ヴィクトリア家政の女装メイド   作:ゆうぐれ

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43 リナ、厨房に立つ

「先輩、頑張りましょうね。」

 

「うん……まあ、どこまでやれるかな……。」

 

キッチンの隅っこにスズツキとエレンの姿はあった。

 

2人は覚悟を決めると、調理の準備を始めた。

 

包丁、まな板、鍋、フライパン——必要な調理器具を並べていく。

 

どれもピカピカに磨き上げられており、銀色の輝きを放っている。

 

するとそこへ今任務の最重要人物、リナが現れた。

 

「あら、2人とも手伝ってくれるの?」

 

「は、はい、ボスからリナさんの手助けをしてほしいと言われました。」

 

「やることも特に無いからね。」

 

「そう、助かるわ。さ、早く作業に入りましょ。時間が迫ってきているわ。」

 

リナが戸棚を開けると、そこには既に下準備が済まされた鹿肉があった。

 

味付けを伴わない調理なら彼女の手は一級品だ。

 

筋取りや臭み消しが完璧に施された肉塊がまな板に着地する。

 

「スズツキちゃん、塩と胡椒を出してくださる?」

 

「分かりました。」

 

スズツキは棚を漁りながらライカンの説明を思い出す。

 

作戦は二方面において行われる。

 

一方が自分たち、リナの監督部隊。

 

彼女が変な食材を入れないように横で見張る役割だ。

 

そしてもう一方がライカンとカリン、バトラーボンプのバックアップ部隊。

 

こちらが失敗した時に備えて、新たな料理を作ってくれている。

 

ただこちらはジビエ料理ではないため、主人の気を損ねることになるだろう。

 

主人が死ぬよりは遥かにマシだが、ヴィクトリア家政の評価に傷がつくことは確かだ。

 

「スズツキ……。」

 

「はい……!」

 

エレンが目配せしてくる。

 

スズツキが小さく頷くと、彼女はリナを挟んだ反対側へ移動した。

 

少しの異常でも見逃すわけにはいかない。

 

「さて、まずは軽く焼いていきましょう。」

 

キッチンへ肉の焼ける良い匂いが立ち込めていく。

 

肉の表面を軽く焼くと、今度はオーブンへ入れた。

 

次は待っている間にソースや付け合わせを作る。

 

問題はここからだ。

 

「ソースは……そうですね、赤ワインソースにしましょう。」

 

肉汁の残ったフライパンに赤ワインが注がれる。

 

そして直後、さりげなく投下されたブルーチーズをエレンが空中でキャッチした。

 

「あら、どうしたの?」

 

「リナ、チーズは直前でかけた方が良いんじゃない?」

 

「確かに……そうですわね。それがいいですわ。」

 

ホッと安堵の息を吐く。

 

それからもリナは見事な手捌きでソース作りを進めていくが、案の定、次の劇物が現れた。

 

「り、リナさん……ブルーキュラソーは入れるべきではないのでは?」

 

「そうかしら?高貴の証として青色は合っていると思うのだけど。」

 

「これは赤ワインをメインにしたソースです。リキュールなんて入れたら別の味になりますよ。」

 

「まず色が青じゃなくて紫になりそう。」

 

以降も何度かの危機を乗り越え、どうにかソースは完成した。

 

毒耐性のあるエレンが味見してみると、サムズアップが返ってくる。

 

取り敢えずフェーズ1はクリアだ。

 

だが休む間もなく、今度はメインディッシュの付け合わせを作ることに。

 

「では次に野菜サラダを作りましょう。」

 

「手伝うよ。切るくらいなら出来る。」

 

「ではこちらをお願いできるかしら。」

 

エレンの前に出されたのはボウルに入った野菜たち。

 

ニンジンとキャベツ、クレソン——ではなく、薬用ニンジンとユーカリ、ミントだった。

 

すかさずエレンの背後にスズツキが忍び寄り、マトモな野菜が入ったボウルと交換する。

 

「このニンジンって数万するやつじゃ……澄輝坪(ちょうきへい)で見たことあります……。」

 

「いくら高級品でも料理には不適だよ……。」

 

すり替えた野菜を切り揃え、皿に盛り付ける。

 

サラダが完成し、フェーズ2も突破した。

 

一方、リナは煮立てたジャガイモをボウルに入れ、マッシャーで潰していた。

 

マッシュポテトを作っているのだ。

 

一見して、なんら問題は無さそうだが、エレンが目ざとく異常を見つける。

 

それは牛乳の隣に置かれた箱。

 

ボディービルダーがパッケージに映ったそれは、名前をプロテインという。

 

風味はイチゴ味だった。

 

「……そういうレシピなのでは?」

 

「ケミカルな味がする粉っぽいマッシュポテトだよ?違うに決まってんじゃん。」

 

こちらはパルメザンチーズと交換しておく。

 

裏ごし器でじゃがいもをペースト状にしたところで、リナはバターと牛乳——ではなく、今度は黄色ワセリンと加糖ココナッツミルクを棚から取り出した。

 

すかさずエレンが廊下へ移動し、わざとらしく声を上げる。

 

「あっ、リナ!ちょっといい?ご主人様がお呼びだって。」

 

「あら、分かりましたわ。」

 

その隙にスズツキがバターと牛乳、チーズを加えてかき混ぜる。

 

練り上げたマッシュポテトはコクのある良い味付けに仕上がっていた。

 

「ええと……ご主人様はどこかしら?」

 

「ごめん。また来るとか言って、どっか行っちゃった。」

 

「あらあら、ご主人様も待ちきれなかったのかしら。」

 

「かもね。」

 

リナの背後ではマッシュポテトを味見して、サムズアップをするスズツキの姿があった。

 

エレンも小さく親指を上げ、フェーズ3が完了する。

 

それからもスズツキとエレンは料理を監視し、リナの奇行を止めようと奔走し続けた。

 

ある時はポルチーニ茸のポタージュにサイケデリックな色合いのキノコを入れようとしたり。

 

ドリンクとして様々な強壮剤とスパイスを混ぜ合わせたメロンソーダもどきを作ろうとしたり。

 

デザートのプリンを超高濃度コラーゲンと漢方エキスで作ろうとしたり。

 

その度に材料をすり替え、リナの視線を逸らし、手伝うという建前で料理ごと回収した。

 

だがそんな長い戦いもようやく終わりが近付いてきた。

 

「さて、そろそろ良いかしら?」

 

「おぉ……。」

 

オーブンから出した後、休ませておいた肉を切り分ける。

 

まな板に肉汁が溢れ、鮮やかな色合いの赤身肉が姿を見せた。

 

匂いも非常に食欲を刺激してくる。

 

付け合わせと共に皿へ盛り付けていく。

 

配膳用のカートに乗せると、全ての工程が完了した。

 

「先輩……!」

 

「うん、やったね……!」

 

そこにあった料理はリナが作ったものとは思えないほどに、完成度の高いものだった。

 

変な色合いも、刺激臭も、ヘドロも、飛び出たタコの足もない。

 

スズツキとエレンは満足げに拳を合わせた。

 

「そうだ。ボスに言った方がいいんじゃない?」

 

「ですね。」

 

スズツキはインカムに手を伸ばす。

 

「ボス、コードグリーンです。BC兵器は無力化しました。」

 

そう言うと、通信越しにライカンの心底安堵したような声が聞こえてくる。

 

[そうでしたか……スズツキ、エレン、よくやりましたね。]

 

「……ん。」

 

「えへへ……まあ、遠足は帰るまでって言うように、食事もご主人様に運ぶまでですから。」

 

サメの尻尾をフリフリと揺らすエレンと、照れくさそうに頬をかくスズツキ。

 

2人は、もう終わったものだと勝手に思っていた。

 

だが工業製品と違って、料理は後からいくらでも味付け可能ということを失念していた。

 

それが油断に繋がってしまった。

 

「ふふっ、私としたことが、これを忘れていましたわ♪」

 

「…………ゑ?」

 

「あ……。」

 

スズツキとエレンの視線の先。

 

美味しそうな鹿肉に粉末が振り掛けられていた。

 

色は毒々しい紫の蛍光色。

 

見るからにヤバそうなそれは肉の油に溶け込み、紫色を浸透させていく。

 

あっという間に料理が『リナの料理』へと変貌してしまった。

 

唖然とするスズツキだったが、状況を理解したエレンが先に動き出す。

 

「コードレッド、繰り返す、コードレッド。対象は毒物と推測される。ガスやウイルスの危険性は無し。」

 

[……承知しました。作戦をプランBに移行します。我々はポイントαへ移動、待機します。]

 

「ごめん……ボス。」

 

[貴方達は最善を尽くしました。今はできることをやりましょう。]

 

エレンは通信を終えると、青ざめたまま固まっていたスズツキを揺さぶる。

 

「バックアップに移行した。行くよ。」

 

「は、はい……。」

 

夕食の時間が迫ってくると、料理にクローシュ——丸い鉄蓋を被せて、配膳カートを押す。

 

作戦内容は至って単純。

 

あらかじめ決めておいたポイント付近でカリンがリナを呼び止め、その間にカートを押したスズツキが先行。

 

丁字路付近の部屋に隠れたライカンとカートごと料理を交換するというものだ。

 

そして、目的の場所に到達する。

 

すると待機していたカリンが後ろからリナへ声をかけた。

 

「リナさん、ちょっといいですか?」

 

「あら、カリンちゃん。どうかしたの?」

 

リナが足を止めると、エレンはスズツキへ目配せをした。

 

スズツキは足を速め、曲がり角に向かっていく。

 

あそこまで行けばライカンとバトラーボンプが待っている。

 

だが次の瞬間、目の前の丁字路から予想外の人物が現れた。

 

「む……時間通りか。」

 

「おやおや、良い肉の香りが漂ってきますね。」

 

背筋が凍った。

 

目の前に立つのは主人であるヴィットリオと部下のアンドレア。

 

そしてお付きのメイドとボンプが数人と数体ずつ。

 

「少し拝見する。」

 

「あ……。」

 

ヴィットリオの手がクローシュの取手へ伸びる。

 

蓋が開かれ、紫色の鹿のローストが姿を見せた。

 

「……独創的だ。」

 

「翻訳すると、美味しそう、とのことです。」

 

「むぅ……。」

 

ヴィットリオはアンドレアを肘で小突くと、ダイニングルームへ足を運んでいく。

 

その場に残されたスズツキは動くことが出来なかった。

 

待機していたライカンが部屋から顔を出してくる。

 

「スズツキ?」

 

「ボス……ダメです。ご主人様に、この料理を見られました。」

 

「それは本当ですか……!?」

 

「どうしましょう……。」

 

絶望がスズツキの心を埋め尽くしていく。

 

だがライカンは瞬時に決断した。

 

「……このまま行きましょう。策はあります。」

 

「えっ……。」

 

「時間がありません。やるしかないでしょう。」

 

すり替え用のカートはバトラーボンプが部屋に戻し、スズツキ達は主人の元へ向かった。

 

遂にヴィットリオの目の前で、料理の蓋が取り払われる。

 

エレンとカリンの顔が凍りついた。

 

「あ、あれ……どうして……?」

 

「スズツキ、すり替えは……!?」

 

2人からの追及にスズツキは力なく首を横に振った。

 

例の紫色のメインディッシュが主人の前に置かれる。

 

普通なら異常と分かる見た目をしていても、ヴィクトリア家政というブランドへの信頼が懐疑心を打ち消しているのだろうか。

 

相手側の人間は驚きはしても、怪しむような目をしていない。

 

せめて誰かが止めてくれれば良かったのだが、結局、ヴィットリオは食事に手をつけてしまった。

 

「では……。」

 

切り分けたロースト肉をナイフで刺す。

 

それを口に運ぼうとした。

 

——が、ここでライカンが一歩前に出た。

 

「ご主人様、誠に勝手ながら、ひとつお願い申し上げます。」

 

「なんだ。」

 

「ヴィクトリア家政では料理を提供する際に『毒味』を必ず行なっております。安全の確認と、信頼性の担保のために。」

 

「そうか……なら……。」

 

ヴィットリオは肉の刺さったフォークをライカンへ差し出す。

 

ライカンはそれをゆっくりと受け取る。

 

その手は僅かに震えていた。

 

主人の前で自ら倒れることにより、料理が毒物であることを証明する。

 

それがライカンの考え出した最適解だった。

 

「ライカンさん……そんな……!」

 

「ボス……!」

 

エレンとカリンの前で、その巨躯が動き出す。

 

少し屈んだ姿勢から背筋を伸ばし、肉の刺さったフォークを持ち上げていく。

 

毒物だと分かっているにも関わらず、ライカンは決して狼狽えなかった。

 

だが、その直後だった。

 

ダッ!と、ひとつの影がライカンの懐へ滑り込んだ。

 

そして彼の腕にしがみ付き、その手にあったフォークを奪い取る。

 

ライカンがそれに気付いた時、ぱくりと、既に肉は無くなっていた。

 

スズツキの小さな口の中へと。

 

もきゅもきゅと顎が動き、ゴクリと喉を鳴らす。

 

一瞬、場の空気が凍りついた。

 

「スズツキ……!?」

 

ぐらりと、スズツキの身体が傾く。

 

ライカンが即座に抱き留めた。

 

「ボス……あとは、お願いします……。」

 

「喋らないでください!」

 

「先輩……今度のライブは行けそうにも……。」

 

「遺言始めるな!バカ!」

 

エレンが叫ぶ。

 

カリンは既に半泣きだった。

 

リナもさすがに目を丸くしている。

 

ライカンの腕の中で、スズツキはゆっくりと目を細めていった。

 

そして——。

 

「……ん?」

 

再び目を開けた。

 

場が沈黙する。

 

スズツキは口の中に残った食感を確かめるように咀嚼した。

 

「あ……美味しい?」

 

「え?」

 

ライカンの素の声が漏れた。

 

スズツキはライカンの腕の中から起き上がる。

 

「なんか……肉の旨みに香草?の匂いというか塩気が混ざってこう……なんかマッチしてるというか……とにかく美味しいです。」

 

「それホント?」

 

エレンは疑わしげに皿の肉を見る。

 

ヴィットリオも興味を持ったのか、無言でナイフを入れた。

 

一切れを口へ運ぶ。

 

全員が息を呑んだ。

 

だが、ヴィットリオは倒れなかった。

 

むしろ、僅かに眉を動かす。

 

「……悪くない。」

 

その一言に、空気が止まった。

 

リナは嬉しそうに微笑む。

 

「良かったですわ。珍しいスパイスだから、少し不安だったのだけれど。」

 

「本当にスパイスだったんですか……?」

 

スズツキは呆然と呟く。

 

「はい、高地に自生する香草を乾燥させたものらしいですわ。平心堂という老舗の、ボンプの店主様が肉料理に合うと教えてくださったの。」

 

「見た目ヤバすぎでしょ……。」

 

「外見はエーテル粉末ですよね……。」

 

エレンとカリンがぼそりと言った。

 

ライカンはホッと、深く息を吐く。

 

「……申し訳ありません、ご主人様。痴態をお見せしました。」

 

「むぐ……いい。」

 

味が気に入ったのか、ヴィットリオは食べる手を止めなかった。

 

依頼達成にスズツキ達は胸を撫で下ろす。

 

だがモヤモヤとした違和感が残っていた。

 

何も問題はないはずなのに。

 

骨折り損というか、何というか。

 

しかし唯一、リナだけが、最後まで上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

一連の騒動は奇跡的に1人の犠牲者も出さずに終結した。

 

そして次の日、屋敷の中は昨日よりも落ち着いた雰囲気になっていた。

 

また家事の手伝いをしていると、アンドレアを介してヴィットリオから呼び出しを受けた。

 

しかしそれは、何故かスズツキだけ。

 

ヴィットリオの私室に入ると、机に座る主人と、その前に立つライカンの姿が見えた。

 

意外そうに彼の隻眼が見開かれる。

 

「さて……役者は揃ったようだな。」

 

椅子が回転し、ヴィットリオがこちらを向く。

 

スズツキとライカンは姿勢を正した。

 

「まずは——昨晩の食事についてだ。」

 

ぎくりと、スズツキは肩を震わせる。

 

隣ではライカンの尻尾が揺れた気がした。

 

「味は悪くなかった……良いメイドだ。しかし私が特に気に入っているのは、別のことだ。」

 

ヴィットリオの赤い瞳がライカンの方へ向けられる。

 

「ライカン、お前はあの料理が毒だと確信していたのだろう?」

 

「いえ……はい、そうです……。」

 

ライカンは一度否定しかけたが、正直に言葉を続けた。

 

表情は変えずとも、言葉尻は萎み、尻尾はへにゃりと垂れ下がる。

 

それを見てか、ヴィットリオは手を振った。

 

「責めているのではない。事情を聞くつもりもない。私が言いたいことは、毒味についてだ。」

 

ヴィットリオは席を立つと、ゆっくりと歩き出す。

 

「身を挺して主人の命を守る……それは確かに美談だ。しかし当初、私はこうも思った。私の信頼を勝ち取るための、君たちの自作自演なのではないかと。」

 

壁にかけてあった銃器のコレクション。

 

そのひとつをヴィットリオは手に取り、懐に収めた。

 

「この立場になると、どうしても疑心暗鬼になってしまう。実は君たちは敵に雇われたスパイではないかとね。しかし、昨日の一件でそれは晴れた。君のおかげでな。」

 

彼の視線がスズツキの方へ向く。

 

スズツキは困惑せざるを得なかった。

 

「ぼ……私ですか?」

 

「ああ、君はライカンが倒れれば場が混乱すると考え、さらに彼の前へ出た。そうだろう?」

 

「はい……そうです。」

 

スズツキは気まずそうに目を逸らす。

 

別に格好をつけるつもりはなかった。

 

ただ、あの場でライカンが倒れれば収集がつかなくなると思っただけだ。

 

——それは建前かもしれないが。

 

「見てすぐに分かった。君は我々とは違う。良くも悪くも、大人の汚い面を知らない。そんな君が身を挺して私を……いや、ライカンを庇った。仕事という理由だけで、それは出来ない。」

 

ヴィットリオは静かに息を吐く。

 

「とにかく、打算的な目論見が君には見えなかった。だから、信頼出来ると思った。ヴィクトリア家政を。」

 

ライカンは一礼する。

 

慌ててスズツキも後に続いた。

 

「過分なお言葉です。」

 

「世辞ではない。私の『命』を預けるに値する。」

 

そこでヴィットリオの声色が変わった。

 

モンテフィーノ家当主というより、ヴィットリオという個人としての声だった。

 

「私の命という言葉では足りん。財産全てを投げ売ってでも、守るに値する存在だ。」

 

ヴィットリオは引き出しを開け、中にあったものを手に取った。

 

その様子を、ゴクリと唾を飲み込みながら見守る。

 

「依頼の内容は今回も至って単純だ。対象を一定期間の間、あらゆる脅威や障害から護衛しろ。傷一つつけるな。」

 

机の上に置かれたのは1枚の写真。

 

映っていたのは1人の少女だった。

 

歳はスズツキやエレンと同じくらいだろうか。

 

鮮やかな金色の髪に真っ赤な瞳——ヴィットリオに似た鋭い目付き。

 

護衛対象が金品や資産ではなかったことを意外に思っていると、ヴィットリオは悔しそうに言葉を続ける。

 

「名前は『ルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・デ・モンテフィーノ』……私の一人娘だ。本当は私が行きたかったが……そうもいかないものでな……。」

 

「承知しました。ご息女様の護衛、必ずや完遂してみせましょう。ちなみに、ご息女様は、何者かに命を狙われる可能性があるということでしょうか?」

 

「ああ、そうなる予定だ。来週、とある行事が開催される。郊外でな。」

 

ヴィットリオは手元の端末を操作する。

 

すると、机に埋め込まれたホログラムが起動し、とある映像が浮かび上がった。

 

郊外の小さな街の中。

 

眼下には赤色の大地が広がり、奥には巨大な峡谷が見える。

 

映像は個人のカメラで撮られたものなのか、緊張するような息遣いが聞こえてくる。

 

その時、遠方から唸るような爆音がいくつも聞こえてきた。

 

すると周りの群衆がざわめき始める。

 

爆音がさらに大きくなり、遠くに砂煙が見えた。

 

それはあっという間にこちらへ近付いてくると、目の前を通って離れていく。

 

一瞬だけ見えたシルエットはバイクやバギーのそれだった。

 

1台や2台ではない。

 

5台、いや、10台——それ以上のバイクとバギーが猛スピードで荒野を疾走していく。

 

映像は離れていく砂煙と、それらを歓声で見送る人々で終わった。

 

「これは……?」

 

「『ツール・ド・インフェルノ』……ならず者どもが荒野の覇者を決めるために行うクロスカントリーレースだ。そしてルシアーナは『カリュドーンの子』の一員として参加する。」

 

「すると、我々はレースに邪魔が入らないように見張れば宜しいのですか?」

 

「いいや、違う。それだけでは足りん。」

 

ヴィットリオは再び席を離れると、ついてこいと合図してくる。

 

彼の後に続き、部屋を出る。

 

到着したのは屋敷の地下室。

 

扉の前ではアンドレアが待機していた。

 

「開けてくれ。」

 

「承知しました。」

 

アンドレアが扉を開けると、驚くべき光景が広がっていた。

 

家が丸々ひとつ収まりそうな広大な空間に、沢山の人間が行き交っている。

 

彼らが身に纏うのは黄と赤を基調としたツナギ、またの名をメカニックスーツ。

 

その背中に描かれているのは『モンテフィーノ・モービル』のロゴ。

 

そしてそんな人々が取り囲んでいるのは、銀色に輝くピカピカの機械だった。

 

大きなタイヤに無骨なエンジン、先頭に光る1対のヘッドライト。

 

映像にあったような、バギーとバイクが並んでいた。

 

「短期間でここまで揃えるのに苦労した……石油産業にも手を伸ばし、レースへの資格も手に入れた。どうにか間に合った……。」

 

ヴィットリオは手すりを握り、深く息を吐く。

 

スズツキは主人の意図を察すると、思わず苦笑いを浮かべた。

 

「あ、あの……もしかしてなんですけど護衛ってのは……。」

 

「そうだ。君たちにはレースに参加してもらう。表向きには石油資源の利権を狙ったモンテフィーノグループという肩書きを使ってな。」

 

「え”っ……。」

 

思わず、無理、という言葉が漏れそうになった。

 

しかしその前にライカンが前に出る。

 

「承知しました。ヴィクトリア家政はレースに参加し、ルシアーナ様の護衛任務に就きます。」

 

「あくまでも最優先は娘の護衛だ。カリュドーンを援護することや、君たちが優勝することは二の次三の次だ。そのことを忘れるな。」

 

「はっ。」

 

「は、はいっ!」

 

ライカンとスズツキがそう返事をすると、ヴィットリオは踵を返す。

 

だが、スズツキの目の前で足を止めた。

 

そしてポケットから何かを取り出すと、スズツキへさし出した。

 

「これって……ライノ・リボルバーですか?」

 

「知っているか。私の私物だ。」

 

スズツキの手に置かれたのは、銃身の短いコンパクトな回転式拳銃だった。

 

特徴的なのが、銃口の位置が通常よりも低いこと。

 

シリンダーの上ではなく、下側の薬室から弾を撃ち出す特殊な構造をしている。

 

「もし、娘から怪しまれた時、これを見せろ。少なくとも話くらいは聞いてくれる。」

 

「は、はい、少しの間、お預かりさせていただきます。」

 

「いい、これはやる。棚に保管しているより、使ってもらった方が銃にとっても幸せだろう。」

 

「あ、ありがとうございます。大切にします。」

 

「うむ。あとの詳しいことはアンドレアに聞いてくれ。」

 

そう言うと、ヴィットリオは他の部下を引き連れて、さっさと屋敷を後にしてしまう。

 

あまりの急なことにスズツキはリボルバーを握ったまま、唖然とした様子で佇んでいた。

 

しかしライカンの咳払いで我に返る。

 

「さて、レースに備えて準備を始めましょう。」

 

「ぼ、ボス……僕、運転経験は普通自動車しかありませんよ……!」

 

「問題ありません。援護となれば、スピードではなく、柔軟な対応力が必要です。」

 

ライカンはアンドレアへ視線を向ける。

 

すると彼はただ静かに頷き、階下のとある一点を手で指し示した。

 

そこにあったのは黒を基調として、所々に白のポイントが入った大型バイク。

 

目を引くのが、その隣に装着されたタイヤ付きの座席、サイドカーだった。

 

「座るだけならスズツキでも問題ないかと。」

 

「でもスピードがエグいのでは……な、慣れるための練習くらいはありますよね?」

 

「ええ、もちろん。では早速、リナ達を呼びましょうか。」

 

「はいぃ……。」

 

一難去ってまた一難。

 

ガックリと、スズツキは肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

「ああ、そういえば、我が主人はこのようなことも仰っていましたよ?貴方がたヴィクトリア家政を選んだ理由について。」

 

「それは?」

 

「若い男性の従業員がいない点です。おそらく我が主人は、ルシアーナ様の周囲に余計な男の影があることを嫌ったのでしょう。その点、ヴィクトリア家政は女性を中心に構成されている。唯一の男性である貴方も、執事としての信頼が厚い。」

 

「……光栄です。ヴィットリオ様は私を信頼しているのですね。」

 

「ええ、では彼女をお願いします。」

 




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大好きだったゲーム『ゼンレスゾーンゼロ』の世界に、「実験体」として転生してしまった少女、メグ。▼物心ついた頃から、謎の組織「讃頌会」の非道な実験の被験体として、ただ利用されるだけの日々を送っていた。彼女は、自分が物語の主人公ではなく、幸福な結末が用意されていない「モブ」以下の存在であるという二重の絶望を抱き、心を固く閉ざしてしまう。▼15歳になったある日、彼…


総合評価:6686/評価:8.56/連載:38話/更新日時:2026年05月11日(月) 07:00 小説情報


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