迫り来るエーテリアスからスズツキを救ってくれたのは新エリー都の英雄こと、かの有名な星見家の末裔、星見雅。
彼女はスズツキの手を掴んで引き起こすと、そのままニネヴェを追ってどこかへ行ってしまった。
スズツキはお礼を言えなかったことを残念がるも、既に任務の目標である観測データの回収は完了しており、これ以上現場に留まる必要はない。
よって一行はリンの退路策定を待ったのち、速やかに撤収を始める……筈だった。
[えっ!?私を徴発……ンナナッ!?]
「はい、現在我々『対ホロウ6課』は先程の超弩級エーテリアス、『ニネヴェ』を追っています。よって、そちらの部隊とナビポンプも遊撃戦力として追撃に参加してもらいます。」
「大丈夫、何かあっても全額こっちが持つから、ね?一応命令って形にはなるんだけどさ。」
「ナギねえ〜、お腹空いたー。」
雅を追う形で現れたのはH.A.N.D.の下部組織である『H.S.O.』こと対ホロウ事務特別行動部、その一端を担う第六課のメンバー3人だった。
メディアでの露出が多いことから新エリー都においての認知度は高く、彼彼女らの見た目も相まってファンの数は多い。
豊かな胸周りとタイトスカートから顔を覗かせた長い脚が特徴の、マゾ気質の野郎どもに人気な鬼の副課長こと『月城柳』。
黄色いハチマキがトレードマークのイケメンこと、主に女性陣から黄色い歓声を浴びている二枚目隊員『浅羽悠真』。
前者は眼鏡のつるを指先で上げながら、後者は顎に手を当てながら、それぞれスズツキとエレンをしげしげと眺める。
スズツキ達にとっては慣れたことであったが、やはりメイド服とゴツい装備という組み合わせは中々に目を引くらしい。
「貴女達は……まあ、今は詳しく聞かないでおきます。ここまで来られたということは、ある程度戦えるようですし。」
「まさかホロウの中でメイドさんと会うとは……人生何があるか分からんもんだねぇ。」
[あ、あはは……ンナナ。]
リンが進路を選定している間、スズツキはただじっと待っていると、自身へ向けられるひとつの視線に気付く。
そちらを向けば、いつの間に居たのか、すぐ目の前で興味津々という風に目を輝かせている、幼いシリオンの少女が。
6課の制服を纏った身体は体表が全て水色で、額からは
どうやら新エリー都では珍しい鬼族のようだ。
スズツキは予期せぬ圧に思わず後退りをするが、少女も詰め寄ってくる。
「あー、何かな?」
「私、『蒼角』っていうの!お姉ちゃんの名前は?」
「スズツキだよ。」
「スズツキお姉ちゃんってメイドさん?」
「そうだね。」
「ご飯作ったりする?」
「うん、カレーにハンバーグ、唐揚げ……あと餃子とか?とにかく何でも作るよ!」
「へぇー!」
その時、ぐぎゅるるる、と大きな重低音が周囲に響き渡る。
スズツキは目の前の少女、蒼角の言わんとすることを理解すると、腰のポーチをまさぐった。
取り出したのは箱入りのミルクキャラメル。
戦闘時の簡易的な栄養補給(主に某サメ用)を目的に毎回持って来ているお菓子のひとつだ。
それを差し出せば蒼角は目を輝かせる。
「もらっていいの?」
「もちろん。チョコも食べる?」
「うん!食べる!お姉ちゃんありがと!」
「おうっ……!?」
蒼角はスズツキの胸元へ軽く抱き付くと、受け取ったお菓子を嬉しそうに食べ始めた。
その純度100%の、吊光弾の如く眩い笑顔と愛らしさにスズツキは邪な感情を抜きに、純粋に心を癒されていると、視界の端からヌッとサメの背びれが現れる。
同時に後ろ斜め上方から感じるジトりとした強い視線。
敢えて顔の向きは蒼角に固定していると、背後から大きなサメの尻尾が身体に巻き付いてきた。
そして蒼角から距離を取らされる。
「……アンタさぁ。」
「な、何ですかね?」
「バカ、アホ、節操なし……私にも何か寄越せ。」
「はいはい、大きなお嬢さんには飴をあげますよー。」
球体の棒付き飴の包装を破き、上方へ持っていけば、エレンがそれにパクリと食いつく。
その光景を前にスズツキはコイに餌を与えている動画を思い出していると、直後に尻尾の締め付けが強くなった。
「何か言いたいことでも?」
「こ、今度オープンした和菓子喫茶店の……クーポン券があります……。」
「よろしい。帰りに行こっか。」
「いや、僕はレンタルしたビデオを……ふぐっ……!?」
「行こうか。」
「お、お供させていただきます……。」
雅の追跡はそれからすぐに再開された。
だが彼女向かった先はわざわざリンが案内するまでもなかった。
「うわ……全部やられてるし……。」
「先輩、見てくださいよ。この車、ボンネットとエンジンがこんな綺麗に斬られて……。」
「課長ですね。こちらのようです。」
零号ホロウにも関わらず、極端にエーテリアスの姿が見えない道を進んでいけば、遠目に道路の上を飛翔する大きなシルエットが見えてくる。
言わずもがな、例の超弩級エーテリアスのニネヴェだ。
そして雅はというと、敵に対して真っ向から向かっていた。
「あっ、課長!」
「マズい、囲まれていますよ!」
[早く援護しなきゃ!]
広い空間の中、雅はホーネットの大群から繰り出される波状攻撃に足止めを食らっており、本命のニネヴェには手が出せないでいた。
スズツキ達が相対した何倍もの数の敵が雅へ突撃を敢行していき、対して彼女はそれらを片っ端から斬り刻んでいく。
とても常人では不可能な反応速度と、鮮やかな刀捌きであったが、いくら彼女と言えどそれ以上の余裕は無いように思えた。
「課長!」
「柳か。援護を頼む。」
スズツキ達が合流すると、雅は一言だけそう残し、未だ敵に囲まれたままのニネヴェに向かって走り出した。
もちろん周囲よりホーネットの大群が迫ってくるが、柳と悠真、蒼角がそれぞれの得物を構えて立ち塞がる。
スズツキとエレンもリンを守りながら彼らを支援し始めた。
「ちょ、ちょっとこれヤバくないですか!?」
「知らないよ。あっちの人に聞いて。」
「うぅ……しんどい……!」
状況はもはや新人調査員が請け負うレベルを遥かに超えていた。
スズツキは背中をエレンに預けながら、ただひたすらに引き金へかけた指を引き絞り、ホーネットを撃ち落としていく。
漏らした敵はエレンが両断し、確実にトドメを刺していく。
そろそろ残弾が心許なくなってきた時、ふと頭上を見上げれば、上空に浮かぶ大量の瓦礫の上に雅の姿が見えた。
軽い身のこなしでビルの残骸に飛び移った彼女はかなりの傾斜があったにも関わらず、軽々と頂点まで駆け上がると、空中のホーネットを幾つも斬り割きながら次の瓦礫に飛び移る。
同じことを何度か繰り返し、遂にはニネヴェの目と鼻の先にまで到達してしまった。
「ふぅ……ようやく追い付いた。」
浮遊するアパートの残骸に降り立った雅は刀を腰だめに構え直すと、足を肩幅に開き、一度息を整える。
かと思えば、次の瞬間には姿を消した。
同時にカッッ!!と曇天へ眩い紫電が走り、その経路上に居たホーネットは全て消し飛んでしまう。
そしてそれはニネヴェにまで迫っていく。
「うわっ……!?」
直後、バゴッッ!!!っと耳をつんざく轟音が鼓膜を叩き、地上に居たスズツキ達は衝撃波と風圧に吹き飛ばされそうになる。
スズツキはエレンの尻尾に掴まれて、どうにかその場に持ちこたえると、爆発のあった空を見上げた。
頭上には真っ黒な爆煙が大きく広がっており、そこから破片やエーテルの結晶が降り注いでくる。
雲が爆風で切り裂かれたことによって陽光が差し込んでくる中、空からキラキラと紫色の粒が降ってくる様は非常に幻想だった。
思わずその光景に見惚れていると、何か2つの物体が黒煙を突き破ってきた。
片方はニネヴェで、僅かに残っていたホーネット達を引き連れ、高度を上げながら現場を離脱していく。
もう片方の雅は瓦礫を足場に楽々と地面へ降りて来た。
「もう、課長!無茶しないでください!」
「大丈夫だ。奴は逃してしまったが。」
「何だったんでしょうね、アレ。」
「皆目検討もつかんな。それより早くここを出るぞ。」
「追撃はしないのですか?」
「今我々が居るのは零号ホロウだ。これ以上追っても危険な下層区域に逃げられる。それに、そこの一行は見たところ任務中のを引っ張ってきたのだろう?」
「はい、そうですね。では帰りのルートをお願い出来ますか?」
[りょ、りょーかい!]
それからはスズツキ達のホロウ内での活動経過時間を考慮し、早めに撤退することとなった。
どうにかスコット前線基地に戻ってくると、スズツキはまだ雅に礼を言っていないことに気付き、急いで彼女の元へ駆け寄る。
「あの……!」
「ぬ、先程のメイドか。」
「その、ホロウでは助けてもらってありがとうございました。」
「私も援護してもらった。だからおあいこだ。ちなみに聞きたいのだが、お前たちは正規の部隊ではないのか?」
「ええ、まあ、いわゆる傭兵的なやつでして……。」
「ふむ、やはりそうだったか……あのナビボンプもそうだが、外部に置いておくには惜しいな。お前は腕こそまだまだ未熟とはいえ、戦闘のセンスは中々に良かったと私は思うぞ。」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、それに……。」
雅はスズツキに近づくと、間近から彼の目を覗き込む。
対してスズツキは世間においての有名人がすぐ目の前へ迫っていることにゴクリと唾を飲んだ。
「うん、良い目をしているな。機会があれば是非ともH.A.N.D.に……いや、せっかくなら直に我々H.S.O.へ来るといい。お前ならきっと良い隊員に……。」
「ねえ、ちょっと。」
その時、会話を遮るようにエレンがスズツキの背後に現れた。
彼女はスズツキの両肩を掴むと、自身の方へ引き寄せる。
「勧誘ならお断りだよ。コイツはウチのだからね。」
「せ、先輩……!」
「アンタは黙ってて。」
エレンからの強い視線を受けて雅は口を閉じるが、そのメイド服から何かに気付いたのか、頭の狐の耳が揺れる。
「そうか、見覚えがあると感じていたが、やはり父上の……。」
「何?」
「いや、気にしないでくれ。」
雅は歩き出し、スズツキ達とすれ違うが、一度足を止める。
「スズツキと言ったか。」
「は、はい。」
「話はまた今度としよう。ではな。」
スズツキは離れていく雅の背中を眺めていると、肩に添えられていたエレンの手が両頬を摘んで引っ張ってきた。
「……いふぁいれす。」
「新エリー都の英雄と話せた感想は?」
「しゃ、しゃいこう……いででで……!」
「あっそう……ほら、さっさと行くよ。」
「ふぁい。」
それからはレイに任務の報告を済ませると、基地を後にした。
帰り際に蒼角が手を振ってくれた。
可愛かった。
⬛︎
雅との遭遇はスズツキにとって印象的な体験となった。
あそこまで近付いて、尚且つ直に会話することなど、今後一切無いだろうとも思っていた。
が、意外にも彼女との再会はすぐだった。
リンからの個人的な依頼から数日後。
ようやく通常の依頼が来たことで招集されたスズツキ達5人が訪れたのは塀に覆われた広い敷地とそこに建つ立派な武家屋敷。
スズツキは開いた口が塞がらなかった。
「でっか……ボス、ここって……。」
「星見家の本邸です。スズツキは初めてでしたね。」
「当主の宗一郎様は以前から私たちヴィクトリア家政を懇意にしてくださってるわ。間違っても粗相の無いようにね?」
「は、はい。」
自室よりも広い玄関を通って中に入ると、居間で待っていたのは星見家現当主、星見宗一郎だった。
「やあ、ライカンくん、久しぶりだね。」
「お久しぶりでございます、宗一郎様。今回も我々ヴィクトリア家政をご指名いただき、ありがとうございます。」
「うむ、いつものようにエスコートを頼もうかと考えていたのだが、今回は珍しく娘の希望もあってな。」
「雅様が?」
「いや、私も理由はよく分からないのだが……ああ、ほら、噂をすれば……。」
星見宗一郎の視線がライカンの斜め後ろへ向けられる。
ほぼ同時にスズツキは自身の背後に人の気配を感じた。
「へっ……!?」
「ふむ、不思議なものだな。こうして眺める限りは女だ。」
「みっ、雅……様……!?」
「1週間ぶりだな、スズツキ。」
スズツキのすぐ後ろに居たのは私服姿の雅。
彼女はスズツキの身体へ手を伸ばすと、腕や身体をぺたぺたと触り始めた。
「ひゃう……!?」
「ちょ、ちょっとアンタ……!」
「エレン?依頼主様の前ですよ?」
「ぬぐ……。」
すぐさま反応するエレンだったが、リナの笑みを受けると口を噤み、伸ばしかけた手を引っ込める。
「……み、雅サマ……何のおつもりでしょーか。」
「いやな、気になってあの日から色々と調べてみたのだが、まさか女の見た目をした男だとは思わなんだ。それにエーテル適性も非常に優れている。」
「へー、そうですか。じゃその手を離してもらっても?」
「ひっ……。」
「ほう、華奢だが適度に筋肉質だ。男というのは本当のようだな。」
「無視すん……しないでもらえるとありがたいんですけド……!」
殺気を含んだ視線を向けるエレンだったが、雅は全く気にしておらず、空気が一部殺伐としたものになっていく。
一方、娘の意外な行動に父の宗一郎は目を丸くしていた。
彼はライカンに近づくように手招きをすると、耳元へ囁く。
「あの新人君はあれで男なのかね?何故?」
「はい、女性らしい見た目は任務において役立つと、ご主人様の判断でして。」
「なるほど、良い趣味……いや、良い戦略だ。しかし雅が興味を持つとはな……。」
「宗一郎様?」
何故かニヤニヤと笑みを浮かべる雇い主に困惑するライカン。
その時、スズツキをまさぐっていた雅が衝撃的なことを言い放ってきた。
「父上、彼が欲しいです。」
「ん?ああ、いいぞ。」
「ありがとうございます。では。」
「……おわっ!?」
雅はスズツキを軽々と担ぎ上げると、その場を後にしようとする。
余りにも軽く行われた、当事者抜きの取引に誰もが唖然とし、理解するのに時間を要した。
そしてコンマ数秒後、エレンとカリンが最初に再起動を済ませると、雅の行く先を阻んだ。
「何だ。」
「いや、何だじゃないでしょ。」
「す、スズツキさんを返してください……!」
「ダメだ。彼は6課で育てる。」
「えっ。」
「ふざけんな。てか、そっちにはもう弓の奴がいたじゃん。役職被るから要らないでしょ。」
「人手は多い方がいい。それに若く純粋で、才能ある原石ともなれば手に入れないほか無いだろう。」
「アタシらにとってアンタはあくまでも一時的な依頼主で、忠誠を誓う主君じゃないから。分かってる?」
「分かっているとも。だから取引だ。後で小切手を送ろう。幸いなことに使わない給金が山ほど余っているのでな。」
「ああもう、これだからバ金持ちは……!」
エレンは痺れを切らすと、スズツキの足をガシリと掴んだ。
もちろん雅は手を離さず、そのままメンチを切り合う形になる。
バチバチと火花が散っている中、カリンはライカンへ助けを求めるように視線を送った。
「んん"っ、あー、宗一郎様、スズツキは我々ヴィクトリア家政の一員であり、ご主人様に仕えている身です。よってそう易々と引き抜かれるわけにはいかないのです。」
「そうか、珍しく雅から欲しいと言ってくれたのだが……。」
「申し訳ありません。どうかご理解を。」
「分かった。雅、今日は諦めなさい。」
「ぬ、父上……。」
「大丈夫、心配しなくとも逃げはしないさ。」
まるで玩具が欲しいと駄々をこねる子供を落ち着かせるように、そう諭す星見家現当主。
まあ、その娘が欲しがっているのは人間なのだが。
「むぅ……しょうがない。」
雅は長い狐の耳をへにゃりと曲げながら、渋々といった様子でスズツキを床に下ろす。
かと思えばすぐに彼の腕を取った。
ビキリと、エレンのこめかみに青筋が走る。
「あの……み、雅様……?」
「ねえ、まだやる気?」
「何を言っている。今の彼は私の付き人だ。それなら至極当然のことだろう。」
「ならアタシがやったげるよ。」
「いや、いい。それよりスズツキ、ついてこい。修行に付き合ってもらうぞ。」
「えっ、ちょっ……!?」
雅はエレンの傍を通り過ぎようとするが、彼女に肩を掴まれる。
「まだ何か?」
「私も行く。」
「好きにしろ。」
そのまま雅とエレンはスズツキを連れて居間を後にした。
一連の様子とアワアワとしながら眺めていたカリンも一度会釈し、後を追いかける。
残っていたリナもライカンが視線を向けると、軽くお辞儀をしてからカリンに続く。
そして部屋は一気に静かになった。
予期せぬことに渋い顔をしているライカンだったが、それとは対照的に宗一郎はどこか嬉しそうに口を開く。
「すまないね。ウチの娘は中々に頑固なんだ。」
「いえ、そんな……気に入ってもらえたのなら幸いです。」
「そうかい?じゃあいつか貰っても?」
「………スズツキ次第かと。」
「言質は取ったよ。さて、ここからは真面目に仕事の話をしようか。そちらのご主人に対しての報告もあるしね。」
「承知しました。」
それからは今後についての話が続き、ライカンにトラブルが降りかかることは無かった。
が、時折り彼の腹部には軽い痛みが走っていたとのこと。
ちなみに同じ敷地に位置する道場の中では竹刀を握らされているスズツキとエレンの姿があった。
これでまた更新を凍結します。少ししたらまた投稿する予定です。
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