ヒューゴ復刻かぁ……しかもダイアリンと相性良しと来た……これはすり抜けのリベンジをしろってことなのか……!?
スズツキは今までに判明した事情をライカンへ伝えると、その日の内に出動となった。
メンバーへの招集がかけられ、スズツキも私服からメイド服へと着替える。
リナ達を待つ間、自室で銃器の整備をしていると、外からドアが開かれた。
そこに立っていたのはメイド姿のエレン。
何故かは分からないが、ご機嫌斜めな様子で、室内に足を踏み入れるなり顔をしかめる。
「うわクサ……臭すぎ。鼻が曲がりそう。」
「ガンオイルなら我慢してください。」
「違う——女の臭いがする。」
スズツキの手がピタリと止まった。
エレンはスズツキの周りをゆっくりと歩きながら、スンスンと鼻を効かせる。
「3……いや、4人?特に2人が強い。」
「で、電車に乗った時に付いたんですよ。きっと。」
「へぇ……メイド服からはしなくて、肌から直に臭うのは"電車で密着した"から?赤の他人と、長時間ベッタリと?」
「ええ……そう、かもですね。」
しらを切るスズツキにエレンの鋭い眼光が刺さる。
彼女のサメの尻尾が背後へと回り込み、ヒレの先端がスズツキの頬をペチペチと叩いた。
「……耳に痕あるじゃん。何これ。」
「さぁ?知らない内にぶつけたんでしょう。」
「ふぅん……。」
視線を合わせないまま手を動かし続けるスズツキ。
彼はライフルスタンドに固定したサプレッサーK98kに追加アタッチメントを装着していく。
結局、先に引いたのはエレンの方だった。
「そっか……そうしちゃうんだ。」
「何がです?」
「分かった。ならこっちも相応の対応を取らせてもらうから。」
踵を返し、部屋を出ようとするエレン。
そしてドアを開けると、大きな声でこう言った。
「リナー!お腹空いたから何か作ってほしいなー!あっ、スズツキも食べたいって……!」
「猫又とアンビーと朱鳶さんとジェーンさんに会ってました!」
スズツキは顔を青ざめ、反射的に白状した。
エレンはピタリと口を閉じ、ゆっくりと振り返る。
「良かったじゃん。まだリナは来てなかったよ。」
「なっ……は、図りましたね……!」
スズツキは席を立ち、ジリジリと後ずさる。
それに合わせてエレンも歩み寄ってきた。
「アンタだって嘘ついてたでしょ。」
「でもその方法はズルいですよ!自分は食べても大丈夫だからって……。」
「は?知らないし。そもそもアンタが悪いんじゃん。」
「わっ……!?」
ドンと、少し強めに突き飛ばされた。
勢いのままベッドに尻もちをつき、すぐに逃げようとするも、いつぞやの時のように背後から押さえつけられる。
何度も言うように、エレンは同年代の女子より筋肉質な上に、大きなサメの尻尾は幼い子供と同程度の質量を持っている。
つまりは重——。
「噛みちぎるよ?」
「ぼ、僕は何も……ぐえっ……。」
エレンの下半身がドカリとスズツキの背中に着地した。
「ねえ、今日そいつらと何をしたか。全部話してくれるよね?」
手と足を全て固定され、逃げられなくなる。
しかしその時、幸運にも救いの来訪者が現れた。
「え、エレンさん!?何を……!?」
「……カリンちゃん。」
ドアの近くに立っていたのは、思わぬ光景を前に目を見開いているカリン。
スズツキはホッと安堵の息を吐いた。
「カリンちゃーん、助けてー。先輩にイジメられて……むごっ。」
「違うから。ちょっと尋問してただけ。コイツ、また女の臭いつけてて……。」
言い訳をするエレンの背後で、カリンの声が震える。
「いつもエレンさんばっかり……ズルいですっ!」
「えっ?」
「私もやります!」
カリンはベッドへ飛び乗ってくると、エレンに加勢する。
「私もスズツキさんに聞きたいことがあるんです。その……ぜ、全部吐いてもらいますかね!」
「むぐっ……むごごっ……!」
スズツキは必死にもがくも、身動きひとつ取れない。
「あーあ、身から出た錆ってやつ?じゃ、お仕置きだから。」
「え、えへ……観念してくださいね?スズツキさんの弱点、しっかり覚えますから!」
エレンとカリンの手がスズツキの腋や脇腹へ伸び——。
その後、部屋には大きな笑い声が響いた。
⬛︎
「……スズツキ、大丈夫ですか?」
「ぜぇ……ひゅぅ……は、はぃ……。」
「何でもないよ、ボス。ただちょっとシメただけだから。」
「問題ないです!ライカンさん!」
ここはブリーフィングルーム。
息絶え絶えな様子のスズツキに心配そうな視線を向けるライカンだったが、事情を察したリナが彼へ質問を投げかける。
「ライカンさん、依頼相手が危険な状況にあるとはどういうことなのかしら?」
「ええ……現在、バレエツインズにて軍から離反した脱走兵、いわゆる反乱軍が活動しているようです。ジェーン・ドゥが受け取った暗号も確かにそこを指していました。」
「ご主人様は何と?」
「既に出動の許可を承っています。組織の全貌が未だ不明な反乱軍を探る良い機会だとも。」
「ふふ……では数名ほど見繕う必要がありますわね……。」
リナは微笑を浮かべると、指の間にパチパチと小さな紫電を走らせる。
彼女の背後では浮遊型の戦闘ボンプ、ドリシラとアナステラが捕縛用の拘束具を抱えていた。
普段は優しくてお淑やかなメイド長の裏の顔が垣間見えたことで、カリンとスズツキは揃ってエレンの背後に隠れる。
「か、カリンちゃん……リナさんって尋問も担当するの?」
「あぅ……ライカンさんより上手いみたいです……。」
「おっかねぇ……。」
「ちょっ……尻尾にしがみつくなって。」
リナはふと我に返ったように微笑む。
「あら、ごめんなさい。つい仕事癖が出てしまいましたわ。ライカンさん、続きをお願い出来る?」
「……はい、では話を戻します。」
ライカンは今回の作戦について話す。
作戦目標は2つ。
バレエツインズに囚われているであろう協力者、レインを捜索し、救出すること。
そして可能なら反乱軍の動向を調べること。
あくまでも記憶素子解析が本来の目的であるため、前者が最優先事項だ。
「作戦開始時刻は0300、敵の活動が鈍るであろう深夜に奇襲をかけます。またバレエツインズ内部にはエーテリアスも徘徊していますので、各員油断しないように。いいですね?」
「はーい。」
「は、はい!」
「はいぃ……。」
ブリーフィングが終わると、出発まで待機となったわけだが、ここでエレンはあることを思い出す。
「そうだ。ボス、キャロットはあるの?」
「いいえ、流石に用意する時間がありませんでした。なのでいつもの代替案を用います。」
「え"っ……それまじ……?」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべるエレン。
その時、拠点の入り口からバトラーボンプと共に別のボンプが、毎度お馴染みイアスが入ってくる。
もちろん当然のようにスズツキの胸元へダイブしてきた。
⬛︎
街の共生ホロウの内部に位置しているビル、通称『バレエツインズ』。
ホロウ災害時には丸ごと飲み込まれたが、エーテル活性の低下によってホロウが縮まり、今はビルの頭だけがひょっこりと突き出ていた。
レインのSOSは通常のメールで送られてきたことから、彼女はホロウの中ではなく、その露出した最上層に居ると考えられる。
「あそこまで登るのか……。」
暗い夜空の下、それを見上げていたスズツキだったが、手を引かれて我に返る。
眼下には目元にゴツい装備をつけたイアスの姿が。
今回は夜間での行動ということから、ボンプ用の暗視装置を装着しているのだ。
[スズツキ君、準備はいい?]
「はい……多分……。」
スズツキは少し不安そうに呟く。
対してイアスは、端末を介したリンはニンマリと口角を上げた。
[あれぇ?もしかして怖いのかな?]
「こっ、怖かないですよ!」
[ふふ……言ってくれたらいつでも抱き枕になってあげるからね〜。]
「だから大丈夫ですって……!」
その時、諸々の準備を終え、それぞれの得物を携えたライカン達がバンから出てくる。
ちなみにスズツキはサプレッサーK98kを、銃身下部にストックを外した87式散弾銃を取り付けたそれを手に持っていた。
用途は言わずもがな。
最強の鍵、マスターキーである。
「スズツキ、頼みます。」
「はい。」
ホロウに入り、辿り着いたのはバレエツインズの裏口。
スズツキはドアノブへ2つ目の銃口を向け、引き金を引く。
ドン!と、大きな破裂音と共にブリーチング弾がノブを錠ごと破壊し、ドアが開かれた。
「では行きましょう。プロキシ様、案内をお願いします。」
[はーい!]
ドアの向こう側は月明かりの届かない屋内ということから、まさに漆黒だった。
ライカン達は頭に被った熱赤外線式の暗視ゴーグルを下ろす。
スズツキもクモの眼のような、4眼タイプのゴーグルを着けると、真っ暗だった視界が白一色へと変わった。
単眼のゴーグルを装着したライカンを先頭に適度な距離を取りながら奥へと進んでいく。
「やはり電源は点いていませんね……階段を使いましょう。」
「えぇ……メンド……。」
1階の広いロビーに出ると、やはりというか、各種電源は全て死んでいた。
エレベーターのボタンを押しても反応は皆無で、電気の通っている場所は見当たらない。
仕方なく非常階段に入り、足で登り始める。
「うぅ……しんどい……非常電源とかを復活させてエレベーターを使うのはダメなんですか?」
「敵に自分の存在を晒すことになります。また同時にエーテリアスにも。」
「……ですよねー。」
[一応、予備の発電施設が地下にあるみたい。ビル内の複数箇所に制御室があるから使えるかも。]
「もしもの時にとっておきましょう。今は隠密行動が最優先です。」
階段を登り、時折り途中の階に出ると、人の痕跡を探す。
しかし人間はもちろんのこと、エーテリアスの姿も無かった。
[うーん……熱源は無いね。足跡も確認出来ない。]
「やっぱり下からじゃなくて、上から侵入したのでは?今ならビルの天辺がホロウの外に出てますし。」
一行はひんやりとした空気の中、誰も居ない、がらんどうのフロアを歩いていく。
この階には元々飲食店が並んでいたようで、擦り切れた看板にはお高そうな店名が載っている。
スズツキは歩きながら、ふと店の中を覗いた。
椅子が並んだ店内、ゴーグル越しに白と黒だけで構成されたそれ。
——その中で何かが動いた気がした。
「ひっ……!?」
「ひゃあっ……!?」
スズツキはビクリと肩を震わせると、遅れて自分が握っているものを思い出し、慌てて銃口を向ける。
隣に居たカリンも釣られて声を上げ、スズツキの背中に隠れた。
「スズツキ?」
「先輩……あそこの店……何か居ませんか……?」
「……別に?何も見えないケド。」
「あっ、ちょっ……!」
ツカツカと店に入り、店内を一通りを見て回ってくるエレン。
スズツキとカリンはただジッと待つ。
それからは別に影から化け物が出てくるとかではなく、再び現れたのは暗視装置の二つ眼を不気味に光らせたエレンだった。
それにすら震え上がるスズツキとカリン。
身を寄せ合う2人を前にエレンは溜め息を吐いた。
「もう……ほら、ビビってないで行くよ。てかナイトビジョンあるから怖くないでしょ。」
「うぅ……怖いものは怖いですよ……。」
「ま、待ってくださいぃ……。」
本当はイアスを両手で抱えたいところだったが、それではライフルをすぐに構えられないからと我慢する。
それからも恐怖と戦いながらの捜索は続いた。
空間の裂け目やズレを考慮し、時折り登る階段を変え、場合によってはエレベーターシャフトの梯子を登っていく。
そして中層に到達し、商業フロアからホテルフロアに入ると、状況に変化が起こった。
明らかにエーテリアスの数が増えたのだ。
「スズツキ……狙えますね?」
「はい……装甲がついてないタイプで良かったですよ。」
コソコソと物陰に隠れながら狙うのは少し離れた位置の中型エーテリアス。
犬のような見た目をしたハティだった。
ゴーグルを上げたスズツキはライフルのエーテルサイトを用い、敵の口内のコアに照準を合わせると、人さし指を引き絞る。
サイレンサーで抑えられた発砲音と共にエーテル弾が発射され、コアに綺麗な風穴を空けた。
悲鳴を上げる暇もなく、ハティは瞬時に形状崩壊をしていく。
[ナイスショット……!]
「にしても急に敵が出て来たね。何かここらへんであったのかな。」
「あら……この跡……。」
敵が居た周辺を散策していると、リナが何かに気付いのか、バチバチと青い電光を足元に発生させながら宙へ浮き上がった。
「あっ……ぶっ……!?」
「変態。」
「だ、ダメです……!」
すかさずエレンの尻尾のヒレがスズツキの視界を遮り、遅れてカリンが彼の両目を手で塞ぐ。
騒ぐ3人を他所に、リナは鉄の壁に空いた複数の穴に手を添えた。
「ライカンさん、これって……。」
「ええ、ライフルの徹甲弾によるものですね……どうやら何者かが潜んでいるのは事実なようです。」
おそらくはエーテリアスと銃撃戦を繰り広げたのだろう。
通路には空薬莢が散らばり、また手榴弾まで使ったのか、爆風と破片で粉々になっている箇所も見受けられた。
「ボス、単なるホロウレイダーという線は?」
「それはないでしょう。確かにここは貴重品が手付かずのまま残っているとのことですが、ホロウの特性によって更に迷路と化しています。通常の平面ではなく、三次元的なキャロットが必要である以上、並大抵の人間は入って来られないかと。」
「つまりパエトーンさまさまですね。」
[えへへ……撫でてくれても良いんだよー?]
イアスの頭をわしわしと撫でながら探索を続ける。
エーテリアスに対峙すると、出来る限りスニーキングキルを心がけ、すぐに倒せそうにない大型個体は隠れてやり過ごした。
だが隠密行動にも遂に限界が来てしまった。
更に上階へ登ったスズツキ達の目の前に現れたのは、フロアを寸断する大きな防火シャッター。
今まで使ってきた階段は途切れており、ここから上へ進むにはエレベーターに乗るか、シャッターの向こう側の階段を使うしかない。
[ライカンさん、近くの制御室から操作出来るかも。ただ電源を復旧させるから……。]
「敵に我々の存在が露呈するということですね。仕方ありません。ここからは積極的に動きましょう。」
非常電源へのアクセスはすぐに出来た。
リンがフェアリーを介して制御権を手に入れると、頭上の電気が不気味に点灯し始める。
道を塞いでいたシャッターも軋む音を立てながら、ゆっくりと上がっていった。
スズツキは暗視ゴーグルを外すと、ライフルのフラッシュライトを点ける。
電源が復旧したとはいえ、頭上の電灯は所々壊れており、まだまだ暗い場所は多かった。
「うわ……改めて見ると酷い状況ですね……。」
「おそらく低階層にエーテリアスが居なかった理由はこれでしょう。全てホテルフロアに集まっていたようです。」
外の通路はまさに戦闘の跡地といった雰囲気だった。
色が判別出来るようになったことで、床や壁に付着した赤黒いシミに気付く。
何かは言うまでもない。
そんな荒れ果てたフロアを眺めながらエレンはポツリと呟く。
「ねえ、これ本当にエーテリアスと戦ってこうなったのかな?」
「どういうことですか?」
「いや……なんか戦闘の形跡からして、エーテリアスの集団というより、"1つか2つの敵"と戦ったような気がして……。」
「……あぁ。」
スズツキはエレンの言わんとすることを理解した。
エーテリアスの跡がひとつしかないのだ。
今までの階には斬撃や打撃、爆発など、様々なエーテリアスによる戦闘の痕跡があった。
しかしシャッターが閉まっていたこの階だけは斬撃痕のみ。
それも遥かに綺麗な切り口を残している。
「ふむ……反乱軍は屋上から侵入し、中層へ降りたところでエーテリアスと遭遇。更には"何か"と接敵……シャッターを閉めて撤退といったところでしょうか。」
シャッターの向こう側は打って変わって綺麗なままだった。
ただ見るからに痛々しい血溜まりが残っており、何人もの負傷者を運んだのか、赤黒い水滴の跡が通路の奥へと続いている。
「各員、ここからは人間の敵が現れます。注意するように。」
ライカンの言葉に頷くと、スズツキはライフルを構えながらシャッターの向こう側へ足を進める。
そして全員が通路の奥へ行った時、"何か"が動き出す。
しかし直後、それは影の中へと消えていった。
⬛︎
「ズールよりブラボーへ、聞こえるか?」
[こちらブラボースリー、聞こえる。]
「……隊長はどうした?」
[ワン及びツーは負傷している。命に別状は無いが、戦闘不能だ。]
「まさかエーテリアスに?」
[待機中のパトロール時にデータに無い個体と遭遇した……負傷者は多いが、通路の封鎖と上階への撤退は完了している。『パッケージ』も確保したままだ。作戦続行に問題はない。]
「了解、こちらも先ほど乗客全員の昏睡を確認した。抵抗は無し。現在、技術班がコックピットでの工作に入っている。そちらに反応は?」
[……確認した。操作権の奪取に入らせる。]
「——こちらでもハッキングを検知、システムの移譲を確認次第、痕跡を抹消し、飛行船を離脱する。合流ポイントで会おう。通信終了。」
[了解、通信終了。]
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