「ねえ、今まで何してたワケ?」
「さ、さぁ?」
「ふーん、じゃあこれならどう?んん"っ……おかえりなさい、管理人♪」
「あっ!ペリカママ……げぶっ!?」
「やっぱりそういうことなんだ。」
「ずびばぜんでじだ……ま、前が見えねェ……。」
41 コードレッド
視界の奥を埋め尽くす白いモヤ。
冷ややかな風が吹き抜け、サワサワと木々が擦れ合う。
鼻腔をくすぐるのは、湿った草の匂い。
朝霧に包まれ、動く者の気配すらない森。
そこにスズツキとライカンの姿はあった。
それぞれショットガンとボルトアクションライフルを装備し、山岳用の服を身に纏った彼らは緊張した面持ちをしている。
重い空気の中、ライカンが口火を切った。
「スズツキ、分かっていますね?我々が優先すべきは何かを。」
「はい、ボス……お仕えするご主人様の身の安全です。」
スズツキの言葉にライカンは頷く。
「そうです。ヴィクトリア家政の評価が地に落ちるのならまだしも、ご主人様の命に関わるようなことはあってはなりません。」
「分かっています。犠牲を出さない為にも、最悪の場合は……。」
思い詰めた様子のスズツキだったが、彼が言い切る前にライカンがそれを手で制する。
「スズツキ、その役目は私が負うべきものです。」
「えっ……それは流石にマズいのでは……!?」
一拍、間が空く。
ほんの一瞬だけ、ライカンの視線が霧の奥へ逸れた。
「……リーダーとは元からそういう役回りなのです。任務は遂行し、仲間も守る。スズツキが気に病む必要は無いですよ。」
「で、でもボスが居なくなったら……!」
「私抜きで機能不全になるようなヴィクトリア家政ではありません。少なくとも私はそう教育したつもりですが?」
「ボス……。」
スズツキは喉まで出かかった言葉を飲み込む。
本当はやめてくれと言いたかった。
止めたかった。
しかしライカンの立場で逃げは許されない。
ギュッと拳を握り込み、スズツキは覚悟を決める。
「ボス……約束してください。それは本当にどうしようもない場面でのみ実行すると。僕は貴方に何かあったら……その……すごく、嫌な気分になると思います……だからっ……!」
「スズツキ。」
「っ……。」
ライカンはスズツキの後頭部に手を回し、ギュッと片腕で抱き込んだ。
「約束します。そんな顔をしないでください。まだそうなると決まったわけではないのですから。」
「……約束ですよ。嘘ついたら恨みます。」
「ええ、もちろんですとも。」
スズツキはライカンから離れる。
そして肩に下げたショットガンを、銀色のエングレーブが施された上下二連式のそれを手に持ち、カチリと機関部を折る。
断面に見えたのは薬室に収まった2つの実包。
小さな鉄球を内部に何粒も収めたバックショット弾。
安全装置がかかっているのを目視すると、再び肩に下げた。
ライカンもボルトアクションライフルの作動を確認すると、スズツキの方を向いてくる。
「準備は出来ましたか?」
「はい、いつでも。」
「では行きましょう——狩りの時間です。」
2人は森の奥へと足を踏み入れていく。
彼らの姿は霧の向こう側へと消えていった。
⬛︎
——約21時間前——
ガタガタと軽い揺れが頭を揺さぶり、ガクンと、何かを乗り越えた衝撃がスズツキの意識を呼び起こす。
そして感じたのは左肩と脚の上にのしかかる複数の重み。
左に顔を向ければ、薄緑の長い髪をツインテールにした少女が肩にもたれ、ほのかに甘い香りを漂わせていた。
前髪の下に見える双眸は、今は瞼が閉じており、すやすやと小さな寝息が聞こえてくる。
小動物のような庇護欲溢れるその姿に癒されていると、膝の上に乗っていた物体がボスンと腹にぶつかってくる。
「うぶっ……!?」
腹部を押して来たのは横へ伸びた大きなサメの尻尾だった。
根本の方を見れば、ドアとシートベルトにもたれかかって眠る持ち主の姿が。
当人は寝ているのだが、尻尾だけは意識があるように動いている。
大人しく視線を前に向けて、ついでに眼前の尻尾を軽く撫でると、動きは無くなり、先端のヒレが身体に巻き付いてきた。
再び寝る気も起きなかった為、窓の外を見る。
すると今度はそちらに目を奪われた。
「わぁ……!」
「……おや、起きましたか。」
バックミラー越しに、ハンドルを握ったライカンと目が合う。
隣の助手席からはリナが振り返ってきた。
「よく眠れたかしら?」
「ええ、ボスの丁寧な運転のおかげでぐっすりです。もう着いたんですか?」
「あと少しよ。そろそろ2人を起こしてくれる?」
「はい。」
窓の外に見えたのは青い空と一面の豊かな緑。
コンクリートや鉄などの人工物が大半を占める都市部とはまるで反対の、開発の手が全く入っていない自然だけの空間。
そして同じく人の手が入らないことから大小を問わず大量に発生した藍色のドーム、共生ホロウの群れ。
原生ホロウのひとつである『パパゴホロウ』も丘の稜線越しに確認出来る。
ここは新エリー都から離れた、いわゆる『郊外』と呼ばれているエリアだ。
本来はその大半が乾燥地帯なのだが、ここは高地に位置している為、周囲にはモミやトウヒなどの針葉樹が生い茂っている。
気候は冷涼で夏でも涼しいことから、一部の富豪が別荘先に選ぶことが多いらしい。
「わお……これがその別荘と。」
「大きいです……。」
「ふあぁ……。」
黒塗りの大型SUVから降りたスズツキとエレン、バトラーボンプを抱いたカリンの前に鎮座していたのは巨大な豪邸。
これでも別荘なのだというのだから凄まじい。
そんな家の持ち主の名前は『ヴィットリオ・プルデンティウス・テオドロ・デ・モンテフィーノ』。
そう、日常においてその企業ロゴを見ないことはない、かの有名な『モンテフィーノ家』。
以前に訪れた星見家とはまた別の方面での名家だ。
そのオーラに思わず圧倒されていると、おそらくは主人に仕える部下か使用人だろうか、スーツを纏った壮年の男性が現れた。
「ヴィクトリア家政の方々ですね。遠路遥々ようこそお越しくださいました。」
主人に仕える者同士、軽く挨拶を済ませると、彼に従って屋敷の中へと入る。
内装は意外にもシンプルで控えめなものだった。
しかしそれでも圧倒的に広い屋内を歩き、最終的に大きな扉の前に到着した。
部下の男がノックを行うと、扉の向こうから『入れ』とだけ返ってくる。
「失礼します。」
ドアを開け、ライカン達に続いてスズツキも中に足を踏み入れる。
半ばリナの背中に隠れながら、そっと部屋の奥を見ると、1人の男が机に座っていた。
金色の髪と口髭を蓄え、赤い双眸が鋭く光っている。
如何にもな『お堅い雰囲気』を前にスズツキは頭を引っ込めた。
しかしそんな人物を前にしてもライカンは緊張の色すら見せず、いつも通り頭を下げる。
「はじめまして、ヴィットリオ様。わたくし、フォン・ライカンと申します。この度は我々ヴィクトリア家政をご指名いただき、ありがとうございます。」
ライカンの言葉に対し、現モンテフィーノ家当主、ヴィットリオはただジロジロと眺めてくる。
特にライカンとリナの背後に立つ、スズツキとエレン、カリンの未成年組を。
そしてポツリと呟いた。
「……随分と若いな。」
「全員、その手のエキスパートです。貴方様の期待に充分応えられるかと。要望があれば何なりとお申し付けください。」
「そうか……アンドレア。」
先程の壮年の男性、アンドレアと呼ばれた彼は軽く一礼すると、ライカン達を再び部屋の外へ連れていく。
依頼主の反応があまり良くなかったことを受けてか、先を歩くライカンの尻尾はいつもより元気が無いように見えた。
しかしアンドレアは意外な言葉を口にしてくる。
「どうやら我が主は貴方がたに興味がおありのようですね。」
これにはライカンとリナも僅かに困惑の表情を滲ませた。
後ろの3人はお互いを見合うと、スズツキとカリンは首を傾げ、エレンは肩をすくめる。
予想外の発言に疑問符を浮かべながらも、すぐに表情を元に戻したライカンが言葉を返す。
「短い期間ではありますが、ご主人様に満足して頂けるよう、全力を尽くす所存であります。」
「いやいや、嫌味を言っているのではありません。ああ見えて主人は内気なのです。先程も単に緊張していただけでしょう。」
「……そうなのですか?」
「20年も仕えていれば自然と分かります。」
アンドレアは誇らし気に胸を張る。
だが後ろで話を聞いていたスズツキは疑問に思った。
彼のような優秀な人間が居るのなら、どうして自分たちをわざわざ外注したのだろうかと。
屋内を見渡せば、他にも使用人やボンプはたくさんいる。
その理由は通された客室で明かされた。
「本来、あなた方には今日から依頼に取り掛かってもらう予定でした。しかし我が
「そういうことでしたら問題ありません。我々のスケジュールにしばらく予定は無いので。」
「それは良かった。では、この部屋は好きなようにお使いください。必要なものがあれば家の者にお申し付けを。」
そう言うと、アンドレアはさっさと席を立った。
本来は主人へ仕える筈の自分達が、まるで客人のように扱われていることにスズツキは違和感が拭えなかった。
それはライカンも同じだったようで、すぐにアンドレアを呼び止める。
何か手伝えることはないだろうかと。
「よろしいのですか?」
「はい、それが本業でもあるので。」
「ではお言葉に甘えて、いくつかの雑務をお願いしても?実は使用人の数が足りていないのです。なにぶん、急いでここに来たものですから。」
彼の案内のもと、ライカン達はそれぞれの持ち場を任された。
ライカンとカリン、バトラーボンプは洗濯を、スズツキとエレン、リナはキッチン周りを。
もちろん主人だけではなく、使用人の分もあるため、その量は膨大だ。
しかし流石はヴィクトリア家政といったところだろうか。
ライカン達は大量のタオルやシーツを手際よくあっという間に洗って干すと、まるで高級ホテルのリネンのように、ふかふかの状態で綺麗に畳んでしまった。
一方のリナも腕を捲ると、手早く皿の山を片付けていく。
スズツキはリナがキッチンへ立つことに最初はヒヤヒヤとしていたが、公私を分ける彼女の姿にホッと安堵の息を吐いた。
そしてシンクどころか周りの設備や戸棚の中まで、まるで主人の一室かと見紛うばかりにピカピカにしてしまった。
ちなみに相変わらずエレンは寝てばかりいる。
「スズツキちゃん、このゴミ袋を捨ててきてくださる?」
「はーい。先輩、いつまでも寝てないで手伝ってください。力仕事ですよ。」
「むぅ……やだ……動けない……。」
「ほら、これあげますから。」
スズツキは懐から取り出した棒付き飴をエレンの鼻先でぷらぷらと揺らす。
直後、サメが獲物へ食い付くように、バクリとエレンの口が飴を奪い取った。
危うく指まで喰われそうになる。
「あぶねっ……もう、起きてくださいってば。」
「分かってる……。」
屋敷の一角にあるゴミ捨て場に袋を置く。
専用のゴミ処理場を備えているというから、金持ちは凄まじい。
仕事を終えてキッチンに戻ってくると、リナと誰かが話しているのが聞こえてきた。
スズツキとエレンはそっと角から覗き込む。
「ふむ……噂にたがわぬ出来映えだな。」
「お気に召したのなら幸いですわ。」
リナの前に居たのは、なんと主人であるヴィットリオ。
どうやらリナの仕事ぶりに感嘆したようで、ピカピカになったシンクをじっくりと眺めている。
会話の邪魔はしまいと、2人は頭を引っ込めた。
「ドンパチが多過ぎて忘れそうになるけど、ウチってやっぱり家政サービスなんですね。」
「当たり前でしょ。それより、飴。」
「どうぞ。けど次は仕事してくださいよ。はい、あーん。」
「あむ……ん、検討しとく。」
スズツキは壁にもたれかかり、話が終わるのを待つ。
暇だからとリナ達の会話に耳を傾けていると、ふとある単語が聞こえてきた。
それは、『料理』という何気ない一言。
数秒の間を置いて、スズツキとエレンはがばりと顔を上げた。
リナの作る料理は料理ではない。
生成されるのは必ず料理ならざる劇物だ。
「えっ……!?」
「い、今なんて……!?」
2人は慌てて角から顔を出す。
しかし時既に遅く、キッチンでは話がまとまっていた。
「では、明日は頼んだぞ。」
「ジビエ料理ですわね。承知しました。このリナが腕によりをかけて作らせていただきますわ。」
「うむ、期待させてもらう。」
血の気が引くとはまさにこのことだろうか。
2人はいつにもなく顔が真っ青になっていた。
先にスズツキが我に返ると、主人を追って駆け出そうとする。
だがすぐにエレンがそれを止めた。
「待って。下手に動かない方がいい。」
「で、でも、リナさんの手料理ですよ?下手とかそんな次元じゃなくて……もうバイオテロなんですよ!?早くご主人様に事情を知らせないと……!」
「だから待てって。試食係にされたいの?」
襟首を掴まれて、ぷらぷらと持ち上げられるスズツキ。
そこへ背後から足音が迫る。
2人はビクリと肩を震わせた。
「あら、おかえりなさい。ゴミは捨ててくれた?」
恐る恐る振り返ると、そこにはリナの姿が。
普段通りの穏やかな笑みを浮かべていたが、今は狂気的な印象を覚えた。
スズツキは思わずエレンの背中へ隠れる。
「なっ、こら……!」
「あ、ちょっと……!」
だがサメの尻尾に身体を掴まれて、ぐいぐいとリナの前に突き出されてしまった。
そのまま押し問答をしていると、不思議そうにリナが近付いてくる。
「何かあったの?」
「あっ、いや、その……ご、ご主人様と何を話していたのかなぁって?ね?先輩?」
「う、うん。」
そう聞くと、リナは嬉しそうに手を合わせた。
「ああ、そうでしたわ。ご主人様から料理のリクエストがありましたの。せっかくの郊外だから、新鮮な肉を使ったジビエ料理が食べたいんですって。」
「へ、へぇ……けどジビエってことは、狩りをする必要がありますよね?」
「ええ、そうですわ。」
リナはただニコリと笑みを浮かべながら、スズツキへ視線を向けてくる。
「……もしかして、僕が狩りを?」
「お願いしてもいいかしら?この子たちの電撃では射程が足りないのだし。」
リナの周りをドリシラとアナステラが旋回する。
「はい……じゃ、じゃあボスに知らせてきますね。狩猟の知識までは無いので。」
「ええ、ありがとう。頼みますわ。」
スズツキはリナに背を向ける。
エレンの側を通り過ぎようとした時、彼女は耳打ちしてきた。
『コードレッドの対応』をしろと。
つまり依頼主の身に強大な危険が迫っているという、最も緊迫した状況だ。
スズツキはゴクリと唾を飲み込む。
ヴィクトリア家政に加入して以来、最大の試練が迫っていた。
⬛︎
ゴウンゴウンと、洗濯機の回転する音が響く。
業務用のそれがいくつも並んだ部屋の中、スズツキとライカン、カリンの3人の姿はあった。
だが全員が黙り込み、重苦しい空気が流れている。
その静寂を破るように、スズツキは口を開く。
「すみません……僕が話を逸らせていれば……。」
「いいえ、スズツキは悪くありませんよ。これを予期できなかった私の責任です。」
「……以前にもこんなことが?」
スズツキがそう聞くと、ライカンは首を横に振る。
「いつも食事に関しては、私かカリンが絶対に担当するように心がけていました。ですが今回は雑務だけかと、リナから目を離したことが失敗でした……。」
「うぅ……どうしましょう……。」
頭を抱えるライカンとカリンを横目にスズツキは熟考する。
そしてぽんと手を叩いた。
「狩猟に失敗したって体にするのは?そして代わりのものを作れば……。」
「いいえ、それはいけません。ジビエ料理はご主人様からのリクエストです。安易に変えるわけにはいかないでしょう。まずリナに代わりの何かを作られて終わりです。」
「あっ、そっか……。」
見えかけた解決への道が閉ざされ、再びスズツキは黙り込む。
するとここで、今まで黙っていたカリンがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……こんなのはどうですか?『入れ替える』ってのは?」
「ふむ……続けてください。」
「えっと……。」
カリンの説明を聞いたライカンは首を縦に振る。
「分かりました。それでいきましょう。エレンにも作戦の通達を。カリン、頼めますか?」
「はい!」
「スズツキ、狩猟用の銃器を借りましょう。軍用のライフルは狩りには不向きです。それと出発は明日の明朝、日が昇る前にここを出ましょう。」
「はいっ!」
やるべきことが定まった瞬間、3人は一斉に動き出した。
明朝の狩りこそが、ご主人様とヴィクトリア家政の命運を左右するのだ。
失敗は絶対に許されない。
ゼンゼロがまたゼンゼロらしくなって嬉しい作者です。ちなアイドル3人組はギリ揃えられました。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。
1話ごとの文字数ってどれくらいが読みやすい?
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