女性だらけの逆転世界でコンビニで働いてる男。   作:夏のミカン

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9話

 

「必要な物はカゴに入れたし、会計するか…」

 

買い物カートを押しながらレジへと向かう。その途中、ふとあるコーナーが視界に入り、足を止める。

 

「アイス…」

 

俺は思わず呟く。そこには、大きな容器に入れられた様々なパッケージのアイスクリームが並べられていた。その内の一つに目が釘付けになる。

 

それは、マヤ姉が大好きなチョコミントのアイスクリームだった。

 

「マヤ姉が家に来た時用で、買っておくか」

 

俺は商品を手に持ち、そのままカゴの中に入れた。これならマヤ姉もきっと喜んでくれるだろう。

 

そんな俺の様子を背後で見ていた瑠奈さんが、「麻耶香さま用に…ですか?」と優しい笑みで語りかけてくる。

 

その笑みに、俺は「うん」と小さく頷きながら応えた。

 

「マヤ姉、昔からこれが好きだったから買っておこうと思って」

 

無表情がデフォルトのマヤ姉だが、チョコミントアイスを食べる時だけは、僅かに頰が緩む。

 

前世で好物だったものが、今世でも引き継がれているのかは定かでは無いが、買っておいて損は無いだろう。

 

俺はUターンしてレジへと向かい、買い物用カゴを台の上に置く。

 

「いらっしゃいませ…あ、西原さん。今日も当店をご利用頂き、誠に有難う御座います」

 

瀬嶋さんが俺の顔を見るなり、丁寧にお辞儀をする。

 

毎度買い物に来る度にこうやって丁寧に挨拶してくれるが、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。

 

俺如きにそんな頭を深々と下げなくても…。特別扱いなんてしなくても、普通に接してくれれば俺はそれで良いのに。

 

「瀬嶋さんお疲れ様です。お仕事大変でしょうけど、頑張って下さい」

 

「……!い、いえいえ!私なんかにそんな言葉を下さるなんて……。このご恩は一生忘れません!」

 

「大袈裟過ぎませんか……?」

 

感激のあまりなのか、瀬嶋さんは少し潤んだ目で俺を見てくる。そんな大した事言ってないんだがなぁ…。と、俺は心の中で思いながら苦笑する。

 

「お隣のスーツの方は初めてですね。西原さんのお知り合いですか?」

 

「ああ、えっと…。彼女は俺の身辺警護をしてくれている男護です」

 

俺の隣に立つ瑠奈さんが、引き締まった表情のまま、無言で深々とお辞儀する。瀬嶋さんは一瞬目を見開いたが、すぐにペコリと頭を下げた。

 

…瑠奈さんが静か過ぎる!!

 

何時もの調子の瑠奈さんなら、「やっほ〜!ド派手な髪色のギャルと言ったらー?そ・れ・は〜。この瑠奈ちんだぞ〜!よろぴ〜☆」とか、如何にもギャルっぽい口調で絡んで来そうなものだが……。

 

仕事人モードの瑠奈さんは寡黙でクールな人というイメージが先行し過ぎて、逆に違和感しか感じない。

 

「成程。男護をお雇いになられたのですね。正直、安心致しました。何分、男性にとって、このご時世は大変厳しいものがありますから」

 

瀬嶋さんがそう言うと、瑠奈さんは無言で小さく頷く。

 

貞操観念が逆転した世界。

 

男より女性が優位に立つ世界。

 

男は常に好奇の目に晒され、女性に性的に狙われる。それ何てエロゲ?と疑問を抱かずには要られない。男にとっては夢のような世界だが、実際自分が当事者となって見ると結構大変な世界だったりする。

 

定期的に精子を国に提供しなければならないし、女性からの過度なアプローチやセクハラ行為に気を付けなければならない。

 

ぶっちゃけ尻や股間を触られようが何とも思わないが、セクハラだと騒がれると色々と面倒な事になるので注意が必要だ。

 

そんな世界だからこそ、瀬嶋さんは男である俺がちゃんと生活できているのか心配だったのだろう。

 

「心配していただき有難う御座います。今は、男護が居てくれるお陰で、何とか生活できていますよ」

 

俺はそう返す。すると、瀬嶋さんは安堵した様な笑みを浮かべた。

 

「あ、ごめんなさい。立ち話に花を咲かせて。お会計でしたね。合計で3425円になります」

 

俺は財布を取り出し、お札3枚と小銭を瀬嶋さんに渡す。

 

「はい、丁度お預かりします。こちらレシートになります」

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ何時も買い物に来て下さってありがとうございます。またのご来店をお待ちしておりますね」

 

瀬嶋さんは再び深々とお辞儀する。俺と瑠奈さんは軽く会釈してその場を後にした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

帰り道。

俺が前方を歩き、その後ろを瑠奈さんが付いて来る。スーパーの袋を片手に、俺は夕焼けに染まる空を見上げた。

 

雲一つ無い橙色の空。その空に、烏が二羽飛んでいた。

 

「瑠奈」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「そんな後ろにいないでさ、俺の隣歩かない?」

 

俺は立ち止まって背後を振り返り、瑠奈さんに声を掛ける。

 

「いえ、仕事中ですので…。気持ちだけ受け取っておきます」

 

彼女はやんわりと断りを入れる。だが、その笑みは何処か寂しげに感じられた。

 

俺は小さく溜め息を吐くと、無言で彼女の手を取った。

 

「え、ちょ…。ユ、ユウ君?」

 

「………」

 

思わずといった感じで、素に戻る瑠奈さん。だが、俺は敢えてそれを無視した。そのまま手を引いて、強引に彼女を隣へと引き寄せる。そして、再び歩き始めた。

 

暫くの間、沈黙が続く。お互いに何も喋らない。だが、マンションまでもう少しと言うタイミングで、沈黙に耐えかねた瑠奈さんが口を開いた。

 

「あの、さ。手繋ぐにしても、何で恋人繋ぎなの?」

 

瑠奈さんの視線が俺の右手に注がれる。俺は、その繋がれた手をジッと見つめた後、「今気付いた」と短く答えた。

 

「え、無意識でこれやったの!?」

 

「ごめん…。瑠奈を隣に引き寄せる事しか考えてなかった。嫌なら今すぐはなーー」

 

「いや、いい!!このままで!!」

 

「わ、わかった……」

 

俺が手を離そうとした瞬間、瑠奈さんはギュッと手に力を込めて、それを拒んだ。その勢いに俺は思わず気圧される。

 

「無意識で恋人繋ぎですと…?マ?もうそれ女を誘ってるとしか思えんよ…」

 

「?何か言った?」

 

「え!?あ、ううん。何も言ってないよ〜」

 

俺は再び視線を前に向ける。夕焼け色に染まった街並みは何処までも美しく見えた。この何気ない日常が、ずっと続いて欲しいと切に願う。

 

身も心もぶっ壊れるくらい忙しい仕事漬けの毎日に慣れ過ぎて、こういう穏やかな日常が、今はとても幸せに感じる。

 

そういや、誰かと一緒に買い物して、一緒に帰るなんて……何時ぶりだろうか?

 

「ユウ君はさ、今幸せ?」

 

不意に瑠奈さんはそう尋ねてくる。

俺は少し考えた後、「ああ」と短く答えた。

 

「そっか。それは良かった」

 

俺の答えに満足したのか、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「急に何でそんな質問したの?」

 

「んー?特に深い意味は無いよ。何とな〜く聞いてみたくなっただけ。えへへ…」

 

瑠奈さんは肩を小さく竦めながら笑う。その笑顔は、何処となく悲しげに見えた。俺は彼女が何故そんな表情を見せたのか気になったが、理由を尋ねるのは野暮な気がして、そのまま口を噤んだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

他愛のない話をしながら二人で歩くこと数分。マンション前に到着する。マンションの下のコンビニを入口から店内を少し覗くと、レジに柊木さんの姿が見えた。

 

客足は疎らで、彼女は暇そうにボォーっと、外の景色をガラス越しに眺めている。

 

俺の視線と柊木さんの視線が不意に交差した。

思わずクスッと笑ってしまうくらいリアクションの大きい二度見。彼女は嬉しそうに此方に手を大きく振った。

 

俺達もそれに応える様に手を振ると、柊木さんは更に嬉しそうに笑う。

 

俺と瑠奈さんはそのままマンションの中へ入る。すると、エントランスで黒いTシャツに黒のワイドパンツ、どデカい龍と狼が刺繍された青色のスカジャンを着た強面の女性と遭遇した。

 

「東乃さん、こんばんは」

 

「あ"?おー、誰かと思ったらモヤシじゃねーか。相変わらず細っこいなーお前。ちゃんとメシ食ってんのかぁ?」

 

「食べてますよ、しっかり。気遣っていただきありがとうございます」

 

「何勘違いしてんだ?誰もてめぇの心配なんざしてねーよ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「……へへ。なーんてな、冗談だ。んなしょぼくれた顔すんな。悪かったよ」

 

背中まである長い真っ赤な髪に、人を2,3人は殺ってそうな鋭い目。180cmくらいはある長身の女性が、牙を剥き出しにした様な八重歯を見せながらニヒルに笑った。

 

彼女の名前は東乃 葵(とうの あおい)さん。俺の住んでる部屋の下の階に住んでる人らしく、よくこうやって鉢合わせる事がある。

 

俺が働いてるコンビニに買い物に来る事もある為、何かと縁がある人だ。

 

彼女が半袖を着ている時に気付いたのだが、実は右腕の二の腕にゴツい薔薇(・・)()のタトゥーが彫られていて、最初見た時はビビり倒した。後、喫煙者らしく、マンションの外で時折タバコを吸っているのを見掛ける。

 

「西原さん、私の後ろに…」

 

「る、瑠奈?」

 

俺の前に立って、自身の体で隠す様に瑠奈さんが立ち塞がる。

 

「ん? 誰だお前」

 

「男性保護警護官の天崎瑠奈です」

 

「……へぇ。あんた、男護なのか。佇まいからして、只者じゃ無ぇと思ってたが…」

 

「そういう貴女も、只者では無さそうですね。雰囲気で判ります。相当な手練れと見受けますが?」

 

「買い被り過ぎだ。あたしはそんな大層な人間じゃねぇよ」

 

瑠奈さんが東乃さんを睨み付けるが、涼しい顔のまま、彼女は肩を竦める。場数を踏んだ強者の余裕が、その身に滲み出ていた。

 

瑠奈さんは警戒を解かず、東乃さんをジッと見つめ続ける。

 

「んな突き刺す様な目で見んじゃねぇよ。何もしねぇっての」

 

「信じられませんね」

 

「瑠奈、東乃さんとは偶然会ったら話す間柄だけど、信用出来る人だと俺は思う。そもそも俺に手出す気があったらとっくにやってるだろうし……」

 

「それはそうかもしれませんが…」

 

「俺の言葉は信用出来ない?」

 

「……その言い方は卑怯です」

 

瑠奈さんは、溜め息を一つ吐くと警戒を解いて俺の隣に立つ。とりあえずは、納得してくれたみたいだ。

 

「疑うような真似をしてすみませんでした」

 

「別に気にしてねぇよ。警戒するに越した事はないしな。んじゃ、あたしは外で一服すっからあばよ。…ああ、そうだ。おい、モヤシーー」

 

スカジャンのポケットに手を突っ込みながら、東乃さんは俺達を通り過ぎて歩き出す。が、数歩進んだ所で立ち止まると、思い出したように此方を振り返った。

 

「何でしょうか?」

 

「てめぇはもうちょい人を疑うって事を知れ。じゃねぇと、その内痛い目に遭うぜ」

 

「肝に銘じておきます」

 

俺の返答に東乃さんは小さく鼻で笑う。そして、そのままマンションの外へと歩いて行った。

 

その背中を見送りながら、俺はホッと胸を撫で下ろす。あの鋭い目でギロっと睨まれると、思わずビクッとしてしまう。

 

「ユウ君…」

 

「ん?」

 

「あの人とはあまり関わらない方がいいと思う。何となくだけど、危険な匂いがする」

 

瑠奈さんが真剣な眼差しで俺を見つめる。東乃さんから何かを感じ取ったのか、珍しく彼女は余裕が無いように見えた。

 

俺は、そんな瑠奈さんに対して小さく頷く。東乃さんは粗暴でおっかない人だ。マンションの廊下やエレベーター。エントランスで偶然会った時に世間話を少しする程度だが、彼女は俺が苦手な部類に入る人なのは確か。

 

だが、嫌いかと問われれば、俺は首を横に振るだろう。上手く言えないが、東乃さんからは、何処か憎めない何かを感じるのだ。

 

先程の忠告も、きっと俺の身を案じて言ってくれたんだと、俺は勝手に思っている。東乃さんには、『そういう所が甘ちゃんなんだよ。バーカ』って言われそうだけど…。




東乃さんは某有名極道ゲームに登場してても不思議じゃないくらい見た目が強面です
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