のようにカノンを護ることだけに集中できたというのに…今こうして、貴方の温もりを求め抱き締めるということもしなかったというのに。……だから全部、全部───これは、貴方の所偽なのです。」
自分に言い聞かせるように話すウェディングの姿は、どこか寂しく感じられた。
今までウェディングは、戦いばかりしてきた。処刑人とまで呼ばれるに至り、残虐非道な行為を繰り返してきたのだ。感情がないので、当時はなにも感じなかった。そもそも悪いことだとすら思っておらず、己の行動は世のためだと思ってすらいた。だけど、振り返ってみたら分かる。自分がそういうことを繰り返す度に、自分の何かが酷く冷たくなっていっていたのだ。生き物としての何か、もっと言えば知的生命体としての大事な何かを失ってきた気がした。
……欲しくなったのかもしれない。深層心理で、冷えきったのかもしれないあるかどうかも不明な己の心に温もりが欲しいと思ってしまったが故に、ウェディングですら理解できない抱き締めるといった行動に出てしまった。それによって、謎の安心感を与える進の腕に更に近づける。温もりも十分に感じられる。だからこんなことをしてしまったのだと。それが分からないから…いや、認めたくないから敢えて進の所偽にしているのかもしれない。ゼニスにだって、プライドはあるのだ。
「………暖かい。」
ドキ、ドキと未だ胸の高鳴りは止まらない。だが、それに反比例するかのようにウェディングは落ち着いてもいた。
「……ふふっ、これは私だけの秘密にしておかなくては。」
何時ものような鼻を鳴らす笑いではなく、今回のウェディングは女の子らしい可愛げのある声をして笑っていた。
朝の目覚めが、こんなにも気持ちいいと感じたのは何時ぶりだろうか。今日はなんだか良い日になる気がする。そんな淡い期待を抱くウェディング。その後も、ウェディングは進達が起きそうなギリギリまで腕を抱き締めていた。
「ん…………ふっ、んん~…!…ふぁぁ……」
「お、起きたみたいだぞー。」
「本当ですね。おはようございます、カノン。」
寝ぼけたカノンが背伸びをする。それを見ていた進が声を上げウェディングに報告した。
「…………なに…やってるの…?」
頭があまり働いていないからか、話すのが遅いカノン。そんな質問をされた二人は、恐らく一緒に見ていたテレビに映っていた映像を背に座ったまま振り返り、こう答えた。
「ん?何やってるもなにも、只テレビ見てただけだよん。にしても、結構良いタイミングで起きたな。な、ウェディング。」
「えぇ、そうですね。」
「……?……いま…なんじ?」
「今か?八時半だけど。」
「…………えぇえぇ?!?!」
カノンからしたら衝撃の時間帯だったらしく、驚きを隠せていない。ついでに意識も完全に覚醒したようだ。
「ってかさ、さっきの寝起きカノンめちゃめちゃかわいくね?」
「…ほう、もうそこに気付きましたか。貴方はやはりカノンを愛でるセンスがある。流石私が認めたライバルなだけありますね。」
「そ、それはどうでも良いのだわ!そんなことより大丈夫なの!?予定時間大幅に過ぎちゃってるんじゃ…………」
前日に聞いた話では、今日はこの辺りを散歩するから早めに準備をして行こうと言っていた筈だ。そのときに進が言っていた、起きる時間の目安が大体……八時だった。そこから着替えて、朝御飯を食べて出発の予定だったのだ。
「大丈夫だって。そんな焦んなくて良いよ。」
「?」
「俺が言ったのは目安だぜ?確かに起きるなら八時の方が色々と楽にはなるかもしれないけど、別に絶対起きなきゃいけない理由もないぞ。それに、本当の起きなきゃいけない時間は八時半なんだ。」
「…へ?」
すっとんきょうな声を上げるカノン。
「だから、あの時言った時刻は本来起きるべき時間から三十分早めたものだったってこと。」
「え、えぇ~?……はぁ…もうっ、すっごく焦ったのだわ。でも、どうしてそんなことを態々?」
それに、ウェディングも何か隠しているような気がしてならない、と進に伝えるカノン。
「む、流石に気にしますか。」
「当たり前よ!二人して一体何が目的なのだわ。」
「いや、言ってそんな大したことじゃないぞ。」
「ほぅ……大したことないとは、少々聞き捨てなりませんね。」
「ま、待てよ…!別に軽視してる訳じゃないって!」
ウェディングがとんでもない圧力を進にかける。それを焦りながらも宥める進だった。
「まーなんつーんだろ、結論から言うとだな…主犯は俺で、ウェディングは共犯?みたいな感じか?」
「聞こえが悪いですね…もっと柔らかく表現しなさい。」
「うっせ、別良いだろ。でだな、結局なんでこんなことしたかっていうと、簡単に言うとカノンが疲れてるかなって思ったからなんだ。」
「疲れてる?えっ、と……ま、まだ二日目よ?全然疲れてなんていないのだわ。」
「それがなぁ…本人は自覚しにくいんだよ。今回カノンは初めての旅行ってことらしいけどさ、こうして全く知らない土地に行くって想像以上に体力を使うんだ。そしたら体は休息を求めるだろ?だから、敢えてカノンには起きなきゃいけない時間から三十分くらい早い時間を伝えて、本来起きるべき時間に起きやすくしたってわけ。」
人間とは不思議なもので、この時刻辺りで起きようと意識すると、時間を測っている訳でもないのに丁度起きれたりするのだ。それが人間の脳の持つ特殊能力なのかは分からない。
しかし、カノンは初めての旅行で疲れてしまっていた。そこで生じた問題が、純粋なる寝坊だった。寝過ごす可能性の高いカノンをそのまま放っておく訳にはいかない。では、どうすれば良いのか。その答えが先程の進の発言の全てだった。
八時に起きなければならないと意識させることにより、もし寝過ごしてしまっても、その先で目を覚ます可能性が大幅が上がる筈だ。そんな考えを思い付いた進は、ウェディングにこっそりと相談し芝居を打ってくれと頼み込んだのだが、これはまた別の話だ。
「いやでも、えぇ?」
「ん、まだなんか気になることでもあるのか。」
「た、確かに寝過ごしちゃったから進の言う通りなんだろうけど……この旅行なんて、正直に言うとクリーチャー世界に居るより全然楽だし、なんならシティで住むってなった方が体感でいうと疲れた気がするのだわ。」
「あー、なるほどな。」
うーん、と悩む進。だがしかし、ここで進もだまっている訳にはいかなかった。何故カノンがこの旅行で疲れてしまったのか。その理由を素早く分析し、伝えて上げようと進は躍起になる。カノンの疑問から数秒後、進が口を開きこう答えた。
「多分、情報量の違いじゃねえかな。」
「情報量?」
「そそ、シティに住むことになったときはルピコちゃんやその他の人たちのサポートがあったんだろ?分からないことがあったら聞けば良いし、なによりそれって旅行と言うより感覚的には引っ越しの方が近い気がするんだよな。だから確かに疲れることはあるかもしれないけど、体が新天地での生活になれるためにその環境を受け入れる準備をしてる状態になるだろうし、それに日数を重ねる前提の動きだからそれも加味するとあんまし疲れないんじゃないかな。それに比べて旅行はその地に二、三日くらいしか居ない。景色も次々変わるし、正味時間通りに動かないと大変なことになるしでちゃんとした休まる時間ってのがないんだよ。それに加えてこの豪勢な旅館にまぁ……俺のばあちゃんとかその他の親しい人たちと話したりもしたらさ、体は大丈夫かもだけど脳は疲れちゃうでしょって話。」
シティの場合だと、情報量自体は多くとも徐々に覚えていけば良いというマインドであればそこまで疲れることでもない思われる。尤も、カノンがそう考えられる人間であるならばの話であるが。時間だってたっぷりあるのだ、1日1日に超全力で挑む必要がない時点で疲労感もそこそこにとどまる筈なのだ。だが、進の言った通り旅行とはこれらの例とは全く異なる状況だった。それが恐らく答えなのだろう。
「なるほど…ってことは私……もしかしてかなりぐっすりだった?」
現在時刻は八時半、丁度起きるべき時間帯だ。進が起きやすくなるだろうと想定していた時間ギリギリのライン。
「そりゃあもう、熟睡だったよな。な?」
「えぇ、あんなにリラックスしたカノンは初めて見ました。何をしても起きそうな気配がありませんでしたし、何より環境が良いのでしょうね。そもそもが、就寝するまでの早さも中々のものだったと思われます。」
「そうだったんだ…私、気付かない間にそんなことに。ということは、進は私の事を気にしてくれてウェディングと一緒にこんなことをしたってこと?」
「はい、その通りです。全く…この作戦、旅行をする前に進に気を付けておけと忠告されまして……根拠の薄い理由に本当に必要な嘘なのかどうか疑っていたのですが…彼はカノンの事をよく見ているのですね。」
「誘ったの俺だしな。そういう気配りはできて当然の事だぜ!」
珍しくウェディングが褒めるので、進もその気になりフンス!と鼻を鳴らしながらドヤ顔を決める。カノンは朝から進にこんなに自分の事を分かられてしまっているのかと、少しの羞恥心と充足感によって気持ちの良い朝を迎えることになったという。
「…はぁ~……ご馳走さまでした!」
「ご馳走さまでした。」
味噌汁を飲む音を最後に、二人の声が元気よく響き渡った。
「この鮭、最後まで美味しく頂けましたね。」
「えぇ、こう何て言うのかしら?身がぎっしりしまっているというか…無駄な部分が一切なかったのだわ。お味噌汁も美味しかったし、何だか頭がスッキリした気分。」
「その味噌汁、昔母さんがよく作ってくれてな~。マジでうまいよな。」
先に食べ終わっていた進が懐かしむように語る。
「あっ、そっか。これも唯さんが作っているのよね…ってことは進は毎日こんな美味しいご飯をたべれていたのだわ!?だとしたらすっごく羨ましい…!」
「いや、基本は自炊だったな。火を使うのが危なかった頃は作ってくれてたけど、母さんって普段はかなり忙しい人でさ、家に居ないことも多かったからある程度の年齢になった頃に料理の仕方を叩き込まれた。」
「へぇ~……ならいつか私、進の作る料理食べてみたいな!唯さんが教えたんだもん。きっと美味しいに決まっているのだわ!」
「そんな、俺なんてまだまだよ。でもまぁ…そうだな、休みは此れからも続くことだし今度なんか作ってみるか!」
「やった、楽しみにしておくのだわ!」
料理に関する雑談を交わすカノンと進。純粋に楽しみにしているカノンの姿は、ウェディングからみて何時どんな状況の時よりも輝いて見えた。こちらも自然と笑みが溢れる程には。
「それで白守進、動きやすい格好に着替えろとのことでしたので、このじゃーじ?とやらを着たわけですが…辺りを散策するとは一体具体的にはどの様なことをするおつもりで?」
ウェディングの言葉通り、現在進を含めた三人がジャージを着ていた。この寒い時期に少し薄いのではないかと疑問を呈したこともあったが、これくらいが丁度良いのだと進に言われた事を思い出す。
「いやマジで歩くだけだぞ。一応目的地ってのはあるけど。でも、その距離だけはとんでもないってことは教えとこうかな。それ以外は言ったら面白くなくなるから言わない。」
「ふむ…貴方に任せっきりなのは少々不安ですが、まぁ良いです。」
「ナンダトコノヤロー!」
「ふっ……冗談です。」
二人して軽口を叩く。そんなこんなで謎は残るものの、取り敢えず出発することになった一同。旅館を後にする際『お気をつけて行ってらっしゃいませ。』と大人数に言われたのに少し吃驚したものの、それ以外は特になんともなく事は進んでいった。
山を下り、歩道に足をつける一同。ここに来るまでにはちょっとした獣道と、後は超長い階段を下りていく必要があったがそれを一同は難なくこなした。
「改めてみると、田畑がすごいですね。」
「でも、その奥には海も見えるのだわ。」
大自然の景色に圧巻される二人。そんな二人を得意気な表情を浮かべながら見つめる進であった。
「さ、ここからは長いぞーっ!適度に水分を取りながら着いてこい!」
「はーいっ!」
「分かりました。」
「そしたらね、そこでプレイヤーがいきなりデッキを取り出して……」
「えぇ………流石にデュエマ狂いすぎだろ。あんな強くもなるわな。」
「本当、プレイヤーのああいう部分にはいつも困らされます。」
「でも、そんな所に私は助けられたのだわ。まぁ、時々度が過ぎてる事もあるんだけど……」
長い道のりを歩く一同。今はプレイヤーの話題で盛り上がっているようだった。
昼ご飯は適当に店に寄って済ましたし、所々にある建造物も見所があって割と飽きなかった。しかし、歩いても歩いてもゴールが一体どんな所なのか検討もつかない。このまま行くと帰りも大変なんじゃないかと思ったカノンは、進に訊いてみることにした。
「後どれくらいでその目的の場所につくの?」
「ん?そうだなぁ……三十分ぐらい?あ、ここ曲がるぞ。」
「え?う、うん。」
そう言って進が曲がった先にあった道は、路地裏と思えるほどに狭い道で、高いブロック塀に挟まれていた。急な階段も現れ、少しずつ疲労が蓄積されていくのがわかる。階段を登りきり、一旦歩道を経由したかと思えばすぐさま階段を登り始めた。
「ど、どこに連れていこうとしているのです?こんな山の奥に一体何が……」
進が登り始めた階段は、旅館から出てきた時に下った階段に非常によく似ていた。無心で登り続ける一同。先ほどまでの会話はどこへやら、喋る余裕が失くなる位にはこの階段はきついものだったらしい。
だが、そんな時間にも終わりは来るものだ。木々の影に隠れ見えずらかったが、漸く階段の終わりを目にすることができたカノンは、最後にスパートをかけるべく気合いを入れて足を動かした。そして遂に
「ハァ……ハァ……やっ、たぁぁ……!」
その頂上へと、登りきることに成功した。
「ジャージを着せた理由が今分かりました。これは流石に辛いですね。」
「だっ……だろ…?ふぅ~…ひっさびさに登ったが、やっぱりきちぃー…!」
息を上げるカノンと進。ウェディングのみが唯一平気そうにしていたが、実際はそう見えるだけで本人は普通に疲れたと思っているらしい。それでもカノン達みたいにはならないので、そこはやはり人間とクリーチャーの差であると言えるだろう。
息を整え、水分を補給する一同。一息ついた後、改めてカノンは辺りを見渡した。
「ここは……どんな場所なのだわ?」
目の前にある、なんとも古そうな建物を見つめながら疑問を口にする。他にも、石で作られた銅像?みたいなものだったり、建物自体に謎の縄と吊るされた鈴のようなものがあったりと謎は深まるばかりだ。
「ここは神社だな。」
「え!ここ神社なの!?」
「ほぅ…この世界にもそのような場所が。」
立場上、神に関する話題にはめっぽう強い二人。そのため神社がなんなのかは流石に理解できていた。しかし、この世界の神社の形は知らなかったので驚くことには驚いた。
「この地にある唯一の神社なんだ。それよりもさ!ちょっとこっち来てくれよ!」
「あ、まって!」
そよ風の吹く中、進達は境内の奥へと歩を進めていく。日光が木により遮られ、風のよって揺れる葉っぱのせいで日向と日陰が激しく動く。
カノンは辺りを見回しながら、その場の神聖な雰囲気を感じ取っていた。社の隣を通りすぎ、足元も段々でこぼこしてきて覚束なくなってくる。そんな険しい道を歩いているのだから、当然疲労も再び溜まってくるし汗もかいてくる。そんなときだった。
ザァー!ザァー!ザァー!
「?この音は……?」
ウェディングが真っ先に反応を示した。微かに聞こえてくるその音は、確かに水同士が打ち付け合うものだった。
そんな音に気付き、少しした後だった。段々と大きくなっていく音をbgmに、話す気力もないまま進について行っていると、突然視界が開けた。その先にあった光景は
「滝……なのだわ。」
「…少なくとも、ここまで歩いてきて損はなかったようですね。」
大自然に囲まれた、見事なまでの滝だった。
「ふぃー…涼し~!ほら、お前らももうちょっと前でてみろよ。飛沫が当たって気持ちいいぞ。」
「う、うん。」
言われるがままにするカノン。一定の距離まで詰めると、進の言う通り微量の水がチビチビと当たり、熱くなっていた体を冷ましてくれた気がした。
「ほら、近くに座れるとこあるからさ。ちょっと休憩しようぜ。」
そう言って指差すのは、滝を眺めるのに尤も相応しいであろうベストなポジョンに位置していたベンチだった。
「よいしょっ…と……ふぅ…良い運動になったのだわ。」
「ですね。最近食べてばかりでしたし、丁度良い機会でした。」
「おいおい、まだ帰りもあるぞ?油断大敵だっての。」
「ふふっ、そうね。………それにしても、神社の近くにこんな立派な滝があるなんて驚きなのだわ。進はどうしてこの場所に私たちを連れてきたの?」
「そうだなぁ…俺が言うのもなんだけどさ、ここらへんって景色も良いし食べ物も美味しいし、公共施設が少ないことを覗けば結構良い場所だと思うんだよ。」
「ううん、結構どころかとっても素敵な場所だと思うのだわ!」
「はは、ありがとな。まぁ本題に戻るが、俺はここで育ったと言っても過言じゃねぇだろ?だからさ、ここに居た間悩むこともいっぱいあったんだ。落ち込むこともあったし泣きたくなるときもあった。そんな時、俺はいつもここに来てたんだ。」
思出話に更ける進。その瞳はなんだか少し切なくて、でも決して嫌がってはいない様に見えた。
「貴方にとってここは、特別な場所なのですね。」
「うん。そんな特別な場所だからこそさ、大切な存在であるカノンには絶対見せたいなーって思ったんだ。勿論、ウェディングもだぞ。」
「大切な、存在………ふふっ。」
進はたまに、意図せず胸をキュンとさせるようなことを言ってくる。大切な存在だと言われることの、なんと心地の良いことだろうか。この一言で、自分が一体どれだけこの人に必要とされていて、自分がこの人のことをどれだけ求めているのかを再認識させられる。
「…なんですか、ソレ……まるで私がついでみたいな扱いですね。」
「あー…ごめんな。俺はウェディングも本当大事な人だって思ってるよ、本当。何より俺はウェディングに感謝してるしな。」
「?……私何かしましたか?」
「何をしたもなにも、俺がカノンに出会えたのはウェディングのお陰だろ。ウェディングが居なかったらカノンは拾われずに死んでた可能性もあんだし。それに、幾多の危機から守り抜いたのもウェディングなんだろ?だからさ、本当に感謝してるよ。」
「………そうですか。ま、まぁそこまで言うのでしたらここは満足して差し上げましょう。此でもゼニスなので崇められるのには慣れていますからね。」
「いや崇めてはねぇよ!?」
軽く冗談を言い合う二人。それをバックグラウンドミュージックにしながら、カノンは目の前の滝が流れるのを無心で眺めていた。
確かに悩みごとをしたときここに訪れるというのはありかもしれない。心がどこか落ち着くし、穏やかな気持ちになれる気がするのだ。
(あ……私、今多分幸せなんだ。)
幸せというのは案外自覚しにくい。普通の日常こそが幸せだと解く者もいるくらい、幸せの定義とは曖昧なものなのだ。それを明確に、心で唱えられる位に思えるのは並大抵のことじゃできない。それをカノンは今行えた。だから今日は確実に……良い日なんだろう。
「…………はぁ」
だからこそ、気付けなかった。言い合いが終わった後の進が、滝のある方とは全く真逆の方を一瞬向きため息をついていたのに。
「お、あ゛ぁぁ~……極楽極楽……」
「あ~~~……いやされるのだわぁ…………」
「…ふぅ……気持ち…良いです…ね…」
あれから一同は無事旅館まで帰りつくことができた。汗でひしょびしょだったので、速攻で風呂に入ったのだがこれまた最高の瞬間だった様で、全員目がハの字みたいになっていた。リラックスの極みである。
「これだよこれ。体動かした後に入る風呂がマージで気持ちんだ!」
「私、ここまで疲れがとれるって感覚がしたの初めてかも知れないのだわ。」
「……かのん……もう少し、近寄りましょう?」
ふやけきった口調でカノンに迫るウェディング。
「え、うん…別に構わないけど…ひゃあ?!」
「……ふふ、何を驚いているのですか?素肌が少し触れただけではありませんか。」
「それでも少しくすぐったかったのだわ。ウェディング、絶対わざとでしょう……むぅ…」
二人ともテンションが確実におかしくなっている。若干のキャラ崩壊を起こしているような気もするが、それも全て温泉のせいに違いない。そう、決して素の己をさらけ出している訳ではないのだ。温泉、恐るべし。
白守進に関してもメモその5
進の住む地域からほんの少し離れた土地は、あるグループによる土地開発が盛んに行われている。