ヴィクトリア家政のメイド長を務めるアレクサンドリナ・セバスチャン。
彼女の作った料理を初めてスズツキが食べたのは彼が組織に入って間もない頃だった。
他メンバーの居ない2人だけのメイド講習が遅くに終わり、既に晩御飯の時間になったからと。
そう言ってキッチンで手を動かし始めたリナに対し、スズツキは楽しみに思いながら待つことにした。
何故ならスタイル抜群の美人で、技能面においても完璧なメイドさんが手料理を振る舞ってくれるというのだ。
だがあいにくとそのメイドはエレンやカリンではなく、リナだった。
もしこの場にライカンが居た場合、全力のアイコンタクトを用いて危機を知らせてくれたかもしれないが、あいにくと過去にIFは無い。
半時間後、スズツキの前に出されたのはおかず系パンケーキのような何かだった。
赤と青のソースがかけられたパンケーキ本体は美味しそうだったものの、そこからスターゲイザーパイの如くニシンの頭が顔を覗かせており、更にはタコの足が側面より何本も突き出していた。
まるでキメラの化け物をホットケーキミックスの生地に沈没させたのちに丸ごと焼き上げたような凄まじい見た目。
しかし見た目だけで決めつけるのも失礼だろうと、スズツキはナイフとフォークを手に取った。
それを口にした結果は言わずもがな。
次に彼の目に入ってきたのは清潔感溢れる知らない天井だった。
⬛︎
スズツキはハッと我に返る。
慌てて目の前の三脚に立てたスコープを掴み、遠方を覗き込んだ。
草や枝をつけた迷彩柄のカモフラージュネットを被り、寝そべった姿勢のまま身動きひとつしない。
その時、カサ、と地面の落ち葉を踏む音が聞こえた。
「っ……!?」
スズツキは心が跳ねた。
だが派手な音を立てないようそっとスコープを掴み、音のした方向へとレンズを向ける。
見えてきたのは木の間を動く1つの影。
頭部に生える2本の角を備えた、体表のまだら模様が特徴的な雄の鹿だった。
何か木の実でも食べているようで、足を止めて地面へ首を伸ばしている。
スズツキは声が上擦りそうになるのを抑えながら口を開く。
「居ました……正面下方、やや右の木の間……オスの鹿です……!」
スズツキがそう言うと、隣で落ち葉の塊が微弱に動いた。
ツタや枝が巻き付けられた長い筒——内側にライフリングが刻まれたフルサイズのバレルが向きを変える。
「距離は70……風は右から毎秒2m……!」
「……了解。」
銃身下部の引き金に白い指がかかる。
スズツキはそれを見ると、頭につけたヘッドセットを手で押さえた。
直後、バァン!と、耳をつんざく破裂音が森に響き渡った。
轟音に驚いた野鳥の群れがバタバタと舞い上がり、眠っていた小動物たちも驚いて身を起こした。
安眠を邪魔されたリスは何事かと木の巣穴から顔を出すが、周囲に天敵らしき姿は無い。
ただ静かな時が流れていた。
そして再び森に静寂が戻った時、今度は地面の一部が動く。
カチャリとボルトの後退する小さな金属音と共に、1つの空薬莢が宙を舞う。
未だ熱を持ったそれは隣のスズツキの首元へ入り込もうとしたが、直前に横から突き出された大きな手に掴まれた。
「……どうやら上手くいったようですね。」
「ナイスショットです、ボス。」
スコープを覗くスズツキの目には胸部を撃たれ、地面に倒れ伏した鹿の姿が映っていた。
カモフラージュネットを脱ぐと、隣の落ち葉の塊——お手製ギリースーツを身に纏ったライカンが腰を上げる。
彼が立ち上がると、2m近い巨体も相まって、まるで映画に出てくる怪物じみて見えた。
ツタの垂れ下がった頭のフードが下ろされ、口元のスカーフも外されると、ようやくいつものライカンの顔が現れる。
「さて、ここからは時間との勝負です。」
「血抜きですよね?」
「ええ、今の季節は皮剥きまでやった方がいいでしょう。」
2人は山の斜面を降りると、仕留めた鹿へ近付いていく。
スズツキは肩に下げていたショットガンを手に持ち、銃の先端で鹿をつついた。
すると鹿の脚がビクリと動く。
それに合わせてスズツキも肩を跳ねさせ、慌てて銃口を向けようとするも、ライカンの大きな手が銃身を押さえてくる。
「ただの筋肉の痙攣です。もう生きていません。」
「なんだ……びっくりさせますね……。」
「安心してください。エーテリアスのように襲ってくることはないですよ。」
ライカンはギリースーツを片付けると、懐から大ぶりなハンティングナイフを取り出し、迷いなく鹿の首筋へ刺した。
ドクドクと流れ出す赤黒い血。
それを前にスズツキは目を背ける。
「うえ……。」
「すぐに慣れますよ。この際です。スズツキもやってみましょう。」
「ま、まじすか……。」
ライカンの指導の元、スズツキは血抜きに内臓の摘出、皮剥ぎと、一連の作業を手伝う。
処理を済ませると、肉塊と化した鹿をクーラーボックスに入れ、一息つく。
血で真っ赤になったゴム手袋を脱ぎながら、スズツキはふと口を開いた。
「ボス、料理を入れ替えるってことは、少なくとも2つを作る必要がありますよね?材料はこれで足りますか?」
「はい、使う部位を分ければ大丈夫でしょう。それより問題は新鮮さです。クーラーボックスに入れても劣化は進みます。早く帰りましょう。」
「はい。」
スズツキとライカンは荷物をまとめると、急ぎ屋敷へと帰った。
キッチンの業務用冷凍庫に肉を放り込む——前に。
2人は寝泊まりしている客室へ入り、あらかじめ切り分けておいた部位を客室の冷凍庫へ隠した。
こちらをライカンが調理し、配膳する直前にリナのものと入れ替えるのだ。
残った分も何食わぬ顔でキッチンの冷凍庫へ入れ、リナに狩猟の完了を報告する。
「ライカンさん、お疲れ様。あとは私に任せてちょうだい。」
「ええ……任せましたよ。リナ。」
上機嫌に肉の仕込みを始めたリナを尻目に、2人はそそくさとキッチンを後にする。
部屋へ戻ると、ライカンもまた料理の準備を始める。
「ボス、こんな小さいコンロで大丈夫なんですか?」
「幸い、作る相手はご主人様おひとりだけです。ここの器具だけでも十分でしょう。」
「そうですか。何か手伝うことは?」
「では調味料を集めてください。メモに書くので。」
「はいっ!」
作る料理はたった1人分で1食だけ。
だからこそ仕込みは早く終わり、あとは直前に火を通すだけの状態まで持っていけた。
準備を済ませた肉を冷蔵庫へ入れると、ライカンは安堵の息を吐く。
するとそこへ小さな拳が突き出される。
「やりましたね、ボス。」
「……まあ、まだ油断は出来ませんが、ひとまずは。」
ライカンはわずかに口角を上げると、自身の大きな拳を軽く押し当てた。
⬛︎
しかし、人生とはそう上手くはいかないものである。
「襲撃だ!女は奥に!戦えるやつは武器を持ってこい!」
「ヴィットリオ様を地下に!急げ!」
鳴り響く銃声。
けたたましいエンジン音。
ならず者の雄叫び。
やはり郊外は連中の庭だ。
治安局の目が無い分、なおさらタチが悪い。
「ボス!リナさんとカリンちゃんがご主人様の避難を完了させたと!」
「分かりました。スズツキは援護を。エレン、行けますね?」
「はーい。」
「どうかお気をつけて!」
ライカンとエレンが正面玄関から外に飛び出し、スズツキはライフルを構える。
照星の先に見えたのはお馴染みの耐侵食装備をまとったバイク集団。
郊外を主な活動拠点としている野盗どもだ。
「エレン!正面から来ますよ!」
「分かってる!」
ライカンは向かってきたバイクへ飛び掛かり、すれ違いざまに蹴りを叩き込む。
敵は速度も相まって派手に吹き飛ばされた。
続く別のバイクにはエレンが薙刀を振るい、ガソリンタンクを深々と斬り裂く。
漏れ出たガソリンへ軽く火花を散らせば、導火線のように火が走り、遠方で小さな爆発が起きた。
「このっ……なんでこんな時に……!」
スズツキも2人に負けじとライフルを構えると、照準を敵へ合わせて、引き金を絞る。
放たれた弾丸は敵のバイクの前輪部を叩き壊し、乗っていた野盗は派手にひっくり返った。
「やった!」
得意気に撃破を報告しようとインカムへ手を当てる。
——が、その頃には既にライカンとエレンの周囲へバイクの残骸が積み上がっていた。
遠方には、背を向けて逃げ出す野盗の姿まで見える。
「あれ、案外呆気ないね。」
「ええ、派手なのは爆音だけのようです。」
余裕を見せる2人を前にして、スズツキは末恐ろしさを覚えると同時に、彼らが仲間であったことに心底安堵した。
だが次の瞬間、ふと視界の端に何かが映り込む。
それを認識した途端、ひゅっと息が詰まった。
声を出すより先に喉が締まり、それでもどうにか絞り出す。
必死に、『R・P・G』と。
「ぬっ!?」
即座にライカンが敵を捕捉し、地面を蹴って疾走する。
しかし相手は既に携帯式ロケット発射器を肩に据えていた。
ドッッ!!と、爆音と同時に土煙が巻き上がる。
「やばっ!?」
スズツキは玄関を飛び出し、頭を抱えて地面に伏せる。
直後、轟音が鼓膜を叩き、粉塵と破片がふりかかってきた。
「スズツキ!」
キーンと耳鳴りのする中、ぼやけた視界にエレンらしき輪郭が映った。
「大丈夫?」
「み、耳鳴りがするだけです……。」
彼女の肩を借りて立ち上がる。
「敵は……?」
「もうボスが全部やったよ……って……。」
急にエレンの足が止まる。
「ん?どうしました?」
スズツキは目をこする。
見えてきたのは消化用のホースを伸ばし、必死に消火剤を撒いている使用人たちの姿だった。
火の手が上がっているのは、ロケット弾が直撃した部屋。
壁が吹き飛び、内装が露出している。
問題はその間取りや部屋の位置に覚えがあったことだ。
「ま、まさか……!」
「ちょっと、危ないよ!」
エレンの手を離れて、火事の現場へ駆け込む。
消火剤で泡まみれになった部屋に入れば、爆風で吹き飛ばされた自分のガンケースが目に入ってきた。
息が詰まった。
「嘘……でしょ……。」
敵のロケット弾はどうやら窓をブチ抜き、リビングを通って、キッチンに着弾したらしい。
目的のものは煤けた電子レンジの近くにあった。
——ただ、焼き加減に失敗したパンケーキのように、黒焦げになっていたのだが。
「冷蔵庫……しかも冷凍庫に直撃してら……。」
冷凍庫の分厚い蓋には丸い凹みと、その中心に小さな穴が空いていた。
中にあった材料がどうなったのかは見るまでもない。
「スズツキ、どうしたの……って……。」
「これは……。」
追ってきたエレンとライカンも状況を前に言葉を失った。
「ああもう……どうしましょう……。」
「夕食まではどれくらいあるの?また鹿を獲ってくるってのは?」
「えっと……あと3時間です。今から狩りをやっても片道1時間はかかります……。」
「時間が足りないじゃん。もう思い切って出前でも取る?」
「近場の街ですら3時間以上離れてますよ。もう手立ては……。」
その時、黙り込んでいたライカンが口を開く。
「いいえ、まだ終わったわけではありません。」
「ボス、なんか良い案でもあるの?」
「ええ、あります。」
自身満々にライカンはそう断言する。
まだ彼の目に諦めはなかった。
マリカワールドのネット対戦でクソアイテムばっか出たせいで連敗して、発狂した後に、シーシィアとシード餅を引いたら、どっちも10、20連で出てきて、別の意味で発狂した作者です。
ビリーのS級カッコいいね。めっちゃほしい。
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