まあ、ゆっくり考えます。
朱鳶はかつて無いほどの緊張感に包まれていた。
とある在来線の駅の改札を抜けた先、構内の柱のひとつに身を預けていた彼女は一度深呼吸をする。
気分を紛らわせる為に肩に下げた小さなショルダーバッグを、母から借りた可愛らしげな黄色のそれへ手を突っ込み、忘れ物が無いかを確認する。
するとその中に、入れた覚えの無い丸い手鏡があることに気付く。
「うぅ……こんな格好なんて……。」
パチンと蓋を開くと、そこに映ったのはいつものお堅い制服ではなく、シックな雰囲気の私服に身を包み、小綺麗に化粧まで施した自分の姿。
本当は勤務時の格好で行こうとしたのだが、鬼のように顔を真っ赤にした母によってここまで魔改造されてしまったのだ。
恥ずかしさに顔を俯かせていると、視界の端に誰かの足が映り込む。
そちらを向けば私服姿のスズツキが立っていた。
おそらく本人としては懸命に男らしい服装で統一しているつもりなのだろうが、相変わらずボーイッシュな女の子に見えないこともない。
「ああ、朱鳶さん。待ちましたか?」
「は、はい、20分……あ、いえ、わ、私も今来たところです。」
「なら良かったです。えっと……その服、似合ってますよ。普段と全然違って良い感じです。」
スズツキはこちらの首元から足先まで視線を流しながらそう言ってきた。
少し恥ずかしかったが、同時にホッと安堵から胸を撫で下ろす。
「そ、そうですか?お洒落なんて合わないと思っていたのですが……。」
「いや、そんなこと……むしろ朱鳶さんのスタイルの良さに合致していますし。ほら、皆んなも見てますよ?」
「えっ?」
朱鳶は今さら自分が注目されていることに気付く。
一応彼女は平均以上の高身長と凹凸の激しい砂時計ボディの持ち主なのだ。
特に胸部と臀部の装甲板の厚さと大きさで言えば周囲の女性を軽機関銃搭載のハーフトラックとすれば朱鳶は大口径対戦車砲を装備した重駆逐戦車並みである。
いつもなら治安官の制服とバッジ、拳銃からなる威圧感に阻まれていたが、今日は女性らしい私服が装飾として上手く機能しており、更に魅力度を倍増させていた。
道ゆく人、特に男性陣が目を奪われており、中には余りにも露骨に注視し過ぎたせいか、隣を歩いていたガールフレンドに平手打ちを食らう男性の姿もあった。
朱鳶は感じたことの無い種類の視線に軽く狼狽えると、身長差が20cm近くあるスズツキの背に隠れようとする。
「わわっ……大丈夫ですか?」
「あ……いや、その……す、すいません。びっくりしちゃって……。」
「それだけ朱鳶さんが魅力的なんですよ。立てますか?」
「え、ええ……。」
差し出された手を恐る恐るながらも握ると、ゆっくり立ち上がる。
スズツキはすぐに離そうとしたが、指の力を完全に緩めても繋がれた互いの手は離れない。
見上げれば縋るような怯えた双眸があった。
「あー……その、はぐれると困るのでこのまま行っても良いですか?」
「あっ……は、はい!」
「じゃあ行きましょうか。」
朱鳶が遅れて我に返った時にはひと回りほど小さな手が彼女の手をガッチリと掴んでいた。
しかしそこから感じられるのは防衛反応に繋がるような嫌悪感ではなく、不思議と心が落ち着くような安心感。
それを拠り所に自身を奮い立たせると、朱鳶は足を進め始めた。
2人が向かう先にあったのは大きな観覧車と、その周りに立ち並ぶ沢山のレジャー施設。
男女のデート先として選ばれる傾向の高い遊園地だった。
ここは旧都陥落以前から存在している新エリー都唯一の老舗遊園地で、都市の中でも土地が多く余っている外縁部に位置しているおかげで、その規模は非常に大きい。
人気は昔から高く、休日ということも相まって、駅から遊園地へ向かう人は沢山居た。
「うわぁ……予想以上に人が多いですね。」
「え、ええ……やはり人気なのでしょう……。」
「朱鳶さんは来たことがありますか?」
「リニューアルの前なら一度だけ。なのでまだこれほど大規模なものではありませんでした。もはやひとつの町のようです。」
「普通の遊園地の他にカジノやホテルもありますからね。まあ、流石にそこら辺は大人専用になってくるんですけど。」
バッグから取り出したパンフレットを広げ、いつぞやのようにキラキラと目を輝かせながら、興奮気味に地図を眺めるスズツキ。
その純粋さを可愛く思っていると、今日の本題について思い出す。
「その……スズツキ君、今日は私の用事に付き合ってくれてありがとうございます。」
「いえ、僕なんかで良ければ。それより本当に良いんですか?チケット代まで出してくれて。安くはないと思うのですが……。」
「ここは大人に任せてください。まず貴方のような歳の子は普通まとまったお金なんてほとんど持ってないんですから。」
朱鳶は心に誓った。
今日一日は大人の余裕を崩さないようにしようと。
付き合ってもらっている身とはいえ、先ほど以上の失態はしないと。
「……よし。」
そう決意を固めた筈の朱鳶だったが、あいにくと己の感情を抑えることは出来なかった。
ホロウ災害のゴタゴタや治安官への厳しい道のりもあって、今までほとんど来た事の無かったアミューズメントパーク。
大きなゲートを通り抜けた瞬間、彼女の目に入ってきたのは興味がそそられる別世界だった。
「へぇ……すごいですね……!」
「ええ、本当です!何から乗りますか?」
「そ、それなら……!」
「あっ、ちょっ、ホラーは無しですよ!?」
ふんふんと鼻息荒くパンフレットを眺めながら2人は目的のアトラクションへと向かう。
ちなみに手を引きながら先を歩くのは朱鳶の方だ。
早速大人の威厳とやらが崩れまくっているが、彼女は気にも留めない。
「きゃーーー!」
「うわぁぁーーー!」
初回からジェットコースターに乗り、子供のようにはしゃぐ朱鳶と泣き叫ぶスズツキ。
それが終わるとすぐに次のアトラクションへと足を運ぶ。
見た目は姉と弟か、親戚の子供を預かるお姉さんだったが、実態は娘に引きずり回される父親の構図だった。
いつの間にか他者から見られることも、手を握っていることも慣れ、すっかり遊園地を楽しんでいた。
もはやここに来た目的すらも忘れており、結局、彼女が我に返ったのは4個目のアトラクションのコーヒーカップを終えた時だった。
「はぁ……私ってば……。」
今よりも遥か昔、西部開拓時代の文化をモデルにしたレトロなレストランの一角。
丸いテーブルに座ってコーンブレッドを口に運んでいた朱鳶は溜め息を吐く。
対して反対側でチリコンカンを頬張っていたスズツキは笑みを漏らした。
「朱鳶さん、すごく楽しんでましたね。」
「ごめんなさい……大人失格ね……。」
「良いんですよ。こういうの、興味あるのか心配でしたし。」
「そんなことは……も、もしかしなくてもやっぱりそう見えますか?」
「まあ、朱鳶さんの第一印象は真面目って感じですから……いや、悪いとかそういうのではないですよ?もちろん治安官として実直であることは正しいです。ただ意外だったってだけで……。」
堅物過ぎて今まで男運が皆無だったという朱鳶の過去を思い出してか、必死にフォローを重ねるスズツキ。
その様子を朱鳶は微笑ましく思いながらも、同時に少しの悪戯心が芽生えた。
例によって正義感が邪魔をしてくるが、今はオフだからとそれを押し除ける。
「はぁ〜、やっぱりスズツキ君も私のことを堅物おぼこだと思っているんですね。」
「いえそこまでは……。」
「ああ、私、酷く傷つけられてしまいました。これは早急に次のアトラクションで癒さなければなりません……それも嫌なことを全て忘れられるような刺激の強いもので……。」
「…………朱鳶さん?」
スズツキが朱鳶の演技に気付いた時、彼女はパンフレットの一部を見せつけた。
それを前にスズツキの顔が青くなる。
「じゃあ、次はここに行きましょう。今度オープンしたばかりなんですって。」
「あー……朱鳶さん、マジですか……?」
「マジです。」
そこに載っていたのはホラー形式のアトラクション。
元々は遊園地に隣接していた軍需工場だったのだが、施設と設備の老朽化に伴って企業は生産拠点を人員含めて丸ごと移転。
残った建物は遊園地側が買い取り、補修を行なってお化け屋敷にリニューアルしたものだ。
テーマは生物兵器の開発と量産を行なっていた軍研究所を探検するというもので、新エリー都最大のホラーアトラクションということから人気は非常に高い。
スズツキは乗り気になる筈も無かったが、朱鳶はやる気満々だった。
「ほ、本気で行くんですかぁ……?」
「もちろんです!大丈夫、私が居ますから!」
そのお化け屋敷があるのは敷地の端っこだった。
周辺の道路や出店もホラー風になっており、奥に一際大きな施設が目に入ってくる。
門を通って敷地内に入ると、たくさんの人が列になって並んでいた。
出口から出てくる人々は誰もが憔悴し切っており、建物の中からは時折り悲鳴が聞こえてくる。
スズツキはそれを前にしただけでも震えが止まらなくなっていた。
「しゅ、朱鳶さん……あの……本当に行くんですか?」
「そのつもりですが……。」
朱鳶は視線を下に向けると、ピシリと固まった。
そこに居たのは彼女の袖を握りながら上目遣いでプルプルと怯えている、庇護欲のそそられる小動物のような雰囲気を醸し出しているスズツキ。
すると朱鳶の心中に言葉に出来ない何か変な感情が湧き出し始める。
一方、どうにかホラーだけは回避出来ないかと一生懸命に思案するスズツキだったが、その時、彼の視界に何か特徴的なものが映り込んだ。
それは数人の少女からなる集団、その1人の腰のあたりから伸びている尾びれらしき動く物体。
魚系のシリオンは決して珍しい存在ではないが、問題は人間の身体の方だった。
インナーカラーがピンク色の短めな黒髪と飴を咥えたギザ歯。
服装は以前見たことのあるパーカーとズボンを身に纏っている。
考えている暇は無かった。
「えっ、スズツキ君?」
「朱鳶さん、早く行きましょう。あの列に入ればすぐ入場出来そうです。」
「大丈夫なんですか?」
「僕も男ですからね。これくらい何てこと無いですよ。」
朱鳶の手を握るとお化け屋敷の入り口へ足を運んでいく。
列に並ぶと、他の人に紛れてスズツキの姿は見えなくなってしまう。
しかし不安感から確認するように後ろを覗いてしまったことが良くなかった。
「……っ!?」
ガッツリ目が合ってしまった。
彼女も既に気付いていたようで、友人らしき他の数人が先に行っているにも関わらず、足を止めてジッとこちらを凝視していた。
誤魔化すように笑みを浮かべながら手を振ると、あちらも軽く振り返してくれる。
「お知り合いでも居ましたか?」
「あっ、朱鳶さん!今はっ……!」
慌てて朱鳶を前へ向かせるが、時既に遅し。
次に後ろを見ると、明らかに怒りのオーラを纏った彼女がズンズンと速くもなく遅くもない、しかし焦りを感じさせてくるようなスピードで迫ってきていた。
だがここで運良く列が動き出す。
スタッフの案内に従って怖い雰囲気のBGMが流れている薄暗い構内へと入っていくが、今は追手が迫ってきているという緊張感の方が優っていた。
「スズツキ君、私が先に行くので安心して着いて来てくださいね。」
「は、はい、頼みます。」
スタッフからの軽い説明を受け、この研究所の世界観を映した動画を視聴すると、いよいよ本命の探索へと入る。
設定としては肝試しに研究所へ入り込んだところを化け物に襲われ、どうにか出口まで逃げ延びるという単純なものだ。
スズツキは入り口の文字が書かれた暖簾をくぐる前に一度後ろを向く。
「……やば。」
自分達の列の最後尾。
手前の人々によって遮られていたが、彼らの脚の間からはゆらゆらと不機嫌そうに揺れるサメの尻尾がよく見えた。
⬛︎
数分前、エレンとモナ、ルビー、凛の4人の姿は遊園地の一角にあった。
今しがたレストランで腹ごしらえを済ませてきた彼女達は、午前中にまだ行っていなかった区画へ向かっているところだ。
「いや、マジでアイツは無い。アレは無理。」
「ね〜、どうして浮気しちゃったのかねー?」
「男というのはやはりそういう生き物なのかもしれないな……。」
歩きながら最近流行りの恋愛ドラマについて盛り上がるルビー達3人だったが、エレンだけは会話に参加せず、棒付き飴を咥えながら独り端末を眺めていた。
画面に映っていたのはチャットアプリ『ノックノック』のスズツキとのトークルーム。
こちら側から朝に何個かメッセージを送信しているのに対して、あちらからの返信は1つも無く、既読の表示すらついていない。
エレンは変化の無い会話記録に少し残念がっていると、横合いからルビーに画面を覗き込まれてしまう。
「あー、気になってる子から返信来ないと心配になるよねー。分かるよー。」
「あらあら、エレンってば相変わらずだねぇ。」
「ちょっ……か、勝手に見るなっての……!」
「返事が来ないということは……もしかしたら僕達が遊んでいる間に他の女性とデートしていたり……?」
「違うから。どうせ家でゴロゴロ寝てるだけだろうし……ん?」
口ではそう言っても、スズツキが何をしているのか気になったエレンは秘密裏に彼の端末へインストールさせておいた位置情報共有アプリを開く。
すると意外にも地図上で自分を示す青いマーカーからすぐ左へ数十メートルほど進んだ位置にスズツキを示す赤いピンが立っていた。
エレンは疑問に思いながらも足を止め、そちらを向くと目に入ってきたのは本来行く予定の無かったホラーアトラクション。
あと列に並びながらこちらを向くスズツキの姿。
目が合うと彼は軽く手を振ってくる。
最初は家族で来ているのかと思ったが、隣に居た女性の横顔が見えると、すぐに違うことが分かった。
彼は慌てて同伴者と思われる長身の女性、覚えのあり過ぎる非常に特徴的な例の治安官を前へ向かせる。
他に連れは存在せず、彼女も私服姿であるため、最初から一緒に出かけていたと考えるのが妥当だろう。
エレンはこの現状に引き合わせてくれた神に感謝すると共に、激しい嫉妬の炎を燃やし始めた。
「ふーん……。」
ゆらりと、怒りを伴ったドス黒いオーラが彼女から放出され始める。
バキリと飴についていた棒がへし折られ、バリバリと飴本体も即座に噛み砕かれる。
ルビー達も友人の変化を気配で感じ、ビクリと肩を震わせた。
「え、エレン?どうしたの?」
「ねえ、ルビー……どうして男ってのは浮気するのかなぁ……?」
「えっ……それは……そういう生き物だからじゃない?」
「じゃあ恒久的に『管理』するしかないか……ごめん、行ってくる。また学校でね。」
それだけ言うとエレンは足早に敷地の中へ入っていった。
ルビーは後を追おうとするが、背後から凛に肩を掴まれる。
「ここは追わずに行かせてやるべきだ。」
「で、でも……!」
「あれだけ外部に無関心だったエレンが怒っているんだ。きっと僕達が思っている以上に大切な人なんだろう。」
「けどあの様子だと相手の……何だっけ?」
「グナイゼナウ君ね。」
「そう!まあ彼、大変なことになりそうだね〜。」
「次に会ったら歯形だらけになっているかも。」
「もうそれヤンデレの域じゃん……。」
「エレンは独占欲強そうだからな。」
3人は興味はあったものの、親友の色恋事情には変に首を突っ込むまいと、その場を後にした。
ただ彼女が例の彼を八つ裂きにしないことを心の隅っこで願いながら。
⬛︎
迫り来るジョーズから逃げる為にお化け屋敷へ突入したは良いものの、スズツキは早速その選択を後悔し始めていた。
立体音響と空調システムをフル活用して作り出された不気味な空間は予想よりも遥かに高い恐怖心を煽って来ており、暗い部屋で観たホラー映画なんぞ比にならなかった。
懐中電灯は朱鳶に任せてスズツキはガッチリと両手で彼女の手を掴みながら先へ先へと進んでいく。
「うぅ……しゅ、朱鳶さん……!」
「大丈夫、私はここに居ますよ。」
「ほ、ほんと……離れないでくださいよ……!」
「分かってますって。」
一方、朱鳶は顔色ひとつ変えず、むしろ少しワクワクとしており、また彼女の腕へ必死にしがみ付いてきているスズツキのことを非常に可愛らしく思っていた。
エーテリアスやホロウレイダーと戦っていた時は平然としていたにも関わらず、作り物のお化けに対してはここまで怯えるギャップに思わずニヤケが止まらなかった。
ジェーンが彼をからかって遊んでいた理由も、おそらくはこれだったのだろうと理解する。
ムクムクと邪な感情を心の中で膨れ上がらせていると、ここで最初のキャストが姿を現して来た。
第一村人こと、制服を血で真っ赤に染めた警備員のゾンビだ。
「いやぁぁぁー!!!」
「きゃー。」
スズツキは目尻いっぱいに大粒の涙を蓄えながら朱鳶の背中に隠れると、その姿勢のままどうにか最初のエリアを突破する。
周囲の壁が真っ白なものへと変わったことから、メインのバイオ研究棟へと入ったらしい。
ここから本番なのだが、もはやスズツキに先へ進む気力は無かった。
だがその時、彼の耳が何かの足音を捉えた。
コツコツと、ホラーアトラクションを進むにしては速すぎる足取りに違和感を覚える。
また時折り響いてくるのは一般人の驚く声と何かの会話音。
状況を察するとまた別の意味で血の気が引いた。
「しゅ、朱鳶さん……早く行きましょう。マズイです。」
「どうかしましたか?」
「い、いえ……でも早く行くべきです。」
明るい部屋から再び暗闇へと足を踏み入れ、出口を目指して一歩一歩足を踏み出していく。
途中、各所に隠れていたキャストが驚かしてくると、毎回絶叫して涙をポロポロと流しながらも朱鳶に慰められつつ、時間をかけてエリアの突破を目指す。
しかし最後の最後で遂に追いつかれてしまった。
「あっ……。」
「ん?」
不気味な長い長い通路を突き当たりまで行った時、自分達から間反対の位置にサメの尻尾が生えた人型のシルエットが現れたのだ。
それは途中でゾンビのキャストが驚かせてきても一瞥もせずにズンズンと近付いてくる。
「しゅっ、朱鳶さん……!」
「あの人……って、スズツキ君?」
「は、早く逃げましょう!もう少しで出口ですから!」
朱鳶の背中を押しながら入ったのは最後の区画。
光源がほとんど存在せず、また構造も迷路のような複雑なものとなっている。
あとは出口を目指すだけであったが、更なるハプニングが起こってしまう。
「あ、あれ?朱鳶さん?朱鳶……さん?」
突然スピーカーから発せられた絶叫音に飛び上がったスズツキはあろうことか朱鳶とはぐれてしまったのだ。
懐中電灯も無く、僅かな電灯だけが光っている薄暗い空間の中、焦りと恐怖から立ちすくんでいると、近くから誰かの足音が聞こえてくる。
最初は朱鳶かと思ったスズツキは胸を撫で下ろしながら音がする方向を、今居た部屋の外を覗く。
そしてすぐに顔を引っ込めた。
「嘘だろ……!」
見間違えようの無い大きな尻尾が不機嫌そうに揺れていた。
スズツキはいち早く現場を離れようと足を動かすが、ここでつま先を床の小物にぶつけてしまう。
サッと、何かが振り向いたような音がした。
「……っ!?」
アテも無く走り出すと、適当に角を何回か曲がり、とある真っ暗な部屋へと辿り着く。
そこは大きなロッカーがいくつも並んだ更衣室のような場所だった。
スズツキはそのひとつへ入り込むと、扉を閉じ、息を殺して黙り込む。
すると外から足音が迫ってきて……そのまま離れていった。
「…………はぁ。」
口を押さえていた手を離す。
しかし直後、離れていった筈の足音が戻ってくると、部屋の前で止まった。
カツンカツンと、甲高い音がすぐそこから迫ってくる。
心への締め付けが一層強くなる。
心臓の鼓動が速くなり、自分でも分かるくらいにバクンバクンと音を立てる。
「…………!」
ロッカー内を探しているようで、開閉時の金属音が響いてくる。
最初は部屋全体を練り歩いていたが、次第に周りだけを確認してきた。
こちらの位置など、とうの昔に把握していたのかもしれない。
「…………ひっ!?」
そして遂に扉が外側から開かれる。
次に見えたのは暗闇に浮かぶ2つの赤い眼だった。
⬛︎
あれから半時間後、近くのカフェに朱鳶とエレン、スズツキの姿はあった。
スズツキはいつぞやのようにエレンの尻尾に拘束されており、彼女の万力によって身動きひとつ取れない状況にあった。
朱鳶の必死の説明が終わると、ジュースのストローを噛んで穴だらけにしていたエレンは不機嫌そうに口を開く。
「へぇ……偽装の為のデート……。」
「え、ええ、なので彼はただ付き合ってもらっただけで……。」
「ふーん……ねえスズツキ、ホント?」
「ほ、本当……です。」
光の無い瞳で至近から見つめられ、スズツキはゴクリと唾を飲み込む。
だが結局、それ以上の追求は無かった。
エレンは軽く溜め息を吐きながら、尻尾の力を緩ませてくる。
「まあ、今回は信じるよ。アンタ、馬鹿真面目そうだし、まず治安官が未成年に手を出すとも思えないし。」
「あ、ありがとうございます。」
「ふぅ……。」
安堵の息を吐くスズツキだったが、ここで再び尻尾の締め付けが強くなる。
「ねえ、勘違いしないでよね?アンタの行動を許したとは一言も言ってないから。」
「そ、そんなぁ……。」
「ならまずはホラー全制覇からね。ほら、行くよ。」
「うえ"っ……!?」
エレンはホラーと聞いて嫌がるスズツキを無理矢理立ち上がらせると、尻尾を巻き付けたまま引き摺っていく。
かと思えば朱鳶の方へ振り返ってきた。
「行かないの?」
「えっ……あの、私は邪魔になるのでは……?」
「ぼっちで回りたいなら好きにすれば。ただ『報告』する時に誰かと一緒に居た方が色々と誤魔化しが効くんじゃない?」
「そうですよ!朱鳶さんも一緒に……ぐふっ……!?」
「アンタは黙ってて。で、行くの?」
「なら……お、お言葉に甘えさせてもらいます。」
朱鳶は腰を上げると、スズツキとエレンに続いて店を後にする。
それからは閉園の時間まで純粋にアトラクションを楽しんだ。
ちなみに後日、遊園地に3人組の美女美少女が居たとインターノットで少しだけ話題になったそうな。
「あらあらあら!今日は楽しんだみたいね!」
「うん、柄にもなく騒いじゃったわ。」
「いいのよ。それだけ相手に心を許しているってことじゃない?」
「そっ、そうかしら?」
「ええ、まず今の貴女、すごく嬉しそうだもの。」
「そ、そう……。」
「とにかく、デートが上手く行ったようで良かったわ。これなら私達も少しは期待しても良いかもね。希望が見えてきたのだし。」
「どういうこと?」
「何でもないわ。まあ、一応言うと2人は欲しいわね。」
「……き、気が早いって!」
「はいはい、冗談よ。」
ようやく次回から本編でつ。
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