「よっいしょっ……と!…ふぅ……これで全部?」
とあるマンションの一室でカノンは疲れた様子でそう呟いた。
「よしっ、ちゃんと確認してもこの荷物が最後ね。結構疲れた……」
バイトを初めて3週間が過ぎたある日、遂に住む場所の手続きが終わったとの知らせを受けた。カノンはルピコに今まで住まわせて貰っていたお礼を言って、市長さんに紹介して貰ったこのマンションの一室で、生活必需品の整理や個人的な荷物の持ち運びを行っていた。
「ここが、私のお家……何だか、不思議な気持ちなのだわ……」
ソファに座り疲れた体を癒すカノン。その場にはカノンしか居らず、静かな時間が流れていた。
「何だか、不思議な感覚だわ……私の周りにはいつも誰かいたから……」
考えてみればカノンの周りには常に誰かがいたような気がする。ウェディングと離ればなれになってしまっていても、その時にはルピコやプレイヤー、ゴールデンエイジの皆がいたし、ゼロ計画を進めている最中は常にゼニス達の監視下に置かれており一人になっていた時間は皆無と言ってもいいだろう。といっても
「カノン、私がいるのを忘れていませんか?」
彼女、ウェディングはカノンのカードとして常に一緒にいるので完全に一人というわけではないのだが。
「ううん、忘れてるわけ無いわ。それにニヤリのことも。」
ニヤリと名前をだしたときカノンの身に付けていた綺麗な石がパッと光輝く。
「それにしてもウェディング、いきなりどうしたの?」
ウェディングは余り自分から話しかけることはしない。以前の関係性であれば、ウェディングが指示を出しカノンが動いていたのだがイズモとの一件のあとウェディングが「カノンがそう言うのであれば……」「貴方、カノンに何かをしたら……」など、保護者のような立場になりウェディングが進んでカノンに話しかけるようなことは少なくなり、カノンを見守られるようなスタンスとしての距離感に落ち着いている。しかし、全く喋らないと言うわけではなく、心配したときや危険が迫っているときなどには真っ先に声をかけてくれる。なので今回もまた何かあったのではないかとカノンは少々勘ぐっていたのだが、次の言葉によってその考えは否定されることとなる。
「大したことではありません。ただ、今のデュエシティでの生活で何か辛い思いや嫌な思いをしていないかと……」
ウェディングは、カノンのためを思って話しかけてくれたらしい。そんな彼女の気遣いに少し嬉しくなった。確かにバイトは大変だしこの前厄介なお客に絡まれたりはしたが、自分の今までしてきた罪深い行動の数々よりも全然マシだと思う。この前の事件を、ウェディングがデッキケースの中から見ていたからこのようなことを言ってきたのかもしれない。
「大丈夫、心配しないで。確かに大変なことはあったけど……少なくともゼロ計画を進めていたときよりもずっと、ずっと楽しいわ!」
心配いらないという旨を伝えたカノンを見て己の心配ごとが杞憂だったことを悟ったウェディング。以前よりも生き生きしているカノンをみて少し顔が綻ぶ。
「なるほど。私の心配事は杞憂だったようですね。カノンが楽しいのであれば何よりです。」
「えぇ、ほんとに。でもこれでほんとに罪を償えきれてるのかしら……」
そんな心配事を口にだすカノンだが、ウェディングはそれをすかさず否定した。
「心配することはありません。あのドラゴンも言っていたのでしょう?貴方はただこのデュエマシティを楽しめばいいのです。この部屋を維持するためには多少のお金が必要となりますが……それも今のカノンを見ていれば気にすることでもないでしょう。」
「ウェディング……えぇそうね!ルピコも私にそう言ってくれていたんだし、それに約束も果たさなきゃいけないのだわ!先輩は昨日お給料を貰っていたけど、そろそろ私も貰える時期だろうし、貰ったら早速デュエマシティをルピコ達と一緒に楽しまなくちゃ!」
そう言ってカノンは明くる日を待ち遠しそうにするのであった。
給料日当日
「ほい、これ。」
「あ、ありがとうございます!」
遂にカノンは給料を貰うことができた。お金のはいっているであろう茶封筒を輝いた目で見つめているカノン。そしてルンルンな気分で帰ろうとしていたのを、店長が引き留めた。
「あ、いい忘れてたんだけどさ、ちょっと多めに入れといたんだよ。お金。」
そんなことを聞いたカノンはビックリして店長の顔を見つめていた。
「え、あっな、なんでですか?私何かしました?」
多めに貰えるようなことをしたことに心当たりが全くなく、少し不安になってしまう。しかし、そんな考えとは裏腹に店長の回答が帰ってきた。
「いやーこの前変なやつが来たじゃん?」
「あ、あぁ確かに来ましたね……」
「あれって結局俺のせいで来ちゃったわけだからねー……事前に伝えなかった俺も悪かったし、怖い思いさせっちゃったからさ、まぁ慰謝料って所かな?」
どうやらこの前の出来事を相当申し訳なく思っているらしくせめてもの気持ちとしてこのようなことをしたらしい。しかし、カノンは変に気を遣わせてしまった事実に逆に申し訳なくなりそのお金を返そうとした。
「なるほど……でも、大丈夫です。私はそこまで怖い思いはしてませんし、それに先輩の方がもっと怖い思いをしていたはずです。なので渡すとしたら先輩に上げてください。」
「なーに、心配することはない!アイツにだってちゃんと渡したさ!まぁカノンちゃんみたいに最初は断られたがな!はっはっはっ!」
そう言って豪快に笑う店長。カノンはまだ受け取って良いのか迷っていたが
「大丈夫だって!ちょっとしたボーナスとでも思って受け取ってくれ!じゃないと俺の気が済まんしな!こう見えてうち結構儲かってるし!」
と言われてしまったので、カノンはありがたくお金を受け取ることにした。
「そこまで言うのなら……有り難くいただきます店長!」
「おう!カノンちゃんには結構助かってるからな!これからもよろしくな~!今日もお疲れ!」
「はいっ!今後もがんばっていきます!店長もお疲れさまでした~!」
そう言ってカノンは帰路へと着くのだった。
「お、おぉ……!これが、これがお給料……!」
帰って早々貰った封筒を机の上に出して、眺める。初めての給料に興奮を押さえきれないようだ。
「ちょっと、ドキドキするのだわ……」
そう言ってカノンは中身を手に取り紙幣を取り出し金額を確認しようとしたその時
「カノン、私にも見せて貰えませんか?」
「きゃっ!ウ、ウェディング……!ビックリした……」
「すみません。私も少々お給料というものが気になりまして。」
そう言ってウェディングが姿を表した。この前と違ってカードの姿ではなく生身として出てきたので少しビックリしてまった。
「もうっ……っとそうだった、どれくらい貰ったのか確認しなくちゃ。」
そして、中身を取り出そうとするカノン。それだけなのに何故か心臓がバクバクしていた。そして、スッ……と中身を取り出して額を数えるカノン。
「よん、ごー、ろく…………」
紙幣を指で弾く音が部屋を木霊する。妙な緊張感に包まれるなか、遂に数え終わったようだ。
「じゅうよん……じゅう、ご!?う、うそっ……!計算してた額よりも3万円位多いのだわ!」
「なんと……」
想像よりも遥かに多い金額を前に唖然とするカノンと、多少の驚きを見せるウェディング。
「店長さん、ボーナスっていってもまさかここまでなんて思わないのだわ……」
「カノン、よく頑張りましたね。」
カノンが驚きの声を上げていたその時、ウェディングがカノンへに労いの言葉を掛けた。
「ウェディング……!私、今すっごく嬉しいのだわ!何だか、今までの頑張りを認めて貰えた気がして……!」
興奮気味に今抱いている気持ちを伝える。
「それに、これだけじゃない。このお金を使ってやっと皆に恩返しができる……!そうと決まれば早速休みのスケジュールを考えなきゃ!」
そう言ってカノンはメモ帳を取り出し今後の予定を書き始めた。そんな彼女をウェディングは静かに見守っていた。
(カノン……今の貴女の顔は……以前の、あのゼロ計画を進めている時の顔より明らかによくなっています。私が、この笑顔を守っていかなければいけませんね。改めて誓いましょう。私がカノンのことを守っていくと。)
ウェディングはカノンを眺めながらそんなことを思っていた。そんなことを考えていると、カノンがウェディングの方を向いて
「ウェディング?どうかしたの?ちょっと教えてほしいのだけど……」
と訊いてきた。
「いえ、なんでもありません。それより、どうしました?何か、困り事でも?」
「いやっ、もし遊びに行くのだとしたらウェディングのことも考えなきゃと思って。ウェディングはどこか気になる所はある?」
当たり前のように言うので受け流しそうになったが、すんでのところでウェディングは異変に気づいた。
「待ってください。カノン、私まで一緒になって遊ぶのは構いません。が、カノンの書いたそのメモの内容、要約すると私にもお金を使ってしまうことになりませんか?」
「え?そ、そうだけど……それがどうしたのかしら?」
当然と言ったように応えるので、困惑しながら反論するウェディング。
「カノン、そのお金はカノンが稼いだものです。私なんかに使うよりもカノンが自信のために使った方が有意義だと思うのですが?」
「いいえ、私はウェディングとも一緒に楽しめないと楽しくない。だから変に気を遣う必要なんてないわ。」
「カノン…………わかりました。ならばその思いを無下にするわけにもいきませんし、お言葉に甘えることにしましょう。」
ウェディングは、再度己の主がどれほど慈愛の心で満ちているのかを感じることができた。
「しかし……」
「?どうしたの?」
ウェディングが加わったのでまた新たに予定を書き加えようとしたカノンに対して、ウェディングはさっきから気になっていたことを伝える。
「その予定表、家賃もろもろを考えた上でのものなのですか?」
「あっ」
「…………しょうがないですね。」
どうやらまだまだ予定を決めるのには時間がかかりそうだった。
今回は完全にカノンパートで進くんはでてきませんでしたね。でも、ここから物語を動かしていこうかと思っています。