何を間違えたのか、と言うのなら。
何もかもを間違えたのだろう。
我を信じ、ついてきてくれた者たちのために人の身を捨てた。
思えばそれが、全ての間違いのはじまりだったのだろう。
新たな肉体に人格を移す時にエラーが生じたのか、それとも全能感ゆえの驕りか。あるいは人の身から脱却したことで人として持つべき倫理をも捨て去ってしまったのか。
いや、もはや我は、人間ではなくなっていたのだ。類似品ならいくつか作ったが、我は正しく鬼と呼ぶべきであろうモノだったのだろう。
これ以上哀れな者たちを増やす前に止められて本当によかった、と我は思考する。かつて志を共にした同胞らの子孫に止められるなど、尻も拭けない赤子になったようで恥ずかしく惨めなことこの上ないが。
ただ、彼らは詰めが甘かった。責任は追及するまい。彼らが求めていたのは我が保有する聖杯であって、我を消滅させることが目的ではなかったのだから。
我は非常事態に備えて、現在のボディに致命的なダメージが及んだ場合バックアップの機体に記憶データを移せるようにしていたのだ。
そんな意地汚い生への執着が、我をこうして思考させているのだから世話はないが。
目当てのものを手に入れ、意気揚々と引き上げて行った彼らを物陰から見送った我は、我以外決して入れない位置に作ったメインコンピュータールームで後始末をはじめた。
「・・・ああ。我がバックアップシステムを作ったのも、我を信じてくれたものたちのためであったな・・・」
千年前の、長きにわたる汚染に人の身で対抗するべくアンドロイドの肉体に精神を移す計画。
かつてここで暮らしていた、そして我の下を去った者たちが言っていたような気がする。大地を捨てたというのに、肉体まで捨てたくない。生きているだけでよいのかと。
───我は汝らのために人を辞めたというのに・・・・・・
「──────え?」
コンソールを叩く指が止まる。
我は今何を考えた?違う、そんなことはない。あの者たちが悪いわけではない。生き延びるために道徳をかなぐり捨てた我に全ての責任がある。あの者らのせいではない。
気の迷いでもそんなことを考えてしまった自らを りつけていると、ブォン、と監視カメラの映像が切り替わる。それは我に新たな実験体が現れたことを報せる、いつも通りの出来事だった。
「スキュレーにやられたか」
あれらは世界樹の生み出した魔物ではない。研究のため、我が人間の死体──そのいくつかは生きていたかもしれない──を素体に作り出した人工的な魔物だ。
世界樹の遺伝子を組み込んだがために不死となり、正気まで奪われた、哀れな成れの果て。
スキュレーだけではない。
キマイラも、炎の魔人も、ハルピュイアも、ジャガーノートも、ヘカトンケイルも、あの幼子も。誰も彼も、尊厳を踏みにじられた負の産物だ。
「・・・決して、汝らを放って死に逃げなどせぬ」
電子の板に指を浸し、悲しげに歌っているスキュレーへ告げる。例え言葉が伝わらずとも。
しかし、彼らをどうやって救ったものか。
彼らは曲がりなりにも世界樹の遺伝子を混ぜて作った魔物だ。ゆえに世界樹とは一蓮托生、世界樹が死ねば、彼らも死ねるはずだ。
だがそんな大掛かりなことをするには、バックアップボディでは出力が足りない。なによりそんなことをすれば、世界樹が生み出したあの三匹の竜に攻撃を加えられるのは当然のこと。
生命を与える『聖杯』と対をなす『呪銀』を使うか?───あれはオーバーロードたる我にしか扱えぬ代物。バックアップ用の体を使っている今の我が触れたところで、犬死には避けられまい。
ならば彼らが世界樹の支配から逃れられるようにするしかない。確か、スペイン支部では世界樹の制御に力を注いでいた。そこでなら、世界樹を外側から操作できる何かが見つかるやもしれない。
まずは世界樹の外へ出て、現在の地理を把握する必要がある。世界各国に植えられた世界樹により、地球の地形は大幅に変わったはずだ。
ひとまずの方針をまとめ、コンピュータールームから出よう・・・として、ハタと気づく。
今の我は、魔物と混同されても当然の見た目をしているのではないのか?
オーバーロードであった頃の我は、控えめに言っても叙事詩の神のような神々しいデザインであった。なんというべきか、口に出すのも恥であるが、見栄を張っていたのだ。
だが、今のデチューンされた我の外見は、現代の人間にとって少し強めの魔物程度の認識でしかないだろう。
こんな見た目で歩き回れば、あちこちでしなくてもいい争いが勃発するだろう。無論戦ったところで負けるわけがないが、不必要な戦いは避けるべきだ。我はもう、血に酔う怪物になってはならないのだから。
そこまで思考を巡らせて、ふと記憶領域からその問題に対応できるデータがあった。
「人間型のアンドロイドがあったな、確か」
汚染がこの城まで及んだ事態を想定して、試作として作った人型アンドロイドがあったはずだ。外見は特に頓着しなかったゆえどのようなものだったか覚えはないが、人工筋肉をふんだんに使った限りなく人間に近い外見であることに加え、飲食可能な点がよい。あれならば怪しまれることはあるまい。
そうと決めたら善は急げと、その躯体が納められている部屋へ向かったのだが。
「・・・・・・女性型ではないか・・・・・・・」
こうなることも考えていなかったわけではなかろうに、女性の見た目を選ぶなど何を考えていたのだ、かつての我よ。
外見は交渉において非常に有益な材料であるが、あまりに整った外見であればいらぬトラブルを招くのは必定。ましてや文明レベルの後退している現代で女性が一人でうろつき回れば「面倒ごとに巻き込んでください」と言っているも同然であろう。
しかし、新しいものを作るには材料も時間も足りない。俗な言い方をすれば『乞食には選り好みができない』ということだろう。
制御卓に据え付けられたケーブルを挿し、キーボードを操作する。
少し考えて、昔とは価値観の違う現代で柔軟な思考ができるように思考素子の感受性をやや強めにして、エンターキーを叩く。
ローディングバーがゆっくりと埋まっていく。
現在の我の役割は、アンドロイドに転写された我の人格に異常があれば即座に破壊することだ。もろもろのデータを移植しているアンドロイドの肉体は人間に似せるために演算能力が低下している。オーバーロードたる我からコピーされ、さらにアンドロイドへコピーされる我の自我は当然劣化しているため、予期せぬエラーが発生するやもしれぬ。そしてもしも精神面に問題がなければ、現在の我はすみやかに自壊プログラムをランニングする。生き物の在り方を弄ぶ狂王は二人もいらぬ。
そんなことを考えているうちに、データの転写が完了したようだ。
上体を起こした我に、我は話しかけた。
「自分が誰かわかるか、我よ。我らの目的は」
「ああ。我はオーバーロード。全能なるヌゥフにして父なるイシュ。この手によってカタチを歪められた哀れなる者たちに死の安らぎを与えることが我の役目である」
「よかろう」
まだまだ計画の序盤も序盤だが、そこでつまづかなかったことに安堵する。
「我よ、スペックに関してはどう認識する」
「やはり汝に比べると出力の劣りを感じずにはおられぬな」
「そうであろうとも。しかし長い目で見れば、汝の肉体は世界樹の調査に適任であろう」
「・・・・・汝だの我だの喧しいな・・・・・」
「うん?」
聞き捨てならぬ言葉を聞いた気がする。
「汝はどうする気だ、機械兵の我よ」
「それに関する情報も共有しているはずだが、まあいい。汝が出発し次第自壊するつもりだ」
「そうか」
知っている情報をわざわざ確認するような口ぶりに疑念が生じるが、もう一人の我は感受性を故意的に強めているためそのようなことを考えるのも仕方あるまい。
「手ぶらではここから出られぬ。武器が欲しい」
「どのような物を望む」
「一番いい武器を頼む」
我は腰に佩いていた短い棒を手に取った。親指でスイッチを押すと、赤く縁どられた白光の刃が生ずる。我はスイッチを切り、棒を渡した。
「では頼むぞ、もう一人の我よ。必ずや彼らを」
「ああ。あらゆる手を尽くして彼らを解放してみせよう。我を信じて後を託してくれた者たちのためにも」
部屋から出ていく我を見送りながら、我は自壊処理準備を始めた。