別れとは時に、淋しくなるものだ。虚しく、空虚で、胸にぽっかりと穴の空いた気分になる。それを進は今実感していた。
「ふっ……あ、あぁぁあぁ…」
だが、そんな気持ちも睡魔には勝てない。三大欲求の一つである睡眠欲には如何なる感情を前にしても無に帰すことだろう。
カノンたちと別れてから少し経った後の事だった。進は現在、旅の疲れによって重くなった足をゆた、ゆたと動かし帰路へと着いていた。
(風呂…どうしよっかな……飯は…めんどくせー……)
暫く身の回りのことを他人に任せていた為、ふと過ぎったご飯の用意に風呂掃除のことに対して悪態をついていた。
(爆速で帰って爆睡も、強ち嘘じゃなかったなぁ…これ。)
カノンに放った冗談交じりの発言。当時は元気だったからこそ、あんなことが言えたのだろうと考える。どうやらカノンだけではなく、自分自身も情報がどうという話の効果をモロにくらっていたらしい。
(そりゃそうか。あんな美少女や美女と一緒に旅行なんてしたら、いくら地元といえど見えてくる世界が大幅に違ってくるに決まってる。)
そんなどうでもいいことを考えながらも、進は無心で歩を止めず前進する。漸く家に着きそうだという時に、事は起こった。
「……?なんだ、あれ。」
道の奥に、何やら赤い人影?のような物が見えた。眠くて視界が少しぼやけているのか、上手く人影をキッチリと認識できない。それでも目を凝らして眺めていると
「あ?なんかこっち来てね?ってかもう一人…?居ないかこれ。」
段々姿が大きく、そして距離を詰めて来ているのが確認でき、更に一つだけだと思っていた人影が二つあったことに気がついた。
そこで遂に、進の眠気が完全に吹っ飛ぶ出来事が発生する。
「ん…ンン!?あ、あれってもしかして…!?」
近づくソレが、一体何なのか。それを理解した瞬間、進の瞳は大きく見開かれた。
「まだ生き残りがいましたね、どうしましょう?」
「どうするも何も、ギュウジン丸様が言った通りの事するだけだろ。」
「ですね。おい、そこのお前!大人しくしろ。今すぐ我々の指示に従うん」
「す、すっげぇえええ〜!!!!」
『!?』
何かをブツブツと会話している二人。だが、そんな会話は進の耳に入っておらず目の前の存在が何かを言い切る前に進がまるで幼き少年かのような声を上げた。驚く二人を前にして、進は興奮気味に話しかける。
「あ、いやすみません!その…二人のクオリティがとっても高くて……つい声が出てしまって…で、でもすごいっすね!その姿!!」
「な、なにいってんだコイツ?」
「さ、さぁ……俺にはサッパリですわ。」
余りの勢いに若干引き気味の二人。すると、進はその冷めた反応を目の前にして冷静さを取り戻していった。
「あっ……も、もしかして二人って…人間じゃ、ない?」
「はぁ?どうしてそこで人間なんてワードがでてくんだよ。」
二人の内一人、体格が一方と比べてかなり大きいヤツが首を傾げる。
「あ〜……なるほどね。またやっちったよ…ごめんな、困らせちゃって。」
「???」
唐突に謝罪される二人……いや、二体?はただひたすらに困惑するのみだった。
「わ、訳わかんねぇ!!なんなんですか奴は!?」
「んなこと俺に聞くなよ!」
体格の小さい方が、大きい方に意見を求める。だがしかし、当然大きい方も進の言葉の意図など理解できるはずもなく、言い返すことしか出来なかった。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと説明するから。」
「は、はぁ…」
まるで奇妙な生き物でも見ているかのような目で進を見つめる二体。そんな二体の様子に気づくことなく、進は簡単な説明をした。
「……あぁ?つ、つまりお前はクリーチャーの存在を知ってて、その上で俺たちのことをそのー…こすぷれ?とか言うやつをしてる人間だと勘違いしてたって事でいいのか?」
「そそ!いや〜悪かったな。俺、デュエルも勿論好きなんだけど、一番好きなのは何かってなったらデュエマのクリーチャーが良いなって思ってるタイプの人間でさ。あんたたち見たらついその…興奮しちゃって。」
「ほう……」
「はぇ〜、世の中には色々なヤツがいるもんですね。」
興味深そうにする二体の赤いヤツ。するとその内の一体が、とある質問をした。
「そんなに好きなのならば、俺達の機体名を答えてみせろ。」
「機体名?」
「ああ。厳密には、俺達の中でも更に詳細な名が着いているんだが、それを簡略化する為に付いている種類ごとの総称のことを機体名としている。」
「ま、俺達的にはそっちの方が楽ですもんね〜。一々番号で呼びあってたらキリがないですし。」
「そういう事だ。この世界で、デュエマというカードゲームがあることは知っている。それに、クリーチャーがカードと化しているのもな。ここは一つ、お前の言っていることが本当なのか試してみるとしよう。」
それは、単なる好奇心からくる実験だった。二体の中で、こんなことをしている暇等あるのだろうかという思いも少し合ったが、そんなのはもうどうでもよかった。
どうせ、使い潰される体だ。そこに関してどうこう思っている訳では無いが、どうせなら少しこの芽生えた好奇心に身を任せてみても良いだろうと判断したのだ。
「さぁ、言ってみ」
「超轟速 マッハ55と轟速 ザ・レッドだろ?」
「うっわ、マジで言い当てやがりましたよ…」
「っ…うぅん……最後まで言わせろよ。」
やるべき事を提示した次の瞬間には、もう進の口は動いていた。言い終われなかったことに対して少し不服そうにするマッハ55。それに、ザ・レッドは若干ドン引きしていた。
「はぁ……もういい。そろそろ任務に戻るぞ。」
「あっ、はい。」
こんな人間もいるのかと、衝撃を受けたには受けた。だが、改めて考えてみればそれまでだった。名前を当てられただけ。自身の詳細を知られていただけ。確かに驚愕するが、だからどうしたというのだ。この人間にできることなど何も無い。この後は大人しく連行して、あの件の場所に行くだけだ。そう考えると、二体は言いようのない虚無感に襲われたのだ。
冷めきった内情を抱えつつ、二体は本来の目的を果たそうと行動に移す。その時だった。
「にしても、二人は何でシティに?随分堂々と歩いてるけど。大丈夫なのか?住民に怪しまれるかもしれないぞ。」
「…はぁ?」
頭の上に疑問符が浮かぶマッハ55。この期に及んで、まだ何か聞きたいことがあるのか。それに、何故こんなどうでもいい質問ばかりするのか。少しイラつきを見せるも、人間相手にペースを乱されるのも癪なのであくまでも平静を装い口を開いた。
「いや、態々それ聞く必要あるのか?いい加減鬱陶しいぞ。」
人間の前で変に嘘をつくこともないだろう。そう考えたマッハ55は、正直に思ったことを伝えた。だが、そのせいで思いもよらぬ展開を産むこととなる。
「いやだってさ、住民にバレるのってかなり不味い事なんだろ?アンタらの姿見られたら実物か?って疑うやつも出てくるだろうし大丈夫なのかなーって。」
「あのなぁ……自分が何言ってんのか理解してんのか?てか、今どういう状況なのか分かってて言ってんのか?」
「へ?状況?」
「マジですかコイツ……やばくないですか。」
「あぁ…こりゃ相当なバカだぜ。」
あまりにも察しの悪い進に、二体はもはや呆れていた。
二体の目標は、シティにいる人間を人質として集めてくることだ。これはギュウジン丸が、もしもの為にと残していた最後の作戦だったのだが、激しい対立争いを生む可能性があったので極限の状態になるまでその作戦の実行は許可されていなかった。
だが、極限となる状況は訪れてしまった。その情報を密かにギュウジン丸によって流された手下たちは、必死に人質をかき集めたようで、それが今ではシティにいる多くの人間がギュウジン丸のいる戦場に居るということなのだ。
指示の内容は、一人残らず連れてこい。これを従順に守っている手下達の内の二体が、今進の目の前にいるマッハ55とザ・レッドという訳だ。
「こうなったら力ずくでも理解らせるしかねぇな。」
「……そうですね。」
殺せはしないが、脅せはする。人質を作る以上、傷は付けられない。がその分脅しという行為が最も合理的な行為となっていた。
ちょっと力を見せて、殺気を出し襲いかかるふりをすれば言うことはなんでも聞くだろう。そう考えたマッハ55は、早速行動に移そうとした。
───その時だった。
「あ、わかった!」
『!?』
「アレだろ!?映画撮影ってやつだ!」
「………………えいが?」
「おう。この前、シティに人混みができててな?なんだろうって思って行ってみたら、そこにエレナとルピコが居たんだよ。あ、エレナとルピコは知ってるよな?」
「あ、あぁ?まぁ、うん……」
話が伝わらないかもしれない可能性を考慮した上での質問。ギュウジン丸のせいで敵対勢力の主要人物の詳細な情報が随時更新されていたため、奇跡的に名前だけは知っていた。
これが原因で、まともな否定も肯定もできずただ頷くだけとなってしまう。結果、この頷きが更なる勘違いを生む要因となってしまっていた。
「そんで、何やってんのって聞いたら撮影してるって言うんだ。もうびっくりよ、シティってそんなこともするんだってな。そん時に、エキストラとして他のクリーチャーがこっそり出演とかしてたからもしかするとあんたらもその類いなんじゃないかって。」
「???えきすとら…?」
「おい、意味わかんねぇこと言うのはもうやめろ!兎に角お前が今やるべき事は、俺達に着いてきて人質になる事だ!!」
ザ・レッドが困惑している中、マッハ55は痺れを切らしたのか結論だけを進に言いつけた。だが、それでも進は勘違いを続けていたようで
「お〜…この如何にもな感じ、正しく撮影用の演技みたいだな。」
(それに人質ねぇ。シティの企画にしては珍しく結構ハードな映画じゃんか。でも、俺はそういうの嫌いじゃねぇぜ!)
進の解釈は普通のそれとは全く違った方向へと行っていた。
「……何ニヤニヤしてんだ。」
「え?あ〜……いやぁまさかこう、こんな感じで誘われるとはって思って。」
「…すみません、俺なんだか頭痛くなってきました。」
「共感するぞ…機械の俺達が頭痛って意味わかんねぇけど、それに近い感覚がしてる気がしてならねぇ。」
悩みの種、という言葉があるが実際抱えてみるとこの位辛いのだろうか。そんな考え方が浮かぶのと同時に、二体は改めてギュウジン丸に対し尊敬の念を覚えた。勘違いなんて、禁断に比べればどうってことないちっぽけな悩みだ。それを何年間にも渡り向き合おうとはしていたのだから本当に凄いとしか言いようがない。
話を戻して進の勘違いへ。人質を誘われるとは一体どういうことなのかと思うかもしれないが、進の中ではこう解釈されている。
(前回も撮影現場見学させてもらったけど、今回は人攫いって体で連れてってくれるんだな。)
そう、このマッハ55の言葉。進はなんとただの決めゼリフなのだろうと見当違いな考え方をしていたのだ。
「そうと決まったらさっさと連れてってくれよ!」
「何処にだよ…?」
「おいおい〜役に入りすぎだっての!現場だよ、げ・ん・ば!いつも通りエスコートは頼むぜ?」
ミクロ単位の僅かな静寂の後。
「……もう良くないですか?」
「…何がだ。」
「だから、もうとっとと連れていきましょうって。俺疲れました…説明とかどうでもいいんですよ正直。取り敢えず連れてけば良いんです。別いこいつがどう思ってようが元より俺達には何の関係もないんですし。」
「それも……そうだな…」
マッハ55の背中は、どこか哀愁が漂っていたように見えた。近しいもので言うと、仕事帰りのサラリーマンと言ったところだろうか。
悲しくも、進の脳内にあるバイアスが正常に働いているせいか常識内でしか物事を考えられずこんな事態を引き起こしたのだろう。反応としては正しくも、その答えは誤りなことに進は気づくことができなかった。
「う…ぁ……これ、はっ…!?」
「は、はははは………クッ…フハハハハハ!!!」
困惑するヴィヴィを目の前に、ギュウジン丸は盛大に笑い転けた。と言っても、本当に転がっている訳では無いのだが。
「ぁ……あぁ…?ルカ、ねぇ…あ、あれ…っ」
JJが怯えた声で天を指さす。震える手を抑え、ルカの衣服を少しつかみこっちに気を引かそうとキュッと引っ張った。安心したかったのだ、この得体の知れぬ恐怖から。
「…ッハ、ァッ…」
「ひっ…そ、そんな……」
だが、そんな思いは粉々に砕かれることとなる。JJが小さい悲鳴を上げたのだ。彼女らしくない、容姿相応の声が今この瞬間だけはよく聞こえていた。
「……あっ…ご、こめん、なさい…」
JJの反応で我に返ったのか、ルカが力なく謝罪する。
「あ、謝らないで。その…うん…私も……頼るばかりじゃ、駄目だと思ったから。」
思い返されるは先刻の光景。ルカの衣服を掴んだその時の感触、出来事が何度も何度も繰り返されていた。
彼女は────柄にもなく、純粋な恐怖を前に身震いしていた
息が止まっていて冷や汗も……いや、あれは正しく息をするのも忘れている…と言うやつだったのだろう。兎に角、彼女の見せたことの無い動揺を前に、JJは安心するどころか更に恐怖心を掻き立てられてしまった訳だ。
一体何を目の当たりにしたのか。そして、今何が起きているのか。それは次の人物の言葉で明らかとなる。
「ハハハハ!!終わりだ!貴様らは今正式に終わった!そう、終わったのだ!!!何せあれが──」
───禁断
「なのだからなぁァァ!!!」
ギュウジン丸の発狂にも近い宣言と共に、辺りがしんと静まり返った。
「……はァ?」
次に反応したのは素っ頓狂な声を上げたデッドゾーン。次点で
「あれがか?」
サンマッド。
「…ん、何処かで見たことがある。」
そしてアダムスキーと続いていった。
ウォォォォォォォォ!!!!
空中に浮かぶ巨大なソレ。赤黒く、灰色の混ざった色をしていたソレはまるで宇宙から飛来したかのように、ソレは突然雲の上から現れた。
「あれが…!」
「禁断、ですか!?」
キリコとQ.E.D.が同時にそう呟く。キリコはついに来たかと思う一方で、己の見た未来とは形の違ったソレに違和感を覚える。
だが、Q.E.D.はその逆だった。デッドマンの報告通り見た目と、圧倒的な存在感。研究には真摯に向き合っていたデッドマンの報告だからこそ、この両者共の詳細についてのシンクロ率を目の前にアイツの言っていたことは本当だったのだと確信していたのだ。
「なんて威圧感だ…!禁断と呼ばれるだけはある、ということか。」
「…鬼丸が前線を引いている今を、何処か安心しておる自分がいるのじゃ。」
「なっ!ね、ねーちゃん!?俺はまだやれ」
「よい!お主はそこで民衆を守って居れ!」
姉の強い言葉を聞き、鬼丸はそれ以上何も言えなかった。
「ね、ねぇモルト…」
「あぁ……あれは絶対にヤバい奴だ。武者震いじゃない、怒りでもない。なのに…不自然に身体が震える。」
「大丈夫、私も着いてるから。」
「…そうだな。」
修行や手合わせによる戦闘ではない。ここは本当の戦場であり、そして命のやり取りが生まれるのだと、場数を踏んできた二人は悟っていた。
「あれ…が……禁断…?ッ…プレイヤー…さん。ありがとうございます。手を握って頂いたおかげで、少しプレッシャーが楽になりました。」
「大きいな…人型なだけマシだが、あれがドラゴンみたいな体格をしていたら恐ろしいぞ。お姉ちゃんとしての、踏ん張りどころかもな。」
ルピコの恐怖心をプレイヤーが和らげた。その様子を見ていたダピコが、目の前の強敵を見据え覚悟を決めた表情を作る。その顔は、姉としての威厳が遺憾無く発揮されていた。
「ハァ…最近、妙に忙しいと思ってたけどよ、これがその最終地点ってか?誰かが不幸になるのはもうゴメンだぜ…気張って行くか、ゼロ・フェニックス。」
「わ、グレンがため息なんて珍しいね。まぁ僕も似たようなこと思ってたけど。ただでさえ色々あった後だって言うのに、こうも連続で来られると恐怖とか怒りじゃなくて……"呆れ"が来るよね。バルガライゾウ、今日は沢山暴れちゃおっか。」
「私も今回はご容赦いたしません。もし何もないことが一番だと言うのならば……何かあった場合、どうすれば良いのか。それは────光の速さで、事を済ますことです。スペル・デル・フィン、準備を。」
「キリコ、考えるのはあとだ。今は目の前の脅威の排除を優先しよう。それに、私個人としてもシティを滅茶苦茶にされた上でこの仕打ちなのは少々癪に障るんだ。応えてくれるかい、キリコ?」
「了解、マスターの提案に同意する。そして、マスター自身の気持ちも把握した。恐らく、苦しい戦いになる。でも──マスターの想いに、キリコは乗ることにした。任せて、マスター。」
何処か殺気立っている様子の守護者達。それもそうだろう。ついこの前、デュエマを楽しむ同胞である若き命が失われかけたのだ。それを目の当たりにし、それを重い責任として背負っていた。そんな経験をした後にこれだ。完璧超人の聖人君子でもなければ、一つや二つ愚痴を吐いたり負の感情を持ってしまっても仕方がないと言えるだろう。
「ぐ、うぅぅぅ!!」
「おいヴィヴィ!それどうなってんだ!?」
「この状態…もしかして…!?……デッドゾーン!私多分──今動けないと思う!!」
ヴィヴィを胴体の丁度中心部分から貫いているモノ。VV-8を葬ろうとした時に放たれたであろうソレは、地面に深く突き刺さり、まるでヴィヴィを釘で打ち付けた藁人形のようにしてしまっていた。
彼女は体勢を変えることは愚か、指ひとつ動かすこともできず唯一動かせるのは首だけ。周囲の状況を読み取るには申し分ないかもしれないが、戦うには流石のヴィヴィでも厳しそうだ。
「ホーリーシット…!ヴィヴィが行動不能になるなんてっ。一体どんな力が…それ、どうにか出来ないの?」
「…無理、だと思う。」
「そう……」
どんな問題も荒事を起こし解決してきたヴィヴィが、冷静に無理だと言う。理由も何もないが、アダムスキーはそのヴィヴィが出した答えに対して明確に否定することが出来なかった。謂わば、説得力が相応に事足りているということなのだろう。
「確かに厳しいかもしれねェけどよ…それでも、やるしかねェだろうが!」
「……同意はする。」
「良くぞ言った!やはり、俺様はお前らが好きだ!」
各々がそれぞれの反応を示すも、そのどれもが諦めてはいなかった。それ所か、今までやられてきた分を禁断に返してやろうと言わんばかりの熱気にこの場の空気は包まれていた。傍でギュウジン丸が小さく『ふんっ、無駄なことを。』と呟いていたが、誰もそんな言葉など耳に入れていない。もはや完全に蚊帳の外といった感じだった。
ゆっくりと、着実に近づいてくる禁断。空から舞い降りる姿はまるで天使とも捉えられる様に見えた。住民たちの悲鳴や泣き声、騒めきすらも今は聞こえない。それは、これから命のやり取りが始まるのだろうと予感していたからだった。だが不思議と、逃げ出す者はいなかった。
──いや、『逃げても無駄だと考えてしまうから』と言った方が正しいか
降りてきた時が最後、両者は衝突するだろう。その瞬間までを、彼らは待った。
「……一応、皆には言っておくね。」
そんな時、ヴィヴィの小さな声が聞こえた。
「私に刺さってるこの槍、痛みは余りないんだ。けど、その代わり身動きが取れなくなる。この状態のことをね──封印っていうの。」
「封…印…」
Q.E.D.が顎に手をやり何かを思案する。聞き覚えのある単語に頭を捻らせるが、ここ戦場の場において必要のない思考だと結論を出した瞬間頭の中から直ぐ様その思考を取っ払った。
「解けないこともないけど、基本的に自力で解くものじゃないから無理しちゃダメだよ。アレの封印手段は多分槍を対象に突き刺すこと。だから気をつけて。」
返事はない。極度の緊張状態からなる静寂に、言葉を返す余裕は無かった。だが、ヴィヴィの声はきっと皆に届いていると、そう信じた彼女はもう、ただひたすらにこの世界の行く末を見届けるだけの存在と化してしまっていた。
(うぅ……どうしようどうしよう…!私が早くケリをつけなかったばっかりに…!力の使いすぎで封印も解けないし…これで皆がやられたりでもしたら、私っ……)
己の無力感に若干憤るヴィヴィ。最近順調すぎたから少し慢心してしまったのかもしれない。いつもならすぐ気づける筈なのに、モロに攻撃を受けてしまった自分をヴィヴィは許せなかった。
(守るって言ったのに…帰るって約束したのにっ…!)
胸の内に後悔が渦巻く。どうにかして自由になろうともがくも、封印の効果によって時間組み換えは愚か身動きすら取れない。ヴィヴィが焦るには最高の環境だった。
「元気だしなさい。」
「え…?」
気持ちが沈んでいたヴィヴィに対して、柔らかな物言いで語りかける何者かの影があった。
顔だけを動かし、その声のする方向を向いてみるとそこには
「ルカ、お姉ちゃん?」
「ん…貴方にそう言われると少し複雑ね。いや、慣れないって言った方がいいかしら。」
ヴィヴィを神妙な面持ちで見つめているルカが居た。側にはJJも居る。
「あっ…そ、そうだよね。」
別次元のルカとはいえ、真正面からそう言われると少しは堪える。思わずシュンとしてしまっているヴィヴィに対し、ルカは話を続けた。
「貴方まで暗くなったら士気が下がるわよ。さっきまで堂々としてたんだから、それでいいじゃない。」
「で、でも……もし私のせいで皆が…なんて思うと…」
「もう、VV-8を追い詰めた貴方が焦ったらこっちまで焦っちゃうわ。それこそ、こちら側に勝ち目がないんじゃないかって思うくらいにはね。」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないの!ただ、禁断は私ですら未知の部分が多いから不安になって……」
「ふーん。じゃあ何?アンタは私たちを信じてないってこと?」
「JJ、お姉ちゃん……」
「……私もお姉ちゃん呼びなんだ。益々気になるわね、アンタのこと。」
「ま、考えるに貴女は多分時間組み換えの力を使って別の世界、もしくはパラレルワールド的な場所から来たってところかしらね。」
「……流石だね。」
「当然よ。貴女の能力の強さはさっき戦って把握してる。この程度の考察どうということないわ。」
不敵な笑みを浮かべ、ヴィヴィへと近づくルカ。彼女らしいミステリアスな立ち振る舞いからは考えられないほど優しい口調に、ヴィヴィが安心感を覚えていた時だった。
「あっ…」
ヴィヴィの頭の上に、ぽんと手が置かれたのだ。
「えっと、これは……?」
「さぁ、なんででしょうね。」
「え?」
「でも、しなきゃいけない気がしたの。貴女の顔を見ていると尚更ね。」
静かに置かれたそれは、数回優しく頭を撫でように動いた後離れた。
ルカとしては、何故このような行為に及んだのか理解しかねていたが、それでも意味はあったと考えていた。その意味とは、ヴィヴィの安心を得ることである。安心を得る……もとい与える必要が今あるのかと言われると、返事には困るだろう。だが、ルカ自身が必要なのだと思ったのだから仕方がないのだ。
(私も、進やカノンに影響されたのかもね。)
カノンがいつぞやの日に言っていた、心を癒すという概念。勿論精神的な管理は生きていく上で重要かもしれないが、それがもし戦いの場であれば瞬間的な優先順位は低くなることだろう。だが、ルカは見てしまったのだ。必死に目の前の巨悪を倒そうとしているヴィヴィの姿を。その心情を。すると、もう気づいた時には頭を撫でていたのである。
「……ありがとう。」
俯きながら呟かれた言葉は、少しの喜びを孕んでいた。
「さて、そろそろ禁断が降りてくるわ。」
「…うん。」
「おっそいなー。なんか神様みたいな感じで、降臨!って降り方してるケド、あれって私たち舐められてるってことなのかな?」
「意思があるかどうか分からないけれど、確かに見下されてる気はするわね。」
「……」
「…確かに私たちじゃ力不足かもしれない。でも、不安にならないで。」
「っ…」
思ったことを見透かされ、動揺を見せるヴィヴィ。
「諦めなければきっと───勝利の女神はこちらに微笑むはずだから。」
瞬間、四方八方から凄まじい雄叫びが聞こえた。デッドゾーンやグレン、そしてグレンモルト……だけに飽き足らず、あのエレナやルピコ、キリコですら柄にもない声を出していた。
いや──出しながら、禁断に向かっていた。
「ふっ…血気盛んね、皆。じゃあ私達も──行きましょうか。」
「任せて!ルカ姉にいい所いっぱい見せつけてやるんだから!」
そういうと、二人はヴィヴィの前から去っていく。その後ろ姿を見届けるヴィヴィ。ルカから頭を撫でられ、ある程度の落ち着きは取り戻していたヴィヴィだった。しかし、それでもまだ様子がおかしかった。
……ルカ達が出遅れて戦いに行ったのも、それを気にかけていたのが理由である。ヴィヴィが、安心しきれていなかったのには、それなりの訳があった。理由は──
「いない…やっぱり、どんなに見回しても…『革命軍』が見当たらない!!」
この物語に必要な存在が、何故か居なかったから。
最後にヴィヴィが革命軍の有無に気づいた理由は、ルカに頭を撫でられある意味で冷静に物事を見ることができたからです。アダムスキーが気づけていないのは、事の重要性に気づけていないからですね。時間関係の知識はどうしてもヴィヴィに軍配が上がります。あとは本能的に勘づいているのもあります。