おかげで本来は2話で書くような内容を1話に詰め込む羽目となり、文字数が1万字を超えちゃいました。やっぱり物語は最後まで作ってから出さないとですね……。
いきなり始まったジェーンとの共同生活。
それは最初こそ驚いたものの、いざ始まってみると、いつもの休日と比べて特段何か変化したわけではなかった。
ただ自分以外の存在が隣に居るということだけは孤独な状態と比べて明らかに違った。
彼女と軽く会話をするだけでも大きく気分が変わった。
ちなみにだが、寝る時はこちらが布団で寝ることになっており、流石に同衾まではしていない。
とはいえ、プライベートなジェーンの姿はやはりドキドキとするもので、スズツキは気が気でなかった。
しかしどうにか大きなトラブルも無く、1日が経過した次の日、時刻は夕方に差しかかろうとしていた。
スズツキとジェーンの姿はリビングにあり、特に会話は無い。
静かな空間の中、のんびりとした雰囲気は心地良かった。
だがある時、テーブルに置いてあったスズツキの携帯端末が静寂を破る形でメールの着信音を短く鳴らした。
ロボットのプラモデルを作っていたスズツキは一度手を止め、画面を見る。
そこにはライカンの名前と丁寧な言い回しでの『シフトに入れるか』という内容の文が。
これは隠語であり、誰かからの依頼が急に入ったということだ。
「あー……マジか。」
「どうかしたの?」
ソファーで横になって端末を触っていたジェーンはむくりと起き上がると、スズツキの隣へ座り、手元を覗き込んでくる。
「僕、バイトに行かないとです。」
「あら、出なきゃダメなの?」
「いえ、まあ、絶対ではないですけど……。」
「アタイはスズツキちゃんに居てほしいなぁ……家に1人は寂しいし、心細いもの……。」
ジェーンはスズツキへ擦り寄り、尻尾を身体へ巻き付ける。
色々と柔らかいものが当たって顔を真っ赤にするスズツキだったが、ジェーンは更に顔を近付けてきた。
「えっ、ジェーンさん……ふげっ……。」
「ちょっと失礼するわね。」
ジェーンはいきなりスズツキの顔を手で挟み込むと、息遣いが感じられる程の至近距離からジッと覗き込んだ。
バランス良く配置された目と鼻と口、整ったフェイスライン、きめ細やかなシミひとつ無い綺麗な肌。
指で表面を拭ってみれば、体表の皮脂を除いて何も付かないことから、化粧無しのすっぴんでこの状態と分かる。
改めて見ても嫉妬したくなるような極上の素材がそこにはあった。
何かを思い付いたようで、ジェーンはニタリと笑みを浮かべる。
「じぇ、ジェーンしゃん……?」
「ねえスズツキちゃん、これからバイトに行くより……私と一緒にイイコト、しない?」
「い、今からですか?」
ジェーンの顔が目の前にあったことと、鼻腔を満たす良い匂いに心臓をバクつかせていたスズツキは彼女の提案に固まってしまう。
「そ、きっと楽しいわよ?」
「でも休むわけには……。」
「あら……スズツキちゃんはアタイを家に置いて他の女の元へ行ってしまうのね……昨日もアタイと寝たっていうのに……。」
「ご、語弊があり過ぎますよ。その言い方。」
オヨヨと、わざとらしい仕草で背中を向けるジェーン。
しかしその演技力は流石人を欺くことに長けた潜入捜査官というべきだろうか。
スズツキも一瞬流されかけたが、彼女の本職を思い出すと、無視して端末を手に取る。
だがすぐに伸びて来た尻尾がスズツキの首元へ巻き付いた。
「ぐえっ……。」
「スズツキちゃん、いいの?イイコト、したくないの?」
誘ってくるジェーンに対して、スズツキは彼女が何をするつもりなのだろうかと、徐々に好奇心を膨らませていく。
若くて純粋で、何より今まで模範に努めてきた彼にとって、イイコトは甘美な言葉に思えた。
そして気付けば、端末に返信を打ち込んでいた。
『今日は外せない予定があるから行けない』と。
「ふふっ、決まりね♪」
「は、はい……。」
「じゃ、準備しよっか。」
スズツキは部屋着から普段着に着替え、ジェーンも前と同じ格好で現れた。
そして諸々の仕度を済ませて外に出ようとした時、再びスズツキの携帯端末が着信音を響かせる。
今度はメールではなく、電話を知らせるものだった。
画面には『エレン』の文字が。
「げっ……。」
「誰?」
「先輩です。多分、行かないって言ったから……。」
「ああ、そういうことね。」
どう言い訳をしたものかと頭を抱えるスズツキだったが、直後、彼の手元にあった端末が奪われた。
顔を上げると、そこには端末を手に取ったジェーンの姿が。
状況を理解し切る前に彼女はあろうことか、画面の通話ボタンをタップてしまう。
「もしもし。」
「なあっ……!?」
「スズツキちゃんを借りさせてもらうわね。大丈夫、ちょっとイイコトするだけだから。」
ジェーンは端末を耳に当てないまま、マイクへ口を近付けてそう言うと、一方的にブツリと電話を切ってしまう。
彼女は端末をスズツキへは返さず、電源を切ってソファーへ放った。
「さ、行きましょ。あと携帯は置いてって。追跡されるし。」
「先輩は何と……?」
「さあ?それより早くしないと捕まっちゃうわよ。」
「えぇ……絶対面倒なことになるじゃないですか……。」
それからスズツキとジェーンは外に出ると、通りでタクシーを拾い、どこかへと向かい始める。
夕焼けに照らされたエルピス港の近くで降りると、最終的に到着したのは近くの貸し倉庫群。
シャッター付きの建物がズラリと並んだ場所を進んでいくこと数分、ジェーンは目的の倉庫を見つけたのか、足を止めた。
「ここは?」
「セーフハウス、私とスズツキちゃんだけの秘密よ?」
伸びてきたジェーンの尻尾がスズツキの首元を半周して頬へ這わされる。
今はただ撫でられているだけだったが、首を締められそうな位置にもあった為、暗に喋るなよとも言われているようだった。
息を飲んでいると、ジェーンが取り出した電子キーによってシャッターが音を立てて開いていく。
そこにあったのは小型のキャンピングトレーラーと、シートを被せられた何かだった。
彼女はまずキャンピングトレーラーの中に入り、必要な荷物を漁り始める。
内装は白を基調としたインテリアで統一されており、ちょっとしたお高めのホテルのようだった。
しかしすぐあることに気付く。
「あれ、こんな良い場所があるならわざわざ僕の家に転がり込む必要は……ふぐっ。」
「細かいことは気にしない。」
「……ふぁい。」
「よろしい。あとこれ、スズツキちゃんの携帯ね。プリペイドだけど。」
「ど、どうも。」
キャンピングトレーラーから降りると、ジェーンは隣の何かからシートを取り払う。
見えてきたのは真っ赤なボディが映える2シーターのスポーツカーだった。
瞬時にスズツキはそれに反応する。
「わぁ……!」
「気に入った?」
「ええ!乗るんですよね!?」
「もちろん。じゃ、ドライブに行きましょうか。おシャメちゃんもプロキシちゃんも来れないような、2人だけの場所にね。」
「はい!」
目をキラキラと輝かせながらスポーツカーを眺めるスズツキ。
その後ろでジェーンはニタリとほくそ笑む。
「けどその前に、少し『おめかし』をしてから……ね?」
「へ?」
彼女の両手にはハンガーにかけられた女性用の服があった。
⬛︎
それから1時間後、スズツキとジェーンの姿はギラギラと輝く古風な建物の前にあった。
ロータリーでスポーツカーから降りると、専用のスタッフが運転を交代してくる。
2人の格好はというと、ジェーンは赤色のドレスに、スズツキは彼女より少し控えめなワンピースに変わっていた。
本当はざっくり背中が開いた薄い生地のものを着させられる予定だったのだが、ジェーンが変な虫が付くのは嫌だからと、今の格好へ急きょ変更されている。
ちなみに髪型は黒髪のロングで化粧もバッチリだ。
ジェーンによればイメージは清楚系お嬢様とのこと。
「準備は良い?」
「えっと……これ、変じゃないですよね?」
「大丈夫、アタイがしっかりコーディネートしたんだから。」
「うぅ……どうか知り合いに見つかりませんように……。」
重厚な扉とその先のエントランスを抜けると、目に入ってきたのは煌びやかな装飾が施された吹き抜けのホールだった。
そこからエスカレーターで1階から3階まで続いており、それぞれの階に沢山の人影が見える。
彼らがやっているのはスロットマシンやルーレット、ポーカーなど。
そう、ここは都内でも有数の大型カジノだ。
「ジェーンさん、カジノの経験あるんですか?」
「『副業』でね。ただプライベートで来たのは初めてだわ。」
「僕でも出来ますか?」
「別に難しくないわ。まずは空気に慣れる為にも一緒に回りましょ。最初はスロットが良いわね。」
カウンターでお金をチップと100ディニー硬貨に変えてもらうと、早速スロットマシンをやってみる。
ジェーンがスタートボタンを押し、するすると絵柄が動き出すと、彼女は適当にボタンを押して絵柄を止める。
結果は当たりだったのか、50ディニーの硬貨が2枚ほど受け皿に吐き出されてきた。
「おぉ……スゴい!当たりましたね!狙ったんですか?」
「いいえ、スロットは完全な運よ。スズツキちゃんもやってみる?」
「はい!」
スズツキはジェーンの隣に座ると、同じようにスロットを動かす。
しかし次は全く関係の無い絵柄が揃ってしまった。
「そう上手くは行きませんよね……。」
「ほとんどそんなものよ。数で勝負するしかないわ。」
それからスズツキとジェーンはスロットの他にバカラやルーレット、ブラックジャック、ポーカーなど、一通りのゲームを回っていった。
「赤色来い!行け……って黒の21番……。」
「あら、また当たっちゃった。」
「うげぇ……スゴいチップの山……。」
しかしギャンブルとは基本的に店側が利益を出すように出来ており、何も知らない素人は格好のエサだ。
「うぅ……またブタです……。」
「フルハウス、私の勝ちね♪」
「ちくしょ……強い……。」
やはりと言うべきか、スズツキの持ち分はみるみる内に減っていき、対照的にジェーンは順当に利益を重ねていく。
そしていつの間にかスズツキの手持ちは9割が消え去っていた。
「駄目だぁ……全然勝てないです……。」
「初心者だもの。しょうがないわ。」
「むぅ……。」
スズツキは隣を歩くジェーンの手元へ、1000ディニーのチップがこんもりと積み上がった籠へ羨望の眼差しを向ける。
対してジェーンはその視線に気付くと、不適な笑みを浮かべた。
「ねえ、スズツキちゃん、今から1時間は別行動にしない?」
「えっ、まあ、良いですけど……。」
「ふふふ……それでお代わりが欲しい?」
「……恵んでもらえると非常に助かります。」
「しょうがないわねぇ、はいこれ。」
ジェーンはチップの山から適当に取ると、それをスズツキの籠へ入れる。
そして彼女はこう囁いてきた。
「利息は1時間5割だから、よろしく♪」
「へっ?い、いや、暴利過ぎですよ……!」
「支払いは身体でも良いわ。じゃ、頑張ってちょうだい。」
「ちょっ……待っ……!」
いつの間にかジェーンの姿はどこかへと消えていた。
スズツキは残されたチップを眺める。
彼女の言う通りなら1時間後にはこれを1.5倍にして返さないといけない。
今あるのは1000ディニーチップが20枚ほど。
つまり最低30枚分まで増やさなければアウトだ。
とはいえ決して払えない額ではない。
「最悪給料を使えばいっか……。」
スズツキはチップを全て100ディニー硬貨に変えると、適当にスロットマシンの間を練り歩く。
『ジャックポットが出たら鍵は貴方の物』という看板と共に本物の高級車が置いてあったマシンの列に腰を下ろすと、コインを入れてボタンを押す。
能力や実力の伴わないスロットマシンならチャンスがあると考えたのだ。
しかし運というものは都合良く舞い込んでくるものではない。
3回中1回は小さな当たりを引いても、残りの2回は利益ゼロの負けが積み重なっていく。
そして50分後、籠の中にあるのは100ディニー硬貨が3枚だけとなっていた。
「やっぱりギャンブルってクソ……。」
見事に大爆死した状況に肩を落としながらまた別の台を探す。
すると室内の隅っこに1台だけの古びたスロットマシンが、良く言えばアンティーク風なマシンがあることに気付く。
誰も見向きしないそれにスズツキは何故か惹かれた。
「あれにするか……。」
コインを入れ、横の大きなレバーを引く。
1回目、ハズレ。
2回目、ハズレ。
そして運命の3回目……こちらに至ってはエラーが起こったのか、絵柄が止まると、けたたましいサイレンの音が鳴り響いてきた。
思わずギョッと身をすくませ、最後までツいてなかったと、大きく溜め息を吐く。
係員を呼ぼうかと席を立つが、ここで異変が起こった。
さっきまでこの場所に立ち止まる人なんて居なかったのに、今は大勢の客がスズツキの方を見ていたのだ。
彼らは羨望の声を漏らし、一部はパチパチと拍手をしている。
再び前を向けば、眼下にあるコインの受け皿へ溢れんばかりの100ディニーの硬貨がジャラジャラと溜まっていることに気付く。
「あ、当たった!?やっ、やったぁ!」
まさかのジャックポットだった。
スタッフに手伝ってもらい、カウンターでチップに交換してもらう。
ジェーンから貰った1000ディニーチップ20枚があっという間に 1万ディニーのチップ30枚に増えてしまった。
ホクホク顔でジェーンを探していると、人だかりが出来たブラックジャックの台に見覚えのある赤いドレスを見つける。
「ジェーンさん!」
スズツキは意気揚々と籠の中身を見せつけようとする。
しかしジェーンが振り返ってくると、彼女の手元には同じ柄かそれ以上のチップが100枚近くあることに気付いた。
「…………あー、めっちゃ繁盛してますね。」
「あら……スズツキちゃんもやるじゃない。」
「ええ、危うく身体で払う羽目になるところでしたよ。」
「残念ねぇ……ホント。」
隣に座ったスズツキの腰へジェーンの手が回される。
彼女から向けられる捕食者のような目付きに固まっていると、ディーラーが自分のカードを引いていく。
どうやら勝負はジェーンの勝ちだったようで、掛け金5万の配当率1倍で5枚のチップがディーラーから渡される。
「うわ……エグい儲けですね。」
「ええ、悪くないわね。それより大分遊んだし、少し休憩してからお開きにしない?良いラウンジを見つけたの。」
「いいですね、行きましょう。」
チップをたんまりと稼いだスズツキとジェーンは軽い足取りでホテルのある区画へと向かった。
だがそんな2人の背中を面白くなさそうに眺める影が複数あった。
一方はこのカジノを取り仕切っている、スーツ姿のインテリ系ギャング集団。
もう一方が見覚えのあるメイド服を身に纏い、黒々としたオーラを放つ2人の少女。
2組はそれぞれスズツキ達を追尾し始めた。
⬛︎
「今日の儲けに乾杯。」
「乾杯です。」
カウンターに並んで座るジェーンとスズツキはそれぞれ手に持ったシャンパングラスとワイングラスをチンと軽く当てると口に運ぶ。
ちなみにスズツキのは果汁100%の赤葡萄ジュースだ。
「スゴい儲けちゃいましたね。」
「もう、派手に負けさせてギャンブルの恐ろしさを教えるつもりだったのに……。」
「へへ……思惑通りには行きませんでしたね。」
「あぁ……せっかくのチャンスだったのに……あとそれ、ちゃんと考えて使うのよ?お金ってホントに怖いんだから。」
「分かってますよ。ジェーンさんのアドバイスには説得力があり過ぎますからね。」
「将来私が取り立てに行かないことを願ってるわ。」
チップから交換した札束が入った封筒をスズツキは後生大事に服の裏のポケットへ忍ばせる。
何のプラモデルを買おうかと、頬を緩ませながら妄想に耽っていると、その時、ジェーンとは反対側の席に誰かが腰掛けてきた。
カウンターの席は他にも沢山空いており、わざわざここに座る必要は無いため、まさかナンパでもしに来たのかと訝し気にそちらを見る。
するとそこに座っていたのは知らない金髪の女性だった。
何というか……肌面積は少ないのだが、非常に扇状的な格好をしていた。
朱鳶と同じ機動性に長けていそうなピチピチの下半身と、無理矢理押さえ付けられた正面装甲、そして気休め程度の上着。
思わずそのまま視線を向けていると、視界の端から伸びてきた2つの手に顔をガシリと掴まれ、有無を言わさず反対側へ首を回される。
すると目の前に笑ってない笑みを浮かべたジェーンが現れた。
「スズツキちゃ〜ん?デート中の目移りはダメよ〜?」
「むぐ……しゅ、しゅいま……ふぎゅっ……。」
しゅるしゅるとスズツキの目元にジェーンの尻尾が巻き付き、あまり健全ではない情景をシャットアウトさせると、彼女は突然の来訪者へ顔を向ける。
「それで?私の甘い時間を邪魔するお馬鹿さんはどこの誰かしら?」
「……まさかお前にそんな趣味があったとはな。」
「久しぶりね。レイ……いや、メルダ?ユリーシャだったかしら?」
「イヴリン、イヴリン・シュヴァリエだ。これからはもう変わらん。」
イヴリンと名乗った女性は視線を合わせないままそう言うと、ジェーンへ小さなUSBメモリを差し出してきた。
対してジェーンは会話を続けながら1枚のフロッピーディスクと交換する。
「もう変わらないってのはどこか良い止まり木を見つけたの?」
「ああ、アレだ。」
イヴリンは後ろへ視線を送った。
会話を聞いていたスズツキは顔に巻き付いた尻尾の隙間から彼女がさし示した方向を見る。
そして驚きから飛び上がりそうになった。
「あぁ……なるほど、
「それは
「似たようなものじゃない。」
目に入ってきたのは離れたテーブルに座っている、長い黒髪の女性。
変装中なのか、黒のドレスにサングラス姿だったが、その身から溢れ出る神々しいオーラまでは隠し切れてはいなかった。
彼女の名前は『アストラ・ヤオ』という。
新エリー都において、現在進行形で超売れっ子の歌手兼女優だ。
ちなみにスズツキはアニメのEDに彼女の曲が使われていたことと、好きなアクション映画にヒロインとして出演していたことからファンの1人になっている。
よって今の状況に興奮が止まらなかった。
思わずガッツリ視線を送り続けていると、あちらも気付いたようで、ニコリと笑顔を浮かべながら手を振ってきた。
スズツキは予想外のファンサービスに口角が上がりまくってしまう。
だが直後、緩んでいたジェーンの尻尾が再びキツく巻き付いてきて、無理矢理前を向かせられた。
「あーもう……ボディーガードがこんなところで油を売ってていいの?」
「心配ない。今日はウチのお姫様が存分に羽目を外せるよう、要人護衛の『エキスパート』を雇った。ちゃんと評価も高い。」
「へぇ、どれかしら………あら……。」
「?どうかしたか。」
アストラの周辺を見渡すジェーンだったが、あるものを見つけると、らしくもなく固まる。
彼女は我に返ると尻尾の拘束を解除し、スズツキの耳元へ顔を近付けようとするが、僅かに遅かった。
スズツキはもう一度アストラを拝もうと後ろを向いた、向いてしまった。
目に入ってきたのはアストラの近くに控える長身の狼のシリオンと、側に2体の浮遊ボンプを侍らせたメイド。
ライカンとリナだった。
そして2人が居るということは……。
「…………あ。」
ガッッッツリ目が合った。
しかも今回は2組と。
急いで前を向くが時既に遅し。
背中に突き刺さる視線はいつまで経っても消えない。
「ジェーンさん……!」
「ここは戦略的撤退ね……じゃあ、私達はここで失礼させてもらうわ。」
「もう行くのか。」
「ええ、レインによろしく。」
「分かった。あと最後に忠告だが、お前たち、ここの連中に狙われてるぞ。」
そう言うとイヴリンは席を立ち、アストラの方へと戻っていった。
スズツキとジェーンも慌てず急いで正確に足を動かし、その場からの離脱を図る。
途端に背後でも2つの影が動き出した。
しかしラウンジから出ようとしたところで、ジェーンとスズツキの行く手を阻む大きな影が現れた。
鍛えた身体に黒いスーツを纏った強面のおにーさん達、このカジノを取り仕切っている裏社会の方々だった。
「ねえ、退いてもらえると嬉しいのだけど。」
「ちょっと裏に来てもらおうか。お前にはイカサマの嫌疑がかけられている。そこのチビもだ。」
「あらあらあら……言い掛かりも甚だしいわね。」
「大人しく従っといた方がいいと思うぜ?今なら金を返すだけで許してもらえるかもしれないからな。」
隠そうともせず、ジェーンとスズツキへ堂々と下卑た視線を向ける野朗共。
まさに一触即発の状況だったが、ここへ空気を読まずに割り込む影がひとつ……いや、ふたつ。
明らかに不機嫌度マックスのエレンと、おめめが真っ黒になったカリンだった。
「ねえ、スズツキ、ちょっと話をしよっか。」
「スズツキさん……何か深い訳があるんですよね?」
「ひ、人違いですぅ……。」
「いいから着いてこい。」
エレンとカリンはそれぞれ背後からスズツキの両腕を掴み、無理矢理引き摺っていこうとする。
しかしギャング連中はそれを許さない。
「おい!待て!」
「何割り込んで来てるんだよ!」
野郎の1人がエレンへ手を伸ばすが、今の彼女を、狙っていた獲物を横取りされた挙句、ここまで『改造』されて脳を破壊されかけている彼女を刺激することは余りにも悪手だった。
直後、メリッと、何かがめり込む音が響く。
「……へ?」
「うおわぁ……。」
「「「ひぃっ……。」」」
音の発生源を見れば、男の股間へエレンのヒールのつま先が突き刺さっていた。
周囲から見ていた他のギャングやラウンジの客、スズツキでさえ、その光景を前に顔を青くし、両手で股間を押さえ込む。
ライカンはやれやれと額に手を当て、リナはあらあらと微笑を浮かべる。
「あ……あぁあぁぁあぁあ……。」
ちなみにタマキンには重要な神経が集中しており、痛みを感じればすぐさま身体は緊急事態と判断し、吐き気や眩暈が起こるのだ。
というわけで見事なクリーンヒットを受けた男はその場に倒れ込み、丸くうずくまって動かなくなった。
だがやられっぱなしのギャングではなく、すぐさま再起動すると、エレンへ襲いかかってくる。
「こっ、この野郎!」
「まとめてやっちま……ぶぼあっ!?」
「ちょっと失礼するわね。」
隙をついてジェーンも男の1人を蹴り飛ばし、そいつが別の客のテーブルへ派手に突っ込むと、たちまち乱闘が始まった。
少し離れた位置ではイヴリンがアストラを避難させ、ライカンとリナがそれぞれの得物を準備する。
「野郎!よくも兄貴をっ……ぶばっ!?」
「このっ、子供だからって……ほぉっ!?」
「えいっ!カリンに!近づかないで!ください!」
ポカポカと空のワイン瓶で敵を殴るカリン。
絵面は可愛らしいが、彼女はこう見えて剛腕な上に酒瓶は映画用の小道具とは違って非常に硬い。
よって周りに響く音は中々に鈍いものだった。
「ちっ……面倒なことに……あっ!スズツキ!」
「ま、また明日ー!」
「待て!」
スズツキはジェーンに手を引かれながら、殴り合いの場となったラウンジからどうにか脱出する。
背後では何かの機器の駆動音と幾多もの電撃の光、チェーンソーのエンジン音、凍結した状態でほっぽり出される敵と破茶滅茶な状態となっていた。
最終的に何故かラウンジが大爆発することで火災報知器が作動し、けたたましいサイレンが構内へ鳴り始めた。
その混乱に乗じてスズツキとジェーンはどうにか駐車場まで逃げ切り、車に乗ってカジノを脱出した。
カジノが見えなくなってからしばらくして、追っ手も居ないことを確認すると、ジェーンは肩の力を抜く。
「ふぅ……散々な目に遭ったわね。」
「結果オーライですよ……。」
スズツキは緊張が解けると、安心したようにズルズルとシートへもたれかかる。
しかしすぐに明日は学校があることを思い出した。
そこには例の2人が待ち受けていることも。
「ど、どう言い訳しよう……!?」
「ふふっ、正直に話せばいいじゃない。アタイと同じ屋根の下で生活していましたって。」
「僕はまだ死にたくないです……。」
唸りながら両手で頭を抱えるスズツキ。
それを横目で眺めていたジェーンだったが、ある時、ポツリと呟く。
「……スズツキちゃんが望むなら、この社会から姿を消すことも出来るわよ?」
「それは……ジェーンさんと同じ世界に行くってことですか?」
スズツキは興味あり気に顔を上げる。
「そ、自由気ままに裏の世界を生きていくのよ。時々治安局の仕事をして、ゴロツキをシバいて、奴らから巻き上げた金で今日みたいに沢山遊ぶの。」
「へぇ……例えばどんなことをやったんです?」
「そうねぇ……。」
ギラギラと輝く摩天楼の下を車で走りながら、スズツキはジェーンの話を聞いた。
エーテル資源の密売を検挙した時のこと、違法組織の経営役になって治安局のダミー会社と取引させたこと、押収したクルーザーでバカンスをしたこと、帳簿に無いカネをちょろまかしたこと、リゾートホテルを楽しみながらスパイ活動をしたこと、などなど……。
話を聞けば聞くほど、決してジェーンは嫌々ながら、社畜のように潜入捜査官をやっているのではないと分かった。
むしろこういう世界が彼女の性分に合っているのだと理解した。
もしかすると治安局から裏世界ではなく、逆に裏世界から治安局に入ったのかもしれない。
「随分と毎日が刺激的になりそうですね。」
「ええ、でもスズツキちゃんが居ればもっと楽しくなるかなぁ……って。」
「裏の世界ですか……。」
「やっぱり怖い?」
「まあ……ジェーンさんと一緒ならアリかもです。」
そう言った直後、車は急に減速し始め、道端に停車した。
エンジンが止められ、車内が静かになる。
何事かと窓の外を見れば、いつの間にかヤヌス区の住宅街まで戻ってきていたようで、少し離れた位置に自宅が見えた。
両親が帰ってきているようで、部屋に電気が点いている。
スズツキは次に隣を見ると、そこではハンドルに腕と顔を乗せながら何やら考え込むジェーンの姿が。
声をかけようとすると、先に彼女が口を開く。
「いや、なんでもないわ。ごめんなさいね、変なこと聞いて。久々に誰かと遊んだから、柄にもなく舞い上がってたみたい。」
「そんな、変なことなんて……さ、さっきの、ジェーンさんとならアリってのは本心ですよ?今日だってすごく楽しかったですし。」
「ふふ……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。でも、だからこそ、これからもスズツキちゃんは『そっち』の世界に居るべきね。まだ貴方は大事な物を沢山持っているもの。」
ジェーンは寂しそうに笑った。
その表情から、スズツキは先ほどの話の中に『仲間』が出てこなかったことに、彼女の孤独に気付く。
やっていることに派手さが感じられたのはそれを紛らわせるためだったのかもしれない。
スズツキは少し黙り込むと、ポケットから携帯端末を、ジェーンから借りた簡易的な安物のそれを取り出した。
「ジェーンさん、これ、貰っても良いですか?」
「ええ、別に良いけど……。」
「この携帯があればまたジェーンさんと会えますよね?」
「……また会っていいの?」
「こっち側もそっち側も関係ありません。僕にとっては貴女も……その……だ、大事な物のひとつなんですから……。」
スズツキは歯が浮きそうなクサ過ぎる台詞を、心の中でもがき苦しみながらそう言い切る。
時間差で羞恥心から顔が赤くなっていく。
一方、ジェーンはぽかんとした表情を浮かべていた。
無言の時間が続き、遂にはスズツキが耐えられなくなる。
「あの……な、何か言ってくれると嬉しいです……黒歴史にしたくはないのですが……。」
もはや月光蝶で自らの存在を消すべきだろうかと考えていると、ジェーンは急に笑い出した。
「くっ……ふふふっ……ははっ……!」
「わ、笑わないでください……。」
「ふふ……ふぅ……他人からそんなことを言われたのはいつぶりかしらね。それもこんなカワイコちゃんからなんて……。」
ジェーンはスズツキへ手を伸ばすと、彼の頬を撫でながら妖艶に笑う。
「ねえ、さっきの台詞、取り消すなら今のうちよ?本当なら今日以降はバッサリ縁を切るつもりだったけど、それが今後ずっと永遠にアタイとの関係が続いていくのよ?いいの?」
「裏世界には片足突っ込んでます。別に問題無いですよ。」
「そう……そっかぁ……。」
頬を触っていた手がスズツキの背中へ回される。
ジェーンは身を乗り出し、スズツキを両腕と尻尾で抱き締めると、彼の耳元へ囁いた。
「……ありがとう、スズツキちゃんはやっぱり優しいわね。」
「ぼ、僕は紳士ですから。」
「ふふっ……。」
ジェーンは抱擁を解除すると、スズツキの背後へ手を伸ばし、ドアハンドルを引っ張った。
ガチャリとドアが開き、少しひんやりとした夜の空気が車内へ入り込んでくる。
「さ、冒険はここまで。子供は家に帰る時間よ。」
「はい、おやすみなさい。また今度。」
「ええ……おやすみ。」
車を出たスズツキは手を振りながら自宅へと帰っていく。
ジェーンは寂しさを感じながらも小さく振り返した。
「さて……。」
彼の姿が玄関の向こうに消えると、エンジンのスタートボタンを押し込む。
エンジンの重低音が車内へ響く中、ジェーンは小声で呟いた。
「言質も取ったし、あとは手に入れるだけ……。」
端末を操作すると、画面に周辺の地図と1つの赤い点が表示される。
それは今しがたスズツキの入っていった家の中で細かく動いていた。
「またね、スズツキちゃん。絶対に逃がさないから。」
ジェーンは端末に軽く口付けをすると、車を発進させる。
彼女の痕跡はすぐに闇夜へと消えていった。
⬛︎
「うん、大人しく学校に来たことは褒めてあげる。じゃ、いつもの場所行こっか。」
「はいぃ……。」
「ぜ、全部包み隠さず話してくださいね?じゃないと……。」
「ちょっ、ちょっとカリンちゃん!ここで開けないで……うっ……。」
「おえっ……もしかして、その弁当箱のヘドロってリナさんの……!?」
「て、手作りハンバーグです!今朝作ってもらいました!」
「まさか……。」
「そのまさかだよ。喋らないと……こ、これを口に捩じ込むから。」
「い、嫌だ!死にたくない!」
「暴れるなって……昨日みたいに金的されたい?」
「……分かりました。」
「よろしい。」
⬛︎
「嘘……スズツキ君の監視網が全滅してる……!?フェアリー!!」
[こちら側のシステムに問題はありません。おそらく監視対象の家に仕掛けた各機器を全て回収されたのでしょう。証拠として意図的に残されたメッセージがあります。]
「えっと……『イタズラはほどほどに』……うわ、やられたぁ……!」
[天罰が下りましたね。ざまあみろ、です。]
「あぁぁ……私の生きがいぃ……!」
「ちなみにその借金って返したの?」
「ええ、確かチップを札束に変えてから……かっ、返してない!?」
「えっと、1時間5割で元金を2万ディニーとすると……あうぅ……1日後には1億5794万ディニーになるみたいです。一週間後だと30穣ディニー……都の年間予算を超えています。」
「終わった……もう身売りするしか……。」
「いや、流石に条例違反だから。別に払う必要無いでしょ。」
「で、ですよね!ははは……。」
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